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片眼の視神経症で発症し全脳放射線治療により失明を 免れた髄膜癌腫症の1 例

2023年10月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科40(10):1360.1364,2023c片眼の視神経症で発症し全脳放射線治療により失明を免れた髄膜癌腫症の1例中山佳純*1,2伊藤賀一*1,3,4内田敦郎*1,3野地将*3野村昌弘*1,3根岸一乃*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2永寿総合病院眼科*3国家公務員共済組合連合会立川病院眼科*4いとう眼科CPreservationofVisualFunctioninaCaseofMeningealCarcinomatosiswithOpticNeuropathyKasumiNakayama1,2),YoshikazuIto1,3,4),AtsuroUchida1,3),ShoNoji3),MasahiroNomura1,3)andKazunoNegishi1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KKRTachikawaHospital,4)ItoEyeClinicC視神経症で発症し脳症状を認めなかった髄膜癌腫症に対して,早期に全脳放射線治療を開始することで失明を免れたC1例を経験したので報告する.52歳,女性.約C1年前から立川病院乳腺外科にて乳癌と多発骨転移でホルモン療法を施行され,3カ月前の頭部CMRIでは頭蓋骨転移を認めていた.2日前から左眼の急激な視力低下を訴え,同院眼科に紹介となった.眼科初診時の矯正視力は,右眼C0.6,左眼C0.01,限界フリッカ値は右眼C39.7CHz,左眼測定不能.右眼前眼部や眼底に異常なく,左眼眼底には視神経乳頭腫脹を認めた.Goldmann動的量的視野検査で,右眼は正常であったが,左眼は測定不能であった.頭部造影CCTでは骨転移病変の増大,硬膜への浸潤,脳溝に沿った造影効果を認め,髄膜癌腫症と診断された.第C17病日から全脳照射をC10日間C30CGy施行,第C27病日には左眼視神経乳頭浮腫の改善を認め,第C57病日の視力は右眼C1.2,左眼C0.02を維持していた.第C161病日において髄膜癌腫症の再発は認めていない.髄膜癌腫症の早期診断,治療により失明を回避し生命予後の改善に寄与できた可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCmeningealcarcinomatosis(MC)thatCdevelopedCwithCopticCneuropathyCbutCnoCcerebralsymptoms.Casereport:A52-year-oldfemaleundergoinghormonetherapyforbreastcancerandmulti-pleCboneCmetastasesCforCaboutC1CyearCsuddenlyCnoticedCaClossCofCvisionCinCherCleftCeye.CAtCinitialCexamination,CherCcorrectedCvisualacuity(VA)wasC0.6CODCandC0.01COS,CandCcriticalCfusionCfrequencyCwasC39.7CHzConCtheCrightCandCunmeasurableontheleft.Goldmannperimetryshowedthattherightvisual.eldwaswithinthenormalrange,yettheCleftCvisualC.eldCwasCunmeasurable.CContrast-enhancedCCTCofCtheCheadCshowedCduralCinvasion,CandCcontrastCe.ectsalongthecerebralsulcus,leadingtoadiagnosisofMC.Fromthe17thday,wholebrainirradiationof30CGywasperformedfor10days.Thirtydayslater,herVAremainedat1.2CODand0.02COS,andnorecurrenceofMChasbeenobservedforover2months.Conclusions:EarlydiagnosisandtreatmentofMCmayhavecontributedtothepreservationofvisualfunctionandanimprovedprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(10):1360.1364,C2023〕Keywords:癌性髄膜炎,髄膜癌腫症,髄膜転移,視神経症.meningealcarcinomatosis,leptomeningealmetasta-ses,opticneuropathy.Cはじめに髄膜癌腫症とは,中枢神経に実質性の腫瘍を形成することなく髄腔内または髄膜にびまん性病変として癌細胞が浸潤するものである.原発巣となる悪性疾患には,固形癌では乳癌や肺癌,悪性黒色腫が多く,血液疾患ではリンパ腫や白血病が多いとされ,固形癌をもつ患者のC5.10%,造血器悪性腫瘍ではC5.15%に発症するとされる1.3).また,髄膜癌腫症は,癌患者の進行したステージに発症する病態であるが,固形癌の場合は診断のC1.2年後に,造血器悪性腫瘍の場合は平均してC11カ月後に発症するとされる3).担癌患者の生命〔別刷請求先〕中山佳純:〒110-8645東京都台東区東中野C2-23-16永寿総合病院眼科Reprintrequests:KasumiNakayama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EijuGeneralHospital,2-23-16Higashi-Nakano,Taito-ku,Tokyo110-8645,JAPANC1360(102)予後は延長しており,髄膜癌腫症を発症する患者は増加すると考えられる.髄膜癌腫症の初発症状として,頭痛やけいれん,精神症状,悪心・嘔吐などの中枢神経症状が多いとされる.脳神経障害や脊髄の神経根症状を生じることもあり,視神経のほか,動眼神経や内耳神経などが障害される場合,急速に進行して重度の神経障害となる特徴があり,髄膜癌腫症の視神経症の視機能の予後は不良である.加えて,髄膜癌腫症は生命予後も不良な疾患である.診断は診察所見や画像検査,髄液検査を行うが,それぞれの検査で有意な所見を認めないことがある.今回筆者らは視神経症で発症した患者に,脳症状を認めない髄膜癌腫症を疑って,早期に診断と全脳放射線治療を開始することで生存中の失明を免れたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:52歳,女性.主訴:左眼の視力低下.既往歴:高眼圧症,高血圧,糖尿病,うつ病,喘息.現病歴:約C1年前に腰痛や股痛が出現.精査の結果,乳癌と多発骨転移の診断を受け,立川病院乳腺外科でホルモン療法を開始されていた.3カ月前の頭部CMRIでは,頭蓋骨の骨転移は認めたが,頭蓋内に明らかな異常は認めなかった.2日前から左眼の突然の視力低下を自覚し,同院眼科に紹介となった.初診時所見:視力は右眼C0.6(0.6C×.1.00D(cyl.1.75DAx80°),左眼C0.01(矯正不能)と左眼の視力低下を認め,眼圧は右眼C24CmmHg,左眼C24CmmHgと高眼圧であった.右眼の前眼部や眼底には明らかな異常所見は認めなかったが,左眼の乳頭浮腫を認め(図1),既往と経過から髄膜癌腫症による視神経症が疑われた.経過:第C7病日に施行した頭部造影CCTでは両眼の視神経に異常は認めなかったが,骨転移病変の増大,硬膜への浸潤,脳溝に沿った造影効果を認めた(図2).特徴的な画像所見から髄膜癌腫症と診断し,治療を優先して髄液検査は行わなかった.第C12病日に,視力は右眼(1.0CpC×.1.00D(cylC.1.75DAx80°),左眼手動弁(矯正不能),限界フリッカ値(CFF)は右眼C39.7CHz,左眼は手動弁のために測定不能.右眼前眼部や眼底に異常なく,左眼眼底の乳頭浮腫は変わりなかった.Goldmann動的量的視野検査では,右眼は正常範囲内,左眼は測定不能であった(図3).第C17病日から全脳照射をC10日間C30CGy施行,第C27病日の視力は,右眼C0.8(1.2C×.0.50D(cyl.1.00DAx180°),左眼手動弁,眼圧は右眼C21CmmHg,左眼C19CmmHg.左眼の乳頭浮腫は改善傾向であったが,視力の改善はなかった.第C57病日,矯正視力は右眼C0.7(1.2C×.0.75D(cyl.2.00DCAx175°),左眼C0.02(矯正不能)で,眼圧は右眼C22mmHg,左眼C22CmmHg.左眼の視力改善を認めたが限定的で,乳頭浮腫も改善したが,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で左眼の視神経乳頭周囲神経線維層厚は菲薄化していた(図4).