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ヘルペス性角膜炎における栄養障害性潰瘍の臨床像

2024年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(1):89.93,2024cヘルペス性角膜炎における栄養障害性潰瘍の臨床像石本敦子*1佐々木香る*1安達彩*1嶋千絵子*1西田舞*2髙橋寛二*1*1関西医科大学眼科学講座*2北野病院眼科CClinicalFeaturesofNeurotrophicUlcersinHerpesKeratitisAtsukoIshimoto1),KaoruSasaki1),AyaAdachi1),ChiekoShima1),MaiNishida-Hamada2)andKanjiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2)MedicalResearchInstituteKitanoHospitalC目的:ヘルペス性角膜炎に生じた栄養障害性潰瘍は,しばしば原疾患の再燃や真菌性角膜炎との判断が困難である.早期発見のため臨床像を明らかにする.方法:2012年C2月.2020年C10月に関西医科大学附属病院眼科,永田眼科で加療したC9例C9眼を後ろ向きに調べた.結果:原疾患が単純ヘルペス角膜炎のC8眼は複数回の上皮型・実質型の再発既往があり,帯状疱疹角膜炎のC1眼は遷延例であった.いずれも抗ウイルス剤軟膏を断続的に使用していた.膿性眼脂は認めず,3眼では樹枝状類似のフルオレセイン所見を,6眼では地図状類似の不整形上皮欠損を認めた.全例で病変部辺縁は直線状に隆起した白濁を呈し,潰瘍底はカルシウム沈着あるいは実質融解を認めた.潰瘍底.爬,抗ウイルス薬軟膏の減量,ステロイドによる消炎にて治癒した.結論:ヘルペス性角膜炎経過途中の栄養障害性潰瘍の早期発見には,膿性眼脂の有無,病変部辺縁の形状や潰瘍底の性状を確認することが必要である.CPurpose:NeurotrophicCulcersCarisingCinCherpeticCkeratitisCareCoftenCdi.cultCtoCdetermineCasCrelapseCofCtheCunderlyingdiseaseorfungalkeratitis.ThepurposeofthisstudywastoclarifytheclinicalfeaturesofneurotrophiculcersCforCearlyCdetection.CPatientsandMethods:InCthisCretrospectiveCstudy,C9CeyesCofC9CpatientsCtreatedCatCtheCDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityandNagataEyeClinicfromFebruary2012toOctober2020wereexamined.Results:Ofthe9eyes,8wereherpessimplexkeratitisastheprimarydiseasewithahisto-ryofmultipleepithelialandparenchymalrecurrences,and1wasaprolongedcaseofherpeszosterkeratitis.Anti-viralCointmentsChadCbeenCintermittentlyCadministeredCinCallCeyes.CThereCwasCnoCoccurrenceCofCpurulentCdischarge,Cyet3eyeshaddendritic-like.uorescein.ndingsand6eyeshadgeographicirregularepithelialdefects.Inallcas-es,themarginsofthelesionswerecloudywhiteandlinearlyraised.Theulcerbasesshowedcalciumdepositionorparenchymalmelting.Healingwasachievedbycurettageofthebottomoftheulcer,reductionofthedoseofantivi-ralCointment,CandCadministrationCofCanti-in.ammationCsteroids.CConclusion:ForCearlyCdetectionCofCneurotrophicCulcersCduringCtheCcourseCofCherpeticCkeratitis,CitCisCnecessaryCtoCcon.rmCnoCpresenceCofCpurulentCdischarge,CtheCshapeofthemarginsofthelesion,andthenatureoftheulcerbase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(1):89.93,2024〕Keywords:角膜ヘルペス,栄養障害性潰瘍,遷延性角膜上皮欠損,薬剤毒性,カルシウム沈着.herpeticsCkerati-tis,neurotrophiculcers,persistedcornealepithelialdefects,drugtoxicity,calciumdeposition.Cはじめに単純ヘルペスによる角膜ヘルペスは上皮型(樹枝状,地図状),実質型(円板状,壊死性),内皮型,そしてぶどう膜炎型に分類される1).また,水痘帯状疱疹ウイルスによる眼部帯状疱疹も角膜には偽樹枝状病変から多発性角膜上皮下浸潤をきたす.これらは再発の都度,三叉神経麻痺を生じ,しだいに不可逆性の知覚低下を招く.この三叉神経麻痺は,角膜上皮細胞の増殖能低下,接着能低下をきたすことが知られており,容易に不整形の上皮欠損を生じる2.7).上皮型の病変に上皮接着不全が生じた場合は遷延性上皮欠損となり,実質型に生じた場合は栄養障害性潰瘍として,とくに壊死性角膜炎によく併発する.遷延性上皮欠損ではCBowman層が保たれ,角膜実質の融解,菲薄化を伴わないが,栄養障害性潰瘍では角膜実質の融解,菲薄化,さらに長期の炎症によりカル〔別刷請求先〕石本敦子:〒573-1010大阪府枚方市新町C2-5-1関西医科大学眼科学講座Reprintrequests:AtsukoIshimoto,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shinmachi,Hirakata573-1191,JAPANC図1代表症例1の前眼部所見a:ターミナルバルブをもつ典型的な樹枝状病変を認める.周囲には過去の上皮型を示す混濁を認める.Cb:当院初診時には直線的な白濁()した縁どりをもつ角膜潰瘍を認めた.白濁部はやや隆起しており,その内部の潰瘍底は軟化していた.Cc:栄養障害性潰瘍として加療開始C1カ月後.瘢痕を残して上皮は修復を完了した.シウム沈着を伴い,難治となる.ヘルペスによる栄養障害性潰瘍が多発したC1990年代に,森・下村らはその臨床的特徴として,潰瘍になる直前の病型は実質型(円板状C65%,壊死性C35%)が過半数(56%)を占め,また栄養障害性潰瘍診断時に,IDU頻回点眼がなされていた(47%)ことを報告した8).また,ヘルペスによる栄養障害性潰瘍の形成要因として,基盤である角膜実質の炎症による角膜上皮接着性の低下,およびCIDUの細胞毒性による上皮の修復障害,不適正なプライマリーケア(上皮型あるいは実質型ヘルペスに対する不適切なステロイドあるいは抗ウイルス剤の投与)を提示した8).抗ウイルス薬がCIDU点眼からアシクロビル眼軟膏へと変遷し,細胞毒性は少なくなったとはいえ上皮細胞への障害は弱くはなく,角膜ヘルペスの上皮型や実質型が何度も繰り返され上皮細胞の脆弱化が生じた場合,やはり栄養障害性潰瘍を発症し,ステロイドの投与の可否含めて治療に難渋することが多い.ヘルペスによる栄養障害性潰瘍は,ヘルペスウイルスそのものの増殖による悪化との鑑別が困難で,抗ウイルス薬が増量され,その薬剤毒性によりさらに難治化させることが多い.今回,栄養障害性潰瘍の早期発見のため,その臨床的特徴を明らかにした.CI方法本研究は関西医科大学医学倫理審査委員会の承認のもと(承認番号2021254),ヘルシンキ宣言に基づき,診療録を参照し後ろ向きに検討した.2012年C2月.2020年C10月に関西医科大学附属病院(以下,当院)眼科,永田眼科に紹介されたヘルペスによる栄養障害性潰瘍症例を対象とした.症例は9例9眼(男性6例,女性3例),年齢は79C±12歳(50.92歳)であった.患者背景,前眼部の臨床所見,治療経過を検討した.II結果[代表症例1]患者:74歳,女性.既往歴:糖尿病性網膜症により硝子体茎切除術を施行されていた.現病歴:10年程前から数回,左眼角膜ヘルペスの上皮型・実質型の再発を繰り返し,その都度,近医にてアシクロビル(ACV)眼軟膏やステロイド点眼で加療されていた.今回,1カ月前に上皮型を再発し,ACV眼軟膏をC1日C5回使用するも,次第に悪化したため,ACV耐性株を疑われ,1カ月後に当院紹介となった.1カ月前の前医での前眼部写真を図1aに示す.初診時所見:当院初診時,左眼視力(0.2C×sph.5.0D(cylC.4.0DAx10°),左眼眼圧12mmHg(緑内障点眼下),地図状類似の角膜潰瘍がみられ,潰瘍周囲が白濁化,一部直線化していた(図1b).潰瘍底では融解傾向で軟化した実質に一部カルシウム沈着があり,周囲には過去の上皮型病変による混濁がみられた.経過:栄養障害性潰瘍と判断し,紹介時に投薬されていたACV眼軟膏C5回,デキサメタゾン点眼C3回,緑内障点眼をすべて中止し,バラシクロビル(VACV)内服,プレドニゾロンC10Cmg内服,抗菌薬眼軟膏を処方した.潰瘍の縮小がみられたため,抗ウイルス薬やステロイドを内服からCACV眼軟膏C1回,0.1%フルオロメトロン点眼C2回,抗菌薬眼軟膏へ変更した.当院での治療開始C2週間後,潰瘍は縮小したものの上皮.離の遷延化がみられたため,治療用コンタクトレンズを装用のうえ,ACV眼軟膏C1回,0.1%フルオロメトロン点眼C2回に,抗菌薬点眼C4回,ヒアルロン酸CNa点眼C4回を追加した.当院初診約C1カ月で,すみやかに角膜潰瘍は治癒し,消炎を得た(図1c).図2代表症例2の前医での前眼部所見ab,cd,efのC3時点で,いずれも偽樹枝状様の所見を呈するフルオレセイン陽性の上皮欠損を認め,寛解増悪を繰り返していた.図3代表症例2の前眼部所見a:当院初診時には直線的な白濁したやや幅広い縁取りをもつ角膜潰瘍を認めた().潰瘍底は触診にてカルシウム沈着を認め,非沈着部位は実質底が軟化していた.Cb:フルオレセイン染色では,カルシウム非沈着部位が陽性を示し,あたかも樹枝状様の所見を呈した.しかし,ターミナルバルブは認めない.Cc:栄養障害性潰瘍として加療し開始C1カ月後.カルシウムは用手的に除去した.瘢痕を残して上皮は修復を完了した.[代表症例2]患者:92歳,男性.現病歴:1年前に眼部帯状疱疹を罹患し,右眼角膜炎,虹彩炎が遷延化した.ACV眼軟膏,ステロイド点眼で加療するも,樹枝状様の上皮病変が形を変えて何度も再燃し,難治性ヘルペス性角膜炎として紹介された.前医での前眼部写真を示す(図2a~f).初診時所見:当院初診時,左眼視力C0.02(n.c.),左眼眼圧12CmmHg,不整形の潰瘍が認められ,潰瘍辺縁が白濁化,一部直線化していた(図3a).潰瘍底は鑷子による触診にて,軟化した実質とカルシウム沈着が混在していた.フルオレセイン染色では,樹枝状のように見える上皮欠損が観察された(図3b).経過:栄養障害性潰瘍を疑い,紹介時に投与されていたACV眼軟膏およびステロイド点眼を中止し,VACV内服,抗菌薬軟膏のみを処方した.しかし,厚いカルシウム沈着が途絶している部分が深掘れの潰瘍となり,上皮修復が困難であった.潰瘍底に沈着したカルシウムと実質軟化が上皮の創傷治癒を妨げていると判断し,27CG針で物理的にカルシウム沈着を.離除去し,実質底が平坦となるように軟化した実質を切除した.同時に治療用コンタクトレンズ装用のうえ,0.1%フルオロメトロン点眼C2回,ACV眼軟膏C1回,抗菌薬点眼C4回,ヒアルロン酸CNa点眼C4回を処方し,約C1カ月後に,上皮修復を得た(図3c).表1全症例のまとめ症年齢虹彩毛原因紹介時緑内障角膜所見辺縁治療例性別前医からの紹介内容様体炎の既往ウイルスACV使用点眼上皮欠損の形状直線化白濁化血管侵入Ca沈着SCL使用C174歳,女性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇〇地図状類似〇〇C×〇〇C286歳,男性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇C×地図状類似〇〇〇〇C×385歳,男性遷延性角膜上皮欠損〇CHSVC×〇地図状類似C×〇C××〇C483歳,女性遷延性角膜上皮欠損〇CHSV〇〇地図状類似〇〇C××〇C578歳,女性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇C×樹枝状類似〇〇C×〇C×670歳,男性角膜潰瘍(ヘルペス角膜炎既往)〇CHSVC××地図状類似〇〇〇C×〇C792歳,男性難治性ヘルペス角膜炎〇CVZV〇〇樹枝状類似〇〇C×〇〇C883歳,男性遷延性角膜上皮欠損〇HSV疑〇〇樹枝状類似〇〇C×〇〇C950歳,男性角膜潰瘍(ヘルペス角膜炎既往)不明CHSVC××地図状類似〇〇C××〇代表症例C1は症例番号1,代表症例C2は症例番号C7を示す.