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バルベルト緑内障インプラント手術を行った虹彩角膜内皮症候群の1例

2018年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科35(1):149.151,2018cバルベルト緑内障インプラント手術を行った虹彩角膜内皮症候群の1例福戸敦彦木内良明広島大学大学院医歯薬保健学研究院統合健康科学部門視覚病態学CBaerveldtGlaucomaImplantSurgeryforIridocornealEndothelialSyndromeAtsuhikoFukutoandYoshiakiKiuchiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalScicnces,HiroshimaUniversity複数回の線維柱帯切除術を行ったが,良好な眼圧コントロールが得られずバルベルト緑内障インプラント手術を行った虹彩角膜内皮(ICE)症候群のC1例を経験したので報告する.症例はC66歳,男性.線維柱帯切開術をC1回,線維柱帯切除術をC3回,濾過胞再建術をC4回行ったが,眼圧コントロール不良であり,視野障害が進行し当科紹介となった.左眼CCogan-Reese症候群による続発緑内障と診断し,バルベルト緑内障インプラント手術を行った.術後C1年以上C22mmHg未満の眼圧を維持している.バルベルト緑内障インプラント手術はCICE症候群による続発緑内障に対して有効であった.CWereportthecaseofapatientwhounderwentBaerveldtglaucomaimplantsurgeryforiridocornealendothe-lialCsyndromeCbecauseCgoodCintraocularCpressureCcontrolCwasCnotCprovidedCbyCrepeatedCtrabeculectomy.CTheCpatient,a66-year-oldmale,hadundergonetrabeculotomyonce,trabeculectomythreetimesandblebrevisionfourtimesinhislefteye.Sincethoseprocedureshadbeenine.ectiveinreducinghisintraocularpressureandleftvisu-al.eldhadsubsequentlydeteriorated,hewasreferredtoourhospital.WediagnosedsecondaryglaucomaduetoCogan-ReeseCsyndromeCandCthereforeCperformedCBaerveldtCglaucomaCimplantCsurgery.CIntraocularCpressureCwasCmaintainedatlessthan22CmmHgforover12monthssincethelastsurgery.Baerveldtglaucomaimplantsurgeryseemstobee.ectiveinglaucomasecondarytoiridocornealendothelialsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(1):149.151,C2018〕Keywords:虹彩角膜内皮症候群,Cogan-Reese症候群,バルベルト緑内障インプラント.ICEsyndrome,Cogan-Reesesyndrome,Baerveldtglaucomaimplant.Cはじめに虹彩角膜内皮(iridocornealCendothelial:ICE)症候群は片眼性で角膜内皮異常,周辺虹彩前癒着,虹彩異常,続発緑内障を特徴とする疾患である.ICE症候群による緑内障はしばしば難治性で,点眼による眼圧コントロールが困難となった場合にはおもに線維柱帯切除術が行われてきた.一方,従来の緑内障手術が実施困難な症例や施行したものの奏効しなかった症例などに限定して,チューブシャント手術がわが国でも近年承認された.今回,複数回の緑内障手術を行ったが良好な眼圧コントロールが得られず,バルベルト緑内障インプラント手術を行ったCICE症候群のC1例を経験したので報告する.CI症例66歳,男性.主訴は左眼の視野狭窄である.左眼開放隅角緑内障と診断されC2005年までに白内障手術をC1回,線維柱帯切開術をC1回,線維柱帯切除術をC3回,濾過胞再建術を4回行ったが,2015年C5月から眼圧がC20CmmHgを超え,視野も悪化したためC2015年C9月に広島大学病院眼科に紹介されて受診した.