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久留米大学における若年者の緑内障に対する線維柱帯切開術の成績

2017年12月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(12):1765.1770,2017c久留米大学における若年者の緑内障に対する線維柱帯切開術の成績照屋健一*1山川良治*2*1出田眼科病院*2久留米大学医学部眼科学講座CResultsofTrabeculotomyforTreatmentofGlaucomainYoungPatientsatKurumeUniversityHospitalKenichiTeruya1)andRyojiYamakawa2)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine20歳未満に発症した若年者の緑内障における線維柱帯切開術について検討した.初回手術に線維柱帯切開術を施行し,術後C6カ月以上経過観察できたC24例C39眼を対象とした.発症がC3歳未満の早発型発達緑内障C5例C9眼をCI群,3歳以降の遅発型発達緑内障C11例C18眼をCII群,隅角以外の眼異常を伴う緑内障とステロイド緑内障を合わせたC8例12眼をCIII群とした.各群の術前平均眼圧は,I群がC28.9C±11.2CmmHg,II群がC33.0C±10.1CmmHg,III群がC31.6C±7.4mmHgで,平均経過観察期間は,I群がC8.8C±1.6年,II群がC3.1C±1.8年,III群がC4.1C±2.6年であった.初回手術の成功率は,I群はC100%,II群はC72.2%,III群はC91.7%,全体ではC84.6%であった.39眼中C6眼(15.4%)に追加手術を施行した.若年者の緑内障において,線維柱帯切開術は有効と確認された.CWeCreviewedCtheCsurgicalCoutcomeCofCtrabeculotomyCforCglaucomaCinCyoungCpatientsCatCKurumeCUniversityCHospital.Subjectscomprised39eyesof24patientswithmorethan6months’follow-up,whohadundergonetra-beculotomyCasCtheCprimaryCsurgery.CWeCclassi.edCtheCpatientsCintoC3Cgroups:GroupCI,CdevelopmentalCglaucoma,included9eyesof5patientswithonsetwithin3yearsofage;GroupII,developmentalglaucoma,included18eyesof11patientswithonsetafter3yearsofage;GroupIII,glaucomaassociatedwithotherocularanomaliesandste-roidCglaucoma,CincludedC12CeyesCofC8Cpatients.CTheCaverageCintraocularCpressure(IOP)beforeC.rstCtrabeculotomyCwas28.9±11.2CmmHginGroupI,33.0±10.1CmmHginGroupIIand31.6±7.4CmmHginGroupIII.ThesuccessrateforCinitialCtrabeculotomyCwasC100%CinCGroupCI,C72.2%CinCGroupCII,C91.7%CinCGroupCIIICandC84.6%CinCtotal.CSixCeyes(15.4%)underwentadditionalsurgeries.Trabeculotomyiscom.rmedasusefulforglaucomainyoungpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(12):1765.1770,C2017〕Keywords:若年者,発達緑内障,線維柱帯切開術,眼圧,手術成績.youngpatients,developmentalglaucoma,trabeculotomy,intraocularpressure,surgicale.ect.Cはじめに若年者の緑内障は,発達緑内障と続発緑内障がおもなものと考えられる.発達緑内障は隅角のみの形成異常による発達緑内障と隅角以外の先天異常を伴う発達緑内障に大別される.発達緑内障は先天的な隅角の発育異常により生じる房水流出障害が病因ゆえ,原則として外科的治療が主体になる1).また,小児の緑内障では各種検査が成人同様には行えないなどの側面から診断が遅れる場合も少なくない.さらに,角膜混濁や隅角発生異常,他の眼異常を伴うなど,手術の難度を高くする要素が多い.本疾患は早期の診断と早期手術が重要で,その成否が患児の将来を左右することはいうまでもない.若年者の緑内障の手術療法としては,濾過手術やCtubeshunt手術は術後管理がむずかしく,第一選択の術式として,術後管理が容易な線維柱帯切開術が行われている.今回,筆者らは久留米大学病院眼科(以下,当科)におけ〔別刷請求先〕照屋健一:〒860-0027熊本市中央区西唐人町C39出田眼科病院Reprintrequests:KenichiTeruya,M.D.,IdetaEyeHospital,39Nishitoujin-Machi,Chuo-ku,KumamotoCity860-0027,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(127)C1765る若年者の緑内障の初回手術としての線維柱帯切開術の成績を検討したので報告する.CI対象および方法対象は,20歳未満で発症した緑内障で,1999年C2月.2009年C12月に当科で初回手術として線維柱帯切開術を施行し,6カ月以上経過観察できたC24例C39眼(男性C15例C23眼,女性C9例C16眼)である.初診時平均年齢は,11.0C±8.2歳(1.9カ月.22.5歳)であった.病型の分類は,隅角のみの異常にとどまる発達緑内障のうち,Gorinの分類2)により,3歳未満発症の早発型をCI群,3歳以降発症の遅発型をCII群,隅角以外の眼異常を伴う発達緑内障と続発緑内障をCIII群とした.I群5例9眼,II群11例18眼,III群8例12眼であった.III群の内訳は,Sturge-Weber症候群C2例C2眼,Axen-feld-Rieger症候群C1例C1眼,無虹彩症C2例C4眼,ステロイド緑内障C3例C5眼であった.なお,II群のC3例C5眼は,初診時C20歳を超えていたが,問診や前医からの診療情報から発症はC20歳未満と推測され,さらに隅角所見が全C5眼とも高位付着を認めたため,遅発型発達緑内障と診断した.手術時の平均年齢は,I群でC0.8C±0.9(0.2.3.3)歳,II群でC19.8C±3.9(13.2.26.1)歳,III群でC10.4C±7.5(0.3.20.4)歳であった.術前の平均眼圧は,I群はC28.9C±11.2mmHg,II群はC33.0±10.1CmmHg,III群はC31.6C±7.4CmmHg,術後平均経過観察期間は,I群でC8.8C±1.6年,II群でC3.1C±1.8年,III群でC4.1±2.6年であった(表1).I群で受診の契機になったのはC5例中C4例が片眼の角膜混濁で,そのうちC2眼はCDescemet膜断裂(Haabs線)を認め,反対眼も含めてC9眼すべて角膜径は月齢の基準と比較して拡大していた(表2).他に角膜径の測定を行ったのは,II群の2眼,III群のCSturge-Weber症候群のC2眼であった.II群の2眼はC11.5Cmmで正常であったが,III群のC2眼は,それぞれC12.5CmmとC14Cmmで拡大を認めた.初回手術は熟練した同一術者により,全例に線維柱帯切開術を施行した.初回手術が奏効せず,反対眼は初回から線維柱帯切除術を行ったC1眼と術前すでに視機能がなく,初回から毛様体冷凍凝固術を行ったC1眼,そして初回の緑内障手術を他施設で行っていたC1眼は除外した.また,初回線維柱帯切開術の部位は,I群C9眼すべてとCII群のC1眼,III群のC3眼に対して上方から,他のC26眼は下方から行った.表1対象I群II群III群(n=9眼)(n=18眼)(n=12眼)手術時年齢(歳)C0.8±0.9C19.8±3.9C10.4±7.5術前眼圧(mmHg)C28.9±11.2C33.0±10.1C31.6±7.4術後経過観察期間(年)C8.8±1.6C3.1±1.8C4.1±2.61766あたらしい眼科Vol.34,No.12,2017眼圧は,覚醒状態で測定できる場合は覚醒下にCGoldmann圧平式眼圧計にて測定し,覚醒状態での測定が無理な場合は,全身麻酔またはトリクロホスナトリウム(トリクロリール)と抱水クロラール(エスクレ)投与下で,入眠下にTono-penXLおよびCPerkins眼圧計にて測定した.両測定機器の眼圧値に大きな差がないことを確認し,また差があった場合は,角膜浮腫や角膜径の拡大の有無や視神経乳頭陥凹拡大の程度なども考慮して,おもにCPerkins眼圧計の測定値を採用した.眼圧の評価は,緑内障点眼薬の併用も含めて,覚醒時でC21CmmHg以下,入眠時でC15CmmHg以下を成功とし,2診察日以上連続してその基準値を上回ったとき,または,追加手術をした場合,その時点で不成功とした.手術の適応は,眼圧のほか,視神経乳頭陥凹の拡大の有無,角膜径の拡大の有無,可能な症例では視野の程度などを加味して決定した.初回手術の成功率,術前所見と初回線維柱帯切開術の手術成績,合併症,手術回数,最終成績について,後ろ向きに検討した.CII結果初回手術の成功率は,I群はC100%(9眼中C9眼),II群は72.2%(18眼中C13眼),III群はC91.7%(12眼中C11眼),全体では,84.6%であった(表3).I群のC9眼すべて,初回手術のみで,緑内障点眼薬なしで眼圧コントロールできた.II群では術後C6カ月でC3眼が追加手術となり,2眼は術後C3年で追加手術となった.III群は,生後C3カ月発症のCSturge-Weber症候群のC1眼が,初回手術のC6年後に追加手術となった.その結果,全C39眼の初回手術成績の累積生存率をKaplan-Meier法により生存分析したところ,初回手術後C6カ月累積生存率はC92.2%,3年後はC84.1%,6年後はC75.7%,10年累積生存率はC75.7%であった(図1).術前所見と初回線維柱帯切開術の手術成績について検討した(表4).発症が生後C3カ月未満の早期発症例はC5眼(I群1例C2眼とCIII群CSturge-Weber症候群のC1眼,無虹彩症のC1例C2眼)であったが,成功率はC5眼中C4眼(80%)で,3カ表2I群の術前プロフィール症例発症(月)症状角膜径(mm)Haabs線C1C6角膜混濁C13.0(+)C.無(僚眼)C12.5(.)C2C4角膜混濁C14.5(+)C3C6角膜混濁C13.5(.)C.無(僚眼)C13.5(.)C4C2睫毛内反C13.0(.)C2睫毛内反C12.5(.)C5C6角膜混濁C13.0(.)C.無(僚眼)C12.0(.)表3初回手術成功率(成功眼/眼数)100I群II群III群合計8075.7%(n=9眼)(n=18眼)(n=12眼)(n=39眼)100%72.2%91.7%84.6%60(9/9)(13/18)(11/12)(33/39)4020表4術前所見と初回手術成績0024681012成功数/眼数p値生存期間(年)累積生存率(%)発症3カ月未満C発症3カ月以上C4/529/34C0.588図1全症例の初回線維柱帯切開術の生存率眼圧C30CmmHg以上C眼圧C30CmmHg未満C0.47820/2313/16CFisher’sexactprobabilitytest.表6手術回数手術回数I群II群III群(n=9眼)(n=18眼)(n=12眼)表5初回線維柱帯切開術の合併症1回9C13112回C.31I群II群III群3回C.1C.(n=9眼)(n=18眼)(n=12眼)4回C.1C.Descemet膜.離C..1(8.3%)平均(群別)C1.0C1.4C1.1低眼圧C.2(11.1%)C.一過性高眼圧C.3(16.7%)C.合計(群別)0(0.0%)5(27.8%)1(8.3%)表7最終手術成績I群(n=9眼)II群(n=18眼)III群(n=12眼)手術回数(平均)術前眼圧(mmHg)C最終眼圧(mmHg)C最終成功眼数(成功率)1(1C.0)28.9±11.2Cp=0.03113.2±4.1C9(1C00%)1.4(1C.4)33.0±10.1Cp<C0.000117.6±3.3C15(C83.3%)1.2(1C.1)31.6±7.4p<C0.000114.3±2.112(1C00%)Paired-tCtest(p値<0.05)C月以降群のC34眼中C29眼(85.3%)に対して有意差はなかった.