《原著》あたらしい眼科29(7):1003.1006,2012cウサギ角膜上皮.離後の角膜上皮創傷治癒および前眼部症状に及ぼすレボフロキサシン点眼液の影響梶原悠長野敬中村雅胤参天製薬株式会社眼科研究開発センターEffectofLevofloxacinOphthalmicSolutiononCornealEpithelialWoundHealingandAnteriorSegmentSymptomsinRabbitsYuKajiwara,TakashiNaganoandMasatsuguNakamuraOphthalmicResearchandDevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.レボフロキサシン(LVFX)点眼液の一日3回点眼で前眼部に対する安全性に懸念がないLVFX濃度を明らかにする目的で,n-heptanolによるウサギ角膜上皮.離モデルにおける角膜上皮創傷治癒および前眼部症状に及ぼす種々濃度LVFX点眼液の影響を検討した.ウサギの角膜上皮をn-heptanolで.離し,LVFX点眼液基剤,0.5%,1.5%,3.0%および6.0%LVFX点眼液を一日3回点眼した..離直後,.離24および48時間後に角膜上皮創傷部位面積の変化および前眼部症状を評価した.0.5%および1.5%LVFX点眼液はLVFX点眼液基剤と同様,角膜上皮.離後の創傷治癒および前眼部症状に影響を及ぼさなかった.一方,3.0%以上のLVFX点眼液では結膜充血が認められ,6.0%では創傷治癒の遅延および角膜混濁などの悪影響が認められた.以上,一日3回点眼において前眼部の安全性が確保されるLVFX点眼液の最高濃度は1.5%であることが示唆された.Toevaluatethesafetydosesoflevofloxacin(LVFX)ophthalmicsolutionthreetimesaday,weexaminedtheeffectsofLVFXophthalmicsolutionsoncornealwoundhealingandanteriorsegmentsymptomsinarabbitn-heptanolinducedcornealepithelialdefectmodel.Afterrabbitcornealepitheliumremovalthroughexposureton-heptanol,theeyesweretreatedwithvehicleonly(0%)or0.5,1.5,3.0or6.0%LVFXophthalmicsolutionthreetimesaday.Changesincornealepithelialwoundareaandanteriorsegmentsymptoms,immediatelyandat24and48hoursafterdebridement,wereevaluated.Theadministrationof0,0.5%and1.5%LVFXophthalmicsolutionhadnoeffectonepithelialwoundclosureoranteriorsegmentsymptoms.Incontrast,LVFXophthalmicsolutionat3.0%ormorecausedhyperemia,and6.0%LVFXcauseddelayinwoundclosure,andcornealopacity.Theseresultssuggestthat1.5%LVFXophthalmicsolutionmightbethehighestdosehavingnoadverseeffectontheanteriorsegment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(7):1003.1006,2012〕Keywords:ウサギ,角膜上皮創傷治癒,前眼部症状,レボフロキサシン.rabbit,cornealepithelialwoundhealing,anteriorsegmentsymptom,levofloxacin.はじめにレボフロキサシン(LVFX)は,好気性および嫌気性のグラム陽性菌ならびに陰性菌に対し,広い抗菌スペクトルと強い抗菌力を示す.そのLVFXを主成分とするクラビットR点眼液0.5%は2000年に日本で発売されて以降,その優れた抗菌力と高い安全性から,細菌性眼感染症治療薬として臨床現場で最も汎用されている.近年,抗菌薬のPK-PD(薬物動態学-薬力学)に関する研究から,抗菌薬の有効性と薬物動態が密接に関連することが明らかとなってきた.