第C77病日,Goldmann動的量的視野検査で左眼も測定できたが,視野障害は残存した(図5).第C161病日も視神経症の再燃はなく,経過中に右眼の病変は認めなかった.また,意識障害などの中枢神経症状や他の脳神経障害の出現は認めず,そのほか髄膜癌腫症による症状はなく,全身状態の悪化もみられなかった.CII考按髄膜癌腫症の症状としては,頭痛がC82%,悪心・嘔吐が41%に認められ,視力低下はC18%に認めるとされる3).本症例は頭痛などの中枢神経症状を認めず,視力低下が初発症状で眼科受診となったが,髄膜癌腫症による視神経症は,短期間で片眼から両眼に発症した患者も報告されている4.7).本症例の場合も,無治療の場合に両眼性となる可能性が考えられ,片眼性の時点で早期診断と治療ができたことで,両眼の失明を避けることができた可能性がある.眼症状では視神経障害のほか,動眼神経障害や外転神経障害による複視や眼瞼下垂を認める場合がある4,8).また,髄膜癌腫症は生命予後不良な疾患で,急な死亡の転帰をたどることもある7).癌性髄膜腫症の視神経症の病態については,視神経自体に対する腫瘍細胞の浸潤性視神経症や,視神経周囲の腫瘍細胞浸潤によって視神経の圧迫による虚血視神経症や栄養代謝障害を起こすことが原因だと考えられている7,12).本症例は癌性髄膜腫症の治療開始を優先したため,髄液検査を行っていないため,浸潤性視神経症の有無の確認はできていない.また,蛍光眼底造影検査による視神経の虚血の評価ができていないので,本症例の視神経症の機序は把握できていない.髄膜癌腫症の診断は,臨床経過,画像所見,髄液検査によって行われるが,髄膜癌腫症による視神経症の眼所見は,視神経浮腫を呈する場合と,視神経浮腫を呈しない球後視神経の病変が主体の場合があるとされ,前者では,視神経症の鑑別をすすめる必要があるが,後者では眼所見が乏しいため,診断に難渋する症例が報告されている9,10).本症例では臨床経過や眼所見,画像所見で髄膜癌腫症に合致する所見を認めて,診断と治療開始に至った.しかし,髄膜癌腫症の画像所見についても所見が乏しいことがあり,MRIの感度はC20.91%と報告されており,画像検査で異常を認めないことがある3,10.12).また,髄液検査が診断に有用とされるが,髄液細胞診の陽性率はC78%とされ,臨床経過から髄膜癌腫症を疑われる場合は,初回で悪性所見が陰性であってもC2回以上施行することが推奨されている3,7,13,14).よって,診断は臨床図1初診時の眼底写真とOCT右眼に明らかな異常は認めないが,左眼に乳頭浮腫,出血を認める.(検査データは,患者本人から許可をいただいて本稿内に使用している)図2頭部造影CT右前頭部の骨転移病変の増大,硬膜への浸潤を認めている(C.).髄膜癌腫症の播種による右前頭葉や左後頭葉の脳溝に沿った造影効果を認めた(C.).図3治療前の視野検査(第C12病日)右眼は正常,左眼は手動弁のため測定不能であった.経過や画像所見,髄液検査を総合的に判断する必要がある15).既報では5,7),画像所見や髄液検査で異常は認めなかっことから,髄膜癌腫症が鑑別として考えられ,乳腺外科と放たが,短時間で高度な視力低下から死亡の転帰に至った症例射線科に画像精査と治療依頼をすることができた.が報告されており,短期間での診断が要される.本症例は,髄膜癌腫症の治療は,放射線治療や全身化学療法,化学療髄膜癌腫症による視神経症の既報と同様に,急な視力低下と法の髄注療法,もしくはそれらの併用療法を行うか,鎮痛な視野障害を生じた臨床経過と,眼底所見で乳頭浮腫を認めたどの対症療法のみを行う場合がある.無治療であれば,髄膜図4放射線治療後の眼底所見とOCT(第C57病日)左眼の乳頭浮腫は改善したが,視神経乳頭周囲神経線維層厚は菲薄化していた.図5放射線治療後の視野検査(第C77病日)左眼が測定可能になったが,広範な視野障害が残った.癌腫症の生命予後はC4.6週間といわれている.乳癌が原発が奏効して失明を免れたと考えられた.右眼についても,放巣の髄膜癌腫症では,治療を受けた場合の生命予後の中間値射線治療前後で,矯正視力は向上し,OCTの視神経乳頭周はC5カ月と報告されており,治療介入により生命も延長され囲神経線維層厚が正常域に改善しているため,ごく初期の視る15).治療選択は,症例の全身状態やCADL(activitiesCof神経症を発症していた可能性が考えられた.しかし,右眼のdailyliving)に応じて検討して行われる.