術前眼圧をC30CmmHgで分けてみて検討したが,統計学的有意差はなかった.角膜径に関しては,平均年齢が高いCII群とCIII群では,測定した眼数が各々C2眼ずつと少なく,統計学的に論じることは困難だが,角膜径がC12.5Cmm以上の10眼中C9眼(90%)が初回手術で眼圧コントロールされた.12.5mm以上群で追加手術が必要になったC1眼は角膜径12.5Cmmの早期発症例のCSturge-Weber症候群であった.初回線維柱帯切開術の合併症を表5に示す.II群のC2眼(11.1%)で脈絡膜.離を伴う低眼圧とC3眼(16.7%)に一過性眼圧上昇を認め,III群のC1眼(8.3%)にCDescemet膜.離を認めた.低眼圧をきたしたC2眼は術後C2週までに,眼圧上昇のC3眼はC2カ月までに正常化した.Descemet膜.離のC1眼は視機能に影響することなく経過した.手術回数を表6に示す.全症例眼数C39眼のうちC6眼(15.4%)に対して追加手術を行った.6眼の内訳は,II群C4例C5眼,III群のCSturge-Weber症候群のC1例C1眼であった.ステロイド緑内障は初回手術で全症例で眼圧コントロールできた.II群のC2眼は初回手術のC3年後に線維柱帯切開術をC1回追加し,眼圧コントロールできたが,1例C2眼は,1眼にC4回(初回手術のC6カ月後に線維柱帯切開術C1回,その後,線維柱帯切除術C1回,濾過胞再建術をC1回),1眼はC2回(初回手術のC6カ月後に線維柱帯切除術C1回)の手術を行った.他のCII群のC1眼は,3回(初回手術のC6カ月後に線維柱帯切除術C1回,その後濾過胞再建術をC1回)の手術を行った.III群のCSturge-Weber症候群のC1眼は,初回手術のC6年後に線維柱切開術をC1回追加し,その後C2年最終経過観察時点まで眼圧コントロールできた.最終手術成績の結果を表7に示す.I群は,最終平均眼圧C13.2±4.1mmHg,II群で術後C17.6C±3.3mmHg,III群で術後C14.3C±2.1CmmHgとC3群とも術前に比較して,有意に低下した.全症例C39眼中C21眼(53.8%)が緑内障点眼薬なしで眼圧コントロールが可能となった.I群のC9眼全例,III群は無虹彩症のC2例C4眼を除くC8眼は緑内障点眼薬なしで眼圧コントロールが得られた.I群は初回手術のみでC100%,II群とCIII群は追加手術も含めて,最終成功率はそれぞれCII群がC83.3%,III群がC100%,全体でC92.3%であった.CIII考按若年者の緑内障の分類はさまざまな分類2,3)があり,既報4.11)での分類もばらついているが,3歳未満で発症する場合,眼圧上昇により眼球拡大をきたしやすい側面があり,今回筆者らも隅角発生異常のみの発達緑内障に関しては,I群とCII群をC3歳で区切って,治療成績・予後をまとめた.覚醒時の眼圧測定が困難な症例に対しては,入眠時の眼圧を参考にした.全身麻酔下での眼圧に影響を与える因子としては,麻酔薬,麻酔深度,前投薬,麻酔方法があげられるが,これらの要因がどの程度,眼圧に影響を与えているかを正確に判定することは困難と考えられている12).臨床的には,条件を一定にして測定し,結果を比較するという方法がとられている.全身麻酔下の眼圧は既報12,13)によれば,5.7mmHg低めに出るとされ,そのため,入眠時眼圧の基準を15CmmHgを上限とした既報が多いと考えられる.今回の検討では,トリクロホスナトリウムの入眠下でのCPerkins眼圧計での測定を基準にしてC15CmmHgを上限値とした.若年者の緑内障の手術は,一般的に線維柱帯切開術か隅角切開術が選択されることが多く,当科では,初回手術は全例線維柱切開術を施行している.発達緑内障に対する線維柱帯切開術と隅角切開術の成績はCAndersoCn4)によれば,いずれも熟練した術者が行えば,同等の成績が得られるとしている.若年者の線維柱帯切開術において,Schlemm管の位置や形状は症例によってさまざまで,とくに乳児の強膜は成人と違って柔らかく,Schlemm管の同定が困難なことがある.Schlemm管を探すため,わずかな強膜層を残して毛様体が透見できるように強膜弁を作製するのがこつと考えている.Schlemm管あるいはそれらしいものが見つかれば,トラベクロトームを挿入するときにスムーズに入ること,そして可能であればCPosner診断/手術用ゴニオプリズムで挿入されているか確認する.トラベクロトームを回転するときはある程度抵抗があって,かつ前房にスムーズに出てきて,bloodre.uxがあると成功と考えている.Schlemm管らしきものがなく,トラベクロトームが挿入できない,挿入してもすぐ前房に穿孔する症例は,線維柱帯切除術に切り替えざるをえないと考えているが,今回の症例ではなかった.3歳未満発症の早発型発達緑内障の線維柱帯切開術の初回手術成績は,永田らはC75%5),藤田らがC79%6)と報告している.今回筆者らのCI群ではC9眼という少数例ではあるが,全例角膜径がC12Cmm以上に延長していたにもかかわらず,平均経過観察期間C8.8(6.6.11.8)年という長期間において,初回の線維柱帯切開術で,最終的に緑内障点眼薬なしで全症例眼圧コントロールできた.既報7.11,14,15)では,生後2.3カ月未満の早期発症例は難治で予後不良とするものが多い.筆者らの検討では,早期発症のC5眼中C4眼(80%)が初回手術でコントロールできた.早期発症のCI群のC1例C2眼はC10年,無虹彩のC1例C2眼はC3年,最終経過まで初回手術でコントロールできた.早期発症のCSturge-Weber症候群のC1眼は追加手術を要したが,初回手術のC6年後に線維柱帯切開術をC1回追加することで長期のコントロールが得られた.既報9,14)では,2.3カ月未満の早期発症例は,初回線維柱帯切開術が奏効しても,10.15年で再度眼圧上昇をきたす症例が散見され,今後も慎重な経過観察が必要と考えている.その一方で,Akimotoら7)の大規模症例での検討では,2カ月.2歳未満の最終手術成績はC96.3%と非常に高い奏効率を示している.永田ら14)は,このグループの早期診断と治療の成否こそがもっとも決定的に患児の将来の大きな意味をもつとしている.3歳未満の発症例では,高眼圧への曝露期間が長くなると,角膜径拡大に伴いCSchlemm管が伸展し,手術時にCSchlemm管の同定が困難になり,成人例より難度が高くなるとされる14,15).それゆえ,本疾患においては,線維柱帯切開術に熟練した術者が手術を行うべきと考えている.また,確実に線維柱帯切開術を遂行すればかなり長期間にわたって眼圧コントロールが得られることをふまえて,筆者らは,初回の線維柱帯切開術において確実に手術を遂行させることを優先して,年齢によって術野条件のよい上方からのアプローチを行った.角膜径がC14.5Cmmと極端に拡大していたCI群の症例C2や,生後C2カ月発症の早期発症のCI群症例C4など,Schlemm管を同定することがかなり困難な症例が含まれていた.しかし,Schlemm管と同定あるいは考えられた部位にトラベクロトームを挿入・回転することで,初回手術で長期の眼圧コントロールが得られた.追加手術が必要になったC6眼のうち,初回手術後C3年以上(II群のC2眼がC3年,III群CSturge-Weber症候群C1眼がC6年)コントロールできたC3眼は,線維柱帯切開術をC1回追加することで長期にわたる眼圧コントロールが可能であったが,他のC3眼(すべてCII群)はすべて初回手術が奏効せず,半年で追加手術に至り,最終的に線維柱帯切除術まで至った.若年者の線維柱帯切除術は既報16,17)でもCTenon.が厚いことや術後に瘢痕形成しやすいなどの問題が指摘されているように,今回のC3眼はいずれも濾過胞の縮小傾向がみられ,コントロール困難であった.Akimotoら7)の検討でも,2歳以降発症群の最終眼圧コントロール率はC76.4%と,2カ月.2歳発症群のC96.3%に比べて,やや劣る結果となっているが,その理由は検討されていない.これは,Sha.erら18)の原発先天緑内障への隅角切開術においても,2歳までの発症例の成功率がC94%に対して,2歳以降発症例がC38%と極端に不良な結果になっており,2歳以降の発症例のなかに,線維柱帯切開術や隅角切開術に抵抗性を示す症例が存在することを示唆している.今回の筆者らの検討でのCII群も,最終手術成績がC18眼中C15眼(83.3%)と既報と比較しても良好な結果であったが,追加手術になったC5眼中C3眼は最終的にコントロールが困難であった.これに対する考察として,3歳以上の症例は,角膜混濁や角膜径拡大に伴う流涙などの症状をきたしにくく,自覚症状に乏しい面があり,受診に至るまでに長期間経過し,Schlemm管の二次的な変化をきたしていた可能性が考えられた.既報5,14)では,初回の線維柱帯切開術が奏効しない症例でも追加の同手術を行うことで眼圧コントロールが得られる症例が存在するとしているが,今回の筆者らの検討では,初回手術で全例確実に線維柱帯切開術を施行したにもかかわらず,術後眼圧下降が得られなかったC3眼のうちC1眼は,追加で線維柱帯切開術を施行したが奏効しなかった.これらの症例に対する追加術式については今後も検討を要すると考えられた.III群に関しては,さまざまな病態が関与するため,既報でも成績がばらついており,また,ステロイド緑内障を含んでいることから一概に評価することは困難だが,隅角以外の異常を伴う発達緑内障は,隅角のみの異常にとどまる症例に比べて,成績が劣るとされている8,19).筆者らのCIII群のうち,成績のよいステロイド緑内障を除いても,隅角以外の眼異常を合併したC7眼中追加手術を行ったのがC1眼のみで,既報に比べてもきわめて良好な結果であった.追加手術になったSturge-Weber症候群のC1眼は,初回手術がC6年奏効した.本疾患は,眼圧上昇の機序にCSchlemm管,線維柱帯のみでなく,上強膜静脈圧の上昇まで関与するといわれているが,眼圧上昇の機転の主座がどの病巣にあるかを術前から予測することは困難で,また濾過手術での脈絡膜出血やCuveale.usionなどのリスクや術後管理などを考慮すると,やはり初回手術は線維柱帯切開術が望ましいと考えられた.ステロイド緑内障に関しては,治療の原則はステロイドの中止となるが,全身疾患に対する治療の必要性からステロイドの長期投与を余儀なくされ,中止が困難なケースも少なくない.それらのケースで点眼治療が奏効しない場合,外科的治療が必要となる.既報20,21)での若年発症のステロイド緑内障に対する線維柱帯切開術の成績は,いずれも良好な成績となっており,今回のステロイド緑内障C5眼も初回手術で全例コントロールが得られた.今回の検討から,若年者の緑内障のうち,隅角のみの異常にとどまる発達緑内障に関しては,線維柱帯切開術は原因治療であり,奏効した場合は長期の眼圧コントロールが得られることが示された.また,隅角以外の形成異常を伴う発達緑内障とステロイド緑内障に関しても,重篤な合併症が少ないことや術後管理が容易な点からも,若年者において,線維柱帯切開術が第一選択の有効な術式であることが確認できた.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第C3版.日眼会誌116:3-46,C20122)GorinG:Developmentalglaucoma.AmJOphthalmol58:C572-580,C19643)HoskinsCHDCJr,CSha.erCRN,CHetheringtonCJ:AnatomicalCclassi.cationCofCtheCdevelopmentalCglaucoma.CArchCOph-thalmol102:1331-1336,C19844)AndersonCDR:TrabeculotomyCcomparedCtoCgoniotomyCforCglaucomaCinCchildren.COphthalmologyC90:805-806,C19835)永田誠:乳児期先天緑内障の診断と治療.眼臨C85:568-573,C19916)藤田久仁彦,山岸和矢,三木弘彦ほか:先天緑内障の手術成績.眼臨86:1402-1407,C19927)AkimotoM,TaniharaH,NegiAetal:SurgicalresultsoftrabeculotomyCabCexternoCforCdevelopmentalCglaucoma.CArchOphthalmol112:1540-1544,C19948)太田亜希子,中枝智子,船木繁雄ほか:原発先天緑内障に対する線維柱帯切開術の手術成績.眼紀C51:1031-1034,C20009)IkedaH,IshigookaH,MutoTetal:Long-termoutcomeoftrabeculotomyforthetreatmentofdevelopmentalglau-coma.ArchOphthalmol122:1122-1128,C200410)小坂晃一,大竹雄一郎,谷野富彦ほか:先天緑内障の長期手術成績.あたらしい眼科19:925-927,C200211)原田洋介,望月英毅,高松倫也ほか:発達緑内障における線維柱帯切開術の手術成績.眼科手術23:469-472,C201012)坪田一男,平形明人,益田律子ほか:小児の全身麻酔下眼圧の正常範囲について.眼科26:1515-1519,C198413)奥山美智子,佐藤憲夫,佐藤浩章ほか:全身麻酔下における眼圧の変動.臨眼60:733-735,C200614)永田誠:発達緑内障臨床の問題点.あたらしい眼科C23:C505-508,C200615)根木昭:小児緑内障の診断と治療.あたらしい眼科C27:C1387-1401,C201016)野村耕治:小児期緑内障とトラベクレクトミー.眼臨97:C120-125,C200317)SidotiCPA,CBelmonteCSJ,CLiebmannCJMCetCal:Trabeculec-tomyCwithCmitomycin-CCinCtheCtreatmentCofCpediatricCglaucoma.Ophthalmology107:422-429,C200018)Sha.erRN:Prognosisofgoniotomyinprimaryglaucoma(trabeculodysgenesis)C.CTransCAmCOphthalmolCSocC80:C321-325,C1982C19)大島崇:血管腫を伴う先天緑内障の治療経験.眼臨C81:C1992142-145,C198721)河野友里,徳田直人,宗正泰成ほか:若年発症緑内障に対20)竹内麗子,桑山泰明,志賀早苗ほか:ステロイド緑内障にする線維柱帯切開術の成績.眼科手術28:619-623,C2015対するトラベクロトミー.あたらしい眼科C9:1181-1183,***

