《原著》あたらしい眼科30(1):123.126,2013cぶどう膜炎の白内障手術における術後前眼部炎症の予測因子岩崎優子*1,2高瀬博*1諸星計*1宮永将*1川口龍史*1,2冨田誠*3望月學*1*1東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学*2都立駒込病院眼科*3東京医科歯科大学医学部附属病院臨床試験管理センターSynechiaeasRiskFactorforSevereAcuteInflammationafterCataractSurgeryinPatientswithUveitisYukoIwasaki1,2),HiroshiTakase1),KeiMorohoshi1),MasaruMiyanaga1),TatsushiKawaguchi1,2),MakotoTomita3)andManabuMochizuki1)1)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanKomagomeHospital,3)DepartmentofClinicalResearchCenter,TokyoMedicalandDentalUniversityHospitalofMedicine目的:ぶどう膜炎併発白内障における,白内障術後の前房内フィブリン析出,虹彩後癒着の出現に関連する術前,術中因子を検討する.対象および方法:2009年8月から2011年9月の間に超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した85眼を対象とし,患者診療録を後方視的に調査した.結果:術後の前房内フィブリン析出および虹彩後癒着は6眼で観察され,術前における虹彩後癒着の存在(p<0.001,Fisher’sexacttest),術前における前房フレア値高値(p=0.049,Mann-WhitneyUtest),手術中の虹彩処置(p=0.02,Fisher’sexacttest)と有意に関連していた.術前における虹彩後癒着と前房フレア値は有意に関連していた(p<0.001,Mann-WhitneyUtest).結論:虹彩後癒着の存在は,術後のフィブリン析出や虹彩後癒着形成の危険因子である.Purpose:Toinvestigatepredictivefactorsforsevereacuteinflammationaftercataractsurgeryinpatientswithuveitis.Methods:Therecordsof85patientswithuveitiswhohadundergonephacoemulsificationcataractextractionandintraocularlensimplantationbetweenAugust2009andSeptember2011wereretrospectivelyexamined.Weanalyzedtheassociationbetweenpre-andintra-operativefactorsandpostoperativefibrinformationorsynechiae.Results:Postoperativefibrinformationorsynechiaedevelopedin6patients.Highflarevaluebeforesurgery,presenceofsynechiaebeforesurgeryandrequisitepupildilatationduringsurgerywereassociatedwithpostoperativefibrinformationorsynechiae(p=0.049,Mann-WhitneyUtest,p<0.001,p=0.02,Fisher’sexacttest,respectively).Preoperativeflarevaluewashigherinpatientswithsynechiaethanwithoutsynechiae(median29.2photoncountpermilliseconds(pc/ms),11.2pc/ms,p<0.001,Mann-WhitneyUtest).Conclusion:Patientswithsynechiaeweremorelikelytodevelopsevereacuteinflammationaftercataractsurgerythanpatientswithoutsynechiae.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):123.126,2013〕Keywords:虹彩後癒着,ぶどう膜炎,白内障手術,術後炎症,前房フレア値.synechiae,uveitis,cataractsurgery,inflammation,flarevalue.はじめにましいが,十分に消炎されていると判断して手術を施行したぶどう膜炎罹患眼に対する白内障手術は,超音波乳化吸引症例においても時に強い術後炎症を経験する.