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僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を伴った急性網膜壊死の1例

2019年2月28日 木曜日

《第55回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科36(2):269.272,2019c僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を伴った急性網膜壊死の1例下川翔太郎石川桂二郎長谷川英一向野利一郎白根茉莉子園田康平九州大学大学院医学研究院眼科学分野CACaseofAcuteRetinalNecrosiswithOpticPapillitisintheFellowEyeShotaroShimokawa,KeijiroIshikawa,EiichiHasegawa,Ri-ichiroKohno,MarikoShiraneandKoh-HeiSonodaCDepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedeicalSciencesC僚眼に視神経乳頭炎をきたした急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)のC1例を報告する.症例はC24歳,女性,左眼視力低下を自覚後,徐々に右眼視力低下も自覚し,九州大学病院眼科を紹介受診となった.初診時,右眼矯正視力C0.1,左眼矯正視力C0.3で,左眼には硝子体混濁,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈閉塞,周辺部網膜壊死を認め,右眼には視神経乳頭炎,網膜血管炎を認めた.両眼の前房水から水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)DNAが検出されたため,左眼CARN,右眼視神経乳頭炎・網膜血管炎と診断し,アシクロビル点滴とステロイド内服を開始した.左眼はCARNに対して速やかに硝子体手術を行った.右眼は視神経乳頭周囲の出血と網膜出血の増悪を認め,ステロイドパルス療法を行い徐々に消退したが,視神経乳頭の萎縮を残した.ARNの僚眼に認められた視神経乳頭炎は,視神経を介した患眼から僚眼へのウイルス浸潤が病因として考えられ,視機能障害の原因となるとともに,網膜壊死の前駆病変の可能性があり注意を要する.CWereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)withopticpapillitisinthefelloweye.A24-year-oldfemalepresentedwithdecreasedvisualacuityinherlefteyeandsubsequentdecreaseinherrighteye.UponreferraltoKyushuCUniversityCHospital,CherCbestCvisualCacuitiesCwereC0.1rightCeyeCandC0.3leftCeye.CFundusCexaminationCrevealedvitreousopacity,swollenopticdisc,retinalarteryocclusionandperipheralretinalnecrosisinthelefteyeandopticpapillitisintherighteye.Varicellazostervirus(VZV)DNAwasdetectedbypolymerasechainreactioninaqueoushumorofbotheyes.Afterdiagnosing,weperformedvitrectomyinthelefteyeandinitiatedsystemicadministrationofacyclovirandmethylprednisolone.Theretinitisinthelefteyeregressedwithinonemonth,leav-ingCatrophicCgranularCpigmentedCscars.CTheCpapillitisCinCtheCrightCeyeCregressedCwithinCtwoCmonths,CleavingCopticCatrophy.CTheCbestCvisualCacuitiesCatC.nalCvisitCwereC0.15inCbothCeyes.CItCisCsuggestedCthatCARNCcausedCbyCVZVCmaydevelopsight-threateningopticpapillitisinthefelloweye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(2):269.272,C2019〕Keywords:急性網膜壊死,視神経乳頭炎,水痘帯状疱疹ウイルス.acuteretinalnecrosis,opticpapillitis,varicellazostervirus.Cはじめに急性網膜壊死(acuteCretinalnecrosis:ARN)は水痘帯状疱疹ウイルス(varicelazostervirus:VZV)または単純へルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)の眼内感染によって引き起こされる網膜ぶどう膜炎であり視力予後不良な疾患である1,2).