[全症例まとめ]症例C1,2を含むC9症例の一覧表(表1)を示す.全例,複数回のヘルペス再発の既往を持ち,難治性ヘルペス性角膜炎,遷延性角膜上皮欠損や角膜潰瘍として紹介された.ウイルスの活動性上昇や耐性化の懸念から,紹介時にCACV眼軟膏をC3回以上投与されていたものはC9例中C6例と多く,虹彩毛様体炎の併発の既往があり,緑内障点眼をしていたものも約半数にみられた.すべて今までに単純ヘルペスウイルス(HSV)に典型的な上皮型や実質型を繰り返していた既往があり,ウイルスCPCR検査は施行していないが,臨床所見および経過からCHSVによる病態と判断した.なお,症例C7は眼部帯状疱疹の発症に続いて出現した遷延性上皮欠損であり,原因ウイルスをCVZVとした.角膜知覚低下は全例にみられた.角膜所見は,いずれもフルオレセイン染色で,樹枝状病変あるいは地図状病変に類似の所見を示した.全例,潰瘍縁の白濁化がみられ,潰瘍縁は一部直線化していた.角膜実質は浮腫のため膨化して融解傾向であり,約半数に潰瘍底にカルシウム沈着を認めた.このカルシウム沈着の範囲は,鑷子で触診することで確認が容易であった.また,カルシウム沈着部位と非沈着部位が混在することで,樹枝状あるいは地図状類似のフルオレセイン染色所見を呈していた.治療は,紹介時CACV軟膏を使用していた症例は全例中止し,バルトレックスC1日C2錠(分2)内服に変更,抗菌薬眼軟膏使用でガーゼ閉瞼を行った.虹彩炎の活動性があるものや血管侵入を伴う壊死型などはプレドニゾロンC1日C10Cmg内服あるいはフルオロメトロン点眼C2回を併用した.紹介時に細菌感染の併発が疑われたもの(9例中C2例)は,抗菌薬点眼を追加した.緑内障点眼を使用しているものは一度中止し,眼圧が高い場合は炭酸脱水酵素阻害薬の内服に切りかえた.抗ウイルス薬や緑内障点眼の中止と抗菌薬眼軟膏による保湿を2週間行っても上皮欠損が治癒しない症例は,DSCLを装用させた.既往に虹彩毛様体炎を複数回再発があり,リン酸ベタメタゾン点眼を繰り返し使用されているものはカルシウム沈着が強く,上皮欠損修復には物理的カルシウム除去が必要であった.栄養障害性潰瘍の診断後,治癒までの期間は平均約C1カ月であった.CIII考按栄養障害性潰瘍の形成要因には,角膜知覚障害,涙液減少,Bowman膜損傷,実質障害,抗ウイルス薬の毒性があるとされている2,8).今回の症例でも,上皮型・実質型の角膜ヘルペスの再発繰り返しによる角膜知覚低下やCBowman膜,実質の損傷が潜在していたと考えられる.角膜ヘルペスの患者では角膜知覚の低下は角膜神経の密度と数に強く相関し,病気の重症度に相関して患眼の神経密度が低下する3,4).発症からC3年程度経過すると,神経再生を認め,神経密度の回復の傾向がみられるが,健常者に比べ優位に低く,角膜知覚の低下は改善しない9).基底細胞下神経叢の神経の形態と密度の低下は角膜ヘルペスの発症回数が多いほど,著明であり4,10),とくに壊死性角膜炎で強かった.以上より,角膜ヘルペスの再発の繰り返しが,より強い非可逆的な三叉神経麻痺を生じ,角膜上皮細胞の増殖能低下をきたし,栄養障害性潰瘍を引き起こしやすくなると思われる.加えて今回の症例で栄養障害性潰瘍へと悪化する原因として,虹彩毛様体炎や続発緑内障に対し投与された緑内障点眼やリン酸ベタメタゾン点眼による薬剤毒性やカルシウムが沈着が影響したと考えられる.森ら8)は,実質型の複数回既往が栄養障害性潰瘍の危険因子であると述べており,今回の検討でも,同様の傾向が確認された.ウイルスそのものの増殖による所見とウイルスに対する免疫反応による所見が混在するヘルペス性角膜炎の治療では,ACV眼軟膏とステロイド投与の適正なバランスを保つことが困難である場合が多いと考えられる.たとえば,今回の症例の既往歴でも上皮型と実質型を併発した角膜ヘルペスにおいて,ACV眼軟膏投与と同時にステロイドを急に中止し実質炎を誘発したり,上皮型が治癒した時点でステロイドを続行したままCACV眼軟膏を中止することで上皮型の再発を招くという現状が確認された.このような経過中,栄養障害性潰瘍を発症しているにもかかわらず,不整形の上皮欠損をウイルスの再燃と判断してCACV眼軟膏が増量もしくは漫然と継続されることで,さらに難治化させる例が多いことが明らかとなった.栄養障害性潰瘍の臨床所見として,実質炎再発や薬剤毒性により実質が融解し,上皮細胞の増殖や伸展が妨げられるため,潰瘍辺縁部で上皮細胞が滞るため盛り上がり,膨隆や白濁化があげられる.今回の症例では,潰瘍縁が一部直線化しているものが多かった.通常,微生物感染などによる上皮欠損は不整形を示すが,栄養障害性潰瘍の場合は,伸展が滞った上皮細胞が潰瘍辺縁で直線の形状を形成すると考えられる.また長期の炎症に加え,ACV眼軟膏やベタメタゾン点眼などにより潰瘍底にカルシウム沈着が生じ,さらに上皮欠損が難治化する傾向にあった.栄養障害性潰瘍の発症機序から,治療のポイントは①上皮の増殖・伸展を促すこと,②潰瘍底を平坦化し,健常な状態に近づけること,③適度な保湿と消炎,④眼瞼による摩擦軽減であると思われる.具体的には,角膜上皮の増殖能を低下させるCACV眼軟膏を中止し内服に変更することや,防腐剤フリーの点眼薬の選択,保湿のための生理食塩水点眼などがある.カルシウムを物理的に除去し,軟化した潰瘍底を切除することも必要であり,さらに安静のために抗菌薬眼軟膏と圧迫眼帯を行い,場合によって治療用コンタクトレンズ使用も検討する.消炎が必要なためステロイドを使用するが,既往歴における上皮型の再発頻度によって,再発がない場合は点眼を,多い場合には内服を選択した.ただしステロイド使用中は必ず,抗ウイルス薬を局所少量あるいは内服のいずれかを投与し,再発防止を図った.症例の所見に応じて,抗ウイルス薬とステロイドのバランスを決定し,症例の既往歴に応じて投与方法を決定する必要があると考えられた.今回の症例から,大部分の栄養障害性潰瘍は保存的治療で治癒する可能性があると思われた.角膜移植はステロイド長期使用を余儀なくされるため,ヘルペス性角膜炎の再発を惹起しうる.栄養障害性潰瘍を早期に鑑別できれば,保存的に治癒させることは容易であると思われる.CIV結論ヘルペスによる角膜炎の治療経過において,栄養障害性潰瘍に気づかず,難治性角膜ヘルペスとしてCACV眼軟膏を続行すると,さらに難治化させる.栄養障害性潰瘍の臨床的特徴に早期に気づき,患者背景,投薬内容をもとに,治療方針の方向転換を行うことが大切であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大橋裕一:角膜ヘルペス─新しい病型分類の提案─.眼科C37:759-764,C19952)Ruiz-LozanoCRE,CHernandez-CamarenaCJC,CLoya-GarciaCDCetal:TheCmolecularCbasisCofCneurotrophicCkeratopa-thy:DiagnosticCandCtherapeuticCimplications.CaCreview.COculSurfC19:224-240,C20213)PatelCDV,CMcGheeCN:InCvivoCconfocalCmicroscopyCofChumanCcornealCnervesCinChealth,CinCocularCandCsystemicCdisease,CandCfollowingCcornealsurgery:aCreview.CBrJOphthalmolC93:853-860,C20094)NagasatoD,Araki-SasakiK,KojimaTetal:Morphologi-calCchangesCofCcornealCsubepithelialCnerveCplexusCinCdi.erentCtypesCofCherpeticCkeratitis.CJpnCJCOphthalmolC55:444-450,C20115)CruzatA,QaziY,HamraP:InvivoconfocalmicroscopyofCcornealCnervesCinChealthCandCdisease.COculCSurfC15:C15-47,C20176)EguchiCH,CHiuraCA,CNakagawaCHCetal:CornealCnerveC.berstructure,itsroleincornealfunction,anditschangesCincornealdiseases.BiomedResIntC2017:3242649,C20177)OkadaCY,CSumiokaCT,CIchikawaCKCetal:SensoryCnerveCsupportsepithelialstemcellfunctioninhealingofcornealepitheliuminmice:theroleoftrigeminalnervetransientreceptorCpotentialCvanilloidC4.CLabCInvestC99:210-230,C20198)森康子,下村嘉一,木下裕光ほか:ヘルペスのよる栄養障害性角膜潰瘍の形成要因.あたらしい眼科C7:119-122,C19909)FalconCMG,CJonesCBR,CWiliamsCHPCetal:ManegementCofCherpeticeyedisease.TransCOphthalmolSocUKC97:345-349,C197710)HamrahP,CruzatA,DastjerdiMHetal:Cornealsensa-tionCandCsubbasalCnerveCalterationsCinCpatientsCwithCher-pesCsimplexkeratitis:anCinCvivoCconfocalCmicroscopyCstudy.OphthalmologyC117:1930-1936,C201011)MoeinHR,KheirkhahA,MullerRTetal:CornealnerveregenerationCafterCherpesCsimplexkeratitis:AClongitudi-nalinvivoconfocalmicroscopystudy.OculSurfC16:218-225,C2018C***

白内障手術を契機に実質型に移行した両眼性角膜ヘルペスの1例

2021年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科C38(1):91.96,2021c白内障手術を契機に実質型に移行した両眼性角膜ヘルペスの1例池田悠花子佐伯有祐岡村寛能内尾英一福岡大学医学部眼科学教室CACaseofHerpeticStromalKeratitisthatTransitionedfromEpithelialTypeFollowingBilateralCataractSurgeryYukakoIkeda,YusukeSaeki,KannoOkamuraandEiichiUchioCDepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicineC皮膚疾患に合併した両眼上皮型角膜ヘルペス治癒後に白内障手術を行い,実質型ヘルペスが発症したC1例を経験したので報告する.症例はC59歳,男性.毛孔性紅色粃糠疹にて福岡大学病院皮膚科に入院中,プレドニンC40Cmg内服時に左眼の痛みを訴えたため眼科を受診した.左眼細菌性角膜潰瘍を認め抗菌薬頻回点眼を開始した.加療C14日目,左眼の細菌性角膜潰瘍は消失するも両眼の下方角膜から下方眼球結膜を中心にターミナルバルブを伴う小樹枝状潰瘍の多発を認めた.両眼上皮型角膜ヘルペスと診断し,アシクロビル眼軟膏,バラシクロビル内服にて加療を行い治癒に至ったが,2カ月後,両眼の後.下白内障を認め右眼の白内障手術を施行した.術後C2日目,右眼矯正視力は(1.5)に改善したが,術後C14日目,右眼の角膜中央実質混濁,浮腫を認め矯正視力は(0.7)と低下していた.実質型角膜ヘルペスと診断し,ベタメタゾン点眼,プレドニン内服,アシクロビル眼軟膏にて加療し徐々に軽快した.左眼手術時は術翌日よりルーチンでベタメタゾン点眼,アシクロビル眼軟膏を使用し,術後角膜混濁は軽度であった.角膜ヘルペスは原則的に片眼性であるが,皮膚疾患合併症例には両眼性に認められることがある.