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眼内レンズ挿入後5年目に落屑症候群を発症した1例

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):288.291,2017c眼内レンズ挿入後5年目に落屑症候群を発症した1例古藤雅子與那原理子新垣淑邦酒井寛澤口昭一琉球大学医学部眼科学教室ACaseofExfoliationSyndromeDeveloped5YearsafterIntraocularLensImplantationMasakoKoto,MichikoYonahara,YosikuniArakaki,HirosiSakaiandShoichiSawaguchiDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus目的:正常眼圧緑内障(NTG)加療中に偽落屑物質(PE)の発症・沈着を生じた眼内レンズ(IOL)眼の報告.症例:57歳,男性.職業はバス運転手.2004年近医で左眼のIOL挿入術を施行,2006年より両眼のNTGと診断され治療が開始された.2009年6月に眼圧上昇を認めたため,琉球大学附属病院眼科を紹介受診したがPEは観察されなかった.IOL挿入後5年目の2009年12月,再来時に左眼瞳孔縁に微細なPEが観察された.2011年7月にはIOL表面にPEが観察された.IOL眼のフレア値は上昇していた.結論:PEの発症・進行を経時的に観察できたまれな1症例を報告した.Purpose:Toreportacaseofpseudoexfoliation(PE)syndromedevelopedinanintraocularlens(IOL)eyeduringtreatmentofnormal-tensionglaucoma(NTG).Case:A57-year-oldmalewhoworkedasabusdriverunderwentcataractsurgeryinhislefteyewithIOLimplantationin2004.BilateralNTGwasthendiagnosedandtreated.HewasreferredtoourhospitalonJune2009becauseofpoorintraocularpressurecontrol;PEcouldnotbedetectedatthis.rstvisit.SubtlePEaroundthepupillarymargincouldbedetectedonDecember2009,5yearsaftercataractsurgery.OnJuly2011,PEcouldbeseenontheIOLsurface.Flarevaluewasincreasedinthepseu-dophakicPEeye.Conclusion:WereportararecaseofPEsyndromedevelopedaftercataractsurgery,withdetailedtimecourse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):288.291,2017〕Keywords:落屑症候群,眼内レンズ,正常眼圧緑内障,フレア値.pseudoexfoliationsyndrome,intraocularlens,normaltensionglaucoma,.arevalue.はじめに水晶体偽落屑物質(pseudoexfoliation:PE)は瞳孔縁,水晶体表面に線維性細胞外物質の沈着が灰白色の薄片物質として観察され,また眼以外にも全身の臓器組織での産生・沈着が観察される疾患である1).落屑症候群の発症に関しては遺伝子異常の関与,さらに加齢,日光(紫外線)曝露を含めた環境因子や人種差,性差による影響など多くの因子が関与していることが明らかにされてきている.落屑症候群の臨床上重要な点は,緑内障を合併した場合その予後が不良な点と白内障手術における合併症の多さである.実際,開放隅角緑内障や閉塞隅角緑内障に比べてもその予後が不良であることが報告されている2).また,PEを伴う眼では緑内障の合併が多く,わが国では約17%が緑内障を合併することがYama-motoらによる大規模疫学調査,TajimiStudyで明らかにされた3).落屑症候群(落屑緑内障)はとくに加齢とともに有病者が急激に増加することが,多くの疫学調査で明らかにされている.わが国は高齢社会を迎え,高齢者における緑内障有病率の増加,白内障手術のいっそうの増加が予想される.白内障手術が落屑症候群の発症,進行に与える影響あるいは白内障手術と落屑症候群との関連についてはいまだ明らかではない.