過去の報告ではCARNは未治療で約C70%の症例で僚眼に発症し,アシクロビルの全身投与で僚眼への発症は約C13%に減少するとされている3).しかしCARNの僚眼に網膜壊死を伴わず視神経症を発症した報告は少ない4).今回,僚眼に視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎をきたした急性網膜壊死のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:24歳,女性.〔別刷請求先〕下川翔太郎:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:ShotaroShimokawa,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedeicalSciences,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka812-8582,JAPANC主訴:両眼視力低下.既往歴:特記事項なし.現病歴:2017年C5月より左眼霧視を自覚し,近医を受診したところ,左眼虹彩炎を認めステロイド点眼を開始された.4日後の前医再診時,左眼前房内炎症所見の増悪を認めステロイド内服加療を開始された.そのC4日後より,右眼視力低下を自覚し,前医を再度受診したところ,両眼ぶどう膜炎を認め,精査加療目的に九州大学病院眼科へ紹介受診となった.右眼左眼図1初診時眼底所見右眼に視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部を含む網膜内出血を認める.左眼に硝子体混濁,白色化した網膜,網膜出血,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈の白線化を認める.初診時眼所見と経過:視力は右眼0.03(0.1C×sph.3.25D),左眼C0.1(0.3C×sph.3.0D)で,眼圧は右眼C17mmHg,左眼25CmmHgであった.両眼球結膜の充血と左眼豚脂様角膜後面沈着物を認めた.前房内に右眼(1+),左眼(2+)の炎症細胞,前部硝子体内に右眼(1+),左眼(2+)の炎症細胞を認めた.右眼は視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部を含む網膜出血,周辺部網膜に血管炎を認めた(図1).左眼は硝子体混濁,白色化した網膜,網膜出血,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈の白線化を認めた.蛍光眼底造影検査では右眼は視神経乳頭と周辺部血管からの蛍光漏出,左眼は網膜血管からの蛍光漏出と周辺部網膜血管の閉塞を認めた.前房水を用いたCpolymerasechainreaction(PCR)stripによる定性検査では,両眼でCVZVDNAが検出され,定量検査では右眼は検出感度未満,左眼はC6C×106copies/mlのVZVDNAが検出された.以上から左眼はCARNと診断した.同日入院のうえ,アシクロビルC1,800Cmg/日の点滴静注とプレドニゾロンC40Cmg/日の内服を開始した.また,左眼には入院日に水晶体乳化吸引術,硝子体切除術,輪状締結術,シリコーンオイル充.術を施行した.術後,左眼の網膜出血は消退し,シリコーンオイル下で網膜.離は認めなかった.その後も抗ウイルス薬全身投与,ステロイド内服を継続したが,右眼の視神経乳頭周囲の網膜出血と漿液性網膜.離の増悪を認めたため,治療開始後C12日目よりステロイドパルス療法を行った(図2).その後,網膜出血・漿液性網膜.離は徐々に消退した.この間,右眼視力・視野ともに初診時から著変なく経過したが,右眼視神経乳頭は萎縮を残した(図3).本症例では経過中に頭部CMRIを撮像しているが中枢神アシクロビル点滴バラシクロビル内服プレドニゾロン内服メチルプレドニゾロン点滴136912151821入院後日数図2治療経過アシクロビル点滴,プレドニゾロン内服を開始した.その後,右眼の視神経乳頭炎・網膜出血増悪に伴い,ステロイドパルス療法を行った.以後,抗ウイルス薬・ステロイドともに内服とし漸減した.視力(0.1)(0.15)(0.15)(0.15)1カ月4カ月1日目12日目図3経過中の右眼眼底所見と視野障害の変化視神経乳頭の発赤・腫脹,網膜出血,漿液性網膜.離は徐々に消退したが,視神経乳頭の萎縮を残した.視野検査では中心と鼻下側の視野欠損を認め,経過中,視力・視野ともに大きな変化なく経過した.経系に脳炎を含め,異常所見は認めなかった.その後左眼は増殖硝子体網膜症を発症し,初回手術C11カ月後に再度硝子体手術,シリコーンオイル入れ替えを行い,そのC5カ月後に眼内レンズ縫着と再度シリコーンオイル入れ替えを行った.