静的視野検査は行っておらず,視神経のCMRI撮影も行って本症例は左眼の癌性髄膜腫の視神経症に対して,全脳照射いないので,推測の域をでないことは否定できない.本症例のように,髄膜癌腫症の診断を行い,早期に治療開始ができたことで,生存中の視機能保持に寄与でき,癌患者の生命予後とCQOL(qualityCoflife)にも貢献できたと考える.髄膜癌腫症は診察や検査所見が乏しい場合もあるため,経過から髄膜癌腫症が疑われる場合に念頭におくことが早期診断に重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)RhunCEL,CPreusserCM,CvanCdenCBentCMCetal:HowCweCtreatCpatientsCwithCleptomeningealCmetastases,CESMOCOpenC4(SupplC2):e000507,C20192)WangCN,CBertalanCMS,CBrastianosPK:LeptomeningealCmetastasisCfromCsystemiccancer:ReviewCandCupdateConCmanagement.CancerC124:21-35,C20183)PanCZ,CYangCG,CHeCHCetal:LeptomeningealCmetastasisCfromCsolidtumors:clinicalCfeaturesCandCitsCdiagnosticCimplication.SciRepC8:10445,C20184)西尾正哉,鈴木利根:複視を契機に診断され,急速に失明に至った癌性髄膜炎のC1例.神経眼科24:338-343,C20075)一色佳彦,松本美保,田中春花ほか:両眼急速に盲となった胃癌による髄膜癌腫症のC1例,臨眼64:323-327,C20106)SugaokaCS,CKandaCT,CItoCMCetal:ACcaseCofCmeningealCcarcinomatosisCdueCtoCsignet-ringCcellCcarcinomaCthatCdevelopedCsevereCvisualCimpairmentCwithCpapillaryCswell-ing.IntMedCaseRepJC13:153-158,C20227)前田早織,石川久美子,田邊益美:視力障害を初発とし,初診からC2週間の経過で死亡した髄膜癌腫症のC1例.臨眼C71:953-957,C20178)山中千尋,冨田真知子,松下新悟ほか:放射線照射と化学療法が奏効した髄膜癌腫症と転移性脈絡膜腫瘍の合併例,臨眼69:559-564,C20159)CzyzCC,CBlairCK,CBergstromR:LeptomeningealCcarcino-matosisCwithCdelayedCocularCmanifestations.CCaseCRepCOncolC14:98-100,C202110)SabaterCAL,CSadabaCLM,CdeCNovaE:OcularCsymptomsCsecondaryCtoCmeningealCcarcinomatosisCinCaCpatientCwithClungadenocarcinoma:aCcaseCreport.CBMCCOphthalmolC12:65,C201211)山内宏大,工藤孝志,中澤満:診断に苦慮した浸潤性視神経症のC1例.臨眼72:1073-1080,C201812)望月里恵,谷口香織,板谷正博ほか:視力低下が初発症状であった肺腺癌由来髄膜癌腫症.神経眼科C29:409-415,C201213)BonigCL,CMohnCN,CAhlbrechtCJCetal:Leptomeningealmetastasis:TheCroleCofCcerebrospinalC.uidCdiagnostics.CFrontNeurolC10:839,C201914)LanfranconiS,BasilicoP,TrezziIetal:Opticneuritisasisolatedmanifestationofleptomeningealcarcinomatosis:acaseCreportCandCsystematicCreviewCofCocularCmanifesta-tionsCofCneoplasticCmeningitis.CNeurolCResCIntC2013:C892523,C201315)FernandesCL,CdeCMatosCLV,CCardosoCDCetal:EndocrineCtherapyforthetreatmentofleptomeningealcarcinomato-sisCinCluminalCbreastcancer:aCcomprehensiveCreview.CCNSOncolC9:CNS65,C2020***