今回筆者らは白内障手術後,経過観察中に正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)を発症し,その加療中の患者にPEの発症をその時間経過とともに観察できたきわめてまれな1症例を経験したので,文献的考察を含め〔別刷請求先〕古藤雅子:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasakoKoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN288(146)て報告する.I症例57歳,男性.職業はバス運転手.既往歴に気管支炎.2004年に左眼のIOL挿入術を近医眼科で施行した.2006年に両眼のNTGと診断され治療が開始されたが,次第に眼圧コントロールが不良となり,視野障害が進行したため,2009年6月に琉球大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.初診時所見:視力右眼0.7(1.2×sph.0.50D(cyl.0.75DAx90°),左眼0.9(1.5×sph0.00D(cyl.0.75DAx95°),右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧18mmHg.前房は両眼とも深く,右眼初発白内障,左眼はIOL眼(.内固定)であった.視神経乳頭は両眼とも進行した緑内障の異常を認め,右眼耳下側に初期の,また左眼耳側上下に進行した網膜神経線維層欠損を認めた.この時点では細隙灯顕微鏡検査でPEの沈着は両眼とも観察されていなかった.開放隅角緑内障と診断し0.5%マレイン酸チモロール,ラタノプロスト,塩酸ドルゾラミド点眼を両眼に開始した.2009年12月再来院時(右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧21mmHg),左眼瞳孔縁に軽度のPEが観察されたが,右眼には観察されなかった.その後,注意深く観察を続けたところ2011年7月(右眼眼圧18mmHg,左眼眼圧21mmHg)には左眼IOL表面にPEの沈着が観察できるようになり,2013年11月(右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧21mmHg)には瞳孔縁に明らかなPE(図1)が,また2014年1月にはIOL表面にPEの沈着を観察できるようになった.また,PEの出現と前後して右眼眼圧12mmHg,左眼眼圧24mmHgと眼圧のコントロール不良が進行し,視野の悪化(図2)も認めたため2014年1月に左眼線維柱帯切開術を施行した.2016年5月(右眼眼圧16mmHg,左眼眼圧18mmHg)に散瞳下で行った細隙灯顕微鏡検査では右眼水晶体にはPEは認めず(図3a),左眼IOL表面には高度のPEの沈着が観察された(図3b).前眼部画像解析検査では虹彩裏面とIOLは接触していなかった.2016年5月に行ったフレアメーター(Kowa,Tokyo)による検査では,右眼13.0,左眼20.2のフレア値の上昇を認めた(正常対象:4.5±0.9).II考按初診時PEを両眼に認めなかった患者の左眼のIOL挿入後5年目にPEの発症,進行をその時間経過とともに観察できたまれな1症例を報告した.PEは水晶体前面あるいは瞳孔縁,虹彩面に観察される綿状の白色の沈着物で,病理組織学的には眼以外にも全身の臓器組織に観察される1).眼科では落屑症候群とよばれ,難治性の緑内障,白内障,またPEの沈着によるZinn小帯の脆弱化に伴う白内障手術の難易度の上昇や,術中・術後のIOLの偏移,脱臼,落下など種々の合併症が問題となる.落屑症候群は当初,北欧諸国で高頻度にみられ,報告が相ついだが,一方でわが国を含めその他の国では比較的まれな疾患とされてきた.しかしながら近年,日本および国際的な疫学調査でその有病率が次第に明らかにされ,わが国においては,Miyazakiらは1998年に九州の久山町での50歳以上の有病率が3.4%であることを報告し4),YamamotoらはTajimiStudyで40歳以上の1.0%が罹患していることを報告した3).わが国における落屑症候群の有病率が地域差はあるものの国際的にみても同等かそれ以上であることが明らかにされた.落屑症候群における緑内障(落屑緑内障)の頻度は臨床上きわめて重要であり,Yamamotoらは約17%と報告している3).すなわち,日常診療でPEが観察された場合6人のうち,1人が落屑緑内障であることが示された.PEの発症に関しては遺伝子の異常,加齢,日光(紫外線)曝露,人種差,性差など多くの因子が関与している.今回の症例は非常に長期間バス運転手をしており,日光(紫外線)曝露の影響が関与している可能性がある.