《原著》あたらしい眼科34(10):1470~1473,2017副鼻腔真菌症による両眼性鼻性視神経症で片眼失明した1例武田昌也*1井上裕治*2森樹郎*3*1東京警察病院眼科*2自治医科大学眼科学講座*3虎の門病院眼科CACaseofUnilateralBlindnessFollowingBilateralRhinogenicOpticNeuropathyMasayaTakeda1),YujiInoue2)andMikiroMori3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital免疫機能障害をきたす基礎疾患はとくにないが,両眼に鼻性視神経症を発症した症例を経験した.症例はC75歳,女性.右眼周囲,頭部,頸部痛,右眼視力低下を自覚し,近医を受診した.両眼白内障と診断され,右眼白内障手術施行後,右眼光覚なしとなり,左眼はCGoldmann動的視野検査(GP)で中心暗点および耳側と上方の感度低下を認めた.頭部CMRI(magneticCresonanceCimaging)検査で右蝶形骨洞に高信号を認め,虎の門病院紹介となった.左眼CHum.phrey静的視野検査C30-2では中心部上方に絶対暗点,鼻側と耳側に感度低下を認めた.頭部CCT(computedtomogra.phy)検査で右後部篩骨洞に軟部陰影を認め,さらに下垂体前壁の骨破壊像を認めた.浸潤型副鼻腔真菌症を疑い,耳鼻咽喉科で両側蝶形骨洞開放術による減圧および内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行した.検体からCAspergillusfumigatusが検出されたため,ボリコナゾール(ブイフェンド.)を投与開始した.その後,右眼視力は光覚なしのまま改善はみられなかった.左眼視力,限界フリッカ値(CFF),中心暗点には大きな変化は認められなかったが,耳側の視野障害は徐々に改善した.CWeCreportCaC75-year-oldCfemaleCwhoCsu.eredCbilateralCvisualCimpairmentCfollowingCparanasalCsinusCfungalCinfection.Thepatientpresentedwithperiorbitalpain,headacheandvisualimpairmentinherrighteye,whichhadnotrecoveredfromcataractsurgeryanddiminishedtonolightperception.Centralscotomaandsensitivitydepres.sionwerepresentinthelefteye.Magneticresonanceimaging(MRI)showedenhancementintherightsphenoidalsinus.CComputedCtomography(CT)disclosedCaCsoftCtissueCandCboneCdefectCinCtheCparanasalCsinus.CSheCunderwentCradicalantrotomywithsystemicantifungaltreatment.Nasalbiopsyidenti.edAspergillusfumigatus.Despitetreat.ment,nolightperceptioncontinuedintherighteye;critical.ickerfrequency(CFF)andcentralscotomadidnotrecoverinthelefteye,whilesensitivitydepressioninthelefteyerecoveredslowly.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(10):1470~1473,C2017〕Keywords:副鼻腔真菌症,鼻性視神経症,視力障害.paranasalsinus,aspergillosis,rhinogenicopticneuropathy,visualimpairment.Cはじめに鼻性視神経症は,副鼻腔.胞あるいは副鼻腔炎により視神経の障害をきたす疾患である.多くは片眼性であるが,両眼性の報告もある1).原因菌として,StreptcoccusCpneumoni-ae,HaemophilusCin.uenzae,StaphylococcusCaureus,MoraxellaCcatarrhalisなどが多いが,真菌感染により生じるものもある1~4).