そのような術術の導入により術後成績が改善したと多く報告され,広く行後炎症としては,前房内のフィブリン析出や虹彩後癒着の形われている1.5).手術は炎症の非活動期に施行することが望成があげられる.これらの発生を術前に予測することが手術〔別刷請求先〕岩崎優子:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学Reprintrequests:YukoIwasaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,1-5-45Yushima,Bunkyo-ku,Tokyo113-8519,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)123計画を立てる際には重要であるが,そのための明確な指標は確立されていない.今回筆者らは,ぶどう膜炎に併発した白内障に対して手術を行った症例で,術後に強い前眼部炎症をきたした症例の特徴を調べ,その予測因子を検討した.I対象および方法東京医科歯科大学医学部附属病院眼科でぶどう膜炎と診断し,2009年8月から2011年9月の間に超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した症例で,術前1カ月以内に前房フレア値を測定した眼を対象とした.手術は3名の術者が創口幅2.4mmの角膜1面切開もしくは強角膜3面切開で施行した.虹彩後癒着や小瞳孔で散瞳不良の症例に対しては,必要に応じて放射状瞳孔括約筋切開もしくは虹彩リトラクターを使用した.眼内レンズはアクリルレンズ(Alcon社アクリソフRIQもしくはHOYA社iSertR)を使用した.術前にそれぞれの症例で行われていた点眼,内服などの消炎治療は原則的に手術前後を通じて継続し,主治医の判断により必要と判断された症例においては内服の増量,局所注射の追加を行った.手術終了時には全例でデキサメタゾンの結膜下注射を施行した.除外基準は,手術前後に内服や局所注射の追加を行ったもの,糖尿病網膜症または偽落屑症候群の所見を有するもの,術中に後.破損などの合併症が生じたものとした.両眼が基準を満たした症例については無作為に片眼を選択した.患者診療録からの後方視的な調査を行い,術前および術中の調査項目と術後の前眼部炎症の関連を検討した.術前の評価項目としては,ぶどう膜炎の原因疾患,術前消炎期間,術前の前房フレア値,術前の前房内細胞,虹彩後癒着の有無とその程度,水晶体核硬化度,屈折度を調査した.術前消炎期間は術前に前房内細胞(1+)以下を保っていた期間とした.前房フレア値はKOWA社製のレーザーフレアーメーターR(FM500)で測定し,複数回測定の平均値を採用した.術中の評価項目として,虹彩に対する処置の有無を調査した.術後の前眼部炎症とは,術後1週間以内に生じた前房内のフィブリン析出,もしくは虹彩後癒着の形成と定義した.術前および術中の因子と術後前眼部炎症の発生との関連について,統計ソフト「Rpackageforstatisticalanalysisver.2.8.1」を用い,Mann-WhitneyUtest,Fisher’sexacttestを行い検定し,p<0.05を統計学的有意と判定した.本研究は,東京医科歯科大学医学部附属病院倫理委員会の承認を得て行った.II結果1.対象の内訳と術後前眼部炎症対象となった症例は85例85眼(男性24例,女性61例),年齢は中央値61歳(29.84歳)であった.124あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013表1対象患者の内訳疾患眼数サルコイドーシス19Vogt-小柳-原田病7Behcet病5帯状疱疹ウイルス性ぶどう膜炎5(急性網膜壊死,前部ぶどう膜炎)(3,2)原発性眼内リンパ腫4急性前部ぶどう膜炎2交感性眼炎2強膜炎2サイトメガロウイルス虹彩炎1乾癬に伴う前部ぶどう膜炎1Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎1真菌性眼内炎1HTLV-1ぶどう膜炎1特発性ぶどう膜炎34計85HTLV-1:humanT-lymphotropicvirustype-1.ぶどう膜炎の原因疾患の内訳は,サルコイドーシス19眼(22%),Vogt-小柳-原田病7眼(8%),Behcet病5眼(7%)特発性ぶどう膜炎34眼(39%),その他20眼であった(表(,)1).術後,前房内フィブリン析出や虹彩後癒着などの強い前眼部炎症は85眼のうち6眼(7%)で生じ,その原因疾患の内訳は,特発性汎ぶどう膜炎5眼,乾癬に伴う前部ぶどう膜炎1眼であった.2.術前因子と術後前眼部炎症術前の調査項目を,術後に強い前眼部炎症が発生した群(n=6)とそれ以外の群(n=79)の2群間で比較した.術後に強い前眼部炎症を生じた6眼は術前の前房フレア値が有意に高く(p=0.049),そのすべてに術前の虹彩後癒着が存在していた(p<0.001,表2).このことから,術前の前房フレア値が高く,虹彩後癒着が存在する眼では手術侵襲による易刺激性が高いことが示唆された.