また,近年若年期に屋外で過ごす時間がPE発症のリスク因子であることが明らかにされており5),小児期からの日光(紫外線)曝露には十分注意が必要である.本症例のように両眼ともPEが観察されていない症例がPEを発症するまでの時間経過については明らかでない(もっとも疫学調査では70歳以上で急激に有病率が上昇する).一方で片眼発症のPEにおける僚眼の発症までにかかる時間に関してはArnarssonらは5年間で27%,12年間で71%と報告している6,7).今回の症例のようにPEが観察されない状態からその発症までの時間経過を比較的正確に観察できた症例は,筆者らの知る限りではない.とくに白内障手術後約5年でPEを発症した今回の症例から,日常臨床においては白内障手術後少なくとも5年間以上は患者を定期的に診察する必要性のあることが示された.一方,欧米の文献を検索したところ,両眼ともPEの観察されていない患者のIOL挿入後のPEの発症時期に関してはIOL挿入後7年目(左眼)8),6年目(両眼),10年目(左眼),5年目(右眼)9),4年目(左眼),3年目(左眼)10)で,6症例7眼の報告があり,PE発症まで平均約6年であった.しかしながらこれらの報告のPE発症までの時間経過は正確でなく,偶然受診時にすでに著明なPEが観察された症例であった.すでに述べたように白内障手術,あるいはIOLがPEの発症,進行に影響を与えるかどうかは明らかでない.しかしながら今回の症例は白内障手術眼でのみPEが発症,進行している.同様に片眼IOLを挿入した3症例9,10)においても,非手術眼(水晶体眼)の他眼はPEの発症が観察されていない.筆者らの症例を含めて,白内障手術(IOL挿入)はPEの発症,進行に何らかの影響を与えているものと考えられる.またMiliaらは左眼にPEを認め,PEのない右眼のIOL挿入術後18カ月後という比較的短期間にPEを発症した症例を報告している8).SchumacherらはPE眼では一般的に血液房水関門が障害され,フレア値はPE(+白内障)眼では16.7±5.9,対象群の白内障眼では4.98±1.5と有意(p=0.001)にPE眼で高値であり,さらに白内障手術を行ったPE眼では血液房水関門はいっそう障害され,術後5日目でPE眼で21.2±5.7,に対し白内障手術を行った対象眼では10.5±1.4と有意差(p=0.003)を認めたと報告している11).同様に猪俣らは落屑症候群のフレア値を測定し,その値は進行したPE眼では13.9±7.1,軽度のPE眼では10.4±2.9であり有意(p<0.05)に,進行したPE眼のフレア値が高値であったと報告した12).今回の症例も同様にまだPEを発症していない有水晶体眼の右眼においても軽度のフレア値の上昇がみられた.さらに白内図1細隙灯顕微鏡検査所見瞳孔縁に明らかな偽落屑物質の沈着が観察される.障手術でその発症が加速する可能性は否定できない.フレア図2視野検査a:初診から半年後のGoldmann視野検査.鼻側内部イソプターの感度低下を認めた.b:初診から2年後には鼻下側の弓状暗点と鼻側下方視野欠損を認めた.図3散瞳下細隙灯顕微鏡検査所見a:初診から7年後の右眼水晶体には,偽落屑物質は散瞳下においても観察されていない.b:著明なスポーク状の偽落屑物質が人工水晶体表面に観察される.値の測定は白内障術前後の標準的な検査項目の一つであり,異常値がある症例では,PEが観察されていない状態でも注意深い細隙灯顕微鏡およびフレア値測定を含めた検査を行い,長期的定期的な診療を行う必要がある.文献1)NaumanGOH,Schloetzer-SchrehardtU,KuchileM:Pseudoexfoliationsyndromeforthecomprehensiveoph-thalmologist.Intraocularandsystemicmanifestations.Ophthalmology105:951-968,19982)Abdul-RahmanAM,CassonRJ,NewlandHSetal:Pseu-doexfoliationinaruralBurmesepopulation:theMeiktilaEyeStudy.BrJOphthalmol92:1325-28,20083)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:Prevalenceofpri-maryangleclosureandsecondaruyglaucomainaJapa-nesepopulation.TheTajimiStudyReport2.Ophthalmolo-gy112:1661-69,20054)MiyazakiM,KubotaT,KudoMetal