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視神経炎の病型と臨床像の検討

2017年3月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(3):450.454,2017c視神経炎の病型と臨床像の検討白濱新多朗*1蕪城俊克*2澤村裕正*2山上明子*3清澤源弘*4*1JR東京総合病院眼科*2東京大学眼科*3井上眼科病院*4清澤眼科医院ComparisonofClinicalFeaturesamongClinicalEntitiesofOpticNeuritisShintaroShirahama1),ToshikatsuKaburaki2),HiromasaSawamura2),AkikoYamagami3)andMotohiroKiyosawa4)1)DepartmentofOphthalmology,JRTokyoGeneralHospital,,2)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyo,3)InoueEyeHospital,4)KiyosawaEyeClinic目的:3施設における病型別の視神経炎の臨床像の違いについて検討する.対象および方法:視神経炎と診断された57例84眼を対象として,脳脊髄病変の有無および血液検査の結果から,特発性群,自己抗体陽性群,抗Aquapo-rin-4抗体陽性群(抗AQP4群),多発性硬化症群(multiplesclerosis:MS群)の4群に病型分類した.病型ごとに性別,発症時年齢,罹患眼(両眼・片眼),眼痛の有無,初診時のステロイド治療の有無,自己抗体の陽性率,再発率,再発頻度,経過中最低矯正視力,最終矯正視力を比較した.結果:MS群と抗AQP4群は女性が多かった.特発性群と自己免疫性群は眼痛が多く,抗AQP4群,MS群は眼痛が少なかった.抗AQP4群は他群に比べ経過中最低矯正視力,最終矯正視力ともに低かった.抗AQP4群は脳脊髄病変の有無によらず経過中最低矯正視力,最終矯正視力に差は認めなかった.結論:抗AQP4抗体陽性の場合,脳脊髄病変の有無にかかわらず,経過中最低矯正視力,最終矯正視力ともに,他の視神経炎に比べ不良であると考えられた.Purpose:Toinvestigatedi.erencesinclinicalfeaturesamongclinicalentitiesofopticneuritis.Patientsandmethods:Thisstudyinvolved84eyesof57patientswithopticneuritis,classi.edintofoursubtypes(idiopathic,autoimmunity,aquaporin4antibody,multiplesclerosis)basedonthepresenceorabsenceofcerebrospinaldiseaseandautoantibodiesincludinganti-aquaporin-4antibody(anti-AQP4).Sex,ageofonset,a.ectedeyes,eyepain,autoantibodydetectionrate,presenceofsteroidtherapy,recurrencerate,recurrencefrequency,minimumbest-cor-rected-visualacuity(MVA)and.nalbest-correctedvisualacuity(FVA)wereexamined.Results:Femalescom-prisedthemajorityintheanti-AQP4-positiveandmultiplesclerosisgroups.Eyepainwasfrequentintheidio-pathicandautoimmunitygroups.Eyesintheanti-AQP4-positivegrouphadthepoorestMVAandFVAamongthefourgroups,withnosigni.cantdi.erencesinMVAandFVAregardlessofcerebrospinaldisease.Conclusion:Eyesintheanti-AQP4-positivegrouphadthepoorestMVAandFVAamongthefoursubtypesofopticneuritis〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(3):450.454,2017〕Keywords:視神経炎,抗アクアポリン4抗体,脳脊髄病変,経過中最低矯正視力,最終矯正視力.opticneuritis,aquaporin-4antibody,cerebrospinaldisease,minimumbestcorrected-visualacuity,.nalbestcorrected-visualacu-ity.はじめに視神経炎は視神経に炎症を起こす疾患で,日本人の成人人口10万人に対して年1.6人の割合で発症する疾患である1).原因としては特発性,自己免疫性,抗Aquaporin-4(抗AQP4)抗体陽性視神経炎(視神経脊髄炎を含む),多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)などに分類される.過去の視神経炎の視力予後の研究では,1990年代に大規模な前向き研究OpticNeuritisTreatmentTrial(ONTT)が行われ,ステロイドパルス療法は視神経炎の視力の回復を早めるが,最終視力には差がないと報告された2).わが国でも日本神経眼科学会による視神経炎の前向き研究が行われ,同様の結果が報告されている3).しかし,その後,視神経炎の診断の細〔別刷請求先〕白濱新多朗:〒151-8528東京都渋谷区代々木2-1-3JR東京総合病院眼科Reprintrequests:ShintaroShirahama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JRTokyoGeneralHospital,2-1-3Yoyogi,Shibuya-ku,Tokyo151-8528,JAPAN450(144)分化が進んだ.1982年のDuttonらによる抗核抗体高値の視神経炎の報告4)以降,各種の自己抗体陽性の視神経症が報告されてきた5,6).臨床的には特発性視神経炎と酷似しているが,発症機序や副腎皮質ステロイド薬に対する反応性,予後の違いから,自己免疫性視神経症として独立した疾患と考えられている7).さらに2005年にはLennonらにより視神経脊髄炎の原因抗体として抗AQP4抗体が同定され8,9),抗AQP4抗体陽性例の多くは非常に難治性で再発が多く視機能予後は不良とされている10).これまでの報告では自己免疫性視神経症と抗AQP4抗体陽性視神経症11)の臨床像の比較はみられる.しかし多群間での比較の報告は少ないのが現状である.そこで今回,筆者らは視神経炎の病型を特発性群,自己抗体陽性群,抗AQP4抗体陽性群,MS群に分類し,臨床像の違いを検討したので報告する.I対象および方法対象は2002.2013年に東京大学医学部附属病院,井上眼科病院,清澤眼科医院で視神経炎と診断された57例84眼(男性13例21眼,女性44例63眼,平均年齢42.1±16.6歳)である.視神経炎患者は,視神経炎の診断のために対光反射,視力検査,視野検査,細隙灯顕微鏡検査,眼底検査のほか,全例で頭部MRI検査を施行した.頭蓋内病変や神経症状がみられる症例では神経内科を受診し,多発性硬化症や視神経脊髄炎の有無を確認した.また視神経炎の病型診断のための血液検査として抗AQP4抗体,自己免疫検査(抗核抗体,抗サイログロブリン抗体,抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体,抗SS-A抗体,抗SS-B抗体)を施行した.抗AQP4抗体測定はCell-basedassay(CBA)法,またはEnzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)法のいずれかを用いた.なお,抗AQP4抗体が測定できなかった症例は本検討からは除外した.視神経炎の病型分類は4群に分類した.抗AQP4抗体が陽性のものを抗AQP4群,MRIで脳脊髄病変を認め,神経内科で多発性硬化症と診断されたものをMS群,抗AQP4眼として検討した.II結果症例の割合は,特発性群は17例20眼(30%),自己抗体陽性群は12例17眼(21%),抗AQP4群は23例39眼(40%),MS群は5例8眼(9%)であった.発症時年齢を図1に示す.発作時年齢は初回発作時の年齢とした.MS群で平均31歳と若年,抗AQP4群で平均50歳と高齢であったが,4群間で有意差は認めなかった(Gen-eralizedestimatingequation,p>0.05).男女比,罹患眼,眼痛の有無,発症後経過観察期間を表1に示す.男女比は,特発性群では性差は少なかったが,自己抗体陽性群,抗AQP4群は女性が多く,MS群は全例が女性であった(chi-squaretest,p>0.05).罹患眼(両眼性とは同時発症例だけでなく,経過観察中に他眼に発症した場合も含む)は,特発性群は片眼性(82%)が多く,抗AQP4群(61%),MS群(60%)は両眼性が多い結果であった(chi-squaretest,p<0.05).眼痛の有無は,特発性群(71%),自己抗体陽性群(58%)に眼痛を多く認めたが,抗AQP4群(39%),MS群(20%)は少ない結果であった(chi-squaretest,p<0.05).発症後経過観察期間は特発性群3.4±4.2年,自己抗体陽性群2.5±3.0年,抗AQP4群6.1±5.6年,MS群6.5±8.0年で4群間に有意差を認めなかった(One-factorANOVA,p>0.05).初診時のステロイド治療の有無を表2に示す.特発性群17例中3例(18%),自己抗体陽性群12例中4例(33%)抗AQP4群23例中5例(22%),MS群5例中1例(20%),であった.初診時のステロイド治療の有無は4群間で有意差を認めなかった(chi-square,p>0.05).各種自己抗体の陽性率を表3に示す.自己抗体陽性群は抗807060発症時年齢抗体以外の自己抗体のいずれかが陽性であったものを自己抗体陽性群(自己抗体は抗核抗体,抗サイログロブリン抗体,4030抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体,抗SS-A抗体,抗SS-B抗20体と定義した),上記3群のいずれにも該当しないものを特発性群として,この4群について後ろ向きに検討した.病型ごとに発症時年齢,性別,罹患眼(両眼・片眼),眼痛の有無,発症後経過観察期間,初診時のステロイド治療の有無,自己抗体の陽性率,再発率,再発頻度,経過中最低矯正視力,最終矯正視力を比較した.本検討で視神経炎の再発は対光反射,視力検査,視野検査,眼底検査,頭部MRI検査の結果を基に総合的に判定した.また,両眼性の場合は1例250100特発性群自己抗体陽性群抗AQP4群MS群表1性別,罹患眼(片眼性,両眼性),眼痛の有無,発症後経過観察期間特発性群自己抗体陽性群抗AQP4群MS群性別(M/F)7/104/82/210/5片眼性/両眼性14/37/57/162/3眼痛あり/なし12/57/59/141/4発症後経過観察期間(年)3.4±4.22.5±3.06.1±5.66.5±8.0特発性群,自己抗体陽性群,抗Aquaporin-4群(抗AQP4群),multiplesclerosis群(MS群)の性別,罹患眼(片眼性,両眼性),眼痛の有無,発症後経過観察期間を表す.いずれも4群間で有意差を認めなかった.表2初診時のステロイド治療の有無特発性群自己抗体陽性群抗AQP4群MS群初診時のステロイド治療の有無3/17(18%)4/12(33%)5/23(22%)1/5(20%)特発性群,自己抗体陽性群,抗Aquaporin-4群(抗AQP4群),multiplesclerosis群(MS群)の初診時のステロイド治療の有無を表す.4群間で有意差を認めなかった(chi-square,p<0.05).表3各種自己抗体陽性率自己抗体陽性群抗AQP4群MS群抗核抗体8/12(67%)8/23(35%)1/5(20%)甲状腺抗体8/12(67%)4/23(17%)1/5(20%)SS抗体1/12(8%)8/23(35%)0/5(0%)自己抗体陽性群,抗Aquaporin-4群(抗AQP4群),multiplesclerosis群(MS群)の抗核抗体,甲状腺抗体,SS抗体の陽性率を表す.甲状腺抗体は抗サイログロブリン抗体または抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体が陽性であった症例,SS抗体は抗SS-A抗体または抗SS-B抗体が陽性であった症例の割合を表す.核抗体,甲状腺抗体が67%と多く,SS抗体が8%で陽性であった.それに対し,抗AQP4群は,抗核抗体,SS抗体がともに35%で陽性で比較的多く,甲状腺抗体は17%で陽性であった.MS群は,自己抗体陽性例は少ない結果であった.再発率,再発頻度を表4に示す.再発率は特発性群17例中6例(35%),自己抗体陽性群12例中3例(25%),抗AQP4群23例中14例(61%),MS群5例中2例(40%)であった.再発率は4群間で有意差を認めた(chi-square,p<0.05).また抗AQP4群は自己抗体陽性群と比較して再発率が有意に高かった(chi-square,p<0.05).再発頻度は1年以上経過観察できた症例を対象に検討を行った.特発性群0.42±0.37(回/年),自己抗体陽性群0.56±0.44(回/年)抗AQP4群0.44±0.22(回/年),MS群0.66±0.50(回/年),であった.再発頻度は4群間で有意差を認めなかった(One-factorANOVA,p>0.05).経過中最低矯正視力,最終矯正視力は0.01未満,0.01以上0.1以下,0.15以上0.6以下,0.7以上に分類し検討した.経過中最低矯正視力は複数回発作を起こしている場合はすべての発作のなかでもっとも低い視力を最低矯正視力と定義した.経過中最低矯正視力を図2に示す.経過中最低矯正視力が0.1以下の割合は,特発性群,自己抗体陽性群は50%,抗AQP4群で78%,MS群で28%と各病型の間で有意差を認めなかった(Generalizedestimatingequation,p>0.05).抗AQP4群は他の3群と比較して経過中最低矯正視力が不良であった(Generalizedestimatingequation,p<0.05).