《第55回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科36(2):269.272,2019c僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を伴った急性網膜壊死の1例下川翔太郎石川桂二郎長谷川英一向野利一郎白根茉莉子園田康平九州大学大学院医学研究院眼科学分野CACaseofAcuteRetinalNecrosiswithOpticPapillitisintheFellowEyeShotaroShimokawa,KeijiroIshikawa,EiichiHasegawa,Ri-ichiroKohno,MarikoShiraneandKoh-HeiSonodaCDepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedeicalSciencesC僚眼に視神経乳頭炎をきたした急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)のC1例を報告する.症例はC24歳,女性,左眼視力低下を自覚後,徐々に右眼視力低下も自覚し,九州大学病院眼科を紹介受診となった.初診時,右眼矯正視力C0.1,左眼矯正視力C0.3で,左眼には硝子体混濁,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈閉塞,周辺部網膜壊死を認め,右眼には視神経乳頭炎,網膜血管炎を認めた.両眼の前房水から水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)DNAが検出されたため,左眼CARN,右眼視神経乳頭炎・網膜血管炎と診断し,アシクロビル点滴とステロイド内服を開始した.左眼はCARNに対して速やかに硝子体手術を行った.右眼は視神経乳頭周囲の出血と網膜出血の増悪を認め,ステロイドパルス療法を行い徐々に消退したが,視神経乳頭の萎縮を残した.ARNの僚眼に認められた視神経乳頭炎は,視神経を介した患眼から僚眼へのウイルス浸潤が病因として考えられ,視機能障害の原因となるとともに,網膜壊死の前駆病変の可能性があり注意を要する.CWereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)withopticpapillitisinthefelloweye.A24-year-oldfemalepresentedwithdecreasedvisualacuityinherlefteyeandsubsequentdecreaseinherrighteye.UponreferraltoKyushuCUniversityCHospital,CherCbestCvisualCacuitiesCwereC0.1rightCeyeCandC0.3leftCeye.CFundusCexaminationCrevealedvitreousopacity,swollenopticdisc,retinalarteryocclusionandperipheralretinalnecrosisinthelefteyeandopticpapillitisintherighteye.Varicellazostervirus(VZV)DNAwasdetectedbypolymerasechainreactioninaqueoushumorofbotheyes.Afterdiagnosing,weperformedvitrectomyinthelefteyeandinitiatedsystemicadministrationofacyclovirandmethylprednisolone.Theretinitisinthelefteyeregressedwithinonemonth,leav-ingCatrophicCgranularCpigmentedCscars.CTheCpapillitisCinCtheCrightCeyeCregressedCwithinCtwoCmonths,CleavingCopticCatrophy.CTheCbestCvisualCacuitiesCatC.nalCvisitCwereC0.15inCbothCeyes.CItCisCsuggestedCthatCARNCcausedCbyCVZVCmaydevelopsight-threateningopticpapillitisinthefelloweye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(2):269.272,C2019〕Keywords:急性網膜壊死,視神経乳頭炎,水痘帯状疱疹ウイルス.acuteretinalnecrosis,opticpapillitis,varicellazostervirus.Cはじめに急性網膜壊死(acuteCretinalnecrosis:ARN)は水痘帯状疱疹ウイルス(varicelazostervirus:VZV)または単純へルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)の眼内感染によって引き起こされる網膜ぶどう膜炎であり視力予後不良な疾患である1,2).