現在,初診時よりC16カ月経過し視力は右眼(0.3),左眼指数弁となっている.CII考察本症例では,ARNの僚眼に網膜壊死を伴わない視神経乳頭炎と周辺部網膜血管炎を認めた.ARNに関連する視神経症の病態として,1)神経内の血管炎,2)視神経鞘内の滲出物による圧迫性の虚血性視神経症,3)視神経へのウイルスの直接浸潤,4)視神経内炎症による滲出物が硬膜下腔に貯留することによる視神経圧排(および圧排により続発する網膜血管閉塞)の関与が報告されている5).本症例では,初診時に視神経乳頭の上方から鼻側が蒼白化しており,視野検査では中心および鼻下側に弓状の視野欠損を認めたことや,網膜内出血,網膜下出血を併発していたことより,視神経鞘内や硬膜下腔における炎症産物の貯留による虚血性視神経症や網脈絡膜血管のうっ血をきたした可能性が推測される.ARNの僚眼に視神経乳頭炎を併発した症例のわが国における報告は,筆者らが探すかぎり,藤井らによる報告のみであった4).その報告における視神経乳頭炎では,視野検査で中心暗点を呈し,網膜出血を認めなかったことより,視神経内の血管炎やウイルスの直接浸潤が主病態として考えられる.ARNの僚眼における視神経病変は,局所の病態の違いにより多様な臨床所見を呈する可能性がある.ARNの僚眼における視神経病変の発症機序については,過去に動物実験により検討されている.マウス硝子体腔内にHSV株を注入して作製したマウスCARNモデルにおいて,HSVが罹患眼の視神経から視交叉を経由して僚眼の視神経に達し,注射後C3日目に僚眼の網膜内層に浸潤したという報告や,前房内に注入したCHSVが毛様神経節や視神経から中脳に浸潤したという報告がある6,7).また,同モデルでは,視神経を介して僚眼網膜に浸潤したウイルスは,初期は網膜内層に認められ,その後網膜外層へ浸潤すると全層網膜壊死に至るとされている8).以上の報告から本症例では患眼のVZVが視神経から視交叉を経由して,僚眼の視神経に浸潤して乳頭炎をきたしたと推察される.僚眼に視神経乳頭炎・網膜出血と周辺部網膜血管炎を認め,網膜壊死は認めなかったが進行すると全層網膜壊死に至ることが予想されるため,ARNの前駆病変であった可能性が考えられた.CIII結語ARNの僚眼に認められる視神経乳頭炎は,視神経を介した患眼から僚眼へのウイルス浸潤が病因として考えられ,その後の視神経萎縮の原因となる.ARNに対する初期治療として行われる抗ウイルス薬の全身投与は,僚眼への発症進展予防に対しても有用であるため9),早期診断,早期治療が患者の視機能維持に重要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)奥貫陽子,後藤浩:急性網膜壊死,あたらしい眼科C30:C307-312,C20132)Iwahasi-ShimaCC,CAzumiCA,COhguroCNCetal:AcuteCreti-nalnecrosis:factorsCassociatedCwithCanatomicCandCvisualCoutcomes.JpnJOphthalmolC57:98-103,C20133)PalayCDA,CSterbergCJrCP,CDavisCJCetal:DecreseCinCtheCriskCofCvilateralCacuteCretinalCnecrosisCbyCacyclovirCthera-py.AmJOphthalmolC112:250-255,C19914)藤井敬子,毛塚剛司,臼井嘉彦ほか:僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死のC1例.あたらしい眼科C34:722-725,C20175)WitmerMT,PavanPR,FourakerBDetal:AcuteretinalnecrosisCassociatedCopticCneuropathy.CActaCOphthalmolC89:599-607,C20116)LabetoulleCM,CKuceraCP,CUgoliniCGCetal:NeuronalCpath-waysCforCtheCpropagationCofCherpesCsimplexCvirusCtypeC1fromConeCretinaCtoCtheCotherCinCaCmurineCmodel.CJGenVirolC81:1201-1210,C20007)WhittumCJA,CMcCulleyCJP,CNiederkornCJYCetal:OcularCdiseaseCinducedCinCmiceCbyCanteriorCchamberCinoculationCofCherpesCsimplexCvirus.CInvestCOphthalmolCVisCSciC25:C1065-1073,C19848)VannVR,AthertonSS:NeuralspreadofherpessimplexvirusCafterCanteriorCchamberCinoculation.CInvestCOphthal-molVisSciC32:2462-2472,C19919)SchoenbergerSD,KimSJ,ThorneJEetal:DiagnosisandtreatmentCofCacuteCretinalCnecrosis.COphthalmologyC124:C382-392,C2017C***

僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死の1例

2017年5月31日 水曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(5):722.725,2017c僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死の1例藤井敬子毛塚剛司臼井嘉彦阿部駿後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosiswithOpticNeuritisinFellowEyeKeikoFujii,TakeshiKezuka,YoshihikoUsui,SyunAbeandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity僚眼に視神経乳頭炎を併発した急性網膜壊死(ARN)の1例を経験したので報告する.症例は74歳の男性で,左眼視力低下を自覚した2週間後に東京医科大学病院眼科を紹介受診となった.初診時,右眼矯正視力0.7,左眼0.05(矯正不能)で,左眼には周辺部網膜に融合した黄白色病変が,右眼には視神経乳頭の腫脹がみられた.左眼の前房水から水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)が検出されたため,左眼ARN,右眼視神経乳頭炎と診断し,アシクロビルの点滴静注を開始した.その後,ベタメタゾンの点滴静注を追加し,左眼ARNに対して硝子体切除術を行った.しかし,初診から4カ月後に左眼に視神経乳頭炎の再発を認めたため,アシクロビルおよびベタメタゾンの点滴静注を再開した.ARNにおける視神経乳頭炎の発症には,VZVの関与が考えられ,視神経を介して僚眼に重篤な視神経障害を引き起こす可能性が示唆された.Wereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)withopticneuritis(ON)developedinthefelloweye.A74-year-oldmalepresentedwitha2-weekhistoryofdecreasedvisualacuityinhislefteye.Hisbest-correctedvisualacuitieswere0.7righteyeand0.05lefteye;fundusexaminationrevealedwhite-yellowishretinallesionsatthemidperipheryinthelefteyeandswollenopticdiscintherighteye.Varicellazostervirus(VZV)wasdetectedfromaqueoushumorbyPCR.Aftersystemicadministrationofacyclovirandbetamethasone,vitrectomywasper-formedinthelefteye.Fourmonthsafterinitialpresentation,ONrecurredinthelefteye.Treatmentwithacyclo-virandbetamethasonewasrepeated.ItissuggestedthatARNcausedbyVZVmaydevelopsight-threateningONinthefelloweye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):722.725,2017〕Keywords:急性網膜壊死,水痘帯状疱疹ウイルス,視神経乳頭炎.acuteretinalnecrosis,varicellazostervirus,opticneuritis.はじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN,桐沢型ぶどう膜炎)は,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)または水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)の眼内感染により生じるきわめて予後不良な疾患である1).患眼の網膜壊死とともに視神経障害により視機能の低下をきたすことがあるが2),僚眼に視神経症を主体とした病変を発症することはまれである3).今回,片眼の急性網膜壊死と同時に僚眼にも視力予後不良な視神経乳頭炎(opticneuritis:ON)を発症した1例を経験したので報告する.I症例患者:74歳,男性.主訴:左眼の視力低下.既往歴:糖尿病(当院受診時のHbA1C:6.2%).現病歴:2015年6月より左眼の視力低下を自覚し,その2週間後に近医を受診したところ,眼底所見からARNが疑われたため,東京医科大学病院眼科へ紹介受診となった.初診時眼所見と経過:視力は右眼0.6(0.7×sph+0.50D),左眼0.05(矯正不能)で,眼圧は右眼11mmHg,左眼9mmHgであった.