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血管新生緑内障に対するバルベルト緑内障インプラントの手術成績

2018年1月31日 水曜日

《第22回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科35(1):140.143,2018c血管新生緑内障に対するバルベルト緑内障インプラントの手術成績野崎祐加富安胤太野崎実穂森田裕吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学CClinicalExperiencewithBaerveldtGlaucomaImplantinNeovascularGlaucomaYukaNozaki,TanetoTomiyasu,MihoNozaki,HiroshiMorita,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対して施行した,バルベルト緑内障インプラント(BGI)手術の術後成績を後ろ向きに検討した.対象および方法:BGI手術(前房タイプC2眼,硝子体タイプC10眼)を施行した10例C12眼を対象とした.術前後の眼圧,点眼スコア,合併症について検討した.結果:平均年齢C52.2歳,術後経過観察期間はC26.7±13.2カ月で,平均眼圧は術前C31.3±102.mmHgから術後C6カ月C13.9±4.6CmmHgと有意に低下し(p<0.05),平均点眼スコアは術前C4.2±0.8から術後C1.8±1.9と有意に減少した(p<0.05).術後C1カ月以内の早期合併症は,一過性高眼圧(7眼),硝子体出血(3眼),脈絡膜.離(2眼)であった.後期合併症はC3眼で硝子体出血,プレート周囲の線維性増殖組織による高眼圧を認めた.結論:血管新生緑内障に対するCBGI手術は,短期的には良好な眼圧下降効果を認めた.CPurpose:ToCevaluateCtheCe.cacyCofCtheCBaerveldtCglaucomaCimplant(BGI)inCneovascularCglaucoma(NVG)CassociatedCwithCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CPatientsandMethod:TenCpatients(12Ceyes)whoCunderwentBGIwereevaluated.Outcomeassessmentswereintraocularpressure(IOP),numberofglaucomamedicationsandcomplications.Results:Meanagewas52.2yearsandaveragefollow-upperiodwas26.7months.MeanIOPwassigni.cantlydecreased,from31.3±10.2CmmHgto13.9±4.6CmmHg(p<0.05).Thenumberofglaucomamedicationswasalsosigni.cantlydecreased,from4.2±0.8CtoC1.8±1.9(p<0.05).ComplicationsincludedhighIOP(7eyes),vit-reoushemorrhage(3eyes),choroidaldetachment(2eyes)within1monthofsurgery.Latecomplicationswerevit-reousChemorrhage(3Ceyes)andChighCIOP(3Ceyes).CTheCsuccessCrateCwasC90.1%CatCmonthC6.CConclusion:BGIise.ectiveincontrollingIOPelevationassociatedwithNVG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(1):140.143,C2018〕Keywords:バルベルト緑内障インプラント,血管新生緑内障,増殖糖尿病網膜症,術後合併症,点眼スコア.CBaerveldtglaucomaimplant,neovascularglaucoma,proliferativediabeticretinopathy,postoperativecomplications,Cnumberofglaucomamedications.Cはじめに血管新生緑内障に対する治療は,開放隅角期では,網膜虚血を改善させるために,汎網膜光凝固や血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfactor:VEGF)阻害薬などが用いられるが,虚血を改善しても眼圧が下降しない場合や,閉塞隅角期には,線維柱帯切除術が多く施行されてきた.しかし,血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の手術成績は,術後の出血や炎症による瘢痕形成のため,他の緑内障に対する成績よりも不良である1,2).VEGF阻害薬を併用することにより血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の成績は良好になるという報告3)もあるが,長期手術成績はCVEGF阻害薬併用有無で変わらないともいわれている4).また,血管新生緑内障の約三分の一は,糖尿病網膜症が原因と報告されているが5),糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障の特徴としては,比較的年齢が若いこと,硝子体手術を含む複数回の手術既往がある場合が多い点があげられる.〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:MihoNozaki,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,Nagoya467-8601,JAPAN140(140)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(140)C1400910-1810/18/\100/頁/JCOPY若年者,硝子体手術既往は,線維柱帯切除術の予後不良因子としても知られていることから2,6),糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対して,線維柱帯切除術以外の術式が望まれている.一方,バルベルト緑内障インプラント(Baerveldtglauco-maimplant:BGI)は,複数回の緑内障手術が無効であった症例や結膜瘢痕症例など,難治性緑内障に対して,眼圧下降効果が期待されており7),血管新生緑内障に対する有効性も国内からいくつか報告されている8.10).2012年C4月から,わが国でCBGI手術が保険収載され,名古屋市立大学病院でもC2012年から血管新生緑内障に対するCBGI手術を施行している.今回,術後C6カ月以上経過を追えた,増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対するCBGIの手術成績について,後ろ向きに検討したので報告する.CI対象および方法対象はC2012年C12月.2016年C3月に,名古屋市立大学病院で増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対し,BGI手術を施行し,術後C6カ月以上経過観察できたC10例C12眼(男性C7眼,女性C5眼,平均年齢C52.2C±12.2歳)であった(表1).術前,術後の眼圧,術前・術後の点眼スコア(緑内障点眼薬をC1点,配合剤をC2点,炭酸脱水酵素阻害薬のC2錠内服をC2点とした),早期(術後C1カ月以内)・後期(術後C1カ月以降)の術後合併症について検討した.今回使用したCBGIデバイスは,硝子体手術既往眼ではプレート面積がC350CmmC2でチューブにCHo.manCelbowをもつBG102-350を使用し,硝子体手術未施行眼ではプレート面積がC250CmmC2の前房タイプのCBG103-250を挿入した(現在は当院で用いていない).術式は,強膜半層弁を作製し,チューブをC7-0あるいはC8-0バイクリル糸で完全閉塞するまで結紮し,術前に炭酸脱水酵素阻害剤内服下でも眼圧が20CmmHg以上の症例では,9-0ナイロン糸でCSherwoodスリットを作製した.強膜弁はC9-0ナイロン糸で縫合し,結膜はC8-0バイクリル糸で縫合した.チューブ内へのステント留置は行わなかった.生存(手術成功)の定義は,①視力が光覚弁以上,②眼圧はC22CmmHg未満,5CmmHg以上,③さらなる緑内障手術の追加手術を行わない,のC3条件を満たすものとした.生存率をCKaplan-Meier法で解析した.数値は平均値C±標準偏差で記載し,統計学的検定にはCWilcoxon検定を用いCp<0.05を有意差ありとした.CII結果10例C12眼のうち,使用したCBGIデバイスは,前房タイプがC2眼,経毛様体扁平部タイプがC10眼であった.治療の既往として,汎網膜光凝固,白内障手術は全例C12眼で施行されており,硝子体手術はC10眼,線維柱帯切除術はC4眼で既往がありC4眼中C2眼は複数回線維柱帯切除術が施行されていたが,硝子体手術は未施行だった(表1).BGI手術までに,汎網膜光凝固術を除いて平均C2.6回の手術既往があった.術前にCVEGF阻害薬の硝子体注射を行ったのはC12眼中C1眼のみであった.術後経過観察期間は平均C26.7C±13.2(6.54)カ月であった.全症例における術前平均眼圧はC31.3C±10.2CmmHg,術翌日にはC13.0C±10.3CmmHgまで低下を認めた.1週間後にはC10.4±3.3CmmHg,1カ月後にはC15.9C±7.6CmmHg,3カ月後にはC14.3C±3.7CmmHg,6カ月後にはC13.9C±4.6CmmHgと有意な低下を認めた(p<0.05)(図1).また,平均点眼スコアは術前のC4.2C±0.8から,術後C6カ月の時点でC1.8C±1.9と有意な減少を認めた(p<0.05)(図2).LogMAR視力は,術前C1.5C±0.7,術後C6カ月の時点でC1.4C±0.7と有意差は認めなかった(p=0.82).角膜内皮細胞密度は,全例では経過を追えなかったが,術前C2579.5C±315.0/Cmm2,術後C6カ月でC2,386.2C±713.4/mm2(n=6)と有意な減少はみられなかった.術後C1カ月以内の早期合併症は,硝子体出血をC3眼に認め,2眼に硝子体手術を施行した.さらに低眼圧による脈絡膜.離をC2眼に認め,そのうちC1眼にチューブ結紮を追加施行した.チューブ先端に硝子体が嵌頓していたC1眼を含むC7眼で一過性高眼圧を認め,1眼にCSherwoodスリット追加,1眼に硝子体手術を施行しチューブ先端の硝子体嵌頓を解除した.術後C1カ月以降の後期合併症は,3眼に硝子体出血を認め,硝子体手術を施行した.また,プレート周囲の線維性増殖組織(被膜)形成による高眼圧をC3眼で認め,線維性被膜を切開除去し,マイトマイシンCCを使用しプレート周囲の癒着を解除した.生存率は術後C6カ月後でC90.1%,1年後でC68.2%,3年生存率はC68.2%であった(図3).緑内障の追加手術を必要とした症例は,前房型CBGIを挿入したC38歳のC1例C2眼と,硝子体型CBGIを挿入したC52歳のC1眼のC3眼に認めた.前房型CBGIを挿入した症例では,右眼は術後C1カ月後には眼圧がC33CmmHgまで上昇したため,点眼薬C3剤,炭酸脱水酵素阻害薬内服を開始したが,その後も眼圧がC22CmmHgを超えており,この症例がC6カ月時点での死亡例となった.2年後にマイトマイシンCCを併用したプレート上の線維性増殖組織を除去したが,その後も再度眼圧上昇を認めたため,2年C7カ月後に硝子体手術を行いCBGI経毛様体扁平部タイプを再挿入した.左眼は術後C10カ月に眼圧が再上昇したため,右眼と同様にマイトマイシンCCを併用しプレート周囲の線維性増殖組織除去を施行し,以後は点眼のみで眼圧は安定していた.もうC1眼はC52歳の症例であり,術後眼圧コントロ(141)あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C141表1対象の内訳症例性別年齢周辺虹彩前癒着HbA1c(%)白内障手術硝子体手術線維柱帯切除術C1男C65なしC8.6〇〇(1)C2女C7580%C6.3〇〇(1)C3女C38100%C6.2〇〇(3)C4女C38100%C6.5〇〇(2)C5男C4325%C5.7〇〇(2)〇(1)C6女C5850%C7.1〇〇(1)C7女C58なしC7.1〇〇(2)〇(1)C8男C52なしC6.6〇〇(2)C9男C50なし不明〇〇(1)C10男C3910%C9.6〇〇(1)C11男C6725%C11.1〇〇(1)C12女C56なしC6.4〇〇(1)全例で白内障手術が施行されており,2眼を除いてC10眼で硝子体手術の既往があった.45405353041500術前術翌日1週間後1カ月後3カ月後6カ月後術前術後図1術前・術後での平均眼圧の推移図2術前・術後での平均点眼スコアの推移平均眼圧は術前と比較して術翌日,1週間後,1カ月後,3カ月術前のC4.25本から術後C6カ月の時点でC1.8本と後,6カ月後の時点で有意に下降していた(p<0.05).C有意な減少を認めた(p<0.05).C平均眼圧(mmHg)25点眼スコア320*15210ールは良好だったが,10カ月後に眼圧が再上昇したため,マイトマイシンCCを併用したプレート上線維性増殖組織除去を行ったものの,その後も高眼圧が続くため,レーザー毛様体破壊術を施行した.CIII考按今回筆者らは増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対してCBGI手術を施行し,6カ月以上経過観察できたC1220406080100120140160180眼について,後ろ向きに検討し,生存率はC6カ月でC90.1%,1年でC68.2%,2年でもC68.2%であった.BGI手術成績を,非血管新生緑内障と血管新生緑内障に分けて検討した海外の報告では,BGI手術成功率(1年)は非血管新生緑内障ではC79%であったが,血管新生緑内障では40%で有意に低く,自然消退しない硝子体出血がもっとも多い(17%)合併症であった12).2012年にわが国でもCBGI手術が承認されてから,国内からも血管新生緑内障を含む難治緑内障に対するCBGI手術成績がいくつか報告されている8.11).生存率の定義が多少異なるものもあり,今回の筆者らの検討のように増殖糖尿病網膜週数図3Kaplan.Meier生存曲線生存の基準を①視力が光覚弁以上,②眼圧はC22CmmHg未満,5CmmHg以上,③さらなる緑内障手術の追加手術を行わないの3条件を満たすものとした.生存率は術後C6カ月後(n=12)で90%,1年後(n=11)でC68.2%,2年生存率(n=11)はC68%であった.C症に続発する血管新生緑内障に限定はされていないが,成功率はC76.2.90.1%(1年),90.1.93.3%(2年)と非常に良好な成績が報告されている8.11).(142)今回の筆者らの検討では,硝子体出血を術後早期にも晩期にもC12眼中C3眼(25%)に認めている.東條らの報告では,35眼中C27眼(77.1%)に術前にCVEGF阻害薬の硝子体内注射を行っており,術後の硝子体出血はC35眼中C2眼(6%)に認めたのみであった.晩期の硝子体出血の原因は,汎網膜光凝固が不十分でCVEGF産生が抑えられていなかったことも原因と思われるが,筆者らの検討した症例のうち,術前にVEGF阻害薬の硝子体内注射を行ったのはC1眼のみであったことから,今後CBGI手術前にCVEGF阻害薬の硝子体内注射を併用すれば,術後早期の硝子体出血は減らせる可能性も考えられる.また,緑内障手術の追加が必要となったC3眼は,プレート周囲に線維性被膜が形成され眼圧が再上昇しており,3眼中C2眼は前房タイプのCBGI手術を施行していた.当院ではプレート面積がC250CmmC2の前房タイプのCBG103-250を当初使用していたが,今回検討したC2眼を含め術後の眼圧コントロール不良例が多い印象があり,現在はプレート面積C350CmmC2のCBG101-350を使用している.線維柱帯切除術やチューブシャント手術は,Tenon.下に房水を導く濾過手術であり,房水はCTenon.下では被膜に覆われるが,過剰に被膜形成が進むと眼圧上昇が起こる.国内の他の施設からは,プレート周囲の線維性被膜形成の報告はみられていないが,Rosentreterらは,プレート周囲の被膜による眼圧再上昇症例に対して,プレート周囲の被膜切開を施行した群と,緑内障インプラントの追加手術を行った群を比較し,被膜切開群では,有意に術後の眼圧が高く,さらに追加の手術が必要な症例がみられたと報告し,被膜切開では長期に眼圧下降させられないとしている13).今回の筆者らの検討した症例でも,3眼中C2眼はマイトマイシンCCを併用してプレート周囲の線維性被膜切開をしても眼圧の再上昇があり,1眼では硝子体手術および経毛様体扁平部タイプのCBGIを追加,もうC1眼は視力が術前(0.02)から光覚弁となったため毛様体破壊術を追加した.プレート周囲の被膜を免疫組織学的に検討した報告では,眼圧上昇を伴う被膜のほうが,より多くのフィブロネクチン,テネイシンやラミニン,IV型コラーゲンを認め,活動性の高い創傷治癒機転が働いていることが示唆されている14)ことから,BGI後いったん被膜が形成され眼圧上昇した際には,マイトマイシンCCを併用した被膜切開でも無効になる可能性が高く,初めからCBGIの追加含め,他の手術の追加を考慮するべきかもしれない.しかし,増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障では,輪状締結術がすでに施行されている症例や,複数の象限で線維柱帯切除術が施行されている症例もあり,追加の手術の選択にも難渋することが少なくない.今後,できるだけ過剰な被膜形成を惹起しないCBGI手術の術式や薬物併用などの確立が,増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対するCBGI手術の治療成績を上げるうえで重要になると思われた.(143)利益相反:小椋祐一郎(カテゴリーCF:ノバルティスファーマ株式会社),吉田宗徳(カテゴリーCF:ノバルティスファーマ株式会社)文献1)KiuchiCY,CSugimotoCR,CNakaeCKCetCal:TrabeculectomyCwithmitomycinCfortreatmentofneovascularglaucomaindiabeticpatients.OphthalmologicaC220:383-388,C20062)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:Trabeculecto-myCwithCmitomycinCCCforCneovascularCglaucoma:prog-nosticfactorsforsurgicalfailure.AmJOphthalmolC147:C912-918,C20093)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Bene.ciale.ectsofpreoperativeCintravitrealCbevacizumabConCtrabeculectomyCoutcomesinneovascularglaucoma.ActaOphthalmolC88:C96-102,C20104)TakiharaCY,CInataniCM,CKawajiCTCetCal:CombinedCintra-vitrealCbevacizumabCandCtrabeculectomyCwithCmitomycinCCversustrabeculectomywithmitomycinCaloneforneo-vascularglaucoma.JGlaucomaC20:196-201,C20115)BrownCGC,CMagargalCLE,CSchachatCACetCal:NeovascularCglaucoma.CEtiologicCconsiderations.COphthalmologyC91:C315-320,C19846)InoueT,InataniM,TakiharaYetal:Prognosticriskfac-torsforfailureoftrabeculectomywithmitomycinCaftervitrectomy.JpnJOphthalmolC56:464-469,C20127)植田俊彦,平松類,禅野誠ほか:経毛様体扁平部CBaer-verdt緑内障インプラントの長期成績.日眼会誌115:581-588,C20118)小林聡,竹前久美,杉山祥子:血管新生緑内障に対するバルベルト緑内障インプラントの治療成績.臨眼C79:C1251-1257,C20169)宮城清弦,藤川亜月茶,北岡隆:経毛様体扁平部挿入型バルベルト緑内障インプラントの手術成績と合併症.あたらしい眼科33:1183-1186,C201610)東條直貴,中村友子,コンソルボ上田朋子ほか:血管新生緑内障に対するバルベルト緑内障インプラント手術の治療成績.日眼会誌121:138-145,C201711)石塚匡彦,忍田栄紀,町田繁樹:無硝子体眼におけるバルベルト緑内障インプラントを用いたチューブシャント手術の短期成績.臨眼71:605-609,C201712)CampagnoliCTR,CKimCSS,CSmiddyCWECetCal:CombinedCparsCplanaCvitrectomyCandCBaerveldtCglaucomaCimplantCplacementCforCrefractoryCglaucoma.CIntCJCOphthalmolC8:C916-921,C201513)RosentreterCA,CMelleinCAC,CKonenCWWCetCal:CapsuleCexcisionandOlogenimplantationforrevisionafterglauco-madrainagedevicesurgery.GraefesArchClinExpOph-thalmolC248:1319-1324,C201014)ValimakiCJ,CUusitaloCH:ImmunohistochemicalCanalysisCofCextracellularmatrixblebcapsulesoffunctioningandnon-functioningglaucomadrainageimplants.ActaOphthalmolC92:524-528,C2014あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018C143

