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表面麻酔薬オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の角膜傷害性評価

2016年6月30日 木曜日

《第35回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科33(6):863.866,2016c表面麻酔薬オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の角膜傷害性評価長井紀章*1真野裕*1辰巳賀陽子*1川﨑真緒*1伊藤吉將*1岡本紀夫*2下村嘉一*2*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2近畿大学医学部眼科学教室InVitroandVivoEvaluationofCornealDamageCausedbyCommerciallyAvailableOxybuprocaineEyedrops,usingHumanandRatCornealEpithelialCellsNoriakiNagai1),YuMano1),KayokoTatsumi1),MaoKawasaki1),YoshimasaIto1),NorioOkamoto2)YoshikazuShimomura2)and1)FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine本研究では,表面麻酔薬オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の角膜傷害性について評価を行った.実験にはベノキシールR点眼液0.4%(先発品)とオキシブプロカイン塩酸塩点眼液0.4%「ニットー」(ジェネリック医薬品,以下GE)を用いた.角膜傷害性は,ヒト角膜上皮細胞と1次速度式から算出した急性,慢性毒性にて評価した.また,ラット角膜上皮.離モデルを用い,オキシブプロカイン塩酸塩点眼液点眼が角膜治癒へ与える影響についても検討した.GEの急性毒性は,先発品と比較し低値であった.一方,慢性毒性は,先発品とGE間で差は認められず,ラット角膜上皮.離モデルを用いた系においても,GE点眼群の角膜傷害治癒速度は先発品のそれと同程度であった.以上,市販オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の角膜傷害性を明らかにした.本研究結果は,眼に優しい表面麻酔薬開発への一つの指標になるものと考える.Inthisstudy,weinvestigatedcornealcelldamagecausedbycommerciallyavailableoxybuprocaineeyedrops,suchasBenoxilRophthalmicsolution0.4%(originaldrug)andoxybuprocainehydrochlorideophthalmicsolution0.4%「NITTO」(genericdrug,GE).Acuteandchronictoxicitywerecalculatedusingculturedcornealepitheliumcells(HCE-T)andfirst-orderrateequation;theeffectoftheeyedropsoncornealwoundhealingwasdemonstratedusingratdebridedcornealepithelium.AlthoughtheacutetoxicityofHCE-TcellstreatedwithGEwassignificantlylowerthanwiththeoriginaldrug,thechronictoxicitydidnotdifferbetweentheoriginaldrugandGE.Inaddition,cornealwoundhealinginratsinstilledwithGEwasalsosimilartothatoftheoriginaldrug.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseindesigninglocalanaestheticeyedropsfreeofcelldamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):863.866,2016〕Keywords:オキシブプロカイン塩酸塩,ジェネリック医薬品,角膜傷害,点眼薬,表面麻酔薬.oxybuprocainehydrochloride,genericdrugs,cornealdamage,eyedrops,localanaestheticeyedrops.はじめにオキシブプロカイン塩酸塩点眼液は,眼科領域における検査や手術時に用いられる優れた表面麻酔薬である.しかし,表面麻酔薬の濫用により重篤な角膜傷害を起こした症例が報告されており,鎮痛などを目的とした頻回投与は副作用発現防止のため,注意喚起されている.