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角膜内皮移植術中に高眼圧を生じた1例

2009年12月31日 木曜日

———————————————————————- Page 1(107) 16830910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(12):1683 1686,2009cはじめに角膜内皮移植術は Melles らによって考えられ1),現在のDescemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK)が報告されて以来2),術式の改良とともに術後成績の向上がみられ3 8)一定の成果が出てきた.しかし,日本における角膜内皮移植の最初の報告9)から日が浅いこともあって全層角膜移植術のように確立された術式に至っておらず,まだまだ改善の余地があるのも事実である.その一因として全層角膜移植に比べて術中操作が多く煩雑なため,これまでの全層角膜移植では経験することがなかった術中合併症に 遭 遇 す る 機 会 が 生 じ る よ う に な っ た. 今 回 筆 者 ら は,DSAEK 術中のドナー角膜内皮片挿入後に前房内を空気で置換したところ,空気が硝子体側へ迷入したため高眼圧を生じるに至った 1 例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕清水一弘:〒569-8686 高槻市大学町 2-7大阪医科大学眼科学教室Reprint requests:Kazuhiro Shimizu, M.D., Department of Ophthalmology, Osaka Medical College, 2-7 Daigaku-cho, Takatsuki city, Osaka 569-8686, JAPAN角膜内皮移植術中に高眼圧を生じた 1 例清水一弘勝村浩三服部昌子山上高生向井規子池田恒彦大阪医科大学感覚器機能形態医学講座眼科学教室A Case of Ocular Hypertension Occurring during Descemet’s Stripping Automated Endothelial KeratoplastyKazuhiro Shimizu, Kouzou Katsumura, Masako Hattori, Takao Yamagami, Noriko Mukai and Tsunehiko IkedaDepartment of Ophthalmology, Osaka Medical College角膜内皮移植術(Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty:DSAEK)の前房内空気置換時に空気が硝子体側へ移動し高眼圧を生じた 1 例を経験したので報告する.症例は 79 歳,男性.2007 年に白内障手術を施行されたが,術後に水疱性角膜症を生じたため 2008 年 10 月に DSAEK を行った.内皮片を前房内に引き込み空気を注入したところ空気が虹彩下に流入した.さらに空気を追加したところ突然前房が消失し高眼圧を呈した.前房側から人工房水と空気の置換を試みたが困難であったため,毛様体扁平部より空気を抜去したところ前房が形成された.術後,内皮片は前房内に脱落することはなく改善傾向がみられ始めていたが,術後 3 日目に角膜ヘルペスが生じ地図状角膜炎となった.白内障術後の水疱性角膜症に対して DSAEK はよい適応とされているが,Zinn 小帯が脆弱化している可能性を考えておく必要がある.During Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK)in a 79-year-old male, air injected to ll the anterior chamber moved into the vitreous body, resulting in ocular hypertension. In 2007, the patient had undergone cataract surgery, but because he experienced bullous keratopathy postoperatively, he underwent DSAEK in October 2008. A corneal endothelial lenticule was placed in the anterior chamber to inject air into the anterior chamber;air entered below the iris. However, the anterior chamber suddenly collapsed when more air was injected, and ocular pressure increased. As replacing air inside the anterior chamber was di cult, air was removed from the ciliary ring and the anterior chamber was formed. Postoperatively, the corneal endothelial lenti-cle tended to improve without falling inside the anterior chamber, but the patient developed corneal herpes on postoperative day 3, resulting in geographic keratitis. Although DSAEK is considered suitable for bullous keratopa-thy following cataract surgery, possible fragility of the zonule of Zinn should be kept in mind.