最終矯正視力を図3に示す.最終矯正視力は0.1以下の割合は特発性群で27%,自己抗体陽性群で12%,抗AQP4群で53%,MS群で12%と各病型の間で有意差を認めた(Gen-eralizedestimatingequation,p<0.05).抗AQP4群は他の3群と比較して最終矯正視力が不良であった(Generalizedestimatingequation,p<0.05).抗AQP4群における脳脊髄病変の有無と視力予後を図4,5に示す.経過中最低矯正視力,最終矯正視力について脳脊髄病変あり群となし群に分けて視力を比較したが,どちらも有意差を認めなかった(Generalizedestimatingequation,p>0.05).III考按本検討での各病型の症例の割合は,抗AQP4群が全体の40%と多かったが,本検討に参加したいずれの施設も視神経炎が重症化してから紹介される症例が多いため,抗AQP4群の割合が相対的に多くなったと考えられる.発症時年齢(図3)は4群間で有意差を認めなかったが,特発性群39.0歳,自己抗体陽性群43.8歳,抗AQP4群50.1歳,MS群31.4歳であり,既報と同様の結果となった11.14).男女比(表1)は4群間で有意差を認めなかったが,自己抗表4再発率,再発頻度***特発性群自己抗体陽性群抗AQP4群MS群再発率(%)6/17(35%)3/12(25%)14/23(61%)2/5(40%)再発頻度(回/年)0.42±0.370.56±0.440.44±0.220.66±0.50特発性群,自己抗体陽性群,抗Aquaporin-4群(抗AQP4群),multiplesclerosis群(MS群)の再発率,再発頻度を表す.再発率は4群間で有意差を認めた(*chi-square,p<0.05).抗AQP4群は自己抗体陽性群と比較して有意に再発率が高かった(**chi-square,p<0.05).再発頻度は4群間で有意差を認めなかった(One-factorANOVA,p>0.05).■0.7以上■0.15~0.6■0.01~0.1■0.01未満***100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%特発性群自己抗体陽性性群抗AQP4群MS群(17例20眼)(12例17眼)(23例39眼)(5例8眼)図2経過中最低矯正視力特発性群,自己抗体陽性群,抗Aquaporin-4群(抗AQP4群),multiplesclerosis群(MS群)の経過中最低矯正視力を表す.視力を0.01未満,0.01以上0.1以下,0.15以上0.6以下,0.7以上に分類し検討した.抗AQP4群は他の3群と比較して有意に視力不良であった(Generalizedestimatingequation,p<0.05).100%90%80%70%■0.7以上60%■0.15~0.650%■0.01~0.140%■0.01未満30%20%10%0%脳脊髄病変なし脳脊髄病変あり(9例16眼)(14例23眼)図4経過中最低矯正視力抗Aquaporin-4群(抗AQP4群)を脳脊髄病変なし,脳脊髄病変ありの各群に分けて,各群の経過中最低矯正視力を表す.視力を0.01未満,0.01以上0.1以下,0.15以上0.6以下,0.7以上に分類し検討した.2群間で有意差を認めなかった(General-izedestimatingequation,p>0.05).■0.7以上■0.15~0.6■0.01~0.1■0.01未満***100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%特発性群自己抗体陽性性群抗AQP4群MS群(17例20眼)(12例17眼)(23例39眼)(5例8眼)図3最終矯正視力特発性群,自己抗体陽性群,抗Aquaporin-4群(抗AQP4群),multiplesclerosis群(MS群)の最終矯正視力を表す.視力を0.01未満,0.01以上0.1以下,0.15以上0.6以下,0.7以上に分類し検討した.抗AQP4群は他の3群と比較して有意に視力不良であった(Generalizedestimatingequation,p<0.05).100%90%80%70%■0.7以上60%■0.15~0.650%■0.01~0.140%■0.01未満30%20%10%0%脳脊髄病変なし脳脊髄病変あり(9例16眼)(14例23眼)図5最終矯正視力抗Aquaporin-4群(抗AQP4群)を脳脊髄病変なし,脳脊髄病変ありの各群に分けて,各群の経過中最低矯正視力を表す.視力を0.01未満,0.01以上0.1以下,0.15以上0.6以下,0.7以上に分類し検討した.2群間で有意差を認めなかった(General-izedestimatingequation,p>0.05).体陽性群,抗AQP4群,MS群では女性が多く,既報と同様の結果となった11.14).罹患眼(表1)は4群間で有意差を認め,特発性群,自己抗体陽性群は片眼性,抗AQP4群,MS群は両眼性が多い結果で既報と同様の結果となった11.14).眼痛の有無(表1)は4群間で有意差を認め,特発性群,自己抗体陽性群で眼痛が多く,抗AQP4群,MS群で眼痛が少ない結果であった.特発性群,自己抗体陽性群,MS群は既報と同様の結果であった11.13).抗AQP群は眼痛が少ない結果で既報と異なっていたが10,14),本検討では受診時にすでに治療が始められていた症例を含んでいたためと考えられる.再発率(表4)は4群間で有意差を認め,抗AQP4群の再発率が61%と高かった.とくに抗AQP4群は自己抗体陽性群と比較して再発率が有意に高く,既報と同様の結果となった11).経過中最低矯正視力(図2),最終矯正視力(図3)では抗AQP4群は他の3群と比較して有意に視力不良であった.この結果は,抗AQP4群が4病型のなかでもっとも視力予後が不良な病型であることを示している.つまり,抗AQP4群は視力予後が不良であることに加え,両眼性で再発率が高いことを考慮すると,著しく視機能を障害する疾患であるといえる.さらに本検討では,抗AQP4群の経過中最低矯正視力,最終矯正視力について,脳脊髄病変あり群となし群に分けて視力を比較した(図4,5)が,どちらも有意差を認めなかった.この結果は,抗AQP4群では脳脊髄病変の有無は経過中最低矯正視力,最終矯正視力ともに影響を及ぼさないということを示している.つまり,抗AQP4抗体陽性であれば,脳脊髄病変の有無にかかわらず視機能障害が重篤であることを意味する.この結果については症例数が少なかったことも考えられるので,今後さらに症例数を増やして検討する必要があると考える.IV結語視神経炎57例84眼を特発性群,自己抗体陽性群,抗AQP4群,MS群の4病型に分け,臨床像と視力予後を検討した.今検討でも抗AQP4抗体陽性視神経炎は視力予後の悪い病型であった.抗AQP4群のなかで脳脊髄病変の有無は経過中最低矯正視力,最終矯正視力ともに影響を及ぼさないという結果が得られた.この結果は抗AQP4抗体陽性であれば,脳脊髄病変の有無にかかわらず視機能障害が重篤であることを意味しており,視力予後を規定する因子として抗AQP4抗体の存在が非常に重要であることが再確認された.文献1)石川均:日本における特発性視神経炎トライアルの結果について.神経眼科24:12-17,20072)BeckRW,ClearyPA,AndersonMMJretal:Aradom-ized,contorolledtrialofcorticosteroidsinthetreatmentofacuteopticneuritis.NEnglJMed326:581-588,19923)WakakuraM,MashimoK,OonoSetal:Multicenterclini-caltrialforevaluatingmethylprednisolonepulsetreat-mentofidiopathicopticneuritisinJapan.OpticNeuritisTreatmentTrialMulticenterCooperativeResearchGroup(ONMRG).JpnJOpthalmol43:133-138,1994)DuttonJJ,BurdeRM,KlingeleTG:Autoimmuneretoro-bulbaropticneuritis.AmJOphthalmol94:11-17,19825)ToyamaS,WakakuraM,ChuenkongkaewW:Opticneu-ropathyassociatedwiththyroid-relatedauto-antibodies.NeuroOphthalmology25:127-134,20016)HaradaT,OhashiT,MiyagishiRetal:OpticneuropathyandacutetansversemyelopathyinprimarySjogren’ssyndrome.JpnJOphthalmol39:162-165,19957)久保玲子,若倉雅登:自己免疫性視神経症.あたらしい眼科26:1343-1349,20098)LennonVA,WingerchukDM,KryzerTJetal:Aserumautoantibodymarkerofneuomyelitisoptica:distinctionfrommultiplesclerosis.Lancet364:2106-2112,20049)LennonVA,KryzerTJ,PittokSJetal:IgGmarkerofopticspinalmultiplesclerosisbindstotheaquaporin-4waterchannel.JExpMed202:473-477,200510)中尾雄三:視神経炎アップデート“抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎”.あたらしい眼科26:1329-1335,200911)山上明子,若倉雅登:自己免疫性視神経炎における抗アクアポリン4抗体陰性例と陽性例の臨床像の比較検討.神経眼科30:184-191,201312)若倉雅登:視神経炎治療多施設トライアル研究の概要.神経眼科15:10-14,199813)OsoegawaM,KiraJ,FukazawaTetal:Temporalchang-esandgeographicaldi.erencesinmultiplesclerosisphe-notypesinJapanesenationwidesurveyresultsover30years.MultScler15:159-173,200914)抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎診療ガイドライン.日眼会誌118:446-460,2014***

視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療後に僚眼に視神経炎が生じた1例

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1551.1554,2014c視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療後に僚眼に視神経炎が生じた1例今村麻佑溝部惠子多田香織大塚斎史佐々木美帆澁井洋文京都第二赤十字病院眼科CaseReportofRightOpticNeuritisafterStereotacticRadiosurgeryforLeftOpticNerveMeningiomaMayuImamura,KeikoMizobe,KaoriTada,YoshifumiOhtsuka,MihoSasakiandHirofumiShibuiDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital目的:左眼視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療施行後に,照射部位から離れた右眼に視神経炎が生じた1例を経験したので報告する.症例:54歳,女性.左眼は視神経鞘髄膜腫によりすでに完全失明していた.脳神経外科にて左眼視神経鞘髄膜腫摘出術が施行され,その4カ月後に残存腫瘍に対するガンマナイフ治療が施行された.施行10日後から右眼の急激な視力低下を自覚し当科を受診した.右眼は矯正視力0.05,限界フリッカ値14Hzに低下し,視野検査では中心暗点を視神経乳頭には蒼白腫脹を認め,頭部造影MRI(磁気共鳴画像)にて視神経および周囲に高信号を示した.右眼の視神経炎と診断しステロイドパルス治療を開始した.治療開始後速やかに右眼の諸所見は正常化した.結論:副作用が少ないと考えられているガンマナイフ治療だが,急性で重篤な神経障害が直接照射に限らず発症しうることに留意が必要であると考えられた.Wereportacaseofopticneuritisintherighteyeaftergammaknifestereotacticradiosurgeryforleftopticnervemeningioma.Case:A54-year-oldfemale,withnosightinherlefteyebecauseofleftopticnervemeningioma,visitedourclinicforacutevisuallossinherrighteyeaftergammaknifesurgeryforthemeningioma.Findings:Herrighteyeshowedlargereductionincorrectedvisualacuity,centralscotomaandpallidswellingintheopticdisk.Enhancedmagneticresonanceimagingdetectedhighsignalsattherightopticnerveandsurroundingarea.Systemicpulsatileadministrationofcorticosteroidledtorapidrecoveryofvisioninherrighteye.Conclusion:Itisimportanttopayattentiontotheriskofsevereneuropathyduetoindirect,aswellasdirect,irradiationfromgammakniferadiosurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1551.1554,2014〕Keywords:視神経炎,視神経鞘髄膜腫,ガンマナイフ,定位的放射線手術.opticneuritis,opticnervemeningioma,gammaknife,stereotacticradiosurgery.