これらオキシブプロカイン塩酸塩点眼液による角膜傷害には,使用時の涙液分泌の低下と,主薬であるオキシブプロカイン塩酸塩や保存剤(ベンザルコニウム塩化物,BAC)による細胞毒性が知られており,臨床での使用は制限されている.一方,2013年6月にオキシブプロカイン塩酸塩のジェネリック医薬品としてオキシブプロカイン塩酸塩点眼液0.4%「ニットー」(日東メ〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(103)863 ディック)が販売された.本製剤は先発品と比較し,保存剤であるBAC濃度の減少および増粘剤の追加がなされているが,薬効は同程度と報告されており1),製剤工夫による副作用発現の低下や用途拡大が期待できる.点眼薬の角膜傷害性を検討するうえで,評価系の選択はきわめて重要である.角膜傷害は,点眼薬中に含まれる主薬,添加剤,保存剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の状態が関与することが知られており,臨床および基礎両面からの観察が重要であると考えられている.筆者らはこれまで,不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)および1次速度式を用いた細胞傷害性解析にて,急性および慢性毒性を算出する方法(invitro角膜上皮細胞傷害性評価)が点眼薬の角膜傷害性強度を明らかとするうえで有用であることを報告してきた2,3).また,角膜上皮.離ラットを用いることで,invivo系における薬物角膜傷害強度が評価可能であることを明らかとしてきた4).そこで今回,これらinvitro,invivo角膜傷害性評価法を用いることで,現在臨床現場で使用されているオキシブプロカイン塩酸塩点眼液先発品およびジェネリック医薬品の角膜傷害性評価を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,1,000IU/mLペニシリン(GIBCO社製),100mg/mLストレプトマイシン(GIBCO社製)および5%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物眼科用表面麻酔薬は臨床現場にて多用されるオキブプロカイン塩酸塩点眼液先発品(ベノキシールR点眼液0.4%,参天製薬)およびジェネリック医薬品(オキシブプロカイン塩酸塩点眼液0.4%「ニットー」,日東メディック)を用いた.表1に両製剤の組成を示す.3.角膜上皮細胞傷害性の評価筆者らが確立し報告してきたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価法に従い行った2,3).HCE-T細胞を96wellプレートに100mL(1×104個)ずつ播種し,24時間培養(37℃,5%CO2条件下)したものを実験に用いた.実験操作は以下のようにして行った.HCE-T細胞を10.120秒薬剤にて処理後,PBSにて2回洗浄し,各wellにナカライ社製CellCountReagentSFを含有する培地120mLを加え,1時間処理(37℃,5%CO2)後,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて450nmの吸光度(Abs)を測定した.本研究では,薬剤処理後の細胞死亡率(%)を次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)また,薬剤処理が細胞傷害へ与える影響をより詳細に検討するために,次式(2)を用いて解析を行った.Dt=D∞(1.e.kDt)(2)kDは細胞傷害速度定数(min.1),tは点眼薬処理後の時間(0.2分),D∞およびDtは薬剤処理∞およびt分後の細胞死亡率を示す.本研究ではkD,D∞をそれぞれ急性毒性および慢性毒性として表すパラメーターとした.また,先発品およびジェネリック医薬品に含まれる添加物中の急性,慢性毒性の評価には,眼科用剤の最大許容濃度を使用した.4.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析イソフルラン麻酔下,生検トレパンで円形にラット角膜を形取り,ブレードで角膜上皮を.離した(.離面積10.1±0.6,mm2;平均値±標準誤差).実験時には点眼液を1日3回(9:00,15:00,21:00)1回30μL,実験終了まで点眼した.角膜上皮欠損部分の推移は,角膜.離0,6,24時間後に1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xで撮影した画像をImageJにて解析することで評価した.角膜傷害治癒率(%)は,次式(3)にて算出した4).角膜傷害治癒率(%)=(面積.離直後.面積.離6,24時間後)/面積.離直後×100(3)5.統計解析得られたデータは平均値±標準誤差として表した.各々の実験値はStudentのt-testにより解析した.