:TheprevalenceofpseudoexfoliationsyndromeinaJapanesepopulation;TheHisayamaStudy.JGlaucoma14:482-484,20055)KangJH,WiggsJL,PasqualeLR:Relationbetweentimespentoutdoorsandexfoliationglaucomaorglaucomasus-pect.AmJOphthalmol158:605-614,20146)ArnarssonA,JonssonF,DamjiKEetal:Pseudoexfolia-tionintheReykjavikEyeStudy:riskfactorsforbaselineprevalenceand5-yearincidence.BrJOphthalmol95:831-35,20107)ArnarssonA,SasakiH,JonassonF:Twelve-yearinci-denceofexfoliationsyndrome:theReykjavikEyeStudy.ActaOphthalmol91:157-62,20138)MiliaM,KonstantopoulosA,StavrakasPetal:Pseudoex-foliationandopaci.cationofintraocularlenses.CaseRepOphthalmology2:287-290,20119)ParkK-A,KeeC:PseudoexfoliativematerialontheIOLsurfaceanddevelopmentofglaucomaaftercataractsur-geryinpatientswithpseudoexfoliationsyndrome.JCata-ractRefractSurg33:1815-1818,200710)KaliaperumalS,RaoVA,HarishSetal:Pseudoexfoliationonpseudophakos.IndianJOphthalmol61:359-361,201311)SchumacherS,NguyenNX,KuchleMetal:Quanti.ca-tionofaqueous.areafterphacoemulsi.cationwithintra-ocularlensimplantationineyeswithpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol117:733-35,199912)猪俣孟,田原昭彦,千々岩妙子ほか:落屑緑内障の臨床と病理.臨眼48;245-252,1994***

落屑物質を伴う緑内障に対するラタノプロストとβ遮断薬の眼圧下降効果の比較

2014年2月28日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(2):263.266,2014c落屑物質を伴う緑内障に対するラタノプロストとb遮断薬の眼圧下降効果の比較正林耕平*1井上俊洋*1笠岡奈々子*1岩尾美奈子*1稲谷大*2谷原秀信*1*1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学分野*2福井大学医学部眼科学教室ComparisonofLatanoprostandb-BlockerIntraocularPressureReductioninGlaucomawithExfoliationMaterialKoheiShobayashi1),ToshihiroInoue1),NanakoKasaoka1),MinakoOgata-Iwao1),MasaruInatani2)HidenobuTanihara1)and1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofLifeSciences,KumamotoUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalSciences,UniversityofFukui無点眼または点眼washout可能であった落屑物質を伴う開放隅角緑内障症例22例22眼を対象に,オープンラベル無作為化並行群間比較法にてラタノプロスト群(L群)とチモロール群(T群)の眼圧下降効果を比較した.L群は11眼,開始時平均眼圧は19.9±5.2mmHg,3カ月後平均眼圧は14.6±3.4mmHgであった.T群は11眼,開始時平均眼圧は21.2±8.3mmHg,3カ月後平均眼圧は17.0±3.7mmHgであった.3カ月後に30%の眼圧下降を達成した症例はL群で4眼(40%),T群で2眼(20%)であった.