眼虚血症状より内頸動脈狭窄症が発見され,Carotid Artery Stentingを施行した3例

2016年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(4):606〜612,2016©眼虚血症状より内頸動脈狭窄症が発見され,CarotidArteryStentingを施行した3例佐藤茂*1西田武生*2内堀裕昭*1横田千里*2中島義和*2林仁*1*1市立堺病院眼科*2市立堺病院脳神経外科ThreeCasesofInternalCarotidArteryStenosisDiagnosedfromOcularIschemicSymptomsandTreatedwithCarotidArteryStentingShigeruSato1),TakeoNishida2),HiroakiUchihori1),ChisatoYokota2),YoshikazuNakajima2)andHitoshiHayashi1)1)DepartmentofOphthalmology,SakaiMunicipalHospital,2)DepartmentofNeurosurgery,SakaiMunicipalHospital背景:眼虚血症状から中等度〜高度内頸動脈狭窄症(internalcarotidarterystenosis:ICAS)が発見され,頸動脈ステント留置術(carotidarterystenting:CAS)を施行した3例を報告する.症例報告:症例1は網膜中心動脈閉塞症の精査で可動性プラークを伴う中等度ICASを認めた.CAS後,経過観察期間内には脳虚血発作は発症しなかったが,視機能改善は得られなかった.症例2は急激な視力低下に対する精査で高度ICASを認めたためCASを施行した.術後,眼圧コントロール不良となり線維柱帯切除術を施行した.その結果,視力・視野ともに維持できた.症例3は一過性黒内障の精査で両側高度ICASを認めた.両側にCASを施行したが,術後眼圧コントロール不良となり,両眼に線維柱帯切除術を施行した.その結果,視力・視野ともに維持できた.結論:眼虚血症状を示す症例には,ICASスクリーニングを行うことが重要である.高度ICASでは,短期間に血管新生緑内障を発症することがあるので注意を要する.また,ICASの治療に際しては脳外科と眼科の連携が非常に重要である.Background:Wereportthreecasesdiagnosedwithmoderate/severeICASbasedoneyeischemicsymptomsandtreatedwithCAS.Casereports:Case1:ModerateICASwithmobileplaquewasrevealedbydetailedexaminationofretinalcentralarteryocclusion.AlthoughsubsequentCASsuccessfullypreventedmajorischemicstroke,visualfunctionwasnotimproved.Case2:AfterconfirmationofleftsevereICAS,whichhadcausedseverevisualimpairment,CASwasperformed.IntraocularpressurecontrolbecamepoorafterCAS.Thepatientthenreceivedtrabeculectomy,andvisualfunctionwasmaintained.Case3:BilateralsevereICASwasdetectedbydetailedexaminationofamaurosisfugax.AfterbilateralCAS,bilateralintraocularpressurecontrolbecamepoor.Trabeculectomywasperformedbilaterally.Visualfunctionwasthenmaintained.Conclusion:Carotidarteryscreeningshouldbeconsideredforpatientswithocularischemicsymptoms.PatientswithsevereICASmaydeveloprubeoticglaucomarapidly.ClosecooperationbetweenophthalmologistsandneurosurgeonsisimportantforthemanagementofpatientswithICAS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(4):606〜612,2016〕Keywords:内頸動脈狭窄症,眼虚血症候群,血管新生緑内障,網膜中心動脈閉塞症,頸動脈ステント留置術.internalcarotidarterystenosis(ICAS),ocularischemicsyndrome,neovascularglaucoma,retinalcentralarteryocclusion,carotidarterystenting(CAS).はじめに内頸動脈狭窄症(internalcarotidarterystenosis:ICAS)は症状の有無から症候性と無症候性に分類され,血管造影による狭窄の程度からは一般に軽度(30〜49%),中等度(50〜69%),高度(70%以上)とされる(脳神経外科疾患情報ページ,NeuroinfoJapan,http://square.umin.ac.jp/neuroinf/index.html).ICASに伴う眼症状も大きく2つのタイプに分けられる.一つは内頸動脈内壁に形成されたプラークの剝脱に起因する塞栓により急激な視力低下もしくは視野障害を引き起こすタイプ(たとえば,一過性黒内障,網膜動脈閉塞症,虚血性視神経症など),もう一つは慢性の循環不全によるいわゆる眼虚血症候群である1).眼虚血症候群の多彩な眼合併症のなかでもとくに血管新生緑内障が重要で,いったん発症すると治療に抵抗性で,視力予後は非常に悪い1).従来,高度ICASに対しては頸動脈内膜剝離術が標準的治療として行われてきた2).しかし,手術侵襲が大きく,外科的手術リスクあるいは麻酔リスクが高い症例には行えず,適応が限られるという問題点があった.近年,血管内治療の進歩により,より低侵襲の頸動脈ステント留置術(carotidarterystenting:CAS)が導入され,頸動脈内膜剝離術に比して遜色のない手術成績が報告されている3,4).今回,網膜中心動脈閉塞症(retinalcentralarteryocclusion:CRAO)もしくは虹彩新生血管から中等度〜高度ICASが発見され,CASを施行した3例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕78歳,男性.主訴:左眼の急激な視力低下.既往歴:2004年12月両眼水晶体再建術,糖尿病,高脂血症,喫煙30本/日×60年,飲酒過多,慢性硬膜外血腫術後,胃潰瘍術後.現病歴:2014年8月,突然左眼の急激な視力低下を自覚した.近医にて左眼のCRAOを指摘され,塞栓源の検索目的にて市立堺病院(以下,当院)眼科へ紹介となり,発症より1週間後に初診となった.初診時所見:矯正視力右眼(1.0),左眼(0.01).眼圧右眼15mmHg,左眼10mmHg.左眼relativeafferentpupillarydefect陽性.前眼部,中間透光体に特記すべき所見は認められなかった.左眼眼底に網膜動脈の高度狭細化と分節状血柱が認められた.また,後極部網膜は浮腫状で,黄斑部はいわゆるcherryredspotを呈し(図1a),フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では静脈注射後1分経過しても周辺の動脈が完全に造影されず,とくに下方の動脈は後期でも造影されなかった(図1b).右眼の眼底および蛍光眼底所見に特記すべき所見は認められなかった.経過:発症後1週間経過しており,動脈閉塞も非常に高度のため,血栓溶解薬の投与は視機能の改善効果よりも副作用のリスクが上回ると判断して見送ることとした.塞栓源の検索のため,心エコーおよび頸部エコーを施行した.心エコーでは有意な所見は認めなかったが,頸部エコーでは,左内頸動脈狭窄率54%(ECST法),peaksystolicvelocity=0.52m/sであり,左頸動脈分岐部で,拍動に一致して動く石灰化を伴う7×4mmの可動性プラークを認めた(図1c).さらに右内頸動脈の狭窄(狭窄率64%,ECST法)も認めた.即座に当院脳神経外科へ紹介したところ,頭部MRIで比較的新しい脳梗塞を認めたため,網膜中心動脈以外にも塞栓が飛んでいるとの判断にて,当院脳神経外科へ緊急入院となった.眼科初診より5日後,左頸動脈に対して,可動性プラークを飛散させないように,バルーン付ガイディングカテーテルを用い総頸動脈血流を遮断かつ血液を逆流させた状態でCASを行った.術後のMRIでは微小脳梗塞を数カ所認めるのみで,神経学的な症状は認められなかった.CAS後の頸部エコーでは可動性プラークがステントで押さえられ,ステント内の血流は良好であることが確認された.しかし,網膜動脈の血行改善は限定的であり(図1d),CAS術後3カ月の左眼視力は指数弁であった.今後右眼のICASに対しても狭窄の進行や症状が出現すればCASを行う予定であり,脳神経外科と眼科で注意深く経過観察する予定にしている.〔症例2〕71歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:脳梗塞(2009年),糖尿病,糖尿病網膜症,狭心症(ステント留置後,低用量アスピリン,クロピドグレル内服中),大腸ポリープ,貧血,喫煙(20本/日×54年),飲酒(ビール700〜1,050ml/日)現病歴:2013年末ごろより左眼の霧視を自覚.起床後1時間位はとくに強く感じていた.2014年3月急激な左眼の視力低下を自覚したため近医を受診した.再診時矯正視力右眼(0.9)左眼(0.3),FAにて左腕網膜時間の著明な遅延を認めるとのことで2014年4月当院眼科紹介となった.初診時所見:矯正視力右眼(1.2),左眼(0.5),眼圧右眼16mmHg,左眼20mmHg.前眼部は瞳孔径右眼約2mm,左眼約4mmで左右差を認めた.中間透光体として両眼に核白内障が認められた.右眼底に小さな軟性白斑を1カ所のみ認められたが,左眼に網膜動脈の高度狭細化,しみ状出血,軟性白斑を認められ,左右差が明らかであった(図2a).Goldmann視野計にて左眼の傍中心暗点と鼻側の感度低下を認めた.経過:頸部エコーでは,左ICAは分岐直後より血流信号が乏しく,描出不良で高度狭窄もしくは閉塞が疑われた.右ICAは狭窄があるものの石灰化で狭窄率は評価できないとのことであった.頭部MRIでは左前頭部深部白質に複数の陳旧性ラクナ梗塞を認め,慢性虚血性変化を指摘された.頭部MRAでは左ICAは描出されず,左中大脳動脈は非常に淡く描出されていた.前交通動脈は代償性によく描出されていた.右ICAは石灰化を伴う若干の狭窄を認めるのみであった.5月初旬のFAでは,左眼の腕網膜時間は19秒と延長を認め,網膜内灌流時間の著明な延長を認めた.また,左眼では全周にわたり網膜血管からシダ状の蛍光漏出を認めた.さらに,視神経乳頭も過蛍光を示したが,無灌流領域や網膜新生血管は認めなかった(図2b).右眼に特記すべき所見を認めなかった.以上より,左眼の網膜光凝固開始は,内頸動脈の血行再建が可能か否かの脳外科的判断を待って決めることとした.5月下旬に施行された脳血管撮影では,左内頸動脈は分岐部より99%狭窄しており,眼動脈へは外頸動脈から逆行性かつ遅延して血流が認められた.右内頸動脈は45%の狭窄を認めた.血管造影検査直後から左眼眼痛を自覚し,見えなくなったとのことで同日に眼科を再診された.左眼矯正視力(0.01),左眼眼圧30mmHg.前眼部に著明な結膜充血,瞳孔領に著明な虹彩新生血管と軽度虹彩後癒着が認められた(図2c).隅角検査では下方にanglehyphemaを認め,全周Scheie分類IV度であった.眼底は著変なく,cherryredspotは認められなかった.そのため,チモロール,ブリンゾラミド,ラタノプロスト点眼および汎網膜光凝固を開始した.虹彩後癒着防止目的にてミドリンP®点眼,アトロピン点眼も開始した.翌日には虹彩新生血管は変化ないものの,前房出血は軽度増加した.しかし,左眼矯正視力(0.3),左眼眼圧16mmHgまで改善した.その後,点眼にて眼圧コントロールは可能であった.7日後に2回目の汎網膜光凝固を行い計1,191発施行した.血管造影から8日後脳神経外科にて左CASを施行し,術翌日の頸動脈エコーにて血行再建が確認された.CAS施行6日後に眼科再診したところ,見え方は楽になったとのことであり,左眼矯正視力(0.3)であったが,眼圧が35mmHgまで上昇していた.ブリモニジン点眼を追加するも眼圧下降は得られなかったため,CAS施行21日後左眼に対してマイトマイシンC併用線維柱帯切除術および水晶体再建術を施行した.手術は耳上側円蓋部基底結膜切開とし,強膜弁は3mm×3mm+2.5mm×2.5mmの二重強膜弁で行い,水晶体再建は2.4mm耳側角膜切開で行った.術中,虹彩切除に伴う軽度前房出血を認めた.出血による急速な流出路の閉塞・癒着形成を考慮し,術翌日より積極的にレーザー切糸および眼球マッサージを行った.しかし,最終的にすべての縫合糸を切断しても高眼圧が持続し,濾過胞の形成不良を認めたため,術後1週間にて濾過胞再建術を行った.強膜弁を挙上すると,凝血塊が完全に流出路を塞いでいることが確認できたため,凝血塊を除去し,再度MMCの塗布を行った.再建術後は前房出血もみられず,眼圧も安定した.また,眼圧下降に伴い虹彩新生血管は急速に退縮した.(図2d)CAS施行7カ月後の最終受診時は左眼視力(0.9),眼圧15mmHgであり,抗緑内障薬から離脱できている.網膜のしみ状出血も軽減した(図2e).視野は比較的保たれており,傍中心暗点が消失していた.術後3カ月のFAでは網膜内循環時間が著明に改善し,網膜血管からのシダ状漏出は消失していた(図2f).〔症例3〕65歳,男性.主訴:左眼一過性黒内障.既往歴:2014年4月両眼水晶体再建術,糖尿病,高血圧,慢性心不全,大動脈分岐部慢性閉塞症(Leriche症候群)現病歴:2014年7月左眼の一過性黒内障が日に数回起こるとの訴えがあり,当院循環器内科より同月眼科紹介となった.初診時所見:矯正視力は右眼(1.2),左眼(0.4).眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHgであった.前眼部は瞳孔領を含む虹彩面上には新生血管を認めなかった.中間透光体は特記すべき所見を認めなかった.眼底は右眼に数カ所の点状出血および小さな軟性白斑,左眼には多発する軟性白斑を認めた(図3a,b).ICASを疑うも,すでに循環器内科より頭部MRIおよびMRA検査予約がされていたため,検査後の再診とした.初診より12日後に再診したところ,頭部MRIでは左後頭葉内側を含む多発脳梗塞が指摘され,頭部MRAでは左後大脳動脈末梢がやや描出不良とのことのみであった.しかし,細隙灯顕微鏡検査にて両眼に著明な虹彩新生血管を認めた(図3c,d).眼虚血症候群を強く疑い,両眼の汎網膜光凝固を開始するとともに緊急頸部エコーを施行した.その結果,左右内頸動脈に有意狭窄を認め,右狭窄率51%(ECST法),peaksystolicvelocity=2.3m/s,左狭窄率63.2%(ECST法),peaksystolicvelocity=2.7m/sで加速血流を認めた.速やかに脳神経外科へ紹介し,脳血管撮影による精査を行ったところ,狭窄率はNASCET法にて右83%,左75%と高度狭窄を認めた(図3e).その後,光凝固を追加し,合計右眼864発,左眼865発施行した.初診より19日後の眼圧はドルゾラミド/チモロール点眼1日2回点眼下で,右眼23mmHg,左眼22mmHgであったので,トラボプロスト点眼両1回/日を追加処方した.循環器内科からは高度の弁膜症があり全身麻酔は許可できない状態とのことであった.また,大動脈分岐部慢性閉塞症(Leriche症候群)を合併していたため,通常の大腿動脈からのアプローチは不可能と判断され,両側とも局所麻酔下で右上腕動脈からのアプローチにてCAS(左7月下旬,右8月上旬)が施行された(図3f).左CAS施行2日後に右眼43mmHg,左眼39mmHgと上昇を認めたため,CAS術後右眼232発,左眼54発光凝固を追加し,塩酸ブリモニジン点眼両眼1日2回,アセタゾラミド内服500mgを追加処方した.その結果,右眼眼圧は20台前半,左眼眼圧は20台後半で推移した.両眼の虹彩新生血管は著変を認めなかった.アセタゾラミドを中止すると両眼ともに眼圧が20台後半まで上昇するため,左CAS術後28日目に左眼に対し,右CAS術後28日目に右眼に対して耳上側円蓋部基底結膜切開によるマイトマイシンC併用線維柱帯切除術施行した.強膜弁は3mm×3mm+2.5mm×2.5mmの二重強膜弁で行った.両眼とも虹彩切除による前房出血は非常に軽度であり,速やかに眼圧の下降が得られた.眼圧の下降に伴い両眼とも急速に虹彩新生血管は退縮した.2015年1月の再診時,矯正視力は右眼(1.2)左眼(1.0).眼圧は右眼12mmHg,左眼9mmHgであり,抗緑内障薬から離脱でき,左後頭葉の脳梗塞に伴うと考えられる右下1/4半盲を認めるものの,視野は比較的保たれている.II考按ICASの原因は粥状動脈硬化であり,プラークの剝脱による広範な脳塞栓を起こせば,生命にかかわる疾患である.また,ICASは高度狭窄をきたすまで自覚症状が出にくく5),早期に発見するためには,スクリーニング検査が重要となる.スクリーニングとしては非侵襲検査である頸動脈エコーもしくはMRAが適している.とくに頸部エコーは検者の技量に左右されるという欠点はあるものの,簡便で患者の経済的負担も軽い.MRAに関しては,一般に頭部MRAでは頸部頸動脈は撮影範囲外になるということに注意が必要である.事実,症例3では頭部MRAでは撮影範囲外であったために頸部の高度ICASを発見できなかった.事前に自分が所属する施設のMRA撮影条件や範囲を確認しておくことが重要で,ICASを疑う症例では,頸部頸動脈も適切に検査されているか注意が必要である.症例3では急速に虹彩新生血管が発生した.初診時には虹彩面上には認めなかったにもかかわらず,12日後には両眼に累々と形成された.初診時に隅角検査を行っていないので,隅角にはすでに新生血管の形成があった可能性はある.眼虚血症候群を疑った場合,可能であれば,速やかにFAにて灌流状態を評価すべきである.腕網膜時間の著明な延長やシダ状蛍光漏出など,高度な眼虚血を疑う症例については,頸動脈のスクリーニング検査も併せて行い,治療方針を決定することになるが,治療が一段落するまでは再診の間隔を短くし,虹彩面上および隅角の新生血管の発生を見逃さないよう注意することが特に重要と思われた.症例2,3ともに著明な虹彩新生血管を形成したにもかかわらず,眼圧上昇は比較的軽度で点眼および内服でコントロール可能であった.しかし,CAS直後から眼圧上昇を認めた.これは,既報にもあるように眼虚血により房水産生も低下していたためであり,CASにより血行が再建されると房水産生が回復し急速に眼圧が上昇したと考えられる5,6).虹彩新生血管を伴う症例ではCAS後の急激な眼圧上昇にとくに注意すべきと再認識した.症例3ではCAS術前の眼圧はドルゾラミド/チモロール点眼1日2回点眼下で,右眼23mmHg,左眼22mmHgであったが,CAS後の眼圧上昇を見越してトラボプロスト点眼両眼1回/日追加処方した.しかし,CAS後眼圧はさらに上昇し,そのコントロールには光凝固の追加と最大許容量の投薬が必要であった.CASの術前から最大許容量の眼圧降下薬を処方すべきかどうかついては,今後の検討課題である.症例2,3は,血管新生緑内障を発症したにもかかわらず,CASと線維柱帯切除術の併施にて良好な視機能を維持することができた.しかし,一般に血管新生緑内障は手術成績が悪く,予後が不良であるとされている1,7,8).血管新生緑内障に対しては線維柱帯切除術が標準術式であるが,新生血管からの出血が必発で,流出路を凝血塊が閉塞してしまう.症例2では,強膜弁下に凝血塊が詰まり,濾過胞再建術を1回要したが,症例3では両側とも凝血塊の問題は生じなかった.CASで血行再建を行い,虚血状態を改善してから手術を行ったため,虹彩新生血管の病勢が弱まって,前房出血が少なかった可能性がある.また,最終的な新生血管の退縮は3眼ともに線維柱帯切除術後の眼圧下降に連動していた.以上から,CAS後の眼圧コントロール不良症例には,積極的に線維柱帯切除術を行うべきと考える.近年,抗VEGF抗体などのVEGF抑制作用を有する生物製剤の線維柱帯切除術前投与が手術成績向上に有用であると報告されている8,9).しかし,抗VEGF抗体は脳梗塞症例には注意が必要とされており,高度ICAS症例は脳梗塞を含む全身合併症があることが多く,特段の注意を要する.実際,2例のICASに伴う血管新生緑内障に対して抗VEGF抗体(Avastin®)を硝子体注射したところ,2例ともにCRAOを発症したとの報告もある10).現在のところ,血管新生緑内障に対して保険適応のあるVEGF抑制作用を有する生物製剤は存在しない.以上より,筆者らは今回の症例に対してはVEGF抑制作用を有する生物製剤は使用しなかった.使用せざるを得ない場合には,厳格なインフォームド・コンセントと倫理委員会の承認が必要と考える.近年,線維柱帯切除術以外の術式として,チューブシャント手術が脚光を浴びているが,今後ICASによる血管新生緑内障に対する第一選択の術式となるかは不明である.今回,眼虚血症候群を呈した症例2,3の3眼で汎網膜光凝固を施行した.汎網膜光凝固をどのような症例に行うかの判断はむずかしいが,新生血管を認めない症例や認めても解放隅角期で眼圧上昇がない症例にはCAS術前に積極的に行う必要はないように思われる.しかし,閉塞隅角期に入り眼圧上昇をきたした症例は眼内VEGF濃度を減らすことが重要で,前述のように,眼虚血症候群に対して適応のある抗VEGF製剤が存在しない現状では速やかに汎網膜光凝固を行うべきであると考える.内頸動脈に高度狭窄をきたすような症例の多くは,高齢かつ何らかの全身合併症をもっていることを考えると,CASにより低侵襲で根治療法が行えることは非常に有用である.CASはわが国では2008年4月に保険適応となったが,それ以降もCAS用デバイスの進歩は著しく,さまざまな有用なデバイスやアプローチ法が開発されている.たとえば,本報告の症例1のように可動性プラークがある症例には,比較的目の細かいclosed-cellstentであるCarotidWallStent®が使用され,プラークがステント腔内に突出しないように配慮されている.また,症例3のように胸部や腹部大動脈に何らかの病変があるため従来は大腿動脈アプローチでのCASでは治療が困難と考えられていた症例でも,上腕動脈から治療できるようになってきている.また,CASによる塞栓性合併症の原因は手技中に血管腔内に出てくるデブリであるが,このデブリを回収するデバイスも,狭窄遠位をブロックするバルーンやフィルター,狭窄近位をブロックするバルーンガイディングカテーテルなど複数の選択があり,患者の病態に応じて最適な方法が取られている.症例1では視力改善は困難であったものの,可動性プラークに対してCASを行うことで,生命を脅かす脳梗塞のリスクを回避することができた.中等度〜高度ICASを認めた際には,高齢者や全身合併症のあるハイリスク症例であっても,積極的に脳神経外科へ紹介し,根治術の可能性を探るべきであると考える.最後に,高度〜中等度ICASの加療にあたっては,脳神経外科と眼科の密な連携が非常に重要であることを強調したい.文献1)栂野哲也,福地健郎,太田亜紀子ほか:内頸動脈閉塞症に伴う血管新生緑内障の1例.眼紀55:889-894,20042)GoldsteinLB,AdamsR,AlbertsMJetal:Primarypreventionofischemicstroke:aguidelinefromtheAmericanHeartAssociation/AmericanStrokeAssociationStrokeCouncil:cosponsoredbytheAtheroscleroticPeripheralVascularDiseaseInterdisciplinaryWorkingGroup;CardiovascularNursingCouncil;ClinicalCardiologyCouncil;Nutrition,PhysicalActivity,andMetabolismCouncil;andtheQualityofCareandOutcomesResearchInterdisciplinaryWorkingGroup:theAmericanAcademyofNeurologyaffirmsthevalueofthisguideline.Stroke37:1583-1633,20063)ManteseVA,TimaranCH,ChiuDetal:TheCarotidRevascularizationEndarterectomyversusStentingTrial(CREST):stentingversuscarotidendarterectomyforcarotiddisease.Stroke41:S31-S34,20104)CremonesiA,CastriotaF,SeccoGGetal:Carotidarterystenting:anupdate.EurHeartJ21:1-9,20145)高木麻起子,河原彩,杉山哲也ほか:内頸動脈内膜剝離術後に増悪した血管新生緑内障の1例.臨眼59:349-352,20056)福永健作,井上正則:内頸動脈内膜血栓剝離術後に眼圧上昇をみた眼虚血症候群の1例.1眼紀52:960-964,20017)HavensSJ,GulatiV:Neovascularglaucoma.DevOphthalmol55:196-204,20168)HorsleyMB,KahookMY:Anti-VEGFtherapyforglaucoma.CurrOpinOphthalmol21:112-117,20109)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Beneficialeffectsofpreoperativeintravitrealbevacizumabontrabeculectomyoutcomesinneovascularglaucoma.ActaOphthalmol88:96-102,201010)HigashideT,MurotaniE,SaitoYetal:Adverseeventsassociatedwithintraocularinjectionsofbevacizumabineyeswithneovascularglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol250:603-610,2012〔別刷請求先〕佐藤茂:〒593-8304大阪府堺市西区家原寺町1-1-1市立堺病院眼科Reprintrequests:ShigeruSatoM.D.,Ph.D.DepartmentofOphthalmology,SakaiMunicipalHospital,1-1-1Ebaraji-cho,Nishi-ku,SakaiCity,Osaka593-8304,JAPAN606(124)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY図1症例1a:初診時の左眼眼底写真.網膜動脈の高度狭細化と分節状血柱を認める.後極部網膜は浮腫状で,黄斑部はcherryredspotを呈す.b:左眼FA(静注後1分).動脈が完全に造影されていない.c:頸動脈エコーにて,左頸動脈球部に可動性プラークを認める.d:CAS後約1カ月の左眼FA(静注後1分).網膜循環は若干の改善に留まる.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016607図2症例2a:初診時左眼眼底写真.網膜動脈の狭細化,軟性白斑および斑状出血を認める.b:左眼CAS術前FA(静注後1分).静脈はまだ充盈されておらず,網膜内循環時間の著明な延長を認める.c:初診から1カ月後の左眼前眼部写真.虹彩新生血管を認める.d:線維柱帯切除術後,急速に虹彩新生血管は退縮した.e:CAS術後7カ月の眼底写真.軟性白斑の消失と斑状出血の軽減を認める.f:CAS術後3カ月のFA(静注後1分).静脈もすでに充盈されており,明らかな網膜内循環時間の改善を認める.608あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(126)(127)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016609図3症例3a:右眼初診時眼底写真,b:左眼初診時眼底写真.右眼は数カ所の点状出血と小さな軟性白斑を認める.左眼は軟性白斑が多発している.c:右眼前眼部写真,d:左眼前眼部写真.初診より12日後.両眼とも著明な虹彩新生血管を認める.e:右血管造影CAS術前.➡:著明な狭窄を認める.f:CAS術直後.➡:狭窄部位がステントで拡張されていることがわかる.610あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(128)(129)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016611612あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(130)

