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著明な視力回復がみられた外傷性眼球脱臼の1 例

2011年2月28日 月曜日

300(14あ6)たらしい眼科Vol.28,No.2,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(2):300.302,2011cはじめに眼球脱臼とは,眼球が眼窩中隔の外に出て,視神経・外眼筋・球結膜などの眼球付着物がある程度付着保存されているものと定義されている1).突発的な外傷あるいは自傷行為が原因の外傷性眼球脱臼については,国内外ともに報告は少なく,ほとんどが1例報告である1~9).海外の報告例では光覚消失6),眼球癆7,8)や眼球摘出9)など,その視力予後は不良なものが大多数を占めている.今回筆者らは,外傷性の眼球脱臼で受診時に光覚を消失していたにもかかわらず,最終的に良好な視力回復が得られた症例を経験したので報告する.I症例患者:70歳,男性.主訴:左眼球突出,視力低下.現病歴:2009年11月30日19時ごろ,飲酒後に風呂場で転倒.浴槽の角に左眼を強打し視力低下を自覚した.近医を受診したところ左眼球脱臼を認めたため,同日23時に当院救急外来に搬送された.既往歴:アルコール性肝障害.初診時眼科所見:視力;RV=0.7(1.2×+1.25D(cyl.0.75DAx60°),LV=光覚なし.左眼直接対光反射消失.左眼球は上下眼瞼縁を越えて露出しており,耳側および鼻側の結膜裂傷を認めた(図1a,b).前眼部で左角膜びらんを認めたが,中間透光体は異常なかった.左眼網膜色調は良好であった.Computedtomography(CT)で,外直筋の眼球付着部での断裂が疑われた.視神経断裂の有無は,CTでは詳細不明であった.眼窩骨折は認められなかった(図1c).臨床経過:外来処置室において,1%キシロカインRで眼〔別刷請求先〕原克典:〒693-8501出雲市塩冶町89-1島根大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KatsunoriHara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShimaneUniversityFacultyofMedicine,89-1Enya-cho,Izumo,Shimane693-8501,JAPAN著明な視力回復がみられた外傷性眼球脱臼の1例原克典谷戸正樹児玉達夫高井保幸太根ゆさ松岡陽太郎大平明弘島根大学医学部眼科学講座MarkedRecoveryofVisioninaCaseofTraumaticGlobeLuxationKatsunoriHara,MasakiTanito,TatsuoKodama,YasuyukiTakai,YusaTane,YotarouMatsuokaandAkihiroOhiraDepartmentofOphthalmology,ShimaneUniversityFacultyofMedicine光覚消失後に良好な視力回復が得られた,外傷性眼球脱臼の1例を経験した.症例は70歳,男性.飲酒後に風呂場で転倒した際に浴槽の角で左眼を打ち付け,左眼球脱臼をきたした.当院受診時,左眼は光覚なく,対光反射は消失していた.受傷後4時間で眼球を整復し,翌日からステロイドパルス治療を行った.受傷後5カ月で左眼視力は1.2に回復した.左視神経乳頭近傍の網脈絡膜萎縮と,それに一致する視野欠損を残した.良好な視力予後に寄与する要因として,①早期の脱臼整復,②視神経断裂・網膜中心動脈閉塞がない,③ステロイドパルス治療の可能性が考えられた.A70-year-oldmale,whiletakingabath,struckthecornerofthebathtubwithhisface,causingglobeluxationofhislefteye.Intheinitialexaminationatemergencyroom,visualacuitywasnolightreception,andtheleftpupildidnotrespondtolightstimulation.Thepatientunderwentrepositioningofhisleftglobe4hoursaftertheinjury,thenreceivedintensivesteroidtherapyfor3days.At5monthsaftertheinjury,visualacuityhadrecoveredto1.2.Fundusandvisualfieldexaminationsrevealedparapapillaryretinochoroidalatrophyandcorrespondingscotomainhislefteye.Promptrepositioningoftheeyeglobeaftertheinjury,absenceofopticnerveavulsionandcentralretinalarteryocclusion,anduseofsteroidmedicationarepossibleexplanationsofthegoodvisualacuityprognosisinthiscase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(2):300.302,2011〕Keywords:外傷性眼球脱臼,眼球整復,網脈絡膜萎縮,視力回復,ステロイドパルス.traumaticglobeluxation,repositioningofeyeglobe,retinochoroidalatrophy,recoveryofvision,steroidpulsetherapy.(147)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011301球周囲と眼窩内に浸潤麻酔を行った後,デマル(Desmarres)鈎を用いて眼瞼縁を眼球前方に牽引し,眼球整復を行った(図1d).受傷から整復までに要した時間は約4時間であった.整復直後に左眼視力は光覚ありとなったが,上外転障害を認めた.整復後に撮影したMRI(磁気共鳴画像)では,左眼球がやや内転位を呈し,左外直筋の眼球付着部付近での連続性が不明瞭となっていた.視神経に関しては,眼窩内での連続性は保たれていたが,眼窩尖端部から視神経管レベルでの左視神経描出が対側に比べ不良であり,同部位での損傷が示唆された.受傷翌日,手術室において左眼外直筋整復術を図1症例の経過観察a,b,c:初診時の顔写真(a:正面,b:左側面)と頭部CT(c).左眼眼球脱臼を認める.d:整復術直後の顔写真.眼球脱臼は整復されている.e,f:受傷後5カ月の左眼眼底写真(e)とGoldmann視野(f).視神経乳頭近傍の網脈絡膜萎縮とそれに一致する暗点を認める.acebdf302あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(148)試みた.術中,上直筋の断裂を認めたが断端は確認できなかった.外直筋は不全断裂の状態で,挫滅が高度なため縫合処置を行えなかった.術後,左眼視力は手動弁であった.整復術当日よりプリドールR1,000mg/日で,ステロイドパルス治療を3日間施行した.受傷5日目に左眼矯正視力は0.03に改善した.Goldmann視野検査で,左眼の視野狭窄,Mariotte盲点に連続する絶対暗点,および中心比較暗点を認めた.9方向眼位では,上外転障害のため,正面視で軽度内下転位となっていた.その後,左眼矯正視力は受傷4週後に0.4,8週後に0.6,12週後には1.0と回復していった.受傷5カ月後,左眼矯正視力1.2まで改善した.左内斜視は残存していた.眼底検査で,左視神経乳頭下耳側に網脈絡膜萎縮がみられた(図1e).Goldmann視野検査では,網脈絡膜萎縮に一致した暗点を認めた(図1f).網脈絡膜萎縮は,同部位の支配血管である短後毛様動脈の障害に起因すると考えられた.視力回復に伴い,複視の症状が出現した.Worth4灯検査で遠見,近見ともに同側性複視の所見がみられたが,日常視においては,近見でのみときどき複視を自覚した.網脈絡膜萎縮に一致した暗点が,複視の自覚を軽減している可能性が考えられた.