リネゾリドによる視神経症の1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1564あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)564(148)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):564567,2010cはじめにリネゾリド(ザイボックスR)は,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症やバンコマイシン耐性腸球菌に適応のある薬剤である.臨床の場では関節炎や骨髄炎,皮膚感染症,肺炎などに使われるが,副作用として骨髄抑制や視神経症などが知られている.特に長期投与で副作用が多く報告され,眼科領域では視神経症の報告がこれまでに散見される14).視神経障害の機序としてはニューロン内に豊富とされるミトコンドリアの障害が原因と推定されている1,5).今回筆者らはリネゾリドによる視神経症の1例を経験したので,これまでの報告例と比較検討して報告する.I症例患者:61歳,男性.初診日:平成19年4月11日.主訴:霧視.現病歴:平成16年より慢性関節リウマチにて治療中であった.平成17年6月,MRSAによる股関節炎・膝関節症・頸椎炎にて某大学整形外科でバンコマイシンによる治療を開始したが,直後より骨髄抑制による汎血球減少が生じたため中止して硫酸アルベカシン(ハベカシンR)とトシル酸スルタミシリン(ユナシンR)に変更した.洗浄や骨移植術などの治療も併用された.平成18年6月リハビリテーション目的にて当科関連病院の整形外科に転院となった.その後,関〔別刷請求先〕椎葉義人:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:YoshitoShiiba,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minami-Koshigaya,Koshigaya-shi,Saitama343-8555,JAPANリネゾリドによる視神経症の1例椎葉義人門屋講司鈴木利根筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ACaseofLinezolid-inducedOpticNeuropathyYoshitoShiiba,KojiKadoya,ToneSuzukiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospitalリネゾリドの長期投与後に視神経症をきたした61歳,男性例を経験した.本患者はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による膝関節炎,股関節炎などにてバンコマイシンなどの薬剤投与を開始したが,副作用発現や効果不十分のため中止となり,平成18年12月にリネゾリドの投与を開始した.その後増減をくり返しながら持続投与となり,平成19年4月に霧視感を主訴に当科を紹介受診となったが,両眼視力は1.0であった.同年6月には右眼0.3,左眼0.03に低下した.当初は視力低下の原因が白内障進行によるものと診断したが,白内障手術後にも視力回復がみられず,さらに右眼0.1,左眼0.04となり,リネゾリドによる視神経症が疑われた.投与中止後9日目に視機能の改善がみられたが,股関節炎などは悪化した.1年後には両眼1.2に回復した.Weexperienceda61-year-oldmalewithlinezolid-inducedopticneuropathyafterprolongeduseoftheantibi-otic.Vancomycinandothermedicationshadbeeninitiatedforthetreatmentofmethecillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)infectionsofhiskneeandhipjoints,butwerenoteective.LinezolidtreatmentwasinitiatedinJuly2005.By23monthslater,visualacuityhaddecreasedto0.3ODand0.03OS,fromthe1.0OUnoted2monthsearlier.Routineocularexaminationrevealedonlycataracts;cataractsurgerywasperformedonbotheyes.However,visualacuitydidnotimprove(0.1OD,0.04OS),solinezolid-inducedopticneuropathywassuspected.Linezolidwasdiscontinuedandvisualacuityimproved9dayslater,whileinfectionofthejointsworsened.Visualacuityrecoveredfully(1.2OU)afteroneyearwithouttheantibiotic.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):564567,2010〕Keywords:リネゾリド,視神経症,副作用.linezolid,opticneuropathy,sideeect.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010565(149)節炎などが悪化したため平成18年12月9日よりリネゾリドの投与が開始され,平成19年8月18日まで継続された.投与量は1日600mgを標準とし,総量159g(600mg錠換算で265錠)であった.この間平成18年12月31日より平成19年1月26日まで一時休薬し,4月14日より5月13日まで3001,200mgの増減があった.この間の併用薬はプレドニゾロン(プレドニンR)1日5mg内服と糖尿病経口薬であった.平成19年4月に軽度の霧視感があったため,眼科的精査目的で当科を紹介された.既往歴:平成16年より糖尿病.初診時所見:視力は右眼0.15(1.0×2.5D(cyl0.75DAx95°),左眼0.08(1.0×3.0D(cyl1.0DAx65°),眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.前眼部および眼底に異常はないが,中間透光体は白内障を認め,Emery分類で核硬度度,後下に軽度の混濁を認めた.白内障および糖尿病のため定期的検査を続けることとした.経過:初診2カ月後の平成19年6月に視力低下を訴え,視力は右眼0.06(0.3),左眼0.02(0.03)と低下,グレアは測定不能であった.前眼部,眼底に異常を認めないものの,白内障が核度,後下の混濁が進行していた.これらより白内障進行による視力低下と判断し,白内障手術を施行した.術中・術後合併症は認めなかった.しかし,術後の視力改善はわずかで,2週間後の所見は,視力は右眼0.08(0.4),左眼0.07(n.c.)であった.眼底その他に異常はみられず視力不良の原因は不明であった.さらに,術後1カ月に視力低下の進行と視野狭窄を自覚した.このときの視力は右眼0.08(0.1),左眼0.04(n.c.),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgで,限界フリッカ値は両眼とも19Hzであった.前眼部,中間透光体は異常なかった.眼底は検眼鏡でも異常なくフラッシュERG(網膜電図)も正常で,蛍光眼底造影でも図1症例の蛍光眼底造影写真(左:右眼,右:左眼)両眼とも視神経乳頭に過蛍光などはみられなかった.図2症例のGoldmann視野検査(左:左眼,右:右眼)右眼の中心暗点と左眼のラケット状暗点を認めた.———————————————————————-Page3566あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(150)視神経に過蛍光などの異常を認めなかった(図1).Gold-mann視野検査では右眼は中心暗点,左眼はラケット状暗点を認めた(図2).これらより,視神経症と診断し,リネゾリドの長期投与との関連が疑われた.そのため,整形外科主治医および患者,家族と相談のうえ,リネゾリド投与を中止することとなった.投与中止9日後には,視力は右眼0.1(0.6),左眼0.04(0.05)と改善したが,限界フリッカ値は19Hzと不変であった.視野検査の結果も中心暗点の改善を認めた(図3).しかし,股関節炎,膝関節炎などの原疾患が再発し,手術目的にて某大学整形外科に転院となった.このため当院での経過観察がその後一時中止となった.約1年後の平成20年8月11日の再診時には,リネゾリドは投与されておらず,視力は右眼1.0(1.2),左眼0.8(1.2)に回復していた.II考按リネゾリドはMRSA感染症などに非常に有用な薬剤で2000年4月に米国FDA(食品医薬品局)の承認を受けていて3),28日間以内の安全性は十分に確かめられている.