初診時の視力は右眼C1.0(1.2C×sph+1.25D(cyl.0.5DAx80°),左眼C0.3(0.5C×sph.0.75D(cyl.1.75DCAx90°)〔別刷請求先〕福戸敦彦:〒734-8551広島市南区霞C1-2-3広島大学大学院医歯薬保健学研究院統合健康科学部門視覚病態学Reprintrequests:AtsuhikoFukuto,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,1-2-3Kasumi,Minami-ku,Hiroshima734-8551,JAPAN0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(149)C149図1初診時左眼前眼部写真6時にきのこ状の虹彩結節がある.図3術後前眼部写真チューブの先端は後房に位置している.で,眼圧は右眼C14CmmHg,左眼C18CmmHgであった.右眼は前眼部,中間透光体および眼底に特記すべき所見はなかった.左眼は角膜に混濁や浮腫はなく,前房は正常深度で炎症細胞はなかった.瞳孔の偏位はなく,ぶどう膜外反もなかった.下方の虹彩表面に亜有茎性の結節があったが,萎縮巣や孔形成はなかった(図1).下方隅角に広範な周辺虹彩前癒着があった.左眼視神経乳頭は蒼白で陥凹拡大があった.スペキュラーマイクロスコープ検査では角膜内皮細胞密度は右眼2,222個/mmC2,左眼C1,541個/mmC2と左眼で減少していた.左眼の内皮細胞は大小不同があり,細胞内に暗調な部分があった(図2).視野は湖崎分類で右眼Ia,左眼CIIIaであった.経過:左眼CCogan-Reese症候群による続発緑内障と診断し,2015年C11月左眼耳下側にバルベルト緑内障インプラントCBG101-350を挿入した.結膜切開は円蓋部基底で行い,プレートを下直筋と外直筋の下に挿入し,7-0シルクで固定図2左眼スペキュラーマイクロスコープa:右眼.Cb:左眼.左眼の角膜内皮細胞は境界が不鮮明で大小不同が目立ち,細胞内にCdarkareaがある.Cした.術直後の低眼圧を予防するためC3-0ナイロン糸をチューブ内に留置した.チューブを後房に挿入しC8-0バイクリル糸で結紮し,SherwoodCslitを作製した(図3).8-0バイクリル糸で結膜縫合し閉創した.術後C22日でチューブ内の3-0ナイロン糸を抜去した.術後C1年が経過し,ビマトプロスト点眼,ブリンゾラミド・チモロール配合剤点眼,ブリモニジン点眼の併用で左眼眼圧はC16.19CmmHgとコントロール良好であった.また術後合併症としてチューブの露出や閉塞はなく,術後の角膜内皮細胞密度はC1,770個/mmC2と減少していなかった.CII考按ICE症候群は,異常な角膜内皮細胞が増殖膜となり前房隅角を障害する開放隅角緑内障や,増殖膜の収縮により幅広い周辺虹彩前癒着を形成する閉塞隅角緑内障が起こり,高率に緑内障を合併する1).Cogan-Reese症候群,Chandler症候群,進行性虹彩萎縮の三つのサブタイプが存在し,Cogan-Reese症候群は虹彩表面の結節を伴い,Chandler症候群は虹彩にほとんど異常を示さず,進行性虹彩萎縮は虹彩の萎縮が強く,孔形成を伴う2).本症例は角膜内皮細胞の減少と形態異常に加えて,片眼性の虹彩結節が観察されたためCCogan-Reese症候群と診断した.典型例では色素を伴った結節が虹彩表面に多数観察されるが,本症例では虹彩の変化は比較的軽微であった.また初診時には虹彩の異常がなくCChandler症候群と診断されたが,経過観察中に虹彩結節が出現し150あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018(150)Cogan-Reese症候群と診断が変更された症例も報告されており3),本症例も前医ではCCogan-Reese症候群との診断に至らなかったと思われた.Cogan-Reese症候群は異常な角膜内皮細胞が線維柱帯に限局するCChandler症候群と比べて緑内障が重症化しやすく,また線維柱帯切除術による眼圧コントロールが困難であると考えられている4).ICE症候群による緑内障は難治性で薬物療法にしばしば抵抗を示し,マイトマイシンCC併用線維柱帯切除術が行われてきた5).その後チューブシャント手術が登場し,ICE症候群に続発する緑内障に対する代謝拮抗薬(マイトマイシンCCもしくはC5-FU)併用線維柱帯切除術とチューブシャント手術の術後成績を比較し,1年生存率はほぼ同等だがC3年生存率やC5年生存率といった長期予後はチューブシャント手術が有意に良好であったと報告されている4).