0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(127)1495《原著》あたらしい眼科28(10):1495?1498,2011cはじめに増殖糖尿病網膜症1),網膜静脈閉塞症をはじめとする虚血性眼疾患2)に続発することの多い血管新生緑内障は難治性で予後不良である.薬物治療・網膜光凝固で対処できる症例は比較的少なく,線維柱帯切除術を施行せざるをえないことが多い.近年マイトマイシンCなどの代謝拮抗薬の併用によって,術後成績の向上は認められたものの,血管新生緑内障の場合,術中術後の著しい前房出血,強膜開窓部の閉鎖などにより房水の流出が阻害され,十分な眼圧下降が得られなくなり再手術になる場合もあり治療がむずかしい3).このような症例に対して筆者らの施設ではbevacizumab(AvastinR)を術前に硝子体内投与するbevacizumab併用線維柱帯切除術を行っている.抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor:血管内皮〔別刷請求先〕齋藤美幸:〒700-8558岡山市北区鹿田町2丁目5番1号岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学Reprintrequests:MiyukiSaito,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences,2-5-1Shikatacho,Okayama,Okayama700-8558,JAPANBevacizumab併用線維柱帯切除術の中期術後成績齋藤美幸*1内藤知子*1松下恭子*1山本直子*1河田哲宏*1大月洋*1高橋真紀子*2*1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学*2笠岡第一病院眼科MiddlePeriodSurgicalOutcomeofTrabeculectomywithAdjunctiveIntravitrealBevacizumabInjectionforNeovascularGlaucomaMiyukiSaito1),TomokoNaito1),KyokoMatsushita1),NaokoYamamoto1),TetsuhiroKawata1),HiroshiOhtsuki1)andMakikoTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital血管新生緑内障に対して行った線維柱帯切除術の術後成績におけるbevacizumab術前硝子体内投与の効果を検討した.線維柱帯切除術を施行した29例31眼を対象とし,後ろ向きに検討した.対象をbevacizumab投与群15眼と非投与群16眼の2群に分け,術後の眼圧経過,術後合併症を比較・検討した.投与群と非投与群の最終受診時眼圧はそれぞれ11.9±6.6mmHg,15.6±9.1mmHgであり,両群とも有意に眼圧下降が得られた(p<0.0001,p<0.0001).Kaplan-Meier生命表分析による眼圧20mmHg以下への生存率は,術後24カ月の時点で投与群90.9%,非投与群59.1%であり,投与群で有意に良好であった(p=0.0495).また,術後追加処置として非投与群では著明な前房出血に対し前房洗浄を2眼に要したが,投与群では処置を要した症例はなかった.Bevacizumab併用線維柱帯切除術は,術後の合併症を軽減させ,術後の眼圧を良好にコントロールできる可能性がある.Aretrospectivecasecontrolstudywasperformedon31eyesof29consecutivecasesthathadundergonetrabeculectomywithmitomycinC(MMC)forneovascularglaucoma.Theeyesweredividedinto2groups:15eyesreceivedMMCtrabeculectomywithpreoperativeIVB(IVB+group)and16eyesreceivedMMCtrabeculectomyonly(IVB?group).Postoperativeintraocularpressure(IOP),probabilityofsuccessandcomplicationswerecomparedbetweenthegroups.MeanIOPatlastvisitwas11.9±6.6mmHgintheIVB+groupand15.6±9.1mmHgintheIVB?group.IOPreducedsignificantlyinbothgroups.TheKaplan-Meiermethodshowedthatthesurvivalrateatpostoperative24monthswassignificantlydifferentinbothgroups.IntheIVB?group,2eyesrequiredanteriorchamberlavage,whileintheIVB+groupnoeyehadthatextentofhyphema.IVBisaneffectivemodalityforreducingpostoperativecomplicationsoftrabeculectomyforneovascularglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1495?1498,2011〕Keywords:bevacizumab,血管新生緑内障,線維柱帯切除術.bevacizumab,neovascularglaucoma,trabeculectomy.1496あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(128)増殖因子)抗体としてbevacizumabは転移性大腸癌の治療などに使用されており,日本では2007年4月に製造・販売が承認されたが,眼科領域の疾患には適応のない静脈注射用製剤である.