‘複視’ タグのついている投稿

大阪医科大学附属病院における糖尿病眼筋麻痺症例の検討─複視に対する治療法─

2019年10月31日 木曜日

《第24回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科36(10):1307.1311,2019c大阪医科大学附属病院における糖尿病眼筋麻痺症例の検討─複視に対する治療法─筒井亜由美菅澤淳奥英弘戸成匡宏松尾純子西川優子荘野明希中村桂子濵村美恵子稲泉令巳子清水みはる池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CInvestigationofDiabeticOphthalmoplegiaatOsakaMedicalCollegeHospital─TreatmentsforDiplopia─AyumiTsutsui,JunSugasawa,HidehiroOku,MasahiroTonari,JunkoMatsuo,YukoNishikawa,AkiShono,KeikoNakamura,MiekoHamamura,RemikoInaizumi,MiharuShimizuandTsunehikoIkedaCDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeC目的:大阪医科大学附属病院における糖尿病眼筋麻痺の臨床所見および複視に対する治療について検討した.対象および方法:2014年C2月.2018年C5月に複視を主訴として受診し,糖尿病眼筋麻痺と診断されたC15例を対象とした.検討項目は神経麻痺の種類・HbA1c・治癒率・治癒までの期間・複視の治療とした.結果:年齢はC52.83歳,神経麻痺の種類は動眼神経麻痺C2例,滑車神経麻痺C5例,外転神経麻痺C8例で,すべて片眼性であった.滑車神経麻痺のC1例は再発がみられた.全体では,HbA1cは平均C7.4C±1.1%,治癒率はC94%,治癒までの期間は平均C3.9C±3.3カ月であった.複視に対する治療は,膜プリズムC33.3%,遮閉膜C26.7%,眼帯C13.3%,経過観察C26.7%であった.結論:治癒までの期間は既報とほぼ同様で短かったが,複視を軽減するために膜プリズムや遮閉膜を試みる価値があると思われた.CPurpose:Weinvestigatedtheclinical.ndingsandthetreatmentsfordiplopiaindiabeticophthalmoplegiaatOsakaMedicalCollegeHospital.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved15patientswhopresentedwithdiplo-piaandwerediagnosedasdiabeticophthalmoplegia,atourHospitalfromFebruary2014toMay2018.Weretro-spectivelyCinvestigatedCtheCtypeCofophthalmoplegia,Chemoglobin(Hb)A1c,CcureCrate,CelapsedCtimeCperiodCuntilChealing,andtreatmentmethodfordiplopia.Results:Agesrangedfrom52to83years.TypesofophthalmoplegiawereCoculomotorpalsy(n=2)C,Ctrochlearpalsy(n=5)andCabducentpalsy(n=8)C.CAllCcasesCwereCunilateral.COneCrecurrentcasewasobservedinthetrochlearpalsytype.Forallcases,themeanHbA1cscorewas7.4±1.1%,thecureratewas94%,andthemeantimeperioduntilhealingwas3.9±3.3months.Thetreatmentmethodsfordiplo-piaCwereCmembraneprism(33.3%)C,Cocclusionfoil(26.7%)C,eyepatch(13.3%)orCfollow-upobservation(26.7%)C.CConclusions:AlthoughCtheCelapsedCtimeCperiodCuntilChealingCwasCasCshortCasCinCtheCpreviousCreport,CmembraneCprismandocclusionfoilwerefoundtobeusefulande.ectivetreatmentsforrelievingthesymptomsofdiplopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(10):1307.1311,C2019〕Keywords:糖尿病,糖尿病眼筋麻痺,複視,膜プリズム,遮閉膜.diabetesmellitus,diabeticophthalmoplegia,diplopia,membraneprism,occulusionfoil(Bangerter)C.Cはじめに糖尿病の合併症はさまざまあるが,眼合併症では糖尿病網膜症をはじめ,白内障,角膜症,視神経症などが存在する.そのなかで,眼球運動障害を生じる糖尿病眼筋麻痺は,比較的予後が良好であるため看過されやすいが,重要な眼合併症の一つである.糖尿病眼筋麻痺はCI型およびCII型糖尿病,それに耐糖能異常のみられる患者に眼筋麻痺を生じ,他に鑑別すべき原因疾患の認められない病態とされており1,2),糖尿病患者の約C1%に認められると報告されている1.7).本疾患は,動眼神経麻痺,滑車神経麻痺,外転神経麻痺などの単神〔別刷請求先〕筒井亜由美:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学附属病院眼科Reprintrequests:AyumiTsutsui,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPANC表1神経麻痺別の背景因子動眼神経麻痺滑車神経麻痺外転神経麻痺全体疾患Cn=2(眼)Cn=6(眼)Cn=8(眼)Cn=16(眼)年齢(歳)C62±14.1C64±6.9C75±6.6C69.3±9.3*HbA1c(%)C7.0±0.1C8.0±1.5C7.1±0.8C7.4±1.1治癒率100%83%100%94%治癒までの期間(月)C4.3±3.9C3.6±1.6C4.1±4.2C3.9±3.3痛み100%0%12.5%経障害として発症することが多く,複視を主訴とすることが多い.糖尿病眼筋麻痺の臨床的特徴像についての報告はみられるものの,糖尿病眼筋麻痺による複視に対する具体的な治療についての報告は少ない1.10).今回,大阪医科大学附属病院における糖尿病眼筋麻痺の臨床所見および複視に対する治療について検討したので報告する.CI対象および方法対象は,2014年C2月.2018年C5月に複視を主訴として大阪医科大学附属病院眼科を受診し,糖尿病眼筋麻痺と診断されたC15例(男性C10例,女性C5例),年齢はC52.83歳(平均C69.7±9.5歳)であった.検討項目は,神経麻痺の種類,HbA1c,治癒率,治癒までの期間,疼痛の有無,複視に対する治療とした.なお,今回の治癒については,正面位で顕性の偏位がなく,日常生活において複視を自覚することがないものとした.CII結果1.神経麻痺の種類症例はC15例だが,1例再発例があるためC16眼とした.神経麻痺の種類は,外転神経麻痺がC8眼(50%),滑車神経麻痺がC6眼(38%),動眼神経麻痺がC2眼(12%)であった.すべて片眼性で複合神経麻痺の症例はなかった.麻痺眼は,右眼C10眼,左眼C6眼であった.再発を認めたC1症例は,左眼滑車神経麻痺発症後C1.5カ月で治癒したものの,9カ月後に右眼滑車神経麻痺を発症した.C2.背景因子と臨床症状各神経麻痺別に年齢,HbA1c,治癒率,治癒までの期間,疼痛の有無についてまとめたものを表1に示す.年齢については,外転神経麻痺がやや高齢であった(p<0.05,一元配置分散分析法p<0.05,Tukey-Kramer法).HbA1cは,各神経麻痺間に有意差はみられなかった(ns,一元配置分散分析法).今回治癒に至らなかった残存例は,滑車神経麻痺のC1眼のみであり,治癒率は各神経麻痺間に有意差はみられなかった(ns,Cc2検定).治癒までの期間も,各神経麻痺間に有意差はみられなかった(ns,一元配置分散分析法).疼*p<0.05痛については,動眼神経麻痺はC2眼とも疼痛を伴い,滑車神経麻痺では疼痛を伴うものはなく,外転神経麻痺ではC1眼のみで,神経麻痺間で差がみられた(p<0.01,Cc2検定).