また,本研究ではp値が0.05以下を有意差有りとした.表1オキシブプロカイン塩酸塩点眼液先発品およびジェネリック医薬品の組成先発品塩化ナトリウムエデト酸ナトリウム水和物ベンザルコニウム塩化物(0.004%)ポリビニルアルコールpH調整剤()内の数値は濃度を示す.ジェネリック医薬品塩化ナトリウムエデト酸ナトリウム水和物ベンザルコニウム塩化物(0.002%)ヒプロメロースpH調整剤864あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(104) A0時間6時間24時間先発品020304050600.0細胞死亡率(%)10先発品●ジェネリック医薬品***0.51.01.52.0ジェネリック処理時間(分)医薬品図1HCE.Tを用いたオキシブプロカイン塩酸塩点眼液の細胞傷害性評価平均値±標準誤差,n=6.*p<0.05,vs.先発品.B100先発品■ジェネリック医薬品角膜傷害治癒度(%)80604020表2オキシブプロカイン塩酸塩点眼液先発品およびジェネリック医薬品処理による角膜傷害性の比較先発品ジェネリック医薬品kD(min.1)3.10±0.391.29±0.22*D∞(%)56.4±2.763.3±7.0平均値±標準誤差,n=6.*p<0.05,vs.先発品.II結果1.オキシブプロカイン塩酸塩点眼液先発品およびジェネリック医薬品の角膜傷害性比較図1はオキシブプロカイン塩酸塩点眼液処理時におけるHCE-T細胞の死亡率を示す.また,表2にはオキシブプロカイン塩酸塩点眼液処理時における急性毒性(kD)と慢性毒性(D∞)を示す.結果から,両製剤処理群の傷害性強度に差がみられ,市販オキシブプロカイン塩酸塩点眼液のジェネリック医薬品を30秒処理した際の細胞死亡率は31.7±1.0%と,先発品(45.8±4.1%)と比較し細胞傷害性は有意に低値であった(平均値±標準誤差,n=6).また,ジェネリック医薬品の急性毒性は,先発品と比べ低値を示したが,慢性毒性においては,先発品とジェネリック医薬品間で差は認められなかった.一方,BAC単独処理実験にて0.002%と0.004%BACの30秒処理後の細胞傷害性を調べたところ,それぞれ7.1±1.9%,19.7±3.6%であり,単独2分処理後の細胞傷害性は21.3±5.1%,29.3±5.5%であった(平均値±標準誤差,n=6).加えて,先発品中に含まれる増粘剤ポリビニルアルコールおよびジェネリック医薬品中の増粘剤ヒプロメロースの慢性毒性を算出したところ,1%ポリビニルアルコールは4.7±2.1%,0.35%ヒプロメロースでは6.6±2.5%であった(薬剤処理時間2分,平均値±標準誤差,n=6).また,先発品およびジェネリック医薬品両製剤に含まれる添加物0.9%塩化ナトリウムおよび0.12%エデト酸ナトリウムの慢性毒性は,0.6±0.1%,9.8±2.4%であった(薬剤処理時間2分,平均値±標準誤差,n=6).図2はオキシブプロカ(105)06時間24時間.離後の時間図2オキシブプロカイン塩酸塩点眼液点眼が角膜傷害治癒へ与える影響A:代表的角膜画像(破線内は傷害部分を表す).B:オキシブプロカイン塩酸塩点眼液点眼後の角膜傷害治癒度度.平均値±標準誤差,n=5.イン塩酸塩点眼液点眼に伴うラット角膜傷害治癒速度の変化を示す.Invitro系の慢性毒性の結果と同様,ラット角膜上皮.離モデルを用いた系では,先発品およびジェネリック医薬品間で差はみられなかった.III考按オキシブプロカイン塩酸塩点眼液は,眼科領域における検査や手術時に用いられるが,濫用により重篤な角膜傷害を起こすことが知られている.本研究では2013年6月に販売開始されたオキシブプロカイン塩酸塩点眼液のジェネリック医薬品における角膜上皮細胞毒性(副作用)について先発品と比較評価した.まず,オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の先発品とジェネリック医薬品のinvitro角膜上皮傷害評価を行ったところ,両処理群において処理時間の増加とともに細胞死亡率が増加し,その急性毒性は先発品>ジェネリック医薬品であった(表2).これら点眼製剤の角膜傷害性には保存剤の関与が知られている.点眼剤中に含まれる保存剤は,二次汚染を防止し安全に使用するために必要不可欠である.しかし,一般に保存剤は細菌を殺すという性質上,使用後の“しみる”,“かあたらしい眼科Vol.33,No.6,2016865 すむ”,眼の充血をはじめ,点眼表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用発現に繋がり,臨床において問題視されている5).今回検討したオキシブプロカイン塩酸塩点眼液にはBACが保存剤として用いられており,BACは陽電荷をもつ原子団が菌体表面に吸着することで細胞膜破壊,細胞内の酵素蛋白の変性,呼吸系の阻害を引き起こすことが報告されている6.8).一方,先発品中に含まれるBAC濃度は0.004%であったが,ジェネリック医薬品ではBAC濃度が0.002%と半分に軽減されている.