わが国においてCICE症候群に対しチューブシャント手術を行ったという報告は少ないが,Chandler症候群に対して線維柱帯切除術併用バルベルト緑内障インプラント手術を行った報告があり,術後経過観察期間はC5カ月と短期ではあるが十分な眼圧下降が得られている6).今回すでに複数回の線維柱帯切除術や濾過胞再建術を行っており,またCICE症候群のなかでも眼圧コントロールが困難なCCogan-Reese症候群であることからチューブシャント手術を選択した.バルベルト緑内障インプラントには前房挿入型のCBG103-250,BG101-350と硝子体切除を要する毛様体扁平部挿入型のCBG102-350がある.浅前房や角膜移植後といったチューブを前房に挿入すると角膜内皮代償不全を起こしやすい症例に対してチューブを後房に挿入すると,角膜内皮保護に有効であったと報告されている7).本症例も角膜内皮細胞数がやや少ない症例であり,チューブが角膜内皮に接触するのを防ぐため,本来前房に挿入するCBG101-350のチューブを後房に挿入した.術後C1年の経過観察で,良好な眼圧コントロールが得られており,角膜内皮も減少しなかった.しかし,ICE症候群は進行性の疾患であり,周辺虹彩前癒着が拡大して隅角閉塞を起こし眼圧が上昇してくる可能性がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LaganowskiHC,KerrMuirMG,HitchingsRA:GlaucomaandCtheCiridocornealCendothelialCsyndrome.CArchCOphthal-molC110:346-350,C19922)ShieldsMB:Progressiveessentialirisatrophy,Chandler’ssyndrome,andtheirisnevus(Cogan-Reese)syndrome:aspectrumofdisease.SurvOphthalmolC24:3-20,C19793)WilsonCMC,CShieldsCMB:ACcomparisonCofCtheCclinicalCvariationsCofCtheCiridocornealCendothelialCsyndrome.CArchCOphthalmolC107:1465-1468,C19894)DoeEA,BudenzDL,GeddeSJetal:Long-termsurgicaloutcomesCofCpatientsCwithCglaucomaCsecondaryCtoCtheCiri-docornealCendothelialCsyndrome.COphthalmologyC108:C1789-1795,C20015)LanzlIM,WilsonRP,DudleyDetal:Outcomeoftrabec-ulectomywithmitomycin-Cintheiridocornealendothelialsyndrome.OphthalmologyC107:295-297,C20006)川守田珠里,濱中輝彦,百野伊恵:高度の高眼圧を示す症例に対する線維柱帯切除術併用チューブシャント手術─病理学的検査から判明したCChandler症候群.あたらしい眼科C31:1215-1218,C20147)WeinerCA,CCohnCAD,CBalasubramaniamCMCetCal:Glauco-maCtubeCshuntCimplantationCthroughCtheCciliaryCsulcusCinCpseudophakiceyeswithhighriskofcornealdecompensa-tion.JGlaucomaC19:405-411,C2010***(151)あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C151

Ex-PRESSTM挿入術後の経過が思わしくなかった3症例

2014年6月30日 月曜日

《第24回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科31(6):903.908,2014cEx-PRESSTM挿入術後の経過が思わしくなかった3症例三木美智子*1小嶌祥太*2植木麻理*2杉山哲也*3池田恒彦*2*1高槻病院眼科*2大阪医科大学眼科*3中野眼科医院ThreeCaseswithUnfavorableProgressFollowingImplantationofanEx-PRESSTMGlaucomaFiltrationDeviceMichikoMiki1),ShotaKojima2),MariUeki2),TetsuyaSugiyama3)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,TakatsukiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,3)NakanoEyeClinic目的:Ex-PRESSTMglaucomafiltrationdevice(Ex-PRESS)挿入術後経過が思わしくなかった3症例を報告する.