眼圧は点眼開始後1,2,3カ月において両群間で有意差を認めなかった.ベースラインと比較し,L群で1,2,3カ月後の眼圧は有意差を認めた(p<0.01).T群では1,2カ月後の眼圧は有意差を認めた(p<0.05)が,3カ月後の眼圧は有意差を認めなかった.Thesubjectscomprised22patientshavingglaucomawithexfoliationmaterialwhowerenotreceivingtherapyorwhowereabletohavewashoutperiod.Effectsonintraocularpressure(IOP)werecomparedbetweenlatanoprostandtimololmaleate,usinganopen-labelrandomizedtrial.MeanIOPatbaselineand3monthsafteradministrationforthelatanoprostgroupwere19.9±5.2and14.6±3.4mmHg,respectively.Thecorrespondingvaluesforthetimololgroupwere21.2±8.3and17.0±3.7mmHg.Eyesthatachieved30%reductioninIOPvalueat3monthsafteradministrationnumbered4(40%)inthelatanoprostgroupand2(20%)inthetimololgroup.IOPvaluesdidnotdiffersignificantlybetweenthetwogroupsat1,2,or3monthsafteradministration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(2):263.266,2014〕Keywords:落屑症候群,ラタノプロスト,チモロールマレイン酸塩,眼圧.exfoliationsyndrome,latanoprost,timololmaleate,intraocularpressure.はじめに落屑症候群とは,ふけ様物質の存在に伴う特徴的病変をきたす症候群であり,わが国における60歳代の有病率は1.09%,70歳代は3.95%であり,このうちの17.8%に緑内障を伴うと報告されている(落屑緑内障)1,2).落屑緑内障に対する薬物療法としては,その眼圧下降作用の大きさから,プロスタグランジン製剤またはb遮断薬のいずれかが第一選択薬として使用されることが多く,ついで両剤の併用,さらには3剤目としてドルゾラミドもしくはブナゾシンが追加される場合が多いと考えられる3).落屑緑内障の原因遺伝子の一つとしてLOXL1が同定されたことから4),細胞外マトリックス制御異常が眼圧上昇機序に関わる可能性が示唆されているが詳細は不明であり,原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)とは異なる病態が存在する可能性がある.したがって,その薬物療法の効果についてはPOAGと区別して評価する必要があるが,落屑緑内障患者〔別刷請求先〕井上俊洋:〒860-8556熊本市本荘1丁目1番1号熊本大学大学院生命科学研究部眼科学分野Reprintrequests:ToshihiroInoue,DepartmentofOphthalmology,FacultyofLifeSciences,KumamotoUniversity,1-1-1Honjo,KumamotoCity860-8556,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(103)263 のみを対象にb遮断薬とプロスタグランジン製剤のいずれが眼圧下降効果が高いかを比較した報告は,筆者らが知る限りKonstasらによるラタノプロストとチモロールマレイン酸塩の比較試験3)に限られており,日本人落屑緑内障患者に対する第一選択薬としての両剤の有用性は十分に検討されているとはいえない.そこで今回筆者らは,日本人の落屑物質を伴う緑内障眼に対する第一選択薬としてのプロスタグランジン製剤とb遮断薬の位置づけを明らかにするべく,ラタノプロストとチモロールマレイン酸塩の眼圧下降効果について前向きに比較検討した.I対象および方法1.対象対象疾患は熊本大学医学部附属病院眼科もしくは熊本県小国公立病院眼科を受診した落屑物質を伴う緑内障症例とし,その診断基準は開放隅角であり,散瞳下における細隙灯顕微鏡の観察において水晶体表面または虹彩瞳孔縁に落屑物質を認め,緑内障性視野異常または視神経乳頭の変化が確認された場合とした.左右いずれか眼圧が高いほうを評価眼とした.