256 ( 11あ8)たらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 0910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》 あたらしい眼科 27(2):256.259,2010cはじめに筆者らはこれまでLaser Speckle Flowgraphy(LSFG)とよばれる眼底の血流分布を動画でリアルタイムに画像化するシステムを,国内の多くの研究機関と共同で研究・開発してきた1.11).LSFG で得られる表示値(mean blur rate:MBR)は流速,または流量を反映した値であると議論されてきたが,はっきりとした根拠が提示されているとは言い難く,どちらかといえば平均流速を表す値であるとする報告が多くなされている12,13).今回筆者らは網膜血管の分枝部に着目し,分枝前後の血流を解析することにより,LSFG で用いられる表示量MBR 値が,血流量を反映した値であると推定できる結果を得たので報告する.I対象および方法眼撮影装置LSFG-NAVI の解析ソフトの最新版(Ver3)にはCrossSectionEx とよぶオプションソフトがあり,図1aに示すようにラバーバンドで血管の周りに矩形領域を設定すると,蛇行した血管でも図1b のように血管中心線を直線に並べる機能を追加できる.さらに血管の走行に沿ってMBR値を平均した値<MBR>を求めれば,図2 のように血管の断面方向の血流分布を描画できる.従来までは真っ直ぐに伸びた血管部分しかこの血流断面を求めることができなかったが,このソフトを利用すれば,血管が多少蛇行していても解析できるようになり,適用範囲が広がってくる.このソフトには,図2 のように適切な閾値(血管領域と血管の背景組織〔別刷請求先〕岡本兼児:〒820-0066 飯塚市幸袋576-14 飯塚リサーチパーク内トライバレーセンターB209ソフトケア有限会社Reprint requests:Kenji Okamoto, Softcare Ltd., Tryvalley Center B209, Iizuka Research Park, 576-14 Kobukuro, Iizuka-City,Fukuoka 820-0066Laser Speckle Flowgraphy による網膜血管血流量解析岡本兼児*1レーフン トゥイ*1高橋則善*1安本篤史*1藤居仁*2*1 ソフトケア有限会社*2 九州工業大学情報工学研究院電子情報工学研究系Analysis of Blood Flow in Retinal Vessels Using Laser Speckle FlowgraphyKenji Okamoto1), Lephuong Thuy1), Noriyoshi Takahashi1), Atsushi Yasumoto1) and Hitoshi Fujii2)1)Softcare Ltd, 2)Department of Computer Science and Electronics, Kyushu Institute of Technology今回筆者らはLaser Speckle Flowgraphy(LSFG)で得られる表示量mean blur rate(MBR)値が,血流量を反映した相対値であると考えられるデータを得たので報告する.LSFG で得られた眼底血流マップ(5 人9 眼)のデータを基に,1 本の網膜血管(親血管)が2 本の血管(子血管)に分枝する部位に注目し,それぞれの血管の断面方向に血流値を積算した値を血流量と仮定し,この値が親血管と子血管の和に対して保存されているか検討を行った.その結果,適切に網膜血管の領域を定め,背景血流と分離すれば,上述した断面方向に積算した値は,分枝の前後でほぼ等しくなり,両者の間には強い相関があることが判明した.これにより従来のLSFG における表示量MBR 値から,血流量の変化を情報として引き出せることがわかった.Laser Speckle Flowgraphy(LSFG)uses a special value, mean blur rate(MBR), to evaluate and display retinalblood flow distribution. In this paper, we report on a study of the conserving property of MBR values read atbranch vessels on the retinas of 5 healthy males, using the new version of LSFG-NAVI. By setting the thresholdlevel appropriately so as to extract the vessel region, then subtracting the background level from each MBR valueand integrating the values over the vessel cross-section, we found that the integrated values are conserved beforeand after the branching. This result suggests that the integrated value indicates blood flow volume, rather thanblood flow velocity.