頭位の異常なく,プリズム眼鏡装用による自覚症状の改善は認めなかった.II考按1983年以降,わが国で発表された外傷性眼球脱臼症例の報告は5例ある(表1)1~5).そのうち1例は眼球摘出,3例は最終視力で光覚を消失しており,1例のみに1.0の視力回復を認めている.これらの症例報告の受傷状況と今回の症例から,外傷性眼球脱臼で,良好な視力予後に寄与する要因として,つぎの3点の可能性が考えられた.1つ目は,受傷早期に脱臼整復を行うことである.視力予後の良かった外江らの症例では受診後ただちに整復を行っていた3).筆者らの症例でも受傷後約4時間と比較的早い時期での整復を施行していた.ただし,光覚を消失した症例も比較的早期に脱臼整復を行っており,整復におけるcriticaltimeは明らかでなく,今後の症例の蓄積が待たれる.2つ目は,受傷時に視神経断裂や網膜中心動脈閉塞症のように高度な視機能障害が存在していないことである.視力予後が不良であった4例のうち,3例に網膜中心動脈閉塞症が確認され,1例で視神経断裂が併存していた.3つ目は,ステロイド治療の有無である.5例中4例でステロイド加療は行われていなかった.筆者らの症例では,眼球整復後にステロイドパルス治療を施行している4).ステロイド治療の有効性については症例報告が限られているため断定はできないが,外傷時の視神経および視神経周囲の炎症性浮腫の軽減と,それに伴う循環改善が良好な視力予後に寄与したと考えられた.過去の報告例では加療にもかかわらず,ほとんどが失明している.光覚なしから矯正視力1.2まで回復した筆者らの症例は非常にまれであったと考えられる.受傷時の眼窩内損傷の程度は偶発的であるが,受傷後ただちに眼球を整復し,ステロイドパルス療法を行うことが,良好な視力予後に寄与する可能性がある.文献1)福喜多光一:外傷性眼球脱臼の1例.臨眼81:777-780,19872)福原晶子,大原輝幸:眼球保存できた外傷性眼球脱臼の1例.臨眼82:1505-1508,19883)外江理,上野山さち,雑賀司珠也ほか:外傷性眼球脱臼の1例.臨眼46:1172-1174,19924)鈴木由美,川久保洋,島田宏之ほか:外傷性眼球脱臼の1例.眼科38:605-609,19965)鈴木崇弘,山家麗,赤塚一子ほか:外傷性眼球脱臼に対し眼球整復術を施行した1例.臨眼57:833-835,20036)BajajMS,PushkerN,NainiwalSKetal:Traumaticluxationoftheglobewithopticnerveavulsion.ClinExperimentOphthalmol31:362-363,20037)KiratliH,TumerB,BilgicS:Managementoftraumaticluxationoftheglobe.Acasereport.ActaOphthalmolScand77:340-342,19998)AlpB,YanyaliA,ElibolOetal:Acaseoftraumaticglobeluxation.EurJEmergMed8:331-332,20019)LelliGJJr,DemirciH,FruehBR:Avulsionoftheopticnervewithluxationoftheeyeaftermotorvehicleaccident.OphthalPlastReconstrSurg23:158-160,2007表1わが国での外傷性眼球脱臼の報告報告年報告者年齢・性別眼底所見受傷機転受診時視力退院後視力整復までの時間ステロイド治療1987福喜多ら15歳・男性CRAO木の枝LS(.)LS(.)約3時間(.)1988福原ら10歳・女性CRAO転倒LS(.)LS(.)受傷当日(.)1992外江ら10歳・男性特記異常なし鉄棒0.03(n.c.)0.7(1.0)受診後ただちに(.)1996鈴木由美ら27歳・男性CRAO鉄パイプLS(.)眼球摘出(+)2003鈴木崇弘ら58歳・女性視神経断裂ハンドルに殴打LS(.)LS(.)受傷当日(.)2011原ら(本報)70歳・男性特記異常なし転倒LS(.)0.5(1.2)約4時間(+)CRAO:centralretinalarteryocclusion,LS:光覚.