増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対する毛様体扁平部バルベルト緑内障インプラントの初期成績

2016年2月29日 月曜日

《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(2):291.294,2016c増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対する毛様体扁平部バルベルト緑内障インプラントの初期成績上原志保田中克明太田有夕美豊田文彦榛村真智子木下望高野博子梯彰弘自治医科大学附属さいたま医療センター眼科Short-TermClinicalOutcomesofBaerveldtGlaucomaImplantviaParsPlanaforNeovascularGlaucomainProliferativeDiabeticRetinopathyShihoUehara,YoshiakiTanaka,AyumiOta,FumihikoToyota,MachikoShimmura,NozomiKinoshita,HirokoTakanoandAkihiroKakehashiDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,SaitamaMedicalCenter目的:増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対する毛様体扁平部バルベルト緑内障インプラント(ParsPlanaBGI)によるチューブシャント手術の初期の眼圧下降効果の検討.対象および方法:眼圧コントロール不良な増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対し2014年8月.2015年2月にParsPlanaBGIによるチューブシャント手術が行われた4例4眼.結果:術後観察期間は平均100日.全症例において緑内障点眼薬および炭酸脱水酵素阻害薬内服併用なく眼圧コントロール良好となった.1症例において入院中に脳梗塞が疑われ施行した頭部単純CT検査にて,ParsPlanaBGIが適切な位置に留置されているのが確認できた.結論:術後初期段階において良好な眼圧が得られており,増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対し本術式は有効であると考えられた.Purpose:Toevaluateshort-termfollow-upresultswiththeBaerveldtglaucomaimplant(BGI)withadrainagetubefromtheparsplanainpatientswithneovascularglaucomafromproliferativediabeticretinopathy.Meth-ods:Thestudyincluded4eyesof4patientswithneovascularglaucomafromproliferativediabeticretinopathy.AllunderwentBGIimplantationviatheparsplanabetweenAugust2014andFebruary2015.Results:Thepatientswerefollowedfor100days.Intraocularpressure(IOP)waswellcontrolledwithoutdrugsinallcases.Onepatientunderwentheadcomputedtomography(CT)becauseofsuspectedcerebrovasculardisease.TheCTscanshowedthattheBGIwaswellpositioned.Conclusions:BGIviatheparsplanaisausefulmethodofobtainingashort-termIOP-loweringeffectinpatientswithneovascularglaucomafromproliferativediabeticretinopathy.BGIpositioncanbecheckedeasilybyheadCT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(2):291.294,2016〕Keywords:毛様体扁平部バルベルト緑内障インプラント,増殖糖尿病網膜症,血管新生緑内障,頭部単純CT検査.Baerveldtglaucomaimplantviatheparsplana,proliferativediabeticretinopathy,neovascularglaucoma,simplecomputedtomography.はじめに血管新生緑内障は眼圧コントロール不良で最終的にはトラベクレクトミーを施行することになるが,その手術成績は決して満足できるものではない.筆者らは以前に血管新生緑内障に対し水晶体前.温存経毛様体扁平部水晶体切除,毛様体扁平部までの徹底的な硝子体切除と眼内レーザー,シリコーンオイル充.の術式にて良好な眼圧下降が得られることを報告した1).しかしながらこの術式においても周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)が進行した症例では最終的にトラベクレクトミーを要する.バルベルト緑内障インプラント(Baerveldtglaucomaimplant:BGI)は房水もしくは硝子体液を眼球赤道付近の結膜下にシャントさせるデ〔別刷請求先〕上原志保:〒330-8503埼玉県さいたま市大宮区天沼町I-847自治医科大学附属さいたま医療センター眼科Reprintrequests:ShihoUehara,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,SaitamaMedicalCenter,1-847Amanumachou,Omiya-ku,Saitama-shi,Saitama330-8503,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(131)291 バイスで1990年から米国で用いられ,有効性と安全性が検証されてきた2).日本では,2012年から保険適用になり,当科は2014年から眼圧コントロール不良な難治症例を対象に施行している.BGIはシリコーン製のチューブとそれに接続するシリコーン製のプレートで構成されている.房水もしくは硝子体液をチューブに通してプレートに流出させ,プレート周囲に形成される結合織の被膜を通して周囲組織に房水を吸収させることで,眼圧を下げる仕組みである.また,バリウムが染み込ませてあるため,X線検査にて移植位置が確認できる3).今回筆者らは,この毛様体扁平部バルベルト緑内障インプラント(ParsPlanaBGI)を眼圧コントロール不良な増殖糖尿病網膜症に続発した血管新生緑内障に対し使用し,良好な結果を得たので報告する.I症例1.手術方法今回のParsPlanaBGIの基本術式は,硝子体手術後に角膜輪部基底において6.5×6.5mmの強膜フラップを作製し,角膜輪部より3.5mmの毛様扁平部の位置からHoffmannelbowをつなげたチューブを硝子体腔内に挿入した.Hoffmannelbowは9/0ナイロンで強膜床に縫着しプレートの両翼を外直筋および上直筋下に位置させた後,強膜に5/0非吸収糸で縫着した.チューブは8/0吸収糸で結紮し,結紮部より輪部側のチューブへ8/0吸収糸の針でスリット状の穴開けをした(Sherwoodslit).強膜フラップは9/0ナイロンで閉鎖し,結膜縫合はリークのないように輪部に10/0ナイロンでブロッキングスーチャーを置いた.2.各症例の経過症例は,2014年8月.2015年2月に増殖糖尿病網膜症患者で血管新生緑内障と診断され,BGI手術を受けた4症例4眼である.平均年齢58歳,全症例男性,術前の平均眼圧は44.3mmHg,平均入院期間20日であった.症例1は,49歳,男性,術眼右眼,増殖糖尿病網膜症,血管新生緑内障があり,術前視力はVD=s.l.(+),VS=s.l.(.)(幼少時外傷眼),術前眼圧は56mmHg.既往は,汎網膜光凝固,硝子体切除術2回(毛様体光凝固1回),トラベクレクトミー2回を施行している.BGI術後のブレブ形成はなく,デバイスの露出も認められなかった.眼圧は術後133日で15mmHgと下降し,虹彩ルベオーシスも消退した.症例2は,69歳,男性,術眼左眼,増殖糖尿病網膜症,血管新生緑内障があり,術前視力はVD=0.2(n.c.),VS=0.01(0.05),術前眼圧は31mmHg.既往は,汎網膜光凝固,白内障手術,硝子体切除術(シリコーンオイル注入)を施行している.BGI術後のブレブ形成はなくデバイスの露出も認められなかった.眼圧は術後125日で12mmHgと下降し虹彩ルベオーシスも消退した.症例3は,69歳,男性,術眼左眼,増殖糖尿病網膜症,血管新生緑内障があり,周辺虹彩前癒着もすでに認められて0102030405060術前週間後2週間後1カ月後2カ月後3カ月後4カ月後:症例1:症例2:症例3:症例4眼圧(mmHg)図1症例3の頭部CT図24症例の眼圧経過表1術後経過症例観察期間(日数)転機術前視力術前眼圧最終視力最終眼圧点眼種類数ダイアモックス内服123413312511726良好良好良好良好s.l.0.05m.m.0.556314646m.m.0.080.040.615129120000なしなしなしなし292あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016(132) いた.術前視力はVD=0.5(1.0),VS=m.m.,術前眼圧は46mmHg.既往は,白内障手術,網膜光凝固術,抗VEGF薬硝子体注射3回を施行している.この症例のみ硝子体切除術が施行されていなかったので,硝子体切除術とBGI手術の同時手術を施行した.術後のブレブ形成はなくデバイスの露出も認められなかった.眼圧は術後117日で9mmHgと下降し,前房出血,虹彩ルベオーシスも消退した.また,入院中に脳梗塞が疑われ施行した頭部CT検査にて,ParsPlanaBGIが適切な位置に留置されているのが確認できた(図1).症例4は,45歳,男性,術眼左眼,増殖糖尿病網膜症,血管新生緑内障があり,周辺虹彩前癒着もすでに認められていた.術前視力はVD=0.6(1.2),VS=0.2(0.5),術前眼圧は46mmHg.既往は,抗VEGF薬硝子体注射1回,硝子体切除術2回(シリコーンオイル注入・抜去)を施行している.BGI手術後も高眼圧が続き,Sherwoodslitが有効に機能していない可能性があったため,術後7日目にチューブ部分の結紮糸を切除した.その後の眼圧は術後26日で12mmHgと下降し虹彩ルベオーシスも消退した.今回のBGI手術症例において術後4カ月では,眼圧下降作用のある点眼および炭酸脱水酵素阻害薬内服の併用なく4症例すべて眼圧コントロール良好であり,虹彩新生血管も消退した(図2,表1).II考按今まで増殖糖尿病網膜症に続発する血管新生緑内障に対するBGI手術の報告は少ない.Chalamらは毛様体光凝固術とBGI手術の手術成績について,毛様体光凝固術30症例とBGI手術18症例を比較し報告している4).この報告では,手術後6カ月間において6mmHg以上21mmHg以下の眼圧にコントロールされたのは,BGI手術18症例中17症例(94.4%)であった.これまで,白人を対象としたParsPlanaBGIの手術の成績では1年成功率が84.6%とされており2,5),それと比較し遜色のない初期成績であった.当科では,このParsPlanaBGIを採用する以前は糖尿病患者に続発する眼圧コントロール不良なPASを伴う血管新生緑内障に対してはmitomycinC併用線維柱帯切除術を標準術式としてきた.したがって今回のParsPlanaBGIを使用したシャント手術の効果を評価するため,2008年11月.2013年11月の過去5年間に,糖尿病患者でPASを伴う血管新生緑内障に対して施行したmitomycinC併用線維柱帯切除術の14症例(平均年齢59.3歳,男性10人,女性4人)を対照症例として比較した.14例のうち,観察期間は120日にて再手術なく経過したのは11症例であった(生存率78.5%).11症例すべてにてプロスタグランジン関連薬,交感神経b遮断薬,交感神経刺激薬,交感神経a1遮断薬,副(133)交感神経刺激薬,炭酸脱水酵素阻害薬などのなかから2.4種類を組み合わせて併用していた.再手術なく経過した11症例であってもすべて降圧薬使用され(100%),BGI手術症例の降圧薬使用率(0%)と比較すると統計学的な有意差(Fisherの直接確立計算法)(p<0.001)が認められた.また,BGI手術の合併症として以下のようなものが報告されている.チューブの術後閉塞,チューブ・プレートの露出,チューブの偏位・後退,房水漏出,術後感染,眼内炎,術後低眼圧,術後高眼圧,角膜障害,浅前房,悪性緑内障,前房出血,前房蓄膿,慢性虹彩炎,フィブリン反応,虹彩癒着・萎縮,瞳孔偏位,白内障,脈絡膜.離,減圧網膜症,.胞状黄斑浮腫,硝子体出血,低眼圧黄斑症,網膜.離,複視,斜視,眼球運動障害,眼瞼下垂,違和感,眼球癆などである6).GeddeらによってBGI手術とmitomycinC併用線維柱帯切除術の合併症発生率の比較が報告7)されている.これによると術中合併症の発生率に有意差はなかったが,術後1カ月以内の早期合併症ではBGI手術(21%)と比較しmitomycinC併用線維柱帯切除術(37%)が有意に高かった(p=0.012).しかしながら,術後1カ月目以降の合併症は,BGI手術(34%)とmitomycinC併用線維柱帯切除術(36%)で有意差を認めなかった.縫合部や濾過胞からの漏出,濾過胞に起因する違和感はmitomycinC併用線維柱帯切除術で多く,BGI手術では遷延性角膜浮腫や,チューブ特有の合併症(露出,閉塞)が認められた.視力低下や再手術を要する重篤な合併症の発生率は,BGI手術(19%)とmitomycinC併用線維柱帯切除術(14%)では同程度であった2,6).当科では,術後1カ月以内の早期合併症はBGI手術では脈絡膜.離,前房出血,硝子体出血,角膜障害が4症例中3症例(75%)で認められたが,すべて消退した.術後1カ月目以降の合併症は4症例中0症例(0%)であった.MitomycinC併用線維柱帯切除術では,早期合併症(フィブリン反応,術後高眼圧,前房出血,硝子体出血,脈絡膜.離)は14症例中13症例(92.8%),術後1カ月目以降の合併症(虹彩癒着,濾過胞縮小,角膜障害)は14症例中3症例(21.4%)であった.このことからも,現時点では従来のトラベクレクトミー手術での眼圧コントロール不良な症例に対しこれらのチューブシャント手術が勧められているが,増殖糖尿病網膜症に伴う血管新生緑内障に対しては合併症発生率の高いトラベクレクトミーより優先される術式となる可能性がある.今回筆者らは少数例での短期的な結果ではあるが,BGI手術の4症例すべてにおいて薬物治療の必要のないレベルまでの良好な眼圧コントロールを得ることができ,また合併症発生率も有意差を認めたので,BGIによるチューブシャント手術の優位性が期待されるが,今後の症例の蓄積が必要である.また,今回の症例で得られた教訓としてはSherwoodslitを作製しても術後のブレブ形成はない場合が多く,またあたらしい眼科Vol.33,No.2,2016293 Sherwoodslit自体が機能しなければ早期の眼圧下降効果も得られない症例があり,そのような症例に対してはチューブの結紮を解除することも手段として選択しなければいけないということである.個々の症例でSherwoodslitの作り方やチューブ結紮の加減を変えていくことが必要であるかもしれない.今回は角膜内皮に対するダメージを危惧して前房留置型のシャントチューブデバイスは使用しなかった.前房留置型のシャントチューブのデバイスでも角膜内皮へのダメージは少ないとの報告8)もあるが,増殖糖尿病網膜症の症例では手術する時点で角膜内皮細胞密度がすでに低下している症例が多くある.また,血管新生緑内障は網膜虚血が根本にあるため高眼圧でさらに虚血が進行し悪循環になっている.網膜虚血からくるVEGFの産生はある程度,汎網膜光凝固などの治療で抑えられるが,眼圧自体をコントロールできなければこの悪循環から逃れることはできない.このようなメカニズムおよび増殖糖尿病網膜症が硝子体手術の必要な網膜硝子体疾患であることから考えると,硝子体手術を行ったうえでのParsPlanaBGIによるチューブシャント手術は増殖糖尿病網膜症に伴う血管新生緑内障に対する治療としてはもっとも妥当な治療と考えられる.筆者らは,増殖糖尿病網膜症に続発する新生血管緑内障の症例では,硝子体留置型のデバイスを勧めたい.また,デバイスの位置確認にはCT検査が有用であることも確かめられた.III結論増殖糖尿病網膜症に伴う4症例の血管新生緑内障に対し硝子体手術後にParsPlanaBGIによるチューブシャント手術を施行した.すべての症例で薬物治療の必要がなく,良好な眼圧コントロールが得られた.今回のBGI手術は過去の当センターでのmitomycinC併用線維柱帯切除術よりも成績が良かった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KinoshitaN,OtaA,ToyodaFetal:Surgicalresultsofparsplanavitrectomycombinedwithparsplanalensectomywithanteriorcapsulepreservation,endophotocoagulation,andsiliconoiltamponadeforneovascularglaucoma.ClinOphthalmol5:1777-1781,20112)植田俊彦,平松類,禅野誠ほか:経毛様体扁平部Baerveldt緑内障インプラントの長期成績.日眼会誌115:581588,20113)石田恭子:バルベルトR緑内障インプラント手術.あたらしい眼科30:355-356,20134)ChalamKV,GandhamS,GuptaSetal:ParsplanamodifiedBaerveldtimplanversusneodymium:YAGcyclophotocoagulationinthemanagementofneovascularglaucoma.OphthalmicSurgLasers33:383-393,20025)VarmaR,HeuerDK,LundyDCetal:ParsplanaBaerveldttubeinsertionwithvitrectomyinglaucomasassociatedwithpseudophakiaandaphakia.AmJOphthalmol119:401-407,19956)白土城照,鈴木康之,谷原秀信ほか:緑内障診療ガイドライン(第3版)補遺緑内障チューブシャント手術に関するガイドライン.日眼会誌116:388-393,20127)GeddeSJ,SchiffmanJC,FeuerWJetal:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)Studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789803,20128)ChiharaE,UmemotoM,TanitoM:PreservationofcornealendotheliumafterparsplanatubeinsertionoftheAhmedglaucomavalve.JpnJOphthalmol56:119-127,2012***294あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016(134)

