《原著》あたらしい眼科32(3):405.408,2015c難治性角膜フリクテンの1例新澤恵*1冨田隆太郎*1伊勢重之*1齋藤昌晃*1伊藤健*1,2石龍鉄樹*1*1福島県立医科大学医学部眼科学講座*2伊藤眼科ACaseofSeverePhlyctenularKeratitisMegumiShinzawa1),RyutaroTomita1),ShigeyukiIse1),MasaakiSaito1),TakeshiIto1,2)andTetsujuSekiryu1)1)DepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUniversitySchoolofMedicine,2)ItoEyeClinic難治性角膜フリクテンに,抗菌薬の局所および全身投与が有効であった症例を経験した.症例は14歳,女児.4年前から結膜炎・霰粒腫を繰り返していた.複数の医療機関を受診し,確定診断がつかないまま点眼による加療が行われたが,眼痛と視力低下が進行し福島県立医科大学眼科へ紹介された.初診時,視力は右眼矯正0.4,左眼矯正1.0,両眼に球結膜の充血・角膜周辺に複数の小円型の浸潤病巣を,右眼には角膜耳側に結節性細胞浸潤とそれに向かう血管侵入,瞳孔領に及ぶ角膜上皮下混濁を認め,角膜フリクテンと診断した.また,マイボーム腺開口部に閉塞を認めた.抗菌薬とステロイド薬の点眼にて加療したが改善せず,ステロイド薬の中止と抗菌薬の頻回点眼,ミノマイシンの内服で加療したところ,治療に反応し右眼矯正視力は1.2に改善した.本症例はマイボーム腺炎に関連した病態を呈しており,マイボーム腺炎角結膜上皮症を示唆する症例と考えられた.A14-year-oldfemalewithoverfouryears’historyofrecurrentconjunctivitisandchalazionwasreferredtoourhospital.Shealsocomplainedofeyepainandblurredvisionatpresentation.Althoughshehadbeentreatedwitheyedropsatseveralclinics,herconditionhadnotimproved.Oninitialexamination,herbest-correctedvisualacuity(BCVA)was20/50righteyeand20/20lefteye.Shehadbilateralconjunctivalhyperemiaandinfiltrations,withanoduleinherrighteyeconsistingofsub-epithelialtostromalcellularinfiltration,andsuperficialcornealneovascularization.Meibomianglandorificeobstructionswerealsoobserved.Shewasthereforediagnosedwithphlyctenularkeratitisandtreatedwithtopicalantibioticsandcorticosteroids,netherofwhich,however,waseffective.Wechangedthetreatmenttotopicalandoralantibioticswithoutcorticosteroids.Finally,theinflammationsubsided.Inthisparticularcase,mibomitismayhavebeenstronglyrelatedtothephlyctenularkeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(3):405.408,2015〕Keywords:角膜フリクテン,マイボーム腺炎角結膜上皮症,マイボーム腺機能不全,プロピオニバクテリウムアクネス,抗菌薬.phlyctenularkeratitis,meibomitis-relatedkeratoconjunctivitis,meibomianglanddysfunction,Propionibacteriumacnes,antibiotictherapy.はじめに角膜フリクテンは,マイボーム腺炎を高率に合併し再発を繰り返すことが知られている.近年,細菌増殖によると考えられるマイボーム腺炎に関連した角膜上皮障害を生じる疾患群を,マイボーム腺炎角結膜上皮症として捉えることが提唱されている1,2).その病型は,角膜に結節性細胞浸潤と血管侵入を伴う「フリクテン型」と,点状表層角膜症を主体とした「非フリクテン型」の2つに大別される1,2).両病型ともに,マイボーム腺内における細菌増殖がその病因であると考えられている1,3).今回,フリクテン型のマイボーム腺炎角結膜上皮症に対し,抗菌薬を使用し改善をみたが,抗菌薬減量とステロイド薬点眼の追加により悪化した症例を経験したので報告する.I症例患者:14歳,女性.主訴:右眼視力低下,眼痛,流涙.既往歴:アレルギー性鼻炎.