診断に苦慮したLeber 遺伝性視神経症の1 例

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(139)139《原著》あたらしい眼科28(1):139.143,2011cはじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy)は1871年にLeberによってはじめて報告された遺伝性視神経疾患である1).おもに10歳代から30歳代にかけての男性に多く,両眼性の急性または亜急性の視力低下で発症し,左右発症時期の差はあっても最終的には両眼の視神経萎縮へと進行する2).以前は臨床所見と家族歴によって診断され,確定診断は容易ではなかったが,1988年Wallaceら3)によりNADH(ジハイドロニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)デヒドロゲナーゼのサブユニット4領域にあるミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列11778番目に位置するグアニンのアデニンへの変換(以下,11778番変異)〔別刷請求先〕南野桂三:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:KeizoMinamino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN診断に苦慮したLeber遺伝性視神経症の1例南野桂三*1安藤彰*1竹内正光*2髙橋寛二*3小池直子*1小林かおる*1秋岡真砂子*1河合江実*1白紙靖之*4森秀夫*5西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2竹内眼科医院*3関西医科大学附属枚方病院眼科*4しらかみ眼科*5大阪市立総合医療センター眼科AnAtypicalCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyKeizoMinamino1),AkiraAndo1),MasamitsuTakeuchi2),KanjiTakahashi3),NaokoKoike1),KaoruKobayashi1),MasakoAkioka1),EmiKawai1),YasuyukiShirakami4),HideoMori5)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)TakeuchiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,4)ShirakamiEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospitalLeber遺伝性視神経症はミトコンドリアDNAの異常により発症する遺伝性視神経疾患で,若年男性に多く最終的に両眼の視神経萎縮に至る.筆者らは56歳の男性で家族歴がなく副鼻腔炎の手術既往があるため鑑別に苦慮したが,最終的に遺伝子検査によってLeber遺伝性視神経症と判明した1例を経験した.本症例は両眼の緑内障で治療を受けるも比較的急速に視野障害が進行し,視神経炎を疑われて紹介された.診断に苦慮した原因として,56歳とLeber遺伝性視神経症の好発年齢よりも高齢であったこと,8人兄弟であるが本人のみ異母兄弟であることが後ほど判明したこと,緑内障性視神経萎縮のため乳頭発赤などLeber遺伝性視神経症の初期変化が明瞭に認められなかったことなどが考えられた.視神経炎症状を呈し,診断がつかない症例ではLeber遺伝性視神経症を考慮する必要がある.A56-year-oldmalewasreferredtoourhospitalforsuspectedopticneuritis.Hehadbeentreatedforglaucoma,withnohistoryofsinusitisorfamilyhistory.Best-correctedvisualacuity(BCVA)was0.02and0.08inhisrightandlefteye,respectively.Visualfieldexaminationdisclosedcentralscotomaintherighteyeandsuperonasalvisualfielddefectintheleft.MitochondrialDNAanalysisrevealedpointmutationat11778,leadingtoadiagnosisofLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).Thepresentcasewasdifficulttodiagnosebecauseoftheelderlyage(56years)ascomparedtothepredominantonsetageofLHON,ahalf-brotherin8brothers,andthefactthathyperemiaoftheopticdisc,acharacteristicinitialchangeofLHON,hadnotbeenobservedduetoglaucomatousopticatrophy.LeftBCVArecoveredto0.5morethanoneyearlater,perhapsasaresultofcomparativeconservationofthemacularnervefibers.Whenapatientwithblurredvisionofuncertainetiologyisexamined,itisimportanttoruleoutLHONregardlessofpatientageandhyperemiaoftheopticdisc.