なお,左右の眼圧が同じで,右眼に特に異常がない場合,右眼を評価対象眼とした.このうち40歳以上の男女で,少数視力0.1以上の矯正視力を有し,無点眼または点眼washout可能で,文書による同意が得られた症例,22例22眼を対象とした.男性9例,女性13例.平均年齢およびその標準偏差は75.0±7.3歳であった.過去28日以内にラタノプロストかチモロールマレイン酸塩(チモロール)を投与された症例,ラタノプロストかチモロールのアレルギー歴のある症例,緑内障手術か過去3カ月以内に内眼手術を受けた症例,眼感染症やぶどう膜炎の症例,気管支喘息,心不全,重症の糖尿病,妊娠の症例,その他主治医が不適当と判断した症例は除外された.2.方法本研究は熊本大学倫理委員会ならびに小国公立病院倫理委員会の承認を得た上で,対象患者に本調査について口頭および書面にて説明を行い,書面による同意を得て施行した.また,前向き臨床研究として,C000000425の試験IDにてUMIN登録された.試験開始前にすでに点眼をされていた症例については4週間のwashout期間を設けた.オープンラベル無作為化並行群間比較法にて点眼薬を決定した.ラタノプロスト群(L群)は0.005%ラタノプロスト点眼液(キサラタンR点眼液0.005%,1日1回夜点眼),チモロール群(T群)は0.5%チモロールマレイン酸塩点眼液(チモプトールR点眼液0.5%,1日2回朝・夕点眼)を投与した.点眼開始時から1カ月ごとに眼圧測定,細隙灯顕微鏡検査,眼底検査を施行して眼圧下降効果と有害事象の評価を行い,3カ月後264あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014眼圧(mmHg)353025201510500123:Latanoprost:Timolol********p<0.01,*p<0.05byt-test**観察期間(月)図1期間中の眼圧経過(平均値と標準偏差)の30%以上の眼圧下降を目標達成と判定した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計によって測定を行った.検査時間は午後1.4時の間に行った.診察,検査は熊本大学附属病院の眼科医3名によって行った.また,点眼開始時と3カ月後の時点でHumphrey視野計プログラムSITASTANDARD24-2を用いて視野検査を行い,固視不良,偽陽性,偽陰性のいずれも20%未満であるものを信頼できる結果とし,視野進行の程度について評価した.統計学的検定についてはunpairedt検定,もしくはFisherの正確確率検定を用い,危険率5%未満をもって有意とした.II結果1.ラタノプロストおよびチモロールマレイン酸塩点眼による眼圧下降効果脱落例はL群で1眼(9.1%),T群で1眼(9.1%)であり,その原因はL群の1例は同意の撤回,T群の1例はコンプライアンスが遵守できなかったためであった.L群は10眼(男性4眼,女性6眼),平均年齢は78.4歳(64.90歳),開始時平均眼圧は19.9±5.2mmHg(13.29mmHg),3カ月後平均眼圧は14.6±3.4mmHg(10.20mmHg)であった.T群は10眼(男性4眼,女性6眼),平均年齢は72.6歳(66.82歳),開始時平均眼圧は21.2±8.3mmHg(12.40mmHg),3カ月後平均眼圧は17.0±3.7mmHg(11.24mmHg)であった.両群の眼圧経過を図1に示す.3カ月後の平均眼圧下降率はL群で26.6%,T群で19.8%であり,30%の眼圧下降達成はL群で4眼(40%),T群で2眼(20%),未達成はL群で6眼(60%),T群で8眼(80%),眼圧経過は1,2,3カ月において両群間で有意差を認めなかった.ベースラインと比較して,L群は1,2,3カ月後有意に眼圧が低下した(p<0.01).T群では1,2カ月後の眼圧は有意差を認めた(p<0.05)が,3カ月後の眼圧は有意差を認めなかった.点眼開始前眼圧,白内障手術既往,年齢,性別について両郡間に有意差を認めなかった.追跡できた20眼のうち,13眼が有(104) 水晶体眼,7眼が眼内レンズ挿入眼だった.有水晶体眼群と眼内レンズ挿入眼群との間に眼圧下降値,眼圧下降率ともに有意差はなかった.2.視野Humphrey視野検査によって試験前後とも信頼できる結果が得られた症例はL群7眼,T群9眼であった.点眼開始前のグローバル・インデックスの平均偏差の平均はL群では開始時.6.48±3.3dB,3カ月後は.4.78±4.7dBであった.T群における同数値は開始時平均.6.46±3.5dB,3カ月後は.6.07±4.8dBであった.いずれの群においても開始時と3カ月後とを比較した場合に有意差はなかった.3.有害事象有害事象はL群において3カ月後に点状表層角膜症を1例(10%)に認めた.