網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1701.1705,2014c網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例河本良輔*1石崎英介*1福本雅格*1中泉敦子*1佐藤孝樹*1池田恒彦*1南政宏*2佐藤文平*3*1大阪医科大学眼科学教室*2南眼科*3大阪回生病院眼科ACaseofNeovascularGlaucomaAssociatedwithCentralRetinalArteryOcclusionRyohsukeKohmoto1),EisukeIshizaki1),MasanoriFukumoto1),AtsukoNakaizumi1),TakakiSato1),TsunehikoIkeda1),MasahiroMinami2)andBunpeiSatou3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)MinamiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital軽度の桜実紅斑(cherry-red-spot)で初発,経過中に血管新生緑内障(NVG)をきたした網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の1例.56歳,男性.冠動脈カテーテル治療中に左眼視力低下を自覚.左眼眼底に軽度のcherry-red-spotを認めCRAOと診断.眼球マッサージ,前房穿刺を行いプロスタグランジン製剤およびウロキナーゼの点滴を開始したが,30cm手動弁のままであった.Cherry-red-spotは軽度のまま遷延した.2カ月後にNVGを発症し,前房出血も併発して左眼眼圧は48mmHgに上昇した.前房洗浄,水晶体切除,硝子体切除,眼内汎網膜光凝固術,毛様体光凝固術を施行し,術後眼圧下降を得た.蛍光眼底造影は著しい充盈遅延があり,網膜電図(ERG)はa波,b波,律動様小波とも減弱していた.Cherry-red-spotの遷延するCRAOでは早期に汎網膜光凝固を施行する必要があると考えられた.Wereportacaseofneovascularglaucoma(NVG)associatedwithcentralretinalarteryocclusion(CRAO).A56-year-oldmalepresentedatourophthalmologycliniccomplainingofsuddenvisualdisturbanceinhislefteye,afterundergoingpercutaneouscoronaryintervention.Weobservedaslightcherry-redspotanddiagnosedCRAO.Wesubsequentlyperformedeyeballmassage,paracentesisandcontinuousdripinfusionofprostaglandinandurokinase.However,thepatient’scorrectedvisualacuityremainedat30cm/f.c.Twomonthslater,NVGassociatedwithhyphemadevelopedandintraocularpressure(IOP)increasedto48mmHg.Weperformedanteriorchamberirrigation,lensectomy,vitrectomy,panretinalphotocoagulationandcyclophotocoagulation.Postoperatively,IOPdecreased.fluoresceinfundusangiographyrevealedaseveredelayofinflowtotheretinalartery.Electroretinographyrevealedreductionofa-wave,b-waveandoscillatorypotential.OurfindingsshowthatpanretinalphotocoagulationmightbenecessaryforpatientswithearlyphaseCRAOwithaprolongedcherry-redspot.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1701.1705,2014〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,血管新生緑内障,cherry-red-spot.centralretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,cherry-red-spot.はじめに網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に血管新生緑内障(NVG)を併発することは稀で,その理由としては,急激な網膜虚血により網膜が菲薄化するため,血管新生因子を放出する余力が網膜組織に残存しないことが推測されている1).今回筆者らは軽度のcherry-red-spotで初発し,経過中にNVGをきたしたCRAOの1例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視,視力低下.現病歴:平成19年6月20日午前9時過ぎごろ冠動脈カテーテル治療中に左眼の霧視を自覚した.同日15時頃より左眼視力低下があり,眼科紹介受診となった.〔別刷請求先〕河本良輔:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科Reprintrequests:RyohsukeKohmoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)1701 図1初診時眼底写真左眼は軽度の網膜白濁・cherry-red-spotを認める.右眼は異常を認めない.初診時所見:視力は右眼0.15(0.9×sph.2.0D),左眼30cm手動弁(矯正不能)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼11mmHgであった.両眼とも前眼部に異常なく中間透光帯は軽度白内障を認めた.直接対光反応は右眼は迅速かつ十分,左眼は鈍で相対的入力瞳孔反応異常(RAPD)を認めた.左眼眼底には網膜白濁,軽度のcherry-red-spotを認めた.右眼は異常を認めなかった(図1).Goldmann視野検査では左眼の中心視野消失を認めた(図2).また,同日撮影されたMRA(磁気共鳴血管画像)では両側内頸動脈に径不整を認めたが,著しい狭窄・閉塞はなかった(図3).経過:網膜中心動脈閉塞症と診断,ただちに眼球マッサージおよび前房穿刺を行った.また,同日より入院にてリプルR,ウロキナーゼRの点滴を5日間開始したが,視力に著変なく左眼視力矯正30cm手動弁のまま退院となった.その後,外来にて経過観察されており,平成19年8月8日外来受診時は左眼視力矯正30cm手動弁,左眼眼圧14mmHgで,前眼部に著変を認めなかった.眼底は網膜の白濁および1702あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014図2初診時動的視野左眼は中心視野消失を認める.cherry-red-spotが遷延していた(図4).ところが発症より約2カ月後の平成19年8月27日,高度な頭痛,眼痛および嘔吐を主訴に来院.左眼の著明な角膜浮腫を認め,左眼眼圧は48mmHgに上昇していた.右眼に著変はなかった.左眼は角膜浮腫のため虹彩や隅角所見は得られなかったが,NVGと診断した.眼痛が強く球後麻酔施行のうえ前房穿刺およびベバシズマブ硝子体注射を施行した.しかし,その後も眼圧下降は得られず,疼痛も続いたため平成19年8月31日に経毛様体扁平部硝子体切除術および経毛様体扁平部水晶体切除術を施行した.術中,著明な角膜浮腫,多量の前房出血を認めた.最初にバイマニュアルアスピレータにて丁寧に前房出血を除去した.その後経毛様体扁平部水晶体切除を行った.硝子体出血をきたしていたが眼底には網膜.離や増殖性変化は認めなかった.経毛様体硝子体切除を施行後,汎網膜光凝固および下方約1/2周にわたり毛様体扁平部光凝固を行い合併症なく手術を終えた.術後左眼眼圧は10mmHg台前半で経過し,眼圧下降,眼痛,疼痛の消失を得た.平成(136) 図3初診時MRA両側内頸動脈に径不整を認めるが,高度な閉塞・狭窄を認めない.19年9月19日の所見では左眼眼圧8mmHgと眼圧下降は得たが,左眼視力は光覚(±)であった.眼底所見では汎網膜光凝固斑およびcherry-red-spotを認めた(図5).その後眼圧は再上昇することなく落ち着いている(図6).同日施行した蛍光眼底造影検査では左眼の著しい循環遅延を認め(図7),網膜電図(ERG)ではa波,b波,律動様小波の減弱を認めた(図8).II考按CRAOにNVGを併発する頻度は1.2%とする報告2,3)があるが,他の循環障害をきたす疾患よりその頻度は少ない.その理由としては,急激な血行の途絶による網膜の崩壊が生じ,そのダメージが強すぎるため血管新生因子が産生・放出されないことが指摘されている.しかし,一方でNVGの頻度はさほど低率でなく15.16%に生じたとする報告4,5)もある.このなかには高度の頸動脈病変などの眼虚血症候群に起因するものがかなり含まれていると考えられる.CRAOに続発するNVGには①眼虚血症候群に起因するもの,②網膜中心静脈閉塞症(CRVO)に併発するもの,③CRAO単独でNVGが発症するもの,の3タイプがあると推測される.①の眼虚血症候群に起因するもの6.8)では,一般に頸動脈狭窄が強くなると虹彩ルベオーシスが発生する.CRAOと頸動脈病変には糖尿病や高血圧,高脂血症など危険因子には共通なものが多く,両者の合併は決して稀ではない.大野ら9),田宮ら10)の報告ではCRAOの約30.50%に(137)図4発症7週間後の眼底写真網膜白濁およびcherry-red-spotが遷延している.図5術後眼底写真(発症2カ月後)汎網膜光凝固痕とcherry-red-spotの残存を認める.50%以上の頸動脈病変があるとしている.また,網膜動脈分枝閉塞症を発症後にNVGを併発した眼虚血症候群の報告11)もある.②のCRVOとCRAOが併発した症例報告12.14)はいくつかあるが,その特徴は通常のCRVOに比べて網膜出血が少なく,非虚血型のCRVO様の所見を呈するが後極部は網膜白濁が強いことが挙げられる.発症機序に関しては諸説があり,一過性のCRAOの血流障害がベースになり,血流うっ滞により二次的にCRVOが生じるとする説や,逆にCRVOの循環障害がCRAOの誘因であるとする説がある.今回の症例はMRAより内頸動脈に眼虚血症候群を引き起こすほどの重度の狭窄や閉塞を認めなかったことや,他にNVGを引き起こすようなCRVOや重度虚血の糖尿病網膜症の所見を眼底に認めなかったことから③の単独のCRAOよりNVGを併発したものと考えた.術中の左眼眼底所見においても同様で他のNVGを引き起こすような眼底疾患を認めあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141703 眼圧(mmHg)60:右眼50:左眼4030201006/237/238/239/2310/23図6両眼の眼圧経過図7蛍光眼底造影検査静脈相左眼は網膜循環の遅延を認める.図8術後網膜電図a波,b波,律動小波の減弱を認める.なかった.本症例の特徴としては経過中左眼眼底の網膜白濁は通常のCRAO所見より軽度であった.CRAOの眼底所見は極早期ではcherry-red-spotがみられず,網膜の白濁は3.6週間で消失し,網膜の色調は徐々に正常化することが知られている15).しかし,本症例では軽度の網膜白濁が遷延したためcherry-red-spotも残存したものと考えた.岡本の報告16)ではcherry-red-spotが明瞭なCRAOと不明瞭なCRAO群でOCT(光干渉断層計)を用いた検討を行っている.それらによるとcherry-red-spotが不明瞭な群の急性期のOCT画像では明瞭な典型的なCRAOと異なり,SD-OCT(spectraldomain-OCT)のカラー表示で神経節細胞層の高反射が弱いことを示している.このことは網膜内層の浮腫,特に神経細胞層の浮腫が軽度であることを意味していると述べている.特にこれらcherry-red-spotが不明瞭な群の症例は眼底所見で網膜白濁が軽度であり,軟性白斑を認めることが多いとしている.軟性白斑の存在は網膜虚血の所見ではあるが,軸索流のうっ滞を反映しており,網膜内層の神経節細1704あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014胞層の生存を意味している.また,向野らの報告1)では,CRAOにおいて網膜虚血が急速に進行した場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合は血管新生が起こるとしている.本症例は冠動脈カテーテル検査中に発症したため,原因は心原性の塞栓による可能性が高い.患者の全身状態不良につき初診時に蛍光眼底造影検査やOCTを撮影はしておらず,当時の血行動態,網膜周辺部無血管野の有無や網膜内層の評価は正確には不明である.しかし,本症例では軟性白斑の出現はなかったが,網膜白濁が軽度であり通常よりも遷延したことを考えると網膜は完全な虚血状態ではなかったと考えられた.また網膜虚血も緩徐に進行した可能性も考えられる.網膜内層の代謝がある程度維持されておりそこからvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子が多く産生されNVGに至ったと考えた.今回の症例は発症より2カ月後にNVGを発症しており,完全虚血ではないCRAO症例では虚血型のCRVOと同様に発症より2,3カ月にて(138) NVG発症に至る可能性がある.通常CRAO症例は急性期を過ぎると病状固定し経過観察となる場合が多いが,本症例と同様に網膜虚血が軽度で進行が緩徐であると考えられる症例では経過中にNVGに至る可能性があり,経過が落ち着いたとしても長期にわたり蛍光眼底検査や隅角検査などで可能な限りNVG発症に注意し,危険性がある場合は早期の汎網膜光凝固が必要であると考えた.本論文の要旨は第26回日本眼循環学会(名古屋)で発表した.文献1)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,19882)GartnerS,HenkindP:Neovasculizationoftheiris(rubeosisiridis).SurvOphthalmol22:291-312,19783)PerpautLE,ZinmmermanLE:Theoccurrenceofglaucomafollowingocculusionofthecentralretinalartery.AMAArchOphthalmol61:845-846.Link,19594)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovasculariization.ArchOphthalmol109:339-342,19915)DukerJS,BrownGC:Irisneovasculrizationassociatedwithobstructionofthecentralretinalartery.Ophthalmology95:1244-1250,19886)渡邊真弓,荻野哲夫,木下貴正ほか:眼虚血症候群の眼所見と予後.眼紀57:189-194,20067)梶浦祐子,安積淳,井上正則:眼虚血症候群その臨床経過と治療成績.臨眼46:1022-1024,19928)鈴木智子,紺屋浩之,浜口朋也ほか:2型糖尿病に合併した両側内頚動脈閉塞症眼虚血症候群の1例.糖尿病と代謝30:54-60,20029)大野尚登,村田恭啓,木村和美ほか:網膜動脈閉塞症と頚動脈病変.臨眼50:1599-1601,199610)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頚動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863867,199611)奥野高司,長野陽子,池田佳美ほか:網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例.あたらしい眼科27:1617-1620,201012)忍田拓哉,渡邊博,松橋正和ほか:網膜中心静脈症に合併した網膜中心動脈閉塞症及び脈絡膜循環不全の1例.臨眼56:1111-1115,200213)西村幸英,岡本紀夫:内頸動脈病変が影響したと考えられる網膜中心静脈閉塞症に合併した網膜中心動脈閉塞症の2例.眼科45:263-269,200314)天野公美子,川久保洋,島田宏之ほか:網膜中心動静脈閉塞症の2症例.眼紀47:1012-1017,199615)渡辺博:網膜動脈閉塞症.GeriatricMedicine44:12561257,200616)岡本紀夫:網膜中心動脈閉塞症の病型:網膜形態と視力予後に関する研究.兵庫医大会誌35:81-88,2010***(139)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141705

血管新生緑内障におけるベバシズマブ併用線維柱帯切除術の予後不良因子の検討

2014年8月31日 日曜日

《第24回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科31(8):1207.1210,2014c血管新生緑内障におけるベバシズマブ併用線維柱帯切除術の予後不良因子の検討上乃功*1廣岡一行*2馬場哲也*2天雲香里*2新田恵里*2*1香川県立中央病院*2香川大学医学部眼科学講座PrognosticFactorsofPreoperativeIntravitrealBevacizumabRegardingTrabeculectomyOutcomesinNeovascularGlaucomaIsaoUeno1),KazuyukiHirooka2),TetsuyaBaba2),KaoriTenkumo2)andEriNitta2)1)DepartmentofOphthalmology,KagawaPrefecturalCentralHospital,2)KagawaUniversity目的:血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)に対するベバシズマブ硝子体内注射(intravitrealbevacizumab:IVB)後,線維柱帯切除術(trabeculectomy:LET)の予後不良因子について検討する.対象および方法:2006年9月から2013年3月の間に香川大学医学部付属病院眼科にてIVB後LETを行ったNVG患者80例80眼の連続症例.平均年齢63.9±12.7歳(平均値±標準偏差,以下同様).2回連続して眼圧が21mmHgを超えるものと光覚なしを死亡と定義した.Cox回帰分析を用い予後不良因子を検討した.結果:経過観察期間は,27.0±33.0月であった.術後12カ月および24カ月の生存率はそれぞれ87.5%,81.1%であった.IVB併用後LETの予後不良因子は,年齢,基礎疾患,術前眼圧,周辺虹彩前癒着,白内障手術既往,硝子体手術既往について解析を行ったが,有意に予後不良となる因子は認めなかった.結論:NVGにおけるIVB後LETの予後不良因子は同定できなかった.Purpose:Toevaluatetheprognosticfactorsforsurgicaloutcomesofintravitrealbevacizumab(IVB)beforemitomycinCtrabeculectomy(LET)forneovascularglaucoma(NVG).SubjectsandMethods:Wereviewedthemedicalrecordsof80patients(80eyes)withNVGtreatedatKagawaUniversityHospitalbetweenSeptember2006andMarch2013.Theprimaryendpointwaspersistentintraocularpressure(IOP)>21mmHg,deteriorationofvisualacuitytonolightperception,andadditionalglaucomasurgeries.Thefollowingvariableswereassessedaspotentialprognosticfactorsforsurgicalfailure:age,etiologyofNVG,preoperativeIOP,peripheralanteriorsynechiae(PAS),previousvitrectomyandpreviouscataractsurgery.MultivariateanalysiswasperformedusingtheCoxproportionalhazardmodel.Result:Patientmeanfollow-upwas27.0±33.0months.Theprobabilityofsuccessat1and2yearsafterLETwas87.5%and81.1%,respectively.ThemultivariatemodelshowednoprognosticfactorsforsurgicalfailureamongtheNVGpatients.Conclusion:BeforemitomycinCLETforNVG,therewerenoprognosticfactorsforsurgicalfailureofIVBinanyNVGpatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1207.1210,2014〕Keywords:血管新生緑内障,ベバシズマブ硝子体内注射,線維柱帯切除術,予後不良因子.neovascularglaucoma,intravitrealbevacizumab,trabeculectomy,prognosticfactor.はじめに血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)は糖尿病網膜症や,網膜静脈閉塞症などの眼虚血に起因して発症する難治性の緑内障であり,血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が血管内皮細胞に作用することで虹彩・隅角の新生血管が形成され,房水流出路を閉塞させるために眼圧上昇をきたす1).眼圧が上昇すると,それに伴い眼虚血が増悪,新生血管が増加,さらに眼圧が上昇するという悪循環に陥るため,早急に眼内虚血に対する網膜光凝固術や眼圧上昇に対する薬物治療,線維柱帯切除術(trabeculectomy:LET)が施行されてきた.しかし,新生血管の活動性が高い状態での外科的治療は合併症も多く,術〔別刷請求先〕上乃功:〒760-8557香川県高松市番町5-4-16香川県立中央病院眼科Reprintrequests:IsaoUeno,DepartmentofOphthalmology,KagawaPrefecturalCentralHospital,5-4-16Ban-cho,Takamatsu,Kagawa760-8557,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(127)1207 後成績にも影響を及ぼしてきた.新生血管に直接作用する抗VEGF薬であるbevacizumabが臨床的に使用されるようになり,NVGに対するLETの周術期管理に変化がもたらされた.ベバシズマブ硝子体内注射(intravitrealbevacizumab:IVB)は,新生血管の消退に有効であり2),IVBを施行することで眼圧が下降し,薬物のみで眼圧がコントロールできる症例が増加してきている3).また,手術が必要になった症例でも,IVB併用によりLETの術後成績が向上するといった報告がある4,5)一方で,IVB併用の有無がLETの術後成績に影響を及ぼさないという報告もあり6),見解の一致は得られていない.また,NVGに対してIVBが行われていなかったときのNVGに対するLETの予後不良因子は,50歳以下の若年例,硝子体手術既往眼,原因疾患が糖尿病網膜症の症例における僚眼発症であり7),硝子体手術後のLETに対する予後不良因子は術前高眼圧,NVGと報告されている8).しかし,これまでにNVGに対するIVB併用LETの予後不良因子に関しては報告がなされていない.そこで今回筆者らは,NVGに対するIVB併用LETの術後成績を改めて検討するとともに,予後不良因子についても検討したので報告する.I対象および方法対象は2006年9月から2013年3月までの間に香川大学医学部附属病院眼科にてIVB後にLETを行ったNVG患者で6カ月以上経過観察できた80例80眼をレトロスペクティブに検討した.両眼LETを施行した症例は,最初にLETを行った眼を対象とした.IVBは当院倫理委員会の承認を得て行い,すべての患者に書面による同意を得た.1.25mg/0.05mlIVBはLET施行3.7日前に行った.LETは円蓋部基底結膜切開で行い,白内障手術同時施行例は全例同一創で行った.IVB併用LETの術後成績はKaplan-Meier生存曲線を用いて評価し,2回連続して眼圧が21mmHgを超えるものと光覚なしを死亡と定義した.眼圧下降薬の使用は可とした.薬剤スコアはアセタゾラミドの内服が2点,点眼薬は1剤につき1点とした.予後不良因子に関しては年齢(50歳以上,50歳未満),性別,基礎疾患(眼虚血の有無),術前眼圧(31mmHg以上,31mmHg未満),周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)(100%またはそれ未満),白内障手術既往,硝子体手術既往の有無についてそれぞれc2検定にて単変量解析を行った.さらにCox回帰分析を用い多変量解析を行った.II結果患者背景を表1に示す.平均年齢63.9±12.7歳,男性601208あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014眼,女性20眼であった.NVGの病因は糖尿病が57眼,眼虚血12眼,網膜中心静脈閉塞症8眼,網膜静脈分枝閉塞症1眼,網膜中心動脈閉塞症1眼,ぶどう膜炎が1眼であった.平均経過観察期間は27.0±33.0カ月,術前眼圧は32.1±7.8mmHgであった.IVB併用後LETの術後生存率は,術後12カ月が87.5%(n=54),24カ月が81.1%(n=31)であった(図1).死亡の定義を満たした症例の内訳は,2回連続して眼圧が21mmHgを超えたものが13眼,術後に光覚を失ったのは2眼であった.術前および術後6,12,18,24,30,36カ月後の平均眼圧はそれぞれ31.6±6.9mmHg,11.9±4.9mmHg,12.3±4.7mmHg,11.9±4.2mmHg,11.8±4.7mmHg,11.1±4.7mmHg,9.9±4.4mmHgであり,いずれの時点においても有意な眼圧の低下を認めた(図2).術前および術後6,12,18,24,30,36カ月後の薬剤スコアはそれぞれ3.82±0.97,0.30±0.79,0.20±0.65,0.32±0.92,0.31±0.95,0.27±0.68,0.30±0.81であり,術後有意な薬剤スコアの低下を認めた(図3).また,術後予後不良因子として,年齢,性別,基礎疾患,術前眼圧,PAS,白内障手術既往,硝子体手術既往をそれぞれ単変量解析を用いて行ったが,いずれの因子も有意差を認めなかった(表2).さらに,Cox回帰分析でも有意に予後不良となるものは認めなかった(表3).さらにPASの範囲が50%以上と50%未満,あるいは基礎疾患を糖尿病とそれ以外に分けて検討してみたが,いずれにおいても有意差は認めなかった.糖尿病網膜症が原因のNVGについて,LETを施行した僚眼にNVGがある場合とない場合で単変量解析を行ったが,これに関しても有意差は認めなかった(p=0.18).また,年齢,硝子体手術既往,僚眼にNVGありの計3項目を説明変数としてCox回帰分析を行ったが,有意に予後不良となるものは認めなかった(表4,5).III考按今回筆者らの検討では,IVB併用後LETの予後不良因子は,年齢,性別,基礎疾患,術前眼圧,PAS,白内障手術既往,硝子体手術既往のどの因子でも有意差を認めなかった.今回の結果は,過去に報告されたNVGに対してIVB非併用時のNVGに対するLETの予後不良因子(50歳以下の若年例,硝子体手術既往眼,原因疾患が糖尿病網膜症の症例における僚眼発症)7)とは異なっていた.この理由として,今回年齢に関して有意差が出なかったのは,50歳未満の症例数が少なかったため,統計的に有意差が出にくくなった可能性がある.また,硝子体手術既往に関しては,硝子体手術が現在の小切開硝子体手術で行われるようになり,以前のように大きく結膜を切開しなくなったため,濾過胞の形成維持が阻(128) 表1症例背景年齢(歳)63.9±12.7(17.92)性別(男/女)60/20原因疾患糖尿病57眼虚血12網膜中心静脈閉塞症8網膜静脈分枝閉塞症1網膜中心動脈閉塞症1ぶどう膜炎1経過観察期間(月)27.0±23.0(2.77)術前眼圧(mmHg)32.1±7.8(21.61)100生存率曲線806040200生存率(%)010203040506040観察期間(月)図1生命表法30術後12カ月および24カ月の生存率はそれぞれ87.5%,20******81.1%であった.10(80)(73)(48)(34)(29)(27)(24)50術前61218243036経過観察(月)4眼圧(mmHg)******薬剤スコア図2眼圧の推移術前に比べ術後は有意に眼圧の下降がみられた.()内は眼数.*:p<0.05.3210術前61218243036表2術後成績に影響を及ぼす因子の単変量解析結果経過観察(月)生存死亡p値図3薬剤スコアの推移年齢50歳以上59110.54術前に比べ,術後有意に薬剤スコアは減少した.*:p<50歳未満910.05.性別男50100.38女182基礎疾患眼虚血930.26眼虚血以外599表3Cox回帰分析結果術前眼圧31mmHg以上3480.2995%信頼区間31mmHg未満344オッズ比下限上限p値周辺虹彩前癒着100%710.66100%未満6111年齢0.9680.9251.0120.15白内障手術既往あり5080.43硝子体手術既往0.7830.2825.3700.78なし184白内障手術既往0.9290.2213.9650.93硝子体手術既往あり2240.59周辺虹彩前癒着<0.001<0.0010.98なし468基礎疾患2.4810.6259.8470.20術前眼圧1.0500.9921.1110.09表4Cox回帰分析結果表5Cox回帰分析結果(術後因子)オッズ比95%信頼区間p値下限上限オッズ比95%信頼区間p値年齢0.3910.0285.4750.49下限上限硝子体手術既往0.4370.0962.3370.36前房出血1.5700.4755.1870.46僚眼にNVG3.6800.66120.4980.14房水漏出2.3570.47811.6140.29(129)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141209 害されにくく硝子体手術既往の有無がLETの術後成績に及ぼす影響が小さくなってきたためと考えた.さらに,硝子体手術が必要な症例や若年者では,病態の活動性が高いと考えられるが,IVBを使用することにより,病態の活動性が低下したことで,症例間の活動性の差が小さくなってきたことも,予後不良因子が同定できなかった原因と考えた.Takiharaらは,NVG眼にLET前にIVBを行った場合は,行わない場合に比べ術後前房出血が減少し眼圧も下降するが,生存率では有意差は認めらなかったと報告している6).この報告によるIVB群の生存率は,4カ月で87.5%,8カ月で79.2%,12カ月で65.2%,IVB非併用群の生存率は,術後4カ月で75.0%,8カ月で79.1%,12カ月で65.3%であった.しかし,SaitoらのNVGに対するIVB後LETでは,術後6カ月の生存率はIVB使用では95%,IVB非使用では50%(p<0.001)と,IVB使用により有意に良好な生存率が得られている4).今回の生存率も12カ月が87.5%,24カ月が81.1%であり,IVB使用により術後生存率は改善していると考えられた.IVBはNVGの治療に不可欠なものになりつつあり,IVB併用後LETの予後不良因子については多数例のより長期での臨床研究が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19942)DavidorfFH,MouserJG,DerickRJ:Rapidimprovementofrubeosisiridisfromasinglebevacizumab(Avastin)injection.Retina26:354-356,20063)WakabayashiT,OshimaY,SakaguchiHetal:Intravitrealbevacizumabtotreatirisneovascularizationandneovascularglaucomasecondarytoischemicretinaldiseasesin41consecutivecases.Ophthalmology115:1571-1580,1580,20084)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Beneficialeffectsofpreoperativeintravitrealbevacizumabontrabeculectomyoutcomesinneovascularglaucoma.ActaOphthalmol88:96-102,20105)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Clinicalfactorsrelatedtorecurrenceofanteriorsegmentneovascularizationaftertreatmentincludingintravitrealbevacizumab.AmJOphthalmol149:964-972,20106)TakiharaY,InataniM,KawajiTetal:CombinedintravitrealbevacizumabandtrabeculectomywithmitomycinCversustrabeculectomywithmitomycinCaloneforneovascularglaucoma.JGlaucoma20:196-201,20117)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:TrabeculectomywithmitomycinCforneovascularglaucoma:prognosticfactorsforsurgicalfailure.AmJOphthalmol147:912-918,918,20098)InoueT,InataniM,TakiharaYetal:PrognosticriskfactorsforfailureoftrabeculectomywithmitomycinCaftervitrectomy.JpnJOphthalmol56:464-469,2012***1210あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(130)