動眼神経麻痺のC2症例については,瞳孔異常は認められなかった.糖尿病の推定罹患期間は,0.25.15年(平均C6.0C±5.2年)であり,10年以上C3例,5年以上C3例,5年未満C6例,不明3例であった.今回,眼筋麻痺の発症を契機に糖尿病が発見された症例はなかったが,糖尿病と診断されたが治療を放置していて,眼筋麻痺の発症を契機に内服治療を開始したものがC2例あった.また,治癒までの期間に影響を及ぼす要因として,年齢・HbA1c・糖尿病の罹患期間について検討したが,いずれも相関はみられなかった(年齢:r=0.22,p=0.45HbA1c:Cr=.0.21,Cp=0.46,糖尿病の罹患期間:r=.0.21,Cp=0.52).今回の症例の合併症については,糖尿病網膜症はC3例に認められ,1例が単純糖尿病網膜症,2例が増殖糖尿病網膜症であった.その他合併症では,糖尿病腎症はC4例,高血圧10例,動脈硬化症C1例,末梢神経障害C2例,高脂血症C4例であった.C3.複視に対する治療全症例の偏位量を図1に示す.滑車神経麻痺は比較的偏位量が少ないものが多く,外転神経麻痺は麻痺の程度により偏位量は広範囲に渡っていた.各神経麻痺別の複視に対する治療法を図2に示す.つぎに偏位量と治療法を合わせた図を示す(図3).膜プリズムを処方したのは,5.14CΔの比較的偏位量が少ない症例で,処方したプリズム度数はC4.12CΔであった.偏位量が多くなると遮閉膜や眼帯で対応した.経過観察となったのはC5眼であった.そのうち動眼神経麻痺のC1眼は眼瞼下垂によって日常複視を感じなかったものであった.滑車神経麻痺のC3眼のうち,1眼は頭位で代償したもの,あとのC2眼は再発例であり,この症例は以前にも自然治癒の経験があり,患者自身が治療を希望しなかった.外転神経麻痺のC1眼は,第一眼位で複視の自覚があいまいで治療を希望しなかった.また,眼科で内服治療として,おもにビタミンCBC12製剤や(眼)■動眼神経麻痺滑車神経麻痺■外転神経麻痺543210図1疾患別偏位量縦軸は眼数,横軸が偏位量を表す.偏位量については,疾患により水平と上下偏位の両方ある場合はプリズムの合成した量で示す.~5未満~10~15~20~25~30(⊿)(眼)■動眼神経麻痺滑車神経麻痺■外転神経麻痺☆膜プリズム△遮閉膜○眼帯543210~5~10~15~20~25~30(⊿)図3疾患別偏位量と複視に対する治療法縦軸は眼数,横軸が偏位量を表す.循環改善剤をC16眼中C13眼に処方した.処方しなかった症例は,眼筋麻痺の発症以前より内科で類似の処方を受けていた症例であった.斜視手術による治療については,治癒に至らなかったC1例に対して斜視手術を検討したが,複視の自覚があいまいであったため手術は行わなかった.C4.代.表.症.例代表的な症例を示す.73歳,男性,右眼外転神経麻痺,複視を主訴として近医より紹介受診.既往歴はラクナ梗塞.現病歴は糖尿病,単純糖尿病網膜症.糖尿病の罹患期間は10年,HbA1cはC8.4%.視力は右眼矯正(1.0),左眼矯正(0.9).眼位は近見・遠見ともに内斜視で,右眼に外転制限があり,右方視で内斜視が増大した(図4).Hesschartを図5に示す.この症例は,所持眼鏡にC10CΔの膜プリズムをCbaseoutで麻痺眼である右眼のレンズに貼り付けたところ,正面視で複視が解消した.■膜プリズム■遮閉膜■眼帯■経過観察動眼神経麻痺滑車神経麻痺外転神経麻痺(眼)図2疾患別の複視に対する治療法縦軸は疾患,横軸が眼数を表す.CIII考按神経麻痺の種類について各施設の報告をまとめたものを示す(表2).既報3,4,7,8)では,施設により差があるものの,外転神経麻痺が多い傾向がみられ,今回も同様であった.糖尿病眼筋麻痺の治癒率については,既報では施設により治癒の基準が異なるが,湯口ら3)はC100%,三村ら4)はC93.3%,高橋5)はC100%,有村ら7)はC100%,横山ら9)はC71%と報告しており,今回の報告でもC94%であった.また,三村ら4)は全眼球運動神経麻痺ではC62%,湯口ら3)は糖尿病以外の原因による眼筋麻痺ではC40%という報告をしており,他の原因による神経麻痺に比べ糖尿病眼筋麻痺の予後は良好であると考えられる.治癒までの期間について,既報では,板野ら8)はC14.5C±8.4週,横山ら9)はC2.8カ月,湯口ら3)がC12.6C±6.6週,三村ら4)はC12.6週,有村ら7)はC104日と報告しており,どの報告でもC3.4カ月であった.