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急激に光覚を失った視交叉炎の1例

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(131)13190910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):13191322,2008cはじめに両耳側半盲は視交叉障害により生じる半盲としてきわめて特徴的な所見であり,早期から視交叉部病変の存在を疑う唯一の重要な手がかりである.視交叉障害の原因としては視交叉近傍または視交叉自体の腫瘍や動脈瘤が最も多い.Schief-erら1)によると,視交叉障害の94%は下垂体腺腫や頭蓋咽頭腫などの腫瘍が原因であり,動脈瘤によるものは2%であったとしている.その他に発生頻度は低いが視交叉炎,放射線障害,emptysella症候群,エタンブトール中毒,血管障害,外傷がある.このうち視交叉炎は比較的まれな疾患である.視交叉炎は1912年Roenne2)によってはじめて報告された疾患である.Reynoldsらの文献3)には,視交叉炎の臨床像は球後視神経炎と同じであることから,球後視神経炎による炎症が視交叉に波及した場合と,視交叉自体に炎症が初発した場合の両者を含んでいるように記載されている.球後視神経炎による炎症が視交叉に波及して生じることが多く,視交叉自体に炎症が初発するものはまれである.今回筆者らは,Goldmann視野検査にて,両耳側半盲を呈し視交叉に炎症が初発したと考えられ,急激に光覚消失したが,ステロイドパルス療法で視力,視野の著明な改善がみられた視交叉炎の1例を経験したので報告する.I症例患者:68歳,女性.主訴:両眼視力低下.既往歴・家族歴:特記事項はなかった.〔別刷請求先〕古田基靖:〒514-8507津市江戸橋2-174三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学教室Reprintrequests:MotoyasuFuruta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversity,FacultyofMedicine,2-174Edobashi,Tsu,Mie514-8507,JAPAN急激に光覚を失った視交叉炎の1例古田基靖*1小松敏*2佐野徹*2福喜多光志*2井戸正史*2宇治幸隆*1*1三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学教室*2山田赤十字病院眼科ACaseofChiasmalOpticNeuritiswithSuddenLossofLightPerceptionMotoyasuFuruta1),SatoshiKomatsu2),ToruSano2),MitsushiFukukita2),MasashiIdo2)andYukitakaUji1)1)DepartmentofOphthalmology,MieUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,YamadaRedCrossHospital両耳側半盲を呈し急激に光覚が消失した視交叉炎の1例を経験したので報告する.症例は68歳,女性.約1週間前からの視力低下を自覚し,山田赤十字病院眼科を紹介受診した.さらに視力低下が進行し,Goldmann視野検査で両耳側半盲を呈した.その後両眼視力は光覚なしとなった.視交叉部の磁気共鳴画像(MRI)所見より視交叉炎と診断された.3回にわたるステロイドパルス療法で視力,視野の著明な改善がみられた.両耳側半盲は通常視交叉部の占拠性病変の結果としてみられることが多いが,視交叉炎も原因の一つとして重要であると考えられた.Wereportacaseofchiasmalopticneuritiswithsuddenvisuallossthatmeasuredasnolightperceptioninbotheyes.Thepatient,a68-year-oldfemale,visitedanearbyhospitalcomplainingofvisuallossinbotheyes.FromthereshewasreferredtoYamadaRedCrossHospital.Hercorrectedvisualacuitycontinuedtodecrease.Goldmannperimetryofbotheyesconrmedthepresenceofbitemporalhemianopia.Shebecameblind.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedmarkedenlargementandenhancementofthechiasm.Wediagnosedopticchias-malneuritis.Wetreatedherthreetimeswithcorticosteroidpulsetherapy;sherecoveredhervisualacuityandvisualeld.Althoughspace-occupyingprocessesarethemostcommoncausesofchiasmaldiseases,chiasmalopticneuritisisalsoanimportantcause.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):13191322,2008〕Keywords:視交叉炎,両耳側半盲,ステロイドパルス療法.opticchiasmalneuritis,bitemporalhemianopia,cor-ticosteroidpulsetherapy.