《原著》あたらしい眼科33(11):1662?1665,2016c網膜動脈分枝閉塞症を続発したIntrapapillaryHemorrhagewithAdjacentPeripapillarySubretinalHemorrhage(IHAPSH)の1例佐藤茂内堀裕昭林仁堺市立総合医療センターアイセンターACaseofBranchRetinalArteryOcclusioninIntrapapillaryHemorrhagewithAdjacentPeripapillarySubretinalHemorrhageShigeruSato,HiroakiUchihoriandHitoshiHayashiDepartmentofOphthalmology,SakaiCityMedicalCenterIntrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageの経過中に網膜動脈分枝閉塞症を生じた症例を経験したので報告する.症例は42歳,女性.主訴は右眼飛蚊症.初診時,矯正視力は両眼とも1.2,眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.右眼には軽度の硝子体出血および視神経乳頭鼻上側の乳頭部出血,視神経乳頭辺縁部鼻上側に網膜下出血を認めた.網膜動静脈の拡張や蛇行は認めなかった.無投薬で経過を観察したが,初診より5日後,視神経乳頭鼻側に小さな網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)を認めた.全身検査を行ったが,有意な所見を認めなかった.初診より5日後からアスピリン100mg/日内服を開始したところ,出血は徐々に吸収され,飛蚊症は消失し,視力も保たれた.約7カ月の経過観察中に再出血や新たなBRAOの発症は認めなかった.Wereportthecaseofa42-year-oldfemalewhosufferedintrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageanddevelopedanadjacentperipapillarybranchretinalarteryocclusioninherrighteye.Hermaincomplaintwasfloatersintherighteye.Ourinitialexaminationrevealedcorrectedvisualacuityof1.2inbotheyes,andintraocularpressureof15mmHgand17mmHgintherightandlefteyes,respectively.Ophthalmoscopicexaminationdisclosedmildvitreoushemorrhage,nasalintrapapillaryhemorrhageandadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageinherrighteye.Fivedayslater,wefoundanadjacentperipapillarybranchretinalarteryocclusionintherighteye,andinitiatedprescriptionoforalaspirin(100mg/day).Thehemorrhagegraduallydisappearedandthefloatersfadedaswell.Visualacuitywasmaintained.Therehasbeennorecurrencethusfar.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1662?1665,2016〕Keywords:視神経乳頭周囲に網膜下出血を伴う乳頭部出血,網膜動脈分枝閉塞症,硝子体出血,網膜下出血,近視.intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage(IHAPSH),branchretinalarteryocclusion(BRAO),vitreoushemorrhage,subretinalhemorrhage,myopia.はじめに若年者に片眼性視神経乳頭部出血をきたす疾患として,視神経乳頭血管炎1),虚血性視神経症2),視神経乳頭部ドルーゼン3),後部硝子体?離に伴う乳頭部出血4,5),Leber特発性星芒状視神経網膜炎2,6,7),視神経乳頭部細動脈瘤8),視神経乳頭周囲に網膜下出血を伴う乳頭部出血(intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage:IHAPSH)2)などが報告されている.