また,手術侵襲により角膜ヘルペスの病型が変化することがあり,術後に詳細な細隙灯顕微鏡による観察が必要である.CPurpose:WeCreportCaCcaseCofCherpeticCstromalCkeratitisCthatCtransitionedCfromCepithelialCtypeCafterCbilateralCcataractsurgery.Case:Thepatient,a59-year-oldmalewhowasdiagnosedaspityriasisrubrapilaris,wastreatedwith40CmgoralprednisoloneatFukuokaUniversityHospital.Afterpresentingatourcliniccomplainingofright-eyeCpain,CheCwasCdiagnosedCasCbacterialCcornealCulcer,CandCwasCtreatedCwithCantibacterialCeyeCdrops.CAtC2-weeksCposttreatment,smalldendriticulcerswithterminalbulbswereobservedinbothcorneasandconjunctivabulbi.HewasCdiagnosedCasCbilateralCherpeticCepithelialCkeratitis,CandCtreatedCwithCacyclovirCeyeCointment.CAtC1-weekCpostCtreatment,thesymptomsdisappearedandthedrugsweretapered.At2-monthsposttreatment,bilateralposteriorsubcapsularcataractswereobserved,andcataractsurgerywasperformedinhisrighteye.Followingsurgery,thebest-correctedvisualacuityintherighteyewas(1.5)C.At2-weekspostoperative,stromalopacityandedemawasobservedintheright-eyecornea,andvisualacuityworsenedto(0.7)C.Wediagnosedherpeticstromalkeratitis,andtheCconditionCgraduallyCimprovedCafterCtreatmentCwithCbetamethasoneCeyeCdrops,CoralCprednisolone,CandCacyclovirCeyeointment.Thattreatmentwasusedroutinelyaftercataractsurgeryinthepatient’slefteye,andthepostopera-tiveCcourseCwasCgood.CConclusion:BilateralCherpeticCkeratitisCisCrarelyCobservedCwithCcomplicatedCskinCdiseases.CSincethetypeofherpetickeratitiscanchangeaftercataractsurgery,detailedpostoperativeslit-lampobservationofthecorneaisimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(1):91.96,2021〕Keywords:角膜ヘルペス,再発,白内障手術,毛孔性紅色粃糠疹.herpessimplexkeratitis,recurrence,cataractsurgery,pityriasisrubrapilaris.C〔別刷請求先〕佐伯有祐:〒814-0180福岡市城南区七隈C7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YusukeSaeki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine,7-45-1Nanakuma,Jonan,Fukuoka814-0180,JAPANC図1全身皮膚所見顔面,手掌,全身に鱗屑を伴う紅斑の多発が認められる.a:顔面,b:手掌,c:体幹胸部.図2左眼前眼部所見左眼角膜上方に円形の潰瘍を認める.潰瘍底に小さな膿瘍を併発している.はじめに単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)I型はヘルペス性角膜炎の原因ウイルスであり,初感染後,三叉神経に潜伏し,寒冷,外傷,精神ストレスや手術侵襲などの誘因により再賦活化され,再度角膜病変を生じる.ヘルペス性角膜炎の病変はその首座により上皮型,実質型,内皮型に分類されるが,再発時,そのいずれかの形態をとりうる1).また,ヘルペス性角膜炎は通常片眼性であり,両眼性のものはまれであるが,免疫抑制状態やアトピー性皮膚炎合併症例にはしばしば認められる2).今回筆者らはまれな皮膚疾患に合併し,白内障手術後にその病型が変化した両眼角膜ヘルペス症例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:2014年C5月初旬より突然胸腹部に小紅斑が出現し,近医受診のうえ,ステロイド外用,内服にて軽快せず福岡大学病院(以下,当院)皮膚科を紹介受診した.顔面,体幹,四肢の鱗屑を伴う紅斑を認め(図1),皮膚病理所見より毛孔性紅色粃糠疹と診断され,7月初旬当院入院となった.PUVA療法を行うも全身は紅皮症を呈し,鱗屑は悪化,両下腿浮腫が出現し,血液検査で炎症反応高値(WBC:13,200,CRP:3.2)であり腎機能低下(Cr:1.2)と発熱を認め,cap-illaryCleaksyndromeと判断しヒドロコルチゾンC200Cmgよりステロイド投与を行った.プレドニゾロンC40Cmg内服中に左眼痛の訴えありC2014年C8月中旬に当院眼科外来を紹介受診した.初診時所見:VD=0.15(1.5C×sph.4.50D(cyl.1.0DAx95°).VS=0.15(1.5C×sph.4.50D(cyl.0.50DCAx25°).眼圧:右眼C19CmmHg,左眼C14CmmHg.前眼部:右眼には異常所見は認められず,左眼は角膜上方に小さな膿瘍を伴う潰瘍あり(図2).眼底:両眼視神経乳頭陥凹の拡大あり(C/D比:右眼0.8,左眼C0.6).臨床経過C1:左眼の細菌性角膜潰瘍と診断し,レボフロキサシン,セフメノキシムの頻回点眼を開始した.病巣の擦過培養にてCS.aureusが検出された.加療C14日後のC8月下旬に角膜潰瘍は消失するも,両眼の角膜,結膜にターミナルバルブを伴う大小の樹枝状潰瘍が多発していた(図3).また,同図3角膜ヘルペス発症時の前眼部所見両眼角膜ならびに眼球結膜にターミナルバルブを伴う大小の樹枝状潰瘍が多発している.Ca:右眼角膜上方,Cb:右眼角膜下方,c:左眼角膜上方,d:左眼角膜下方.2014年8月9月10月11月12月図4臨床経過1時期に原因不明の小丘疹が顔面を中心に全身に認められた.両眼上皮型角膜ヘルペスと診断し,また眼所見より皮疹もKaposi水痘様発疹症と皮膚科にて診断された.9月初旬に施行された血清ウイルス抗体価(EIA法)は抗CHSV-IgG:696.0,抗CHSV-IgM:0.28であった.アシクロビル眼軟膏を両眼にC5回使用し,バラシクロビルC1,000Cmg/日内服を行ったところC7病日で軽快し,14病日で樹枝状潰瘍は消失した.以後再発は認めず,静的量的視野検査にて両眼の鼻側視野欠損を認めたためラタノプロスト,チモロール点眼を開始した.両眼の点状表層角膜びらんが経過中に認められ,皮膚科にてステロイド内服を継続されていたため,アシクロビル眼軟膏をゆっくりと漸減した(図4).臨床経過C2:以後,上皮型角膜ヘルペスの再発は認めず,両眼水晶体後.下に混濁を認めたため,ステロイド白内障と診断し,2015年C10月下旬に右眼の白内障手術を施行した.手術前日よりアシクロビル眼軟膏を右眼にC2回使用し,白内障手術はC3Cmm強角膜切開による水晶体超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を行った.術翌日,右眼角膜は透明であり視力はC1.2(矯正不能)であった.術後点眼は非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用せず,0.1%フルオロメトロン点眼,レボフロキサシン点眼をC4回使用し,アシクロビル眼軟膏をC2回継続した.手術C14日後,外来受診時,右眼のかすみの訴えがあり,右眼矯正視力は(0.6)と低下していた.前眼部所見は角膜中央の実質の淡い混濁と浸潤,ならびに強い浮腫が認められた(図5).右眼の実質型角膜ヘルペスと診断し,バラシクロビルC1,000mg/日内服ならびにプレドニンC30Cmg/日内服を追加したが,角膜浮腫は悪化し,手術C28日後,右眼矯正視力が(0.1)と低下したためC0.1%フルオロメトロン点眼をC0.1%ベタメタゾン点眼C4回に変更した.変更後,右眼角膜浮腫は軽快し矯正視力は(0.8)に改善したが,手術C56日後,上皮型ヘルペス発症を疑う小潰瘍を認めたため(図6),0.1%ベタメタゾン点眼C3回をC0.1%フルオロメトロン点眼C4回に変更したと図5右眼白内障術後14日目の前眼部所見a:角膜中央の実質の淡い混濁と浸潤ならびに浮腫を認める.Cb:角膜中央部に点状表層角膜びらんの多発がみられ,その周囲に角膜浮腫を反映した同心円状の皺襞が認められる(.).明らかな樹枝状潰瘍は認められない.図6右眼白内障術後56日目の前眼部所見a:角膜全体にびまん性の浮腫が認められる.Cb:同心円状の皺襞は軽快傾向である.Cc:bの拡大所見.点状表層角膜びらんの多発ならびに上皮型ヘルペスの発症を疑う小潰瘍が散見される.FLM:0.1%フルオロメトロン点眼BET:0.1%ベタメタゾン点眼2015年10月11月12月2016年1月2月図7臨床経過2ころC2週間で潰瘍は消失し,再度C0.1%ベタメタゾン点眼C2回に変更した.以後,右眼の角膜浮腫は軽快し,実質型ならびに上皮型ヘルペスの再発は認められなかった.2016年C1月下旬,左眼白内障手術を施行した.術前よりアシクロビル眼軟膏をC3回使用し,術後点眼としてC0.1%ベタメタゾン点眼とレボフロキサシン点眼をC4回使用した.手術C10日後より角膜傍中心部に実質型ヘルペスを疑う混濁と浮腫を認めたが,右眼の発症時と比較し軽度であった.点眼を継続したところC2カ月で治癒した(図7).以後,両眼の角膜ヘルペスの再発は認められず,右眼手術11カ月,左眼手術C8カ月後の最終所見では,両眼視力は矯正C1.5であり,両眼の角膜実質浮腫,上皮病変はみられなかった.0.005%ラタノプロスト点眼をC1回,0.5%チモプトール点眼をC2回,0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼をC2回,アシクロビル眼軟膏をC1回両眼に使用し,右眼眼圧はC13CmmHg,左眼眼圧はC11CmmHgに保たれている.CII考按今回筆者らは,毛孔性紅色粃糠疹という比較的まれな皮膚疾患に合併した両眼同時発症の上皮型角膜ヘルペスを経験した.毛孔性紅色粃糠疹は毛孔一致性の角化性丘疹,手掌,足底のびまん性紅斑と過角化を特徴とする炎症性疾患であり,現在のところ病因は不明とされている.治療は外用薬としてビタミンCDC3,ステロイド,尿素軟膏を使用し,内服薬はレチノイド,免疫抑制薬などが報告されている3).今回の症例では,毛孔性紅色粃糠疹にCcapillaryCleaksyndromeを合併していた.CapillaryCleaksyndromeは皮下の毛細血管透過性亢進に伴う浮腫,脱水を認め,重症例では多臓器不全に至る疾患であり,ステロイド全身投与を必要とする.今回の症例でもヒドロコルチゾンC200Cmgが投与された.本症例は原疾患である毛孔性紅色粃糠疹にCcapillaryCleaksyndrome,ステロイド全身大量投与といった上皮のバリア機能を低下させる要因が重なったため,HSVの感染もしくは再燃が誘発されたと考えられた.単純ヘルペス角膜炎は片眼に発症することが多く,両眼性は比較的まれであるが,免疫抑制状態や皮膚疾患の合併例に認められる2,4,5).升谷ら4)は両眼に初感染をきたしたヘルペス角結膜炎のC2例を報告しており,初感染の根拠として両眼性,眼瞼皮疹,結膜炎,発熱と咽頭痛といった全身症状をあげている.また,奥田ら5)は,輪部病変と周辺角膜に樹枝状病変を伴った両眼性ヘルペス性結膜炎の1例を報告し,皮疹ならびに輪部から周辺角膜に樹枝状の上皮病変を認めたこと,抗CHSV-IgM抗体価が上昇したことから初発感染としている.また,大久保ら6)は唐草状の角膜上皮炎といった非定型な単純ヘルペス性角膜炎が,健常者であるにもかかわらず両眼性に認められたまれな症例を報告し,抗CHSV-IgMが上昇していたため,初感染であると考察している.今回の症例においては初発時の両眼上皮型ヘルペス病変が,結膜にも樹枝状潰瘍を認めたこと,Kaposi水痘様発疹症を疑う皮疹を全身に合併していたことから,HSVの初感染が疑われた.しかし,抗CHSV-IgM抗体の上昇は認められず抗CHSV-IgG抗体の著明な上昇を認めており,ステロイド内服およびCcapillaryCleaksyndromeといった重篤な皮膚疾患を有していたことから,HSVの既感染が両眼性に顕在化した可能性が考えられた.手術侵襲とステロイド投与における角膜ヘルペス発症についての報告は,鈴木ら7)による角膜移植後の免疫抑制薬やステロイド使用時に角膜ヘルペスが発症した報告や,谷口ら8)による実質型角膜ヘルペスが上皮型として白内障手術後に再発した報告,三田ら9)による角膜ヘルペスにC20年前罹患した症例が白内障術後に再発により角膜穿孔をきたした報告など多数認められる.今回の右眼白内障術後のヘルペス再発においても,これらの報告同様,手術侵襲・ステロイド局所投与が原因と考えられた.角膜ヘルペスの既往歴を有する症例において白内障手術を施行する際に,0.1%ベタメタゾン点眼液を使用している間は必ず予防的にアシクロビル眼軟膏点入をC1.2回行い,ステロイド点眼はできるだけ早く中止することが推奨されている10).今回の症例ではアシクロビル眼軟膏の予防投与を行い,比較的弱いC0.1%フルオロメトロンの投与を行っていたため,上皮型は再発しなかったが実質型という形で再燃した.既報に角膜ヘルペス治癒C2年後の白内障手術においてベタメタゾン点眼を使用することにより再発を認めたC2症例8),治癒よりC10年後に白内障手術を契機として再発した症例9)が認められるが,それらの報告と比較し,筆者らの症例は治癒よりC1年と比較的短期間での白内障手術であったことが原因と考えられた.また,角膜ヘルペス初発時に両眼性かつ比較的重篤な臨床症状を有していたことも関与していると推測した.また,今回の症例は実質型ヘルペスとして再発したため難治であった.白内障術後に実質型ヘルペスが認められた症例の治療として,抗ウイルス薬の併用とステロイドの漸減が推奨されている10).