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):139.143,2011〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,緑内障,遺伝子診断,視力回復,黄斑線維束.Leber’shereditaryopticneuropathy,glaucoma,analysisofmitochondrialDNA,recoveryofbestcorrectedvisualacuity,macularnervefivers.140あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(140)がLeber遺伝性視神経症と特異的に関連する事例が報告され診断に応用されるようになった.現在までに11778番塩基変異以外にもLeber遺伝性視神経症の発症に強く関与する,いわゆるprimarymutationはmtDNAの6カ所以上報告されている4~6).そのうちの3460番変異,11778番変異,14484番変異の3つの変異でLeber遺伝性視神経症の90%近くを占め7,8),わが国では90%が11778番変異を有する9).今回筆者らは56歳の男性で,初診時に他院で両眼の緑内障の診断がついており家族歴がないことや副鼻腔炎の手術の既往があることから臨床診断に苦慮したが,最終的に遺伝子検査で11778番変異がみられLeber遺伝性視神経症と診断した1例を経験した.I症例患者:56歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:平成20年6月頃から両眼の視力低下を自覚して近医(内科)を受診,視野欠損を疑われ,平成20年6月6日に総合病院眼科を紹介となる.そこでの初診時視力は両眼とも矯正視力1.0以上あり,初診時眼圧は両眼とも24mmHgであった.眼底所見では両眼とも視神経乳頭の高度な陥凹拡大(両眼ともC/D比〔陥凹乳頭比〕0.8~0.9)と右眼に黄斑部を含む神経線維層欠損(NFLD),左眼に上下のNFLDを認めた.視野検査では両眼ともNFLDに一致した視野欠損を認めたことから,両眼原発開放隅角緑内障と診断され,緑内障点眼(ラタノプロスト点眼を両眼に1回/日)を処方され,6月24日の再診時に眼圧が右眼16mmHg,左眼15mmHgであった.十分に眼圧下降が得られたと判断され,定期的な経過観察のため近医を紹介された.この近医で平成20年の7月に2回定期診察されたが,両眼とも矯正視力は1.0以上あり,眼圧も右眼は17~19mmHg,左眼は16mmHgであった.しかし,視力低下の自覚が強くなり,患者本人が別の近医を平成20年8月1日に受診した.その近医での初診時視力は右眼矯正0.1,左眼矯正0.9,眼圧は前医の緑内障点眼使用下で右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.ここでも両眼の視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ともC/D比0.9)とNFLD以外の異常所見は認められず,両眼原発開放隅角緑内障と診断された.以後経過観察中に緑内障点眼を追加された(ブリンゾラミド点眼を両眼に2回/日)が,さらに自覚症状が悪化し(視力は9月3日では右眼矯正0.08,左眼矯正0.6,10月24日では右眼矯正0.02,左眼矯正0.2,10月31日では右眼矯正0.03,左眼矯正0.06),急速な視野の進行と視力低下を認めたため11月1日に関西医科大学附属滝井病院を紹介受診となる.既往歴:19歳時に副鼻腔炎に対して手術加療.生活歴:喫煙歴,飲酒歴なし.嗜好に特記すべきことなし.家族歴:両親,8人兄弟(男性3人,女性5人)に眼科疾患なし.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+1.0D(cyl.2.0DAx80°),VS=0.08(0.08×sph.0.5D(cyl.0.5DAx90°),眼圧はラタノプロスト点眼およびブリンゾラミド点眼を両眼に使用して右眼14mmHg,左眼12mmHgであった.中心フリッカー値は右眼10.6Hz,左眼17.8Hzと低下していたが,瞳孔反応は正常で相対的入力瞳孔反射異常(RAPD)はみられなかった.両眼とも前眼部および中間透光体に異常なく隅角はShaffer分類Grade3~4であった.眼底は両眼とも視神経に高度な視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ab図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも高度な視神経乳頭陥凹拡大と右眼には黄斑線維束を含むNFLD,左眼には上下にNFLDがみられる.(141)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011141ともC/D比0.9)とNFLDが認められた(図1).視野検査で右眼の中心暗点と左眼の鼻上側の視野欠損が認められた(図2).