このなかで,IHAPSHは片眼性の視神経乳頭部出血に加え視神経乳頭部周囲網膜下出血を伴う症候群で,その原因としてさまざまな機序が考察されているものの,現在のところ詳細は不明である.硝子体出血を合併することもあり,飛蚊症の訴えにて受診され発見されることもある.出血は自然吸収傾向にあり,視力予後も良好で再発は少ないとされている2).今回,IHAPSHの経過観察中,視神経乳頭出血部位に近接した網膜動脈分枝閉塞症(branchretinalarteryocclusion:BRAO)を生じた症例を経験したので報告する.I症例患者:42歳,女性.主訴:右眼飛蚊症.既往歴:特記すべきものなし.現病歴:2015年2月より右眼の飛蚊症を自覚.近医受診したところ視神経乳頭部出血を指摘された.精査目的にて紹介となり,2日後に当科初診となった.初診時所見:視力は右眼0.05(1.2×sph?4.5D(cyl?0.5DAx60°),左眼0.1(1.2×sph?2.5D(cyl?0.5DAx150°).眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.右眼には軽度の硝子体出血および視神経乳頭鼻上側の乳頭部出血,その辺縁部に網膜下出血を認めた.網膜血管動静脈の拡張や蛇行は認めず,黄斑周囲の星芒状白斑も認めなかった(図1a).右眼前眼部は特記すべき所見を認めなかった.また,左眼には特記すべき所見を認めなかった.矯正視力良好であり,自覚症状も軽度であったため,投薬は行わず経過観察をすることとした.経過:初診より5日後再診したところ,飛蚊症が少し濃くなった印象があるとのことであった.検眼鏡的には,硝子体出血はかなり吸収されており,網膜下出血の増悪は認めないものの,若干の乳頭部出血の増加および視神経乳頭鼻側に小さなBRAOを認めた(図1b).同日施行したフルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では,BRAO部を走行する動脈は動脈相早期ですでに充盈が始まっており,他の動脈に比して充盈遅延は認めなかった(図1c).また,網膜炎を疑うびまん性蛍光漏出や,網膜血管からのシダ状蛍光漏出,無血管領域,新生血管を認めなかった.視神経乳頭部は出血によるブロックと考える低蛍光を示したが,後期でも乳頭浮腫,血管腫や新生血管を疑う過蛍光は確認できなかった(図1d).OCTでは,視神経乳頭出血に一致した乳頭辺縁部の肥厚および網膜下出血と考える網膜下高反射像を認めた.また,硝子体出血と考えられる高反射も認めた.BRAO部では網膜内層の高反射を認めたが,視神経乳頭への硝子体牽引は明らかではなかった(図2a~d).本症例は中等度近視であり,3D解析を行ったところ傾斜乳頭の像を示した(図2e).中心フリッカー値は両眼ともに41Hzであった.全身検査では,心電図は正常範囲内で,心房細動は認めなかった.頸部エコーでは,両側頸動脈にプラークや狭窄を認めなかった.血液学的検査では,凝固能,抗核抗体やb2マイクログロブリン抗体を含めて有意な所見を認めなかった.本人と相談のうえ,アスピリン100mg/日内服を開始した.その後,出血は徐々に吸収され,飛蚊症の自覚も消失した.初診から約2カ月後にいったん受診が途絶えた.それに伴い,アスピリン内服も自己中断となった.初診から5カ月半後に再診されたところ,出血は完全に吸収されており,表在性視神経乳頭ドルーゼンを認めなかった(図3a).視力は維持されていたが,自動視野計では,右眼Mariotte盲点の耳側への拡大を認めた.初診から6カ月後のFAでは,ブロックは消失し,視神経乳頭部に浮腫,血管腫や新生血管を疑う過蛍光は認めなかった(図3b).BRAO領域は検眼鏡や造影検査を含め,通常の検査では確認が困難であったが,FA後のマルチカラー眼底撮影では,短波長(488nm)と中間波長(518nm)レーザー撮影において,BRAOの領域に一致して,明らかな色調変化が認められた(図3c,d).II考按今回筆者らは,IHAPSHの経過中にBRAOを続発したと考えられる症例を経験した.IHAPSHは,2004年にKokameらが10眼の臨床報告を行い提唱した症候群名である2).それ以前には,1975年のCibisらの報告4)に続き,わが国でも1981年以降に同様の所見を示す症例が相ついで報告され,1989年には廣辻らが10眼の臨床報告を行い,近視性乳頭出血との名称を提唱している5).Kokameらは,この症候群の特徴として①視神経乳頭部からの出血,②近視眼の傾斜乳頭で頻度が上昇する,③視神経乳頭の上方もしくは鼻側に出血することが多い,④急性発症で視力予後良好である,⑤同一眼に再発を認めないとの5つの特徴をあげているが,それ以外にも⑥出血は自然消退する,⑦神経や網膜に明らかなダメージを残さない,⑧アジア系に多くそれ以外の人種では稀,⑨女性に多い,⑩平均発症年齢は47歳などと述べている2).