左眼には小白色の角膜後面沈着物と一部,〔別刷請求先〕藤井敬子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:KeikoFujii,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN722(120)右眼左眼図1初診時眼底所見右眼で視神経乳頭の発赤がみられ,左眼で周辺部網膜に融合した黄白色病変がみられる.虹彩後癒着を認め,前房内には細胞(1+)がみられた.右眼の前眼部と中間透光体には異常を認めなかった.左眼の眼底周辺部には融合した網膜黄白色病変および視神経乳頭の腫脹がみられ,右眼の視神経乳頭には浮腫を生じていた(図1).以上の臨床所見に加え,左眼の前房水を用いたpolymerasechainreaction(PCR)法によるウイルス検索の結果,VZVが検出(5.96×105copies/ml)されたため,左眼はARNと診断した.入院のうえ,アシクロビル2,250mg/日の点滴静注を開始した.糖尿病の既往があったことから,治療開始当初はステロイドの全身投与は併用しなかった.しかし,治療開始後3日目に乳頭浮腫のみられた右眼の視力が右30cm手動弁(矯正不能)と著しく低下,左眼視力もこの時点で0.02(矯正不能)まで低下した.右眼のONの悪化を考え,血糖コントロールに注意しながらベタメタゾン8mg/日の併用を開始した.しかし,その2日後には右眼指数弁,左眼手動弁まで視力低下をきたし,左眼の眼底では網膜の黄白色病変が全周性に融合,拡大し,硝子体混濁も増強した(図2).網膜.離の発症予防も兼ねて,初診から10日後に左眼に対して水晶体乳化吸引術,硝子体切除術,シリコーンオイル充.術および輪状締結術を施行した.アシクロビル1,500mg/日とデキサメタゾン6mg/日の点滴静注は継続した.なお,ヘルペス脳炎の除外目的に頭部核磁気共鳴画像法(magneticres-onanceimage:MRI)を撮像したが,脳炎併発の可能性は否定された.術後2日目の時点で左眼視力は0.01(0.08×sph+8.00D(cyl.2.50DAx180°)まで回復したが,求心性視野狭窄をきたしており,この時点で右眼視力は0.02(矯正不能),視野には中心暗点が残存していた(図3).その後,右眼視神経乳頭の発赤と腫脹は徐々に軽減したが,両眼とも次第に視神経乳頭は蒼白になっていった.初診時から2カ月後にはバラシクロビルおよびプレドニゾロン内服を中止したが,視力は右眼0.05(矯正不能),左眼図2初診から5日目の左眼眼底所見網膜黄白色病変はさらに融合,拡大している.(0.3×sph+7.00D(cyl.4.00DAx125°)と回復傾向にあった.しかし,その2カ月後,左眼視力30cm手動弁と再び視力の低下をきたし,視野も鼻側にわずかに残存する状態となった(図4).左眼の眼内に新たな炎症所見はみられず,視神経乳頭にわずかな腫脹がみられたため,左眼にも右眼と同様のONを発症したものと判断,緊急入院のうえ,アシクロビル1,500mg/日,ベタメタゾン6mg/日の点滴静注を再度開始した.その結果,視力・視野ともに大きな改善はないものの,自覚症状は改善したためバラシクロビルおよびプレドニゾロン内服に切り替え,退院となった.退院から8カ月後にはバラシクロビルおよびプレドニゾロンの内服を中止し,視力は右眼0.03(矯正不能),左眼0.04(矯正不能)となっている(図5).II考按ARNの視力予後不良因子として,網膜.離の有無や硝子体手術後の増殖硝子体網膜症,病因ウイルスとしてのVZVなどがあげられるが,網膜病変のみでなく,視神経障害の存左眼右眼図3初診から12日目の左眼の硝子体手術後,動的視野検査右眼では中心暗点,左眼では求心性視野狭窄がみられる.左眼右眼図4視神経炎再発後の動的視野検査プレドニゾロンの内服中止から2カ月後に再び,右眼0.03,左眼30cm手動弁まで視力低下をきたし,左眼では鼻側にわずかに視野を残すのみとなった.在も視力予後不良な原因と考えられている1,4).硝子体切除術により網膜復位が得られても視力予後不良な例,もしくは視力は良好だが重篤な視野障害が残存してしまう例は以前より報告されている2,5).また,ARNに対する硝子体手術および網膜復位術後のシリコーンオイル抜去について,最終的にシリコーンオイルを抜去できない割合は約23.1%という報告もある2).この硝子体切除術後の視機能障害の原因としては,視神経に対する何らかの障害が推測される.筆者らは以前,ARNの罹患眼では僚眼と比較して乳頭周囲網膜神経線維が菲薄化し,視神経乳頭辺縁部の形態異常と乳頭陥凹の拡大がみられることを報告している2).すなわち,ARNの視力予後には,網膜障害だけでなく視神経障害が関与していることが考えられる.ARNにおける視神経障害の要因として,ウイルスによる視神経への直接的な障害以外にも炎症性サイトカインの関与も考えられる.以前よりINF-gとTNF-aは神経障害因子として,IL-6は神経保護因子として知られており,ARNではTh1関連サイトカインであるIFN-gおよびTNF-aが硝子体液中で高値であったとする報告がある6).