そこで,術前の前房フレア値と虹彩後癒着の有無の関係を検討したところ,術前に虹彩後癒着が存在した群(n=25)の術前における前房フレア値は中央値29.2photoncountpermilliseconds(pc/ms),最小値1.2pc/ms,最大値274.8pc/msで,術前に虹彩後癒着が存在しなかった群(n=60)の前房フレア値(中央値11.2pc/ms,最小値2.1pc/ms,最大値118pc/ms)と比較し有意に高値であり(p<0.001),虹彩後癒着の存在と前房フレア値には関連がみられた(図1).その他の術前因子と術後の前眼部炎症の発生について関連を調べたところ,年齢(p=0.95),性別(p=0.45),屈折度(p=0.94),水晶体核硬化度(p=0.89),術前消炎期間(p=0.10),術前の前房内細胞(p=0.54)のいずれも有意な関連はなかった.(124)表2術前因子と術後の強い前眼部炎症術前因子術後の強あり(n=6)い前眼部炎症なし(n=79)p値年齢0.95中央値59歳61歳最小値.最大値(40.73歳)(29.84歳)性別男性1例,女性5例男性23例,女性56例0.45屈折度0.94中央値.0.13D0D最小値.最大値(.10.+2.75D)(.14.+5.25D)核硬化度b(n=81a)0.89Grade0.II3眼57眼GradeIII.V2眼19眼術前消炎期間(n=83c)0.103カ月以内2眼6眼4カ月以上4眼71眼前房内細胞d0.54(0)5眼70眼(1+)以上1眼9眼前房フレア値0.049*中央値28.4pc/ms11.6pc/ms最小値.最大値(5.4.274.8pc/ms)(1.2.186.9pc/ms)術前における虹彩後癒着<0.001***あり6眼19眼なし0眼60眼pc/ms:photoncountpermilliseconds.a:4眼で散瞳不良のため評価困難であった.b:Emery-Little分類.c:2眼が紹介元で経過観察されていたため評価困難であった.d:Nussenblattらの分類10).*:p<0.05,Mann-WhitneyUtest.***:p<0.001,Fisher’sexacttest.◆:炎症が生じなかった眼図1術前の前房フレア値と虹彩後癒着の存在,および術後◇:炎症が生じた眼炎症1,00085眼の術前における前房フレア値は,術前に虹彩後癒着が存在した群では存在しなかった群よりも高値であった(p<0.001,Mann-WhitneyUtest).術後に強い前眼部炎症が生じた6眼は,すべて術前に虹彩後癒着が存在した.術前における前房フレア値(pc/ms)10010p<0.0013.術中因子と術後の強い前眼部炎症術中の虹彩に対する処置の有無と術後炎症の関連を検討したところ,術中の虹彩処置を行った19眼のうち4眼(21%)と,虹彩処置を行わなかった66眼のうち2眼(3%)で術後に強い前眼部炎症が生じ,炎症の発生と虹彩処置の有無には有意な関連があった(p=0.02).術前における虹彩後癒着の範囲は,虹彩後癒着があった25眼のうち,瞳孔縁の1/2周未満だったのが6眼(24%),1/2周以上であったのが19眼(76%)であった.虹彩後癒着が瞳孔縁の1/2周未満だった6眼中1眼,1/2周以上であった19眼中5眼で強い前眼部炎症が生じたが,虹彩後癒着の程度と術後炎症発生には関連は認めなかった(p=0.55).行われた虹彩処置と強い前眼部1炎症の発生を表3に示した.処置の種類と炎症の発生に傾向虹彩後癒着(-)(+)はみられなかった(p=0.75).(125)あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013125表3虹彩処置と術後炎症虹彩処置起炎症眼処置眼前眼部炎症の発生率虹彩リトラクター0眼1眼0%瞳孔括約筋切開3眼11眼28%両者の併用1眼6眼17%処置なし2眼9眼22%合計6眼27眼a22%a:術前に虹彩後癒着が存在した症例25眼,および小瞳孔で虹彩処置を要した2眼.III考察ぶどう膜炎罹患眼の白内障手術の術後成績に関連する因子については,これまでに多くの報告がある.本研究での術後の強い前眼部炎症の発生率は7%であり,既報と同様の結果であった1,5,6).術後視力には,術後1週間以内のぶどう膜炎の再燃,術後の.胞様黄斑浮腫(CME)の存在が影響する7,8).また,術後のCME発生には,術前消炎期間が3カ月に満たないこと,術後1週間以内に強い前眼部炎症が生じることが有意に関連する2,8).ぶどう膜炎罹患眼の白内障手術に際してこれらの合併症を防ぐには,各々の症例において術後炎症の程度を予測し,適切に消炎の強化を図ることが必要と考えられる.本研究で,術後の強い前眼部炎症と関連があった因子は,術前の虹彩後癒着の存在,術前の高い前房フレア値,術中の虹彩に対する処置であった.術前に虹彩後癒着が存在した症例では前房フレア値が高く,また虹彩処置を要するため,これらのなかでは術前における虹彩後癒着の存在が最も重要な因子であると考えられる.