さらに,0.002%と0.004%BAC単独30秒処理時の細胞傷害性は,それぞれ7.1%,19.7%であったことから,両製剤間の急性毒性の違い(先発品>ジェネリック医薬品)にはBAC濃度の差が関与しているものと示唆された.これら急性毒性とは異なり,慢性毒性は両製剤ともに約60%であり,先発品とジェネリック医薬品間で差は認められなかった.そこで次に,これら慢性毒性の差を明らかとすべく,BAC濃度0.002%と0.004%の単独2分処理後の細胞傷害性を調べた.その結果,BAC濃度0.002%と0.004%の細胞傷害性はそれぞれ21.3%,29.3%であり,両製剤の慢性毒性に比べ低値であることから,BAC以外の要因が慢性毒性には強く関与しているものと示唆された.オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の先発品とジェネリック医薬品の組成の違いとして,BAC濃度の差に加え,異なる増粘剤が用いられていることが挙げられる(表1).しかし,先発品中に含まれる増粘剤ポリビニルアルコールおよびジェネリック医薬品中の増粘剤ヒプロメロースの慢性毒性を算出してみたところ,1%ポリビニルアルコールと0.35%ヒプロメロースの慢性毒性はともに低値であった.また,両製剤に含まれる添加物0.9%塩化ナトリウムと0.12%エデト酸ナトリウムの慢性毒性はほとんどみられなかった.このように,含有される添加物の細胞傷害性と比較し,オキシブプロカイン塩酸塩点眼液の細胞傷害性(慢性毒性)が高いことから,これら製剤の慢性毒性には,主薬であるオキシブプロカイン自身がもっとも強く関与していることが示唆された.さらに,invivo系にて両製剤が角膜傷害治癒に与える影響を検討したところ,invitro慢性毒性と同様,先発品およびジェネリック医薬品間で差はみられなかった.オキシブプロカイン塩酸塩などの表面麻酔薬は,その麻酔作用により涙液分泌の低下がみられ,薬物による傷害性が高まる危険性が考えられる.また,本invitro系実験にて,オキシブプロカイン塩酸塩の慢性毒性には,主薬がもっとも強く関与していることを示した.以上,オキシブプロカイン塩酸塩点眼液では,BAC濃度を減らすことで,細胞傷害の誘発率を反映する急性毒性の減弱がみられるが,傷害度強度や傷害治癒への影響にかかわる慢性毒性の軽減のためには,もともと0.004%と低濃度であるBACの含量の減弱よりも,主薬自身の傷害性を抑制するような工夫が必要であることを示した.本研究結果は,表面麻酔薬選択や眼に優しい局所麻酔薬の開発における一つの指標になるものと考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日東メディック株式会社:オキシブプロカイン塩酸塩点眼液0.4%「ニットー」.添付文書20132)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20103)長井紀章,大江恭平,森愛里ほか:各種保存剤を用いた市販緑内障治療(配合)点眼液における角膜傷害性のキネティクス解析.あたらしい眼科30:1023-1028,20134)NagaiN,YoshiokaC,ManoYetal:Ananoparticleformulationofdisulfiramprolongscornealresidencetimeofthedrugandreducesintraocularpressure.ExpEyeRes132:115-123,20155)瀧沢岳,片岡伸介,小高明人ほか:ホウ酸含有点眼剤組成の抗菌メカニズム.あたらしい眼科27:518-522,20106)DebbaschC,PisellaPJ,DeSaintJeanMetal:Mitochondrialactivityandglutathioneinjuryinapoptosisinducedbyunpreservedandpreservedbeta-blockersonChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci42:25252533,20017)DeSaintJeanM,BrignoleF,BringuierAF:EffectsofbenzalkoniumchlorideongrowthandsurvivalofChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci40:619-630,19998)DebbaschC,BrignoleF,PisellaPJetal:Quaternaryammoniumsandotherpreservatives’contributioninoxidativestressandapoptosisonChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci42:642-652,2001***866あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(106)