しかし,眼内の新生血管の発生・増殖にも重要な役割を果たすことが知られており,虚血性網膜疾患(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症など)および脈絡膜新生血管(加齢黄斑変性症,強度近視など)の治療のために抗VEGF薬としてbevacizumabが使用され,海外では良好な結果が報告されている4,5).それを踏まえ,現在日本でもbevacizumabが臨床診療に多く用いられている6).筆者らは血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術にbevacizumabを併用することにより,術後の重篤な合併症が減少し,術後管理が容易となることを報告した7).今回は,さらに経過観察期間を延ばし,血管新生緑内障に対して行ったbevacizumab併用線維柱帯切除術の中期術後成績を検討したので報告する.I対象および方法対象は2005年2月から2008年12月までの間に岡山大学病院で線維柱帯切除術を施行した血管新生緑内障症例29例31眼(男性19例,女性10例)である.2007年11月以降の症例には,基本的に全例bevacizumabを使用している.線維柱帯切除術前にbevacizumab投与を行った例を投与群,行わなかった例を非投与群とし,線維柱帯切除術後の眼圧経過・術後合併症について,後ろ向きに比較検討した.投与群は硝子体内にbevacizumab1.25mgを注入し,投与後平均5.7±4.8(1?14)日後に線維柱帯切除術を施行した.投与方法はbevacizumab1.25mg/0.05mlを30ゲージ針の注射筒にとり,必要に応じた量の前房水を抜去し眼圧降下させたのち経毛様体扁平部的に硝子体内に注入した.一連の操作は清潔下に施行し刺入部は輪部より後方3.5mm(有水晶体眼では4.0mm)とした.Bevacizumabの使用については,岡山大学病院倫理委員会にて承認されており,患者の同意を得て行った.Bevacizumab投与群14例15眼は平均年齢58.5±18.7歳(12~82歳),経過観察期間は平均11.1±5.3カ月(5~24カ月)であり,原因疾患は,増殖糖尿病網膜症8眼,網膜静脈閉塞症5眼,網膜中心動脈閉塞症1眼,続発緑内障(vonRecklinghausen病)1眼であった.Bevacizumab非投与群15例16眼については平均年齢56.8±13.3歳(32~76歳),経過観察期間は平均22.0±13.4カ月(3~48カ月)であり,原因疾患は,増殖糖尿病網膜症11眼,網膜静脈閉塞症3眼,眼虚血症候群2眼であった.Kaplan-Meier生命表分析により投与群と非投与群で眼圧の生存率を検討した.なお,死亡の定義は2回以上連続して術後眼圧20mmHgを超えた時点,もしくは緑内障手術(濾過胞再建術・別部位からの線維柱帯切除術)を追加した時点とした.統計解析は,JMP8.0(SAS東京)を用いて解析し,有意水準はp<0.05とした.II結果患者の背景因子は,投与群・非投与群の間で,経過観察期間を除いて有意差は認めなかった(表1).両群の眼圧経過表1術前患者背景因子投与群(15眼)非投与群(16眼)p値年齢(歳)平均±SD58.5±18.756.8±13.30.5930*性別男性12(80%)8(50%)0.1351**女性3(20%)8(50%)診断糖尿病網膜症8(53.3%)11(68.8%)0.5169***CRVO,BRVO5(33.3%)3(18.8%)眼虚血症候群,CRAO1(6.7%)2(12.5%)その他1(6.7%)0(0%)視力指数弁以下4(26.7%)4(25.0%)0.8088***0.01~0.157(46.7%)7(43.5%)0.2~0.52(13.3%)4(25.0%)0.6~1.02(13.3%)1(6.3%)術前眼圧平均±SD41.5±10.740.1±12.10.7066*点眼スコア平均±SD3.3±1.23.6±1.20.6820*硝子体手術既往8(53.3%)6(37.5%)0.4795**水晶体の有無有水晶体眼5(33.3%)6(37.5%)1.0000**眼内レンズ眼10(66.7%)10(62.5%)無水晶体眼0(0%)0(0%)経過観察期間平均±SD11.1±5.322.0±13.40.0570**Mann-Whitneyの検定,**Fisherの正確検定,***c2検定.CRVO:網膜中心静脈閉塞症,CRAO:網膜中心動脈閉塞症,BRVO:網膜静脈分枝閉塞症.