33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例

2013年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科30(7):1034.1038,2013c33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例森秀夫大阪市立総合医療センター眼科ProliferativeDiabeticRetinopathyinPatientsVitrectomizedunder33YearsofAgeHideoMoriDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital目的:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績の報告.方法:2002年から10年間の硝子体手術症例を後ろ向きに検討した.年齢は22.33歳(平均29.4歳),糖尿病の発症は4.16歳(不明3例)で,1型5例8眼,2型8例14眼,発症から手術まで14.24年であった.ほとんどの症例で術前数年間にヘモグロビン(Hb)A1Cが10%以上の時期があり,高血圧,腎症,貧血の合併を多く認め,さらに網膜症発症前からうつ病などの精神疾患合併も多かった.結果:術前視力は光覚弁.0.7(平均0.13)であり,術後は失明.1.2(平均0.64)で,2段階以上の視力改善80%,悪化15%であった.牽引性網膜.離を57%に認めた.水晶体は71%で温存した.視力不良は非復位の網膜.離2眼,血管新生緑内障1眼,黄斑萎縮1眼であった.結論:症例の大半は血糖コントロール不良例であり,合併症として高血圧,腎症,貧血などの全身疾患に加えてうつ病など精神疾患も多かった.視力予後は黄斑.離のない症例ではおおむね良好であった.Purpose:Toreporttheresultsofvitrectomyforproliferativediabeticretinopathyinyoungadults.Methods:Casesvitrectomizedbetween2002and2011werereviewedretrospectively.Patientagerangedfrom22to33years(mean29.4years).Ageatdiabetesmellitus(DM)onsetrangedbetween4and16years(threecaseswereundetermined).Type1DMwasfoundin8eyesof5patients,type2DMin14eyesof8patients.PeriodfromDMonsettovitrectomyrangedbetween14and24years.Inmostcases,hemoglobinA1Cvaluewasover10%duringseveralyearsbeforetheoperation.Commoncomplicationswerehypertension,nephropathyandanemia.Psychologicaldiseasessuchasdepressionwerefoundinmanycasesbeforeretinopathyonset.Results:Preoperativevisionrangedbetweenlightperceptionand0.7(mean:0.13).Postoperativevisionrangedbetweennolightperceptionand1.2(mean:0.64).Postoperativevisionimprovedbyovertwolevelsin80%anddeterioratedin15%.Tractionretinaldetachmentwasfoundin57%.Thelenseswereretainedin71%.Thecausesofpoorvisionwerereattachmentfailureinseveretractionretinaldetachment(2eyes),neovascularglaucoma(1eye)andmacularatrophy(1eye).Conclusion:DMcontrolwaspoorinmostofthecases.Notonlysystematiccomplications,suchashypertensionnephropathyandanemia,butalsopsychologicaldiseases,suchasdepression,werecommon.Thevisualprognosiswasgenerallygoodincaseswithoutmaculardetachment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1034.1038,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,硝子体手術,若年者,血管新生緑内障,精神疾患.diabeticretinopathy,vitrectomy,youngpatient,neovascularglaucoma,psychologicdisease.はじめに近年,糖尿病(DM)発症の低年齢化が問題となっており,若年者の糖尿病網膜症(DMR)の増加も危惧される.増殖糖尿病網膜症(PDR)での網膜新生血管は,未.離の後部硝子体を経由して硝子体側に成長し,線維血管性の増殖膜を形成することで網膜硝子体間に器質的な癒着を生じる.若年者では老年者と比較して,増殖膜は血管が豊富で活動性が高く,また経年変化で起こる後部硝子体.離が進行していないため,PDRを発症すると網膜硝子体間の癒着が広範囲かつ強固となりやすく,増殖膜自体の収縮と硝子体の変性収縮によって接線方向と前後方向の両方向の牽引を生じることが多い1,2).既報の多くは「若年者」を硝子体手術時40歳までの〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通り2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-Hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity534-0021,JAPAN103410341034あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(152)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 症例としている2.7)が,今回の対象の手術時最高年齢は33歳であり,DM発症年齢が明らかな症例は,すべて小児.思春期のDM発症例であった.I対象および方法対象は2002年10月から2011年5月に大阪市立総合医療センター眼科にて同一術者が硝子体手術を施行した男性3例4眼,女性10例18眼,計13例22眼であった.それらについてDMが1型か2型か,DM発症年齢,DMコントロール状態,全身合併症,術中所見,術前後の視力などを後ろ向きに検討した.II結果(表1)手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,術後観察期間は10カ月.9年(平均5.6年)であった.糖尿病の病型は抗グルタミン酸脱炭酸酵素抗体(抗GAD抗体),抗IA-2抗体(antiinsulinoma-associatedprotein-2antibody),膵島細胞自己抗体(ICA)の値を基に判定した.1型DMは5例8眼(すべて女性),2型は8例14眼(女性5例10眼,男性3例4眼)で,2型の1例2眼は精神発達遅滞であった.DM発症年齢は1型で4.14歳,2型は8.16歳であり,2型の3例5眼は発症年齢不明であった.DM発症から手術までは,1型で14.24年(平均18.4年),発症年齢不明を除く2型で14.24年(平均16.8年)であった.今回の症例を思春期以前に発症した群(以前群)と,それ以降に発症した群(以降群)とで検討するため,発症年齢14歳未満群5例(以前群.1型4例,2型1例)と14歳以上群5例(以降群.1型1例,2型4例)とに分けると,手術時年齢(平均±標準偏差)は以前群27.6±4.04歳,以降群29.2±1.79歳で有意差はなかったが,手術までのDM罹病期間は以前群20.4±3.78年に対し以降群14.4±0.89年で,有意に以降群が短かった(Student’sttest,p<0.01).表1全症例一覧症例手術年齢(歳)性別1型/2型DM発症年齢(歳)DM罹病期間(年)手術時HbA1C(%)全身合併症左右眼術中所見術前ルベオーシス術後NVG術前視力術後最終視力硝子体出血増殖膜牽引性.離128女性114147.6高血圧,腎不全,うつ病右+++黄斑外.離──0.20.7左++++黄斑外.離──手動弁0.02232男性216165高血圧,腎症,統合失調症右++++──+0.01光覚なし329女性14257.5高血圧,腎不全左++++───0.040.7433男性2不明不明9.4高血圧右++++黄斑外.離──0.011.2526女性181814.7高血圧,腎不全,うつ病左++++───0.21.2633女性28246.9高血圧,腎症,統合失調症右++++黄斑.離──手動弁光覚なし左++++黄斑.離──0.010.2728女性214145.3精神発達遅滞,高血圧右+++───不明不明左+++───不明不明832女性2不明不明7高血圧右++++───手動弁0.2左++++───手動弁0.5930女性2141612.7高血圧右++++黄斑外.離──0.021左++黄斑外.離──0.511022女性14187.8高血圧,腎症,うつ病,神経性食思不振症,大食症右++++黄斑.離NVG+光覚光覚なし左++++黄斑.離──0.10.21128女性214147.1高血圧,うつ病右++++黄斑外.離──0.20.6左++++黄斑外.離──0.311228女性111179.7高血圧右++++黄斑外.離──0.21左++++黄斑外.離──0.021.21333男性2不明不明11高血圧,脂肪肝右++───0.71左+++───0.11〔硝子体出血〕+:乳頭透見可,++:乳頭透見不可.〔増殖膜〕+:限局性で処理には針先・鉗子使用,++:広範囲で処理には硝子体剪刀使用.NVG:血管新生緑内障.─:なし.(153)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131035 5%台10%以上6%台9%台7%台図1初回手術時のHbA1C値(%)硝子体手術前には網膜光凝固なしの症例が4例6眼,ある程度以上光凝固がなされたが病勢の止まらなかった症例が9例16眼あった.光凝固開始時の状態が増殖型7眼,前増殖型9眼であった.増殖型全眼と前増殖型の6眼(75%)は,光凝固開始後1年以内に硝子体手術が必要となった.