今回もC3.9C±3.3カ月と同様の結果であり,比較的短期間で治癒すると考えられる.治癒までの期間と年齢・HbA1c・糖尿病の罹患期間には相関はみられず,治癒までの期間に影響を及ぼす因子ではないと考えられる.疼痛については,既報5.8,10)と同様に今回の症例でも動眼神経麻痺ではC2例とも疼痛がみられた.海綿静脈洞部で動眼神経の栄養血管が閉塞し,三叉神経が影響を受けている可能性が推察される.複視に対する治療法は,他の原因による眼筋麻痺と同様で,偏位量が少ない場合はプリズム,偏位量が多い場合は遮閉膜や眼帯が適応となることが多い.今回プリズムを処方した症例の偏位量はC5.14CΔであり,15CΔ以下がプリズムの適応となりやすいと考える.しかし,既報11)ではそれ以上の偏位量でも処方している例もあり,大きな偏位量でもプリズ012345678眼位近見8~10ET’Δ遠見25ET←8~10ET→orthoΔΔ右方視左方視右方視第一眼位左方視図4症例右眼外転神経麻痺Hesschart図5Hesschart(左)と膜プリズムを貼り付けた所持眼鏡(右)右眼の外転制限が認められる.麻痺眼の右眼レンズにC10CΔbaseoutで膜プリズムを貼り付けた.表2神経麻痺の内訳症例数動眼神経麻痺滑車神経麻痺外転神経麻痺報告年板野ら8)C横山ら9)C湯口ら3)C三村ら4)C今回C2241418421641(C15.2%)7(5C0.0%)6(3C3.3%)9(2C1.4%)2(1C2.5%)59(C17.2%)4(2C8.6%)2(1C1.1%)4(9C.5%)5(3C7.5%)124(C67.4%)C6(4C2.9%)C10(C55.5%)C27(C64.3%)C8(5C0.0%)2017201420021998注1:横山らの症例数については再発C3例を含む.注2:三村らの症例数についてはC2例の注視麻痺を含む.ムが適応となるか試してみる価値はあると思われる.神経麻痺別では,動眼神経麻痺は,眼瞼下垂の程度が強い場合は複視を自覚することがないため,複視に対する治療は必要ではない.下垂が軽度の場合は複視を自覚するため治療が必要となる.この場合,向き眼位により偏位が大きく変化するため,プリズムでは両眼単一視が十分に得られず適応となりにくく,遮閉膜や眼帯が適応となる.滑車神経麻痺では,他の神経麻痺と比べ比較的偏位量が少なく,今回の症例でもC1例にみられたように頭位で代償できることもある.水平偏位と上下偏位がともにみられることが多く,プリズムの基底を患者の自覚に基づき微調整可能な場合にはプリズムの適応となる.外転神経麻痺では,麻痺の程度が軽度である場合,頭位で代償できることもあるが,滑車神経麻痺と異なり水平偏位のみの場合が多い.今回の症例でもみられたように,プリズムである程度の範囲で両眼単一視を得ることができるため,プリズムの適応となりやすい.麻痺の程度が高度な場合は度の強いプリズムが必要となるため,収差や違和感が強くなり装用はむずかしく,遮閉膜や眼帯が適応となる.また,一般的に眼筋麻痺では,複視の症状が長期化し固定した症例で,偏位が大きいと斜視手術の適応となる場合もあるが,偏位が少ない場合は組込みプリズムも選択肢の一つとなる.しかし,糖尿病眼筋麻痺は短期間で治癒するため,プリズムは組込みではなく,眼位の改善に応じて取りはずしが可能な膜プリズムが有用である.膜プリズムや遮閉膜は,突然複視を生じ,日常生活に支障をきたして受診する患者に対して,所持眼鏡に貼ることで初診時でもすぐに複視の辛さに対応できる利点がある.遮閉膜は,プリズムと異なり両眼視はできないが,プリズムが適応とならない場合は選択肢の一つとなると思われる.糖尿病眼筋麻痺は,治癒までの期間は一般的に報告されているように短く,他の原因による眼筋麻痺と比べ予後が良好であるが,複視の辛さを軽減するために,膜プリズムや遮閉膜は簡便で試してみる価値があると再認識した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)勝井義和,高橋昭,竹沢英郎:糖尿病眼筋麻痺─本邦報告C151症例の臨床統計分析と外国C3部検例の再評価を中心にして.神経内科23:122-134,C19852)向野和雄,難波龍人,阪本則敏:糖尿病とニューロパチー特に眼球運動障害(診断と治療).