経過:頭部コンピュータ断層撮影(CT)では占拠性の頭蓋内病変や副鼻腔炎所見はみられず,磁気共鳴画像(MRI)〔STIR(shortinversiontimeinversion-recovery)法〕では視神経の高信号は認められなかった.視覚誘発反応画像システム(VERIS)では右眼に軽度の感度低下を認めたが,急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)やoccultmaculardystrophyなどを疑う所見は認められなかった(図3).血液検査では白血球8,000/μl,赤血球417×104/μl,赤沈13mm/hr,C反応性蛋白(CRP)0.02mg/dl,抗核抗体陰性,リウマチ因子3IU/ml,TP(トレポネマ・パリズム)抗体陰性,ACE(アンギオテンシン変換酵素)19.9IU/l,ビタミンB14.5μg/dl,ビタミンB212.7μg/dl,ビタミンB12590pg/mlと正常で炎症性疾患や栄養障害性視神経症は否定的であった.フルオレセイン蛍光眼底造影所見では,両眼とも血流障害や視神経の過蛍光などの所見は認められなかった(図4).臨床経過ab図3VERIS(平成20年11月6日)a:右眼,正常.b:左眼,軽度の感度低下.ab図2Goldmann視野(初診時)a:左眼.上下のビエルム領域の暗点がつながり,内部イソプターが穿破したために生じたような鼻上側の視野欠損がみられる.b:右眼.中心暗点がみられる.142あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(142)や臨床所見から球後視神経炎が示唆されたため,11月27日に入院のうえステロイドパルス療法を施行したが効果は認められなかった.入院中に再度家族歴を問診しなおしたところ,8人兄弟であるが本症例のみ異母兄弟であることが判明したため,ミトコンドリア遺伝子検査を行い,mtDNA11778番塩基対に点突然変異が認められLeber病と診断した.コエンザイムQ10とビタミンB12の内服およびラタノプロスト点眼とブリンゾラミド点眼を続け,平成21年12月8日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.2,平成22年2月9日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.5,平成22年5月11日の視力は右眼矯正0.09,左眼矯正0.8,平成22年7月6日の視力は右眼矯正0.06,左眼矯正1.0と左眼視力は経時的に回復した.II考按Leber遺伝性視神経症はおもに10歳代から30歳代にかけての男性に両眼性に急性または亜急性の視力低下で発症する2)が,今回筆者らは56歳で発症した1例を経験した.本症例では当初視神経炎,虚血性視神経症,遺伝性視神経症,中毒性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどを疑ったが生活歴や家族歴から遺伝性視神経症,中毒性視神経症は考えづらく,虚血性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどの鑑別のためにCT,MRI,VERIS,血液検査,フルオレセイン蛍光造影(FA)を施行したが確定診断には至らなかった.最終的に遺伝子検査により診断が確定したが,好発年齢から外れていることや,視神経乳頭陥凹拡大が高度でLeber遺伝性視神経症で特徴的とされる視神経乳頭発赤と乳頭周囲の毛細血管拡張などの所見が検眼所見やFA所見でも明らかではなく,8人兄弟で本人が異母兄弟であることがわからなかったため診断に苦慮した.総合病院眼科初診時では視力は両眼とも矯正1.0,眼圧は右眼24mmHg,左眼24mmHgと高く視神経乳頭陥凹拡大もC/D比0.8~0.9と高度で,視野も右眼中心暗点と左眼鼻上側の視野欠損がみられ,両眼ともNFLDの部位と一致することから緑内障があったことは間違いないと思われる.このためLeber遺伝性視神経症の初期変化を捉えられなかった可能性が高い.自覚症状がでてからすぐに眼科を受診してacbd図4フルオレセイン蛍光眼底造影写真(初診時)a:右眼早期(50秒),b:左眼早期(56秒),c:右眼後期(5分57秒),d:左眼後期(5分50秒).両眼とも視神経乳頭からの蛍光漏出や網膜血管,網膜に異常を認めない.(143)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011143視力が良好であったことからも眼科初診時がLeber遺伝性視神経症の萎縮期であった可能性は低い.現在までにわが国でのLeber遺伝性視神経症を伴うmtDNAの点変異と緑内障の相関を調べた報告では両疾患が合併する可能性はまれであり10),本症例は緑内障にmtDNAの点変異を伴い,Leber遺伝性視神経症を発祥していることから疫学的にまれな症例と思われる.しかしLeber遺伝性視神経症の萎縮期には視神経乳頭の陥凹が認められHeidelbergretinaltomography(HRT)の緑内障判定プログラムで73%が緑内障と判断されるという報告があり11),本症例のように緑内障にLeber遺伝性視神経症が合併している場合は慎重な判断が必要である.Leber遺伝性視神経症の特徴として黄斑線維束のNFLDがあげられるが,本症例では右眼には黄斑線維束を含む高度なNFLDが存在し,左眼には視神経乳頭の上下の高度なNFLDが存在するが黄斑線維束には明らかなNFLDは認められなかった.Leber遺伝性視神経症における視力回復は,Mariotte盲点につながる傍中心暗点の一部に感度のよい領域が出現して,ごく狭い限られた部分で感度が回復する.