症例:症例1は74歳,男性.血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術後に眼圧が再上昇した.Ex-PRESS挿入術後,眼圧調整不能となった.症例2は56歳,男性.多重手術既往(水晶体.内摘出術,輪状締結術,硝子体手術,眼内レンズ毛様溝縫着術)があった.Ex-PRESS挿入術後,眼内レンズ落下に加え眼圧上昇のため,輪状締結抜去術,眼内レンズ除去術,Baerveldttube挿入術を施行し,眼圧は安定した.症例3は31歳,女性.虹彩角膜内皮症候群に対しEx-PRESS挿入術後,眼圧下降が得られず,角膜浮腫は改善しなかった.Ex-PRESSを摘出し線維柱帯切除術を施行した結果,眼圧は安定し角膜浮腫も改善した.結論:結膜瘢痕化の強い症例などではEx-PRESS挿入術でも効果が得られない場合があり,その適応について慎重に考慮すべきである.Purpose:Wereport3caseswithunfavorableprogressfollowingimplantationofanEx-PRESSglaucomafiltrationdevice(Ex-PRESS).CaseReport:Case1involveda74-year-oldmalediagnosedwithneovascularglaucoma.Trabeculectomywasperformed,butintraocularpressure(IOP)becameelevatedandEx-PRESSwasimplanted.Postoperatively,IOPbecameuncontrollable,ultimatelyresultingincompletelossofvisualfunction.Case2involveda56-year-oldmalewhohadpreviouslyundergoneintracapsularcataractextraction,encircling,vitrectomy,andintraocularlens(IOL)suturingtotheparsplana.Ex-PRESSwasimplanted,butIOPbecamere-elevatedfollowingIOLdislocationintothevitreous.TheencirclingbandandIOLwereremoved,andaBaerveldttubewasimplanted.Followingthesurgery,IOPstabilized.Case3involveda31-year-oldfemalediagnosedwithiridocornealendothelialsyndrome,whounderwentEx-PRESSimplantation.Postoperatively,theEx-PRESSfailedtolowerIOPsufficientlytoimprovethecornealedema.Thedevicewassurgicallyremovedandtrabeculectomywasperformed.IOPbecamestableandthecornealedemaimproved.Conclusion:IndicationsforEx-PRESSimplantationshouldbedeliberatelyconsidered,especiallyincasesofsevereconjunctivalscarring.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(6):903.908,2014〕Keywords:Ex-PRESS,血管新生緑内障,虹彩角膜内皮症候群,多重手術.Ex-PRESS,neovascularglaucoma,iridocornealendothelialsyndrome,multiplesurgeries.はじめにマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術(trabeculectomy:TE)は高い眼圧下降作用が期待できる術式であり,現在の代表的緑内障手術となっているが,術後早期合併症(低眼圧,浅前房,脈絡膜.離,前房出血など)が起こりやすい術式でもある1).