眼科CMOOKC46:213-222,C19913)湯口琢磨,海谷忠良:海谷眼科における糖尿病性眼筋麻痺の統計的観察.眼紀C53:104-107,C20024)三村治,鈴木温:糖尿病性眼筋麻痺.眼紀C49:977-980,C19985)高橋洋司:糖尿病性眼筋麻痺.神経内科70:13-21,C20096)奥野泰久,丸毛和男,上田進彦ほか:糖尿病患者に合併した眼筋麻痺.糖尿病23:619-625,C19807)有村和枝,小島祐二郎:糖尿病における外眼筋麻痺.眼臨C89:688-690,C19958)板野瑞穂,菅澤淳,戸成匡宏ほか:大阪医科大学附属病院眼科における糖尿病性眼筋麻痺の検討.眼臨C71:1755-1759,C20179)横山大輔,瀧川円,小野しずかほか:当院における糖尿病眼筋麻痺の予後について.日視会誌43:161-166,C201410)向野和雄,青木繁,庄司治代:糖尿病の神経眼科眼球運動障害.眼紀46:132-137,C199511)筒井亜由美,中村桂子,澤ふみ子ほか:成人の複視に対するフレネル膜プリズムの装用状況.眼臨紀C1:233-239,C2002C***

頭蓋咽頭腫術後にHemifield Slide現象を示した1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014c(00)1224(144)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014cはじめにHemifieldslide現象とは,眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者において斜位または斜視が存在する場合,単眼の鼻側半視野間にずれが生じ,視界の中心部に生じる視覚異常をさす1).眼位が外斜の場合は,単眼の半視野が重複するため視野の中心部に水平性複視を起こし,また内斜の場合は半視野間に解離が生じるため,視野中心部に欠損を生じる臨床上まれな現象である.今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験したので報告する.I症例患者:23歳,男性.主訴:水平性複視.既往歴,家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成25年春頃より両側視野狭窄に気づき,8月近医眼科を受診.両耳側半盲を指摘され,近医脳神経外科を紹介された.精査の結果,下垂体腫瘍を指摘され,精査加療目的にて当院脳神経外科入院となり,術前の視機能評価のため,同月当科初診となった.〔別刷請求先〕王瑜:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YuWang,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine,S1W16Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN頭蓋咽頭腫術後にHemifieldSlide現象を示した1例王瑜橋本雅人川田浩克錦織奈美大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座ACaseofHemifieldSlidePhenomenonafterNeurosurgeryforCraniopharyngiomaYuWang,MasahitoHashimoto,HirokatsuKawata,NamiNishikioriandHiroshiOhguroDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験した.患者は23歳,男性.視野狭窄を自覚し近医を受診したところ,部分型両耳側半盲を認め,画像検査で直径2.5cmの鞍上部腫瘍を認めた.当院脳神経外科で腫瘍摘出され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後視野中心部の水平性複視を自覚.眼位検査では近方14プリズム,遠方10プリズムの外斜位を認め,眼球運動制限はみられなかった.Goldmann視野検査では,両眼ともに垂直子午線に沿った完全型両耳側半盲を認めた.プリズムレンズで斜位矯正したところ,複視は消失した.以上の臨床所見より視野中心部の水平性複視は外斜位と完全型両耳側半盲の合併による,単眼鼻側半視野間の重複(hemifieldslide現象)が原因と考えられた.