筆者らも当初ステロイド点眼を強いものに変更することは病態が悪化するおそれがあると判断し,ステロイドならびにバルガンシクロビルの全身投与を行った.しかし,角膜浮腫が悪化したため,0.1%フルオロメトロン点眼をC0.1%ベタメタゾンに変更することにより角膜浮腫の軽快が認められ治癒に至った.今回,術後の実質型ヘルペスの治療においてフルオロメトロン点眼投与で改善しない場合,さらに強いステロイドであるベタメタゾンの局所投与が有用である可能性が示唆された.とはいえ,経過中に上皮型ヘルペスの再燃もきたしており,アシクロビル眼軟膏のカバーが必要であることと,詳細かつ短時間での経過観察ならびに角膜ヘルペスの病型にあわせた抗ウイルス薬やステロイドの変更が必要であることが示唆された.以上をふまえ,左眼の手術時には手術直後よりベタメタゾン点眼ならびにアシクロビル眼軟膏を使用した.術後に実質型角膜ヘルペスとして再発したものの,右眼に比較し混濁は軽度であり,速やかに治癒させることができた.以後角膜ヘルペスの再発は認めていないが,毛孔性紅色粃糠疹再発時や,緑内障点眼の上皮障害性より今後の再発が危惧されるため,以後の経過観察において詳細な角膜の観察,ならびに必要時にはアシクロビル眼軟膏とステロイドの局所投与が必要となる可能性があると考えられた.CIII結語今回,白内障手術を契機に上皮型角膜ヘルペスが実質型角膜ヘルペスへと移行した両眼性の角膜ヘルペス症例を経験した.毛孔性紅色粃糠疹といったまれな皮膚疾患には両眼性角膜ヘルペスを併発することがあり,また手術侵襲やステロイド投与によりその病型も多彩に変化するため,経過中,詳細な前眼部の観察ならびに適切な治療が必要と考えられた.文献1)下村嘉一,松本長太,福田昌彦ほか:ヘルペスと戦ったC37年.日眼会誌119:145-166,C20142)PaulaCMF,CEdwardCJH,CAndrewJW:BilateralCherpeticCkeratoconjunctivitis.OphthalmologyC110:493-496,C20033)小谷晋平,大森麻美子,小坂博志ほか:シクロスポリンが著効した毛孔性紅色粃糠疹のC1例.臨皮71:216-220,C20174)升谷悦子,北川和子,藤沢綾ほか:両眼に初感染のヘルペス性角膜炎と思われる症状を示したアトピー性皮膚炎患者のC2例.眼紀56:498-502,C20055)奥田聡哉,宮嶋聖也,松本光希:輪部病変と周辺角膜に樹枝状病変を伴った両眼性ヘルペス性角膜炎のC1例.あたらしい眼科18:651-654,C20016)大久保俊之,山上聡,松原正男:唐草状の角膜上皮炎を呈した両眼性単純ヘルペス性角膜炎のC1例.臨眼C66:653-657,C20127)鈴木正和,宇野敏彦,大橋裕一:局所免疫不全状態において経験した非定型的な上皮型角膜ヘルペスのC3例.臨眼C57:137-141,C20038)谷口ひかり,堀裕一,柴友明ほか:白内障術後に上皮型角膜ヘルペスを発症したC2症例.眼臨紀C6:363-367,C20139)三田覚,篠崎和美,高村悦子ほか:白内障術後に角膜ヘルペスの再発から角膜穿孔に至ったC1例.あたらしい眼科C24:685-687,C200710)藤崎和美:白内障術後感染症(ヘルペスを含む).IOL&RSC29:344-349,C2015***

単純ヘルペスウイルス性角膜輪部炎の再発についての検討

2018年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科35(10):1411.1414,2018c単純ヘルペスウイルス性角膜輪部炎の再発についての検討神田慶介大矢史香森弓夏中田瓦渡辺仁関西ろうさい病院眼科CInvestigationoftheRecurrencePatternofHerpesSimplexLimbitisKeisukeKanda,FumikaOya,YukaMori,KoNakataandHitoshiWatanabeCDepartmentofOphthalmology,KansaiRosaiHospitalC目的:角膜輪部炎として角膜ヘルペスを発症したものについて,その後の角膜ヘルペスの再発の有無,その臨床的特徴について明らかにする.方法:2013年C1月.2016年C9月に関西ろうさい病院を受診し,単純ヘルペス性角膜輪部炎の診断を受けたC9例についてC2017年C12月まで経過観察し,再発の有無,再発時の臨床的特徴,治療経過について検討した.結果:角膜ヘルペスの再発を認めたものはC9例中C5例であり,そのすべてで角膜輪部炎としての再発を認めた.再発期間はC3カ月.3年C11カ月であった.輪部炎の再発部位はC2例でほぼ同部位で,3例では異なる部位であった.いずれの症例も再発後の治療によりC2週間.1カ月で治癒した.CPurpose:Toevaluateclinicalcharacteristicsoftherecurrenceofcorneallimbitiscausedbyherpeticsimplexvirus.CMethods:UntilCDecemberC2017,CweCfollowedC9CpatientsCwhoChadCbeenCdiagnosedCwithCcornealClimbitisCatCKansaiRosaiHospitalfromJanuary2013toSeptember2016.Weexaminedtherecurrenceofherpessimplexkera-titisCinCtheseCpatients,CinvestigatingCcharacteristicsCofCrecurrenceCandCresponseCtoCtreatment.CResults:RecurrenceCwasCobservedCinC5cases;allCcasesChadCoccurredCwithCcornealClimbitis.CRecurrenceCwasCatCfromC3CmonthsCtoC3Cyears,11monthsafterthe.rstepisode.Recurrencewasatalmostthesamelocationin2cases,andatadi.erentlocationin3cases.Everyrecurrencewashealedwithusualtreatmentatfrom2weeksto1month.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(10):1411.1414,C2018〕Keywords:角膜ヘルペス,輪部炎,再発.herpessimplexkeratitis,limbitis,recurrence.Cはじめに角膜ヘルペスは,30年ほど前には適切な治療薬に乏しく,しばしば角膜穿孔から緊急の角膜移植に至る難治性疾患であった.その後,アシクロビルの研究開発そして上市により,その治療効果が高いことから,角膜ヘルペスは比較的治療しやすい疾患となった.このため,最近では実質型角膜ヘルペス,とくに壊死性タイプをみることがまれになった.このような経緯のなかで,現在では角膜ヘルペスが角膜移植の対象となることも少なくなってきている1,2).角膜ヘルペスの臨床的な特徴や分類は詳細に把握され,その臨床的分類は現在でも十分に利用できるものである3)(表1).このなかで,角膜ヘルペスの内皮型の一つである角膜輪部炎は,角膜輪部結膜の充血および腫脹が特徴であり,それが進展すると近傍の周辺部角膜浮腫,さらには角膜後面沈着物の出現と眼圧上昇という臨床的特徴を示す.しかし,角膜表1角膜ヘルペスの分類(I)上皮型樹枝状角膜炎地図上角膜炎(II)実質型円板状角膜炎壊死性角膜炎(ICII)内皮型角膜内皮炎角膜輪部炎文献3)より引用ヘルペスの上皮型や実質型と比較して症例数が多くないことから,分類のなかでも括弧付きで紹介,分類されてきた.ただし,昨今,患者の高齢化に伴い角膜ヘルペス自体の症例数は増えてきており,角膜輪部炎も増加している4,5).しかし,角膜輪部炎については,過去それほど対象例が多くなかったこともあり,その実態についての報告もわずかであり,その〔別刷請求先〕神田慶介:〒660-8511兵庫県尼崎市稲葉荘C3-1-69関西ろうさい病院眼科Reprintrequests:KeisukeKanda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiRosaiHospital,3-1-69Inabasou,Amagasaki,Hyogo660-8511,JAPANC0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(99)C1411表2経過を追うことができた角膜輪部炎症例の再発の有無とその特徴症例年齢性別輪部炎の初回位置再発の有無再発の時期再発パターン輪部炎の再発位置C167歳,女8-9時あり1年4カ月後角膜輪部炎11-4時C279歳,男6-8時あり6カ月後角膜輪部炎4-6時C366歳,男12-4時あり3カ月後角膜輪部炎3-5時C451歳,女1-2時なしC553歳,男3-5時なしC657歳,女2-5時なしC774歳,女10-2時なしC851歳,男1-3時あり3年11カ月後角膜輪部炎1-3時C964歳,女12-5時あり3年10カ月後角膜輪部炎11-2時情報が十分に把握されているとは言いがたい.さらに,角膜輪部炎として発症した角膜ヘルペスの再発や臨床的特徴について明確な報告がないのが実情である.そこで今回,関西ろうさい病院でヘルペス性角膜輪部炎(疑い)と診断された症例において,その再発の有無,再発までの期間,再発例での特徴について検討したので,ここに報告する.CI方法対象は関西ろうさい病院眼科(以下,当科)でC2013年C1月.2016年C9月に単純ヘルペスウイルスによる角膜輪部炎(疑い)の診断を受けたC9例C9眼で,内訳は男性C4例C4眼,女性C5例C5眼,年齢はC51.79歳である.これらC9例C9眼についてC2017年C12月まで経過観察し,細隙灯顕微鏡にて診察し,フルオレセインによる生体染色にて角結膜上皮障害を調査し,角膜輪部炎を含めた角膜ヘルペスの再発について検討した.検査項目としては,その角膜ヘルペスの再発の有無,再発時の角膜ヘルペスのパターン,角膜輪部炎については初回発症部位と再発部位の比較,再発の時期,その治療経過について検討した.CII結果経過を追うことができたC9例C9眼の結果を表2として記す.角膜輪部炎については,輪部結膜に沿った充血と腫脹があり,過去に角膜ヘルペスの既往があるということ,進行したものでは周辺部の角膜浮腫や眼圧の上昇といった既報の角膜輪部炎の特徴4,5)を示していることから臨床的に診断した.角膜ヘルペスの再発を認めたものはC5例C5眼であった(男性3例C3眼,女性C2例C2眼).角膜ヘルペスの再発を認めたC5例のうち,すべてが角膜輪部炎としての再発を示した.再発の時期はC3カ月.3年C11カ月とさまざまな間隔で再発しており,平均再発期間はC23.6カ月であった.角膜輪部炎の再発部位はC2例でほぼ同部位であり,3例では異なる部位であった.いずれの症例も再発後の治療によりC2週間.1カ月でC1412あたらしい眼科Vol.35,No.10,2018治癒した.今回の経過観察の期間では初回の角膜輪部炎の再発後,2回目の角膜ヘルペスの再発を認めたものはなかった.CIII代表症例(症例2)症例はC79歳の男性.2016年C6月に左眼の充血を主訴に近医を受診した.そこで前房炎症を指摘され,虹彩炎の診断でステロイド点眼を処方された.しかし,下方結膜充血が改善せず,近医を初診してからC1カ月が経過した頃に精査加療目的で当科を紹介受診した.当科初診時の矯正視力は右眼(1.0),左眼(0.7),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C11CmmHgであった.6-8時方向に角膜輪部結膜の充血と腫脹,およびその位置に近接する周辺部角膜の浮腫があり,その先端では角膜後面沈着物を認めた(図1a).また,過去に上皮型ヘルペスの既往があったことから,臨床的特徴により本症例をヘルペス性角膜輪部炎と診断した.これに対しバラシクロビル内服C500Cmg2錠分C2,アシクロビル軟膏を左眼にC2回,レボフロキサシン点眼とベタメタゾン点眼を左眼にC4回で治療を開始した.治療に反応し,当科で治療を開始してからC2週間で充血は改善し,左眼の視力は(1.0)に改善した(図1b).病変は消失し,安定したものと考え近医での経過観察を指示した.しかし,それからC6カ月後,近医で経過観察中に前房炎症が再燃し,精査加療目的で当科を再診した.このとき左眼視力は(0.5),眼圧は左眼C11CmmHgであった.前回とは異なりC4-6時方向の角膜輪部結膜の充血と角膜後面沈着物を認めた(図2a).初回のエピソードに加えて上記の臨床的特徴からヘルペス性角膜輪部炎の再発と診断し,前回と同様の投薬により治療を行った.2週間で結膜充血や輪部結膜の腫脹は改善し,左眼視力は(1.2)に改善した(図2b).CIV考按今回の症例から,単純ヘルペスウイルスC1型でしばしばみられる角膜ヘルペスの再発が,角膜輪部炎でもみられること(100)図1症例2の初回角膜輪部炎の前眼部写真a:治療前,b:治療後.が明らかとなった.今回は最長の経過観察期間がC3年C11カ月と長期ではないものの,9例中C5例で再発していたことが判明した.角膜輪部炎でヘルペス性角膜炎が再発する例があることは,助村の報告にも記載されており4),再発については注意して経過をみていく必要性があることを示している.角膜輪部炎の診断については,サイトメガロウイルス感染を含む種々の角膜内皮炎との鑑別が必要な場合がある.