Ex-PRESSTM挿入術後の経過が思わしくなかった3症例

2014年6月30日 月曜日

《第24回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科31(6):903.908,2014cEx-PRESSTM挿入術後の経過が思わしくなかった3症例三木美智子*1小嶌祥太*2植木麻理*2杉山哲也*3池田恒彦*2*1高槻病院眼科*2大阪医科大学眼科*3中野眼科医院ThreeCaseswithUnfavorableProgressFollowingImplantationofanEx-PRESSTMGlaucomaFiltrationDeviceMichikoMiki1),ShotaKojima2),MariUeki2),TetsuyaSugiyama3)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,TakatsukiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,3)NakanoEyeClinic目的:Ex-PRESSTMglaucomafiltrationdevice(Ex-PRESS)挿入術後経過が思わしくなかった3症例を報告する.症例:症例1は74歳,男性.血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術後に眼圧が再上昇した.Ex-PRESS挿入術後,眼圧調整不能となった.症例2は56歳,男性.多重手術既往(水晶体.内摘出術,輪状締結術,硝子体手術,眼内レンズ毛様溝縫着術)があった.Ex-PRESS挿入術後,眼内レンズ落下に加え眼圧上昇のため,輪状締結抜去術,眼内レンズ除去術,Baerveldttube挿入術を施行し,眼圧は安定した.症例3は31歳,女性.虹彩角膜内皮症候群に対しEx-PRESS挿入術後,眼圧下降が得られず,角膜浮腫は改善しなかった.Ex-PRESSを摘出し線維柱帯切除術を施行した結果,眼圧は安定し角膜浮腫も改善した.結論:結膜瘢痕化の強い症例などではEx-PRESS挿入術でも効果が得られない場合があり,その適応について慎重に考慮すべきである.Purpose:Wereport3caseswithunfavorableprogressfollowingimplantationofanEx-PRESSglaucomafiltrationdevice(Ex-PRESS).CaseReport:Case1involveda74-year-oldmalediagnosedwithneovascularglaucoma.Trabeculectomywasperformed,butintraocularpressure(IOP)becameelevatedandEx-PRESSwasimplanted.Postoperatively,IOPbecameuncontrollable,ultimatelyresultingincompletelossofvisualfunction.Case2involveda56-year-oldmalewhohadpreviouslyundergoneintracapsularcataractextraction,encircling,vitrectomy,andintraocularlens(IOL)suturingtotheparsplana.Ex-PRESSwasimplanted,butIOPbecamere-elevatedfollowingIOLdislocationintothevitreous.TheencirclingbandandIOLwereremoved,andaBaerveldttubewasimplanted.Followingthesurgery,IOPstabilized.Case3involveda31-year-oldfemalediagnosedwithiridocornealendothelialsyndrome,whounderwentEx-PRESSimplantation.Postoperatively,theEx-PRESSfailedtolowerIOPsufficientlytoimprovethecornealedema.Thedevicewassurgicallyremovedandtrabeculectomywasperformed.IOPbecamestableandthecornealedemaimproved.Conclusion:IndicationsforEx-PRESSimplantationshouldbedeliberatelyconsidered,especiallyincasesofsevereconjunctivalscarring.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(6):903.908,2014〕Keywords:Ex-PRESS,血管新生緑内障,虹彩角膜内皮症候群,多重手術.Ex-PRESS,neovascularglaucoma,iridocornealendothelialsyndrome,multiplesurgeries.はじめにマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術(trabeculectomy:TE)は高い眼圧下降作用が期待できる術式であり,現在の代表的緑内障手術となっているが,術後早期合併症(低眼圧,浅前房,脈絡膜.離,前房出血など)が起こりやすい術式でもある1).その早期合併症を減少させる目的で,海外で臨床使用されてきたEx-PRESSTMglaucomafiltrationdevice(Ex-PRESS)がわが国でも認可され,平成24年5月,このデバイスを用いた「緑内障治療用インプラント挿入術」が保険適用となり,わが国における臨床使用が可能になった.Ex-PRESS挿入術はTEの術中および術後早期の合併症〔別刷請求先〕杉山哲也:〒604-8404京都市中京区聚楽廻東町2中野眼科医院Reprintrequests:TetsuyaSugiyama,M.D.,Ph.D.,2Jurakukaito-cho,Nakagyo-ku,Kyoto604-8404,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(129)903 を減らしつつ,従来のTEと同等かそれ以上の成績が報告されている2.4).筆者らもEx-PRESS挿入術の術後成績をTEと比較し,術後早期合併症(視力低下,低眼圧,前房出血など)が少ない傾向を認めたこと,術翌日の眼圧のばらつきが小さかったこと,視力変化が少なく有意な低下を認めなかったこと,視野(病期)が悪化した例は少なかったことなどを報告している5.7).わが国でも最近Ex-PRESSの使用頻度が増加しつつあるが,Ex-PRESSを用いても合併症は皆無ではなく,また良好な術後経過が得られない場合もある.大阪医科大学眼科(以下,当科)では,TEによる合併症が危惧される症例(たとえば無硝子体眼などで過剰濾過が起こりやすいと思われる例,中心視野狭窄が高度で低眼圧症による合併症が危惧される例,抗凝固剤使用例などで出血が危惧される例など)に対してEx-PRESS挿入術を施行しており,平成20年2月から平成25年2月の間に38例45眼に対してEx-PRESS挿入術を施行した.今回筆者らはそのうちEx-PRESS挿入術後の経過が思わしくなかった3症例について報告し,その原因などについて考察する.I症例〔症例1〕74歳,男性.既往歴:糖尿病で加療中〔ヘモグロビンA1C(HbA1C)6.4%〕で,数年前に脳梗塞の既往がある.眼科既往として,他院にて平成20年右眼水晶体摘出術,同21年右眼眼内レンズ毛様溝縫着術,同22年右眼硝子体手術をそれぞれ施行されている.他院からの診療情報が得られていないので,経過の詳細は不明である.現病歴:平成22年,右眼眼痛を感じ,近医を受診したところ,緑内障を指摘され,手術加療を勧められ,同年10月当科紹介受診となった.近医ではダイアモックスR内服のみ処方されていた.初診時所見:視力はVD=0.03(0.03×cyl.3.5DAx90°),VS=0.4(0.6×sph+2.25D(cyl.3.0DAx70°),ダイアモックスR内服下で,眼圧はRT=26,LT=11(mmHg),前眼部:右眼には虹彩に新生血管が著明(図1A).隅角にはほぼ全周に周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)と新生血管があり(図1B),左眼には白内障および部ACBD図1症例1の初診時の前眼部写真(A)と隅角写真(B),Ex-PRESS挿入術翌日(C)と10日後の前眼部写真(D)虹彩,隅角に新生血管,周辺部虹彩前癒着を認めた.Ex-PRESS挿入術翌日,前房出血はわずか,炎症は比較的軽度で濾過胞形成は良好であった.10日後,やや平坦化の傾向を認めるものの濾過胞形成を認め,眼圧は8mmHgであった.904あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(130) 分的にPASがあった.眼底:両眼とも糖尿病網膜症に対して汎網膜光凝固が施行済みで,視神経乳頭の陥凹乳頭比(C/D)は両眼とも0.4程度であった.Goldmann視野検査では右眼に糖尿病黄斑浮腫による中心暗点があるのみで,両眼とも明らかな緑内障性視野異常は認めなかった.経過:右眼増殖糖尿病網膜症に起因する血管新生緑内障と診断し,緑内障薬点眼を開始した.眼底はすでに汎網膜光凝固術施行済みであり,蛍光眼底造影にて明らかな無灌流領域を認めなかったため,追加は施行しなかった.12月に虹彩新生血管の増悪を認めたため,アバスチンR硝子体注射を施行した.しかし,その後,眼圧は上昇し,緑内障薬3剤点眼で眼圧が30mmHg前後と眼圧調整不良となったため,右眼TEを施行した.TE術後,いったん眼圧はhighteensまで下降したが,その後再び眼圧が上昇し,翌年2月には緑内障薬3剤点眼で眼圧20mmHg台後半となった.固視点近くに視野狭窄が及んできており急激な眼圧下降による視野悪化を避けるため,同年12月右眼Ex-PRESS挿入術を選択し,(この当時Ex-PRESSはわが国で未認可であったが,大学倫理委員会の承認,患者本人への説明と同意のもと)施行した(術式は後述).術中,Ex-PRESS挿入部近傍より軽度の前房出血を生じたが,それ以外は特に合併症はなく終了した.手術翌日,前房出血はわずかで,前房炎症は軽度,濾過胞形成は良好であった(図1C).前房出血は手術4日後にほぼ消失した.眼圧は時として30mmHg超になることもあったが,眼球マッサージを適宜施行することにより,おおむね5.10mmHgで推移,濾過胞も形成されていた(図1D).手術11日後に結膜縫合部からの房水漏出を認めたため,追加縫合を行った.退院後,眼圧はhighteensとなり,レーザー切糸,ニードリングを行うも濾過胞は平坦化していき,緑内障薬点眼を再開するも眼圧は調整不能となった.僚眼の視機能が比較的良好なこと,眼痛もなく本人が再手術を希望されなかったことから,薬物治療のみで経過観察することとなり,結果的に右眼の視機能はその後,消失した.本例におけるEx-PRESS挿入術の術式:円蓋部基底結膜切開,3mm×4mmの強膜弁(約1/3層)作製,MMC(0.04%,4分間留置後に洗浄),25G針にて先行穿刺後に耳側上方よりEx-PRESS挿入,強膜弁を2針縫合(10-0ナイロン),結膜を連続縫合(10-0ナイロン).〔症例2〕56歳,男性.既往歴:当科にて昭和52年,右眼白内障手術(水晶体.内摘出術),平成17年,右眼裂孔原性網膜.離に対する輪状締結術および硝子体手術,同年,右眼黄斑上膜に対する硝子体手術および眼内レンズ縫着術の手術既往がある.現病歴:当科で定期的に経過をみていたところ,平成20年頃より右眼の眼圧が20mmHg台に上昇した.緑内障点眼薬1剤にて眼圧下降が得られていたが,平成23年より眼圧が再上昇し,3剤点眼下で眼圧が20mmHg台となったため,当科緑内障外来受診となった.術前所見:視力はVD=(0.07×sph.1.5D(cyl.0.5DAx110°),VS=(1.0×sph+0.5D(cyl.0.75DAx90°),眼圧はRT=26,LT=9(mmHg),角膜内皮細胞密度は右眼1,338,左眼1,865(個/mm2).眼底:C/Dは右眼0.8,左眼0.4.Goldmann視野検査では右眼に著明な視野狭窄を認め,湖崎分類IVであった.左眼には明らかな異常を認めなかった.経過:中心視野温存のため,平成25年右眼Ex-PRESS挿入術を施行した(術式は後述).手術翌日から大きな濾過胞が形成されて(図2A)低眼圧(0.2mmHg)が持続し,炎症や眼内液混濁が強くなったため,5日目に液-空気置換術を施行した.術中から眼内レンズが不安定な状態であったが,9日後に眼内へ落下した.眼圧は10mmHgで安定していたためいったん退院となったが,退院翌日には濾過胞が消失AB図2症例2のEx-PRESS挿入術翌日(A),毛様体扁平部挿入型Baerveldt緑内障インプラントによるチューブシャント手術22日後(B)の前眼部写真Aでは大きな濾過胞の形成を認め,Bでは併用したripcordが結膜下に確認できる.(131)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014905 し,眼圧が40mmHgまで上昇した.眼球マッサージを施行高いことに加え,著明な角膜浮腫を認めた.ダイアモックするも眼圧下降が得られず,ニードリングを施行するもすぐスRを処方され7月当院紹介受診となった.に再癒着した.眼圧調整不能となったため,右眼輪状締結抜初診時所見:視力はVD=0.09(0.09×sph.1.5D),VS=去術,眼内レンズ摘出術,毛様体扁平部挿入型Baerveldt緑1.5(1.5×sph.0.5D),眼圧はRT=26,LT=12(mmHg),内障インプラントによるチューブシャント手術を施行した前眼部:右眼は角膜浮腫著明,虹彩萎縮とぶどう膜外反を認(図2B).その後,眼圧は10mmHg前後に安定し,現在にめた(図3A,B).左眼は正常.鏡面顕微鏡所見:角膜内皮至っている.細胞はhammeredsilverappearanceを示した(図3C).隅本例におけるEx-PRESS挿入術の術式:円蓋部基底結膜角は両眼ともShaffer4,視神経乳頭のC/D比は右眼0.8,切開,3mm×4mmの強膜弁(約1/2層)作製,MMC(0.04左眼0.5.Goldmann視野検査では右眼は上方に比較暗点,%,3分間留置後に洗浄),23G針にて先行穿刺後に耳側上鼻側の視野狭窄を認め,湖崎分類IIIaであった.左眼は明方よりEx-PRESS挿入,強膜弁を5針縫合(10-0ナイロらかな異常を認めなかった.ン),結膜を端々縫合(9-0シルク).経過:虹彩角膜内皮(ICE)症候群を疑い,角膜浮腫改善〔症例3〕31歳,女性.のため4%生理食塩水の点眼を開始した.緑内障点眼薬を1既往歴・現病歴:香港で数年前から右眼緑内障に対して点剤追加して眼圧はmiddleteensとなり,角膜浮腫もほぼ消眼治療を受けていた.平成24年5月の帰国時に緑内障の精失し,視力は(1.2)まで回復した.良好に経過していたため,査目的で近医を受診した.近医初診時は緑内障薬1剤点眼と同年8月からダイアモックスR内服を半錠に減量して経過をダイアモックスR内服で眼圧は15mmHgであり,Hum-みたところ,11月に眼圧が23mmHgに上昇し,再び角膜phrey視野検査で緑内障の視野変化を認めていた.その後,浮腫も出現した.点眼を追加しダイアモックスRも2錠に増起床時に重篤で時間とともに軽減する霧視が出現したため,量したが,眼圧は30mmHgまで上昇した.TEでは予後不近医を6月に再診したところ,右眼眼圧は24mmHgとやや良が予測された6,7)ため,12月右眼Ex-PRESS挿入術を選択ACBDE図3症例3の当科初診時の前眼部写真(A,B)と角膜の鏡面顕微鏡写真(C),Ex-PRESS挿入術翌日(D)と4週間後の前眼部写真(E)初診時,角膜浮腫,虹彩萎縮とぶどう膜外反を認めた.角膜内皮細胞はhammeredsilverappearanceを示した.Ex-PRESS挿入術翌日には後方に広がる濾過胞形成を認めたが,4週間後には濾過胞の平坦化がみられた.906あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(132) し,施行した(術式は症例1と同様,ただしEx-PRESSは痕化の状態が眼圧調整に大きな影響を与えないと考えられる鼻側上方より挿入).Baerveldttube挿入術により眼圧調整を得ることができた.手術後,眼圧は下降し,角膜の透明性は回復していたがさらに,術後眼圧上昇の機序としては眼内レンズが落下した(図3D),20mmHg前後の眼圧が継続したため,3日後にレことにより眼内炎症が惹起されたことなども推察された.ーザー切糸を施行した.その後は眼球マッサージにより眼圧Ex-PRESSはぶどう膜炎では適応外であるが,眼内炎症がをlowteensに下げるため,自己マッサージを指示した.10惹起されやすい状況の眼に対しても不向きと考えられる.日後にはレーザー切糸を追加したが,1カ月後再診時(翌年症例3はICE症候群の症例で,そのなかでも角膜内皮細1月)に30mmHgに再上昇し,角膜浮腫が著明となったた胞所見などからChandler症候群と考えられる.Chandler症め,ニードリングを施行した.その後も眼圧が十分下降せ候群はICE症候群のなかでも最も多くみられる病型で,角ず,角膜浮腫が改善しなかったため,緑内障薬点眼に加えダ膜内皮機能障害と虹彩の軽度萎縮を特徴とし,著明な高眼圧イアモックスRを再開した(図3E).眼圧がlowteensに下でなくても角膜浮腫が顕著となる.角膜内皮細胞を観察するがると角膜浮腫は改善し,本人が早期の眼圧調整を希望されと,典型例では角膜後面に微小なさざ波様の凸凹(hammeredたため,再手術を施行することになった.Ex-PRESS内腔silverappearance)を認め,また角膜内皮細胞の大小不同やの閉塞も疑われたためEx-PRESSを抜去し,同部位にTE異形性が高度・広範囲であればその診断は比較的容易であを施行した.TE術後,濾過胞形成は良好,眼圧は10mmHgる9).また,緑内障が46.82%に発症するため,緑内障は重前後で安定した.その結果,角膜浮腫も改善し,視力も(0.7)篤な合併症の一つである.組織学的に周辺部角膜から進展すまで改善した.なお,抜去したEx-PRESS内腔を検証したる広範なICE細胞と異常基底膜様物質が存在して,直接的結果,明らかな閉塞は認めなかった.に隅角が覆われることで房水流出障害が生じると考えられてII考按いる10).ICE細胞増殖によるTE後の強膜切除部位再閉塞が危惧された11,12)ため,今回の症例では当初Ex-PRESS挿入今回,Ex-PRESS挿入術後の経過が思わしくなかった3術を選択したが,結果的には良好な眼圧調整が得られなかっ症例を報告した.これまでにもEx-PRESSの合併症(露出,た.検証の結果,明らかなEx-PRESS内腔の閉塞が認めら前房内落下)に関する報告はいくつかあったが,経過が思われなかったことより,Ex-PRESS挿入後に眼圧調整不良でしくなかった症例についての具体的な報告はなかった.よっあった機序はEx-PRESS自体の問題というよりは結膜瘢痕て,今回それぞれの原因などについて症例ごとに検討してみ化などによる濾過胞形成不全が原因と考えられる.今回はる.Ex-PRESS周囲の炎症反応などによってTEよりも結膜瘢症例1は血管新生緑内障であり,濾過手術後の新生血管か痕化が起こりやすかったのではないかと推察する.らの出血や血管新生そのものによる房水流出路の狭窄・閉Ex-PRESS挿入術の最も大きな利点は術後早期合併症の塞,濾過胞形成不全が生じやすく,TEにおいて術後管理が頻度が少ないという点であるが,眼圧調整についての術後成しばしば困難となる予後不良の疾患である8).血管新生緑内績は基本的にTEと大きく変わるものではない.今回の3症障にEx-PRESSを使用する利点として,虹彩や強膜の切除例のように,結膜瘢痕化の強い症例などではTEと同様,がないため同部位に存在する新生血管からの出血を抑制するEx-PRESS挿入術でも効果が得られない場合があるので,ことが挙げられる.これによりTEでしばしば経験する術後慎重な適用が望まれる.Ex-PRESS挿入術の適応について前房出血やそれによる眼圧上昇を予防できる可能性がある.は,今後エビデンスを集積して明らかにしていく必要がある本症例でも術後に新生血管からの出血は特に認めなかった.と考える.しかし,結膜瘢痕化などによる濾過胞形成不全についてはEx-PRESS使用によっても回避することがむずかしく,眼圧調整不良となったと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし症例2は,多重手術後の症例である.多重手術の内訳は水晶体.内摘出術,輪状締結術と硝子体手術,硝子体手術と眼文献内レンズ毛様溝縫着術といずれも広範囲の結膜.離と切除を1)本庄恵:緑内障手術のEBMトラベクレクトミーvs.ト必要とするもので,結膜下の侵襲が強い手術を何度も受けたラベクロトミー.眼科手術25:4-9,2012こととなる.すなわち,今回の手術前から結膜の瘢痕が強2)MarisPJJr,IshidaK,NetlandPA:Comparisonoftrabeく,また術後の濾過胞形成もむずかしい症例であった.ExculectomywithEx-PRESSminiatureglaucomadevicePRESS挿入術は濾過胞維持に関してはTEと同等と考えらimplantedunderscleralflap.JGlaucoma16:14-19,20073)deJongL,LafumaA,AguadeASetal:Five-yearextenれるので,結局この症例でも眼圧調整は困難となり,結膜瘢(133)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014907 sionofaclinicaltrialcomparingtheEx-PRESSglaucomafiltrationdeviceandtrabeculectomyinprimaryopen-angleglaucoma.ClinOphthalmol5:527-533,20114)DahanE,BenSimonGJ,LafumaA:ComparisonoftrabeculectomyandEx-PRESSimplantationinfelloweyesofthesamepatient:aprospectiverandomisedstudy.Eye26:703-710,20125)SugiyamaT,ShibataM,KojimaSetal:Thefirstreportonintermediate-termoutcomeofEx-PRESSglaucomafiltrationdeviceimplantedunderscleralflapinJapanesepatients.ClinOphthalmol5:1063-1066,20116)杉山哲也:Ex-PRESSTM(エクスプレス)挿入術.臨眼67:14-21,20137)杉山哲也:Ex-PRESSの使用経験と手術成績.眼科手術26:167-172,20138)岩尾圭一郎:トラベクレクトミーが効きにくい病型と良くない手技.眼科手術25:38-44,20129)WilsonMC,ShieldsMB:AComparisonoftheclinicalvariationsoftheiridocornealendothelialsyndrome.ArchOphthalmol107:1465-1468,198910)安達京,白土城照:続発緑内障.「虹彩角膜内皮症候群ICE症候群」.眼科37:965-969,199511)松本行弘:線維柱帯切除術後に角膜内皮細胞形状が変化したChandler症候群.眼臨紀2:705-709,200912)三浦克洋,平澤知之,松本行弘:複数回の線維柱帯切除術にAhmedglaucomavalveimplantが奏効したChandler症候群.眼臨紀1:440-446,2008***908あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014(134)