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111497(死亡例は,死亡となった時点で除外)を示す(図1).Bevacizumab投与群では術前平均眼圧41.5±10.7mmHgに対し,最終受診時平均眼圧11.9±6.6mmHg,bevacizumab非投与群では,術前平均眼圧40.1±12.1mmHgに対し,最終受診時平均眼圧15.6±9.1mmHgであり,両群とも有意に眼圧下降が得られた(対応のあるt検定:投与群:p<0.0001,非投与群:p<0.0001).Kaplan-Meier生命表分析による投与群と非投与群の生存率は術後24カ月の時点で,投与群90.9%,非投与群59.1%と,投与群で有意に予後良好であった(Log-ranktest:p=0.0495)(図2).術後合併症について比較したところ,前房出血は投与群8眼(53.3%),非投与群6眼(37.5%),脈絡膜?離は投与群2眼(13.3%),非投与群0眼(0.0%),浅前房は投与群2眼(13.3%),非投与群1眼(6.3%)であり,いずれも両群に有意差は認めなかった(直接確率計算法:前房出血:p=0.4795,脈絡膜?離:p=0.2258,浅前房:p=0.5996)(表2).術後に要した追加処置を比較したところ,投与群における前房出血はいずれも軽度で瞳孔領にかかるほどの症例や強膜開窓部への嵌頓はなく,前房洗浄を要したものは1例もなかった.それに対し非投与群では著明な前房出血のために前房洗浄を要した例が2例認められた.III考按近年,bevacizumabの眼内投与が血管新生緑内障の治療法として一般的に行われるようになってきているが,bevacizumabが眼科疾患に対して最初に用いられた投与方法は全身投与であった8).当初bevacizumabは硝子体内投与をしても網膜下まで浸透しないと考えられていたが,その後,実際には硝子体内投与でも効果が認められたため,より全身的に影響が少なくより安全と考えられる局所投与が施行されるようになった9).最近では血管新生緑内障の治療法としてbevacizumab硝子体内投与のほかに,bevacizumab前房内注射10),虹彩ルベオーシスに対するbevacizumab結膜下注射11)の効果も報告されている.硝子体内投与の場合,1回のbevacizumab投与量は全身投与量の約400分の1(1.25mg/0.05ml)と極少量であるため,全身投与により生じうる合併症が硝子体内投与で発生する可能性は低いと考えられる.しかしながら過去の報告では,薬剤によると考えられる眼合併症として,結膜下出血,眼圧上昇,ぶどう膜炎,網膜中心動脈閉塞症,硝子体出血などがあり12),全身合併症としては血圧上昇,蛋白尿,骨形成抑制,不毛症,深部静脈血栓,脳梗塞などがある13).手技によると思われる合併症は角膜障害,水晶体損傷,眼内炎,網膜?離などが報告されている14).今回の使用では,そのような合併症は1例もみられなかった.Bevacizumabの硝子体内投与単独では,眼圧降下作用は限られており,多くの場合のちに線維柱帯切除術を施行されることになる.今回当院におけるbevacizumab投与群と非投与群における線維柱帯切除術後の眼圧の生存率の比較では,術後24カ月の時点で投与群では90.9%であったのに対し非投与群では59.1%と,投与群で有意に良好であった.Saitoらも,bevacizumabの投与により血管新生緑内障に対する初回線維柱帯切除術の術後中期成績は有意に良好になると報告している15)が,その理由として投与群では術後の前房出血が有意に少なく,出血性合併症の抑制による手術成績改善を示唆している.今回,当科では前房出血の発生頻度に両群の有意差は認めないものの,非投与群では著明な前房出血のために前房洗浄を要した症例を2例認めた.このことか表2術後合併症(Fisherの正確検定)投与群非投与群前房出血8眼(53.3%)6眼(37.5%)p=0.4795脈絡膜?離2眼(13.3%)0眼(0.0%)p=0.2258浅前房2眼(13.3%)1眼(6.3%)p=0.5996眼圧(mmHg)0102030405060術前612182430364248:投与群:非投与群期間(カ月)図1平均眼圧経過死亡例は,死亡となった時点で除外.0.00.10.20.30.40.50.60.70.80.91.0生存率0612182430364248生存期間(カ月):投与群:非投与群図2Kaplan?Meier生命表分析による眼圧の生存率死亡:2回以上連続して眼圧>20mmHg,緑内障手術の施行.1498あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(130)らbevacizumab併用線維柱帯切除術は術後の重篤な出血性合併症を軽減させることができ,非投与群と比べ術後管理が容易になると思われる.また,原発開放隅角緑内障術後にbevacizumab結膜下注射によって濾過胞が有意に良好に維持されたという報告もあり16),bevacizumab硝子体内投与により線維芽細胞の遊走が阻害され,術後早期の創傷治癒が抑制されたことより濾過胞が維持された可能性も否定できないと考える.一方で血管新生緑内障に対する緑内障手術成績の差について効果がないという報告もあり17),今回は後ろ向きレトロスペクティブな検討であったため,投与群と非投与群の術後管理などが異なっていた可能性も否定できない.しかしながら,死亡例についてみてみると,非投与群では術後3カ月以内の死亡が大多数であり(図2),術後早期の合併症や再増殖に伴う眼圧上昇を回避することができれば,血管新生緑内障の術後成績は良好になることが示唆される.