その際には前房水のCPCRによる単純ヘルペスウイルスの検出は有効な診断ではあるが6),今回の症例ではいずれも過去に上皮型角膜ヘルペスの既往があり,輪部結膜の充血や腫脹といった角膜輪部炎の特徴をもつことから臨床的に角膜輪部炎(疑い)と診断した.さて,単純ヘルペスウイルスによる角膜輪部炎での再発の頻度については助村らの報告では言及されておらず,角膜輪部炎が発症した場合,その再発がすべて角膜輪部炎を生じていることが今回初めて明らかとなった.ただ,再発しても今回のC5例では抗ヘルペス薬眼軟膏および内服,ステロイド点眼で良好な治療経過をたどっていた.再発までの期間については,今回の症例でも再発期間に幅があり,一定の傾向は見いだせなかった.このことは逆に期間があいても輪部炎での再発が起こりうることを示唆しており,経過観察の重要性を示している.さらに,今回の研究で図2症例2の再発時の角膜輪部炎の前眼部写真a:治療前,b:治療後.は角膜輪部炎の再発部位が異なっている例,同じ部位で発症する例がそれぞれ一定の確率であり,経過観察するうえでの注意点であるといえる.表1からもわかるように,20年以上前からヘルペスによる角膜輪部炎が角膜ヘルペスのC1病態としてあげられているが3),上皮型,実質型に比較して,角膜輪部炎はその発症頻度も少なく,一般的な眼科医のなかでも認識が少ないと考えられ,診断や経過観察において注意していく必要がある.角膜輪部炎の発症としては以下のように推定される.通常の角膜ヘルペス同様,三叉神経節に潜伏する単純ヘルペスウイルスC1型がなんらかの刺激により活性化し,線維柱帯まで神経をたどり移動し,線維柱帯での炎症を引き起こす.これより輪部にあるリンパ組織に炎症が波及し,結膜輪部付近の充血,腫脹につながり,輪部炎が発症するというメカニズムである.輪部炎が拡大し角膜方向へ波及すると,輪部での結膜の腫脹,充血に加えて,その近傍の周辺部角膜が浮腫をきたし,前房の炎症が生じるとCkeratoprecipitatesがみられるようになり,それは眼圧上昇も引き起こす.線維柱帯にヘルペスウイルスがたどり着き,その感染が角膜内皮へとすぐに波及すれば角膜内皮炎を呈することになる.輪部炎から角膜の浮腫が生じた例での報告で,天野らは角膜内皮炎として扱っているが,その症例では眼圧上昇が継続したため,線維柱(101)あたらしい眼科Vol.35,No.10,2018C1413帯切除術が施行されている7).そのなかで線維柱帯の組織で単純ヘルペスウイルスC1型に感染した細胞が認められており,三叉神経節から来たウイルスが線維柱帯で増殖し角膜輪部炎につながったとみるのが妥当であろう.高齢者増加により,これまで以上に通常の上皮型角膜ヘルペス罹患者は増加している.そうした背景から今後,角膜輪部炎患者も増加すると推定できる.角膜輪部炎の臨床上の特徴を再度理解し,角膜ヘルペスの一病態であると認識し,速やかな治療を行うことが今後さらに必要であり,また,いったん発症した場合,再発することを患者にも説明し,充血が再度生じれば速やかな受診を行うよう指導するべきである.そうした点で今回の研究結果から得られた輪部炎の再発に関する情報は経過観察するうえで参考となる.ただ,本報告の観察期間はかならずしも長期なものではなく,今後長期的な観察でさらなる詳しい情報も必要である.文献1)赤木泰:当科における最近C3年間の全層角膜移植術成績.眼紀C37:83-87,C19862)松清貴幸:大阪大学における角膜移植適応の変遷.眼紀C48:1270-1273,C19973)大橋裕一:角膜ヘルペス─新しい病型分類の提案─.眼科C37:759-764,C19954)助村有美,高村悦子,篠崎和美ほか:単純ヘルペス性角膜輪部炎の臨床所見.あたらしい眼科C30:685-688,C20135)高村悦子:単純ヘルペス性輪部炎の診断と治療.日本の眼科C63:637-640,C19926)KoizumiA,NishidaK,KinoshitaSetal:Detectionofher-pesCsimplexCvirusCDNACinCatypicalCepithelialCkeratitisCusingCpolymeraseCchainCreaction.CBrCJCOphthalmolC83:C957-960,C19997)AmanoCS,COshikaCT,CKajiCYCetal:HerpesCsimplexCvirusCinthetrabeculumofaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmolC127:721-722,C1999***1414あたらしい眼科Vol.35,No.10,2018(102)

単純ヘルペス性角膜輪部炎の臨床所見

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):685.688,2013c単純ヘルペス性角膜輪部炎の臨床所見助村有美高村悦子篠崎和美木全奈都子田尻晶子東京女子医科大学眼科学教室ClinicalExaminationofHerpesSimplexLimbitisYumiSukemura,EtsukoTakamura,KazumiShinozaki,NatsukoKimataandAkikoTajiriDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity目的:角膜ヘルペスの一病型である角膜輪部炎の臨床所見の特徴と経過を明らかにする.方法:2004年4月から2010年3月までに東京女子医科大学病院を受診した角膜ヘルペス患者のうち,細隙灯顕微鏡検査にて角膜輪部炎と診断した21例について臨床所見の特徴,治療経過を検討した.結果:角膜所見は輪部の隆起を伴う充血,微細な角膜後面沈着物を伴う角膜輪部を中心とした実質の浮腫や混濁を呈していた.21例に延べ37回の角膜輪部炎を観察した.21例中11例(52%)には2回以上の再発がみられた.輪部炎の再発は1月が37回中13回と最も多かった.37回中23回(62%)に眼圧上昇を伴っていた.治療にはステロイド点眼薬,アシクロビル眼軟膏,散瞳剤を用い,眼圧上昇時には緑内障治療薬を併用した.結論:角膜輪部炎の再発は少なくなく,眼圧上昇を伴う傾向がみられた.Purpose:Toevaluateclinicalcharacteristicsofcorneallimbitis,asubtypeofherpetickeratitis.Methods:Wereviewedtheclinicalrecordsof21patientswhohadbeendiagnosedwithcorneallimbitisbyslit-lampmicroscopyatTokyoWomen’sMedicalUniversityHospitalfromApril2004toMarch2010.Results:Slit-lampexaminationshowedlimbalhyperemiawithswelling,andedematousoropaquecornealstromawithfinekeraticprecipitates.Atotalof37episodesofcorneallimbitiswereobservedinthe21patients,withtwoormorerecurrencesin11(52%)patients.CorneallimbitisrelapsewasmostcommoninJanuary,comprising13ofthe37episodes.Elevatedintraocularpressure(IOP)wasobservedin23ofthe37episodes(62%).Thepatientsweretreatedwithsteroideye-drops,topicalacyclovirandmydriatics.GlaucomadrugswereaddedincaseswithelevatedIOP.Conclusions:RecurrenceandelevatedIOPwerefrequentlyobservedincorneallimbitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):685.688,2013〕Keywords:角膜ヘルペス,輪部炎,眼圧上昇,毛様充血,輪部腫脹.herpessimplexkeratitis,limbitis,elevatedintraocularpressure,ciliaryinjection,limbalswelling.はじめに角膜ヘルペスは慢性再発性の疾患であり,その経過中にさまざまな病型を呈する.眼ヘルペス感染症研究会の病型分類では上皮型・実質型・内皮型と病型の首座による分類が提唱されている1).輪部炎は角膜輪部の炎症を主体とする特徴的な所見を呈する病型2)であり,内皮型の一型として分類されている.今まで輪部炎で再発し,その後角膜ヘルペスと診断された症例は散見される3)が,多数例の角膜ヘルペスについて臨床経過を詳細に検討した報告は少ない.一方,角膜ヘルペスの経過中に眼圧上昇を伴う場合,輪部炎の所見を呈する頻度が高いことから3),角膜輪部炎を角膜ヘルペスの一病型と認識し,臨床像を把握し治療にあたることは重要と思われる.今回,角膜ヘルペスの経過中に観察された角膜輪部炎の臨床的特徴,眼圧上昇との関連,治療法について検討した.I対象および方法2004年4月から2010年3月までの6年間に東京女子医科大学病院を受診し,樹枝状角膜炎再発時にウイルス学的検査により角膜ヘルペスと確定診断された患者のうち,経過中に細隙灯顕微鏡所見から角膜輪部炎と診断された21例〔男性6例,女性15例,年齢61±12(平均値±標準偏差)歳(35〔別刷請求先〕助村有美:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:YumiSukemura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(107)685 .80歳)〕を対象とした.21例の輪部炎の再発回数,再発時期,細隙灯顕微鏡所見の特徴,眼圧上昇の有無,治療方法と経過についてレトロスペクティブに検討した.なお,眼圧測定にはGoldmann圧平式眼圧計を用い,22mmHg以上を眼圧上昇とした.II結果1.細隙灯顕微鏡所見の特徴特徴的な所見として,輪部結膜の隆起を伴う充血と,隣接する角膜輪部を中心とした実質の浮腫,混濁が認められた(図1).角膜混濁は実質深層に著明で,微細な角膜後面沈着物を伴っていた.フルオレセイン染色では角膜輪部に限局した上皮浮腫が観察された.また,輪部炎の所見から連続して図1細隙灯顕微鏡所見の特徴全周性の輪部結膜に隆起を伴う充血と,周辺部の実質の浮腫,混濁がみられる.図2楔形混濁限局性の輪部結膜の隆起と充血がみられ,連続して角膜周辺部から中央部に頂点を向けた楔形混濁がみられる.角膜実質深層の楔形混濁を伴っていたもの(図2)が5回,周辺部の樹枝状角膜炎を合併したものが1回観察された.輪部炎の範囲は限局したものから全周に及ぶものまであった.2.再発回数と再発時期今回の観察期間に受診した角膜ヘルペス患者は100例であり,そのうち輪部炎の再発は21例(21%)に観察された.21例には延べ37回(平均1.8回/症例)の再発がみられた.輪部炎の再発が複数回観察された症例は11例(52%)あり,内訳は2回が7例,3回が3例,4回が1例であった.輪部炎が複数回再発した症例において,再発時の部位は同じとは限らなかった.月別では11.2月に多く,なかでも1月に37回中13回(35%)と最も多かった.3.眼圧眼圧上昇は37回の輪部炎において23回(62%)に認められた.輪部炎再発時の最高眼圧は25.4±7.5mmHg(22.48mmHg)であった.輪部炎の範囲が1/3周未満だった19回のうち眼圧上昇は6回(32%)に,1/3周以上の18回では17回(94%)に眼圧上昇を伴っており,それぞれの平均眼圧は1/3周未満で17.8±6.9mmHg,1/3周以上で33.1±7.8mmHgであった.4.治療方法輪部炎の治療としてステロイド点眼薬,アシクロビル眼軟膏,アトロピン点眼薬を用い,実質型角膜ヘルペスに準じた治療を行った.樹枝状角膜炎を伴った1回以外は全症例でステロイド点眼薬として0.1%ベタメタゾン点眼液を1日2.3回で開始し,炎症所見の改善に伴い漸減した.アシクロビル眼軟膏は1日1.3回とし,内服は併用しなかった.眼圧上昇を呈した23回のうち21回では緑内障治療薬を用い,そのうち12回は点眼薬に加えアセタゾラミド錠を内服した.緑内障治療薬としてはプロスタグランジン関連薬13回,b遮断薬5回,炭酸脱水酵素阻害薬1回であり,多剤併用は2回であった.眼圧上昇は治療開始後,輪部腫脹の改善に伴い正常化し,その期間は全症例で2週間を超えるものはなかった.5.代表症例(図3)患者は62歳,女性.1986年4月初診時,全周性の輪部炎と角膜中央に樹枝状角膜炎を認め,眼圧は38mmHgであった.その後も2006年3月までの20年間に複数回の再発(樹枝状角膜炎2回,実質炎4回,輪部炎15回)を起こしていた.2006年4月,2日前から右眼霧視と異物感を自覚し当科を再診した.再発時矯正視力:右眼(0.7),左眼(1.0),眼圧:右眼36mmHg,左眼14mmHg.細隙灯顕微鏡所見は全周に輪部腫脹を伴う著明な毛様充血,角膜実質の浮腫と混濁,微細な角膜後面沈着物,輪部に限局した上皮浮腫が観察された(図1).治療は炎症に対し0.1%ベタメタゾン点眼3.4回/日と,1%アトロピン点眼1回/日,アシクロビル眼686あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(108) ラタノプロスト点眼アセタゾラミド錠内服1%アトロピン点眼アシクロビル眼軟膏0.1%ベタメタゾン点眼全周の輪部炎0.02%デキサメタゾン0.02%フルオロメトロン38mmHg14mmHg15mmHg眼圧再発10日目2カ月5カ月1年図3全周性の輪部炎を再発した症例の治療と経過軟膏点入2.3回/日を行い,眼圧上昇に対しラタノプロスト点眼とアセタゾラミド錠を併用した.