その早期合併症を減少させる目的で,海外で臨床使用されてきたEx-PRESSTMglaucomafiltrationdevice(Ex-PRESS)がわが国でも認可され,平成24年5月,このデバイスを用いた「緑内障治療用インプラント挿入術」が保険適用となり,わが国における臨床使用が可能になった.Ex-PRESS挿入術はTEの術中および術後早期の合併症〔別刷請求先〕杉山哲也:〒604-8404京都市中京区聚楽廻東町2中野眼科医院Reprintrequests:TetsuyaSugiyama,M.D.,Ph.D.,2Jurakukaito-cho,Nakagyo-ku,Kyoto604-8404,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(129)903 を減らしつつ,従来のTEと同等かそれ以上の成績が報告されている2.4).筆者らもEx-PRESS挿入術の術後成績をTEと比較し,術後早期合併症(視力低下,低眼圧,前房出血など)が少ない傾向を認めたこと,術翌日の眼圧のばらつきが小さかったこと,視力変化が少なく有意な低下を認めなかったこと,視野(病期)が悪化した例は少なかったことなどを報告している5.7).わが国でも最近Ex-PRESSの使用頻度が増加しつつあるが,Ex-PRESSを用いても合併症は皆無ではなく,また良好な術後経過が得られない場合もある.大阪医科大学眼科(以下,当科)では,TEによる合併症が危惧される症例(たとえば無硝子体眼などで過剰濾過が起こりやすいと思われる例,中心視野狭窄が高度で低眼圧症による合併症が危惧される例,抗凝固剤使用例などで出血が危惧される例など)に対してEx-PRESS挿入術を施行しており,平成20年2月から平成25年2月の間に38例45眼に対してEx-PRESS挿入術を施行した.今回筆者らはそのうちEx-PRESS挿入術後の経過が思わしくなかった3症例について報告し,その原因などについて考察する.I症例〔症例1〕74歳,男性.既往歴:糖尿病で加療中〔ヘモグロビンA1C(HbA1C)6.4%〕で,数年前に脳梗塞の既往がある.眼科既往として,他院にて平成20年右眼水晶体摘出術,同21年右眼眼内レンズ毛様溝縫着術,同22年右眼硝子体手術をそれぞれ施行されている.他院からの診療情報が得られていないので,経過の詳細は不明である.現病歴:平成22年,右眼眼痛を感じ,近医を受診したところ,緑内障を指摘され,手術加療を勧められ,同年10月当科紹介受診となった.近医ではダイアモックスR内服のみ処方されていた.初診時所見:視力はVD=0.03(0.03×cyl.3.5DAx90°),VS=0.4(0.6×sph+2.25D(cyl.3.0DAx70°),ダイアモックスR内服下で,眼圧はRT=26,LT=11(mmHg),前眼部:右眼には虹彩に新生血管が著明(図1A).隅角にはほぼ全周に周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)と新生血管があり(図1B),左眼には白内障および部ACBD図1症例1の初診時の前眼部写真(A)と隅角写真(B),Ex-PRESS挿入術翌日(C)と10日後の前眼部写真(D)虹彩,隅角に新生血管,周辺部虹彩前癒着を認めた.Ex-PRESS挿入術翌日,前房出血はわずか,炎症は比較的軽度で濾過胞形成は良好であった.10日後,やや平坦化の傾向を認めるものの濾過胞形成を認め,眼圧は8mmHgであった.904あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(130) 分的にPASがあった.眼底:両眼とも糖尿病網膜症に対して汎網膜光凝固が施行済みで,視神経乳頭の陥凹乳頭比(C/D)は両眼とも0.4程度であった.Goldmann視野検査では右眼に糖尿病黄斑浮腫による中心暗点があるのみで,両眼とも明らかな緑内障性視野異常は認めなかった.経過:右眼増殖糖尿病網膜症に起因する血管新生緑内障と診断し,緑内障薬点眼を開始した.眼底はすでに汎網膜光凝固術施行済みであり,蛍光眼底造影にて明らかな無灌流領域を認めなかったため,追加は施行しなかった.12月に虹彩新生血管の増悪を認めたため,アバスチンR硝子体注射を施行した.しかし,その後,眼圧は上昇し,緑内障薬3剤点眼で眼圧が30mmHg前後と眼圧調整不良となったため,右眼TEを施行した.TE術後,いったん眼圧はhighteensまで下降したが,その後再び眼圧が上昇し,翌年2月には緑内障薬3剤点眼で眼圧20mmHg台後半となった.固視点近くに視野狭窄が及んできており急激な眼圧下降による視野悪化を避けるため,同年12月右眼Ex-PRESS挿入術を選択し,(この当時Ex-PRESSはわが国で未認可であったが,大学倫理委員会の承認,患者本人への説明と同意のもと)施行した(術式は後述).