本症例は上記特徴に合致しており,IHAPSHであると考えた.BRAOについては,一般に塞栓源の検索が重要であるが,本症例では塞栓源は特定できなかった.また,特記すべき既往症はなく,発症年齢が比較的若く,血液検査でも凝固系や抗リン脂質抗体症候群を疑う異常所見を認めなかった.さらにIHAPSHの推定発症から1カ月以内に病変の直近に発症している.以上から本症例のBRAOはIHAPSHに続発したと考えた.IHAPSHと鑑別すべき疾患として,視神経乳頭血管炎1),虚血性視神経症2),視神経乳頭部ドルーゼン3),視神経乳頭部細動脈瘤8)を考慮した.まず,視神経乳頭血管炎であるが,全身疾患を伴わない若年性の網膜中心静脈閉塞症が高齢者の病態とは異なるとの考え方から,さまざまな名称でよばれてきた臨床概念である1).本症例では網膜血管の拡張・蛇行を認めず,視神経乳頭部の腫脹は軽度で,出血を認める上方?鼻側に限局しており,耳側?下方の視神経乳頭の腫脹は認めない(図1a~d,2a~e).FAでは網膜血管からのシダ状蛍光漏出など網膜中心静脈閉塞症に共通する所見を認めなかった.また,FAの後期像で視神経乳頭からの著明な蛍光漏出は認めなかった(図1d).以上のことから視神経乳頭血管炎は除外されると考える.虚血性視神経症では,視神経乳頭は急性期に閉塞部の蒼白浮腫と非閉塞部の発赤浮腫を認め,水平半盲などの閉塞部に一致した永続する視野障害を認めることが多い.本症例では,BRAOに伴うMariotte盲点の拡大を認めるのみで,視神経乳頭部出血に一致した視野障害を認めなかった.また,出血の吸収後の視神経乳頭に蒼白化を認めなかったことから除外した(図3a).視神経乳頭部ドルーゼンについては,出血吸収後に検眼鏡的には表在性の視神経乳頭ドルーゼンを認めなかった(図3a).しかし,超音波Bモード,CTなどを行っていないため,深部に潜在するドルーゼンは完全に否定できなかった.視神経乳頭部細動脈瘤は視神経乳頭部出血やBRAOを生じることがある8).しかし,本症例では視神経乳頭部血管瘤は検出されなかった(図3a,b).IHAPSHの原因は未解明であるが,その病因として近視に伴う脈絡膜乳頭境界部での解剖学的脆弱性5),後部硝子体?離に伴う視神経乳頭部牽引4),Valsalva手技による破綻性出血9)やLeber特発性星芒状視神経網膜炎などが考えられている2,6,7).今回の症例では,中等度近視で傾斜乳頭であるものの,OCTにおいて後部硝子体?離に伴う視神経乳頭部牽引は認めなかった(図2a~d).そのため,本症例に関して,硝子体牽引は病因の可能性としては低いと考えた.Valsalva手技による視神経乳頭部の破綻性出血については,発症直前のエピソードに関して積極的には問診を行ったわけではないものの,とくに申告はなく,また後日BRAOが続発したことを説明できない.Leber特発性星芒状視神経網膜炎は,黄斑部に星芒状白斑を伴う視神経網膜炎であるが,ネコひっかき病を含めたさまざまな原因で起こるとされており,IHAPSHに似た所見を示すことがあると報告されている6,7).ネコひっかき病はグラム陰性菌のBartonellahenselae感染が原因であると報告されているが,近年このBartonellahenselae感染とBRAOの関連が指摘されている10).Bartonellahenselaeは血管内皮に侵入する傾向がある11)ので,血管内皮のダメージの結果としての血管閉塞や血管増殖が想定されている12).本症例では,Bartonellahenselae感染の血液学的検索や猫の接触歴や飼育歴の聴取を行っていなかった.今後,IHAPSHとBartonellahenselae感染の関連については検討の価値があると考える.BRAO発症半年後,検眼鏡やFAではBRAO部を同定することが困難であった(図3a,b)しかし,OCTでは,網膜の限局性菲薄化が認められ,FA後のマルチカラー眼底撮影では短波長(488nm)と中間波長(518nm)レーザーにて撮像した画像では,はっきりと閉塞部を同定することができた(図3c,d).マルチカラー眼底撮影は陳旧性BRAOの閉塞領域を同定するのに有用である可能性がある.最後に,IHAPSHは自然軽快し,予後良好と報告されているが,BRAOを続発する可能性があるので,発症早期はBRAOの続発に注意すべきと考えられた.