両耳側半盲患者において,眼球運動障害のない視野中心部の複視がある場合,hemifieldslide現象を念頭に入れておく必要があると思われた.Wereportacasewithhemifieldslidephenomenonafterneurosurgeryforcraniopharyngioma.A23-year-oldmalenoticedvisualfielddefects.Ophthalmologicexaminationdisclosedpartialbitemporalhemianopia;magneticresonanceimaging(MRI)revealeda2.5cm-diametersuprasellarmass,whichwasdiagnosedascraniopharyngiomaafterresectionbyneurosurgery.Afterthesurgery,thepatientnoticedhorizontaldoublevisioninthecentralbin-ocularvisualfields.Ophthalmologicexaminationdisclosedexophoriaatnear(14prism)anddistant(10prism),withnormalocularmotility.Visualfieldexaminationrevealedcompletebitemporalhemianopia.Thediplopiadisap-pearedafterexophoriawascorrectedbyprismlens.Theseclinicalfindingssuggestthatthecentralhorizontaldou-blevisionmayhavebeencausedbytheoverlappingofthetwohalvesofthenasalfieldwithexophoria,theso-called“hemifieldslidephenomenon”.Itshouldbenotedthatsomeexophoricpatientswithbitemporalhemianopiamayexperiencebinoculardiplopiawithoutocularmotorparesis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1224.1226,2014〕Keywords:hemifieldslide現象,両耳側半盲,外斜位,頭蓋咽頭腫,複視.hemifieldslidephenomenon,bitempo-ralhemianopia,exophoria,craniopharyngioma,diplopia. 左眼右眼図1術前の動的視野検査所見左眼は部分的な耳側半盲を示し,右眼は完全耳側半盲を認める.図2術前の中頭蓋窩造影MRI冠状断像辺縁に造影効果を有する鞍上部腫瘍(白矢印)を認める.初診時眼科所見:視力は右眼0.03(0.2×Sph.7.0D),左眼0.05(0.5×.5.75D(cyl-0.5DAx180°)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHg,眼球運動は正常で,瞳孔反応に異常はなかった.前眼部,中間透光体に異常はなく,眼底も正常であった.Goldmann動的視野検査で,右眼は垂直子午線に沿った完全型の耳側半盲を示し,一方,左眼は中心約30°に限局した部分的な耳側半盲を認めた(図1).頭部造影MRI(磁気共鳴画像)検査では,中頭蓋窩部の冠状断像において,辺縁に造影効果を有する直径2.5cm大の鞍上部腫瘤陰影を認めた(図2).同月,経鼻的腫瘍摘出術が施行され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後数日後に両眼の焦点が合わないことに気づき,当院神経眼科外来受診となった.視力は右眼が矯正0.3,左眼が矯正1.0で,眼科初診時よりも左眼に改善傾向を認めた.眼位は,近方視で14プリズム,遠方視で10プリズムの外斜位を認め,red-glass試験で網膜異常対応はなかった.Goldmann視野検査で,術前左眼に残存していた耳側視野は消失し,両眼ともに垂直子午線に沿った完全な両耳側半盲を認めた(図3).