術前の消炎期間,前房内細胞浸潤は,今回の検討においては術後炎症と有意に関連しなかった.従来より強い術後炎症を予防するためには3.6カ月程度の術前消炎期間が必要であるとされている8,9).本研究においては術前消炎期間が3カ月未満である群,前房内細胞が(1+)以上の状態で手術を行った群が非常に少なかったことが結果に影響していると考えられ,術前消炎期間や前房内細胞浸潤の評価の有用性を否定するものではない.瞳孔括約筋切開や虹彩リトラクターなど,虹彩処置の違いによる手術侵襲の程度は処置法により異なりうるが,筆者らが検索した限り処置法による術後炎症を比較検討した報告はない.今回対象とした患者群では,用いた虹彩処置法と術後炎症発生に傾向はみられなかったが,それぞれの患者数が少なく今後さらなる検討が望まれる.一方,粘弾性物質のみによる虹彩後癒着の解除を行い手術遂行が可能であった2眼においても強い術後炎症が生じた.このことからは,虹彩処置による手術侵襲の増強だけでなく,虹彩後癒着の存在そのものが手術侵襲に対する易刺激性を示唆するために,術後炎症126あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013の予測因子として重要であると考えられる.これまでにも術後3カ月以内のぶどう膜炎の再燃に術前の虹彩後癒着の存在が関連するとの報告があり,本報告と同様に術後炎症の予測因子としての虹彩後癒着の重要性が示されている4).虹彩後癒着が存在する症例では,術前,術中,術直後の消炎治療の強化を検討する必要がある.虹彩後癒着の性質や虹彩処置の方法の情報を含めた,より詳細な術後炎症反応との関連の検討が,今後の課題と考えられる.IV結論ぶどう膜炎の併発白内障に対する白内障手術において,術前に虹彩後癒着が存在する症例では術後早期の強い前眼部炎症をきたす可能性が高い.虹彩後癒着の存在する症例では,術後の速やかな消炎強化の必要性を想定し手術計画を立てる必要がある.文献1)EstafanousMF,LowderCY,MeislerDMetal:Phacoemulsificationcataractextractionandposteriorchamberlensimplantationinpatientswithuveitis.AmJOphthalmol131:620-625,20012)OkhraviN,LightmanSL,TowlerHM:Assessmentofvisualoutcomeaftercataractsurgeryinpatientswithuveitis.Ophthalmology106:710-722,19993)FosterCS,FongLP,SinghG:Cataractsurgeryandintraocularlensimplantationinpatientswithuveitis.Ophthalmology96:281-288,19894)ElgoharyMA,McCluskeyPJ,TowlerHMetal:Outcomeofphacoemulsificationinpatientswithuveitis.BrJOphthalmol91:916-921,20075)KawaguchiT,MochizukiM,MiyataKetal:Phacoemulsificationcataractextractionandintraocularlensimplantationinpatientswithuveitis.JCataractRefractSurg33:305-309,20076)JavadiMA,JafarinasabMR,AraghiAAetal:Outcomesofphacoemulsificationandin-the-bagintraocularlensimplantationinFuchs’heterochromiciridocyclitis.JCataractRefractSurg31:997-1001,20057)QuekDT,JapA,CheeSP:RiskfactorsforpoorvisualoutcomefollowingcataractsurgeryinVogt-Koyanagi-Haradadisease.BrJOphthalmol95:1542-1546,20118)BelairML,KimSJ,ThorneJEetal:Incidenceofcystoidmacularedemaaftercataractsurgeryinpatientswithandwithoutuveitisusingopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol148:128-135,20099)花田厚枝,横田眞子,川口龍史ほか:東京医科歯科大学におけるぶどう膜炎患者の白内障手術成績.眼紀55:460464,200410)NussenblattRB,WhitcupSM,PalestineAG:Examinationofthepatientwithuveitis.Uveitis,p58-68,Mosby,StLouis,1996(126)