点眼薬の中止など有害事象についての対処を行う程度ではなかった.T群では特に有害事象は認められなかった.III考按落屑緑内障の治療は一般的にPOAGに準じると考えられている.しかしながら,落屑緑内障の眼圧上昇機序はPOAGと異なる可能性があり,また臨床背景もPOAGとは同一ではないため1)独自に評価することが必要である.たとえばPOAGと比べた場合,落屑緑内障は眼圧が高く,かつその変動幅が大きいこと,また片眼性の症例が多く発見が遅れる場合が多いことが報告されており,これらの要因を反映して視神経視野障害の進行も速いとされている5.8).落屑緑内障に対する薬物治療では,BlikaらはPOAG130眼と落屑緑内障50眼を比較し,POAGの33%がチモロール単剤で3年間眼圧コントロール可能であったのに対し,落屑緑内障では8%しか単剤では眼圧コントロールが得られなかったと報告している9).また,Pohjanpelto10)によると落屑物質を有しない高眼圧症111例中20例(18%)が点眼加療中に視野障害を生じたのに対して,落屑物質を有する高眼圧症37例では13例(35%)が同様の変化を生じたと報告している.したがって,POAGと比較して落屑緑内障の薬物による眼圧コントロールは相対的に困難であると考えられる.今回の研究と類似した報告として,Konstasらは落屑緑内障におけるラタノプロストとチモロールを比較している3).これによると,ベースラインからの眼圧下降はラタノプロスト群では24.9±3.2mmHgから17.4±2.9mmHgに,チモロール群では24.7±2.8mmHgから18.3±1.9mmHgとなり,統計学的有意差はないもののラタノプロストのほうがチモロールよりも眼圧下降効果に優れている傾向がみられている(p=0.07).また,時間別での眼圧下降は,10時,14時,20時での測定では2群間に差はみられていないが,朝8時での測定では,ラタノプロスト群では.8.5mmHgであったのに(105)対し,チモロール群では.6.0mmHgと,ラタノプロストがチモロールと比較し有意に眼圧を下降させた(p<0.0001).さらに,ラタノプロストはチモロールよりも日中の眼圧変動の幅が小さかった(2.4mmHgvs3.2mmHg)(p=0.0017).筆者らの研究においても落屑物質を伴う緑内障患者においてラタノプロスト,チモロールとも有意に眼圧を下降させたが,その効果はラタノプロストが安定している傾向があり,過去の報告と一致した傾向があると思われる.Parmaksizらは落屑緑内障50眼をトラボプロスト群,ラタノプロスト群,チモロール+ドルゾラミド合剤群の3群に無作為に分類し,眼圧下降効果を前向きに比較している11).その結果,ラタノプロスト群とトラボプロスト群との間には有意差がなく,この両群と比較して有意に効果があったのが合剤群であったとされている.この研究ではチモロール単剤の効果は検討されていないため,今回の研究の結果とParmaksizらの研究結果を直接比較するのは困難である.しかしながら,ラタノプロストとチモロール間で眼圧下降効果に大きな差がないという本研究の結果と,チモロールとドルゾラミド合剤の効果がラタノプロスト単剤より優るというParmaksizらの結果は,互いに矛盾しないと考えられる.一方でKonstasらは落屑緑内障65眼を対象にラタノプロスト単剤とチモロール+ドルゾラミド合剤のクロスオーバー試験を行い,眼圧下降効果で両者に有意差はなかったと報告しており12),合剤の効果についてはさらなる大規模調査が必要と考えられる.POAGにおいてラタノプロストとチモロールの眼圧下降効果を比較した過去の報告としてWatsonらによると,治療開始から6カ月後に,ラタノプロスト治療群では25.2mmHgから16.7mmHg(33.7%減少)に,チモロール群では25.4mmHgから17.1mmHg(32.7%減少)に眼圧の下降が得られ,ラタノプロストはチモロールと同等の眼圧下降効果があるとされている13).背景因子が同一ではないので単純な比較は困難であるが,今回の研究と比較していずれの薬剤も眼圧下降率が高く,落屑緑内障がPOAGに比して治療に抵抗性であることを示唆している可能性がある.ただし,ラタノプロストとチモロールとの間で眼圧下降効果の差が有意ではない点についてはPOAGと落屑緑内障で共通である可能性がある.本研究の限界として,症例数が各群10例程度と限られていること,オープンラベルであることがあげられる.これらの点を考慮して結果を解釈する必要があり,落屑緑内障に対するラタノプロストとチモロールの優劣性を結論づけるためにはさらなる大規模な研究が必要と考えられる.また,今回の対象症例には落屑を伴う正常眼圧緑内障の症例も含んでいる可能性が考えられる.