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)27(2):256.259, 2010〕Key words: 血流計, レーザースペックル, 眼撮影装置, 血流量.blood flowmetry, laser speckles, medicalinstruments, blood flow volume.(119) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010257を区分する境界のMBR 値)を定めることにより,網膜血管の占める領域を自動抽出し,この領域内のMBR 値から周囲のMBR 値を減算した値の総和,すなわち図2 の斜線部分の面積を算出する機能も備えている.筆者らは網膜血管の分枝部に注目し,分枝の前後で血流量は保存されるはずなので,MBR 値をどのように加工すればこの血流量の保存則を満たすことができるかについて,詳しい解析を行った.まず図3 のように網膜上の1 本の血管を親血管(①)とし,親血管から2 本に分岐した子血管(② , ③)について,上記のオプションソフトを利用して血管断面に沿った<MBR>の分布をそれぞれ求める.次に親血管側について図2 の斜線で示す部分の面積A を求め,子血管② , ③についてもそれぞれの同様の面積(B, C)を求めて加算し(B+C),両者の値を比較した.このとき血管部分の占める領域を決める閾値の選び方が,実効的な血管径や流量を議論するうえで重要となる.また,斜線で示す部分の底辺を全体のどのレベルに設定するかについても,はっきりとした基準があるわけではない.ただ,網膜血管が背後の脈絡膜血管を横切るときは,その交差部で値が一般的に高めに出ることがわかっているので,図2 で示すように血管の両側の値を結んだ線を背景血流として単純に差し引くことは妥当と考えられる.今回の閾値の設定では,図2 で血管断面の血流ピーク値と閾値に対する比を定義し(ここではピーク比率と名付ける),この値を0.1.0.5 まで変えながら,上記の面積A とB+Cを比較した.測定対象は同意を得た健康成人5 人の9 眼とし,LSFG-NAVI〔ソフトケア(有)社製〕を用いて眼底血流を多数回測定して,図3 のような合成マップを作成した.そのなかからフォーカスがよく血管輪郭が明瞭な血流マップを選び,さらに第3 分枝以内の中心動脈・静脈の血管分枝部分を無作為に40 例(血管径約60.130 μm,動脈23 例,静脈17 例)を選択し,検証の対象とした.その際血管分枝部は,背景の組成がほぼ同様であると考えられる部位を選択した.たとえば,親血管が視神経乳頭上にあり,子血管が乳頭外の脈絡膜上に位置するような場合は,解析対象から除外した.動脈・静脈の判定はLSFG-NAVI の時間解析機能14)と眼底写真の画像を用いて行った.II結果前述した分枝部40 例について,血管部分の<MBR>の総和,すなわち図2 の斜線部の面積を,親血管(A)と子血管の和(B+C)についてそれぞれ求め,プロットした例が図4(a) (b)図 1 血流合成マップ上で蛇行した網膜血管に矩形ラバーバンドを設定した様子(a)とCrosSectionEx を使って網膜血管の中心を直線に並べ直した様子(b)血管の左右の白線が血管と認識した境界線.それぞれの図の矢印が同じ部位を指し示している.組織部分組織部分血管と組織を区分する閾値血管部分の血流量とする領域血管部分血管背景部分血流量offset血管横断方向 X血流ピーク<MBR>[arb. unit]Width図 2 CrossSectionEx で抽出した血管を基に,血管を横切る方向に血流分布を表示し,血流量を解析する模式図図 3 平均血流マップ上に,分枝前の親血管(①)と分枝後の子血管(②,③)にラバーバンドを設定した例258あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (120)である.この図は閾値をピーク比率=0.3 に設定した場合で,回帰直線の傾きが0.98 であり1 に非常に近く,切片項も1.39 と0 に近い値を示している.直線回帰線の有意判定を行った結果p 値が0.001 を大きく下回っていたので,この最小二乗法による直線回帰線は信用してもよいと考えられる.値のばらつきを示す相関係数r は0.982 であり強い相関がみられる.したがってこの条件下では,図2 の斜線部のように<MBR>を断面方向に積算すれば,血流量の保存則がほぼ成立することがわかる.図4 を動脈と静脈に分けてプロットしても差がほとんどなかったので,いずれにおいても流量は保存されていると見なせる.閾値をそれ以外のレベルに設定して,同様の解析を行い,どのような傾向があるかを調べたものが図5 であり,相関係数r がどの閾値でも0.95 以上であることから,値のばらつきは小さいことがわかる.回帰係数が1 に近いほど流量が保存されていること,切片も小さいほど細い血管でも保存則が成立していることを意味するので,今後MBR の積算値を血流量とみなして議論を進めるには,ピーク比率=0.3 で閾値を決定するのが最適であるとの結論を得た.III考按これまでLSFG で使用されてきたMBR 値は,血流速度を反映しているものと理解されてきたが,ヒト眼の背景血流を考慮に入れた詳細な検証は進んでいない.永原ら13)はガラス細管内にヒト血液を循環させたin vitro 実験により,LSFG で出力されたNB 値(NB 値の二乗が本論文のMBR値に相関している1))が血流速度に比例すると同時に,ガラス細管の直径の増加と背景血流があることによっても増加することを詳細に報告している.言い換えれば同じ速度で流れていても,管径が太いほど高めの値が出ることになり,MBR 値が流量にも関係することを示唆している.