全身薬においては,キノロン系抗菌薬の治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータは「血中AUC(濃度-時間曲線下面積)とMIC(最小発育阻止濃度)の比」であり,キノロン系抗菌薬に対する耐性化の抑制には「血中Cmax(最高濃度)とMICの比」が相関するとの報告が〔別刷請求先〕梶原悠:〒630-0101生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社眼科研究開発センターReprintrequests:YuKajiwara,OphthalmicResearchandDevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma,Nara630-0101,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(127)1003ある1,2).したがって,安全性面で問題がない限り,血中濃度が高まる高用量で治療することが治療効果を高め,耐性菌の出現を抑制する観点から望ましい.一方,眼科領域では,治療効果や耐性化抑制効果に相関するPK-PDパラメータの研究があまり進んでいないが,細菌に対する殺菌作用や耐性化抑制作用は曝露されるキノロン系抗菌薬の濃度に依存することから,感染組織中のAUCやCmaxが治療効果や耐性化抑制効果に最も相関すると推察される.種々濃度LVFX点眼液の角膜への影響を検討したClarkらの報告3)によると,サルの角膜上皮.離モデルに3.0%LVFX点眼液を一日4回点眼すると角膜上皮創傷治癒が遅延した.また,ウサギの角膜上皮.離モデルにおいては3.0%以上のLVFX点眼液が角膜線維芽細胞の消失および角膜浮腫をひき起こし,6.0%LVFX点眼液は角膜上皮創傷治癒を遅延させた.一方,1.5%以下のLVFX点眼液は,サルやウサギでみられた副作用を生じなかった.したがって,既存のクラビットR点眼液0.5%と同等の角膜の安全性を確保しつつ,殺菌作用の向上および耐性菌出現の抑制が期待できるLVFXの上限濃度は1.5%であると推察された.しかしながら,クラビットR点眼液の標準的な用法である一日3回点眼において,角膜を含めた前眼部の安全性に懸念を生じないLVFXの上限濃度については,これまで十分に検討されていない.本試験では,LVFX点眼液の一日3回点眼において,前眼部の安全性に問題のないLVFX濃度を明らかにする目的で,ウサギの角膜上皮.離モデルにおける角膜上皮創傷治癒および前眼部症状に及ぼす0%,0.5%,1.5%,3.0%および6.0%LVFX点眼液の影響を比較検討した.I実験材料および方法1.使用動物日本白色ウサギは北山ラベス株式会社より購入し,1週間馴化飼育後,試験に使用した.本研究は,「動物実験倫理規程」,「参天製薬の動物実験における倫理の原則」,「動物の苦痛に関する基準」の参天製薬株式会社社内規程を遵守し実施した.2.被験点眼液LVFXは第一三共株式会社製を用いた.LVFX点眼液基剤,1.5%,3.0%および6.0%LVFX点眼液は終濃度2.2g/100mLの濃グリセリン水溶液にLVFXを溶解後,pHを中性に調整した.0.5%LVFX点眼液はクラビットR点眼液0.5%と同じ製剤とした.3.実験方法a.ウサギ角膜上皮.離モデルの作製および創傷面積評価ウサギ角膜上皮.離モデルは,日本白色ウサギを全身麻酔し,両眼の角膜表層にn-heptanolを染み込ませた6mm径の濾紙を1分間接触させた後,生理食塩液で洗眼することで作製した4).その後,LVFX点眼液基剤,0.5%,1.5%,3.0%および6.0%LVFX点眼液を,一日3回,一眼50μLずつ両眼に点眼した(各群,4匹8眼)..離直後,.離24および48時間後に角膜創傷部位を2.0%フルオレセイン生理食塩液で染色後,創傷部位の写真を撮影し,画像解析ソフトにて創傷面積を測定した..離直後の創傷面積を100%として.離24および48時間後の創傷面積率(%)を算出した.b.ウサギ前眼部症状観察ウサギ角膜上皮.離前,.離24および48時間後に前眼部症状観察を行い,異常所見(充血,眼瞼腫脹,眼脂,角膜混濁)を記録した.c.統計解析角膜上皮.離後の創傷面積率の検討では,各.離後時間におけるLVFXの影響を点眼液基剤に対するSteelの多重比較検定法にて,5%を有意水準として解析した.II結果1.ウサギ角膜上皮創傷治癒に及ぼすLVFX点眼液の影響n-heptanolによるウサギ角膜上皮.離後の上皮創傷面積率に及ぼす種々濃度LVFX点眼液,一日3回点眼の影響について,.離24時間後の典型的なフルオレセイン染色写真を図1に,創傷面積率で表したグラフを図2に示す.0.5%,1.5%および3.0%LVFX点眼液群の角膜上皮.離24時間後の創傷は,LVFX点眼液基剤群のそれと大きさに差はみられなかったが,6.0%LVFX点眼液群の創傷は,明LVFX基剤0.5%LVFX1.5%LVFX3.0%LVFX6.0%LVFX図1角膜上皮.