血管新生緑内障の眼圧に対するトロピカミド・フェニレフリン塩酸塩点眼の影響

2014年2月28日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(2):267.269,2014c血管新生緑内障の眼圧に対するトロピカミド・フェニレフリン塩酸塩点眼の影響米本由美子植木麻理小嶌祥太杉山哲也池田恒彦大阪医科大学眼科学教室PhenylephrineHydrochlorideAdditiontoTropicamide:EffectonIntraocularPressureinOpen-AngleStageNeovascularGlaucomaYumikoYonemoto,MariUeki,ShotaKojima,TetsuyaSugiyamaandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:トロピカミド・フェニレフリン塩酸塩(TP点眼)の開放隅角期血管新生緑内障(開放NVG)に対する眼圧への影響を検討する.対象および方法:開放NVG18例21眼,閉塞隅角期血管新生緑内障(閉塞NVG)5例6眼および原発開放隅角緑内障(POAG)11例18眼に対しTP点眼の点眼前,点眼90分後の眼圧を測定し,検討した.結果:点眼前の眼圧は,開放NVGで27.9±7.2mmHg,閉塞NVG37.8±6.8mmHg,POAG22.6±7.0mmHgであった.点眼後の眼圧は,開放NVGで23.4±7.0mmHgと有意に下降したが,閉塞NVG,POAGでは有意な変化はなかった.結論:開放NVGはTP点眼で有意に眼圧が下降するため,眼圧評価は散瞳前にすべきである.Purpose:Weevaluatedtheinfluenceofphenylephrine5%additiontotropicamide0.5%(TP)eye-dropstointraocularpressure(IOP)inopen-anglestageneovascularglaucoma(openNVG).SubjectsandMethods:Subjectscomprised21eyes(18patients)withopenNVG,6eyes(5patients)withangle-closurestageNVG(closeNVG)and18eyes(9patients)withprimaryopen-angleglaucoma(POAG).Inallcases,IOPwasmeasuredbeforeandat90minafterTP.Results:BeforeTP,IOPwas27.9±7.2mmHginopenNVG,37.8±6.8mmHgincloseNVGand22.6±7.0mmHginPOAG.AfterTP,IOPdecreasedsignificantlyinopenNVG(23.4±7.0mmHg,p<0.01),whereastherewasnosignificantIOPchangeincloseNVGandPOAG.Conclusion:TPeye-dropssignificantlydecreasedIOPinopenNVG.TheresultssuggestthatinopenNVG,IOPshouldbemeasuredbeforemydriaticinstillation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(2):267.269,2014〕Keywords:トロピカミド,フェニレフリン塩酸塩,血管新生緑内障,開放隅角期,眼圧.tropicamide,phenylephrine,neovascularglaucoma,open-anglestage,intraocularpressure.はじめにトロピカミド・フェニレフリン塩酸塩(tropicamidephenylephrinehydrochloride,TP点眼)はミドリンRPとして,副交感神経抑制作用(ムスカリン性アセチルコリン受容体阻害)をもつトロピカミドと交感神経作動薬(選択的a1刺激)であるフェニレフリン塩酸塩の混合液で最も一般的に使用される散瞳薬である.閉塞隅角緑内障において散瞳薬は眼圧上昇を惹起することもあり,注意して使用すべき点眼薬であるが,開放隅角緑内障の眼圧に対する影響に関して一定の見解はない1.6).また,血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)は眼虚血から続発する緑内障であり,散瞳下での眼底検査,治療が重要であるが,筆者らが知る限りNVGの眼圧に対する散瞳薬の影響を報告したものはない.今回,筆者らはTP点眼の開放隅角期血管新生緑内障(開放NVG),閉塞隅角期血管新生緑内障(閉塞NVG)および原発開放隅角緑内障(POAG)に対する眼圧変化につき比較検討したので報告する.〔別刷請求先〕植木麻理:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MariUeki,DepartmentofOphthalmologyOsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(107)267 表1各群における特徴および点眼前眼圧50NS開放NVG閉塞NVGPOAG**40(18例21眼)(5例6眼)(11例18眼)**眼圧(mmHg)男女比13:53:29:2+++30年齢(歳)61.9±7.266.8±9.359.7±19.2*緑内障治療薬スコア3.5±1.41.7±2.0*3.3±1.0TP点眼前眼圧(mmHg)27.9±7.2*37.8±6.8**22.6±7.020(平均値±標準偏差)*:p<0.05,**:p<0.01(Bonferroniの検定)I対象および方法対象は2009年1月.2011年12月までの間に大阪医科大学を受診した開放NVG18例21眼,閉塞NVG5例6眼およびPOAG11例18眼について,TP点眼90分後の眼圧変化を検討した.周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsyne-chia:PAS)が30%未満のものを開放NVG,70%以上のものを閉塞NVGとし,30.70%のものは除外した.開放NVGの原因疾患は増殖糖尿病網膜症16例19眼,網膜中心静脈閉塞症2例2眼,閉塞NVGの原因疾患は増殖糖尿病網膜症4例5眼,網膜中心静脈閉塞症1例1眼であった.なお,対象患者に対しては通常診察にて散瞳下眼底検査時に今研究の趣旨を口頭で説明し,承諾を得て行った.TP点眼はPOAGでは1回であったが開放NVG,閉塞NVGでは5分間隔で2回行った.開放NVGが男性13例,女性5例,閉塞NVGは男性3NS10TP点眼前TP点眼後●:開放NVG(18例21眼)×:閉塞NVG(5例6眼)○:POAG(8例16眼)**:p<0.001*:p<0.01(Bonferroniの検定)+++:p<0.01(Wilcoxonの符号付順位検定)図1TP点眼前後の眼圧変化TP点眼前,眼圧は閉塞NVGで最も高く,つぎに開放NVG,POAGが最も低く,各群間にBonferroniの検定で有意差があったが,点眼90分後,開放NVGで有意(p=0.004)に下降し,開放NVGとPOAG間の有意差はなくなった.また,閉塞NVG,POAGでは眼圧に点眼前後で有意な変化はなかった.開放NVG閉塞NVGPOAG505050404040303030眼圧(mmHg)202020例,女性2例,POAGは男性9例,女性2例,年齢は開放NVG61.9±7.2歳,閉塞NVG66.8±9.3歳,POAGは59.7±19.2歳であった.使用している緑内障治療薬を点眼1ポイント,内服2ポイントとすると,開放NVG3.5±1.4ポイント,閉塞NVG1.7±2.0ポイント,POAG3.3±1.0ポイントであった.閉塞NVGでは有意に少なく,開放NVGとPOAGでは有意差はなかった(表1).眼圧測定は当院外来診療時間中(9時.16時の間)に行い,Goldmann圧平式眼圧計を用いて行った.TP点眼前の眼圧は開放NVG13.44(27.9±7.2)(平均±SD)mmHg,閉塞NVGは28.49(37.8±6.8)mmHg,POAG16.40(22.6±7.0)mmHgであり,閉塞NVGが最も高値であり,ついで開放NVGが高値であった(p<0.01).II結果TP点眼後の眼圧は開放NVG14.32(23.5±7.4)mmHg,閉塞NVG28.45(40.5±6.7)mmHg,POAG13.40(21.5±7.1)mmHgとなった.点眼前後の眼圧を比較すると,開放NVGで有意(p=0.004)に下降していたが,閉塞NVG,268あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014101010000TPTPTPTPTPTP点眼前点眼後点眼前点眼後点眼前点眼後図2個々のTP点眼による眼圧変化開放NVGでは5mmHg以上の上昇が1眼,5mmHg以内の変動が7眼あったが,半数以上の13眼は5mmHg以上下降しており,最大で12mmHg下降したものもあった.閉塞NVGでは5mmHg以上上昇している症例が6眼中3眼あったが全体では点眼前後の眼圧に有意差はなく,POAGの眼圧変動は18眼すべて5mmHg以内であった.POAGでは有意な変化はなかった(図1).個々の眼圧変化は開放NVGで眼圧下降幅が.2.12mmHgであり,5mmHg以上の上昇が1眼,5mmHg以内の変動が7眼あったが,半数以上の13眼は5mmHg以上下降しており,最大で12mmHg下降したものもあった.閉塞NVGでは5mmHg以上上昇している症例が6眼中3眼あったが全体では点眼前後の眼圧に有意差はなく,POAGの眼圧変動は18眼すべて5mmHg以内であった(図2).(108) III考按TP点眼前の眼圧は開放NVG13.44(27.9±7.2)(平均±SD)mmHg,閉塞NVGは28.49(37.8±6.8)mmHg,POAG16.40(22.6±7.0)mmHgであり,閉塞NVGが最も高値であり,ついで開放NVGが高値であった.TP点眼後の眼圧は開放NVG14.32(23.5±7.4)mmHg,閉塞NVG28.45(40.5±6.7)mmHg,POAG13.40(21.5±7.1)mmHgとなった.点眼前後の眼圧を比較すると,開放NVGで有意(p=0.004)に下降していたが,閉塞NVG,POAGでは有意な変化はなかった.開放隅角緑内障眼において散瞳薬による眼圧変化は過去に多くの報告がある1.6).副交感神経抑制薬では眼圧上昇の報告が多く,正常眼で2%,開放隅角緑内障眼では23%に眼圧上昇があったとするもの1)や,開放隅角緑内障の8.7%で8mmHg以上の眼圧が上昇したとの報告2)もあり,この機序についてHarrisは毛様体筋の弛緩によりSchlemm管への牽引が減少し,Schlemm管が狭くなったためではないかとしている1).一方,交感神経作動薬での眼圧変化について一定の見解はない3.6).TP剤により眼圧が上昇したという報告ではPOAGや偽落屑症候群での散瞳による虹彩色素の遊出やfloaterの増加による線維柱帯の房水流出抵抗の増加が眼圧上昇の原因と推察しており,特に偽落屑症候群では落屑物質が線維柱帯の流出抵抗を上昇させることが多く,眼圧上昇をきたす症例が多いとしている4).1%エピネフリン,10%フェニレフリン塩酸塩にて眼圧上昇したという報告3),ネコ眼においてトロピカミドでは有意な眼圧上昇を認めたがフェニレフリン塩酸塩では変化なかったという報告がある5).今回の検討では開放隅角緑内障においては症例が少なかったためか有意な眼圧変化はなかった.フェニレフリン塩酸塩点眼による眼圧変化の報告としてTakayamaらがフェニレフリン塩酸塩点眼により家兎で30.90分,健康な若年ヒト眼で90.135分で有意に視神経乳頭の血流が低下し,ヒト眼では眼圧下降はなかったものの家兎において90分後に有意な眼圧下降を認めたとしたものがある6).このことによりフェニレフリン塩酸塩点眼後の眼圧評価を眼圧が最も下降する可能性のある90分後に行うこととした.この結果,開放NVGでは眼圧は有意に下降しており,閉塞隅角NVGやPOAGでは有意な眼圧変化はないという結果となった.前述のTakayamaらはフェニレフリン塩酸塩による眼圧下降の機序として眼内の血流低下による房水産生によるものと推察しているが6),症例が少ないが閉塞隅角NVGやPOAGが下降していなかったことより開放NVGでの眼圧下降の機序として房水産生の低下などは考えにくい.濱中らは,NVGでエピネフリンやジピベフリンが著効することがあるが瞳孔や隅角の血管が収縮すると述べており7),今回の開放NVGの眼圧下降機序は明確ではないが,隅角新生血管がTP剤のフェニレフリン塩酸塩にて一過性に収縮し,線維柱帯での房水流出抵抗が低下,そのため,眼圧が下降した可能性があると思われた.NVGでは眼底疾患を合併していることが多く,TP点眼による散瞳下での眼底検査が必要である.症例数が少ないために今後さらなる検討が必要であるが,開放隅角NVGでは散瞳後に眼圧測定をした場合,日常の眼圧を低く評価する可能性もあり,経過観察の眼圧測定は散瞳前に行うべきものと思われた.本稿の要は第23回日本緑内障学会(2012)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HarrisLS:Cycloplegic-inducedintraocularpressureelevationsastudyofnormalandopen-angleglaucomatouseyes.ArchOphthalmol79:242-246,19682)ValleO:Thecyclopentolateprovocativetestinsuspectedoruntreatedopen-angleglaucoma.I.Effectonintraocularpressure.ActaOphthalmol54:456-472,19763)LeePF:Theinfluenceofepinephrineandphenylephrineonintraocularpressure.ArchOphthalmol60:863-867,19584)市岡伊久子,市岡尚,市岡博:散瞳薬による開放隅角緑内障の眼圧上昇.臨眼54:1139-1143,20005)StadtbaumerK,FrommletF,NellB:Effectsofmydriaticsonintraocularpressureandpupilsizeinthenormalfelineeye.VetOphthalmol9:233-237,20066)TakayamaJ,MayamaC,MishimaAetal:Topicalphenylephrinedecreasesbloodvelocityintheopticnerveheadandincreasesresistiveindexintheretinalarteries.Eye(Lond)23:827-834,20097)濱中輝彦:【血管新生緑内障】血管新生緑内障の病態と病理.眼科手術15:439-446,2002***(109)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014269