このような中心暗点はfenestratedcentralscotomaとよばれている12).本症例では,確定診断後に1年以上経過してから左眼の視力が矯正1.0まで改善している.これは左眼には黄斑線維束に高度なNFLDが存在しないことから,黄斑部の神経線維層が比較的保たれ,左右でNFLDの部位と程度に差があり視力予後に影響したと考えられた.11778番変異に伴うLeber遺伝性視神経症の視力回復はきわめてまれであり9),本症例は予後良好であったといえる.今回,現病歴,既往歴,生活歴,家族歴,臨床所見から鑑別診断が困難であった11778番変異によるLeber遺伝性視神経症の症例を経験した.Leber遺伝性視神経症の好発年齢は若年であるが,Mashimaらはわが国におけるLeber遺伝性視神経症について11778番変異である69人の年齢分布では4~50歳(平均24.6歳)であったと報告している9).本症例のように56歳のLeber遺伝性視神経症発症はまれなものと考えられるが,視神経炎症状を呈し確定診断がつかない場合はLeber遺伝性視神経症を考慮する必要があると思われた.文献1)LeberT:Ueberhereditareundcongenital-angelegteSehnervenleiden.GraefesArchClinExpOpthalmol2:249-291,18712)HottaY,FujikiK,HayakawaMetal:ClinicalfeaturesofJapaneseLeber’shereditaryopticneuropathywith11778mutationofmitochondrialDNA.JpnJOphthalmol39:96-108,19953)WallaceDC,SinghG,LottMTetal:MitochondrialDNAmutationassociatedwithLeber’shereditaryopticneuropathy.Science242:1427-1430,19884)BrownMD,WallaceDC:SpecutrumofmitochondrialDNAmutationsinLeber’shereditaryopticneuropathy.ClinNeurosci2:138-145,19945)LamminenT,MajanderA,JuvonenVetal:Amitochondrialmutationat9101intheATPsynthase6geneassociatedwithdeficientoxidativephosphorylationinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet56:1238-1240,19956)DeVriesDD,WentLN,BruynGWetal:GeneticandbiochemicalimpairmentofmitochondrialcomplexIactivityinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathyandhereditaryspasticdystonia.AmJHumGenet58:703-711,19967)HowellN:PrimaryLHONmutations:Tryingtoseparate“fruyt”from“chaf”.ClinNeurosci2:130-137,19948)MackeyDA,OostraRJ,RosenbergTetal:PrimarypathogenicmtDNAmutationsinmultigenerationpedigreswithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet59:481-485,19969)MashimaY,YamadaK,WakakuraMetal:SpectrumofpathogenicmitochondrialDNAmutationsandclinicalfeaturesinJapanesefamilieswithLeber’shereditaryopticneuropathy.CurrEyeRes17:403-408,199810)InagakiY,MashimaY,FuseNetal:MitochondrialDNAmutationswithLeber’shereditaryopticneuropathyinJapanesepatientswithopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol50:128-134,200611)MashimaY,KimuraI,YamamotoYetal:OpticdiscexcavationintheatrophicstageofLeber’shereditaryopyicneuropathy:comparisonwithnormaltensionglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol241:75-80,200312)StoneEM,NewmanNJ,MillerNRetal:VisualrecoveryinpatientswithLeber’shereditaryopticneuropathyandthe11778mutation.JClinNeuro-opthalmol12:10-14,1992***