はじめに脳腫瘍の治療として近年盛んに行われるようになった定位的放射線手術治療におけるガンマナイフ治療は,正常な周囲の脳組織を傷つけずに病変のみの根治が可能であることから,開頭手術と比べて低侵襲で治療効果も高く従来の放射線治療と比して副作用が少ないことで知られている1).しかし,最近ガンマナイフ治療による副作用の報告も認められるようになった2.6).今回筆者らは,左視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ施行後に,右眼に視神経炎が生じた1例を経験した.本症例では,ガンマナイフの照射範囲から離れた部位に障害が生じたこと,生じた部位が唯一眼である僚眼であったこと,などのこれまでの報告にはなかった特徴を有したため今回報告する.I症例患者:54歳,女性.〔別刷請求先〕今村麻佑:〒602-8026京都市上京区釜座通り丸太町上ル春帯町355-5京都第二赤十字病院眼科Reprintrequests:MayuImamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital,355-5Haruobicho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8026,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(129)1551 主訴:右眼視力低下.現病歴:2012年12月末頃から左眼視力低下を自覚し近医受診.視神経乳頭浮腫を認めたため当院脳神経外科へ2013年2月に紹介され受診.頭部MRI(磁気共鳴画像)にて左前床突起部に11mm程度の腫瘍性病変および左視神経のびまん性肥厚(図1)が認められた.脳神経外科から当科紹介受診した結果,左眼視力は眼前手動弁で,左眼に相対的瞳孔求心路障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)および視神経乳頭の腫脹を認めた.右眼視神経乳頭には異常を認めず,矯正視力は(1.5)であった.2013年2月に脳神経外科にて脳腫瘍摘出術および左眼視神経管開放術が施行された.病理診断の結果は左眼の視神経鞘髄膜腫であった.術後の2013年3月に当科を受診したが,左眼視力は0で左眼の視神経乳頭は境界がやや不整で色調は蒼白であった.右眼視神経乳頭は正常で矯正視力は(2.0),視野にも異常を認めなかった.その後脳腫瘍の残存が認められたため,2013年6月に左眼視神経鞘髄膜腫に対してガンマナイフ治療(左眼視神経管周囲の残存腫瘍に対し最大線量16Gy,視神経への最大線量8Gy)を他院にて施行された.ガンマナイフ施行10日後から僚眼(右眼)に急激な視力低下を自覚し,施行15日後に当科受診となった.既往歴:5年前に乳癌手術(右乳房切除術).2012年より糖尿病発症(インスリン投与開始).受診時所見:右眼視力は0.05(矯正不能),左眼視力は0.図1頭部造影MRI所見上段は冠状断を,下段は軸位断を示す.上段に左前床突起部に11mm程度の腫瘍性病変(白矢印)を,下段に左眼の視神経のびまん性肥厚(白矢印)を認めた.RAPDは左眼で陽性で眼痛はなかった.限界フリッカ値(以下,CFF値)は右眼14Hz,左眼は測定不能であった.前眼部,中間透光体および眼圧には両眼とも異常を認めなかった.眼底検査では右眼視神経乳頭蒼白腫脹(図2),左眼視神経乳頭完全萎縮を認めた.Goldmann視野検査では,右眼に中心暗点が認められた(図3).精査のため脳神経外科入院となった.入院後の所見:頭部の造影MRIにて右眼の視神経と視神経周囲に造影効果を有する高信号を,また左眼の視神経周囲に残存腫瘍を認めた(図4).頭蓋内に脱髄巣は認めなかった.血液・生化学検査では,血糖値とHbA1Cがそれぞれ145mg/dlと8.8%で高値を認めたものの,その他はすべて正常範囲内であった.CRP(C反応性蛋白)も正常で炎症反応に乏しく,抗核抗体・IgG4や抗アクアポリン4抗体を含む自己抗体も正常範囲内であった.髄液検査では糖が高濃度(100mg/dl)であったが,細胞数,蛋白,オリゴクローナルバンドやミエリン塩基性蛋白などは正常範囲であった.治療・経過:臨床症状,検査所見から右眼視神経周囲炎を伴う視神経炎と診断し,入院翌日よりステロイドパルス療法を開始した.ステロイドパルスはメチルプレドニゾロン1,000mgの点滴投与を3日間行い,その後はステロイド内服での維持療法に移行した.治療開始後3日目には,右眼の矯正視力は(1.5),CFF値20Hzと著明に改善し,治療開始後5日目には右眼の視神経乳頭は蒼白腫脹が消失し境界鮮明となり色調は正常化した.同日施行したGoldmann視野検査では中心暗点は消失し正常視野に戻った.維持療法はメチルプレドニゾロン40mgを5日間,30mgを10日間,20mgを7日間,15mgを13日間,10mgを15日間,5mg図2眼底写真右眼視力低下を自覚し受診したときの右眼の眼底写真を示す.視神経乳頭の蒼白腫脹を認めた.1552あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(130) 図3Goldmann視野検査右眼視力低下を自覚し受診したときの右眼のGoldmann視野検査を示す.右眼の中心暗点(斜線部分)を認めた.左眼視野は測定不可.図5右眼視力回復後の眼底写真発症後6カ月経過したときの右眼眼底写真を示す.右眼矯正視力は(1.5)と安定し,視神経乳頭の蒼白腫脹は著明に改善した.を14日間と漸減し,ステロイド内服を終了した.ステロイド内服終了時の右眼視力は1.2(矯正不能),CFFは31Hzであった.発症後6カ月経過した時点での頭部造影MRIにて右眼の視神経と視神経周囲の高信号は消失し,右眼視力は1.5(矯正不能),CFFは28Hzで,右眼視神経乳頭所見(図5)も安定している.II考按1.視神経炎の診断と原因について本症例は,左眼視神経鞘髄膜腫治療中に右眼の急激な視力低下を示した.右眼には視神経乳頭の蒼白浮腫,CFF値の著明な低下と視野での中心暗点が認められた.原因として(131)図4頭部造影MRI所見上段は冠状断を,下段は軸位断を示す.右眼の視神経と視神経周囲に高信号(白矢印)を,左眼の視神経周囲に残存腫瘍(星印)を認めた.は,右眼への腫瘍の進展,虚血性視神経症,視神経炎などが考えられたが,脳神経外科での精査の結果,腫瘍の右眼への進展は否定された.造影MRIで視神経および視神経周囲に高信号を認め,視野検査では中心暗点を示し,ステロイド治療が著効を示したことなどから,虚血性視神経症は否定的で,視神経炎と診断した.視神経炎の原因としては,多発性硬化症,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎,SLEなどの自己免疫疾患および,ガンマナイフ照射による炎症の波及などが考えられたが,本症例では,血液・免疫生化学的検査にて高血糖以外に異常値を認めず,脳脊髄液検査にてオリゴクローナルバンドやミエリン塩基性蛋白などについての異常を認めず,頭部MRIにても脱髄性病変を認めなかった.以上より本症例の原因は,多発性硬化症,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎や自己免疫疾患などは否定的で,ガンマナイフ照射後2週間で発症した経緯からガンマナイフ照射が考えられた.2.ガンマナイフ治療と視神経障害についてガンマナイフ治療とは,201個のコバルトが線源となり,それぞれから放出されたg線が腫瘍細胞への栄養血管の内皮細胞をターゲットに血管閉塞を惹起し,周囲正常脳組織を傷つけることなく腫瘍の壊死を起こすことで脳内小病変を治療する低侵襲な治療法である1).従来の放射線治療と異なり,正常脳神経組織をほとんど障害せず,副作用のきわめて少ない安全な治療と考えられている.しかし,近年ガンマナイフあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141553 による急性の副作用報告が注目されはじめた2.6).ガンマナイフ照射後2週間以内に28%の割合で軽症の頭痛,てんかん発作,嘔気,めまいなどの急性副作用が生じたという報告があるが2),急性の神経障害については聴神経鞘腫に対するガンマナイフ照射後24時間以内に難治の難聴が出現した症例5)や,照射3日後に難聴や顔面神経麻痺を呈しステロイド全身投与が有効であった症例の報告6)がある.一方で,放射線治療による神経障害は照射後半年から数年の晩期に発症し障害は高度で非可逆的であることが知られている.なかでも,放射線視神経症は照射後1年半程度経過してから出現することが多く,視力低下は急激かつ高度で,ステロイド全身投与や高濃度酸素療法,抗凝固療法などを施行しても視機能の予後は不良といわれている7).本症例ではステロイドパルス治療が奏効したが,ガンマナイフ照射後の急性視神経障害に対してのステロイドパルス治療は効果的であった症例の報告8)もある一方で,ステロイドパルス治療が効果的でなかった症例の報告3,5)もあり,ステロイドパルス療法の効果は明確ではない.また,本症例でのガンマナイフ治療は左眼視神経管周囲に照射されたが,照射部位との距離は比較的近くではあったものの右眼視神経は照射部位から離れており,直接照射はされていなかった.ステロイドパルス治療に対する反応性と直接照射部位ではなかったことなどから,本症例のガンマナイフ治療による急性の神経障害は,いわゆる放射線の直接障害による放射線性壊死とは異なる機序で生じたと推察された.ガンマナイフ治療による急性の神経障害の機序としては,循環障害による急性の浮腫や炎症,フリーラジカルなどが考えられているが,現在のところ明確な見解はない.本症例では,左眼視神経の残存腫瘍に照射したガンマナイフにより何らかの炎症が生じ,視交叉クモ膜炎をきたした結果,照射部位とは異なる右眼の視神経周囲と視神経に炎症が波及したものと推測された.また本患者は糖尿病の既往があり,血管透過性が亢進した状態にあったことも炎症を惹起した一因と考えられた.III結論視神経に対する推奨の最大線量は10Gy以下とされているが9),本症例に対するガンマナイフの治療は視神経への最大線量8Gyで施行されており,残存腫瘍に対する治療線量としては妥当であった.また,今回の症例では照射しなかった僚眼へ視神経炎が発症した.これらのことから,適切な線量で施行されたガンマナイフ治療でも照射部位から離れた視神経への障害を併発しうることが本症例により示された.副作用のきわめて少ない安全な治療とされているガンマナイフ治療だが,適切な治療計画に基づいていても急性の神経障害を引き起こす可能性があることに十分留意する必要がある.文献1)林基弘,RegisJ,PorcheronDほか:治療計画.高倉公朋(編):脳神経外科AdvancedPractice第1巻,p2-13,メジカルビュー社,20002)Werner-WasikM,RudolerS,PrestonPEetal:Immediatesideeffectsofstereotacticradiotherapyandradiosurgery.IntJRadiatOncolBiolPhys43:299-304,19993)TagoM,TeraharaA,NakagawaKetal:Immediateneurologicaldeteriorationaftergammakniferadiosurgeryforacousticneuroma.Casereport.JNeurosurg93(Suppl3):78-81,20004)StGeorgeEJ,KudhailJ,PerksJetal:Acutesymptomsaftergammakniferadiosurgery.JNeurosurg97(Suppl5):631-634,20025)ChangSD,PoenJ,HancockSLetal:Acutehearinglossfollowingfractionatedstereotacticradiosurgeryforacousticneuroma.Reportoftwocases.JNerosurg89:321-325,19986)PollackAG,MarymontMH,KalapurakalJAetal:Acuteneurologicalcomplicationsfollowinggammaknifesurgeryforvestibularschwannoma.CasesReport.JNeurosurg103:546-551,20057)Danesh-MeyerHV:Radiation-inducedopticneuropathy.JClinNeurosci15:95-100,20088)細田淳英,水野谷智,阿部秀樹ほか:再発下垂体腫瘍へのガンマナイフ治療後に視神経炎を生じた一例.臨眼62:479-482,20089)LeberKA,BergloffJ,PendlG:Dose-responsetoleranceofthevisualpathwaysandcranialnervesofthecavernoussinustosterotacticradiosurgery.JNerosurg88:43-50,1998***1554あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(132)

さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例

2014年8月31日 日曜日