治療開始10日後には輪部炎の所見は改善し,眼圧も14mmHgまで下降したためラタノプロスト点眼薬とアセタゾラミド錠の内服は中止し,ステロイド点眼薬を漸減した.III考察角膜ヘルペス症例の経過中に観察できた21例の輪部炎の臨床的特徴を検討した.検討した輪部炎は,ウイルス学的に確定診断された上皮型角膜ヘルペスの既往を有する症例の臨床経過において観察されたものであり,これらは角膜ヘルペス再発の一病型であると診断できる.観察期間の6年間に受診した角膜ヘルペス患者の21%に輪部炎再発を認め,以前に筆者らが行った検討2)でも14%と再発病型の頻度としては少なくない印象がある.また,輪部炎の再発は複数回みられる場合があり,角膜ヘルペスの病型として認識しておく必要があると思われる.輪部炎の所見から連続した角膜実質深層の楔型混濁を伴っていたものは5回認められ,この所見は大橋らによる角膜内皮炎の臨床病型分類4)の傍中心部浮腫型(2型)に類似していた.原因不明の角膜内皮炎の原因として近年,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が注目され5),単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)や水痘帯状疱疹ウイルスに比べ頻度が高いことが報告されている6).しかし,典型的なCMV角膜内皮炎では角膜浮腫は周辺部から始まり,進行性で,角膜後面沈着物が線状や円形に配列することが特徴の一つにあげられているが,今回観察した輪部炎に伴う角膜後面沈着物に特徴的な配列はみられず,細隙灯顕微鏡所見からも鑑別は可能であると思われる.検討した輪部炎のうち,輪部炎再発時に62%で眼圧上昇を伴っていた.以前,筆者らが行った検討7)で角膜ヘルペス(109)284例中の眼圧上昇について検討したが,輪部炎の再発頻度は眼圧上昇を起こさなかった角膜ヘルペスで4.8%であったのに比べ,眼圧上昇時には76.5%であった.さらに,輪部炎の範囲が広いほど眼圧が高い傾向にあり,これらのことから,角膜ヘルペスの経過中にみられる眼圧上昇には輪部炎との関連が推測される.角膜ヘルペスの再発は三叉神経節に潜伏したウイルスが何らかの誘因により活性化し,三叉神経を経由して角膜へ到達し樹枝状角膜炎として再発する.角膜に分布する三叉神経のルートは三叉神経第1枝から分岐した鼻毛様体神経から,一部は毛様体神経節を通過し短後毛様体神経となり,一部は長後毛様体神経として角膜とともに隅角組織や強膜表層に分枝を出しながら角膜輪部に至る.Nagasatoら8)が生体共焦点顕微鏡を用いて角膜ヘルペス患者の上皮下角膜神経の形態学的変化を病型別に比較し,内皮型では上皮型や実質型と異なり上皮下神経の破壊がみられなかったことから,内皮型の再発に関わる三叉神経のルートが異なる可能性を示唆している.一方,Amanoら9)が眼圧上昇を伴った治療に抵抗性の角膜内皮炎に対し線維柱帯切除術を行い,切除した手術標本の線維柱帯などからHSV抗原を検出している.角膜ヘルペスの既往は明らかでない症例だが,線維柱帯へのHSVによる侵襲が眼圧上昇をひき起こす原因になっている可能性が示唆されている.これらのことから,今回観察された輪部炎の病態の一つには角膜周辺部の内皮や線維柱帯に分布する長後毛様体神経経由のHSV再発が線維柱帯の炎症の原因となり眼圧上昇を起こした可能性が推測される.今回輪部炎の治療として,ステロイド点眼薬とアシクロビル眼軟膏,アトロピン点眼薬を用い,眼圧上昇に対し緑内障治療薬を併用した.過去にラタノプロスト点眼液が樹枝状角膜炎の再発への関与が報告10)されているが,これらの薬剤の再発に対する直接的因果関係は明らかでなく,短期間の使用では樹枝状角膜炎の再発はみられず安全に使用できるものと考えた.眼圧上昇に対しては適切なステロイド点眼薬による消炎とともに緑内障治療薬の積極的な使用による速やかな眼圧下降が望ましいと思われる.今回の検討では抗ウイルス薬としては全例アシクロビル眼軟膏を用い,バラシクロビル内服は行わなかった.輪部炎に対しアシクロビル内服を併用している報告もある3)が,輪部に炎症が限局する場合や,免疫抑制状態といったcompromisedhostでなければ局所投与での治療が可能と思われる.角膜ヘルペスの経過中に眼圧上昇や輪部付近の充血を認めた場合,鑑別の一つに角膜輪部炎も念頭におき診断や治療にあたることが重要と思われた.角膜ヘルペスの病型としての輪部炎の病態は不明だが,さらなる病態解明には今後前眼部OCT(光干渉断層計)や超音波生体検査による線維柱帯付近の形状変化や前房水PCR(polymerasechainreaction)によあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013687 るウイルス学的検討が必要と思われた.文献1)大橋裕一,石橋康久,井上幸次ほか:角膜ヘルペス新しい病型分類の提案.眼科37:759-764,19952)高村悦子:単純ヘルペス性輪部炎の診断と治療.日本の眼科63:637-640,19923)遠藤直子,庄司純,稲田紀子ほか:輪部炎で再発した角膜ヘルペスの2症例.眼科44:1939-1944,20024)大橋裕一,真野富也,本倉真代ほか:角膜内皮炎の臨床病型分類の試み.臨眼42:676-680,19885)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20086)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Prevalenceandfeaturesofkeratitiswithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-222,20107)吉野圭子,高村悦子,高野博子ほか:角膜ヘルペスにおける眼圧上昇.臨眼45:1207-1209,19918)NagasatoD,Araki-SasakiK,KojimaTetal:Morphologicalchangesofcornealsubepithelialnerveplexusindifferenttypesofherpetickeratitis.JpnJOphthalmol55:444-450,20119)AmanoS,OshikaT,KajiYetal:Herpessimplexvirusinthetrabeculumofaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol127:721-722,199910)WandM,GilbertCM,LiesegangTJ:Latanoprostandherpessimplexkeratitis.AmJOphthalmol127:602-604,1999***688あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(110)

最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎の28例の臨床的検討

2010年5月31日 月曜日

680あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(00)《原著》あたらしい眼科27(5):680.686,2010cはじめにアカントアメーバ角膜炎(AK)は,1974年Nagingtonら1)によって初めて報告され,わが国では1988年石橋ら2)がソフィーナRの装用者に初めて報告した比較的新しい角膜感染症である.病原体に対する特異的治療法がないために,罹病すると長期間の加療を要するほか,高度の視機能低下をきたす例も少なくない.アカントアメーバは土壌,砂場,室内の塵,淡水など自然界に広く生息し,栄養体あるいはシストとして存在する.栄養体は細菌や酵母を餌として増殖するが,貧栄養・乾燥などの悪条件下ではシスト化する.シストは強靱な耐乾性・耐薬品性をもっており,AKが難治性である理由の一つとされている3).〔別刷請求先〕篠崎友治:〒793-0027西条市朔日市269番地1済生会西条病院眼科Reprintrequests:TomoharuShinozaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiSaijouHospital,269-1Tsuitachi,Saijou-shi,Ehime793-0027,JAPAN最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎28例の臨床的検討篠崎友治*1宇野敏彦*2原祐子*3山口昌彦*4白石敦*3大橋裕一*3*1済生会西条病院眼科*2松山赤十字病院眼科*3愛媛大学医学部眼科学教室*4愛媛県立中央病院眼科ClinicalFeaturesof28CasesofAcanthamoebaKeratitisduringaRecent11-YearPeriodTomoharuShinozaki1),ToshihikoUno2),YukoHara3),MasahikoYamaguchi4),AtsushiShiraishi3)andYuichiOhashi3)1)DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiSaijouHospital,2)MatsuyamaRedCrossHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicineEhimeUniversity,4)DepartmentofOphthalmology,EhimePrefecturalCentralHospital目的:近年アカントアメーバ角膜炎(AK)の増加が問題となっている.今回,筆者らは最近11年間の愛媛大学眼科(以下,当科)にて加療したAK症例の臨床像を検討したので報告する.対象および方法:対象は1998年から2008年の間に当科を受診,加療したAK28例(男性14例,女性14例,平均年齢33.4±14.2歳)で,経年的な症例数の変化,初診時の病期と臨床所見,当科受診前の診断と治療内容,コンタクトレンズ(CL)の使用状況,当科における治療内容,視力予後などを診療録から調査,検討した.結果:近年症例数は増加傾向で2007年発症例は8例,2008年は6例であった.28例中,初期は20例であり,角膜上皮・上皮下混濁は全例に,放射状角膜神経炎,偽樹枝状角膜炎も高頻度に認めた.完成期は8例であり,このうち輪状浸潤は4例,円板状浸潤は4例であった.当科加療前に角膜ヘルペスが疑われた症例は10例あった.前医の治療でステロイド点眼薬が使用された症例は19例あった.28例中25例がCL装用者であり,うち16例は頻回交換型ソフトCLを使用していた.視力予後は初期の症例で良好であった.完成期のうち5例は治療的角膜移植を必要とした.結論:AKの症例は近年増加傾向にあるが,特徴的な臨床所見,患者背景をもとに初期例を検出し,早期に治療を行うことが視力予後の観点から重要である.ToelucidatetheclinicalfeaturesofAcanthamoebakeratitis(AK),wereportoncasesofAKdiagnosedandtreatedatEhimeUniversitybetween1998and2008.The28patientsinthisstudyaveraged33.4yearsofage.As8and6caseswereexperiencedin2007and2008respectively,theincreasingtendencyinthenumberofcaseswasconfirmed.Ofthe28patients,20werediagnosedasearlystage,8aslatestage.Epithelialand/orsubepithelialopacity,radialkeratoneuritisandpseudodendriticlesionwerecommonintheearlystage.Ultimately,10patientswerediagnosedwithherpetickeratitis;19hadusedtopicalsteroidbeforevisitingourfacilityand25werecontactlensusers.Visualprognosisisfairintheearlystagecases;5casesinthelatestageunderwenttherapeuticcornealtransplantation.EarlydiagnosisofAKiscriticalforabetterprognosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):680.686,2010〕Keywords:アカントアメーバ角膜炎,コンタクトレンズ,角膜ヘルペス,放射状角膜神経炎.Acanthamoebakeratitis,contactlens,herpetickeratitis,radialkeratoneuritis.