全身状態に関して,手術時のヘモグロビン(Hb)A1C値は5.3.14.7%とばらついた(図1)が,10%未満の10例中9例は術前2カ月.1年2カ月の期間に10.0.15.0%と,10%以上の時期があった.また,全13例中,術前3年以内に15.0%以上の高値(最高17.6%)に達したものが3例あった.合併症として,手術時からすでに腎症(蛋白尿持続)ありは,1型で4例(80%),2型で4例(50%)であった.腎症は術後発生を含めると,1型は全例ありで,3例は腎不全(透析2例)であった.2型でも8例中7例に認め,2例は腎不全であった.そのほかに高血圧を全例で認め,貧血を6例(46%)に,高脂血症・高コレステロール血症・末梢神経障害を各4例(30%)に,心不全を2例(15%)に認めた.さらには網膜症発症前からうつ病などの精神疾患がみられ,1型は3例(60%)が,2型も精神発達遅滞の1例を除く7例中3例(43%)が合併していた.硝子体手術は20ゲージシステムで行い,硝子体・線維血管性増殖膜切除,網膜復位,眼内レーザー(ときに網膜冷凍凝固)を施行後,必要に応じsulfurhexafluorideガスまたはシリコーンオイル(オイル)を使用した.抗血管内皮増殖因子は使用していない.15眼(71%)は白内障がなく水晶体を温存したが,4眼は後日白内障手術を要した(2眼は白内障手術を単独で,2眼はオイル抜去時に施行).6眼は白内障と硝子体の同時手術を行った.そのほかの1眼はすでに白内障手術後であった.術中所見として,後部硝子体は未.離で増殖膜は広範かつ網膜との癒着が強く,牽引性網膜.離を12眼(57%)に認めた.光凝固は眼内内視鏡を用いて網膜最周辺部まで施行した.オイルは4眼で使用し1眼では抜去していない.硝子体手術回数は,1回のみが16眼(72%)で,1眼は網膜復位が得られず失明した.2回手術は4眼(18%),3回,4回手術が各1眼(5%)であった.2回手術の2眼はオイル1036あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131.210.80.60.40.20図2術前術後の視力抜去術,1眼は硝子体出血の再発,残りの1眼と3回手術の1眼は同一症例の左右眼で,代表症例として後に提示した.4回手術眼は重症の牽引性網膜.離で,僚眼はすでに失明しており,オイルタンポナーデ2回(輪状締結術併施)後,3回目の手術で抜去したが,その後また.離が再発し,3度目のオイルタンポナーデを行い,現在まで抜去できずにいる.視力測定は20眼で可能であったが,平均小数視力は術前0.13(光覚弁.0.7),術後は0.64で,1.0以上が9眼(45%),0.5.0.9が4眼(20%),0.2.0.4が3眼(15%),0.02が1眼(5%),失明3眼(15%)であった(図2).術前と比較して2段階以上の視力改善を「改善」,2段階以上の悪化および手動弁からの光覚喪失を「悪化」,その他を「不変」とすると,改善16眼(80%),不変1眼(5%),悪化3眼(15%)であった(図2).失明眼の術前視力は光覚.0.01で,術前視力0.1以上の症例での悪化はなかった.1例2眼は精神発達遅滞のため視力測定ができず除外したが,行動面から術後はよく見えていると思われた.血管新生緑内障(NVG)は,術前からありが1眼(代表症例として後に提示)で,これ以外に術前に虹彩・隅角にルベオーシスを認めた症例はなかった.術後に発症したNVGは1眼(結果的に失明)で,発症率は21眼中1眼(5%)であった.NVG以外の0.1未満の視力不良は,網膜が復位せず失明した2眼と,黄斑萎縮で0.02の視力に終わった1眼であった.〔代表症例(症例10)〕患者:22歳,女性.4歳発症の1型DM.高校時代「太りたくない」とインスリンを中断.うつ病・自殺願望もあり,自傷行為を繰り返す.眼科受診歴について,2003年8月(20歳)に当科にて眼底検査をしたが異常はなく,問診上では2004年10月,某病院眼科を受診したが異常を指摘されなかったという.同年11月HbA1C11.6%にて内科入院し眼科も併診.腎症,高血圧,高脂・高コレステロール血症も合併(154)術後視00.20.40.60.811.2術前視力 図3代表症例の右眼眼底写真乳頭周囲に著明な新生血管を認める.していた.血糖コントロールはきわめて不良であり,入院時の1日の血糖値(mg/dl)は500超から300弱の間を変動していたが,3週間の入院中にインスリンを調整して高値は300程度に抑えられたが,ときどき低血糖発作を起こしていた.初診時視力は右眼0.9,左眼0.8で,網膜出血には乏しいが網膜内細小血管異常を認め,蛍光眼底撮影(FAG)にて両眼に広い無血管野と乳頭上新生血管を認めたため,汎網膜光凝固を開始した.血管アーケード外の光凝固終了後も新生血管は増悪し続け(図3),FAGにて黄斑近傍までの無血管野を認めた(図4).硝子体手術の必要性を説明したが,「大学の夏休みまでは手術は受けない」とのことであった.2005年3月右眼隅角新生血管と周辺虹彩前癒着が発生し,周辺網膜に冷凍凝固術を施行した.4月右眼眼圧は29mmHgに上昇し降圧点眼を開始した.5月右眼の視力低下(0.04)と眼痛を訴え来院,NVGにて眼圧は58mmHgに上昇していたため,同日トラベクレクトミーを施行した.術後眼圧は正常化したが硝子体出血を生じて眼底透見不能となった.6月の超音波検査では網膜.離は認めず,8月に硝子体手術を施行すると,網膜は全.離で復位せず,再手術にても失明に至った.一方,左眼は7月に硝子体出血を生じて眼底の詳細不明となっており,右眼の重篤な経過を受け,急遽硝子体手術を施行した.術中黄斑中心窩に迫る牽引性.離を認めたが,復位を得てオイルタンポナーデを施行した.9月に下方周辺部に.離が再発し,再手術で復位させ再びオイルを注入した.12月にオイルを抜去し,翌年8月白内障手術を施行し,最終的に0.2.0.3の視力を残せた.III考按若年PDRに対する硝子体手術成績は,視力改善50.83%,悪化13.28%と報告され2.8),今回の改善82%,悪化(155)図4代表症例の右眼蛍光眼底写真黄斑部に及ぶ著明な無血管野を認める.14%はこれらと比べ遜色ない結果であった.また,45%の症例で1.0以上,65%の症例で0.5以上の視力を得た.術後合併症としてNVGは重要であり,発症頻度は10.23%2.4,7)とされている.NVG発症と硝子体手術時の水晶体同時切除との関連について,同時切除すると血管新生因子の前眼部への移行が容易となってNVG発症リスクが高まり4),一方,水晶体を温存すると網膜最周辺部への光凝固が困難となるリスクも指摘されている7).今回は眼内内視鏡を使用することで,白内障がない限り水晶体を温存し,かつ網膜最周辺部までの光凝固が可能であったことが,NVG発症の低さ(22眼中1眼5%)に寄与した可能性がある.手術時のHbA1C値は5.3.14.7%であったが,ほとんどの症例で数年以内のHbA1C値は10%以上であり,DMRの管理上血糖コントロールの重要性が再認識された.高血糖以外に高血圧,腎症,貧血,高コレステロール血症,高脂血症などが多くみられた.腎症・腎性貧血はPDRの術後視力不良のリスクとされ8),高血圧と腎症の合併はNVG発症のリスクであり2),加えて高コレステロール血症,高脂血症は血管障害のリスクとなる.若年者のDMRがその発症段階から,高血糖のみならずこれら複数の不良な全身因子の影響を受けている可能性がある.手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかった.1型DMは新生児期から発症が始まり,10.11歳でピークとなる.合併症は15歳ころまでは網膜症・腎症ともに非常に少なく,思春期から増加することが知られている9).思春期には生理的に性ホルモン・成長ホルモンが増加してインスリン抵抗性が増大し,インスリン需要が増加する.加えて,思春期では精神的不安定性から治療の中断や食餌療法のあたらしい眼科Vol.30,No.7,20131037 乱れが生じやすく,女性では肥満を嫌うことから過度な食事制限を実行することもある.これらの要因から,思春期以前に発症した1型症例では思春期以降に血糖コントロール不良となる危険がある9).2型DMは生理的にインスリン需要が増大する思春期から発症が始まるが,生活状況・肥満との関連が強く,自覚症状にも乏しく,思春期特有の精神的不安定性ともあいまって,思春期発症の2型DM患者は血糖コントロール不良となりやすい9).今回の症例で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかったことは,血糖コントロール不良の期間がおもに思春期以降に限られたことを示唆している.DM患者とうつ症状の関連では,成人DM患者を対象としたアンケート調査10)によると,視覚障害のない場合はうつ病疑い者は0.9%であり,軽度のうつ状態を含めても20%であるのに対し,視覚障害者の場合はうつ病疑い者は40%,軽度のうつ状態を含めると67%に及び,うつ症状と視覚障害との関連が大きいが,今回の若年者では,DMR発症以前からうつ病など精神疾患を合併する症例が多く認められた.これは,小児.思春期でのインスリン注射,カロリー制限などの必要性や,他の健康な子供との格差の自覚などが精神発達に悪影響を及ぼした可能性がある.精神疾患を合併してDMコントロール意欲が低下し,食餌療法やインスリンなどの中断に至れば,DMRの発症・進行に悪影響を及ぼす可能性も大きいため,小児科・内科・精神科と眼科の連携が重要と思われる.提示した代表症例(症例10)に関連して,DMR単純型の初期症例や,DMRを認めない症例が血糖コントロール(おもにインスリン)開始後短期間に増悪し,汎網膜光凝固を施行してもなお増殖型に進展する例が報告されており,比較的若年かつ罹病期間が長く,未治療期間が長い例に多いといわれる.また,危険因子の一つに治療開始後の低血糖発作もあげられている10,12).代表症例は4歳で発症した1型DMであり,長期間インスリン治療がなされてはいたが,インスリンを自己中断した期間が思春期の数年間あり,インスリンを再開した後も血糖コントロールはきわめて不良であった.3週間の入院によりインスリン治療法を改善することで最高血糖値を300mg/dl程度に下げたが,低血糖発作も伴っていた.この入院中の眼科受診によって網膜内細小血管異常,広範な無血管野,新生血管の発生が認められ,その直後から汎網膜光凝固を施行したが網膜症の進行は抑えられず,片眼は5カ月後にNVGを発症し,その後網膜全.離となって硝子体手術を施行したが失明に至り,僚眼は硝子体手術で0.2.0.3の視力が保持された.この増悪の1年前は当科診療録により網膜症は認めず,増悪1カ月前の某施設での眼底検査でも異1038あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013常は指摘されなかったとの問診結果であったので,長くても1年以内に網膜症のない状態から増殖型に進行したことがわかる.血糖コントロール開始後短期間に増悪する原因としては,①血小板凝集能の亢進,②赤血球の酸素解離能の低下による低酸素状態の発生,③網膜循環血量の低下などが考えられている12).このように急速な増悪所見をいち早く見出すためには最低2週ごとの眼底検査とFAG撮影が必要という意見もある11).今回の調査では,DM発症年齢が明らかな場合は,発症から硝子体手術まで14年以上を要していたので,DM発症後10年超の若年患者や長期にわたる血糖コントロール不良の若年患者は,急速に網膜症が悪化することがあるので慎重な管理が必要と思われた.本稿の要旨は第17回日本糖尿病眼学会(2011年)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岡野正:増殖糖尿病網膜症に対する後部硝子体.離と牽引の影響.眼紀38:143-152,19872)臼井亜由美,清川正敏,木村至ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療と術後合併症.日眼会誌115:516-522,20113)大木聡,三田村佳典,林昌宣明ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.あたらしい眼科13:401403,20014)野堀秀穂,高橋佳二,松島博之ほか:若年者糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.眼臨99:638-641,20055)伊藤忠,桜庭知己,原信哉ほか:若年発症の増殖糖尿病網膜症の手術成績.眼紀55:732-735,20046)山口真一郎,松本行弘,瀬川敦ほか:若年者増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績10年前との比較.眼臨100:93-96,20067)三上尚子,鈴木幸彦,吉岡由貴ほか:若年者糖尿病網膜症に対する白内障硝子体同時手術の成績.眼紀52:14-18,20018)笹野久美子,安藤文隆,鳥居良彦ほか:増殖糖尿病網膜症硝子体手術の視力予後不良への全身的因子の関与について.眼紀47:306-312,19969)川村智行:小児・思春期糖尿病の病態.糖尿病学─基礎と臨床(門脇孝,石橋俊,佐倉宏ほか編),p647-650,西村書店,200710)山田幸男,平沢由平,高澤哲也ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第9報:視覚障害者にみられる睡眠障害とうつ病の頻度,特徴.眼紀55:192-196,200411)関怜子,安藤伸朗,小林司:急性発症,進行型糖尿病性網膜症の病像について.臨眼38:253-259,198412)田邉益美,松田雅之,鈴木克彦ほか:急速に増殖網膜症に至った若年糖尿病の2例.公立八鹿病院誌11:17-22,2002(156)