増殖糖尿病網膜症硝子体手術既往眼の血管新生緑内障に対するチューブシャント術の成績

2013年10月31日 木曜日

《第18回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科30(10):1441.1444,2013c増殖糖尿病網膜症硝子体手術既往眼の血管新生緑内障に対するチューブシャント術の成績植木麻理小嶌祥太杉山哲也鈴木浩之佐藤孝樹石崎英介池田恒彦大阪医科大学眼科学教室AhmedTMGlaucomaValveImplantationforNeovascularGlaucomaafterVitrectomyforProliferativeDiabeticRetinopathyMariUeki,ShotaKojima,TetsuyaSugiyama,HiroyukiSuzuki,TakakiSato,EisukeIshizakiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:増殖糖尿病網膜症(PDR)硝子体手術(PPV)既往眼の血管新生緑内障(NVG)に対するAhmedTMglaucomavalve(PC-7)による経毛様体扁平部挿入型チューブシャント手術(シャント手術)の成績を報告する.対象および方法:大阪医科大学においてシャント手術を施行し6カ月以上経過観察できた6例6眼の視力・眼圧変化を検討する.結果:術前平均眼圧は37.0mmHgであったが,術後6カ月まで全例が21mmHg以下となり全期間において有意な眼圧下降が得られていた.2段階以上の視力低下があった2眼はシャント手術後に再増殖によりシリコーンオイル注入併用の硝子体手術が行われていた.結論:PC-7によるシャント手術はPDRに対するPPV後NVGの眼圧下降に少なくとも6カ月後までは有効である.Purpose:ToreportoutcomesofparsplanaAhmedTMvalve(PC-7)implantationforthemanagementofneo-vascularglaucoma(NVG)associatedwithproliferativediabeticretinopathy(PDR)aftervitrectomy.Methods:Theauthorsretrospectivelyreviewedtherecordsof6consecutiveNVGpatients(6eyes)withPDRaftervitrectomy,whounderwentPC-7implantationandwereobservedformorethan6months.Intraocularpressure(IOP)andvisualacuitywereevaluatedduringthefollow-upperiod.Results:MeanpreoperativeIOPwas37.0mmHgandIOPsigni.cantlyreducedtolessthan21mmHginallpatientsduringthepostoperative6months.Visualacuitydecreasedby2stepsin2caseswhounderwentvitrectomywithsiliconeoilinjectionduetore-proliferativemem-brane.Conclusions:PC-7implantationwase.ectiveforIOPreductioninpatientswithNVGassociatedwithPDRaftervitrectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(10):1441.1444,2013〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,硝子体術後,血管新生緑内障,経毛様体扁平部チューブシャント手術.prolifera-tivediabeticretinopathy,aftervitrectomy,neovascularglaucoma,parsplanaAhmedTMvalveimplantation.はじめに血管新生緑内障(NVG)は,増殖糖尿病網膜症(PDR)に対する硝子体手術(PPV)後,3.10%に発症するとされており1.3),他の緑内障病型と比較して難治性で線維柱帯切除術(LET)による眼圧コントロ.ルも他の病型より困難である.LETに代表される濾過手術は房水を非生理的流出経路で結膜下に導く術式であり,結膜瘢痕化が著しい症例では不成功となることも多く,PPV後眼はLET成功の危険因子である4,5).一方,チューブシャント手術は人工物の眼内挿入によって房水流出促進経路を確保し眼圧下降を図る手術で,結膜の瘢痕化が著しい症例においても濾過効果が期待される.わが国においてもBaerveldtRGlaucomaImplantによるチューブシャント手術が平成24年4月に認可された.筆者らは通常のLETが困難と思われる症例に対して,大阪医科大学倫理委員会の承認を得て,平成21年より〔別刷請求先〕植木麻理:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MariUeki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(97)1441AhmedTMglaucomavalveによるチューブシャント手術を行っており,無硝子体眼に対しては経毛様体扁平部挿入型AhmedTMglaucomavalve(PC-7)を挿入している.今回,PDRに対するPPV既往眼のNVGにおけるPC-7によるチューブシャント術の手術成績を報告する.I対象および方法平成22年1月から平成24年3月に大阪医科大学眼科においてPDRに対するPPV後のNVGに対し,経毛様体扁平部挿入型AhmedTMglaucomavalve(PC-7)によるチューブシャント術(以下,経毛様体チューブシャント術)を施行し,6カ月以上経過観察できた6例6眼を対象とした.男性4例4眼,女性2例2眼,年齢38.78(54.3±15.4)歳,経過観察期間7.33(23.0±9.1)カ月であった.術前,術後の視力,眼圧,抗緑内障薬スコアについてレトロスペクティブに検討した.統計学的検討にはWilcoxonの符号付順位検定を用いた.抗緑内障薬スコアは点眼1剤を1ポイント,内服は2ポイント,配合剤は2ポイントとした.PC-7による経毛様体チューブシャント術の基本術式は球後麻酔,fornixbaseにて結膜切開.6×6mm強膜半層弁作製.25ゲージ(G)のinfusion設置.直筋の間,輪部より8.10mmにてPC-7を赤道部強膜に縫着.毛様体クリップの位置を調整し,implanttubeを角膜輪部より2mm角膜側にて切短.輪部より3.5mmに23G針にて強膜穿刺し,implanttubeを挿入.強膜床に毛様体clipを10-0ナイロン糸にて固定.自己強膜弁にて毛様体クリップを覆い,10-0ナイロン糸にて6針縫合.結膜を8-0バイクリル糸にて端々縫合.PC-7はvalveを有するためチューブの結紮やripcord,ventingslitの作製などは行わなかった.本体挿入は症例1では耳下側,症例2.6では耳上側に行った.症例の背景については表1に示す.症例4,5は繰り返す硝子体出血を合併しており,経毛様体チューブシャント手術時にPPVにて硝子体出血の除去,強膜創新生血管を認めたため切除,焼灼を行った.症例3は有水晶体眼で白内障手術も同時に施行となった.症例1,4,5ではLETや濾過胞再建術が複数回施行されていた.II結果術前平均眼圧は37.0mmHgであったが,術1週間後は9.3mmHg,1カ月後16.3mmHg,3カ月後11.8mmHg,6カ月後14.0mmHg,および最終受診時までの全期間において有意な眼圧下降が得られていた(図1).個々の症例では6眼中2眼に一過性眼圧上昇を認めたが,2眼とも内服・点眼の追加,インプラント挿入と,対側を強膜をゆっくりと圧迫する濾過手術後の眼球マッサージと同様に眼球マッサージを行うことによりコントロール可能であり,マッサージの継続により術後6カ月では点眼のみで21mmHgとなった.他の4眼は投薬なしでのコントロールが可能であった(図2).視力については6眼中4眼で不変であったが症例4,5の2症例では2段階以上の低下があり,症例4では術後6カ月の時点で脳梗塞のため光覚なしとなっていた(図3).この2眼は経毛様体チューブシャント手術施行後に硝子体出血を繰り返し,術後2カ月でシリコーンオイル注入術が必要となった.その際,シリコーンオイルのチューブを介した脱出を危惧し,硝子体挿入していたチューブを前房内に再挿入したがその後も眼圧は安定していた.角膜内皮細胞密度は術前1,733.8±680.9/mm2が術6カ月後で1,678.4±742.4/mm2であり,減少率は5.1%.統計学的に有意な変化はなかった(図4).6例中5例が術前に炭酸脱水酵素阻害薬を内服しており,表1症例の背景初診時の眼底所見内眼手術既往年齢(歳)性別術前矯正視力術前眼圧(mmHg)PASindex(%)投薬スコア症例1PDR+NVGPPV+PEA+IOL+LETLET1回,濾過胞再建術2回77女性0.1281005症例2VH+DME+NVGPPV+PEA+IOL78男性0.0142705症例3EMTRD+VHPPV38女性0.229305症例4MTRD+VHPEA+IOL+PPVLET1回,濾過胞再建術41男性指数弁411005症例5MTRD+VH+NVGPEA+IOL+PPVPPV,LET2回43男性手動弁421005症例6EMTRDPEA+IOL+PPV49男性0.0123305投薬スコア:点眼1剤1点(合剤は2点),内服2点とした.PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障,VH:硝子体出血,EMTRD:黄斑外牽引網膜.離,MTRD:黄斑牽引網膜.離.PEA+IOL:水晶体再建術(眼内レンズ挿入を含む),LET:線維柱帯切除術,PPV:硝子体手術,DME:糖尿病黄斑浮腫,PEA:水晶体乳化吸引術,IOL:眼内レンズ.1442あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(98)1.00.1眼圧(mmHg)視力0.01術前術後術後術後術後null1週1カ月3カ月6カ月術前術後術後術後経過期間1カ月3カ月6カ月経過期間図1平均眼圧の推移n=6(平均±SD).*:p<0.05(Wilcoxonの符号付順位検定).図3視力変化指数弁手動弁光覚弁503,0002,5002,000角膜内皮細胞密度(cells/mm2)0術前術後眼圧(mmHg)4030201,5001,000500術前術後術後術後術後6カ月1週1カ月経過期間3カ月6カ月図4角膜内皮細胞密度の変化n=6(平均±SD).図2症例ごとの眼圧推移(Wilcoxonの符号付順位検定).投薬スコアは術前3.2±1.8であったが,術後6眼中4眼は点眼なしで21mmHg以下に眼圧コントロールが可能であり,術6カ月後では投薬スコアが0.8±1.3となった.III考按今回の術後2眼において術1カ月後に点眼,内服にてもコントロール困難な眼圧上昇があったが,眼球マッサージを行うことで一時的な眼圧下降が得られ,術3カ月後には2眼とも点眼のみで21mmHg以下の眼圧となっていた.チューブシャント手術ではhypertensivephaseというチューブシャント手術後数週間.数カ月の早期に起こってくる眼圧上昇が約半数に認められるといわれている.機序として本体周囲の組織が術後炎症,浮腫の軽減により密度が高くなることで房水の流出抵抗が高くなり眼圧が上昇するとされている7,8).術後1カ月くらいで発症してくることが多く,無治療時には30.50mmHgの高眼圧となる.どのタイプのインプラントでも報告があるが特にAhmedTMglaucomavalveで多いと(99)いわれており,発症率は56.82%とされている6.9).炎症やうっ血の軽減で下降することがあるが,hypertensivephase自体が手術不成功のリスクファクターでもある.この時期には積極的に眼球マッサージを行うことで術後の点眼を減らすことができるとの報告もある9)が,今回の2症例では術後1カ月時では点眼,内服にても眼圧コントロール不良であった.しかし,眼球マッサージを行うことで3カ月後には内服を中止しても眼圧がコントロール可能となっており,hyper-tensivephaseでの眼球マッサージが眼圧維持に有効であることを示唆するものであった.チューブシャント手術はLETとの多施設比較試験において眼圧下降率では差がないものの合併症が少なく,点眼や内服を併用した症例も含めれば成功率が高いと報告された10).前房内に挿入するインプラントでは浅前房,角膜内皮損傷,虹彩癒着などの合併症があるが,今回,使用した経毛様体扁平部挿入型インプラントはこれらの合併症を避けるように開発されたものである.NVGは緑内障のなかでも眼圧コントあたらしい眼科Vol.30,No.10,20131443ロールが困難な病型とされており,従来のLETの眼圧コントロール率はおおよそ60%程度とされている4,5).それに比較して経毛様体チューブシャント手術のNVGに対する手術成績は1年後の眼圧コントロール率は90%近い良好な成績が報告されている11.13).今回の症例でも6カ月間という短期間ではあるが全例において眼圧が21mmHg以下にコントロールされており,角膜内皮細胞数の減少率は5.1%.統計学的に有意な変化はなく,チューブによる重篤な合併症は認めなかった.毛様体チューブシャント手術の長期報告は現時点ではまだ少なく,今後もさらに長期にわたる経過観察が必要と思われるが,PDRに対するPPV後のNVGに対し有用な術式になりうると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HelbigH,KellnerU,BornfeldNetal:Rubeosisiridisaftervitrectomyfordiabeticretinopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol236:730-733,19982)植木麻理:続発緑内障に対する手術治療─血管新生緑内障を中心に─.眼紀54:849-853,20033)光藤春佳,杉本琢二,辻川明孝ほか:虹彩隅角新生血管を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体術後の長期経過.眼紀50:637-640,19994)KiuchiY,SugimotoR,NakaeKetal:TrabeculectomywithmitomycinCfortreatmentofneovascularglaucomaindiabeticpatients.Ophthalmologica220:383-388,20065)TakiharaY,InataniM,FukushimaMetal:Trabeculecto-mywithmitomycinCforneovascularglaucoma:prog-nosticfactorsforsurgicalfailure.AmJOphthalmol147:912-918,20096)AyyalaRS,ZurakowskiD,SmithJAetal:AclinicalstudyoftheAhmedglaucomavalveimplantinadvancedglaucoma.Ophthalmology105:1968-1976,19987)AyyalaRS,ZurakowskiD,MonshizadehRetal:Compar-isonofdouble-plateMoltenoandAhmedglaucomavalveinpatientswithadvanceduncontrolledglaucoma.Oph-thalmicSurgLasers33:94-101,20028)Nouri-MahdaviK,CaprioliJ:Evaluationofthehyperten-sivephaseafterinsertionoftheAhmedGlaucomaValve.AmJOphthalmol136:1001-1008,20039)McllraithI,BuysY,CampbellRJetal:OcularmassageforintraocularpressurecontrolafterAhmedvalveinser-tion.CanJOphthalmol43:48-52,200810)GeddeSJ,Schi.manJC,FeuerWJetal:TubeVersusTrabeculectomyStudyGroup:Three-yearfollow-upofthetubeversustrabeculectomystudy.AmJOphthalmol148:670-684,200911)FaghihiH,HajizadahF,MohammadiSFetal:ParsplanaAhmedvalveimplantandvitrectomyinthemanagementofneovascularglaucoma.OphthalmicSurgLasersImaging38:292-300,200712)足立初冬,高橋宏和,庄司拓平ほか:経毛様体扁平部挿入型インプラントで治療した難治緑内障.日眼会誌112:511-518,200813)ParkUC,ParkKH,KimDMetal:Ahmedglaucomavalveimplantationforneovascularglaucomaaftervitrec-tomyforproliferativediabeticretinopathy.JGlaucoma20:433-438,2011***1444あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(100)

33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例

2013年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科30(7):1034.1038,2013c33歳未満で硝子体手術を要した若年糖尿病網膜症症例森秀夫大阪市立総合医療センター眼科ProliferativeDiabeticRetinopathyinPatientsVitrectomizedunder33YearsofAgeHideoMoriDepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital目的:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績の報告.方法:2002年から10年間の硝子体手術症例を後ろ向きに検討した.年齢は22.33歳(平均29.4歳),糖尿病の発症は4.16歳(不明3例)で,1型5例8眼,2型8例14眼,発症から手術まで14.24年であった.ほとんどの症例で術前数年間にヘモグロビン(Hb)A1Cが10%以上の時期があり,高血圧,腎症,貧血の合併を多く認め,さらに網膜症発症前からうつ病などの精神疾患合併も多かった.結果:術前視力は光覚弁.0.7(平均0.13)であり,術後は失明.1.2(平均0.64)で,2段階以上の視力改善80%,悪化15%であった.牽引性網膜.離を57%に認めた.水晶体は71%で温存した.視力不良は非復位の網膜.離2眼,血管新生緑内障1眼,黄斑萎縮1眼であった.結論:症例の大半は血糖コントロール不良例であり,合併症として高血圧,腎症,貧血などの全身疾患に加えてうつ病など精神疾患も多かった.視力予後は黄斑.離のない症例ではおおむね良好であった.Purpose:Toreporttheresultsofvitrectomyforproliferativediabeticretinopathyinyoungadults.Methods:Casesvitrectomizedbetween2002and2011werereviewedretrospectively.Patientagerangedfrom22to33years(mean29.4years).Ageatdiabetesmellitus(DM)onsetrangedbetween4and16years(threecaseswereundetermined).Type1DMwasfoundin8eyesof5patients,type2DMin14eyesof8patients.PeriodfromDMonsettovitrectomyrangedbetween14and24years.Inmostcases,hemoglobinA1Cvaluewasover10%duringseveralyearsbeforetheoperation.Commoncomplicationswerehypertension,nephropathyandanemia.Psychologicaldiseasessuchasdepressionwerefoundinmanycasesbeforeretinopathyonset.Results:Preoperativevisionrangedbetweenlightperceptionand0.7(mean:0.13).Postoperativevisionrangedbetweennolightperceptionand1.2(mean:0.64).Postoperativevisionimprovedbyovertwolevelsin80%anddeterioratedin15%.Tractionretinaldetachmentwasfoundin57%.Thelenseswereretainedin71%.Thecausesofpoorvisionwerereattachmentfailureinseveretractionretinaldetachment(2eyes),neovascularglaucoma(1eye)andmacularatrophy(1eye).Conclusion:DMcontrolwaspoorinmostofthecases.Notonlysystematiccomplications,suchashypertensionnephropathyandanemia,butalsopsychologicaldiseases,suchasdepression,werecommon.Thevisualprognosiswasgenerallygoodincaseswithoutmaculardetachment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(7):1034.1038,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,硝子体手術,若年者,血管新生緑内障,精神疾患.diabeticretinopathy,vitrectomy,youngpatient,neovascularglaucoma,psychologicdisease.はじめに近年,糖尿病(DM)発症の低年齢化が問題となっており,若年者の糖尿病網膜症(DMR)の増加も危惧される.増殖糖尿病網膜症(PDR)での網膜新生血管は,未.離の後部硝子体を経由して硝子体側に成長し,線維血管性の増殖膜を形成することで網膜硝子体間に器質的な癒着を生じる.若年者では老年者と比較して,増殖膜は血管が豊富で活動性が高く,また経年変化で起こる後部硝子体.離が進行していないため,PDRを発症すると網膜硝子体間の癒着が広範囲かつ強固となりやすく,増殖膜自体の収縮と硝子体の変性収縮によって接線方向と前後方向の両方向の牽引を生じることが多い1,2).既報の多くは「若年者」を硝子体手術時40歳までの〔別刷請求先〕森秀夫:〒534-0021大阪市都島区都島本通り2-13-22大阪市立総合医療センター眼科Reprintrequests:HideoMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospital,2-13-22Miyakojima-Hondori,Miyakojima-ku,OsakaCity534-0021,JAPAN103410341034あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(152)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 症例としている2.7)が,今回の対象の手術時最高年齢は33歳であり,DM発症年齢が明らかな症例は,すべて小児.思春期のDM発症例であった.I対象および方法対象は2002年10月から2011年5月に大阪市立総合医療センター眼科にて同一術者が硝子体手術を施行した男性3例4眼,女性10例18眼,計13例22眼であった.それらについてDMが1型か2型か,DM発症年齢,DMコントロール状態,全身合併症,術中所見,術前後の視力などを後ろ向きに検討した.II結果(表1)手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,術後観察期間は10カ月.9年(平均5.6年)であった.糖尿病の病型は抗グルタミン酸脱炭酸酵素抗体(抗GAD抗体),抗IA-2抗体(antiinsulinoma-associatedprotein-2antibody),膵島細胞自己抗体(ICA)の値を基に判定した.1型DMは5例8眼(すべて女性),2型は8例14眼(女性5例10眼,男性3例4眼)で,2型の1例2眼は精神発達遅滞であった.DM発症年齢は1型で4.14歳,2型は8.16歳であり,2型の3例5眼は発症年齢不明であった.DM発症から手術までは,1型で14.24年(平均18.4年),発症年齢不明を除く2型で14.24年(平均16.8年)であった.今回の症例を思春期以前に発症した群(以前群)と,それ以降に発症した群(以降群)とで検討するため,発症年齢14歳未満群5例(以前群.1型4例,2型1例)と14歳以上群5例(以降群.1型1例,2型4例)とに分けると,手術時年齢(平均±標準偏差)は以前群27.6±4.04歳,以降群29.2±1.79歳で有意差はなかったが,手術までのDM罹病期間は以前群20.4±3.78年に対し以降群14.4±0.89年で,有意に以降群が短かった(Student’sttest,p<0.01).表1全症例一覧症例手術年齢(歳)性別1型/2型DM発症年齢(歳)DM罹病期間(年)手術時HbA1C(%)全身合併症左右眼術中所見術前ルベオーシス術後NVG術前視力術後最終視力硝子体出血増殖膜牽引性.離128女性114147.6高血圧,腎不全,うつ病右+++黄斑外.離──0.20.7左++++黄斑外.離──手動弁0.02232男性216165高血圧,腎症,統合失調症右++++──+0.01光覚なし329女性14257.5高血圧,腎不全左++++───0.040.7433男性2不明不明9.4高血圧右++++黄斑外.離──0.011.2526女性181814.7高血圧,腎不全,うつ病左++++───0.21.2633女性28246.9高血圧,腎症,統合失調症右++++黄斑.離──手動弁光覚なし左++++黄斑.離──0.010.2728女性214145.3精神発達遅滞,高血圧右+++───不明不明左+++───不明不明832女性2不明不明7高血圧右++++───手動弁0.2左++++───手動弁0.5930女性2141612.7高血圧右++++黄斑外.離──0.021左++黄斑外.離──0.511022女性14187.8高血圧,腎症,うつ病,神経性食思不振症,大食症右++++黄斑.離NVG+光覚光覚なし左++++黄斑.離──0.10.21128女性214147.1高血圧,うつ病右++++黄斑外.離──0.20.6左++++黄斑外.離──0.311228女性111179.7高血圧右++++黄斑外.離──0.21左++++黄斑外.離──0.021.21333男性2不明不明11高血圧,脂肪肝右++───0.71左+++───0.11〔硝子体出血〕+:乳頭透見可,++:乳頭透見不可.〔増殖膜〕+:限局性で処理には針先・鉗子使用,++:広範囲で処理には硝子体剪刀使用.NVG:血管新生緑内障.─:なし.(153)あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131035 5%台10%以上6%台9%台7%台図1初回手術時のHbA1C値(%)硝子体手術前には網膜光凝固なしの症例が4例6眼,ある程度以上光凝固がなされたが病勢の止まらなかった症例が9例16眼あった.光凝固開始時の状態が増殖型7眼,前増殖型9眼であった.増殖型全眼と前増殖型の6眼(75%)は,光凝固開始後1年以内に硝子体手術が必要となった.全身状態に関して,手術時のヘモグロビン(Hb)A1C値は5.3.14.7%とばらついた(図1)が,10%未満の10例中9例は術前2カ月.1年2カ月の期間に10.0.15.0%と,10%以上の時期があった.また,全13例中,術前3年以内に15.0%以上の高値(最高17.6%)に達したものが3例あった.合併症として,手術時からすでに腎症(蛋白尿持続)ありは,1型で4例(80%),2型で4例(50%)であった.腎症は術後発生を含めると,1型は全例ありで,3例は腎不全(透析2例)であった.2型でも8例中7例に認め,2例は腎不全であった.そのほかに高血圧を全例で認め,貧血を6例(46%)に,高脂血症・高コレステロール血症・末梢神経障害を各4例(30%)に,心不全を2例(15%)に認めた.さらには網膜症発症前からうつ病などの精神疾患がみられ,1型は3例(60%)が,2型も精神発達遅滞の1例を除く7例中3例(43%)が合併していた.硝子体手術は20ゲージシステムで行い,硝子体・線維血管性増殖膜切除,網膜復位,眼内レーザー(ときに網膜冷凍凝固)を施行後,必要に応じsulfurhexafluorideガスまたはシリコーンオイル(オイル)を使用した.抗血管内皮増殖因子は使用していない.15眼(71%)は白内障がなく水晶体を温存したが,4眼は後日白内障手術を要した(2眼は白内障手術を単独で,2眼はオイル抜去時に施行).6眼は白内障と硝子体の同時手術を行った.そのほかの1眼はすでに白内障手術後であった.術中所見として,後部硝子体は未.離で増殖膜は広範かつ網膜との癒着が強く,牽引性網膜.離を12眼(57%)に認めた.光凝固は眼内内視鏡を用いて網膜最周辺部まで施行した.オイルは4眼で使用し1眼では抜去していない.硝子体手術回数は,1回のみが16眼(72%)で,1眼は網膜復位が得られず失明した.2回手術は4眼(18%),3回,4回手術が各1眼(5%)であった.2回手術の2眼はオイル1036あたらしい眼科Vol.30,No.7,20131.210.80.60.40.20図2術前術後の視力抜去術,1眼は硝子体出血の再発,残りの1眼と3回手術の1眼は同一症例の左右眼で,代表症例として後に提示した.4回手術眼は重症の牽引性網膜.離で,僚眼はすでに失明しており,オイルタンポナーデ2回(輪状締結術併施)後,3回目の手術で抜去したが,その後また.離が再発し,3度目のオイルタンポナーデを行い,現在まで抜去できずにいる.視力測定は20眼で可能であったが,平均小数視力は術前0.13(光覚弁.0.7),術後は0.64で,1.0以上が9眼(45%),0.5.0.9が4眼(20%),0.2.0.4が3眼(15%),0.02が1眼(5%),失明3眼(15%)であった(図2).術前と比較して2段階以上の視力改善を「改善」,2段階以上の悪化および手動弁からの光覚喪失を「悪化」,その他を「不変」とすると,改善16眼(80%),不変1眼(5%),悪化3眼(15%)であった(図2).失明眼の術前視力は光覚.0.01で,術前視力0.1以上の症例での悪化はなかった.1例2眼は精神発達遅滞のため視力測定ができず除外したが,行動面から術後はよく見えていると思われた.血管新生緑内障(NVG)は,術前からありが1眼(代表症例として後に提示)で,これ以外に術前に虹彩・隅角にルベオーシスを認めた症例はなかった.術後に発症したNVGは1眼(結果的に失明)で,発症率は21眼中1眼(5%)であった.NVG以外の0.1未満の視力不良は,網膜が復位せず失明した2眼と,黄斑萎縮で0.02の視力に終わった1眼であった.〔代表症例(症例10)〕患者:22歳,女性.4歳発症の1型DM.高校時代「太りたくない」とインスリンを中断.うつ病・自殺願望もあり,自傷行為を繰り返す.眼科受診歴について,2003年8月(20歳)に当科にて眼底検査をしたが異常はなく,問診上では2004年10月,某病院眼科を受診したが異常を指摘されなかったという.同年11月HbA1C11.6%にて内科入院し眼科も併診.腎症,高血圧,高脂・高コレステロール血症も合併(154)術後視00.20.40.60.811.2術前視力 図3代表症例の右眼眼底写真乳頭周囲に著明な新生血管を認める.していた.血糖コントロールはきわめて不良であり,入院時の1日の血糖値(mg/dl)は500超から300弱の間を変動していたが,3週間の入院中にインスリンを調整して高値は300程度に抑えられたが,ときどき低血糖発作を起こしていた.初診時視力は右眼0.9,左眼0.8で,網膜出血には乏しいが網膜内細小血管異常を認め,蛍光眼底撮影(FAG)にて両眼に広い無血管野と乳頭上新生血管を認めたため,汎網膜光凝固を開始した.血管アーケード外の光凝固終了後も新生血管は増悪し続け(図3),FAGにて黄斑近傍までの無血管野を認めた(図4).硝子体手術の必要性を説明したが,「大学の夏休みまでは手術は受けない」とのことであった.2005年3月右眼隅角新生血管と周辺虹彩前癒着が発生し,周辺網膜に冷凍凝固術を施行した.4月右眼眼圧は29mmHgに上昇し降圧点眼を開始した.5月右眼の視力低下(0.04)と眼痛を訴え来院,NVGにて眼圧は58mmHgに上昇していたため,同日トラベクレクトミーを施行した.術後眼圧は正常化したが硝子体出血を生じて眼底透見不能となった.6月の超音波検査では網膜.離は認めず,8月に硝子体手術を施行すると,網膜は全.離で復位せず,再手術にても失明に至った.一方,左眼は7月に硝子体出血を生じて眼底の詳細不明となっており,右眼の重篤な経過を受け,急遽硝子体手術を施行した.術中黄斑中心窩に迫る牽引性.離を認めたが,復位を得てオイルタンポナーデを施行した.9月に下方周辺部に.離が再発し,再手術で復位させ再びオイルを注入した.12月にオイルを抜去し,翌年8月白内障手術を施行し,最終的に0.2.0.3の視力を残せた.III考按若年PDRに対する硝子体手術成績は,視力改善50.83%,悪化13.28%と報告され2.8),今回の改善82%,悪化(155)図4代表症例の右眼蛍光眼底写真黄斑部に及ぶ著明な無血管野を認める.14%はこれらと比べ遜色ない結果であった.また,45%の症例で1.0以上,65%の症例で0.5以上の視力を得た.術後合併症としてNVGは重要であり,発症頻度は10.23%2.4,7)とされている.NVG発症と硝子体手術時の水晶体同時切除との関連について,同時切除すると血管新生因子の前眼部への移行が容易となってNVG発症リスクが高まり4),一方,水晶体を温存すると網膜最周辺部への光凝固が困難となるリスクも指摘されている7).今回は眼内内視鏡を使用することで,白内障がない限り水晶体を温存し,かつ網膜最周辺部までの光凝固が可能であったことが,NVG発症の低さ(22眼中1眼5%)に寄与した可能性がある.手術時のHbA1C値は5.3.14.7%であったが,ほとんどの症例で数年以内のHbA1C値は10%以上であり,DMRの管理上血糖コントロールの重要性が再認識された.高血糖以外に高血圧,腎症,貧血,高コレステロール血症,高脂血症などが多くみられた.腎症・腎性貧血はPDRの術後視力不良のリスクとされ8),高血圧と腎症の合併はNVG発症のリスクであり2),加えて高コレステロール血症,高脂血症は血管障害のリスクとなる.若年者のDMRがその発症段階から,高血糖のみならずこれら複数の不良な全身因子の影響を受けている可能性がある.手術時年齢は22.33歳(平均29.4歳)で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかった.1型DMは新生児期から発症が始まり,10.11歳でピークとなる.合併症は15歳ころまでは網膜症・腎症ともに非常に少なく,思春期から増加することが知られている9).思春期には生理的に性ホルモン・成長ホルモンが増加してインスリン抵抗性が増大し,インスリン需要が増加する.加えて,思春期では精神的不安定性から治療の中断や食餌療法のあたらしい眼科Vol.30,No.7,20131037 乱れが生じやすく,女性では肥満を嫌うことから過度な食事制限を実行することもある.これらの要因から,思春期以前に発症した1型症例では思春期以降に血糖コントロール不良となる危険がある9).2型DMは生理的にインスリン需要が増大する思春期から発症が始まるが,生活状況・肥満との関連が強く,自覚症状にも乏しく,思春期特有の精神的不安定性ともあいまって,思春期発症の2型DM患者は血糖コントロール不良となりやすい9).今回の症例で,思春期以降に発症した群も,以前に発症した群も手術時年齢に差はなかったことは,血糖コントロール不良の期間がおもに思春期以降に限られたことを示唆している.DM患者とうつ症状の関連では,成人DM患者を対象としたアンケート調査10)によると,視覚障害のない場合はうつ病疑い者は0.9%であり,軽度のうつ状態を含めても20%であるのに対し,視覚障害者の場合はうつ病疑い者は40%,軽度のうつ状態を含めると67%に及び,うつ症状と視覚障害との関連が大きいが,今回の若年者では,DMR発症以前からうつ病など精神疾患を合併する症例が多く認められた.これは,小児.思春期でのインスリン注射,カロリー制限などの必要性や,他の健康な子供との格差の自覚などが精神発達に悪影響を及ぼした可能性がある.精神疾患を合併してDMコントロール意欲が低下し,食餌療法やインスリンなどの中断に至れば,DMRの発症・進行に悪影響を及ぼす可能性も大きいため,小児科・内科・精神科と眼科の連携が重要と思われる.提示した代表症例(症例10)に関連して,DMR単純型の初期症例や,DMRを認めない症例が血糖コントロール(おもにインスリン)開始後短期間に増悪し,汎網膜光凝固を施行してもなお増殖型に進展する例が報告されており,比較的若年かつ罹病期間が長く,未治療期間が長い例に多いといわれる.また,危険因子の一つに治療開始後の低血糖発作もあげられている10,12).代表症例は4歳で発症した1型DMであり,長期間インスリン治療がなされてはいたが,インスリンを自己中断した期間が思春期の数年間あり,インスリンを再開した後も血糖コントロールはきわめて不良であった.3週間の入院によりインスリン治療法を改善することで最高血糖値を300mg/dl程度に下げたが,低血糖発作も伴っていた.この入院中の眼科受診によって網膜内細小血管異常,広範な無血管野,新生血管の発生が認められ,その直後から汎網膜光凝固を施行したが網膜症の進行は抑えられず,片眼は5カ月後にNVGを発症し,その後網膜全.離となって硝子体手術を施行したが失明に至り,僚眼は硝子体手術で0.2.0.3の視力が保持された.この増悪の1年前は当科診療録により網膜症は認めず,増悪1カ月前の某施設での眼底検査でも異1038あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013常は指摘されなかったとの問診結果であったので,長くても1年以内に網膜症のない状態から増殖型に進行したことがわかる.血糖コントロール開始後短期間に増悪する原因としては,①血小板凝集能の亢進,②赤血球の酸素解離能の低下による低酸素状態の発生,③網膜循環血量の低下などが考えられている12).このように急速な増悪所見をいち早く見出すためには最低2週ごとの眼底検査とFAG撮影が必要という意見もある11).今回の調査では,DM発症年齢が明らかな場合は,発症から硝子体手術まで14年以上を要していたので,DM発症後10年超の若年患者や長期にわたる血糖コントロール不良の若年患者は,急速に網膜症が悪化することがあるので慎重な管理が必要と思われた.本稿の要旨は第17回日本糖尿病眼学会(2011年)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岡野正:増殖糖尿病網膜症に対する後部硝子体.離と牽引の影響.眼紀38:143-152,19872)臼井亜由美,清川正敏,木村至ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術治療と術後合併症.日眼会誌115:516-522,20113)大木聡,三田村佳典,林昌宣明ほか:若年者の増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術.あたらしい眼科13:401403,20014)野堀秀穂,高橋佳二,松島博之ほか:若年者糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績.眼臨99:638-641,20055)伊藤忠,桜庭知己,原信哉ほか:若年発症の増殖糖尿病網膜症の手術成績.眼紀55:732-735,20046)山口真一郎,松本行弘,瀬川敦ほか:若年者増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績10年前との比較.眼臨100:93-96,20067)三上尚子,鈴木幸彦,吉岡由貴ほか:若年者糖尿病網膜症に対する白内障硝子体同時手術の成績.眼紀52:14-18,20018)笹野久美子,安藤文隆,鳥居良彦ほか:増殖糖尿病網膜症硝子体手術の視力予後不良への全身的因子の関与について.眼紀47:306-312,19969)川村智行:小児・思春期糖尿病の病態.糖尿病学─基礎と臨床(門脇孝,石橋俊,佐倉宏ほか編),p647-650,西村書店,200710)山田幸男,平沢由平,高澤哲也ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第9報:視覚障害者にみられる睡眠障害とうつ病の頻度,特徴.眼紀55:192-196,200411)関怜子,安藤伸朗,小林司:急性発症,進行型糖尿病性網膜症の病像について.臨眼38:253-259,198412)田邉益美,松田雅之,鈴木克彦ほか:急速に増殖網膜症に至った若年糖尿病の2例.公立八鹿病院誌11:17-22,2002(156)