現病歴:2009年頃から,結膜炎・霰粒腫を繰り返し,複数の医療機関を受診していた.2013年1月頃より,眼痛と〔別刷請求先〕新澤恵:〒960-1295福島県福島市光が丘1番地福島県立医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MegumiShinzawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUniversity,1Hikarigaoka,Fukushima960-1295,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(95)405abcdeabcde図1初診時の右眼前眼部写真a:著明な球結膜充血,角膜耳側に結節性細胞浸潤と血管侵入.b,c:上下眼瞼縁全体に,マイボーム腺開口部の閉塞と炎症.d,e:角膜上皮下混濁は瞳孔領に及び,一部潰瘍を形成.e:フルオレセイン染色.abcde図2初診時の左眼前眼部写真a:球結膜充血.b,c:眼瞼縁の不整と瞼結膜の充血.d,e:輪部中心に角膜浸潤病巣が多発.e:フルオレセイン染色.視力低下が進行したため,近医眼科より福島県立医科大学眼科(以下,当科)へ紹介され,2013年7月,当科を受診した.初診時所見:視力は右眼0.4(n.c.),左眼0.8(1.0)であった.右眼前眼部は,球結膜の著明な充血と,角膜耳側に結節性細胞浸潤と血管侵入を認めたため,角膜フリクテンと診断した(図1).角膜上皮下混濁は瞳孔領に及び,一部潰瘍を形成しており,視力低下の原因と考えられた.また,上下眼瞼縁全体に,マイボーム腺開口部の閉塞と炎症所見を認めた(図1b,c).左眼前眼部にも球結膜充血を認め,角膜輪部を主体に角膜浸潤病巣が多発しており,上下眼瞼縁の不整と瞼結膜の充血を認めた(図2).また,顔面には著明な皮疹を認めた.結膜.ぬぐい液,マイボーム腺分泌物の培養を施行したが,結果は陰性であった.顔面の皮疹に関しては,皮膚科専門医により.瘡と診断された.皮膚膿疱の培養も施行したが,結果は陰性であった.406あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015経過:マイボーム腺炎が原因の角膜フリクテンと考えられたため,抗菌薬の局所投与による治療を開始した.0.5%セフメノキシム点眼,0.3%トブラマイシン点眼,エリスロマイシン眼軟膏を投与したところ,初診より10日目には,球結膜充血と角膜浸潤所見が軽快したため,抗菌薬の減量と0.1%フルオロメトロン点眼を追加したところ,19日目,マイボーム腺炎および角膜病変が悪化した(図3).そこで,0.1%フルオロメトロン点眼の中止,上下眼瞼縁全体のマイボーム腺梗塞に対しマイボーム腺圧迫鉗子での圧出を,マイボーム腺炎の強いところには開口部にメスでの小切開を加え圧出を施行,および抗菌薬を,0.5%セフメノキシムと0.5%モキシフロキサシンの頻回点眼(1時間毎),0.3%オフロキサシン眼軟膏に変更し,ミノマイシン200mgの内服を追加したところ,数日で速やかに眼表面の炎症は軽減し,右眼視力は24日目には(0.9),39日目には1.2(n.c.)に改善した(図4).その後は点眼を漸減継続し,寛解を維持している(96)(図5).II考按角膜フリクテンは若年女性に好発し,再発を繰り返す難治性の疾患である.その所見は,角膜に結節性細胞浸潤とそれに向かう表層性血管侵入を認め,対応する球結膜に充血を認ab図3悪化時の右眼前眼部写真(病日19)a:マイボーム腺炎の悪化と同期して,角膜病変も悪化した.b:マイボーム腺部の拡大.開口部にメスでの小切開を加えた.めるのが特徴的である1).フリクテンの発症には,遅延型過敏反応(IV型アレルギー反応)が関与すると考えられており,種々の細菌をはじめとする病原体成分が抗原になると考えられてきた4).1950年代の結核蔓延期には,非衛生的な環境で暮らすツベルクリン反応陽性の小児に多いとされ,抗原として結核菌が注目された5).また,1951年には,Thygesonにより非結核性のフリクテン症例でStaphylococcusaureusによるものが報告されている5).他にも,Candida,Chlamydia,Coccidioides,線虫などさまざまな報告がある6,7).わが国でも,結膜.および眼瞼縁などの細菌培養から,Corynebacterium,a-Streptococcus,coagulasepositiveStaphylococcus,Staphylococcusaureus,Staphylococcusepidermidis,Neisseriaなどが報告されているが,各菌種の検出率は11.75%とばらつきがあり,いずれも症例数が4.8例と少ない8.10).角膜フリクテンではマイボーム腺炎を高率に合併し,マイ図4寛解時の右眼前眼部写真(病日39)マイボーム腺炎は改善し,結節病巣は瘢痕化した.図5治療経過抗菌薬の点眼を開始し一旦軽快したが,抗菌薬の減量とステロイド薬点眼の追加で悪化した.ステロイド薬点眼の中止とマイボーム腺の切開・圧出,および抗菌薬の頻回点眼と全身投与で速やかに改善し,その後は寛解を維持している.(97)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015407ボーム腺炎の改善に伴って角膜病変も改善することが知られており,稲毛らは,自験例15眼において,マイボーム腺梗塞や霰粒腫の合併または既往は73%にみられたと報告している8).2005年,鈴木らは,角膜フリクテン患者20例におけるマイボーム腺分泌物の細菌培養において,12例(60%)でPropionibacteriumacnesが検出され,コントロール群に比べ有意差があったことから,P.acnesが角膜フリクテンの起炎菌となりうる可能性を報告し,角膜フリクテンを含めたマイボーム腺炎に関連した角膜上皮障害を主体とする疾患群を「マイボーム腺炎角結膜上皮症」と呼ぶことを提唱した1,3).