離24時間後のフルオレセイン染色写真1004あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(128)創傷面積率(%)100806040200:LVFX基剤:0.5%LVFX:1.5%LVFX:3.0%LVFX:6.0%LVFX02448**.離後時間(時間)図2角膜上皮創傷治癒に及ぼすLVFX点眼液の影響各値は8例の平均値±標準誤差を示す..離直後の創傷面積に対する.離24および48時間後の創傷面積率(%)を算出した.**:p<0.01vsLVFX基剤.らかに大きかった(図1).また,0.5%,1.5%および3.0%LVFX点眼液群の.離24時間後の創傷面積率は,LVFX点眼液基剤群のそれと比較して差を認めなかったが,6.0%LVFX点眼液群の創傷面積率はLVFX点眼液基剤に比べ,有意に高値を示した.一方,.離48時間後の創傷面積率においてはすべての群間に差はみられなかった(図2).以上より,本試験系において,0.5%,1.5%および3.0%LVFX点眼液,一日3回点眼は角膜上皮創傷治癒に影響を及ぼさないが,6.0%LVFX点眼液は創傷治癒を遅延させることが示唆された.2.ウサギ角膜上皮.離後の前眼部症状に及ぼすLVFX点眼液の影響n-heptanolによるウサギ角膜上皮.離後の前眼部症状に及ぼす種々濃度LVFX点眼液,一日3回点眼の影響を表1に示す.0.5%および1.5%LVFX点眼液群では,LVFX点眼液基剤群と同様,観察期間中に前眼部の異常所見は認められなかった.一方,3.0%LVFX点眼液群では,.離48時間後に全例(8眼中8眼)で充血が認められた.さらに,6.0%LVFX点眼液群では.離24時間後に充血(8眼中7眼)眼瞼腫脹(8眼中4眼)および眼脂(8眼中2眼)が認められ,(,)48時間後には充血(8眼中8眼)および角膜混濁(8眼中5眼)がみられた.以上より,本試験系において,0.5%および1.5%LVFX点眼液,一日3回点眼は角膜上皮.離後の前眼部症状に影響を及ぼさないが,3.0%以上の濃度では前眼部に悪影響を及ぼすことが示唆された.III考察クラビットR点眼液0.5%の適応とされる細菌性眼感染症表1角膜上皮.離後の前眼部症状に及ぼすLVFX点眼液の影響被験薬剤前眼部症状(全8眼中の眼数).離24時間後.離48時間後LVFX点眼液基剤異常所見なし異常所見なし0.5%LVFX点眼液異常所見なし異常所見なし1.5%LVFX点眼液異常所見なし異常所見なし3.0%LVFX点眼液異常所見なし充血(8眼)6.0%LVFX点眼液充血(7眼)眼瞼腫脹(4眼)眼脂(2眼)充血(8眼)角膜混濁(5眼)においては,眼表面に生じた障害のため前眼部における薬剤毒性が正常時よりも強くなることが予想される.そこで,n-heptanolによりウサギの角膜上皮を.離し,.離後の角膜上皮創傷治癒あるいは前眼部症状に及ぼす種々濃度のLVFX点眼液の影響を調べ,クラビットR点眼液の標準的な用法である一日3回点眼で前眼部に対する安全性が確保される最高濃度を検討した.その結果,1.5%以下のLVFX点眼液は角膜上皮創傷治癒および前眼部症状に影響を及ぼさなかったが,3.0%LVFX点眼液では結膜に対する充血が,6.0%LVFX点眼液では角膜上皮創傷治癒の遅延と角膜混濁などの前眼部への悪影響が認められた.Clarkらの一日4回点眼の報告3)によると,ウサギ角膜上皮.離モデルに対して3.0%以上のLVFX点眼液は角膜線維芽細胞の消失および角膜浮腫をひき起こし,6.0%LVFX点眼液は角膜上皮創傷治癒を遅延させるが,1.5%以下のLVFX点眼液は副作用を生じないとされている.したがって,本結果と合わせて考えると,角膜を含めた前眼部の安全性に懸念がないLVFX点眼液の最高濃度は1.5%であることが示唆された.実際の臨床現場でLVFX点眼液が投与される期間は,本検討で設定した2日間よりも長期になると予想されるが,サル角膜上皮.離モデルに対する5日間の一日4回点眼においても,1.5%のLVFX点眼液は角膜創傷治癒および角膜厚に影響を及ぼさなかったと報告されている3).また,本試験では標準的な用法である一日3回点眼で検討を行っているが,重症の細菌性角膜炎では1時間間隔の頻回点眼が感染性角膜炎診療ガイドラインで推奨されており,その用法における本モデルでの影響については,今後検討すべき課題である.しかしながら,2007年より細菌性角膜潰瘍治療剤として1.5%LVFX点眼液(商品名IQUIXR)が使用されているアメリカで重篤な副作用はこれまでに報告されていない.さらに,細菌性角膜炎,結膜炎患者を対象とした日本の第III相臨床試験においても重篤な副作用はみられていない5).したがって,1.5%LVFX点眼液の長期投与または頻回投与においても安全性に大きな懸念はないものと考えられる.