(108)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(109)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010681米国WillsEyeHospitalは2004年以降,急激にAK症例数が増加していることを報告4)しているが,コンタクトレンズ(CL)および眼感染症学会が共同で行った全国アンケート調査結果や学会における報告数が示すように,わが国でも増加傾向にあると推定される.AKがCL装用者に圧倒的に多いことはよく知られているが,先のWillsの報告によれば,米国でのCL使用者は2003年の3,500万人から,2006年には4,500万人を超えたとされており5),CL装用者の増加がAK症例数の増加の一因としてあげられている.これはわが国においても同様で,現在,1,700万人程度の装用者が存在し,経年的に増加している.現時点におけるユーザーのトレンドはソフトコンタクトレンズ(SCL)にあり,2週間を代表とする頻回交換型と1日使い捨てのSCLがシェアを二分している.このうち,前者の頻回交換型SCLでは,毎日のレンズケアが安全な装用に不可欠であるが,こすり洗いなどが十分に実施されていない状況が種々のアンケート調査で浮き彫りとなっている.また,ケア用品の主流である多目的用剤(MPS)の消毒効果が従来の煮沸消毒あるいは過酸化水素に比べて弱いことがAK増加の要因の一つとなっている可能性が指摘されている.愛媛大学医学部附属病院眼科(以下,当科)においても,近年AKの診断治療を行う機会が多くなった.今回筆者らは,過去11年間に経験したAK症例について,その臨床像・発症の契機・視力予後などをレトロスペクティブに検討したので報告する.I対象および方法対象は1998年から2008年の間に当科において加療を行ったAK28例(男性14例,女性14例,平均年齢33.4±14.2歳)である.各年における症例数,初診時の病期分類と臨床所見,当科受診前の前医における診断と治療内容,CL装用の有無とその使用状況,当科における治療内容,視力予後について診療録内容を調査した.なお,病型分類および臨床所見は日眼会誌111巻10号「感染性角膜炎診療ガイドライン」6)に準じた.また,前医における診断と治療内容は紹介状における記載内容に従った.角膜上皮擦過物から検鏡あるいは培養にてアカントアメーバを検出された症例を診断確定例とした.検鏡は擦過物をスライドグラスに塗抹後KOHパーカーインク染色,グラム染色,ファンギフローラYR染色などを用いて観察した.培養は大腸菌の死菌〔マクファーランド(Mcfarland)5以上の新鮮大腸菌懸濁液を60℃1時間加熱処理〕をNN寒天培地に塗布したものを用い,25℃2週間を目処に観察を行った.なお今回,検鏡,培養がともに陰性であっても特徴的な臨床所見を有し,その治療経過がAKに矛盾しなかった症例も推定例として検討に含めた.II結果1.検鏡・培養によるアカントアメーバの検出対象となった28例のうち検鏡にてアカントアメーバを検出した症例は14例(50%),培養で同定された症例は検鏡でも検出されている3例を含め6例(21%)であった.検鏡,培養ともに陰性の症例は11例(39%)であった.2.経年的な症例数変化および病期分類対象28例の概要を表1に示した.1998年から2002年までは,年間1.2例程度で推移している.その後,年によるばらつきはあるが,2005年は4例,2007年は8例,2008年は6例とAK症例は次第に増加傾向を示している(図1).病期別では,初期が20例(20/28,71%),完成期が8例(8/28,29%)であったが,特に,2005年以降は初期の症例数の増加傾向が著しい.3.初診時臨床所見初期の症例における初診時所見を図2に示す.角膜上皮・上皮下混濁は全例(20/20,100%)に認められた.このほか,放射状角膜神経炎は16例(16/20,80%),偽樹枝状角膜炎は12例(16/20,60%)と高頻度にみられた.一方,完成期は輪状浸潤が認められたもの4例(4/8,50%),円板状浸潤1998年1999年2000年2001年2002年2003年2004年2005年2006年2007年2008年9876543210症例数■:初期■:完成期図1アカントアメーバ角膜炎症例数および病期分類60%05101520症例数偽樹枝状角膜炎放射状角膜神経炎80%角膜上皮・上皮下混濁100%図2初期20症例の初診時臨床所見682あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(110)が認められたもの4例(4/8,50%)であった.なお,今回の検討対象において,移行期7)あるいは成長期8)に相当するものはみられなかった.4.前医における診断および治療前医における診断(疑いを含む)を表2に示す.アカントアメーバ角膜炎の診断(疑いを含む)で紹介されたものが10例(10/28,36%),ヘルペス性角膜炎の診断で紹介されたものも同じく10例であった.角膜浮腫の3例はいずれもその原因がCL装用に起因するものと判断されて紹介受診されたものである.一方,前医においてステロイド点眼薬が使用されていた症例は19例(19/28,68%)であった.発症から当科初診までの期間(表1)は調査期間の後半で短くなってい表2前医の診断前医の診断(疑いを含む)症例数*アカントアメーバ角膜炎10ヘルペス性角膜炎10角膜浮腫3角膜炎3真菌感染1角膜外傷1不明1*重複あり.表1当院におけるアカントアメーバ角膜炎の28症例症例番号初診年年齢(歳)性別病期初診時矯正視力発症から当院初診までの日数発症時装用していたコンタクトレンズ点眼薬,眼軟膏1199853男性完成期0.0240HCLペンタ,FLCZ,MCZ,CHX2199841女性完成期光覚弁52HCLペンタ,FLCZ,MCZ,CHX3199949女性完成期0.47使用なしペンタ,FLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint4200070男性完成期0.15138使用なしFLCZ,MCZ,PHMB,IPM,AMK5200040女性初期1.28HCLFLCZ,MCZ,PHMB,OFLX-oint6200119女性初期0.0619従来型SCLFLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint7200228男性初期0.216HCLFLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint8200358男性完成期指数弁32不明FLCZ,MCZ,LVFX9200356女性完成期手動弁210HCLMCFG,MCZ,PMR-oint10200319男性完成期手動弁13FRSCLMCZ,FLCZ,LVFX,PMR-oint11200517男性初期1.239FRSCLGFLX,MCZ,CHX,PMR-oint,ACV-oint12200536女性完成期指数弁11FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,PMR-oint13200519女性初期0.412FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint14200526男性初期0.4524FRSCLGFLX,FLCZ,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint,LVFX,Rd15200758女性完成期0.0590FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint16200725女性初期0.9514FRSCLGFLX,MCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint17200723男性初期0.427FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint18200736男性初期0.1590従来型SCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint19200718女性初期0.0314FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint20200725女性初期0.520FRSCLMCZ,CHX,VRCZ,PMR-oint21200724男性初期0.516定期交換SCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint22200735男性初期0.6141daydisposableGFLX,CHX,VRCZ,PMR-oint23200819男性初期0.665FRSCL加療なし(前医でAK加療後)24200825女性初期0.227FRSCLCHX,VRCZ,PMR-oint25200825女性初期0.64FRSCLLVFX,CHX,VRCZ,PMR-oint,PHMB26200833男性初期手動弁32FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,AMPH,PMR-oint,PHMB27200828女性初期1.260FRSCLCHX,VRCZ,PMR-oint28200830男性初期0.416FRSCLGFLX,CHX,VRCZ,PMR-ointペンタ:イセチオン酸ペンタミジン(ベナンバックスR),FLCZ:フルコナゾール(ジフルカンR),MCZ:ミコナゾール(フロリードR),CHX:グルコン酸クロルヘキジン(ステリクロンR),PMR-oint:ピマリシン眼軟膏(ピマリシンR眼軟膏),OFLX-oint:オフサロキサシン眼軟膏(タリビッドR眼軟膏),LVFX:レボフロキサシン(クラビットR),GFLX:ガチフロキサシン水和物(ガチフロR),VRCZ:ボリコナゾール(ブイフェンドR),AMPH:アムホテリシンB(ファンギゾンR),PHMB:ポリヘキサメチレンビグアニジン,MCFG:ミカファンギン(ファンガードR),IPM:イミペネム水和物(チエナムR),AMK:硫酸アミカシン(アミカシンR),Rd:合成副腎皮質ホルモン,ITCZ:イトラコナゾール(イトリゾールR),ACV:アシクロビル(ゾビラックスR),カルバ:クエン酸ジエチルカルバマジン(スパトニンR),-oint:眼軟膏,-po:内服,-div:点滴,PKP:全層角膜移植,LKP:表層角膜移植,TR:トラベクレクトミー,HCL:ハードコンタクトレンズ,FRSCL:頻回交換型ソフトコンタクトレンズ.(111)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010683る傾向が認められた.5.患者の背景因子とCLの使用状況(表3)CL装用者は25例(25/28,89%)であり,装用歴のない症例が2例(2/28,7%),不明が1例(1/28,4%)であった.CL装用者では,頻回交換ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用者が16例と最も多く,続いてハードコンタクトレンズ(HCL)5例,使い捨てSCL2例,従来型SCL2例であった.CLのケア状況については診療録に記載があった範表1つづき症例番号結膜下注射全身投与薬外科的治療角膜擦過回数入院日数最終観察時矯正視力1MCZ,FLCZカルバ-po61401.22MCZ,FLCZITCZ-poPKP1118指数弁3MCZ,FLCZITCZ-po,ACV-po121151.24MCZ,FLCZITCZ-po,IPM-divPKP22061.25MCZ,FLCZITCZ-po2441.26MCZITCZ-po,MCZ-div3771.27MCZITCZ-po,FLCZ-div78418MCZ,FLCZMCZ-divPKP0580.89MCFGMCFG-divPKP,TR0590.0510MCZMCZ-div3380.811ITCZ-po5431.212MCZITCZ-poLKP1901.513ITCZ-po6330.614ITCZ-po5951.215VRCZ-po8671165291.2179371.5185590.41911510.8202121.22113680.8227321.223001241101.2252181.226VRCZ-po1580.02271111.228101表3AK発症の契機となったCLの種類と使用状況発症時使用していたCL症例数(%)こすり洗いをしなかったケアに水道水を使用CLケースをまったく交換したことがない頻回交換ソフトコンタクトレンズ(SCL)16(57%)942ハードコンタクトレンズ(HCL)5(18%)使い捨てSCL2(7%)11従来型SCL2(7%)1装用なし2(7%)不明1(4%)合計28(100%)1053表4使用されていた保存液の種類使用されたCL洗浄保存液症例数ロートCキューブR7レニューR2アイネスR2コンプリートR2オプティ・フリーR1684あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(112)囲に限られるが,「こすり洗いをしなかった」が10例,「SCLのケアに水道水を使用」が5例,「レンズケースの交換をまったくしたことがない」が4例あった.SCL装用者のなかで使用していたケア用品について記載があったものが14例あった.この14例はすべてMPSを使用していた.その内訳を表4に示す.6.治療内容とその経年的変遷初期の一部症例を除いて,アゾール系薬剤および消毒剤であるpolyhexamethylenebiguanide(PHMB,0.02%に調整)を,あるいはchlorhexidinedigluconate(CHX,0.02%に調整),ピマリシン眼軟膏が治療の主体であった(表1).アゾール系薬剤の結膜下注射および全身投与は2005年頃まで行っていたが,2007年頃からは施行していない.