従来のLSFG では一般にラバーバンド内のMBR の平均値を,血流速度に比例する相対値として読み取り,比較してきたが,ラバーバンドを血管の輪郭に正確に合わせることがなかなかむずかしく,誤差を生む原因になっていた.本論文では網膜血管を背景血流から簡単に分離する新しい手法を導入し,MBR 値から背景血流成分を差し引いた値を血管の走行方法に平均化した後,断面方向に積算したものが,血流量の指標として利用できることを示した.実効的な血管径も推定できることがわかったので,もしMBR 値が血管径に依存せず,流速のみに比例すると仮定した場合,分枝y=0.98x+1.39r=0.982,p<0.001◆:artery○:vein0 200 400面積(B+C)[arb. unit]面積(A)[arb. unit]600 8008006004002000図 4 親血管(①)のMBR 面積(A)と,子血管(②,③)のMBR 面積和(B+C)の比較(閾値ピーク比率=0.3を適用)線形性も良く,動脈・静脈に依存せず,面積(A),面積(B+C)が一致していることが確認できる.0.90.910.920.930.940.950.960.970.980.9910.1 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.5閾値 (ピーク比率)回帰係数(a) ・相関係数(r)01234567 切片(b)■:回帰係数(a)■:相関係数(r)■:切片(b)図 5 血管径を定義する際の閾値(ピーク比率)を変化させたときの,回帰係数a,切片b,相関係数r の各パラメータの結果y=1.12x-36.18r=0.968◆:artery○:vein子血管(②,③)の流量和(x)[arb. unit]親血管(①)の流量(y)[arb. unit]0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,00014,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000図 6 図4 のデータを基にMBR 値が血管径に依存せず,流速のみに比例すると仮定し,分枝部で流量の保存則が成立するかどうかを検討した図図4 に比べ傾きが大きくオフセットも大きくなっており,流量が多くなるにつれ保存則が成り立たない結果になっている.(121) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010259部で流量の保存則が成立するかどうかも検討した.この場合は,流量は血管に相当する領域内のMBR 値から背景血流成分を差し引いた値を積算した後,該当する総画素数で割って平均血流値を求め,血管断面積を掛ければよい.図6 は図4のデータを基に再計算したもので,分枝後の血流量の和が,分枝前よりも全体的に低くなっていることがわかり,MBR値が血流速度のみに依存するという仮定では,流量保存則が成立しないことを示す結果が得られた.したがって図4 の結果を導いた演算式,すなわちMBR 値から背景血流を減算し,走行方向に平均化して得た<MBR>を断面方向に積算した値のほうが,血流量により近いという結論を得た.これは<MBR>に血管径が重みとしてすでに掛けられていることを意味しており,永原らの実験に近い結果になっている.このとき問題になるのは血管径がどの範囲までなら血流量として評価できるかという点である.測定する血管が太すぎる場合や,分枝後の血管径が大きく異なる場合は,流量が保存されないケースが出てくると思われる.図4 を見る限り,今回解析した60.130 μm の範囲では,動静脈の別なく流量が保存されていることから,乳頭周辺部で通常観察される網膜血管では,本論文で導入した演算によって血流量を正しく評価できると考えられる.ただし血流量といっても,この値は毎秒何ml などの絶対流量としての単位をもつわけではなく,依然として次元のない相対量である.それでも血流速度よりは血流量の増減のほうが,臨床的には重要であり,薬剤投与前後で網膜血管の同一部位で血流量の増減を明確に議論できるようになった意義は大きい.これまではMBR 値を個体間で比較することはむずかしいとされてきた.その理由はMBR 値が血管径や管壁の散乱特性などによって微妙に影響されるからである.たとえば,同一マップ上にある血管径がほぼ等しい動脈,静脈でもラバーバンドにより数値を比較すると,動脈のほうが静脈に比べて若干低めになっている.その理由は動脈の管壁が静脈より厚く,レーザーが静止した組織で散乱される確率が高いため,スペックルの変動速度が若干遅くなるからと考えられる15).網膜血管のうち静脈側の血流量をMBR 値によって安定に測定できるようになれば,いずれ網膜血流量の個体間の比較が可能になると期待できる.脈絡膜や乳頭組織血流に関しては,血管の分枝部の認識は困難であり,MBR 値が血流量を表すという根拠は今のところ見出せない.しかしラバーバンドで領域を設定して読み取ったMBR の平均値は,その領域においてレーザーが内部に浸入してから表面に戻ってくる間に散乱する粒子の平均速度に比例するので,移動する散乱粒子の数と速度の増加,すなわち血流量の増加に伴って高くなることはわかっている.ただ,網膜血管ほどの線形性があるかどうかは未確認であり,今後の詳細な解析を待つことになる.本研究の一部は久留米リサーチパーク・バイオベンチャー等育成事業,NEDO 大学発事業創出実用化研究開発事業,および科研費(18300173)等の助成を受けたものである.文献1) Konishi N, Tokimoto Y, Kohra K et al:New laser speckleflowgraphy using CCD camera. 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