インターネット通販でコンタクトレンズを購入し末期緑内障に至った1例

2012年7月31日 火曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(7):998.1001,2012cインターネット通販でコンタクトレンズを購入し末期緑内障に至った1例下地貴子*1新垣淑邦*2澤口昭一*2*1ちばなクリニック眼科*2琉球大学大学院医学研究科医科学専攻眼科学講座ACaseofTerminalGlaucomainWhichContactLensesWerePurchasedviaInternetShoppingTakakoShimoji1),YoshikuniArakaki2)andShoichiSawaguchi2)1)DepartmentofOphthalmology,ChibanaClinic,2)DepartmentofOphthalmology,RyukyuUniversitySchoolofMedicineインターネット通販でコンタクトレンズ(CL)を購入し続け,受診時に末期緑内障と診断された若年者の1例を経験したので報告する.症例は24歳,男性.10年前にCL量販店でCLを購入.その処方箋で以降9年間インターネット通販にてCLを購入していた.右眼の視力低下自覚し,近医を受診したところ,緑内障と診断され,緑内障薬点眼開始.3日前から点眼液がなくなったとのことで平成22年5月14日にちばなクリニック眼科初診となった.初診時,視力は右眼(0.5),左眼(1.2).眼圧は右眼20mmHg,左眼19mmHg.Goldmann動的視野検査では右眼湖崎分類IIIb期,左眼IIIa期であった.緑内障はすべての年齢層で発症し,近視が危険因子であり,また末期まで自覚症状に乏しい場合が多い.CL処方には眼圧や眼底検査を含めた定期的な眼科一般検査が必要である.Wereportayoungcaseofadvancedglaucomavisualfielddisturbance.Thepatient,a24-year-oldmale,hadpurchasedcontactlenses(CL)atashoptenyearspreviously.For9yearssubsequently,hecontinuedpurchasingCLofthesameprescriptionviainternetshopping.Admittedtoanophthalmologistbecauseofblurredvisioninhisrighteye,hewasdiagnosedwithopenangleglaucomaandcommencedmedicaltreatmentwithanti-glaucomaeyedrops.VisualfieldtestingshowedstageIIIbrighteyeandstageIIIaleft,viaKosakiclassification.Glaucomaisadiseasenotonlyofadultbutalsoofyoungerindividuals,andmyopiaisknowntobeariskfactor.Moreover,mostglaucomapatientsareasymptomatic,unlessvisualfieldlossbecomessevere.ItisrecommendedCLusersundergoophthalmologicalexaminationincludingintraocularpressuremeasurementandfundusexamination,especiallyoftheopticnervehead.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(7):998.1001,2012〕Keywords:若年者,開放隅角緑内障,近視,インターネット通販,コンタクトレンズ.younggeneration,openangleglaucoma,myopia,internetshopping,contactlens.はじめにコンタクトレンズ(CL)はおもに近視眼における屈折矯正の手段として近年,広く普及している.CLの入手方法は眼科病院,眼科医院のみならず,CL量販店やインターネット通販でも購入することが可能である.後者では一般的な眼科検査が行われない,不十分にしか行われていない,あるいは眼科医以外の医師によって行われることがまれではなくこれらが相まって,潜在する眼科疾患の見逃し,あるいはCLによる合併症が少なからず報告1,2)されている.緑内障は高齢者に多くみられる疾患である3)が,若年者においても決してまれな疾患ではなく4.9),眼科日常診療上注意が必要である.今回,インターネット通販でCL購入を続け,受診時,末期緑内障と診断された若年者の1例を経験したので報告する.I症例患者:24歳,男性.主訴:右眼視力障害.家族歴,既往歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕下地貴子:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学大学院医学研究科医科学専攻眼科学講座Reprintrequests:TakakoShimoji,M.D.,DepartmentofOphthalmology,RyukyuUniversitySchoolofMedicine,207AzaUehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN998998998あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(122)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY ab現病歴:10年前にCL量販店でCLを処方され,その後,その処方箋で以降9年間インターネット通販にてCLを購入していた.ちばなクリニック(以下,当科)受診1カ月前に右眼の視力低下を主訴に近医を受診したところ,両眼の緑内障と診断された.処方は両眼への1%ブリンゾラミド点眼液,0.5%チモロールマレイン酸点眼液,0.005%ラタノプロスト点眼液であった.3日前から点眼液がなくなったとのことで平成22年5月14日に当科初診となった.初診時所見:視力は右眼0.02(0.5×.6.5D(cyl.0.5DAx10°),左眼0.06(1.2×.6.5D(cyl.1.0DAx180°).眼圧は右眼20mmHg,左眼19mmHg.前眼部,中間透光体ab図1眼底所見(a:右眼,b:左眼)両眼ともに進行した緑内障性視神経萎縮を認める.には異常なく,隅角は開放(Shaffer分類4°)であったが,虹彩の高位付着は認めず,軽度虹彩突起が観察された.眼底は緑内障視神経萎縮が著明であり,特に右眼は末期の緑内障性変化と著明な萎縮の所見を認めた(図1).HRT(HeidelbergRetinaTomograph)-II,SD-OCT(spectraldomainopticalcoherencetomography)による眼底画像解析の結果は両眼とも進行した陥凹の拡大と,神経線維の高度な欠損が観察された(図2,3).念のため頭部の画像〔コンピュータ断層撮影(CT),磁気共鳴画像(MRI)〕を調べたが,異常は検出されなかった.Humphrey静的視野検査では両眼とも進行した視野異常を認め,特に右眼は中心視野がわずかに残存した末期の緑内障性視野異常であった.Goldmann動的視野検査では右眼湖崎分類IIIb期,左眼IIIa期であった(図4).II臨床経過当科初診時より1%ブリンゾラミド点眼液,0.5%チモロールマレイン酸点眼液,0.004%ラタノプロスト点眼液の両眼への点眼治療を再開した.また,CL装用継続希望があり,アドヒアランスを考慮し点眼薬数と点眼回数の減少を図り,平成23年8月11日よりトラボプロスト点眼液,ドルゾラミド/チモロールマレイン酸塩配合点眼液に切り替えた.その後眼圧は13.16mmHgで推移している.図2HRT.II(a:右眼,b:左眼)著明な乳頭陥凹の所見を認める.(123)あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012999 III考按インターネット通販で約10年間CLを購入し,末期緑内障で受診した若年者の緑内障患者を経験した.患者は右眼の視力低下を自覚し来院した.初診時右眼の矯正視力は0.5と不良であり,またGoldmann視野検査は湖崎分類で右眼IIIb期,左眼IIIa期の進行した視野障害を認めた.両眼とも等価球面度数でおよそ.7Dの高度近視であった.緑内障薬物治療に反応し,眼圧コントロールは良好である.図3SD.OCT乳頭周囲の視神経線維の高度な菲薄化を認める.緑内障の多くは成人以降に発症し,40歳以降の成人人口の5%が罹患していることがわが国の疫学調査で明らかにされた3).一方,ホスピタルベースのデータではあるが,眼科クリニックを受診した40歳未満の緑内障患者は0.12%と報告され4),若年者の緑内障にも注意が必要とされている.若年者の緑内障の特徴として屈折が近視であることが報告されている5.7).本症例も両眼とも等価球面度数で約.7Dの強い近視眼であった.また,若年者の正常眼圧緑内障患者も青壮年以降発症のそれと比べ,有意に近視眼が多いことが知られており6),近視性の屈折異常はこの点に十分に注意して眼科検査を行う必要がある.このように若年者の緑内障は近視眼に多く,その発見の契機はCLや眼鏡作製時の偶然の眼底検査やときに眼圧上昇であることが知られている7,8).今回の症例は10年前に量販店のコンタクトレンズセンターでCLを処方されており,その際にどのような眼科的検査が行われていたかは明らかではない.一般的には近視,特に強い近視を伴う緑内障では視神経乳頭の形状異常や視神経線維層欠損が見逃しやすいなど,緑内障性変化の検出が困難なことも多く,専門の眼科医での検査が重要である.近年,わが国において,近視の有病率が急速に増加している.13年間で17歳以下の近視有病率は49.5%から65.6%に増加しており,また10歳以上の学童の屈折は有意に近視にシフトしていることが明らかとなっている10).また,アンケート調査ではCLを装用開始する年齢層は小学校高学年13%,中学生59%,高校生では24%となっており11),これらの年齢層での眼疾患,特に緑内障のスクリーニングはきわめて重要といえる.このような近視人口の増加に伴うCL装用者の増加とともに患者側の問題点としてアンケート調査12,13)が行われたが,2008.2009年にインターネットでのCL購入者が12.4%から22.9%と増加していること,処方時に眼科医を含めた医師の診察を受けていない症例が6.7%にab図4Goldmann視野検査(a:右眼,b:左眼)湖崎分類で右眼IIIb期,左眼IIIa期の進行した視野異常を認める.1000あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(124) 上ること,また約半数の45.5%が不定期ないし定期検査を受けていないことが明らかにされた.CL処方時のスクリーニング検査の問題点としては2005年にコンタクトレンズ診療ガイドラインが示され14),問診に始まり,他覚的屈折検査,自覚的屈折検査を始め,13項目の眼科検査項目が列挙されている.そのなかで眼圧検査と眼底検査は緑内障を含めた眼科標準検査項目であるにもかかわらず,ルーチンの検査とはされず,検査は医師の裁量に任されている.緑内障は青壮年以降に好発する疾患であり,真の発症時期に関しては当然ではあるがより若年層である可能性が推察される.また,眼圧は緑内障進行・悪化の重要かつ最大の危険因子であり,その変動も緑内障進行悪化に影響すると考えられている.今回の症例のように若年者でも高眼圧を伴った開放隅角緑内障を認める可能性もあり,自覚症状も乏しいことから眼科専門医による確実,かつ精度の高い検査がきわめて重要と言える.IVまとめ成人以降の緑内障は末期に至るまで自覚症状に乏しく,多くの潜在患者がいることが報告された3).一方で,緑内障はすべての年齢層で発症し,余命が長いほど失明に至る可能性が増加する.