過去の報告ではCARNは未治療で約C70%の症例で僚眼に発症し,アシクロビルの全身投与で僚眼への発症は約C13%に減少するとされている3).しかしCARNの僚眼に網膜壊死を伴わず視神経症を発症した報告は少ない4).今回,僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎をきたした急性網膜壊死のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:24歳,女性.〔別刷請求先〕下川翔太郎:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:ShotaroShimokawa,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedeicalSciences,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka812-8582,JAPANC主訴:両眼視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:2017年C5月より左眼霧視を自覚し,近医を受診したところ,左眼虹彩炎を認めステロイド点眼を開始された.4日後の前医再診時,左眼前房内炎症所見の増悪を認めステロイド内服加療を開始された.そのC4日後より,右眼視力低下を自覚し,前医を再度受診したところ,両眼ぶどう膜炎を認め,精査加療目的に九州大学病院眼科へ紹介受診となった.右眼左眼図1初診時眼底所見右眼に視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部を含む網膜内出血を認める.左眼に硝子体混濁,白色化した網膜,網膜出血,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈の白線化を認める.初診時眼所見と経過:視力は右眼0.03(0.1C×sph.3.25D),左眼C0.1(0.3C×sph.3.0D)で,眼圧は右眼C17mmHg,左眼25CmmHgであった.両眼球結膜の充血と左眼豚脂様角膜後面沈着物を認めた.前房内に右眼(1+),左眼(2+)の炎症細胞,前部硝子体内に右眼(1+),左眼(2+)の炎症細胞を認めた.右眼は視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部を含む網膜出血,周辺部網膜に血管炎を認めた(図1).左眼は硝子体混濁,白色化した網膜,網膜出血,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈の白線化を認めた.蛍光眼底造影検査では右眼は視神経乳頭と周辺部血管からの蛍光漏出,左眼は網膜血管からの蛍光漏出と周辺部網膜血管の閉塞を認めた.前房水を用いたCpolymerasechainreaction(PCR)stripによる定性検査では,両眼でCVZVDNAが検出され,定量検査では右眼は検出感度未満,左眼はC6C×106copies/mlのVZVDNAが検出された.以上から左眼はCARNと診断した.同日入院のうえ,アシクロビルC1,800Cmg/日の点滴静注とプレドニゾロンC40Cmg/日の内服を開始した.また,左眼には入院日に水晶体乳化吸引術,硝子体切除術,輪状締結術,シリコーンオイル充.術を施行した.術後,左眼の網膜出血は消退し,シリコーンオイル下で網膜.離は認めなかった.その後も抗ウイルス薬全身投与,ステロイド内服を継続したが,右眼の視神経乳頭周囲の網膜出血と漿液性網膜.離の増悪を認めたため,治療開始後C12日目よりステロイドパルス療法を行った(図2).その後,網膜出血・漿液性網膜.離は徐々に消退した.この間,右眼視力・視野ともに初診時から著変なく経過したが,右眼視神経乳頭は萎縮を残した(図3).本症例では経過中に頭部CMRIを撮像しているが中枢神アシクロビル点滴バラシクロビル内服プレドニゾロン内服メチルプレドニゾロン点滴136912151821入院後日数図2治療経過アシクロビル点滴,プレドニゾロン内服を開始した.その後,右眼の視神経乳頭炎・網膜出血増悪に伴い,ステロイドパルス療法を行った.以後,抗ウイルス薬・ステロイドともに内服とし漸減した.視力(0.1)(0.15)(0.15)(0.15)1カ月4カ月1日目12日目図3経過中の右眼眼底所見と視野障害の変化視神経乳頭の発赤・腫脹,網膜出血,漿液性網膜.離は徐々に消退したが,視神経乳頭の萎縮を残した.視野検査では中心と鼻下側の視野欠損を認め,経過中,視力・視野ともに大きな変化なく経過した.経系に脳炎を含め,異常所見は認めなかった.その後左眼は増殖硝子体網膜症を発症し,初回手術C11カ月後に再度硝子体手術,シリコーンオイル入れ替えを行い,そのC5カ月後に眼内レンズ縫着と再度シリコーンオイル入れ替えを行った.