1232あたらしい眼科Vol.4108,21,No.3(00)1232(152)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1232.1238,2014cはじめに肥厚性硬膜炎(hypertrophicpachymeningitis)は,硬膜の肥厚により頭痛・脳神経麻痺・失調などさまざまな神経症状を呈する頭蓋底を好発部とする炎症性疾患である.近年の画像診断の進歩により報告数は増加している.原因としては従来,結核・梅毒などの感染症に続発するものの報告が多くみられていた1,2)が,近年膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発する症例の報告が増加している3.10).今までに筆者らは肥厚性硬膜炎の5例を経験し,うち3例が自己免疫疾患の合併例であった.今回これら5症例を報告し,既報も加え検討した.I症例〔症例1〕57歳,男性.主訴:右眼のかすみ・頭痛.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:2カ月前より前頭部を中心とした頭痛が出現した.その後,右眼のかすみ・右眼下方の視野欠損に気づき,脳外〔別刷請求先〕持原健勝:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:KenshoMochihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANさまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例持原健勝前久保知行西田智美中馬秀樹直井信久宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野HypertrophicCranialPachymeningitisAssociatedwithVariousDiseasesKenshoMochihara,TomoyukiMaekubo,TomomiNishida,HidekiChumanandNobuhisaNao-iDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki近年,画像診断の進歩により肥厚性硬膜炎と診断される症例が増加している.今回筆者らは,さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例を経験したので報告する.症例1は,Wegener肉芽腫症の合併例でFosterKennedy症候群を呈し,造影MRIにて前頭蓋底に硬膜肥厚を認めた.症例2は,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎を合併し,前.中頭蓋底の硬膜肥厚と眼窩内外上方の炎症像を認めた.症例3は,混合性結合組織病を合併し,反復する視神経炎があり,前.中頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例4は16歳と若年で,反復する頭痛・視神経障害があり,前頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例5は,眼窩先端部腫瘍から前頭蓋窩へと連続する硬膜の肥厚を認めた.基礎疾患をもつ,頭痛・多発性脳神経障害患者は肥厚性硬膜炎を考慮する必要があると考えられた.Casesofhypertrophicpachymeningitishaveincreasedrecently,asaresultofprogressinneuroradiologicaldiagnosis.Weexperienced5casesofhypertrophicpachymeningitiscomplicatedwithvariousdiseases,andherereporttheclinicalfeatures,neuroimagingfindings,histopathologicalfeaturesandtreatmentoutcomesforthesepatients.Case1:57-year-oldmalewhopresentedwithFosterKennedysyndromeinacaseofWegener’sgranulo-matosisandexhibitedthickeningoftheduraoftheanteriorcranialfossa.Case2:66-year-oldmalediagnosedwithP-ANCA-positivevasculitiswhodemonstratedinflammatoryorbitalpseudotumorinvolvingtheanteriorcra-nialfossadura.Case3:51-year-oldfemalewithrelapsingopticalneuritisandmixedconnectivetissuediseasewhoshowedthickeningoftheduraoftheanterior.middlecranialfossa.Case4:16-year-oldfemalewithrepeat-edheadacheandopticneuritiswhodemonstratedthickeningoftheduraofthetentoriumandanteriorcranialfos-sa.Case5:77-year-oldmalewithheadacheanddiplopiawhoshowedthickeningofthedurafromanorbitalapextumortotheanteriorcranialfossa.Itisthoughtnecessary,inpatientswhohaveheadacheandcranialneuropathy,toconsiderthepossibilityofhypertrophicpachymeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1232.1238,2014〕Keywords:肥厚性硬膜炎,視神経炎,Wegener肉芽腫症,混合性結合組織病,眼窩先端部腫瘍.hypertropicpachymeningitis,opticneuritis,Wegener’sgranulomatosis,mixedconnectivetissuedisease,orbitalapextumor.(00)1232(152)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1232.1238,2014cはじめに肥厚性硬膜炎(hypertrophicpachymeningitis)は,硬膜の肥厚により頭痛・脳神経麻痺・失調などさまざまな神経症状を呈する頭蓋底を好発部とする炎症性疾患である.近年の画像診断の進歩により報告数は増加している.原因としては従来,結核・梅毒などの感染症に続発するものの報告が多くみられていた1,2)が,近年膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発する症例の報告が増加している3.10).今までに筆者らは肥厚性硬膜炎の5例を経験し,うち3例が自己免疫疾患の合併例であった.今回これら5症例を報告し,既報も加え検討した.I症例〔症例1〕57歳,男性.主訴:右眼のかすみ・頭痛.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:2カ月前より前頭部を中心とした頭痛が出現した.その後,右眼のかすみ・右眼下方の視野欠損に気づき,脳外〔別刷請求先〕持原健勝:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:KenshoMochihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANさまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例持原健勝前久保知行西田智美中馬秀樹直井信久宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野HypertrophicCranialPachymeningitisAssociatedwithVariousDiseasesKenshoMochihara,TomoyukiMaekubo,TomomiNishida,HidekiChumanandNobuhisaNao-iDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki近年,画像診断の進歩により肥厚性硬膜炎と診断される症例が増加している.今回筆者らは,さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例を経験したので報告する.症例1は,Wegener肉芽腫症の合併例でFosterKennedy症候群を呈し,造影MRIにて前頭蓋底に硬膜肥厚を認めた.症例2は,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎を合併し,前.中頭蓋底の硬膜肥厚と眼窩内外上方の炎症像を認めた.症例3は,混合性結合組織病を合併し,反復する視神経炎があり,前.中頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例4は16歳と若年で,反復する頭痛・視神経障害があり,前頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例5は,眼窩先端部腫瘍から前頭蓋窩へと連続する硬膜の肥厚を認めた.基礎疾患をもつ,頭痛・多発性脳神経障害患者は肥厚性硬膜炎を考慮する必要があると考えられた.Casesofhypertrophicpachymeningitishaveincreasedrecently,asaresultofprogressinneuroradiologicaldiagnosis.Weexperienced5casesofhypertrophicpachymeningitiscomplicatedwithvariousdiseases,andherereporttheclinicalfeatures,neuroimagingfindings,histopathologicalfeaturesandtreatmentoutcomesforthesepatients.Case1:57-year-oldmalewhopresentedwithFosterKennedysyndromeinacaseofWegener’sgranulo-matosisandexhibitedthickeningoftheduraoftheanteriorcranialfossa.Case2:66-year-oldmalediagnosedwithP-ANCA-positivevasculitiswhodemonstratedinflammatoryorbitalpseudotumorinvolvingtheanteriorcra-nialfossadura.Case3:51-year-oldfemalewithrelapsingopticalneuritisandmixedconnectivetissuediseasewhoshowedthickeningoftheduraoftheanterior.middlecranialfossa.Case4:16-year-oldfemalewithrepeat-edheadacheandopticneuritiswhodemonstratedthickeningoftheduraofthetentoriumandanteriorcranialfos-sa.Case5:77-year-oldmalewithheadacheanddiplopiawhoshowedthickeningofthedurafromanorbitalapextumortotheanteriorcranialfossa.Itisthoughtnecessary,inpatientswhohaveheadacheandcranialneuropathy,toconsiderthepossibilityofhypertrophicpachymeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1232.1238,2014〕Keywords:肥厚性硬膜炎,視神経炎,Wegener肉芽腫症,混合性結合組織病,眼窩先端部腫瘍.hypertropicpachymeningitis,opticneuritis,Wegener’sgranulomatosis,mixedconnectivetissuedisease,orbitalapextumor. 図1症例1:入院時頭部MRI所見大脳鎌・両側頭部の硬膜肥厚を認める(→).Gd造影にて強く増強された.科にて頭部単純コンピュータ断層撮影(CT)を撮影されたが異常は認められなかった.そのため,緑内障の疑いにて当科紹介受診となった.眼科的所見:視力は,右眼視力(VD)=指数弁/30cm,左眼視力(VS)=0.8(1.0),眼圧は,右眼16mmHg,左眼16mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は右眼遅鈍かつ不完全であり,相対的求心性瞳孔反応(RAPD)は,右眼陽性であった.動的視野検査は,右眼では下方視野欠損,左眼ではMariotte盲点拡大を認めた.眼球運動には異常なく,前眼部・中間透光体にも異常を認めなかった.眼底は,右眼に視神経萎縮,左眼に視神経乳頭腫脹があり,FosterKennedy症候群と考えられた.神経学的所見:意識清明で,視神経障害以外に明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:C反応性蛋白(CRP)7.6mg/dl,白血球数(WBC)7,500/μl,赤血球沈降速度(ESR)45mm/時,ツベルクリン反応は陰性,抗体検査において抗好中球細胞質抗体(C-ANCA)20EUと上昇を認めた.髄液所見は初圧47cmH2Oと著明な脳圧の亢進を認めた.また,髄液細胞24個/3μl,髄液蛋白116mg/dlと増加がみられた.放射線学的所見(図1):頭部MRIにおいて,ガドリニウム(Gd)造影にて強く増強される大脳鎌・両前頭蓋窩・側頭部の硬膜肥厚を認めた.また,脳溝が消失しており,脳圧の亢進が示唆された.経過:肥厚性硬膜炎と診断し,原疾患の検索を行った.C-ANCA陽性のため,耳鼻咽喉科にて精査したところ鼻中隔穿孔が認められ,生検を施行した結果,Wegener肉芽腫症と診断された.プレドニゾロン(PSL)45mg/日より内服を開始し,脳圧亢進に対してグリセオール点滴を行った.その後,頭痛が増悪し,誇大発言や行為心迫などの精神障害が出現したため,抗躁薬の内服・シクロホスファミド(CPA)100mg/日の内服を追加した.それ以降症状軽減し,脳圧の下降とともに頭痛症状も消失した.その後,緩徐にPSL・CPAを減量していったが,症状の再発はみられなかった.〔症例2〕66歳,男性.主訴:頭痛.家族歴:妹関節リウマチ.既往歴:リケッチア症.現病歴:半年前に不明熱が続き,精査をしたところ尿蛋白陽性・抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(P-ANCA)陽性であり,アレルギー性血管炎症候群と診断されていた.2週間前より右前頭部痛が起こり,複視・左聴力低下も同時期に出現した.内科入院となり,複視に対する精査目的にて当科紹介受診となった.原疾患に対してPSL20mg内服を行われていた.眼科的所見:視力は,VD=(1.2),VS=(1.2),眼圧は,右眼13mmHg左眼16mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は迅速かつ完全,RAPD陰性であった.