若年者の緑内障は近視性の屈折異常が多く,CLあるいは眼鏡作製で眼科を受診するときが発見の好機となる.一方で,近視眼では陥凹の境界が不鮮明かつ乳頭辺縁(リム)が不鮮明である,乳頭が傾斜していることがある,視神経線維層欠損が検出しにくい,など眼科医でも診断に苦慮する場合が少なくない.この観点からも緑内障の診断には最終的には専門の眼科医の診察が重要である.さらに医療側だけでなく患者側に対してもCL処方時の診察と定期検査の必要性,重要性についての教育が重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)植田喜一,宇津見義一,佐野研二ほか:コンタクトレンズによる眼障害アンケート調査の集計報告(平成21年度).日本の眼科81:408-412,20102)熊川真樹子,稲田紀子,庄司純ほか:KingellaKingaが検出されたコンタクトレンズ関連角膜感染症の1例.眼科52:319-323,20103)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20044)岡田芳春:若年者における緑内障.臨眼57:997-1000,20035)林康司,中村弘,前田利根ほか:若年者の正常眼圧緑内障.あたらしい眼科14:1235-1241,19976)林康司,中村弘,前田利根ほか:若年者と中高年者の正常眼圧緑内障の比較.あたらしい眼科16:423-426,19997)末廣久美子,溝上志朗,川崎史朗ほか:初診時に中期の視野障害が認められた若年者正常眼圧緑内障の1例.あたらしい眼科23:697-700,20088)小川一郎:若年性正常眼圧緑内障.臨眼89:1631-1639,19959)丸山亜紀,屋宜友子,神前あいほか:若年発症した正常眼圧緑内障の視神経乳頭.臨眼99:297-299,200510)MatsumuraH,HiraiH:Prevalenceofmyopiaandrefractivechangesinstudentsfrom3to17yearsofage.SurvOphthalmol44(Suppl1):S109-S115,199911)鳥居秀成,不二門尚,宇津見義一:学校近視の現況に関する2010年度アンケート調査報告.日本の眼科82:531541,201112)植田喜一,上川眞巳,田倉智之(日本コンタクトレンズ協議会)ほか:インターネットを利用したコンタクトレンズ装用者のコンプライアンスに関するアンケート調査.日本の眼科81:394-407,201013)植田喜一,上川眞巳,田倉智之(日本眼科医会医療対策部)ほか:インターネットを利用したコンタクトレンズ装用者の実態調査.日本の眼科80:947-953,200914)糸井素純,稲葉昌丸,植田喜一ほか:コンタクトレンズ診療ガイドライン.日眼会誌109:637-665,2005***(125)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20121001

鳥取大学における若年者の角膜感染症の現状

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(91)8150910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(6):815819,2009cはじめに近年,角膜感染症の若年化が問題となっており,2003年に行われた感染性角膜炎の全国サーベイランス1)においても,年齢分布は二峰性を示し,60歳代以外に20歳代にもピークを生じていた.さらに,若年層ではコンタクトレンズ(CL)使用中の感染が9割以上を占め,わが国の感染性角膜炎の発症の低年齢化の大きな原因として,CLの使用がある1,2).この10数年間に,使い捨てソフトCL(DSCL)や頻回交換ソフトCL(FRSCL)の登場により,装用者は急激に増加し,CLの使用状況は大きく変わっている.約1,500万人を超えるといわれるCL装用者がいるなか,近年,CL使用の低年齢化が起こり,10歳代,20歳代の若者の使用が増〔別刷請求先〕池田欣史:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:YoshifumiIkeda,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN鳥取大学における若年者の角膜感染症の現状池田欣史稲田耕大前田郁世大谷史江清水好恵唐下千寿石倉涼子宮大井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学CurrentStatusofInfectiousKeratitisinStudentsatTottoriUniversityYoshifumiIkeda,KohdaiInata,IkuyoMaeda,FumieOtani,YoshieShimizu,ChizuToge,RyokoIshikura,DaiMiyazakiandYoshitsuguInoueDivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity近年,角膜感染症の若年化が問題となっており,重症例が増加している.今回,当院での若年者の角膜感染症の現状を報告する.2004年1月2008年2月に入院加療した角膜感染症患者のうち,発症年齢が30歳未満であった13例14眼を対象に,コンタクトレンズ(CL)使用状況・治療前後の視力・起炎菌について検討した.発症年齢1428歳.男性5例5眼,女性8例9眼.11例で頻回交換ソフトCL,1例でハードCLを使用していた.初診時視力が0.5以下は9例10眼,0.1以下は6例7眼であった.治療後の最高視力は比較的良好であったが,0.04にとどまった例が1例,治療的角膜移植施行例が1例あった.推定起炎菌はアカントアメーバ4眼,細菌10眼であり,分離培養で確認されたものは緑膿菌2眼,黄色ブドウ球菌2眼,セラチア1眼,コリネバクテリウム1眼であった.若年者角膜感染症でも特に重症例が増加しており,早期の的確な診断・治療の重要性とともにCL装用における感染予防策の必要性が示唆された.WereportthecurrentstatusofinfectiouskeratitisinstudentsatTottoriUniversity.Wereviewedtherecordsof14eyesof13patientsbelow30yearsofageamongthosetreatedforinfectiouskeratitisatTottoriUniversityHospitalfromJanuary2004toFebruary2008.Patientswereevaluatedastomethodofcontactlensuse,visualacuitybeforeandaftertreatmentandmicrobiologicaletiology.Theagedistributionrangedfrom14to28years.Ofthe13patients,11usedfrequent-replacementsoftcontactlensesand1usedhardcontactlenses.Atinitialvisit,thevisualacuityof10eyes(9patients)waslessthan20/40,andthatof7eyes(6patients)waslessthan20/200.Bettervisualacuitywasnotedaftertreatmentinallbut2cases,1ofwhichhadpoorvisualacuity,theotherhav-ingreceivedpenetratingkeratoplasty.ThepresumedcausativeagentswereAcanthamoebaspeciesin4eyesandbacteriain10eyes.SomeofthesewereprovenbyculturingtobePseudomonasaeruginosa(2eyes),Staphylococ-cusaureus(2eyes),Serratiamarcescens(1eye)andCorynebacterium(1eye).Reportsofyoungercasesofcontactlens-relatedsevereinfectiouskeratitishavebeenontheincrease.Theimportanceofearlyproperdiagnosisandtreatmentisindicated,asistheneedforstrategyinpreventingcontactlens-relatedinfectiouskeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):815819,2009〕Keywords:角膜感染症,若年者,アカントアメーバ,緑膿菌,コンタクトレンズ.infectiouskeratitis,younggeneration,Acanthamoeba,Pseudomonasaeruginosa,contactlens.———————————————————————-Page2816あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(92)加している.今後ますます若年者のCL原因の感染性角膜炎が増加すると予想される.啓発活動も含めた意味で,今回筆者らは,鳥取大学における角膜感染症のうち,特に30歳未満の若年者を対象に,CLの使用状況・起炎菌・初診時視力・治療後視力などについて検討し,予防策について考察したので報告する.I対象および方法対象は,鳥取大学医学部附属病院眼科において2004年1月から2008年2月までの約4年間に,入院加療を要した角膜感染症117症例(ヘルペス感染を含む)のうち,30歳未満の13例14眼(男性5例5眼,女性8例9眼)である.117症例に対する若年者の割合と若年者全例の年齢・性別・発症から当院紹介までの日数・初診時視力・治療後最高視力・起炎菌・前医での治療の有無・ステロイド使用歴の有無・CLの種類や使用状況についての検討を行った.II結果角膜感染症117症例全体の若年者の年代別の割合を図1に示す.2004年は5.9%,2005年は0%,2006年は9.5%と低かったが,2007年には21.4%と上昇し,2008年には1月,2月のみで,42.9%と高かった.なお,30歳未満13例表1全症例(13例14眼)の内訳症例年齢(歳)性別患眼発症から当院初診までの日数起炎菌初診時視力治療後最高視力前医での治療114女右42アカントアメーバ0.81.2あり(ステロイド)217女右4細菌0.81.2なし322男右11細菌0.091.0なし注1415女左3セラチア0.91.2あり528女右14アカントアメーバ0.21.0あり(ステロイド)621男左22アカントアメーバ0.41.5あり719男左2緑膿菌0.51.0あり(ステロイド)816女左3細菌手動弁/30cm0.9あり928男左3細菌1.21.5なし1024女右4黄色ブドウ球菌0.030.9なし24女左4黄色ブドウ球菌0.011.2なし1118女左33アカントアメーバ指数弁/15cm1.2注2あり(ステロイド)1216女左4緑膿菌手動弁/10cm0.04あり1323男左2コリネバクテリウム0.030.6なし注1:知的障害およびアレルギーあり.注2:治療的全層角膜移植術施行後の視力.症例CLの種類CL誤使用の有無1FRSCL(1M)無2FRSCL(2W)有(就寝時装用)3なし4FRSCL(2W)無5FRSCL(2W)無6FRSCL(2W)無7FRSCL(1M)有(使用期限超え,消毒不適切)8FRSCL(1M)有(連続装用,消毒不適切)9FRSCL(2W)有(連続装用,消毒不適切)10HCL有(消毒不適切)HCL有(消毒不適切)11FRSCL(1M)有(消毒不適切)12FRSCL(1M)有(就寝時装用,消毒不適切)13FRSCL(2W)有(連続装用,消毒不適切)05101520253035402004年2005年2006年2007年2008年(12月):30歳以上:30歳未満2/34(5.9)0/27(0)2/21(9.5)6/28(21.4)3/7(42.9)症例数(人)図1鳥取大学における角膜感染症の若年者の割合の推移(13/117症例)上段の数値は年別の若年者数/全症例数(若年者の割合)を示す.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009817(93)14眼の内訳(表1)は,男性5例5眼,女性8例9眼で,発症年齢は1428歳(平均20±5歳)であり,10歳代が7例と半数近くを占めていた.初診時矯正視力は0.5以下が9例10眼で,0.1以下が6例7眼と重症例が目立った.治療後最高視力は0.6以上が11例12眼で,1.0以上が9例9眼と比較的良好であった.