本症例は,若年女性の角膜フリクテンで,霰粒腫の既往があり,マイボーム腺炎と角膜病変の増悪と軽快が同期していたことから,マイボーム腺炎角結膜上皮症(フリクテン型)と考えられた.起因菌としてP.acnesを疑い培養などを行ったが,同定には至らなかった.培養が陰性であった理由には,採取できる検体量が少なかったこと,嫌気培養ができなかったことなどが考えられ,採取および培養条件の再検討が必要であると考えられた.筆者らは,培養が陰性であることから,カタル性角膜浸潤,ブドウ球菌性眼瞼炎,酒.性眼瞼炎なども鑑別し治療を行った.角膜フリクテンは,前眼部感染アレルギーと認識されており,治療には病巣の消炎療法としてのステロイド薬と,感染病巣の治療としての抗菌療法に分けて考えられている4).ステロイド薬の使用は,一見,遅延型過敏反応の病態の理に沿うものと考えられるが,一時的な効果はみられるものの,遷延化する症例も多いことや感染症を悪化させることが報告されている11).本症例の経過から,初診時には結節および潰瘍が形成され細胞浸潤が角膜実質深層に及んでおり,旺盛な結節形成期であったと考えられる.抗菌薬の点眼を開始し一旦軽快したが,抗菌薬の減量とステロイド薬点眼の追加で悪化した.ステロイド薬点眼の中止とマイボーム腺の切開・圧出,および抗菌薬の頻回点眼と全身投与で改善を得るに至った.既報でも,ステロイド薬の併用は必須ではなく,ステロイド薬単独あるいは不十分な抗菌薬とステロイド薬の併用投与では再発あるいは遷延化を促す可能性について報告されていることからも,注意を要する12).しかしながら本症例では,当初,培養結果の確認までの間,前医よりの抗菌薬をそのまま継続してしまったこと,培養が陰性であったことより,鑑別疾患を広くカバーしようと抗菌薬の選択に一貫性を欠く結果となった.初期の段階で,的を絞った抗菌薬の投与ができなかったところに,ステロイド薬を併用したため,マイボーム腺内の除菌が不十分となり,細菌関連抗原が残留したことで再燃に至り,難治性となったものと推測される.ステロイド薬を併用する際には,抗菌薬の適切な使用による十分な除菌が重要であると考えられた.この経過は,マイボーム腺内における細菌増殖がその病因と捉える「マイボーム腺炎角結膜上皮症」の定義を裏付けるものと考えられた.既報にも,難治性角膜フリクテンの治療として,抗生物質点滴大量療法が有効であったとする報告もあり13),本症例においても,十分な抗菌薬投与によりアレルギー反応を引き起こす起因菌を除去することが治療の鍵であったと考えられた.本症例は,2014年3月現在も経過観察を続けているが,寛解を維持し,視力も良好に保たれている.寛解増悪を繰り返す若年女性の角膜フリクテンでは,マイボーム腺炎角結膜上皮症を念頭に置き,本症例のような重症例では抗菌薬の頻回点眼,全身投与が有効であると考える.文献1)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:マイボーム腺炎に関連した角膜上皮障害(マイボーム腺炎角膜上皮症)の検討.あたらしい眼科17:423-427,20002)SuzukiT:Meibomitis-relatedkeratoconjunctivitis:implicationsandclinicalsignificanceofmeibomianglandinflammation.Cornea31:S41-S44,20123)SuzukiT,MitsuishiY,SanoYetal:Phlyctenularkeratitisassociatedwithmeibomitisinyoungpatients.AmJOphthalmol140:77-82,20054)齋藤圭子:フリクテン.眼科46:667-673,20045)ThygesonP:Theetiologyandtreatmentofphlyctenularkeratoconjunctivitis.AmJOphthalmol34:1217-1236,19516)ThygesonP:Observationsonnontuberculousphlyctenularkeratoconjunctivitis.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol58:128-132,19547)JefferyMP:Oculardiseasescausedbynematodes.AmJOphthalmol40:41-53,19558)稲毛佐知子,齋藤圭子,伊東眞由美ほか:角膜フリクテン10例の臨床的検討.日眼会誌102:173-178,19989)西信亮子,原英徳,日比野剛ほか:角膜フリクテンの起炎菌に関する検討.眼紀49:821-825,199810)窪野裕久,水野嘉信,重安千花ほか:難治性とされたフリクテン性角結膜炎,カタル性角膜潰瘍の要因.あたらしい眼科27:809-813,201011)金指功,秦野寛,内尾英一ほか:フリクテン性角膜炎の臨床的検討.眼臨88:1222-1227,199412)高橋順子,外園千恵,丸山邦夫ほか:免疫不全症に合併したマイボーム腺炎角膜上皮症に抗菌薬投与が奏功した1例.眼紀55:364-368,200413)鈴木智,横井則彦,木下茂:角膜フリクテンに対する抗生物質点滴大量投与の試み.あたらしい眼科15:11431145,1998408あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(98)