角膜病巣部掻爬については症例ごとのばらつきが大きいが,近年は初期例の紹介が増えたこともあって,その施行回数は減少傾向であり,診断目的を含めた初診時の1回のみで治癒できた症例も少なくなかった.7.視力予後初診時および最終観察時点での矯正視力を図3に示す.初期症例のうち17例(17/20,85%)は最終矯正視力0.8以上が得られた.完成期8症例のうち点眼など,内科的治療のみで比較的良好な視機能を確保した症例は3例(3/8,38%)あり,いずれも最終矯正視力0.8以上であった(表1).角膜移植を施行したのは5症例(5/8,63%)で,そのうち3症例は最終矯正視力0.8以上を得た.残りの2症例は矯正視力0.05および指数弁であった.III考按近年,日本コンタクトレンズ学会および日本眼感染症学会の主導でコンタクトレンズ装用が原因と考えられる角膜感染症で入院治療をした症例を対象とする全国調査が行われた.平成19年4月からの1年間の中間報告9)では,233例のうち,角膜擦過物の塗抹検鏡にて40例,分離培養では32例でアカントアメーバが検出されている.これはCL関連角膜感染症の代表的な起炎菌である緑膿菌が角膜病巣より分離された47例に匹敵する症例数であり,AKがわが国においてすでに普遍的な感染症になっていることを物語っている.AK症例の増加についてはこれまでにもいくつかの指摘4,10)があるが,中四国地域から紹介を受けることの多い当院においても,2007年以降同様の増加傾向がみられることが確認できた.AKの確定診断は患者の角膜擦過物からアカントアメーバを同定することによりなされるべきである.当院では前医においてアカントアメーバが同定されている症例,あるいは前医での治療ですでに瘢痕化しつつあるような症例を除き,全例で角膜病巣部を擦過しファンギフローラYR染色などののち検鏡を行っている.検鏡にてアカントアメーバが確認できない場合,複数回角膜擦過をくり返す症例を中心に一部の症例で培養検査も行っている.今回対象となった症例で培養陽性は6例と少なかったが,これは培養検査に供した検体数が限定されていた要因が大きく,培養陽性率についての検討はできなかった.一方,AKにおいてはきわめて特徴的な臨床所見がみられることが多く,典型例ではかなりの確度で臨床診断することも可能である.筆者らの検討においても,AK初期症例の80%に放射状角膜神経炎が認められたほか,角膜上皮・上皮下混濁,偽樹枝状角膜炎の所見を呈する頻度も高いため,これらの所見を把握しておくことはAKの早期診断に最も重要なことと考えられる.AKの病期に着目すると,完成期の症例は減少傾向だが,初期の症例が増加傾向であった.これにはさまざまな要因が考えられるが,AKに対する眼科医の認知度が近年非常に高まり,比較的早期に診断あるいは疑いをもたれて専門の医療機関に紹介される症例が増加していることの結果と推察される.筆者らの検討においても前医にてAKの診断をうけていたものが10例もあり,第一線における眼科医の診断レベルの向上がうかがわれる.AKでは,特にヘルペス性角膜炎との鑑別が問題となることが多い1,11,12).筆者らの検討においても10例(36%)がAK診断前にヘルペス性角膜炎が疑われていた.円板状角膜炎など実質型のヘルペス性角膜炎が疑われれば抗ウイルス薬のほかにステロイド点眼あるいは内服が使用されることが多い.このほか,角膜上皮の混濁がアデノウイルス感染の混濁と類似していることも多く13,14),抗菌薬とステロイド点眼が使用されている場合もある.AKにおいてステロイド点眼が使用されると一時的に結膜充血や角膜浸潤が軽減し,AKの診断が遅れて病状を悪化させることになるので注意が必要である1,12).また,ステロイド存在下においてアカントアメー0.010.1初診時矯正視力最終矯正視力10.01◆:初期0.1■:完成期1図3初診時視力と最終視力(ただし,視力0.01以下はすべて0.01としてグラフに示した)(113)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010685バのシスト,栄養体ともに増加し,症状が進行するといった動物モデルでの報告もある15).AKの症例の多くがCL装用者である4,10,11,16).これは,言い換えれば,CL装用がAK発症の最大の危険因子であることを意味している.しかし,最近におけるAK症例の増加はCL装用者人口の増加のみで単純に説明しえるものではない.今回対象となった症例のなかにも,発症前にCLを不適切に使用されている例が多く認められ,極端な例では,使い捨てCLでありながら保存して再使用し,かつ不適切に保存していた.CLの不適切な管理はAK発症の契機であり,これが昨今のAK症例の増加の一因であることが考えられる.CLケースは洗面所など水回りに保管されることがほとんどのため,環境菌に汚染されやすいが,アメーバはそれらの細菌を栄養源にして生息している.このように,汚染したCLケースがアメーバや緑膿菌などの感染の温床となっていると考えられる16,17).レンズケースの洗浄,乾燥と定期的な交換,こすり洗いやすすぎなど,レンズケアの重要性について広く啓発していく必要がある.レンズ消毒の主流であるMPSのアメーバに対する消毒効果については議論の多いところである.基本的に,MPSのシストへの有効性は栄養体に比べてはるかに劣る.MPSへの浸漬時間を8時間と仮定したとき,アメーバシストに対して有効とされるMPSはいくつかあるが,多くのMPSでは十分な効果は期待できない18).また,たとえアカントアメーバ自体に対して有効であったとしても,CLに付着しているアメーバに対しMPSが有効に機能しない可能性はある16).結論として,MPSのアカントアメーバに対する消毒効果は不十分と考えるべきであり19),確実な消毒剤の開発は今後の大きな課題と思われる.AKの治療としては,いわゆる“三者併用療法”が従来から提唱されている6,20).これは,①フルコナゾール,ピマリシンなどの抗真菌薬の点眼または軟膏塗布,②イトラコナゾール,ミコナゾールなどの抗真菌薬の内服または経静脈投与,③外科的病巣掻爬を並行して行うものである.抗真菌薬は栄養体に対して一定の効果が確認されているが,シストにはほぼ無力であり21),その分,病巣掻爬を含めた外科的治療に依存する部分が多かったと考えられる.最近では,抗シスト薬として,消毒薬であるPHMBまたはCHXを0.02%に調整のうえで点眼投与することが一般的となり,当科においても今回対象となった症例のほとんどでCHXを,一部の症例でPHMBの点眼を使用している.AKに対するPHMB,CHXの治療効果は同等であるとされ22),治療にPHMBやCHXが用いられるようになってから治療成績が向上しているとの報告もある11,23,24).どのような治療の組み合わせが最も効果的か,今後の検討が望まれるところである.視力予後については,初期の症例で比較的良好な結果であった.完成期においても最終視力が良好であった症例が多くを占めたが,その過半数において治療的角膜移植が施行されていた.AKに対して角膜移植を行った症例数については,米国のWillsEyeHospitalは31症例中2症例(6%)4),英国のMoorfieldsEyeHospitalは56症例中5症例(9%)22)と報告している.診断の遅れにより重症化し,角膜移植などの外科的治療の必要性が高まることはこれまでにもしばしば指摘されているところである12,25)が,当科において角膜移植症例が多いのは今回の調査期間の前半に完成期の症例が多かったためと考えられる.今後,AKの早期診断率がさらに向上し,角膜移植を必要とする割合は減少することが大いに期待される.文献1)NagingtonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfectionoftheeye.Lancet2:1537-1540,19742)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮ほか:Acanthamoebakeratitisの1例.日眼会誌92:963-972,19883)大橋裕一,望月學:アカントアメーバ.眼微生物事典.p260-267,メジカルビュー社,19964)ThebpatiphatN,HammersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:Aparasiteontherize.Cornea26:701-706,20075)FoulksGN:Acanthamoebakeratitisandcontactlenswear.EyeContactLens33:412-414,20076)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:770-809,20077)石橋康久,本村幸子:アカントアメーバ角膜炎の臨床所見─初期から完成期まで─.日本の眼科62:893-896,19918)塩田洋,矢野雅彦,鎌田泰夫ほか:アカントアメーバ角膜炎の臨床経過の病期分類.臨眼48:1149-1154,19949)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査委員会コンタクトレンズ関連角膜感染症の実態と疫学.日本の眼科80:693-698,200910)AwwadST,PetrollWM,McCulleyJPetal:UpdatesinAcanthamoebakeratitis.EyeContactLens33:1-8,200711)ButlerKH,MalesJJ,RobinsonLPetal:Six-yearreviewofAcanthamoebakeratitisinNewSouthWales,Australia1997-2002.ClinExperimentOphthalmol33:41-46,200512)太刀川貴子,石橋康久,藤沢佐代子ほか:アメーバ角膜炎.日眼会誌99:68-75,199513)GoodallK,BrahmaA,RidgwayA:Acanthamoebakeratitis:Masqueradingasadenoviralkeratitis.Eye10:643-644,199614)TabinG,TaylorH,SnibsonGetal:AtypicalpresentationofAcanthamoebakeratitis.Cornea20:757-759,200115)McClellanK,HowardK,NiederkornJYetal:EffectofsteroidsonAcanthamoebacystsandtrophozoites.InvestOphthalmolVisSci42:2885-2893,200116)IllingworthCD,StuartD,CookSD:Acanthamoebakeratitis.SurveyOphthalmol42:493-508,199817)LarkinDFP,KilvingtonS,EastyDL:Contaminationof686あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010contactlensstoragecasesbyAcanthamoebaandbacteria.BrJOphthalmol74:133-135,199018)HitiK,WalochnikJ,MariaHallerSchoberEetal:EfficacyofcontactlensstoragesolutionsagainstdifferentAcanthamoebastrains.Cornea25:423-427,200619)KilvingtonS,HeaselgraveW,LallyJMetal:EncystmentofAcanthamoebaduringincubationinmultipurposecontactlensdisinfectantsolutionsandexperimentalformulations.EyeContactLens34:133-139,200820)石橋康久:アカントアメーバ角膜炎の治療─トリアゾール系抗真菌剤の内服,ミコナゾール点眼,病巣掻爬の3者併用療法.あたらしい眼科8:1405-1406,199121)ElderMJ,KilvingtonS,DartJK:AclinicopathologicstudyofinvitrosensitivitytestingandAcanthamoebakeratitis.InvestOphthalmolVisSci35:1059-1064,199422)LimN,GohD,BunceCetal:ComparisonofpolyhexamethylenebiguanideandchlorhexidineasmonotherapyagentsinthetreatmentofAcanthamoebakeratitis.AmJOphthalmol145:130-135,200823)BaconAS,FrazerDG,DartJKetal:Areviewof72consecutivecasesofAcanthamoebakeratitis1984-1992.Eye7:719-725,199324)DuguidIG,DartJK,MorletNetal:OutcomeofAcanthamoebakeratitistreatedwithpolyhexamethylbiguanideandpropamidine.Ophthalmology104:1587-1592,199725)Perez-SantonJJ,KilvingtonS,HughesRetal:PersistentlyculturepositiveAcanthamoebakeratitis.Ophthalmology110:1593-1600,2003(114)***