術中,Ex-PRESS挿入部近傍より軽度の前房出血を生じたが,それ以外は特に合併症はなく終了した.手術翌日,前房出血はわずかで,前房炎症は軽度,濾過胞形成は良好であった(図1C).前房出血は手術4日後にほぼ消失した.眼圧は時として30mmHg超になることもあったが,眼球マッサージを適宜施行することにより,おおむね5.10mmHgで推移,濾過胞も形成されていた(図1D).手術11日後に結膜縫合部からの房水漏出を認めたため,追加縫合を行った.退院後,眼圧はhighteensとなり,レーザー切糸,ニードリングを行うも濾過胞は平坦化していき,緑内障薬点眼を再開するも眼圧は調整不能となった.僚眼の視機能が比較的良好なこと,眼痛もなく本人が再手術を希望されなかったことから,薬物治療のみで経過観察することとなり,結果的に右眼の視機能はその後,消失した.本例におけるEx-PRESS挿入術の術式:円蓋部基底結膜切開,3mm×4mmの強膜弁(約1/3層)作製,MMC(0.04%,4分間留置後に洗浄),25G針にて先行穿刺後に耳側上方よりEx-PRESS挿入,強膜弁を2針縫合(10-0ナイロン),結膜を連続縫合(10-0ナイロン).〔症例2〕56歳,男性.既往歴:当科にて昭和52年,右眼白内障手術(水晶体.内摘出術),平成17年,右眼裂孔原性網膜.離に対する輪状締結術および硝子体手術,同年,右眼黄斑上膜に対する硝子体手術および眼内レンズ縫着術の手術既往がある.現病歴:当科で定期的に経過をみていたところ,平成20年頃より右眼の眼圧が20mmHg台に上昇した.緑内障点眼薬1剤にて眼圧下降が得られていたが,平成23年より眼圧が再上昇し,3剤点眼下で眼圧が20mmHg台となったため,当科緑内障外来受診となった.術前所見:視力はVD=(0.07×sph.1.5D(cyl.0.5DAx110°),VS=(1.0×sph+0.5D(cyl.0.75DAx90°),眼圧はRT=26,LT=9(mmHg),角膜内皮細胞密度は右眼1,338,左眼1,865(個/mm2).眼底:C/Dは右眼0.8,左眼0.4.Goldmann視野検査では右眼に著明な視野狭窄を認め,湖崎分類IVであった.左眼には明らかな異常を認めなかった.経過:中心視野温存のため,平成25年右眼Ex-PRESS挿入術を施行した(術式は後述).手術翌日から大きな濾過胞が形成されて(図2A)低眼圧(0.2mmHg)が持続し,炎症や眼内液混濁が強くなったため,5日目に液-空気置換術を施行した.術中から眼内レンズが不安定な状態であったが,9日後に眼内へ落下した.眼圧は10mmHgで安定していたためいったん退院となったが,退院翌日には濾過胞が消失AB図2症例2のEx-PRESS挿入術翌日(A),毛様体扁平部挿入型Baerveldt緑内障インプラントによるチューブシャント手術22日後(B)の前眼部写真Aでは大きな濾過胞の形成を認め,Bでは併用したripcordが結膜下に確認できる.(131)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014905 し,眼圧が40mmHgまで上昇した.眼球マッサージを施行高いことに加え,著明な角膜浮腫を認めた.ダイアモックするも眼圧下降が得られず,ニードリングを施行するもすぐスRを処方され7月当院紹介受診となった.に再癒着した.眼圧調整不能となったため,右眼輪状締結抜初診時所見:視力はVD=0.09(0.09×sph.1.5D),VS=去術,眼内レンズ摘出術,毛様体扁平部挿入型Baerveldt緑1.5(1.5×sph.0.5D),眼圧はRT=26,LT=12(mmHg),内障インプラントによるチューブシャント手術を施行した前眼部:右眼は角膜浮腫著明,虹彩萎縮とぶどう膜外反を認(図2B).その後,眼圧は10mmHg前後に安定し,現在にめた(図3A,B).左眼は正常.鏡面顕微鏡所見:角膜内皮至っている.細胞はhammeredsilverappearanceを示した(図3C).隅本例におけるEx-PRESS挿入術の術式:円蓋部基底結膜角は両眼ともShaffer4,視神経乳頭のC/D比は右眼0.8,切開,3mm×4mmの強膜弁(約1/2層)作製,MMC(0.04左眼0.5.Goldmann視野検査では右眼は上方に比較暗点,%,3分間留置後に洗浄),23G針にて先行穿刺後に耳側上鼻側の視野狭窄を認め,湖崎分類IIIaであった.左眼は明方よりEx-PRESS挿入,強膜弁を5針縫合(10-0ナイロらかな異常を認めなかった.ン),結膜を端々縫合(9-0シルク).経過:虹彩角膜内皮(ICE)症候群を疑い,角膜浮腫改善〔症例3〕31歳,女性.のため4%生理食塩水の点眼を開始した.