———————————————————————-Page21320あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(132)現病歴:1週間ほど前から両眼の視力低下を自覚し,平成17年10月26日近医眼科受診.視力は右眼=0.2(0.6×+3.0D),左眼=0.1(0.4×+3.0D)であった.両白内障手術を目的に,10月28日山田赤十字病院眼科を紹介され受診した.初診時所見:視力は右眼=0.15(0.3×+3.0D(cyl0.5DAx120°),左眼=0.1(0.4×+3.0D(cyl0.5DAx120°).眼圧は右眼13mmHg,左眼14mmHgであった.眼位,眼球運動は正常で,両眼とも相対的瞳孔求心路障害(relativeaerentpapillarydefect:RAPD)はなかった.前眼部は特記すべきことはなく,中間透光体は軽度白内障を認めるものの,眼底所見も視神経乳頭の萎縮や,発赤腫脹などもなく異常を認めなかった.同年11月4日,視力は右眼=0.15(0.3×+3.0D(cyl0.5DAx120°),左眼=0.02(矯正不能)とさらに低下し,Goldmann視野検査では両耳側半盲がみられた(図1).視交叉部病変を疑い頭部コンピュータ断層撮影(CT)を施行したが,視交叉近傍を圧迫する腫瘍などは認めなかった.11月7日,頭部磁気共鳴画像(MRI)を施行したところ,T1強調像にて視交叉の腫脹がみられ(図2),FLAIR(uidattenuatedinversionrecovery)像およびT2強調像にて視交叉および視索に高信号を示したため視交叉炎と診断した.全身検査では心電図正常,血液一般検査,血液生化学検査とも,特に異常所見を認めず,頭部MRIにて多発性硬化症は認められなかった.治療と経過:11月7日緊急入院.入院時視力は右眼=光覚なし,左眼=光覚なし.直接対光反応は反応なしであった.11月8日より視神経炎トライアルで行われた特発性視神経炎の治療に準じて,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg/日,3日間点滴)を開始した.1回目のステロイドパルス療法後直接対光反応はわずかに反応するようになったが,視力は右眼=光覚なし,左眼=光覚なしのままであったため,11月18日より2回目のステロイドパルス療法を行った.2回目終了時には両眼視力手動弁まで改善した.11月28日,視力は右眼=(0.03×矯正),左眼=(0.01×矯正)に改善した.12月6日より3回目のステロイドパルス療法を行ったところ,12月8日に施行したGoldmann視野検査では大幅な視野の改善がみられた(図3).その後12月22日の頭部MRIのFLAIR像にて,視交叉部寄りの両側の視索部分が少し高信号を示しているが,腫脹の著明な改善がみられた(図4).平成18年1月18日,視力は右眼=(0.3×矯正),左眼=(0.3×矯正)と改善.その後再発はなかったが,徐々に両眼白内障が進行してきたため,平成18年10月19日右眼,平成18年11月14日左眼白内障手術を施行した.平成19年11月2日現在,再発もなく視力は右眼=(0.6×矯正),左眼=(0.6×矯正)となっている.経過期間中最高視力は両眼とも0.7まで改善している.現在も慎重に経過観察中である.図1ステロイドパルス療法前視野Goldmann視野検査で,両耳側半盲を認める.図2ステロイドパルス療法前MRI頭部MRIのT1強調像にて視交叉(矢印)の腫脹を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081321(133)II考按両耳側半盲は視交叉部位の障害によりひき起こされる.原因疾患としては腫瘍や動脈瘤などの占拠性病変によるものが多い.Schieferら1)によると,下垂体腺腫によるものが65%と最も多く,つぎに頭蓋咽頭腫15%であり,腫瘍が原因であるものの合計は94%になり,動脈瘤によるものは2%で,残り4%のものが占拠性病変以外のものであったとしている.視交叉炎は1912年Roenne2)によってはじめて報告され,つぎに1925年Traquair4)によって報告された疾患である.Reynoldsらの文献3)には,視交叉炎の臨床像は,病理学的所見,臨床所見,年齢分布,性差,臨床経過ともに球後視神経炎と同じであることから,球後視神経炎による炎症が視交叉に波及した場合と,視交叉自体に炎症が初発した場合の両者を含んでいるように記載されている.1994年に報告されたOpticNeuritisTreatmentTrial(ONTT)5)によると,視交叉炎は多発性硬化症や特発性視神経炎の経過中に現れることがあり,視神経炎症例中の5.1%に認められたとしている.狭義の視交叉炎とは視交叉自体に炎症が初発したもののことで,非常にまれなものである.実際には炎症がどのように波及したかがわからない症例がほとんどである.過去にはSoltauら6)が視交叉の炎症が両側の視神経に波及した症例を報告し,山縣7)は左視交叉前方の内側に生じた炎症が前方へは左全視神経と,後方へは視交叉左側へ波及した症例を報告している.本症例ではGoldmann視野検査で両耳側半盲がみられており,頭部MRIにて両側の視索が高信号を示していたことより,視交叉自体に炎症が生じ,両側の視索に波及したことにより急激に光覚を失ったものと考えられる.Newmanら8)は既報をまとめて,視交叉炎の特徴は女性に圧倒的に多く,視力が回復するまでに数カ月を要し,一般の視神経炎に比べて経過が長いことであるとしており,それ以外はほとんど視神経炎の特徴と似ているということであった.本症例では急激に視力が低下し,光覚が消失した.ステロイドパルス療法にすぐに反応せず,3回のステロイドパルス療法を施行した.最初のステロイドパルス療法から2カ月ぐらいしたところで両眼矯正0.3まで改善した.現在経過観察して2年ぐらいになるが,経過期間中最高視力は両眼とも0.7まで改善している.視交叉炎における視力予後については,症例報告が少ないこともありまとめた報告はないようである.Slamovitsら9)によると,光覚が消失した初発視神経炎12症例について検討し,4例は指数弁までしか回復しなかったとした.また彼らは過去の報告例からは光覚消失例の3050%が0.5未満にとどまっているとしている.宮崎ら10)によると高度の視力障害,特に光覚が消失した例では視力予後は不良であると述べられている.視交叉炎においては山縣7)によると,光覚図43回のステロイドパルス療法後MRI頭部MRIのFLAIR像にて視交叉(矢印)の腫脹の著明な改善を認める.図33回のステロイドパルス療法後視野Goldmann視野検査で,視野の著明な改善を認める.———————————————————————-Page41322あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(134)弁まで低下したものが手動弁までしか回復しなかったとしている.やはり高度の視力障害があると視力予後は不良であるようだが,本症例のように視力の回復がみられるものがある.一般の視神経炎に比べて経過が長いとされる視交叉炎では,今回のようにステロイドパルス療法にすぐに反応しない場合があるため注意が必要である.Spectorら11)やSacksら12)により報告されているように,視交叉炎の原因として多発性硬化症が関係していることが知られている.他にはLyme病に続発したもの13)や全身性エリテマトーデス(SLE)に続発したもの14)が報告されている.本症例では頭部MRIにて多発性硬化症は認められず,血液一般検査,血液生化学検査などの全身検査でも異常を認めず視交叉炎の原因は不明であった.今後は再発や多発性硬化症への移行などに注意しながら慎重に定期観察していく予定である.今回筆者らは視交叉自体に炎症が初発し,急激に光覚消失まで視力低下したが,ステロイドパルス療法にて大幅に視力,視野が改善した非常にまれな症例を経験した.視交叉炎はまれではあるが,両耳側半盲を呈する占拠性病変以外の原因の一つとして重要であると考えられた.文献1)SchieferU,IsbertM,MikolaschekEetal:Distributionofscotomapatternrelatedtochiasmallesionswithspecialreferencetoanteriorjunctionsyndrome.GraefesArchClinExpOphthalmol242:468-477,20042)RoenneH:UeberdasVorkommeneineshemianopischenzentralenSkotomsbeidisseminierterScleroseundretro-bulbarerNeuritis.KlinMonatsblAugenheilkd50:446-448,19123)ReynoldsWD,SmithJL,McCraryJA:Chiasmalopticneuritis.JClinNeuro-ophthalmol2:93-101,19824)TraquairHM:Acuteretrobulbarneuritisaectingtheopticchiasmandtract.BrJOphthalmol9:433-450,19255)KeltnerJL,JohnsonCA,SpurrJOetal:Visualeldproleofopticneuritis.One-yearfollow-upintheOpticNeuritisTreatmentTrial.ArchOphthalmol112:946-953,19946)SoltauJB,HartWM:Bilateralopticneuritisoriginatinginasinglechiasmallesion.JNeuro-Ophthalmol16:9-13,19967)山縣祥隆:視交叉炎の一例.神経眼科19:469-476,20028)NewmanNJ,LessellS,WinterkornJM:Opticchiasmalneuritis.Neurology41:1203-1210,19919)SlamovitsTL,RosenCE,ChengKPetal:Visualrecov-eryinpatientswithopticneuritisandvisuallosstonolightperception.AmJOphthalmol111:209-214,199110)宮崎茂雄,藤原理恵,下奥仁ほか:高度の視力障害をきたした視神経炎症例の視力予後について.神経眼科10:15-19,199311)SpectorRH,GlaserJS,SchatzNJ:Demyelinativechias-mallesions.ArchNeurol37:757-762,198012)SacksJG,MelenO:Bitemporalvisualelddefectsinpre-sumedmultiplesclerosis.JAMA234:69-72,197513)ScottIU,Silva-LepeA,SiatkowskiRM:Chiasmalopticneuritisinlymedisease.AmJOphthalmol123:136-138,199714)FrohmanLP,FriemanBJ,WolanskyL:Reversibleblind-nessresultingfromopticchiasmatissecondarytosystem-iclupuserythematosus.JNeuro-Ophthalmol21:18-21,2001***