眼位は,右眼上斜視・外斜視で,Bielschowsky頭部傾斜試験は右眼陽性であった.視野検査は正常,前眼部・中間透光体および眼底には異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明で,右角膜知覚低下・左聴力低下を認めた.その他,明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:CRP6.9mg/dl,WBC9,500/μl,ESR46mm/時と炎症所見がみられた.ツベルクリン反応は陰性,抗体検査においてリウマトイド因子定量139IU/ml,P-ANCA19EUと上昇を認めた.髄液所見は正常であった.放射線学的所見:単純頭部MRIにおいて海綿静脈洞・眼窩先端部に異常を認めなかった.経過:現疾患による血管炎の増悪を疑い,PSL20mgより50mgに増量し経過観察した.1カ月後より頭痛・眼痛が増悪し,CRPも25.2mg/dlと上昇,眼球運動障害の増悪,右眼瞼下垂が出現した.VD=(0.8)と低下し,右眼散瞳,対光反応遅鈍かつ不完全となった.眼球運動も全方向性に不良となった.造影頭部MRI(図2)では,前.中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像が認められた.眼窩内炎症性偽腫瘍の頭蓋内浸潤に伴い肥厚性硬膜炎を呈しているものと考えた.ステロイドパルス療法〔メチルプレドニゾロン(mPSL)1g×3日〕1クール・CPAパルス(CPA500mgを4週間毎)を3クール施行するも,その後に視力障害が急速に進み右眼手動弁まで低下した.MRI所見では眼窩内炎症・硬膜肥厚の改善を認め,眼球運動・聴力障害も改善したものの,頭痛症状・視力障害の改善は得られなかった.(153)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141233 水平断冠状断図2症例2:頭部MRI所見(Gd造影)中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像が認められた(→).眼窩内炎症性偽腫療が頭蓋内に浸潤している所見であった.〔症例3〕51歳,女性.主訴:左眼のかすみ.既往歴:混合性結合組織病(MCTD).現病歴:2カ月前より左眼のかすみに気づいた.次第に増強してきたため近医を受診し,左視神経症の疑いにて単純頭部MRIを撮影されたが明らかな異常なく,精査目的にて当院初診となった.眼科的所見:視力はVD=(1.5),VS=(0.06),眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は左眼遅鈍かつ不完全,RAPDは左眼陽性であった.動的視野検査では左眼下方視野障害を認めた.眼球運動に異常なく,眼球運動痛も認めなかった.前眼部・中間透光体に異常なく,眼底は視神経乳頭に異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明で視神経障害以外に明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:CRP1.6mg/dl,WBC6,700/μl,ESR102mm/時と炎症所見を示した.抗体検査において抗リボヌクレオチド蛋白(RNP)抗体高値であった.放射線学的所見:初診時造影頭部MRIにおいて異常は認められなかった.経過:抗RNP抗体高値から自己免疫性の視神経炎と診断しステロイドパルス療法を施行した.投与後早期から視力の改善がみられ,VS=(1.5)まで改善した.パルス療法以降のステロイド投与は1カ月につきPSL5mgのペースで漸減した.4カ月後に再増悪し,造影頭部MRI(図3)にて,前.中頭蓋窩・大脳鎌・側頭部に硬膜肥厚を認め,肥厚性硬膜炎と診断した.ステロイドの漸減に伴い症状の増悪を繰り返すため,CPAパルス(CPA500mgを4週間毎に投与)を6クール施行した.頭痛症状も軽快し,経過良好であったが,1年後に再び両眼の視神経障害をきたした.ステロイドパル図3症例3:増悪時頭部MRI所見(Gd造影)前.中頭蓋窩・大脳鎌・側頭部に硬膜肥厚(→)を認める.スを行い,視力は1.2まで改善し,頭痛症状も軽快した.再発に注意しながら現在はCPA100mg内服・PSL20mg内服にて経過は良好である.〔症例4〕16歳,女性.(154) 図4症例4:頭部MRI所見(Gd造影)Gd造影において造影効果を示し,右小脳テント・中頭蓋窩・後頭蓋窩に肥厚(→)を認めた.主訴:複視.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:5年前より近医で間欠性外斜視にて経過観察されていた.今回,右眼周囲の痛み・複視が出現した.近医受診し,内斜視を認めたため当院へ紹介受診となった.眼科的所見:視力はVD=(1.2),VS=(1.2),瞳孔は正円かつ同大,対光反応は迅速かつ不完全,RAPDは陰性であった.眼位は20プリズムディオプター(PD)の間欠性外斜視,眼球運動には異常を認めず,前眼部・中間透光体および眼底にも異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明,右三叉神経第一枝領域痛があった.検査所見:CRP1.6mg/dl,WBC7,600/μl,ESR35mm/時と軽度の炎症所見を示した.ツベルクリン反応は陰性であった.単純頭部MRI:異常を認めなかった.経過:頭痛が持続し,1カ月後より右眼に眼前暗黒感が出現した.右眼RAPD陽性を認め,視神経症が疑われたため,造影頭部MRI(図4)を撮影したところ,右小脳テント・中頭蓋窩・後頭蓋窩に造影効果を示す硬膜の肥厚を認めた.肥厚性硬膜炎と診断し,ステロイドパルスを施行したところ早期より視神経障害は改善した.しかし,頭痛症状は持続した.その後,ステロイド内服の増減をしながら経過をみているが再発はみられていない.〔症例5〕77歳,男性.主訴:頭痛.既往歴:高血圧.家族歴:姉,母;高血圧,姉;脳出血,母;脳梗塞.現病歴:52歳頃より右半側の頭痛を自覚.集中すると感じない程度の痛みであった.62歳頃より頭痛に対して市販の鎮痛薬の内服を開始した.同時期より左難聴が出現した.3年前より頭痛が左半分に移るようになった.その約2年後に頭痛は消失したが,さらに1年後左頭痛が再発・増悪し,幻視・左耳痛が出現するようになった.さらに左方視時に複視を自覚するようになり近医を受診した.精査加療目的で当科紹介初診となった.眼科的所見:視力はVD=(0.9),VS=(0.8),瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は迅速かつ完全,RAPDは左眼陽性であった.眼位は正位,左外転障害が認められた.視野には異常がなかった.前眼部・中間透光体および眼底には異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明,左三叉神経第一枝領域に感覚異(155)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141235 図5症例5:頭部MRI所見(Gd造影)Gd造影において造影効果を示し,左眼窩先端部腫瘍から連続する左側優位の硬膜肥厚(→)を認めた.常があった.検査所見:CRP1.3mg/dl,WBC7,100/μl,ESR53mm/時と炎症所見を示した.ツベルクリン反応は陰性,梅毒抗体陰性,b-Dグルカン陰性,P-ANCA陰性であった.髄液検査は髄液細胞数3/3μl,髄液蛋白70mg/dl,髄液グルコース63mg/dlと正常であった.経過:入院後,眼窩部CTにて左眼窩先端部腫瘤を認めた.症状,経過より側頭動脈炎が否定できないため,左浅側頭動脈生検を施行した.同日施行した頭部造影MRI(図5)にて,左眼窩先端部腫瘍から連続する左側優位の硬膜肥厚と造影効果を認め,左眼窩先端部腫瘤を伴う肥厚性硬膜炎と考えられた.眼窩先端部腫瘤に関して,悪性腫瘍を疑ってポジトロン断層法(PET-CT),胸部CTによる他病巣の検索を行ったが特に異常はみられなかった.他の炎症性疾患は否定的であったため,特発性肥厚性硬膜炎との診断を下し,mPSL1,000mg/日にてパルス療法を開始した.開始同日より左眼の視力改善の自覚あり.その後は,PSL60mg内服を開始し,以後漸減した.視力はVD=(1.0),VS=(0.7p)となり退院となった.その後,ステロイド薬の漸減をしながら経過をみているが再発はみられていない.II考按肥厚性硬膜炎は頭蓋底に好発するリンパ球や形質細胞などの炎症細胞の浸潤を伴う硬膜肥厚を特徴とするとされている.以前は結核1)・梅毒2)などの感染性疾患が多く報告されていたが,現在では膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発するものが多く報告されている3.10).筆者らもWegener肉芽腫症,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎症候群,MCTDの3例を経験した.報告例は多くないものの今までにも同疾患との合併報告がなされている3.5).さらにOlmosら11)は,multifocalfibrosisに肥厚性硬膜炎が高頻度で合併していることを報告している.Multifocalfibrosisは後腹膜線維症,縦隔線維症,硬化性胆管炎,Riedel甲状腺炎,眼窩内偽腫瘍などがさまざまな組み合わせで生じる原因不明の疾患であるが,ステロイドが奏効するため自己免疫疾患であることが推定されている10,11).症例2において眼窩内に生じた偽腫瘍が頭蓋内に進展し,硬膜肥厚を呈した症例を経験したが,他の疾患の合併は認めなかった.また,症例5においても,眼窩先端部腫瘤へと続く前頭蓋窩の硬膜肥厚を認めていたが,他の炎症性疾患の合併を認めなかった.宮田ら12)は,自験例とそれまでに報告された22例の日本での報告例を以下のようにまとめている.性別は男性9例,女性13例でやや女性が多く,年代的には50歳代・70歳代が多かった.19例(87%)に脳神経障害がみられ,11例(50%)に頭痛,4例(18%)に失調症状が認められた.検査結果においてCRPの上昇が71%にみられ,血沈が76%で亢進していた.また,髄液検査において細胞数増多かつ蛋白上昇が66%,蛋白のみ上昇が23%にみられた.Parneyら13)は頭痛,脳神経麻痺,失調がそれぞれ88%,62%,32%であったと報告している.また,脳神経障害の頻度は,内耳神経,三叉神経,顔面神経,舌咽神経,迷走神経,視神経の順であったと報告している.筆者らの自験例5例の特徴を表1に示す.年齢は慢性炎症性疾患の合併例3例においては50.60歳代であった.また,全例で頑固な頭痛症状を認め,炎症反応も上昇していた.Rikuら14)は,硬膜肥厚部を海綿静脈洞・上眼窩裂を巻き込んだものと,小脳テント・後頭蓋窩の肥厚例の2つのパターンに分類し,それに伴った神経症状をまとめている.彼らによると前者は脳神経II.VII麻痺を生じるとされている.今までの報告例のなかでTolosa-Hunt症候群とされてきた症例のなかに肥厚性硬膜炎であった可能性や,2つの疾患の関連性が考えられる.自験例においては5例ともに前頭蓋窩の肥厚を認め,前者のパターンに分類されるが,症例4では小脳テントの肥厚・後頭蓋窩の肥厚も合併していた.また,(156) 表1各症例の所見と治療年齢性別基礎疾患症状脳神経症状CRP(mg/dl)赤沈(mm/時)髄液MRI所見治療症例157男性Wegener肉芽腫症頭痛・II7.645細胞数8/μl蛋白116mg/dl大脳鎌・両前頭蓋窩・側頭部の硬膜肥厚ステロイドCPAグリセオール症例266男性アレルギ―性血管炎頭痛・II・III・IV・V1・VII6.946細胞数1/μl蛋白23mg/dl前.中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像ステロイドCPAパルス症例351女性混合性結合組織病頭痛・II1.6102未施行前頭蓋窩.中頭蓋窩,大脳鎌の硬膜肥厚ステロイドCPAパルス症例416女性(間欠性外斜視)頭痛・IIV11.635未施行右小脳テント・中.後頭蓋窩の硬膜肥厚ステロイド症例577男性(眼窩先端部腫瘤)頭痛・IIV1・VI1.353細胞数1/μl蛋白70mg/dl左眼窩先端部腫瘤から連続する左前頭蓋窩の硬膜肥厚ステロイドMckinneyら15)は,頭蓋内進展と虚血性視神経症との関係にも言及している.自験例のうち,症例2も急激な視力低下があり,ステロイド・CPAの投与により眼窩内偽腫瘍の縮小・硬膜肥厚の改善が早期よりみられたにもかかわらず視力の改善が得られておらず,虚血性変化の関連が示唆される.肥厚性硬膜炎の治療には原疾患の治療が第一であるが,症状に応じて種々の方法が行われている.一般的には副腎皮質ステロイドが治療の第一選択とされている.しかし,ステロイドが有効な症例であっても,中止や減量により再燃することが多いことが問題である16).治療期間の明確なエビデンスは示されていないが,数カ月から数年の少量投与を必要とすることが多い.Bosmanら17)は,1990年以降に行われた治療法をまとめた結果を報告している.それによると60例中56例(93%)でステロイド治療が施行されている.そのなかでステロイド単独が65%であり,そのうち46%で再発を認めている.10%でアザチオプリン,3.3%でメソトレキセート,1.6%でCPA,1.6%で外科的手術が併用されていた.自己免疫疾患に関連する症例においては,ステロイドに反応しない,もしくは再燃する場合,アザチオプリンやCPAなどの免疫抑制薬の併用が検討される.自験例においても再燃例が多く,病状のコントロールのためCPAのパルス療法を併用した.血漿交換療法が有効であったとの報告もあるが,報告例はまだ少ない.肥厚性硬膜炎は難治性であり,治療に苦慮するケースが多くみられる.自己免疫疾患に有効な治療が肥厚性硬膜炎に有効であり,硬膜に対する自己免疫反応が大きくかかわっていることが示唆される.硬膜への特異的な自己抗体の解明や,肥厚性硬膜炎で認められるリンパ球のサブタイプの解明により,より有効な治療法の発見が期待される.