この点で,bevacizumabは,長期的な眼圧下降効果・濾過胞維持効果については不明であるが,術後早期の合併症を減少し術後管理を容易とすることで,術後早期に死亡に至る症例を減少させ,中期成績の改善に寄与したのではないかと推測された.今後もさらに症例を増やし,検討を重ねていく必要があると思われる.文献1)向野利寛,武末佳子,山中時子ほか:増殖糖尿病網膜症に伴う血管新生緑内障の治療成績.臨眼61:1195-1198,20072)樋口亮太郎,遠藤要子,岩田慎子ほか:眼虚血症候群による血管新生緑内障の検討.臨眼58:1457-1461,20043)新垣里子,石川修作,酒井寛ほか:血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の長期治療成績.あたらしい眼科23:1609-1613,20064)ChanWM,LaiTY,LiuDTetal:Intravitrealbevacizumab(avastin)forchoroidalneovascularizationsecondarytocentralserouschorioretinopathy,secondarytopunctateinnerchoroidopathy,orofidiopathicorigin.AmJOphthalmol143:977-983,20075)ArevadoJF,SanchezJG,WuLetal:Intravitrealbevacizumabforsubfovealchoroidalneovascularizationinagerelatedmaculardegenerationattwenty-fourmonths:ThePan-AmericanCollaborativeRetinaStudyGroup.Ophthalmology,inpress6)木内貴博:Bevacizumabを用いた血管新生緑内障の治療.眼科手術21:193-196,20087)河田哲宏,山本直子,内藤知子ほか:血管新生緑内障に対するベバシズマブ併用線維柱帯切除術の術後成績.臨眼63:1457-1460,20098)MichelsS,RosenfeldPJ,PuliafitoCAetal:Systemicbevacizumab(Avastin)therapyforneovascularage-relatedmaculardegenerationtwelve-weekresultsofanuncontrolledopen-labelclinicalstudy.Ophthalmology112:1035-1047,20059)坂口裕和:抗VEGF抗体:Bevacizumab(AvastinR).あたらしい眼科24:281-286,200710)上山杏那,岡本史樹,平岡孝浩ほか:血管新生緑内障に対するBevacizumab(Avastin)の眼内投与.眼臨101:1082-1085,200711)田中茂登,山地英孝,野本浩之ほか:虹彩ルベオーシスに対するベバシズマブ結膜下注射の効果.眼臨101:930-931,200712)WuL,Martinez-CastellanosMA,Quiroz-MercadoHetal;PanAmericanCollaborativeRetinaGroup(PACORES):Twelve-monthsafetyofintravitrealinjectionsofbevacizumab(Avastin):resultsofthePan-AmericanCollaborativeRetinaStudyGroup(PACORES).GraefesArchClinExpOphthalmol246:81-87,200813)SimoR,HernandezC:Intravitreousanti-VEGFfordiabeticretinopathy:hopoesandfearsforanewtherapeuticstrategy.Diabetologia51:1574-1580,200814)FungAE,RosenfeldPJ,ReichelE:TheInternationalIntravitrealBevacizumabSafetySurvey:usingtheinternettoassessdrugsafetyworldwide.BrJOphthalmol90:1344-1349,200615)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Beneficialeffectsofpreoperativeintravitrealbevacizumabontrabeculectomyoutcomesinneovascularglaucoma.ActaOphthalmol88:96-102,201016)DilrajSG,RajeevJ,HarshKetal:Evaluationofsubconjunctivalbevacizumabasanadjuncttotrabeculectomy.Ophthalmology115:2141-2145,200817)TakiharaY,InataniM,KawajiTetal:CombinedintravitrealbevacizumabandtrabeculectomywithmitomycinCversustrabeculectomywithmitomycinCaloneforneovascularglaucoma.JGlaucoma20:196-201,2011***