緑内障点眼薬を1既往歴・現病歴:香港で数年前から右眼緑内障に対して点剤追加して眼圧はmiddleteensとなり,角膜浮腫もほぼ消眼治療を受けていた.平成24年5月の帰国時に緑内障の精失し,視力は(1.2)まで回復した.良好に経過していたため,査目的で近医を受診した.近医初診時は緑内障薬1剤点眼と同年8月からダイアモックスR内服を半錠に減量して経過をダイアモックスR内服で眼圧は15mmHgであり,Hum-みたところ,11月に眼圧が23mmHgに上昇し,再び角膜phrey視野検査で緑内障の視野変化を認めていた.その後,浮腫も出現した.点眼を追加しダイアモックスRも2錠に増起床時に重篤で時間とともに軽減する霧視が出現したため,量したが,眼圧は30mmHgまで上昇した.TEでは予後不近医を6月に再診したところ,右眼眼圧は24mmHgとやや良が予測された6,7)ため,12月右眼Ex-PRESS挿入術を選択ACBDE図3症例3の当科初診時の前眼部写真(A,B)と角膜の鏡面顕微鏡写真(C),Ex-PRESS挿入術翌日(D)と4週間後の前眼部写真(E)初診時,角膜浮腫,虹彩萎縮とぶどう膜外反を認めた.角膜内皮細胞はhammeredsilverappearanceを示した.Ex-PRESS挿入術翌日には後方に広がる濾過胞形成を認めたが,4週間後には濾過胞の平坦化がみられた.906あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(132) し,施行した(術式は症例1と同様,ただしEx-PRESSは痕化の状態が眼圧調整に大きな影響を与えないと考えられる鼻側上方より挿入).Baerveldttube挿入術により眼圧調整を得ることができた.手術後,眼圧は下降し,角膜の透明性は回復していたがさらに,術後眼圧上昇の機序としては眼内レンズが落下した(図3D),20mmHg前後の眼圧が継続したため,3日後にレことにより眼内炎症が惹起されたことなども推察された.ーザー切糸を施行した.その後は眼球マッサージにより眼圧Ex-PRESSはぶどう膜炎では適応外であるが,眼内炎症がをlowteensに下げるため,自己マッサージを指示した.10惹起されやすい状況の眼に対しても不向きと考えられる.日後にはレーザー切糸を追加したが,1カ月後再診時(翌年症例3はICE症候群の症例で,そのなかでも角膜内皮細1月)に30mmHgに再上昇し,角膜浮腫が著明となったた胞所見などからChandler症候群と考えられる.Chandler症め,ニードリングを施行した.その後も眼圧が十分下降せ候群はICE症候群のなかでも最も多くみられる病型で,角ず,角膜浮腫が改善しなかったため,緑内障薬点眼に加えダ膜内皮機能障害と虹彩の軽度萎縮を特徴とし,著明な高眼圧イアモックスRを再開した(図3E).眼圧がlowteensに下でなくても角膜浮腫が顕著となる.角膜内皮細胞を観察するがると角膜浮腫は改善し,本人が早期の眼圧調整を希望されと,典型例では角膜後面に微小なさざ波様の凸凹(hammeredたため,再手術を施行することになった.Ex-PRESS内腔silverappearance)を認め,また角膜内皮細胞の大小不同やの閉塞も疑われたためEx-PRESSを抜去し,同部位にTE異形性が高度・広範囲であればその診断は比較的容易であを施行した.TE術後,濾過胞形成は良好,眼圧は10mmHgる9).また,緑内障が46.82%に発症するため,緑内障は重前後で安定した.その結果,角膜浮腫も改善し,視力も(0.7)篤な合併症の一つである.組織学的に周辺部角膜から進展すまで改善した.なお,抜去したEx-PRESS内腔を検証したる広範なICE細胞と異常基底膜様物質が存在して,直接的結果,明らかな閉塞は認めなかった.に隅角が覆われることで房水流出障害が生じると考えられてII考按いる10).ICE細胞増殖によるTE後の強膜切除部位再閉塞が危惧された11,12)ため,今回の症例では当初Ex-PRESS挿入今回,Ex-PRESS挿入術後の経過が思わしくなかった3術を選択したが,結果的には良好な眼圧調整が得られなかっ症例を報告した.これまでにもEx-PRESSの合併症(露出,た.検証の結果,明らかなEx-PRESS内腔の閉塞が認めら前房内落下)に関する報告はいくつかあったが,経過が思われなかったことより,Ex-PRESS挿入後に眼圧調整不良でしくなかった症例についての具体的な報告はなかった.よっあった機序はEx-PRESS自体の問題というよりは結膜瘢痕て,今回それぞれの原因などについて症例ごとに検討してみ化などによる濾過胞形成不全が原因と考えられる.今回はる.Ex-PRESS周囲の炎症反応などによってTEよりも結膜瘢症例1は血管新生緑内障であり,濾過手術後の新生血管か痕化が起こりやすかったのではないかと推察する.