(157)文献1)YamashitaK,SuzukiY,YoshizumiH:Tuberculouspachymeningitisinvolvingtheposteriorfossaandhighcervicalregion.NeurolMedChir34:100-103,19942)MooreAP,RolfeEB,JonesEL:Pachymeningitiscranialishypertrophica.JNeurolNeurosurgPsychiatry48:942944,19853)KashiyamaT,SuzukiA,MizuguchiKetal:Wegener’sgranulomatosiswithmultiplecranialnerveinvolvementsastheinitialclinicalmanifestation.InternMed34:11101113,19954)金田康秀,高井佳子,寺崎浩子ほか:P-ANCA陽性肥厚性硬膜炎に合併した視神経炎の経過.神経眼科23(増補):38,20065)FujimotoM,KiraJ,MuraiHetal:Hypertrophiccranialpachymeningitisassociatedwithmixedconnectivetissuedisease;acomparisonwithidiopathicandinfectiouspachymeningitis.InternMed32:510-512,19936)日野英忠,青戸和子:Reumatoidmeningitis.神経内科42:70-72,19957)西川節,坂本博昭,岸廣成ほか:リュウマチ因子陽性の肥厚性硬膜炎の一例.脳神経48:735-739,19968)MayerSA,YimGK,OnestiSTetal:Biopsy-provenisolatedsarcoidmeningitis.Acasereport.JNeurosurg78:994-996,19939)伊藤恒,仲下まゆみ,松本禎之ほか:Sjogren症候群に合併した肥厚性硬膜炎の1例.神経内科52:117-119,200010)AstromKE,LidholmSO:Extensiveintracraniallesioninacaseoforbitalnon-specificgranulomacombinedwithpolyarteritisnodosa.JClinPathol16:137-143,196311)OlmosPR,FalkoJM,ReaGLetal:Fibrosingpseudotumorofthesellaandparasellarareaproducinghypopituitarismandmultiplecranialnervepalsies.Neurosurgery32:1015-1021,199312)宮田和子,藤井滋樹,高橋昭ほか:肥厚性脳硬膜炎の臨床特徴.神経内科55:216-224,2001あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141237 13)ParneyIF,JohnsonES,AllenPBetal:Idiopathiccranialhypertrophicpachymeningitisresponsivetoantituberculoustherapy:acasereport.Neurosurgery41:965-971,199714)RikuS,KatoS:Idiopathichypertrophicpachymeningitis:Neuropathology23:335-344,200315)McKinneyAM,ShortJ,LucatoLetal:Inflammatorymyofibroblastictumoroftheorbitwithassociatedenhancementofthemeningesandmultiplecranialnerves.AmJNeuroradiol27:2217-2220,200616)KupersmithMJ,MartinV,HellerGetal:Idiopathichypertrophicpachymeningitis.Neurology62:686-694,200417)BosmanT,SimoninC,LaunayDetal:Idiopathichypertrophiccranialpachymeningitistreatedbyoralmethotrexate:acasereportandreviewofliterature.RhermatolInt28:713-718,2008***(158)

慎重な鑑別を要したLeber遺伝性視神経症の1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1227.1231,2014c慎重な鑑別を要したLeber遺伝性視神経症の1例青木優典*1竹内篤*1田口朗*2*1関西電力病院眼科*2大阪赤十字病院眼科AnAtypicalCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyMasanoriAoki1),AtushiTakeuchi1)andHogaraTaguchi2)DepartmentofOphthalmology,1)KansaiElectricPowerHospital,2)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossOsakaHospital症例は家族歴のない47歳,男性.急激な両眼視力低下を主訴に関西電力病院眼科を受診.30歳代に手足が2度にわたって動きにくくなるという全身の既往から多発性硬化症による視神経炎を,一時的な光視症の訴えから急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)を鑑別する必要があったが,最終的に遺伝子検査にてミトコンドリアDNA11778変異が見つかり,Leber遺伝性視神経症(LHON)の診断が確定した.LHONの確定診断は遺伝子検査によってなされ確度の高いものである.しかし,そこに至るまでの各種検査,すなわち瞳孔検査,眼底検査,蛍光眼底造影検査,光干渉断層法(OCT),磁気共鳴画像法(MRI),多局所網膜電図(ERG)などはいずれも決定的なものではなく,これらを総合して鑑別を進め,慎重かつ円滑に診断すべきであると思われた.A47-year-oldmalewithnofamilyhistorycomplainedofsubacutevisualdisturbance.Best-correctedvisualacuity(BCVA)was0.6and0.6pinhisrightandlefteye.Hehadpathologicalevents,hislimbmovementsbecomingpoortwiceinhisthirties;thecauseswereunknown.Theinitialdiagnosiswasopticneuritisassociatedwithmultiplesclerosis.Theseconddiagnosiswasacutezonaloccultouterretinopathy(AZOOR),basedonacomplaintoftemporaryphotopsia.MitochondrialDNAanalysisrevealedpointmutationat11778,leadingtoadefinitediagnosisofLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).NumeroustypesofexaminationsaredonebeforeDNAanalysis:pupillaryreaction,funduscopy,fluoresceinangiography,opticalcoherecetomography(OCT),magneticresonanceimaging(MRI)andmultifocalelectroretinogram(ERG);however,theseexaminationsdonotnecessarilyclearlyrevealcharacteristicfindingsofLHON.LHONshouldbediagnosed,exclusiveofotherdisorders,consideringallexaminationfindingscarefullyandcomprehensively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1227.1231,2014〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,視神経炎,急性帯状潜在性網膜外層症,眼窩MRI,多局所網膜電図.Leber’shereditaryopticneuropathy,opticneuropathy,AZOOR,orbitalMRI,multifocalERG.はじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy:LHON)は,10.30歳代の男性に好発し,両眼性に急性あるいは亜急性の視力低下をきたす遺伝性疾患である.やや稀な疾患であるために,一般眼科医が確定診断を下すまでにはさまざまな迷いが生じる場合も多いと考えられる.今回筆者らは,家族歴のはっきりしない47歳発症の1症例を経験したので,多少の文献的考察を加えて報告する.I症例患者:47歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:30歳代に2回手足が動きにくくなった(原因不明),外傷の既往なし.生活歴:喫煙1日20本,飲酒:1日にビール大ビン5本と焼酎ロック数杯.中毒歴はなく,栄養状態も良好.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:2012年12月頃より両眼の視力低下を自覚.翌〔別刷請求先〕青木優典:〒553-0003大阪市福島区福島2-1-7関西電力病院眼科Reprintrequests:MasanoriAoki,DepartmentofOphthalmology,KansaiElectricPowerHospital,2-1-7Hukushima,Hukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(147)1227 2013年1月10日関西電力病院眼科初診.初診時視力は右眼0.6,左眼0.6pで眼圧は右眼20mmHg,左眼18mmHg.眼位・眼球運動に異常なく,眼球運動痛もなかった.瞳孔・対光反応に異常なく,RAPD(relariveafferentpupillarydefect)は陰性であった.中心フリッカ値は右眼25Hz,左眼21Hz.前眼部・中間透光体にも異常を認めなかった.眼底は視神経に明らかな発赤・腫脹を認めず,黄斑部および周辺網膜にも明らかな異常はなかった(図1).Goldmann視野計では両眼の比較中心暗点と左眼のMariotte盲点の拡大を認めた(図2).特徴的な全身の既往から,まずは多発性硬化症による視神経炎の可能性を考えたが,全身の神経学的検査では特に異常を認めず,頭部および脊髄の磁気共鳴画像(MRI)も正常であった.同年1月29日,視力は右眼0.4,図1初診時の眼底写真左眼の視神経は軽度発赤し,下耳側血管アーケードに沿って神経線維層の混濁も認められる.しかし,初診時にこれらを有意な所見と捉えることは困難であった.左眼0.2と低下しており,蛍光眼底造影検査(FA)と眼窩MRIを施行した.FAでは両眼とも腕─網膜時間の延長はなく,視神経乳頭からの蛍光漏出も認められなかった.眼窩MRIでは,右副鼻腔に炎症所見を認めたが,視神経に炎症所見はなかった(図3).視神経炎を積極的に考えることはむずかしい検査結果であった.続いて問診上,モニター画面を見ると光っており文字が見えにくいという訴えが1月下旬頃にあったため,急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)の可能性も考慮し,多局所網膜電図(ERG)を施行した.中心固視がやや悪く,ノイズの多い波形ではあったが,視野の中心暗点に一致する中心部波形の振幅の低下は認められなかった(図4).網膜疾患であるAZOORは一応否定してよいと思われた.また,SRLに提出していた抗AQP4抗体の結果が陰性と判明した.以上の経過や検査結果だけでは,少なくとも視神経炎は完全には否定できないことと,患者の希望があったことから,同年2月20日入院のうえ,ステロイドパルス(1g×3日間)を1クール施行したが,反応はなかった.そこで改めて眼底をよく見ると,両眼とも上下の乳頭黄斑線維束の腫脹を認めた(図5).これがLHONに特有の所見1)であることと,経過・問診などから他の視神経症や視神経炎お図2Goldmann視野検査両眼の比較中心暗点と左眼のMariotte盲点の拡大を認める.1228あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(148) よび網膜疾患がおおむね否定的であることから,患者に遺伝子検査を勧めたが,患者は他の医師の診察を希望された.そこで神経眼科を専門にしている医師を紹介し,遺伝子検査を施行していただいた結果,同年3月27日ミトコンドリアDNA11778変異が見つかり,LHONと確定診断した.同医師に指摘され,FA写真を拡大して見ると,LHONに特徴的とされる乳頭周囲の毛細血管拡張所見を認めた(図6).また,初診時の眼底写真においても,特に血管アーケード下方の神経線維層の混濁を指摘された(図1).II考按LHONについては,本症例のように,発症年齢や眼底所見(特に視神経乳頭の発赤)が典型的でない症例や家族歴がはっきりしない症例も多い.さらに,本症の確定診断に必要な遺伝子検査は,料金面(SRLに依頼する場合,11778変異だけで実費2.5万円)からも気軽に実施できるものではないため,スムーズに本症の確定診断をすることは,一般眼科医にとって必ずしも容易ではないかもしれない.遺伝子検査に持ち込むまでの各種検査について,今回の症例を通して留意図3眼窩MRISTIR冠状断にて視神経内に高信号を認めなかった.検査データ右眼検査データ左眼鼻側耳側耳側鼻側視野視野視野視野図4多局所ERG中心固視が悪いためノイズの多い波形であるが,視野の暗点に一致した中心部の振幅の低下は認めない.(149)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141229 図5光干渉断層計LHONの急性期においては,まず下耳側のRNFLの肥厚が顕著となる1).図6蛍光眼底造影検査強拡大にして初めて,乳頭周囲の毛細血管の拡張所見を確認できた.特に下方に顕著である.すべき点がいくつかあると感じられたので,つぎに記したい.まず一つは,初診の段階で想定されることが最も多いと考えられる視神経炎2)を鑑別・除外する場合に必要となる眼窩MRIについてである.造影MRI脂肪抑制の冠状断と水平断において高信号がないことを確認して活動性のある視神経炎を否定したうえで,STIRにおいても高信号がないことが,LHONの診断を支持する所見となる3).