(129)あたらしい眼科Vol.29,No.7,20121005一般にキノロン系抗菌薬は安全性面で問題がない限り,組織中濃度を最大限に高めることが治療効果向上の観点から望ましいとされており,濃度依存的な眼内移行性を示す6)LVFX点眼液では,高濃度化が治療効果向上につながる可能性もある.実際に1.5%LVFX点眼液の第III相オープンラベル多施設共同試験では,細菌性の角結膜炎に対して検出菌および主症状の速やかな消失が示され,高い治療効果が認められた5).他方,安全性面に関しては,種々キノロン系抗菌薬の原末を用いて細胞障害性を比較した検討において,不死化ヒト角膜上皮細胞7),ウサギ角膜実質細胞7)およびウシ角膜内皮細胞8)に対して,LVFXは最も高い安全性を有することが報告されている.また,市販点眼液を用いた細胞障害性の比較試験においても,クラビットR点眼液0.5%の角膜上皮細胞への障害性は0.3%ガチフロキサシン点眼液や0.5%モキシフロキサシン点眼液といった他のキノロン系抗菌点眼液のそれよりも低いと報告されている9).LVFXは中性pHでも高い溶解性を有し10),高濃度製剤化に界面活性剤などの特別な添加剤を必要としない.高濃度製剤である1.5%LVFX点眼液が0.5%LVFX点眼液と同様,角膜上皮.離モデルで治癒遅延や充血などの悪影響を及ぼさなかったのは,このような高い安全性と製剤化の容易さというLVFXの特性によるものと推察される.一方で,1.5%LVFX点眼液の眼内移行性は0.5%LVFX点眼液よりも高くなるため,メラニン含有眼組織への安全性が懸念されるが,有色ウサギに3.0%LVFX点眼液を一日4回,26週間点眼しても虹彩,毛様体および網膜に異常は認められていない3)ことから,1.5%LVFX点眼液においても安全性への懸念はないと考えられた.以上,1.5%LVFX点眼液は,細菌性眼感染症治療薬として最も汎用されているクラビットR点眼液0.5%に安全性で劣ることなく,早期の起炎菌消失および症状の軽減を期待できることから,軽症から重症まで幅広い症例に治療初期から用いることが可能である.そのなかでも,速やかな治療効果が望まれる重症例や,無菌化が要求される眼手術患者が,本剤のより適した症例と考えられる.さらに,「highdose,shortduration」の治療を可能とする本剤は抗菌薬の適正使用にも貢献でき,キノロン耐性菌出現防止という観点からも医療現場での治療満足度をさらに高める薬剤になるものと期待される.謝辞:本研究にご協力いただきました参天製薬株式会社堂田敦義博士,玉木修作修士に深謝いたします.文献1)佐藤玲子,谷川原祐介:2.抗菌薬のPK/PD.医薬ジャーナル41:67-74,20052)PrestonSL,DrusanoGL,BermanALetal:Pharmacodynamicsoflevofloxacin:Anewparadigmforearlyclinicaltrials.JAMA279:125-129,19983)ClarkL,BezwadaP,HosoiKetal:Comprehensiveevaluationofoculartoxicityoftopicallevofloxacininrabbitandprimatemodels.JToxicolCutaneousOcularToxicol23:1-18,20044)CintronC,HassingerL,KublinCLetal:Asimplemethodfortheremovalofrabbitcornealepitheliumutilizingn-heptanol.OphthalmicRes11:90-96,19795)大橋裕一,井上幸次,秦野寛ほか:細菌性結膜炎および細菌性角膜炎に対する1.5%レボフロキサシン点眼液(DE108点眼液)の第III相臨床試験.あたらしい眼科29:669678,20126)河嶋洋一,高階秀雄,臼井正彦:オフロキサシンおよびレボフロキサシン点眼液の薬動力学的パラメーター.あたらしい眼科12:791-794,19957)櫻井美晴,羽藤晋,望月弘嗣ほか:フルオロキノロン剤が角膜上皮細胞および実質細胞に与える影響.あたらしい眼科23:1209-1212,20068)加治優一,大鹿哲郎:各種フルオロキノロン剤による角膜内皮細胞毒性の比較.あたらしい眼科24:1229-1232,20079)TsaiTH,ChenWL,HuFR:Comparisonoffluoroquinolones:cytotoxicityonhumancornealepithelialcells.Eye24:909-917,201010)三井幸彦,大石正夫,佐々木一之ほか:点眼液の薬動力学的パラメーターとしてのAQCmaxの提案.あたらしい眼科12:783-786,1995***1006あたらしい眼科Vol.29,No.7,2012(130)