しかし,骨髄炎などの疾患に長期投与を余儀なくされる場合に副作用が報告されている.本例ではリネゾリドの長期投与があり,しかも本剤の投与中止により視機能が回復したことから本剤の副作用による視神経症と診断した.他の報告例の診断も,リネゾリドの長期使用および臨床症状,投与中止による回復が決め手となっている.本例では2年間の投与期間があり,これまでのJavaheriらのまとめでも,13症例の平均投薬期間が280日間となっている1).Ruckerらも511カ月(平均9カ月)としている4).今回の症例のように他の薬剤が無効で,増減しながらもリネゾリドの長期投与を避けられない場合は,特に副作用の発現に注意すべきである.本剤の抗菌作用はリボゾームRNAに結合することによるとされる3).視神経の障害の機序としてはニューロン内のミトコンドリアリボゾームの障害が推定されている1,5).ミトコンドリア障害による視神経症としてはLeber視神経萎縮がよく知られているが,ある種の中毒性視神経症や,タバコ・アルコール視神経症,薬物による視神経障害や近年は正常眼圧緑内障との関連が推定されている5).臨床症状に注目すると,発症は本症例も含め数週数カ月間かけて視力障害が進行する亜急性が多い.視力障害の程度は重度で0.1以下が多く,ほとんどが両眼性である.視野障害の種類は本症例でも呈していた中心暗点あるいはMariotte盲点の拡大が多く,他の視神経疾患との差異はない.既報では視神経乳頭は浮腫所見を示すことは少なく1),本例のように正常あるいは軽度の蒼白のみを示す場合が多い.ミトコンドリアの分布は視神経乳頭板より前方に多いことからすると,浮腫所見を示すことが多いはずであるが,実際の報告例ではさまざまであった.蛍光眼底写真ではLeber視神経萎縮と同様に正常なことが多い1).中尾は,視神経乳頭に異常がない“球後視神経炎”類似の所見で,眼球運動時の球後部痛がないことなどが薬剤の副作用による視神経症の特徴としている6).治療については,診断がつき次第に投薬を中止することで視機能は短期間で回復の兆しがみられ1,2),本例でも9日目で回復がはじまった.その後は数カ月間かけて回復することが多い可逆性である.視力回復の程度は本例では1.2まで完全に回復したが,他の報告でも39カ月の経過観察での最終視力は全例0.5以上と比較的良好である1).本例で視力が完全回復した理由として,発症からリネゾリド中止までの期間が80日と短かったことが考えられる.既報でも150200日で中止した場合は1.0以上に回復しており,中止まで300日以上を要した症例では視力障害が残った1).したがって本剤の投与患者では視覚症状に十分注意して,発症した場合は早期に中止することで良好な視力回復が期待できる.また,図3リネゾリド投与中止後9日目のGoldmann視野検査(左:左眼,右:右眼)両眼とも中心暗点の改善を認めた.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010567(151)副腎皮質ステロイド薬投与は無効であり,むしろ悪化の危険も指摘されていて現時点では勧められていない1,2).文献1)JavaheriM,KhuranaRN,O’HearnTMetal:Linezolid-inducedopticneuropathy:amitochondrialdisorderBrJOphthalmol91:111-115,20072)SaijoT,HayashiK,YamadaHetal:Linezolid-inducedopticneuropathy.AmJOphthalmol139:1114-1116,20053)McKinleySH,ForoozanR:Opticneuropathyassociatedwithlinezolidtreatment.JNeuro-Ophthalmol25:18-21,20054)RuckerJC,HamiltonSR,BardensteinDetal:Linezolid-associatedtoxicopticneuropathy.Neurology66:595-598,20065)CarelliV,Ross-CisnerosFN,SadunAA:Mitochondrialdysfunctionasacauseofopticneuropathies.ProgRetinEyeRes23:53-89,20046)中尾雄三:視路障害をきたす全身薬.あたらしい眼科25:455-460,2008***