治療としてプリズム眼鏡装用を行ったところ,複視は消失し,現在経過観察中である.II考按Hemifieldslide現象は,1972年にKirkhamが初めて提唱した概念で1),眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者に,斜位または斜視が存在する場合,残存する単眼の鼻側半視野の重複あるいは解離によって生じる視覚異常をいう.両耳側半盲,特に完全型の両耳側半盲では,両眼の視野は単眼の鼻側半視野で構成されているため融像範囲がない.したがって,もともと外斜位または外斜視が存在すると視野が重複し,視界の中心付近に限局した水平性複視を自覚する.一方,内斜位あるいは内斜視が存在する場合は半視野間の解離が生じるため,垂直性暗点が生じる(図4).本症例においては,もともと外斜位に加え頭蓋咽頭腫摘出後に完全な両耳側半盲となったことでhemifieldslide現象を呈したと思われた.一般に,頭蓋咽頭腫は小児から若年者に多くみられる脳腫瘍で鞍上部に発症する.頭蓋咽頭腫の大部分は,周辺の神経組織との癒着が強く,摘出後に視覚障害などの合併症が多いとされている2).本症例における術後視野が悪化した原因として,腫瘍の癒着.離時に生じた視交叉部神経組織への侵襲(145)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141225 (146)あるいは視交叉部への栄養血管の破綻,虚血などが関与したのではないかと推察された.これまでにhemifieldslide現象についての報告は,筆者らが調べた限りいくつか散見するにすぎない.O’Neillらは下垂体腺腫の患者で両耳側半盲に外斜位と上斜位を伴った眼球運動障害のない両眼性複視の症例を報告し3),また,vanWaverenらは,外傷による両耳側半盲(外傷性視交叉症候群)の2例について,1例は外斜視を,もう1例は内斜視を伴ったhemifieldslide現象を呈したと報告している4).さらにBorchetらは,両眼の正常眼圧緑内障患者で片眼が下方視野欠損,他眼が上方視野欠損をきたした症例と,両眼の前部虚血性視神経症による上方水平半盲と他眼の下方水平半盲をきたした症例において,垂直方向のhemifieldslide現象を示したと述べている.これら2例はともに,両眼の視野中心部に視野水平線に沿った上半盲,下半盲が各片眼に生じ,斜位を合併していたために起こったのではないかと推察している5).完全両耳側半盲は,両鼻側半視野だけで両眼視野が構成されているため,注視点の奥側は完全な盲区となり深径覚異常を起こす.そのため,両眼対応による融像性輻湊の連動性調整ができにくく,眼位は不安定で斜位が恒常化しやすくなるといわれている1,4).したがって,両耳側半盲患者の長期経過をみていくうえで,視野検査に加え眼位検査も重要な検査であると思われる.さらに,hemifieldslide現象を呈する患者においては,眼位ずれによる中心部の複視,あるいは中心部の視矇感を自覚することも念頭に入れておく必要があると思われる.文献1)KirkhamTH:Theocularsymptomologyofpituitarytumors.ProcRSocMed65:517-518,19722)西村雅史,三村治:中枢性の視野異常.あたらしい眼科26:1627-1633,20093)O’NeillE,ConnellP,RawlukDetal:Delayeddiagnosisinasight-threateninglesion.IrJMedSci178:215-217,20094)vanWaverenM,JagleH,BeschD:Managementofstra-bismuswithhemianopicvisualfielddefects.GraefesArchClinExpOphthalmol251:575-584,20135)BorchetMS,LessellS,HoytWF:Hemifieldslidediplopiafromaltitudinalvisualfielddefects.JNeuroophthalmol16:107-109,1996右眼鼻側視野左眼鼻側視野外斜内斜図4Hemifieldslide現象のシェーマ両眼の視野は単眼鼻側半視野で構成されているため,外斜が存在すると半視野は重複し,内斜がある場合視野は分割され垂直性暗点が生じる.図3術後の動的視野検査所見完全型の両耳側半盲を認める.右眼左眼