しかし,最終的に1例は治療的角膜移植術を行い,1例は最終視力0.04と視力不良であった.症例3は知的障害とアレルギー性結膜炎があり,角膜潰瘍を生じた例で,それ以外は,全例CL使用者で,11例にFRSCL,1例にハードCL(HCL)の装用を認めた.なお,CLの洗浄,擦り洗い,CLケースの定期交換などの適切な消毒を行っていない症例や,CLの使用期限を守らない,就寝時装用,連続装用など不適切なCL装用状況が8例9眼で認められた.推定起炎菌は細菌が10眼,アカントアメーバが4眼で,細菌10眼のうち6眼が分離培養できたが,アカントアメーバは分離培養できておらず,検鏡にて確認した.HCL使用の1例2眼で黄色ブドウ球菌が検出され,FRSCLでは緑膿菌が2眼,セラチアとコリネバクテリウムが1眼ずつ検出された.なお,セラチアは主要な細菌性角膜炎の起炎菌であり1),病巣部より分離培養できたことから起炎菌と判断した.コリネバクテリウムは結膜の常在菌であり,角膜での起炎性は低いが,この例では病巣部よりグラム陽性桿菌を多量に認め,分離培養結果も一致し,好中球の貪食像も認められたため起炎菌とした.また,発症から当院へ紹介されるまでの日数は平均11日であるが,アカントアメーバ角膜炎は平均28日と約1カ月かかっていた.さらに,前医で治療を受けた8例中半数の4例にステロイドの局所または全身投与がなされており,そのうち,3例がアカントアメーバであった.ここで重症例の症例11と12の経過を報告する.〔症例11〕18歳,女性.現病歴:平成19年12月7日左眼眼痛と充血を主訴に近医を受診し,角膜上皮障害にてSCL装用を中止し,抗菌薬,図3症例11:左眼前眼部写真(平成20年1月22日)ステロイド中止後に角膜混濁は悪化した.図5症例11:ホスト角膜の切片(ファンギフローラYR染色)ホスト角膜にアカントアメーバシスト(矢印)が散在した.図2症例11:初診時左眼前眼部写真(平成20年1月8日)角膜中央に円形の角膜浸潤と毛様充血を認め,角膜擦過物よりアカントアメーバシストを認めた.VS=15cm/指数弁.図4症例11:左眼前眼部写真(平成20年3月12日)2月26日に治療的全層角膜移植術を施行した.VS=(1.0).———————————————————————-Page4818あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(94)角膜保護薬の点眼にて経過観察されていた.12月26日に,角膜後面沈着物が出現し,ヘルペス性角膜炎と診断され,ステロイド点眼・内服を追加されるも,改善しないため,平成20年1月7日に鳥取大学医学部附属病院眼科を紹介となった.なお,CLは1日15時間以上使用し,CLの消毒はマルチパーパスソリューション(multi-purposesolution:MPS)を使用し,週に23回しか消毒しておらず,CLケースもほとんど交換していなかった.初診時所見:左眼視力は15cm指数弁で,角膜中央に円形で境界不明瞭な角膜浸潤と角膜浮腫および上皮欠損を生じており,特に下方では潰瘍となっていた(図2).治療:角膜擦過物のファンギフローラYR染色にてアカントアメーバシストが確認されたため,アカントアメーバ角膜炎との診断で,ステロイド中止のうえ,角膜掻爬に加え,イトラコナゾール内服,0.02%クロルヘキシジン・フルコナゾール・1%ボリコナゾール点眼,オフロキサシン眼軟膏の三者併用療法を開始した.ステロイド中止後,角膜混濁は悪化し(図3),ピマリシン点眼に変更するも,治療に反応せず,角膜混濁もさらに悪化したため,平成20年2月26日に治療的全層角膜移植術を施行した(図4).術後,再発を認めず,矯正視力1.2と安定した.なお,角膜移植時に切除したホスト角膜片の病理検査でのファンギフローラYR染色にてアカントアメーバシストが認められた(図5).〔症例12〕16歳,女性.現病歴:平成20年2月7日からの左眼眼痛にて翌日近医を受診し,角膜上皮離の診断にて点眼加療された.2月9日角膜混濁が出現し,抗菌薬の点眼・内服を追加されるも改善せず,2月10日に,角膜潰瘍と前房蓄膿が出現したため,同日,鳥取大学医学部附属病院眼科を紹介となった.なお,CLは1日16時間以上使用し,毎日MPSにて消毒はしていたが,擦り洗いは週に1回程度であり,ときどき装用して就寝することもあった.初診時所見:左眼視力は10cm手動弁で,角膜中央に輪状膿瘍,角膜潰瘍を認め,さらに,前房蓄膿を伴っていた(図6).治療:急速な進行と臨床所見から,緑膿菌感染と判断し,イミペネムの点滴,ミクロノマイシン点眼,オフロキサシン眼軟膏にて治療を開始した.角膜擦過物の塗抹鏡検にてグラム陰性桿菌を認め,後日培養にて緑膿菌を検出した.治療にはよく反応し,翌日には前房蓄膿は消失し,角膜潰瘍は徐々に軽快した.しかし,最終的に角膜中央に混濁を残して治癒し(図7),最終視力は0.04と良好な視力を得られなかった.III考按2003年の角膜サーベイランス1)での年齢分布のグラフにおけるCL非使用の感染性角膜炎の年齢分布は,1972年から1992年にかけての報告を集計した金井らの論文にみられる60歳代にピークをもつ感染性角膜炎の年齢分布2)とあまり変わっていない.このことから,使用しやすいSCL(DSCL,FRSCL)の登場により,CL使用者(おもに若年者)が急激に増加し,その安易な使用によって,CL使用者の感染性角膜炎が上乗せされた形となり,10歳代,20歳代にもう1つのピークが生じたとみてとれる.さらに,10歳代の感染はほぼ100%CL関連であり,20歳代もCL使用が89.8%であったと報告されている.しかも,20歳代の割合が60歳代を上回る状況となっている1,3).20歳代のCL関連の感染の増加はCL使用割合がその年代に多いためと推察されるが,10年後,20年後には,これがさらに上の年代へと拡大していく危険性をはらんでいる.今回,筆者らは30歳未満の若年者を対象にデータ解析を行ったが,CL関連が92.3%であり,レンズの不適切な使用によると思われる感染が大半を占めていた.若年者の失明は以後のQOL(qualityoflife)を大きく損なうため,早期発見と適切な早期治療が必須である.図6症例12:初診時左眼前眼部写真(平成20年2月10日)角膜中央に輪状膿瘍と前房蓄膿を認めた.VS=10cm/手動弁.図7症例12:左眼前眼部写真(平成20年3月11日)最終的に角膜中央に混濁を残して治癒した.VS=0.04(n.c.).———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009819(95)今回の4例のアカントアメーバ角膜炎では,症状発生から適切な治療までに2週間から約1カ月半が経過しており,そのうち3例はヘルペス感染との診断にて,ステロイド加療がされており,最終的に1例に治療的角膜移植術を施行した.そのため,眼科医の早期の適切な診断と治療が重要となってくる.CL装用者の場合には,ヘルペスと思われる上皮・実質病変が存在しても,ヘルペスよりもアカントアメーバの感染をまず念頭に置き,前房内炎症が生じていても,ステロイド投与の開始については慎重に考慮する必要がある.また,SCL装用による両眼性アカントアメーバ角膜炎も報告46)されており,診断,治療が困難な場合には,早急に角膜疾患の専門家のいる病院へ紹介することが重要である.一方,細菌感染の場合は,アメーバと異なり進行が速いため,症状発生から紹介までは約4日と短く,抗菌薬頻回点眼・点滴を含めた早期治療が大切となる.細菌性角膜感染炎ではアカントアメーバ角膜炎よりも診断が容易であるが,緑膿菌では進行が速く,重症化するため,症例12のように治癒しても社会的失明の状態となる.若年者の角膜感染による失明を防止するには,CL関連感染角膜感染症の存在とその予防策について,若年のCL装用者に十分知識をもってもらうことが重要である.さらに,CLケースの洗浄や交換が行われていなかった例や,インターネットにて購入した例もあり,眼科専門医の適切な指導のもと,CLの処方のみならず,洗浄液も処方箋による販売が行われる体制が望ましいのではないかと思われる.現にシリコーンハイドロゲルレンズにおいて,洗浄液との相性があわず,上皮障害をひき起こす場合もあり79).眼科医がしっかりとCL装用者のCL使用状況を把握するうえでも,CLと洗浄液とを同時に眼科医が処方できるようにすべきではないかと考える.今回の症例に使用されたSCLはすべてFRSCLであり,適切に使用した症例でも,感染をひき起こしていることを考慮すると,感染予防という点では,現行のMPSでは限界があり,煮沸消毒に及ばないと考えられる10).また,適切に使用すれば外部からの細菌の持ち込みがないという点において,DSCLへの変更も留意する必要がある.一番の問題点はCL使用者がCLの利便性のみにとらわれ,CLの危険性に関して無知であることである.これは,各CLメーカーの宣伝の影響が大きいと考える.SCLのパンフレットには注意事項は裏面に小さな字で記載されているのみで,内容も「調子よく使用し,異常がなくても,定期検査は必ず受けてください」・「少しでも異常を感じたら,装用を中止し,すぐに眼科医の診察を受けてください」といった,当たり障りのない文句が書かれている.適切な使用を怠ると,感染性角膜炎になり,失明する可能性があることを説明し,実際の感染性角膜炎の写真を掲載するなどして,視覚的に訴えていく必要がある.タバコの外箱に記載されている肺癌の危険性と同様に,常時手にとるCLのパッケージへも失明の可能性ありとの記載があると,CL装用者への啓発となると考える.今後も,若年性CL関連角膜感染症は増加していくと推察されるため,CL装用指導と角膜感染症発症についてのCL装用者への啓発の重要性を改めて認識する必要性がある.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20062)金井淳,井川誠一郎:我が国のコンタクトレンズ装用による角膜感染症.日コレ誌40:1-6,19983)宇野敏彦:コンタクトレンズの角膜感染症予防法.あたらしい眼科25:955-960,20084)WilhelmusKR,JonesDB,MatobaAYetal:Bilateralacanthamoebakeratitis.AmJOphthalmol145:193-197,20085)VoyatzisG,McElvanneyA:Bilateralacanthamoebakera-titisinanexperiencedtwo-weeklydisposablecontactlenswearer.EyeContactLens33:201-202,20076)武藤哲也,石橋康久:両眼性アカントアメーバ角膜炎の3例.日眼会誌104:746-750,20007)JonesL,MacdougallN,SorbaraLG:Stainingwithsili-cone-hydrogelcontactlens.OptomVisSci79:753-761,20028)植田喜一,稲垣恭子,柳井亮二:化学消毒剤による角膜ステイニングの発生.日コレ誌49:187-191,20079)工藤昌之,糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと消毒剤との相性.あたらしい眼科22:1349-1355,200510)白石敦:マルチパーパスソリューション(MPS)の現況および問題点.日本の眼科79:727-732,2008***

初診時に中期の視野障害が認められた若年者正常眼圧緑内障の1例