らの出血や血管新生そのものによる房水流出路の狭窄・閉Ex-PRESS挿入術の最も大きな利点は術後早期合併症の塞,濾過胞形成不全が生じやすく,TEにおいて術後管理が頻度が少ないという点であるが,眼圧調整についての術後成しばしば困難となる予後不良の疾患である8).血管新生緑内績は基本的にTEと大きく変わるものではない.今回の3症障にEx-PRESSを使用する利点として,虹彩や強膜の切除例のように,結膜瘢痕化の強い症例などではTEと同様,がないため同部位に存在する新生血管からの出血を抑制するEx-PRESS挿入術でも効果が得られない場合があるので,ことが挙げられる.これによりTEでしばしば経験する術後慎重な適用が望まれる.Ex-PRESS挿入術の適応について前房出血やそれによる眼圧上昇を予防できる可能性がある.は,今後エビデンスを集積して明らかにしていく必要がある本症例でも術後に新生血管からの出血は特に認めなかった.と考える.しかし,結膜瘢痕化などによる濾過胞形成不全についてはEx-PRESS使用によっても回避することがむずかしく,眼圧調整不良となったと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし症例2は,多重手術後の症例である.多重手術の内訳は水晶体.内摘出術,輪状締結術と硝子体手術,硝子体手術と眼文献内レンズ毛様溝縫着術といずれも広範囲の結膜.離と切除を1)本庄恵:緑内障手術のEBMトラベクレクトミーvs.ト必要とするもので,結膜下の侵襲が強い手術を何度も受けたラベクロトミー.眼科手術25:4-9,2012こととなる.すなわち,今回の手術前から結膜の瘢痕が強2)MarisPJJr,IshidaK,NetlandPA:Comparisonoftrabeく,また術後の濾過胞形成もむずかしい症例であった.ExculectomywithEx-PRESSminiatureglaucomadevicePRESS挿入術は濾過胞維持に関してはTEと同等と考えらimplantedunderscleralflap.JGlaucoma16:14-19,20073)deJongL,LafumaA,AguadeASetal:Five-yearextenれるので,結局この症例でも眼圧調整は困難となり,結膜瘢(133)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014907 sionofaclinicaltrialcomparingtheEx-PRESSglaucomafiltrationdeviceandtrabeculectomyinprimaryopen-angleglaucoma.ClinOphthalmol5:527-533,20114)DahanE,BenSimonGJ,LafumaA:ComparisonoftrabeculectomyandEx-PRESSimplantationinfelloweyesofthesamepatient:aprospectiverandomisedstudy.Eye26:703-710,20125)SugiyamaT,ShibataM,KojimaSetal:Thefirstreportonintermediate-termoutcomeofEx-PRESSglaucomafiltrationdeviceimplantedunderscleralflapinJapanesepatients.ClinOphthalmol5:1063-1066,20116)杉山哲也:Ex-PRESSTM(エクスプレス)挿入術.臨眼67:14-21,20137)杉山哲也:Ex-PRESSの使用経験と手術成績.眼科手術26:167-172,20138)岩尾圭一郎:トラベクレクトミーが効きにくい病型と良くない手技.眼科手術25:38-44,20129)WilsonMC,ShieldsMB:AComparisonoftheclinicalvariationsoftheiridocornealendothelialsyndrome.ArchOphthalmol107:1465-1468,198910)安達京,白土城照:続発緑内障.「虹彩角膜内皮症候群ICE症候群」.眼科37:965-969,199511)松本行弘:線維柱帯切除術後に角膜内皮細胞形状が変化したChandler症候群.眼臨紀2:705-709,200912)三浦克洋,平澤知之,松本行弘:複数回の線維柱帯切除術にAhmedglaucomavalveimplantが奏効したChandler症候群.眼臨紀1:440-446,2008***908あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(134)