血圧と眼圧との間に相関がみられた血管新生緑内障の1例

2012年6月30日 土曜日

《第22回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科29(6):844.847,2012c血圧と眼圧との間に相関がみられた血管新生緑内障の1例奥野高司*1,2菅澤淳*1,2奥英弘*2杉山哲也*2小嶌祥太*2池田恒彦*2*1香里ヶ丘有恵会病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofNeovascularGlaucomainWhichIntraocularPressureCorrelatedwithBloodPressureTakashiOkuno1,2),JunSugasawa1,2),HidehiroOku2),TetsuyaSugiyama2),ShotaKojima2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,Korigaoka-YukeikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:血圧と眼圧との間に相関がみられた血管新生緑内障について報告する.症例:心臓弁膜症に伴う心不全のある透析中の69歳の女性が右眼に眼虚血症候群に伴うと考えられる血管新生緑内障(NVG)を発症した.その後,心臓弁膜症が悪化し内科に入院となり,数日ごとに血圧が大きく変動した.左眼の眼圧には変動が少ないにもかかわらず,右眼の眼圧は血圧の変動に伴い変動した.血圧と右眼眼圧との間には有意な正の相関がみられたが,左眼には有意な相関がなかった.重症の心不全のため積極的な治療を行うことができず,NVG発症の2カ月後には右眼の視力は0.01から30cm手動弁となり,右眼の残存していた部位の視野も消失した.その後,右眼の視力と視野は回復しなかった.結論:NVGの症例のなかには血圧の大きな変動に伴って眼圧が変動し,眼圧と血圧の間に関連がみられる例がある.このためNVGの症例のなかには血圧の管理も重要な場合があり,内科など他科との連携が重要であると思われた.Purpose:Toreportacaseofneovascularglaucoma(NVG)inwhichintraocularpressure(IOP)variedwithfluctuationofbloodpressure(BP).Case:A69-year-oldfemaleundergoinghemodialysisdevelopedretinalarteryocclusion,probablywithocularischemicsyndrome,followedbyNVGinherrighteye(OD).Hercondition,valvulardisorderoftheheart,causedlargefluctuationsinBP,whichcorrelatedwellwithIOPchangesinOD,infactbeingstatisticallysignificant,whereasIOPinherlefteyewasnotcorrelatedwithBP.Becausehersevereheartfailurepreventedactivetreatment,visualacuityinODdecreasedfrom0.01to30-cmhandmotion,thevisualfieldinODdisappearingat2monthsafterNVGoccurrence.VisualacuityandvisualfieldinODhavesubsequentlynotrecovered.Conclusion:IOPchangesinaccordancewithBPfluctuationinsomecasesofNVG.Therefore,themanagementofBPisalsoimportantinsomecasesofNVG,andcooperationwithanotherbranch,suchasinternalmedicine,isrecommended.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):844.847,2012〕Keywords:血圧,眼圧,血管新生緑内障,血圧と眼圧の相関,心臓弁膜症.bloodpressure,intraocularpressure,neovascularglaucoma,correlationbetweenbloodpressureandintraocularpressure,valvulardisorderofheart.はじめに房水はその8割から9割が毛様体上皮を介して能動的に産生されるため1,2),血圧が変化しても房水産生には直接影響せず,血圧と眼圧は直接関係していないといわれている.実際に血圧を変化させた場合に眼圧を測定した報告として,たとえば運動で血圧が上昇しても眼圧は逆に下がることが筆者らの研究を含め多く報告されている3,4).さらに動物でも低血圧としても眼圧が低下しないとする報告5)もあり,一般に血圧の変動により眼圧が大きく変動することはないと考えられる.一方,慢性の高血圧などが眼圧に影響するとする報告6.8)はあるが,多数の症例の傾向を比較する大規模な地域住民を対象とした研究であり,個々の症例で血圧の変動と眼圧の変動が相関していたわけではない.ところが,今回,心臓弁膜症のため大幅な低血圧となる血管新生緑内障(NVG)患者の眼圧と血圧とを比較したところ有意な正の相関がみられた.筆者らの調べた限り同様の症例の報告がなく,今回の〔別刷請求先〕奥野高司:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:TakashiOkuno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN844844844あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(122)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY ように非常に大きな血圧変動に伴い眼圧が大きく変動する症14140例は比較的まれと考えられるが,興味深い症例であるので報120告する.なお,この患者のNVGは眼虚血症候群を主因とし10080収縮期血圧拡張期血圧右眼眼圧左眼眼圧キサラタンR,エイゾプトR右眼に点眼継続血圧(mmHg)眼圧(mmHg)て比較的広範囲な網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)を発症の1.2カ月後に発症したと考えられるが,NVGが発症する経過の詳細については既報にて報告している9).6040I症例200患者:69歳,女性.主訴:右眼の視力低下.6/126/176/206/277/47/117/258/219/810/2811/1812/212/912/254/74/215/7現病歴:以前より中等度白内障や20mmHg台前半の高眼圧症などにて香里ヶ丘有恵会病院(当院)眼科で経過観察中であったが,平成20年4月上旬に右眼の広範囲なBRAOを発症し,視力が0.5から0.01に低下した.フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)の腕網膜時間が32秒と延長しており,内頸動脈狭窄などの合併も考えられるうえに,全身状態も不良で,本人も積極的治療を希望しなかったため経過観察していたところ,右眼の眼圧上昇をきたし虹彩と隅角に血管新生H20仰臥位で測定H21図1血圧と眼圧の経時変化心臓弁膜症のため,血圧はしばしば低血圧となった.低血圧時に眼圧も低下し,血圧の回復時の眼圧は上昇していた.基本的にアプラネーション眼圧計にて眼圧を測定した.体調不良で仰臥位にて測定した期間はトノペンRを使用した.a50回帰分析:|r|=0.599,p=0.0142眼圧(mmHg)40302010を生じたためNVGと診断した.眼痛が少なく,全身状態が不良で,本人も積極的な治療を希望しなかったため,レーザー網膜光凝固は行わずにラタノプロスト(キサラタンR)とブリンゾラミド(エイゾプトR)の点眼による加療のみで経過観察した.既往歴:慢性腎不全のため数年前より当院で透析中であった.僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全のため0020406080100120数年前より当院に通院中であったが,全身状態が不良のため血圧(mmHg)弁膜症手術は適応なしと判断されていた.心不全は当院内科b50で平成20年6月3日から入院して保存的に加療中であった.回帰分析:|r|=0.397,p=0.12840302010眼圧(mmHg)経過:右眼視力は眼圧上昇後もしばらくの間変化せず(0.01)を保持していたが,8月21日には右眼の残存視野が消失し,右眼視力も30cm手動弁となり,その後,右眼の視力と視野は回復しなかった.右眼の視神経乳頭の陥凹はしだいに拡大し,網膜血管は狭細化した.一方,左眼の視力や眼所見に変化はなかった.僧帽弁狭窄症と大動脈弁狭窄症を伴う慢性心不全は増悪と寛解を繰り返しながらしだいに悪化0020406080100120し,平成21年6月17日に死亡した.眼圧と血圧の関係:体調が比較的良好な時期に診察を行って眼圧を測定した.透析後は体調が不安定となるため眼圧測定を行うことはできなかった.左眼の眼圧はほとんど変動しなかったが,右眼の眼圧は大幅に変動した(図1).一方,血圧も心不全が悪化したため入院中の血圧は数日単位で大幅に変動し,しばしば低血圧となった.血圧は1日に数回測定しているが,図1に眼圧測定時に最も近い時間帯に測定した血圧を示す.眼圧測定は比較的体調が落ち着いている日に行っているため,眼圧測定日の血圧値には測定時間による差が少なかったが,それぞれの眼圧測定日の間では血圧は大きく変(123)血圧(mmHg)図2平均血圧と眼圧の散布図.a:右眼〔血管新生緑内障(NVG)眼〕,b:左眼(僚眼).NVG眼では,平均血圧と眼圧との間に有意な正の相関がみられた.単回帰分析,Pearsonの相関係数|r|=0.599,p=0.0142.一方,僚眼では血圧が変化しても眼圧の変化は小さく,有意な相関がみられなかった.動していた.さらに血圧が低下すると右眼の眼圧も低下していたため,眼圧と血圧との間の散布図を作成したところ,左眼には相関がなかったが,血圧と右眼の眼圧との間に統計学的に有意な正の相関がみられた(図2-a).さらに,仰臥位であたらしい眼科Vol.29,No.6,2012845 の排出障害が主因であると考えられており11),NVG眼ではa50眼圧変動に伴う房水排出のコントロールは不良と考えられ眼圧(mmHg)回帰分析:|r|=0.605,p=0.0129403020100020406080100120血圧(mmHg)る.また,急性閉塞隅角緑内障のため高眼圧となると血液房水柵が障害されるとする報告があり12),今回の症例はNVGではあるが高眼圧のため血液房水柵が破綻していた可能性が考えられる.血液房水関門機能として,毛様体上皮の無色素細胞に細胞間接着構造としてデスモゾームやtightjunctionがあり房水産生などの調整機能があるが,この血液房水柵破綻により組織篩の開大が起こり,房水内の蛋白濃度の増加と血球成分の漏出を生じるとされており13),本症例でも血液房50b回帰分析:|r|=0.291,p=0.2754030眼圧(mmHg)20100020406080100120血圧(mmHg)図3平均血圧と仰臥位での測定値を補正した眼圧の散布図水柵の障害などに伴って受動的な房水産生の割合が増加し,血圧の影響が強くなった可能性が考えられた.透析によって眼圧が変動することは多く報告されている14)ため,今回の症例においても影響を完全に否定することはできない.しかし,眼圧の測定が透析後18時間以上経過している時点で行っていることや,透析の影響だけでは血圧と眼圧との間に有意な相関がみられたことの説明がつかないことより,単純な透析の眼圧への影響による眼圧変動ではないと考えた.したがって,今回の症例で血圧と眼圧との間に相関がみられたのは,心臓弁膜症を伴った心不全のため血圧の変動が大a:右眼〔血管新生緑内障(NVG)眼〕,b:左眼(僚眼).NVG眼では,平均血圧と補正した眼圧との間に有意な正の相関がみられ,相関係数はわずかながら増加した.単回帰分析,Pearsonの相関係数|r|=0.605,p=0.0129.一方,僚眼では血圧が変化しても眼圧の変化は小さく,有意な相関がみられなかった.は眼圧が5mmHg程度高眼圧となるとの報告があるため10),仰臥位での測定値を補正し5mmHg減じた血圧と眼圧の散布図では左眼は相関がなかったが,右眼の相関はわずかながら強くなった(図2,3).II考按血圧と眼圧との間に直接の相関はないと考えられている1.5)が,毛様体突起部の網膜血管は有窓内皮を有し,そこから血漿の限外濾過による受動的な房水産生も1割程度あるとされる1,2).さらに,これまでの多数の症例の傾向を比較する大規模な地域住民を対象とした研究では,検診時の血圧と眼圧との間に相関があるとする報告6,7)があり,慢性の高血圧ラットを用いた研究でも高血圧ラットの眼圧は高くなることが報告されており8),慢性の血圧変化は眼圧にある程度影響する因子であることが知られている.しかし,NVGでない左眼には血圧と眼圧との間に相関がみられなかったため,本症例程度の比較的短期間の血圧変動では正常眼の眼圧に影響しないと考えられる.NVGによる眼圧上昇は隅角に生じた新生血管による房水きく,NVGのため房水の排出による眼圧のコントロールが不良であり,血液房水柵の障害などにより房水産生が血圧の影響を受けやすかったためと考えられた.他方,NVGの症例のなかには今回の症例のように眼圧と血圧の間に関連がみられる例があると考えられた.このためNVGの症例のなかには血圧の管理も重要な場合があり,内科など他科との連携が重要であると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GabeltBT,KaufmanPL:Productionandflowofaqueoushumor.Adler’sPhysiologyoftheEye,11thedition,edbyKaufmanPL,AlmA,LevinALetal,p274-307,Saunders/Elsevier,Edinburgh,andothers,20102)MarkHH:Aqueoushumordynamicsinhistoricalperspective.SurvOphthalmol55:89-100,20093)OkunoT,SugiyamaT,KohyamaMetal:Ocularbloodflowchangesafterdynamicexerciseinhumans.Eye20:796-800,20064)RisnerD,EhrlichR,KheradiyaNSetal:Effectsofexerciseonintraocularpressureandocularbloodflow:areview.JGlaucoma18:429-436,20095)WoodwardDF,DowlingMC,ChenJetal:Sustaineddecreasesinsystemicbloodpressuredonotcauseocularhypotension.OphthalmicRes21:37-43,1989846あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(124) 6)KleinBE,KleinR,LintonKL:IntraocularpressureinanAmericancommunity.TheBeaverDamEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci33:2224-2228,19927)ShioseY:Theagingeffectonintraocularpressureinanapparentlynormalpopulation.ArchOphthalmol102:883-887,19848)VaajanenA,MervaalaE,OksalaOetal:Istherearelationshipbetweenbloodpressureandintraocularpressure?Anexperimentalstudyinhypertensiverats.CurrEyeRes33:325-332,20089)奥野高司,長野陽子,池田佳美ほか:網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例.あたらしい眼科27:1617-1620,201010)佐々木誠,原岳,橋本尚子ほか:緑内障セミナー3時間連続臥位における眼圧経過.あたらしい眼科23:625626,200611)ShazlyTA,LatinaMA:Neovascularglaucoma:etiology,diagnosisandprognosis.SeminOphthalmol24:113-121,200912)KongX,LiuX,HuangXetal:Damagetotheblood-aqueousbarrierineyeswithprimaryangleclosureglaucoma.MolVis16:2026-2032,201013)澤充,庄司純,稲田紀子ほか:非侵襲的前眼部検査法の開発とその臨床的意義.日眼会誌115:177-212,201114)LevyJ,TovbinD,LifshitzTetal:Intraocularpressureduringhaemodialysis.Eye(Lond)19:1249-1256,2005***(125)あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012847