2008年5月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(121)6970910-1810/08/\100/頁/JCLS18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(5):697700,2008cはじめに正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)は,眼圧が統計学的正常範囲であるにもかかわらず緑内障性視神経障害をきたす原発開放隅角緑内障のサブタイプであり,先の緑内障疫学調査(TajimiStudy)によって,わが国における40歳以上のNTGの有病率は3.6%であること,および加齢に伴い有病率が増加することが明らかにされた1).しかし,その一方で頻度こそ低いものの,若年者を含む40歳以下の年齢においてもNTGが発症することが知られており,日常臨床での注意が必要である28).また,上方視神経乳頭低形成(superiorsegmentaloptichypoplasia:SSOH)913)は,先天性の視神経乳頭形態異常の一つとして注目を集めているが,わが国における有所見率が0.3%と頻度が高いため13),若年者における緑内障性視神経乳頭との鑑別がきわめて重要である.今回筆者らは初診時,片眼に正常眼圧緑内障による中期の視野障害を,僚眼にSSOHの所見を認めた17歳,女性の興味深い1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕末廣久美子:〒767-0001香川県三豊市高瀬町上高瀬1339医療法人明世社白井病院Reprintrequests:KumikoSuehiro,M.D.,ShiraiHospital,1339Kamitakase,Takase-cho,Mitoyo-shi,Kagawa767-0001,JAPAN初診時に中期の視野障害が認められた若年者正常眼圧緑内障の1例末廣久美子*1溝上志朗*2川崎史朗*2水川憲一*1大橋裕一*2*1医療法人明世社白井病院*2愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学ACaseofJuvenileNormal-TensionGlaucomawithModeratelyProgressedVisualFieldDisturbanceatInitialVisitKumikoSuehiro1),ShiroMizoue2),ShiroKawasaki2),KenichiMizukawa1)andYuichiOhashi2)1)ShiraiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine初診時にすでに中期の視野障害が認められた若年者の正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)を経験した.症例は17歳の女性,コンタクトレンズの処方目的で受診した.眼圧は右眼15mmHg,左眼12mmHgで,両眼ともに正常の開放隅角であった.右眼には上方視神経乳頭低形成(superiorsegmentaloptichypoplasia:SSOH)の所見が,左眼には耳下側視神経乳頭辺縁部の狭小化と同部に付随した神経線維層欠損(nerveberlayerdefect:NFLD)が認められた.Humphrey視野検査を施行したところ,右眼には鼻下側の感度低下,左眼には弓状暗点,Aulhorn分類Greve変法によるstageIIの視野障害が認められた.眼圧日内変動は両眼ともに10mmHgから16mmHgの間で推移しており,MRI(磁気共鳴画像)検査にて頭蓋内病変は検出されなかった.Wereportacaseofjuvenilenormal-tensionglaucoma(NTG)withmoderatelyprogressedvisualelddistur-banceatinitialvisit.Thepatient,a17-year-oldfemale,hadconsultedourhospitalforcontactlensformulation.Herintraocularpressurewas15mmHgrighteyeand12mmHglefteye.Gonioscopicndingswerenormal.Theopticdiscoftherighteyehadndingsofsuperiorsegmentaloptichypoplasia(SSOH).Theopticdiscofthelefteyeshowednarrowingoftheinferotemporaldiscrimandnerveberlayerdefect(NFLD).ThevisualeldoftherighteyeshowedreducedinferonasalsensitivityonHumpheryFieldAnalyzer.ThevisualeldofthelefteyewasstageⅡbyAulhorn’sclassicationwithGreve’smodication.Intraocularpressurevariedfrom10to16mmHg.Magneticresonanceimagingdisclosednointracranialpathology.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(5):697700,2008〕Keywords:正常眼圧緑内障,若年者,上方視神経乳頭低形成.normal-tensionglaucoma,juvenile,superiorseg-mentaloptichypoplasia.———————————————————————-Page2698あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008(122)隅角所見:両眼ともにShaer分類4度,色素沈着01度,正常開放隅角であり,発育異常を疑わせる所見は認めない.視神経乳頭所見(図1):右眼:網膜中心動脈の鼻上方偏位,乳頭上半の蒼白化,上方の神経線維層の菲薄化,および下方の乳頭辺縁部の皿状化を認める.左眼:下方乳頭辺縁部のノッチ形成と同部に対応する網膜神経線維層欠損(nerveberlayerdefect:NFLD)の所見を認める.視神経乳頭形状解析(図2):Discarea:右眼3.16mm2,左眼2.41mm2.Cuparea:右眼1.78mm2,左眼1.39mm2.Rimarea:右眼1.38mm2,左眼1.02mm2.Rimvolume:右眼0.40cmm,左眼0.31cmm.〔HeidelbergRetinaTomographII(HRTII)R,HeidelbergEngineering社による測定〕I症例患者:17歳,女性.主訴:コンタクトレンズの処方希望で来院,眼科的自覚症状はない.現病歴:白井病院を受診した際に,両眼の視神経乳頭陥凹の拡大を初めて指摘された.既往歴:頭部外傷の既往,ステロイドの局所的および全身的な使用歴はない.家族歴:両親ともに緑内障の既往はない.母親に糖尿病の既往はない.視力:右眼0.03(1.5×5.50D),左眼0.06(1.5×5.50D(cyl0.50DAx160°)初診時眼圧:右眼15mmHg,左眼12mmHg.前眼部・中間透光体:両眼ともに異常所見を認めない.中心角膜厚:右眼510μm,左眼520μm(PentacamR,オクルス社による測定).図1視神経乳頭所見右眼(上):網膜中心動静脈の鼻上方偏位,乳頭上部の蒼白,上鼻側辺縁部の狭小化,および耳下側の乳頭辺縁部の皿状化を認める.左眼(下):下方乳頭辺縁部のノッチ形成と,網膜神経線維層欠損の所見を認める.図2HRTIIによる視神経乳頭形状解析両眼ともに視神経乳頭陥凹の拡大を認め,右眼(上)は鼻上側,左眼(下)は耳下側のrimの菲薄化を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008699(123)差があるか否かは興味のあるところである.これについて,林らは,40歳以下の若年者と41歳以上の非若年者のNTGを比較した結果,眼圧レベルは両群間に差は認めないが,若年群は非若年群よりも近視度が強く,特に若年女性例には眼圧動態が正常な者が多い6)ことを報告し,これらの理由として,進行原因としての眼圧非依存因子の介在を示唆している.そのほかにも,診断時の病期は初期から早期の場合が多い5)ことを報告し,その理由として発症からの経過時間が比較的短いのではと考察している.つまり,本症例においては,眼圧レベルは10mmHg台前半と比較的低いレベルで推移しているにもかかわらず,初診時にすでにstageIIまで視野障害が進行していたことから,進行要因として眼圧非依存因子の関与が大きいことが強く示唆される症例といえる.本症例の右眼の視神経乳頭は,網膜中心動脈の鼻上方偏位,乳頭上部の蒼白化,および上方の神経線維層の菲薄化などSSOHに特徴的な所見11)を有していた.わが国におけるSSOHの有所見率は,Yamamotoらにより0.3%と報告されているが,このなかで本症例のような片眼例を37症例中20例と,約半数に認められたことを明らかにしている13).本症例の右眼であるが,視神経乳頭所見は下方の乳頭辺縁部の皿状化を認めるのみの極初期の緑内障性の変化であり,かつ,視野所見にも視神経乳頭所見に対応する明らかな異常を認めなかったことより,鼻下側の感度低下はSSOHによるものが考えやすい.なお,SSOHの発症に母親の糖尿病の有無がHumphrey静的視野検査所見(図3):右眼には鼻下側の感度低下を,左眼には弓状暗点を認める.眼圧日内変動:右眼:1016mmHg,左眼:1016mmHg.両眼ともに午後6時に最高値を,右眼は午前0時,左眼は午前6時に最低値を示した.頭部MRI(磁気共鳴画像):異常所見は認めない.以上の所見より,本症例を右眼に上方視神経乳頭低形成を伴うNTGと診断した.診断後は外来にて定期的にベースラインレベルの測定を行っているが,眼圧は右眼1316mmHg,左眼1216mmHgで推移しており,現在までに眼圧レベルの上昇や,明らかな視野異常の進行は認めていない.II考按本症例の左眼は視神経乳頭およびNFLDの所見と合致する定型的な視野障害を認める点,眼圧日内変動が21mmHg以下である点,および頭蓋内病変を認めない点よりNTGの診断基準を満たすと考えられる.また初診時の17歳の時点で,すでに左眼のHumphrey視野検査ではmeandeviation(MD)値が11dB,Aulhorn分類Greve変法によるstageIIまで進行していた.なお,今回提示したHumphrey視野は4回目の測定結果であり,それまでに測定した3回の結果もほぼ同様の所見を示していた.若年者にみられるNTGと中高年者のNTGの臨床所見に〔右眼〕〔左眼〕図3静的視野検査所見右眼は鼻下側に孤立暗点を認め,左眼については弓状暗点を認める.———————————————————————-Page4700あたらしい眼科Vol.25,No.5,2008(124)4)小川一郎:若年性正常眼圧緑内障.眼臨89:1631-1639,19955)林康司,中村弘,前田利根ほか:若年者の正常眼圧緑内障.あたらしい眼科14:1235-1241,19976)林康司,中村弘,前田利根ほか:若年者と中高年者の正常眼圧緑内障の比較.あたらしい眼科16:423-426,19997)岡田芳春:若年者における緑内障.臨眼57:997-1000,20038)丸山亜紀,屋宜友子,神前あいほか:若年発症した正常眼圧緑内障の視神経乳頭.眼臨99:297-299,20059)PetersenRA,WaltonDS:Opticnervehypoplasiawithgoodvisualacuityandvisualelddefects:astudyofchildrenofdiabeticmothers.ArchOphthalmol95:254-258,197710)LandauK,BajkaJD,KircheschlagerBM:ToplessopticdisksinchildrenofmotherswithtypeⅠdiabetesmelli-tus.AmJOphthalmol125:605-611,198811)KimRY,HoytWF,LessellSetal:Superiorsegmentaloptichypoplasia.Asignofmaternaldiabetes.ArchOph-thalmol107:1312-1315,198912)UnokiK,OhbaN,HoytWF:Opticalcoherencetomogra-phyofsuperiorsegmentaloptichypoplasia.BrJOphthal-mol86:910-914,200213)YamamotoT,SatoM,IwaseA:SuperiorsegmentaloptichypoplasiafoundinTajimieyehealthcareprojectpartici-pants.JpnJOphthalmol48:578-583,2004関与するとの報告は多い9,11)が,本症例では認められていない.筆者らが知る限り,これまでにSSOHの所見がある眼にNTGを合併した症例や,もしくは本症例のようにSSOHの片眼例で,その僚眼にNTGを合併したという報告はない.またSSOH眼における視神経乳頭構造の脆弱性やNTGの発症リスクに関してはいまだ明らかなデータも存在しないため,今後多数例を対象とした追跡調査が必要と考えられる.今回,若年発症のNTG症例を報告したが,このような症例においては早期診断,早期治療が重要である.このためには,すべての眼科医が日常診療において,年齢や受診理由にかかわらず常に視神経乳頭を注意深く観察すること以外に方法はない.視神経乳頭の異常を把握する能力を今後これまで以上に高めておく必要があるだろう.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)BennettSR,AlwardWLM,FolbergR:Anautosomaldominantformoflow-tensionglaucoma.AmJOphthalmol108:238-244,19893)田村雅弘,飯島裕幸,山口哲ほか:小児2例にみられた低眼圧緑内障.臨眼45:433-437,1991***