しかしながらLHONであっても,剖検にて視交叉部を含む視神経に炎症所見を認1230あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014めた報告4)や造影効果が認められた症例5,6),T2での増強効果が視神経から視索に至るまで認められた症例7),さらには多発性硬化症(MS)による視神経炎に引き続いてLHONを発症したと思われる症例8)も存在するため,本症が疑われる場合の眼窩MRI所見については,慎重な解釈が必要な場合もあると思われる.LHONとMSの合併したものは,Leber’s‘plus’ssyndromeなどともよば(disease)あるいはHarding’れ,Harding9)以来,数多くの報告がなされている.本症例のようにMS様の神経学的症状の既往がある場合は特に,頭部および視神経脊髄における脱髄の有無については,今後の合併の可能性も含め,より厳密に評価すべきであろうと思われる.また,視神経炎とまぎらわしい疾患として言及されることの多い網膜疾患AZOOR10)についても,本症例のように鑑別しておくほうが好ましい場合もあるかもしれない.この場合,網膜疾患の除外目的で多局所ERGや高解像度の光干渉断層法(OCT)などを施行することになる.本症例において多局所ERGを施行したのは初診より36日後で,中心固視が悪いため良好な波形が得られなかった.もう少し早期に施行しないと信頼度の高い結果は得られないと考えられる.その一方で,急性期を過ぎて以降のLHONの多局所ERG所見について,中村らの報告11)によると,視野の中心暗点に一致して最中心領域の応答密度が低下し,周辺部の応答密度は正常範囲となるようである.網膜疾患を鑑別する際,発症より数カ月以上経過した症例の多局所ERG所見については慎重な解釈が必要となるであろう.また,OCT所見については,RNFL(網膜神経線維層)が肥厚を示し,まだ減少に(150) 転じていない発症早期においてもganglioncell(GCIPL厚)は経時的に減少を示す12)ことが判明し,LHONの早期診断および病態生理の解明に向けて有力な情報が得られるものと期待される.詳細な問診に加えて,視力の経過や視野,瞳孔反応に着目しつつ,OCT,MRI,眼底写真やFA写真の精緻な読み取り,多局所ERGなど,各種検査所見を総合的に判断したうえで,遺伝子検査へと進み,LHONの確定診断を円滑に行いたいものと反省させられた1症例であった.文献1)BarboniP,CarbonelliM,SaviniGetal:NaturalhistoryofLeber’shereditaryopticneuropathy:longitudinalanalysisoftheretinalnervefiberlayerbyopticalcoherencetomography.Ophthalmology117:623-627,20102)設楽幸治,村上晶,金井淳:視神経炎と考えステロイドパルス療法を施行した21例31眼の検討.臨眼56:1563-1566,20023)中尾雄三:視神経疾患の画像診断─撮像法の工夫と臨床応用.臨眼61:1624-1633,20074)井街譲:レーベル氏病.日眼会誌77:1658-1735,19735)VaphiadesMS,NewmannNJ:OpticnerveenhancementonorbitalmagneticresonanceimaginginLeber’shereditaryopticneuropathy.JNeuroophthalmol19:238-239,19996)OngE,BiottiD,AbouafLetal:Teachingneuroimages:chiasmalenlargementinLeberhereditaryopticneuropathy.Neurology81:126-127,20137)vanWestenD,HammarB,BynkeG:MagneticresonancefindingsinthepregeniculatevisualpathwaysinLeberhereditaryopticneuropathy.JNeuroophthalmol31:48-51,20118)坂本英久,西岡木綿子,山本正洋ほか:レーベル病と多発性硬化症が合併した1例.臨眼53:167-171,19999)HardingAE,SweeneyMG,MillerDHetal:Occurrenceofamultiplesclerosis-likeillnessinwomenwhohaveaLeber’shereditaryopticneuropathymitochondrialDNAmutation.Brain115:979-989,199210)大出尚郎:視神経炎と誤りやすい網膜症・視神経網膜症.あたらしい眼科20:1069-1074,200311)中村誠,妹尾健治,田口浩司ほか:視神経疾患の多局所網膜電図.眼紀48:845-850,199712)AkiyamaH,KashimaT,LiDetal:RetinalganglioncellanalysisinLeber’shereditaryopticneuropathy.Ophthalmology120:1943-1944,2013***(151)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141231

Sjögren 症候群に抗アクアポリン4 抗体陽性視交叉部視神経炎を合併した1 症例

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(115)1747《原著》あたらしい眼科27(12):1747.1751,2010cはじめに抗アクアポリン4(以下,AQP4)抗体は,視神経脊髄型多発性硬化症やこれと同一疾患ではないかと考えられている視神経脊髄炎(以下,NMO,別名Devic病)に最近頻繁に見出されている抗体である1.6).Sjogren症候群(以下,SjS)に視神経炎が合併する例があることは従来から指摘されており,その場合視神経炎に対するステロイド薬治療の効果は特発性視神経炎に対するほどは〔別刷請求先〕新井歌奈江:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:KanaeArai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPANSjogren症候群に抗アクアポリン4抗体陽性視交叉部視神経炎を合併した1症例新井歌奈江*1大平明彦*1,2篠崎和美*1樋口かおり*1勝又康弘*3市田久恵*3高橋利幸*4*1東京女子医科大学眼科学教室*2若葉眼科病院*3東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター*4東北大学大学院医学系研究科神経内科学Anti-Aquaporin-4AntibodySeropositiveOpticNeuritisAssociatedwithSjogren’sSyndromeKanaeArai1),AkihikoOohira1,2),KazumiShinozaki1),KaoriHiguchi1),YasuhiroKatsumata3),HisaeIchida3)andToshiyukiTakahashi4)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)WakabaEyeHospital,3)InstituteofRheumatology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,4)DepartmentofNeurology,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicineSjogren症候群に抗アクアポリン4(AQP4)抗体陽性の球後視神経炎を合併した症例に対して,シクロホスファミドのパルス治療で比較的良好な効果を得たので報告する.症例は62歳の女性である.視神経炎発症前からSjogren症候群にて治療を受けていた.治療前矯正視力は右眼20cm指数弁,左眼(0.15),中心フリッカー値は右眼12Hz,左眼23Hzであった.磁気共鳴画像(MRI)にて視交叉部視神経に造影効果を伴う腫大を認めた.視神経炎と診断し,ステロイドパルス治療を行ったが反応を認めなかった.シクロホスファミドのパルス治療を施行したところ,右眼の視力は(0.01),中心フリッカー値は20Hz弱,左眼の視力は(0.4),中心フリッカー値は30Hzとなった.経過中に抗AQP4抗体陽性であることが判明した.抗AQP4抗体陽性の視神経炎は特発性視神経炎に比べ予後が良好でない例が多いので,視神経炎患者には抗AQP4抗体検査をできるだけ実施すべきであろう.Wereportacaseofanti-aquaporin-4antibodyseropositiveopticneuritisassociatedwithSjogren’ssyndromethatrespondedwelltocyclophosphamidepulsetherapy.Thepatient,a62-year-oldfemale,complainedofdecreasedvision.Visualacuitywasfingercountintherighteyeand0.15inthelefteye.Centralcriticalfusionfrequency(CFF)was12Hzintherightand23Hzintheleft.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedaswollenopticnerveatthechiasmwhenenhancedwithgadolinium.Opticneuritiswasdiagnosedandthepatientreceivedsteroidpulsetreatment,butnoimprovementcouldbeseen.Additionalcyclophosphamidepulsetherapyimprovedvisiontoavisualacuityof0.01,CFF20Hzintherighteyeand0.4,30Hzintheleft.Sincethevisualprognosisforanti-aquaporin-4antibodyseropositiveopticneuritisisnotasgoodasthatforidiopathicopticneuritis,patientstreatedforopticneuritisshouldbetestedfortheanti-aquaporin-4antibody.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1747.1751,2010〕Keywords:Sjogren症候群,抗アクアポリン4抗体,視交叉,視神経炎.Sjogrensyndrome,anti-aquaporin-4antibody,opticchiasm,opticneuritis.1748あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(116)高くないことが報告されている7).また,抗AQP4抗体陽性の視神経炎患者において抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体が見出されることがある1).SjSに抗AQP4抗体陽性の球後視神経炎が合併した症例に対して,ステロイドのパルス治療では反応がなかったが,自己免疫疾患の治療によく用いられるシクロホスファミドのパルス治療を行ってみたところ比較的良好な効果を得たので報告する.I症例患者:62歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:1週間前からの左眼視力低下を自覚し,2008年9月1日東京女子医科大学病院(以下,当院)眼科受診.全身既往歴:SjS,両腎結石.家族歴:特記すべきことなし.眼科的既往歴:1987年他院にて抗核抗体320倍,抗SS-A/Ro抗体128倍,ガム試験1ml以下,Schirmer試験両眼2mmとの結果でSjSと診断された.1994年右眼角膜ヘルペスを発症し,以後くり返していた.1996年右眼眼脂が増加し,当院受診した.虹彩炎が強く,虹彩後癒着となった.1997年豚脂様角膜裏面沈着物を伴う虹彩炎,眼底周辺部に出血,滲出斑を認めた.両眼肉芽腫性ぶどう膜炎としてサルコイドーシスも疑われ,全身精査を行ったが,胸部コンピュータ断層撮影(CT),核医学検査,ガリウムシンチグラフィーでは異常がなく否定された.その後も定期的に通院していた.現病歴:2008年8月6日の定期検査で,右眼視力は20cm眼前指数弁,左眼視力(1.0)であり眼科的所見としては従前と変わりはなかった.2008年8月末に左眼視力が低下し,2008年9月1日に受診した.前駆症状としての感冒や頭痛はなかった.9月1日受診時所見:矯正視力は右眼20cm眼前指数弁,左眼(0.15)であった.眼圧は正常であり,中心フリッカー値は右眼12Hz,左眼23Hzと両眼とも低下していた.右眼は虹彩後癒着により散瞳せず,過熟白内障を認めたため眼底は透見できなかった.左眼は軽度の白内障がある以外は前眼部・中間透光体に異常なく,眼底検査でも視神経乳頭に発赤,腫脹は認めなかった.左眼のフルオレセイン蛍光眼底検査では初期から後期に至るまで神経乳頭より蛍光漏出は認めず,網膜血管にも特記すべき所見はなかった.Goldmann視野計での検査では,右眼には耳側の感度低下を認め,左眼ではMariotte盲点の拡大と中心耳側の感度低下を認め,両耳側半盲様の視野異常と考えられた(図1).ガドリウム造影後の磁気共鳴画像(MRI)では,眼窩内の視神経には異常を認めなかったが,視交叉レベルの前額断左眼右眼図1初診時視野(Goldmann視野計)右眼は耳側全体に視野の沈下を認め,左眼は中心視野の耳側から下方にかけての視野の沈下と盲点の拡大を認めた.図2aMRIガドリニウム造影後T1強調画像冠状断(視交叉レベル)視交叉部(矢印)が肥大し,左半分を中心に造影効果が認められる.図2bMRIガドリニウム造影後T1強調画像冠状断(眼窩レベル)眼窩内の視神経(矢印)には左右差なく,腫大などは認めなかった.(117)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101749(図2)では視交叉自体が軽度腫大しており,左側に偏った造影効果を認めた.大脳半球や副鼻腔には異常は認められなかった.