現在,初診時よりC16カ月経過し視力は右眼(0.3),左眼指数弁となっている.CII考察本症例では,ARNの僚眼に網膜壊死を伴わない視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を認めた.ARNに関連する視神経症の病態として,1)神経内の血管炎,2)視神経鞘内の滲出物による圧迫性の虚血性視神経症,3)視神経へのウイルスの直接浸潤,4)視神経内炎症による滲出物が硬膜下腔に貯留することによる視神経圧排(および圧排により続発する網膜血管閉塞)の関与が報告されている5).本症例では,初診時に視神経乳頭の上方から鼻側が蒼白化しており,視野検査では中心および鼻下側に弓状の視野欠損を認めたことや,網膜内出血,網膜下出血を併発していたことより,視神経鞘内や硬膜下腔における炎症産物の貯留による虚血性視神経症や網脈絡膜血管のうっ血をきたした可能性が推測される.ARNの僚眼に視神経乳頭炎を併発した症例のわが国における報告は,筆者らが探すかぎり,藤井らによる報告のみであった4).その報告における視神経乳頭炎では,視野検査で中心暗点を呈し,網膜出血を認めなかったことより,視神経内の血管炎やウイルスの直接浸潤が主病態として考えられる.ARNの僚眼における視神経病変は,局所の病態の違いにより多様な臨床所見を呈する可能性がある.ARNの僚眼における視神経病変の発症機序については,過去に動物実験により検討されている.マウス硝子体腔内にHSV株を注入して作製したマウスCARNモデルにおいて,HSVが罹患眼の視神経から視交叉を経由して僚眼の視神経に達し,注射後C3日目に僚眼の網膜内層に浸潤したという報告や,前房内に注入したCHSVが毛様神経節や視神経から中脳に浸潤したという報告がある6,7).また,同モデルでは,視神経を介して僚眼網膜に浸潤したウイルスは,初期は網膜内層に認められ,その後網膜外層へ浸潤すると全層網膜壊死に至るとされている8).以上の報告から本症例では患眼のVZVが視神経から視交叉を経由して,僚眼の視神経に浸潤して乳頭炎をきたしたと推察される.僚眼に視神経乳頭炎・網膜出血と周辺部網膜血管炎を認め,網膜壊死は認めなかったが進行すると全層網膜壊死に至ることが予想されるため,ARNの前駆病変であった可能性が考えられた.CIII結語ARNの僚眼に認められる視神経乳頭炎は,視神経を介した患眼から僚眼へのウイルス浸潤が病因として考えられ,その後の視神経萎縮の原因となる.ARNに対する初期治療として行われる抗ウイルス薬の全身投与は,僚眼への発症進展予防に対しても有用であるため9),早期診断,早期治療が患者の視機能維持に重要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)奥貫陽子,後藤浩:急性網膜壊死,あたらしい眼科C30:C307-312,C20132)Iwahasi-ShimaCC,CAzumiCA,COhguroCNCetal:AcuteCreti-nalnecrosis:factorsCassociatedCwithCanatomicCandCvisualCoutcomes.JpnJOphthalmolC57:98-103,C20133)PalayCDA,CSterbergCJrCP,CDavisCJCetal:DecreseCinCtheCriskCofCvilateralCacuteCretinalCnecrosisCbyCacyclovirCthera-py.AmJOphthalmolC112:250-255,C19914)藤井敬子,毛塚剛司,臼井嘉彦ほか:僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死のC1例.あたらしい眼科C34:722-725,C20175)WitmerMT,PavanPR,FourakerBDetal:AcuteretinalnecrosisCassociatedCopticCneuropathy.CActaCOphthalmolC89:599-607,C20116)LabetoulleCM,CKuceraCP,CUgoliniCGCetal:NeuronalCpath-waysCforCtheCpropagationCofCherpesCsimplexCvirusCtypeC1fromConeCretinaCtoCtheCotherCinCaCmurineCmodel.CJGenVirolC81:1201-1210,C20007)WhittumCJA,CMcCulleyCJP,CNiederkornCJYCetal:OcularCdiseaseCinducedCinCmiceCbyCanteriorCchamberCinoculationCofCherpesCsimplexCvirus.CInvestCOphthalmolCVisCSciC25:C1065-1073,C19848)VannVR,AthertonSS:NeuralspreadofherpessimplexvirusCafterCanteriorCchamberCinoculation.CInvestCOphthal-molVisSciC32:2462-2472,C19919)SchoenbergerSD,KimSJ,ThorneJEetal:DiagnosisandtreatmentCofCacuteCretinalCnecrosis.COphthalmologyC124:C382-392,C2017C***