最後に,今回の検討では落屑物質を伴う緑内障に対する点あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014265 眼治療として,ラタノプロストとチモロールの眼圧下降効果に有意差は認められなかった.本稿の要旨は第23回日本緑内障学会(2012)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)布田龍佑:落屑緑内障.眼科44:1663-1669,20022)布田龍佑,塩瀬芳彦,北澤克明ほか:全国緑内障疫学調査における落屑緑内障の頻度.眼紀43:549-553,19923)KonstasAG,MylopoulosN,KarabatsasCHetal:Diurnalintraocularpressurereductionwithlatanoprost0.005%comparedtotimololmaleate0.5%asmonotherapyinsubjectswithexfoliationglaucoma.Eye18:893-899,20044)Schlotzer-SchrehardtU,PasuttoF,SommerPetal:Genotype-correlatedexpressionoflysyloxidase-like1inoculartissuesofpatientswithpseudoexfoliationsyndrome/glaucomaandnormalpatients.AmJPathol173:17241735,20085)LindblomB,ThorburnW:PrevalenceofvisualfielddefectsduetocapsularandsimpleglaucomainHalsingland,Sweden.ActaOphthalmol60:353-361,19826)FutaR,ShimizuT,FuruyoshiNetal:Clinicalfeaturesofcapsularglaucomaincomparisionwithprimaryopen-angleglaucomainJapan.ActaOphthalmol70:214-219,19927)TezelG,TezelTH:Thecomparativeanalysisofopticdiscdamageinexfoliativeglaucoma.ActaOphthalmol71:744-750,19938)RitchR,Schlotzer-SchrehardtU,KonstasAG:Whyisglaucomaassociatedwithexfoliationsyndrome?ProgRetinEyeRes22:253-275,20039)BlikaS,SaunteE:Timololmaleateinthetreatmentofglaucomasimplexandglaucomacapsulare.Athree-yearfollowupstudy.ActaOphthalmol60:967-976,198210)PohjanpeltoP:Influenceofexfoliationsyndromeonprognosisinocularhypertensiongreaterthanequalto25mm.Along-termfollow-up.ActaOphthalmol64:39-44,198611)ParmaksizS,YukselN,KarabasVLetal:Acomparisonoftravoprost,latanoprost,andthefixedcombinationofdorzolamideandtimololinpatientswithpseudoexfoliationglaucoma.EurJOphthalmol16:73-80,200612)KonstasAG,KozobolisVP,TersisIetal:Theefficacyandsafetyofthetimolol/dorzolamidefixedcombinationvslatanoprostinexfoliationglaucoma.Eye17:41-46,200313)WatsonP,StjernschantzJ:Asix-month,randomized,double-maskedstudycomparinglatanoprostwithtimololinopen-angleglaucomaandocularhypertension.TheLatanoprostStudyGroup.Ophthalmology103:126-137,1996***266あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(106)