脊髄は椎間板ヘルニアを認めたが,それ以外の脊髄の信号強度は保たれていた.血液,尿検査では抗SS-A/Ro抗体500U/ml以上,抗SS-B/La抗体61.3U/ml,抗核抗体1,280倍であった.これらの検査結果よりSjSが関与した球後視神経炎と診断した.ステロイド薬をはじめとする免疫抑制薬の全身投与にあたり全身管理が必要なため,当大学の膠原病リウマチ痛風センターに紹介し,精査加療目的で2008年9月8日に入院となった.入院後の経過:入院直後の矯正視力は右眼20cm指数弁,左眼(0.05),中心フリッカー値は右眼9Hz,左眼11Hzであった.視神経炎以外には明らかな神経症状がなく,SjSの腺外症状も認めなかった.視神経炎に対してステロイドパルス(1,000mg/日)を3日間と後療法としてのプレドニゾロン内服(60mg/日)を実施した.しかし,ステロイド薬単独では早期効果を得られなかった.そのため,入院1週間後よりSjSが基礎疾患にあることを考慮し,膠原病に伴う難治性視神経症に効果があったと報告されているシクロホスファミドパルス(600mg/日,体表面積当たり400mg/m2を3日間)を行ったところ,左眼中心フリッカー値は19Hzと改善したため,さらに10月7日からの3日間,11月6日から3日間の計3回のシクロホスファミドパルス(600mg/日)を施行した.並行して東北大学神経内科に抗AQP4抗体の測定を依頼し,2回目と3回目のシクロホスファミドパルス療法の間に陽性との結果を得た.自己抗体の関与という点でB細胞を特に抑制するとされるシクロホスファミドは適した治療と考えられ,実際臨床的に有効であったため,その後も続行した.2回目シクロホスファミドパルスを施行後には右眼視力(0.01),左眼視力(0.3),中心フリッカー値右眼14Hz,左眼20Hzであった.1回目のシクロホスファミドパルス後よりプレドニゾロン内服を60mg/日から徐々に漸減した.その後両眼点状表層角膜炎の悪化改善により視力の変動はあったが,2009年5月には左眼視力は(0.4),中心フリッカー値は治療7カ月後の2009年4月には30Hzであった.また,右眼視力は(0.01)と横ばいのままであったが,中心フリッカー値は徐々に改善し,3回目施行後にはやや変動はあるものの17から20Hzまで改善した.治療8カ月後の視野検査でも,両眼に改善がみられた(図3).なお,経過を通じて視神経炎以外には明らかな神経症状はなく,脳や脊髄のMRIにも異常は認められなかった.II考按本例は疾患特異的自己抗体の存在,ガム試験,Schirmer試験と蛍光色素検査の結果から1999年の厚生省研究班の改訂診断基準を満たしておりSjSと診断された.本症例の視力低下は眼底に特記すべき所見もなく,頭部MRIにて視交叉部視神経に造影効果を伴う軽度腫大を認め,他の原因を示唆する所見がなかったことにより,視交叉部視神経炎と診断された.SjSに視神経炎を合併した症例の報告はすでに多数なされている7~10).しかし,郷らが過去の邦人6症例についてまとめているが,特発性視神経炎に比べるとステロイドパルス療法に対する反応は良くない7).SjSに伴う中枢神経障害に対してはステロイドパルス療法のほかにシクロホスファミドをはじめとする免疫療法や抗凝固療法,血漿交換療法などが試みられている.Williamsらの18例のミエロパチーに対する治験の検討ではステロイド単独療法は8例中5例で無効であり,シクロホスファミドまたはクロラムブシルの併用を推奨している11).Sophieらも82例の検討からミエロパチーや末梢神経障害に対するシクロホスファミドの有効性を強調している12).従来,SjS以外にも,自己免疫疾患患者や自己抗体陽性患者に視神経症が合併することが報告されてきた13~16).全身性エリテマトーデスに伴う視神経症に関しては報告も多く,SjSに伴う場合と同じく,ステロイド薬への反応がしばしば良くないことやシクロホスファミドに反応することが報告されている14~16).自己免疫疾患に伴う視神経症は,自己抗体と関連する血管炎や血流障害が視神経症に関与していると考えられ,臨床経過も多発性硬化症との関連の大きい特発性視神経炎とは異なり,視力低下が強く回復も不良の傾向がある.これら過去の自己免疫疾患に伴う視神経症の例も今回のように抗AQP4抗体陽性の症例が含まれていた可能性が推測される13).アクアポリンは細胞膜水チャンネル蛋白であり,中枢神経ではそのうちのAQP4がアストロサイトの足突起に認められている4,6).これに対する自己抗体が産生さ左眼右眼図3治療8カ月後の視野(Goldmann視野計)右眼は初診時に比べると,特に耳側視野が回復してきたが,盲点と中心視野を含む中心暗点が残存している.左眼も中心視野が回復してきたが,耳側に傍中心暗点が残存している.1750あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(118)れると中枢神経系アストロサイトが攻撃されることになる.この抗AQP4抗体はいわゆる視神経脊髄型多発性硬化症やこれと同一疾患ではないかといわれている視神経脊髄炎(NMO)に最近頻繁に見出されている抗体であり,この疾患の単なるマーカーではなく主たる病因の一つではないかと推定されている4,5).近畿大学の中尾らは28例の抗AQP4抗体陽性例と46例の陰性例の視神経炎患者を比較し,陽性患者には以下の特徴があると述べている.年齢的には比較的高齢者が多く,性別では圧倒的に女性が多い.視野は中心暗点,両耳側半盲,水平半盲が出やすく,抗核抗体,抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体などの自己抗体が陽性であることが多いことも特徴となっている1).本症例も中尾らの述べた特徴をもっていた.すなわち60歳と比較的高齢の女性で両耳側半盲様の視野異常を認めた.自己抗体もSjSに関連した自己抗体を認めた.抗AQP4抗体陽性視神経炎に対して最も効果のある治療法は何かという点に関しては,ステロイドパルス,シクロホスファミドパルスや血漿交換法などの治療法を直接比較した研究はなく,まだ定まっていない.中尾らは抗AQP4抗体陽性の視神経炎にはステロイドパルス療法が効きにくい例がかなりあると報告をしている.そして,治療としてはまずステロイドパルス治療を行い,抗AQP4抗体が陽性の場合でかつステロイドパルス無効例には血漿交換を行い,維持療法として少量のステロイド薬か免疫抑制薬を勧めている1).NMOの治療において推奨される単純血漿交換ではグロブリンやアルブミンをはじめとする血漿中の有用成分も除去され,ほぼ全血漿を他人の血漿に入れ替える.そのため,肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV),ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV)など血漿感染の危険性が増大し,ショック,アレルギーによる全身発疹,循環器系障害など重篤な症状の発生の危険があり,施行前の全身検索が重要である2,17).抗AQP4抗体陽性視神経炎での発症年齢は中年から高年が多く,全身状態などから単純血漿交換の施行困難な例も存在する可能性がある.本症例は62歳と高齢であり,ステロイドパルス療法では視力回復が思わしくなく,その時点では抗AQP4抗体陽性の結果が未確認であったこと,膠原病に伴う難治性視神経症にシクロホスファミドは一定効果があったと報告されていることもあり,本症例ではシクロホスファミドパルス療法を施行し,比較的良好な結果を得た7,11,13~15).ステロイド薬は末梢の白血球細胞の数,分布や機能に対して強く働き,組織マクロファージや他の抗原提示細胞の機能を抑制する.液性免疫よりも細胞免疫のほうをより抑制するが,一次的な抗体応答が消失し,持続的使用により,過去に確立した抗体応答も低下していき,結果的には液性免疫も抑制する.一方,シクロホスファミドはDNAアルキル化作用および代謝拮抗作用により,細胞毒作用をもち,T細胞よりB細胞に強く作用する傾向がある.B細胞をおもに抑制することにより,T細胞とB細胞は相互作用をするため,結果的にT細胞の機能も抑制し,免疫抑制効果が高い.また,血液脳関門を通過し,中枢神経系の局所で抗炎症作用を発揮する効果もあるといわれている.シクロホスファミドの副作用として白血球減少,感染症,消化管潰瘍,膀胱炎,不妊,奇形,白血病を誘発する危険性などがあり,総投与量に比例して,副作用の頻度が高まるとされている.パルス療法は,総投与量を減らし,結果として副作用を減らすことができるので本症例でも採用した18,19).日本人の体格の小ささ,副作用に対する耐性の低さなどを考慮し,当院ではシクロホスファミドパルスの1日投与量は400.600mg/m2で,4週間間隔で投与している.そして副作用の一つである出血性膀胱炎を防ぐため,全例大量輸液とメスナの併用をし,当日と翌朝は頻回に検尿を施行している.感染症対策として,ステロイド大量投与の場合と同様に,入院中は2週間ごとにIgGなどで免疫状態のモニタリングをし,b-d-グルカンやサイトメガロウイルスアンチゲネミアなどで感染症のモニタリングや,ニューモシスチス肺炎予防にバクタ内服を行っている.筆者らの症例は,SjSに合併する難治性の視神経症と当初から予想されたので,ステロイドパルス療法が無効であったときシクロホスファミドパルス療法を選択し比較的良好な結果を得た.その途中で抗AQP4抗体が陽性だと判明したのだが,抗AQP4抗体陽性視神経炎にシクロホスファミドパルス療法が有効である可能性を示唆する症例でもあると考え報告した.予後良好な特発性視神経炎に対しては,ステロイド大量療法か無治療での経過観察かを選ぶことが一般的である.ステロイド大量療法か経過観察の二択を機械的に当てはめると,特発性視神経炎に混じっている抗AQP4抗体陽性視神経炎患者を無治療で経過観察する例が出て,その場合予後不良となる可能性が高くなるので注意すべきであろう.視神経炎患者が受診した場合,種々の視機能検査,MRI検査を行うが,抗AQP4抗体の検査はまだ一般的ではない.抗AQP4抗体の有無は単に診断に役に立つだけでなく,治療方針も大きく異なるため,今後は必須の検査になってくると考えられる.文献1)中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科25:327-342,20082)吉岡雅之,仲田由紀,谷口洋ほか:二重膜濾過血漿交換が有効であった抗アクアポリン4抗体陽性neuromyelitisopticaの62歳女性例.神経内科69:82-88,20083)久保玲子,若倉雅登:自己免疫性視神経症.あたらしい眼科26:1343-1349,20094)田中恵子:臨床と疫学.あたらしい眼科26:1301-1306,(119)あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010175120095)松下拓也,吉良潤一:多発性硬化症・視神経脊髄炎の免疫学的背景.あたらしい眼科26:1315-1322,20096)三須建郎,藤原一男,糸山泰人:視神経脊髄炎の病理学的特徴.あたらしい眼科26:1307-1314,20097)郷佐江,山野井貴彦,古田歩ほか:両側難治性視神経症の背景にSjogren症候群が存在した1例.神経眼科21:47-53,20048)HaradaT,OhasiT,MiyagishiRetal:OpticneuropathyandacutetransversemyelopathyinprimarySjogren’ssyndrome.JpnJOphthalmol39:162-165,19959)船本由香,小暮美津子,八代成子ほか:ブドウ膜炎および視神経炎で発症した原発性Sjogren症候群の1例.眼臨92:1153-1157,199810)桶谷美香子,出口治子,大久保忠信ほか:球後視神経炎を合併し,皮膚血管炎を呈したSjogren症候群の1症例.リウマチ39:847-852,199911)WilliamsCS,ButlerE,RomanGCetal:TreatmentofmyelopathyinSjogrensyndromewithacombinationofprednisoneandcyclophosphamide.ArchNeurol58:815-819,200112)SophieD,JeromeS,Anne-LaureFetal:NeurologicmanifestationsinprimarySjogrensyndrome,astudyof82patients.Medicine83:280-291,200413)MokCC,ToCH,MakAetal:Immunoablativecyclophosphamideforrefractorylupus-relatedneuromyelitisoptica.JRheumatol35:172-174,200814)RosenbaumJT,SimpsonJ,NeuweltCM:Successfultreatmentofopticneuropathyinassociationwithsystemiclupuserythematosususingintravenouscyclophosphamide.BrJOphthalmol81:130-132,199715)Galindo-RodriguezG,Avina-ZubietaA,PizarroSetal:Cyclophosphamidepulsetherapyinopticneuritisduetosystemiclupuserythematosus,anopentrial.AmJMed106:65-69,199916)SiatkowskiRM,ScottIU,VermAMetal:Opticneuropathyandchiasmopathyinthediagnosisofsystemiclupuserythematosus.JNeuro-Ophthalmol21:193-198,200117)WatanabeS,NakashimaI,MisuTetal:TherapeuticefficacyofplasmaexchangeinNMO-IgG-positivepatientswithneuromyelitisoptica.MultipleSclerosis13:128-132,200718)AduD,PallA,LuqmaniRAetal:Controlledtrialofpulseversuscontinuousprednisoloneandcyclophosphamideinthetreatmentofsystemicvasculitis.QJMed90:401-409,199719)Gayr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