文献1)FongAC,SchatzH:Centralretinalveinocclusioninyoungadults.SurvOphthalmol37:393-417,19932)KokameGT,YamamotoI,KishiSetal:Intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage.Ophthalmology111:926-930,20043)LeeKM,HwangJM,WooSJ:Hemorrhagiccomplicationsofopticnerveheaddrusenonspectraldomainopticalcoherencetomography.Retina34:1142-1148,20144)CibisGW,WatzkeRC,ChuaJ.:Retinalhemorrhagesinposteriorvitreousdetachment.AmJOphthalmol80:1043-1046,19755)廣辻徳彦,布出優子,中倉博延ほか:近視性乳頭出血.眼紀40:2787-2794,19896)KokameGT:Intrapapillary,peripapillaryandvitreoushemorrhage[letter].Ophthalmology102:1003-1004,19957)CassonRJ,O’DayJ,CromptonJL:Leber’sidiopathicstellateneuroretinitis:differentialdiagnosisandapproachtomanagement.AustNZJOphthalmol27:65-69,19998)MitamuraY,MiyanoN,SuzukiYetal:Branchretinalarteryocclusionassociatedwithruptureofretinalarteriolarmacroaneurysmontheopticdisc.JpnJOphthalmol49:428-429,20059)里見あづさ,大原むつ:Valsalva手技が誘因と思われる若年者乳頭出血の1例.眼臨90:981-983,199610)Eiger-MoscovichM,AmerR,OrayMetal:RetinalarteryocclusionduetoBartonellahenselaeinfection:acaseseries.ActaOphthalmol94:e367-e370,201611)KirbyJE:InvitromodelofBartonellahenselae-inducedangiogenesis.InfectImmun72:7315-7317,200412)PinnaA,PugliaE,DoreS:Unusualretinalmanifestationsofcatscratchdisease.IntOphthalmol31:125-128,2011〔別刷請求先〕佐藤茂:〒593-8304大阪府堺市西区家原寺町1-1-1堺市立総合医療センターアイセンターReprintrequests:ShigeruSatoM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,SakaiCityMedicalCenter,1-1-1Ebaraji-cho,Nishi-ku,Sakai,Osaka593-8304,JAPAN1662(124)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1眼底写真およびFAa:初診時右眼眼底写真.視神経乳頭鼻上側に出血,網膜下出血,浮腫を認める.網膜血管の拡張は認めない.b:初診から5日後.視神経乳頭部出血の軽度増加と視神経乳頭鼻側にBRAOを認める.c:FA早期像.BRAO部の動脈の充盈を認める.d:FA後期像.網膜血管からの蛍光漏出や視神経乳頭部の著明な過蛍光を認めない.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161663図2OCT像a,b:OCTの網膜下出血部のスキャン位置と断層像.b:出血部に一致した網膜肥厚と網膜下出血と思われる反射を認める.硝子体には出血と思われる点状高反射を認めるが,明らかな後部硝子体?離を認めない.c,d:OCTのBRAO部のスキャン位置と断層像.d:網膜内層に高反射像を認める.e:右視神経乳頭部のOCTによる3D再構成像.傾斜乳頭を認める図3眼底写真とマルチカラー眼底写真a:初診から5カ月半後の右眼眼底写真.出血は吸収され,血管瘤や表在性の視神経乳頭部ドルーゼンを認めない.BRAO部は同定できない.b:初診から6カ月後のFA後期像.視神経乳頭部に異常所見を認めない.BRAO部は同定できない.c,d:FA後のマルチカラー眼底撮影(c=488nm,d=518nm)BRAO部が同定可能.1664あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(126)(127)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161665