副鼻腔の真菌感染は,上顎洞に生じることが多いが,蝶形骨洞や後部篩骨洞に生じた場合は視神経に炎症が波及しやすいため,鼻性視神経症となることがある5,6).糖尿病や肝疾患など免疫能低下の症例に多いことが報告されている7,8).とくに免疫能の低下した症例では頭蓋底に浸潤して死に至る〔別刷請求先〕武田昌也:〒164-8541東京都中野区中野C4-22-1東京警察病院眼科Reprintrequests:MasayaTakeda,DepatrmentofOphthalomology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,4-22-1Nakano,Nakano-ku,Tokyo164-8541,JAPAN1470(132)こともある9).しかし,眼底所見に乏しい場合は,診断が遅れることがある.今回,免疫能低下をきたす基礎疾患がとくにないが,両眼に鼻性視神経症を発症した症例を経験したので報告する.CI症例患者:75歳,女性.主訴:右眼視力低下.既往歴:うつ,非結核性抗酸菌症,骨粗鬆症,過活動膀胱の既往があるが,受診時には改善しており,常用薬はなかった.現病歴:2014年C1月に右眼周囲,頭部,頸部の痛みが出現し,3月より右眼視力低下を自覚した.4月に他院を受診し,右眼矯正視力C0.3,左眼矯正視力C0.5で,両眼に核白内障が認められた.視力低下は白内障が原因と判断され,5月に右眼の白内障手術を施行したが,自覚的には視力は改善せず,4日後に右眼光覚なしとなった.左眼はCGoldmann動的視野検査(Goldmannperimeter:GP)にて,中心暗点を認図1左眼Goldmann動的視野検査(2014年5月)中心暗点,上方の感度低下を認める.め,上方の内部イソプターが狭窄していた(図1).頭部MRI(magneticCresonanceCimaging)検査にて右蝶形骨洞に高信号を認めたため,虎の門病院耳鼻咽喉科に紹介され,6月に眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼光覚なし,左眼矯正視力C0.4,眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C13CmmHg,限界フリッカ値(criti-図2眼底写真右眼視神経乳頭が若干蒼白で,一部網膜の萎縮を認めた.左眼視神経乳頭下方辺縁の菲薄化を認めた.図3左眼Humphrey静的視野検査30-2(2014年6月)中心部上方に絶対暗点,とくに下鼻側に強い感度低下を認めた.図4頭部単純CT右後部篩骨洞に軟部陰影,下垂体前壁に骨破壊像を認めた.図5左眼Goldmann動的視野検査(2014年6月)術前と比較し,中心暗点の大きさは著変なかった.図6左眼Humphrey静的視野検査30.2a:6-1C2014年C6月,Cb:6-2C2014年C7月,Cc:6-32014年C10月.耳側の感度低下は徐々に改善した.CcalCflickerCfrequency:CFF)は右眼計測不能,左眼C33CHz薄化を認めた.であった.前眼部,中間透光体に異常所見はなかった.両眼Humphery静的視野検査C30-2では左眼中心部上方に感度底は豹紋状で(図2),右眼の視神経乳頭は若干蒼白で傾斜し低下を認めた.視神経乳頭陥凹拡大が下方にあるため,緑内ていた.左眼の視神経乳頭の色調は良好だが,下方辺縁の菲障の合併が考えられた.また,耳側と下鼻側に感度低下を認めた(図3).頭部CCT(computedCtomography)検査では,右後部篩骨洞の軟部陰影と下垂体前壁の骨破壊像を認めた(図4).血液検査に特記すべき異常はなかった.臨床経過:CTでの骨破壊像より浸潤型副鼻腔真菌症が疑われたため,6日後に耳鼻咽喉科で両側蝶形骨洞開放術による減圧および内視鏡下鼻内副鼻腔手術を施行した.術中,右後部篩骨洞に膿性貯留物,炎症性粘膜肥厚,少量の菌塊を認め,真菌感染が強く疑われた.骨破壊を認めたが,明らかな骨欠損は認めなかった.術後に右副鼻腔洗浄とリボソーマルアンホテリシンCB(アムビゾーム.)の全身投与を開始した.術C5日後に検体からAspergillusCfumigatusが検出され,ボリコナゾール(ブイフェンド.)の全身投与を開始した.術C7日後,視力は両眼とも改善せず,CFFは右眼計測不能,左眼C29CHzであった.GPでの中心暗点の大きさも著明な変化はなく(図5),右眼球周囲の痛みは残存していた.2014年C10月まで経過を観察したが,視力とCCFFに変化はなかった.