また,ARNと僚眼の視神経症の関係については,マウスARNモデルにおいて羅患眼の前房内に注入したHSVが視神経および中枢神経を介して10.14日後に僚眼へ到達することを証明した報告7.10)や,病初期では視神経症しか認めなくとも,その後網膜壊死を発症するとの報告4,11,12)がある.三叉神経節・毛様体神経節にHSV-1およびVZVが潜伏しているとの報告13)も併せると,眼内に潜伏したウイルスが視神経を経て網膜へ波及する可能性が推測される.今回の症例では,経過中に罹患眼と僚眼に視神経症をきたしており,毛様体神経節に潜伏していたVZVが左眼にARNを発症させた後,視神経から視交叉を介して右眼の視神経へと波及することで僚眼にONをきたした可能性が推測される.ただし,今回の症例も右眼の視神経病変が左眼の網膜病変と並行して進行していったのか否か,その詳細については不明である.アシクロビル2,250mg/日1,500mg/日1,500mg/日デキサメタゾン8mg/日6mg/日6mg/日バラシクロビル1,500mg/日~矯正視力0.2(logMAR)0.40.60.81.01.21.41.61.82.02.2右眼左眼左眼視神経症発症手術施行視神経症発症図5視力と手術・薬物加療の推移点滴薬としてアシクロビル・デキサメタゾンを,内服薬としてバラシクロビル・プレドニゾロンを投与した.なお,バラシクロビルは1カ月ごとに500mgずつ,プレドニゾロンは1週間ごとに5mgずつ漸減している.今回経験した症例から,改めてARNの視力予後を向上させるには視神経障害を最小限に抑えることが重要であると再認識させられた.視神経障害の発症メカニズム,視神経障害と眼内液中の液性因子の関連,さらには治療法の改善などにつなげていくことが重要であろう.III結論ARNとともに僚眼に予後不良なONを発症した1例を経験した.ONの発症にもVZVの関与が考えられ,視神経を介した感染ルートが推察された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:297-300,20072)臼井嘉彦,竹内大,山内康行ほか:硝子体手術を施行した急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)52例の検討.日眼会誌114:362-368,20103)西村彰,鳥崎真人,棚橋俊郎ほか:片眼の視神経腫脹を伴った両眼急性網膜壊死症候群の1症例.臨眼45:1291-1296,19914)FriedlanderSM,RahhalFM,EricsonLetal:Opticneu-ropathyprecedingacuteretinalnecrosisinacquiredimmunode.ciencysyndrome.ArchOphthalmol114:1481-1485,19965)臼井嘉彦,毛塚剛司,竹内大ほか:急性網膜壊死患者における網膜視神経線維層厚と乳頭形状の検討.あたらしい眼科27:539-543,20106)柴田匡幾,佐藤智人,田口万蔵ほか:ぶどう膜炎における硝子体液中のヘルパーTおよび制御性T細胞関連炎症性サイトカインの解析.日眼会誌119:395-401,20157)AthertonSS,StreileinJW:TwowavesofvirusfollowinganteriorchamberinoculationofHSV-1.InvestOphthalmolVisSci28:571-579,19878)WhittumJA,McCulleyJP,NiederkornJYetal:Ocularsideaseinducedinmicebyanteriorchamberinoculationofherpessimplexvirus.InvestOphthalmolVisSci25:1065-1073,19849)VannVR,ArthertonSS:Neuralspreadofherpessimplexvirusafteranteriorchamberinoculation.InvestOphthal-molVisSci32:2462-2472,199110)LabetoulleM,KuceraP,UgoliniGetal:Neuralpathwaysforthepropagationofherpessimplexvirustype1fromoneretinatotheotherinamurinemodel.JGenVirol81:81:1201-1210,200011)GrevenCM,SinghT,StantonCAetal:Opticchiasm,opticnerve,andretinalinvolvementsecondarytoVaricel-la-Zostervirus.ArchOphthalmol119:608-610,200112)KamgSW,KimSK:Opticneuropathyandcentralretinalvascularobstructionasinitialmanifestationsofacutereti-nalnecrosis.JpnJOphthalmol45:425-428,200113)RichterER,DiasJK,GillbertJEetal:DistributionofHSV-1andVZVingangliaofthehumanheadandneck.JInfectDis200:1901-1906,2009