視野は,中心部上方の暗点は残存したが,耳側の感度低下は徐々に改善した(図6).CII考察副鼻腔真菌症は,免疫機能低下が発症に関係していると考えられているが,基礎疾患を合併しない症例も多い7).原因菌はCAspergillusがC80%以上を占める7,8).Aspergillusは,口腔,鼻腔,副鼻腔に常在し病原性に乏しいので,健常人ではアスペルギルス症が発症することは少ない.本症例は,高齢ではあるが比較的免疫機能が保たれていたにもかかわらず,副鼻腔真菌症が発症した.視力低下を生じたが,白内障の合併があり,加えて鼻症状を欠いていたので,鼻性視神経症の診断が遅れた.本症例は,両眼の鼻性視神経症であった.通常は片眼性のことが多いが,両眼性のものも報告されている1,10,11)ため,両眼性の視神経障害においても鼻性視神経症を鑑別に入れる必要がある.鼻性視神経症は副鼻腔.腫や副鼻腔炎による視神経への圧迫,循環障害あるいは炎症の間接的な波及が発症の原因として考えられている12).本症例は浸潤型ではあったが,明らかな骨欠損は認められなかったので,両眼ともに炎症の間接的波及により発症した可能性がある.北川らは,副鼻腔真菌症が原因の両眼鼻性視神経症をC1例報告している1).右篩骨洞内に真菌感染があり,右眼の失明は直接感染,1カ月後の左眼の失明は炎症の波及によると考察している.本症例においても感染巣から近い右眼が先に発症し,離れている左眼の発症は遅れたと考えられる.浸潤型は頭蓋内に波及すると生命予後が不良であり,北川らの症例は,初診からC2カ月後に真菌性髄膜炎のため死亡した.本症例ではCCT所見では骨破壊を認めたが,術中所見では明らかな骨欠損までは認めず,眼窩および頭蓋内への感染が生じなかったため,生命予後が良好であったと考えられる.副鼻腔真菌症では,発症から手術までの期間がC2カ月を超えると視力予後が不良であると報告されている13).本症例では自覚症状出現より手術までの期間はC3カ月程度であった.診断の遅れがあり,浸潤型であったため,右眼は光覚の回復は認められず,左眼の回復も限定的であった.副鼻腔真菌症による両眼性鼻性視神経症の症例を経験したので報告した.診断まで時間がかかり片眼は失明したが,適切な治療により他眼の視力は保たれ視野の改善が認められた.視機能低下の症例では,鼻性視神経症も鑑別に入れ,早期に診断することが重要である.文献1)北川裕,高橋現一郎,後藤聡ほか:副鼻腔真菌症から両眼失明に至ったC1例.あたらしい眼科C24:1377-1380,C20072)三橋純子,島川眞知子,平井由児ほか:侵襲性副鼻腔アスペルギルス症に合併した鼻性視神経症の一例.眼臨紀C3:C353-357,C20103)後島史行,藤岡正人,國弘幸伸ほか:蝶形骨洞真菌症のC2症例.耳鼻喉頭科・頭頸部外科75:566-570,C20034)竇一博,中静隆之,佐藤新兵ほか:眼窩深部痛で発症し眼科先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症のC1例.あたらしい眼科29:1705-1708,C20125)田中章浩,吉田誠克,諫山玲名ほか:眼科先端症候群を呈した非浸潤型副鼻腔アスペルギルス症のC1例.臨床神経学C51:219-222,C20116)FatterpekarG,MukherjiS,ArbealezAetal:FungaldisC.easesoftheparanasalsinuses.SeminUltrasoundCTMRC20:391-401,C19997)大河喜久,佐伯忠彦,渡辺大志:鼻副鼻腔真菌症C74例の臨床的検討.耳鼻喉頭科・頭頸部外科83:859-864,C20118)長谷川稔文,雲井一夫:鼻副鼻腔真菌症C54例の臨床的検討.耳鼻咽喉科臨床98:853-859,C20059)高宮優子,飯村滋朗,今野渉ほか:眼窩先端部へ進展した副鼻腔真菌症のC1症例.耳鼻咽喉科展望C51:308-313,C200810)阿部恵子,鈴木利根,中村昌弘ほか:著明な視力回復を認めた両眼性鼻性視神経症のC1例.眼紀51:680-686,C200011)HiratsukaCY,CHottaCY,CAkariCYCetCal:RhinogenicCopticCneuropathyCcausedCbilateralClossCofClightCperception.CBrJOphthalmolC82:99-100,C199812)井街讓:鼻性視神経炎について.眼臨C76:1345-1355,C198213)門井千春,武田憲夫:鼻性視神経症(炎)の検討.眼紀44:C47-52,C1993***