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(12):1683 1686, 2009〕Key words:角膜内皮移植術,高眼圧,水疱性角膜症,全層角膜移植.Descemet’s stripping automated endothelial keratoplasty(DSAEK), ocular hypertension, bullous keratopathy, penetrating keratoplasty.———————————————————————- Page 21684あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(108)I症例患者:79 歳,男性.主訴:右眼の視力障害.初診:2008 年 7 月 30 日.既往歴:幼児期に眼外傷にて左眼弱視となる.両眼の強度近視.脳梗塞,狭心症,高血圧,リウマチ.現病歴:2007 年 1 月に近医にて右眼の水晶体再建術+眼内レンズ挿入術を施行するも 2008 年 7 月に水疱性角膜症を発症.右眼の白内障術前の角膜内皮細胞数は 1,009 個/mm2.角膜移植手術目的にて大阪医科大学附属病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼 10 c m指数弁(矯正不能),左眼0.01(0.02×sph 7.0 D(cyl 1.25 D Ax40°).眼圧は右眼12 mmHg,左眼 14 mmHg.角膜内皮細胞数は右眼測定不能,左眼 976 個/mm2.経過:初診時,症例の右眼角膜は Descemet 膜皺襞を伴った実質の浮腫を生じ水疱性角膜症となっていた(図 1).角膜周辺部の一部に血管侵入が起こり始めていたが軽微であった.左眼は Fuchs 角膜内皮ジストロフィを生じていた.水疱性角膜症が発症してから 1 年半と比較的短いこと,前房も深くすでに眼内レンズが挿入されていたことより,従来の全層角膜移植ではなく DSAEK を選択し,2008 年 10 月に手術を行った.提供角膜はアメリカからの海外ドナー角膜でDSAEK 用に強膜片の大きな提供眼を使用した.ドナー角膜内皮移植片の作製には人工前房装置とマイクロケラトーム(Moria 社,フランス)を使用し,内皮移植片は問題なく作製できた.ホスト側の内皮を 離するにあたって角膜内皮側の染色を試み,トリパンブルーを前房内に注入したところ,虹彩に異常な挙動を認めた.さらに前房保持のため 12 時の位置に前房カニューラを挿入すると再度虹彩にうねりを生じた.前房保持は可能であったため,逆 Sinskey フックにてDescemet 膜 離を完成させ,Busin グライド(Moria 社,フランス)を用いて内皮移植片を前房内に引き込み10),30 ゲージ針を付けた 2.5 ml のシリンジにて右眼の 10 時のサイドポートから前房内に空気を注入したところ,虹彩のうねりが再度生じるとともに一瞬にて空気が虹彩下に回った(図 2).さらに空気を追加したところ前房が消失した(図 3).これらの際に眼内レンズが大きく偏位しているのが確認でき瞳孔領から前 の一部が視認できた.人工房水の前房内投与を試みたが,前房内を水に置換することはできなかった.眼球を触診すると明らかな高眼圧となっていた.複数回前房形成を試みたが遂行できなかったため,硝子体圧軽減目的で毛様体扁平部から 20 ゲージの V ランスを挿入して引き抜いたところ図 1初診時右眼前眼部写真Descemet 膜皺襞を伴い実質浮腫が著しく水疱性角膜症に至っている.図 2DSAEK術中写真前房カニューラの挿入にて虹彩のうねりが生じ,空気が虹彩下に迷入した.図 3DSAEK術中写真内皮移植片挿入後に前房内空気置換できず前房虚脱となった.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,20091685(109)一気に空気が排出された(図 4).それと同時に眼圧が下降し前房が形成された.ゆっくり少しずつ空気を前房に注入し創を閉じ手術を終了した.術後夜間に軽い眼痛と嘔気の訴えがあったが自制範囲内で朝には消失していた.術翌日角膜内皮移植片の脱落もなく前房形成も良好であったが,角膜浮腫が著明であった(図 5).前房内に空気が約 3分の 1 ほど残存していたため引き続き仰臥位で経過観察とした.抗生物質(レボフロキサシン)とステロイド(ベタメタゾン)の点眼で経過をみていたところ術後 4 日目に角膜全体がフルオレセインに染色される角膜上皮障害がみられ,角膜ヘルペスの地図状角膜炎の発症が疑われた.ただちにアシクロビル眼軟膏を 5 回/日,バラシクロビル 1,000 m g/日投与したところ徐々に改善傾向がみられ,術後 1 週間目にはおおむね角膜上皮の修復が得られた.しかし角膜実質浮腫が遷延し内皮機能不全となり術後 1 カ月経過しても角膜実質の透明化は得られなかった.初回手術後 3 カ月を待って全層角膜移植術を行った(図 6).手術は問題なく終了し,バラシクロビル 1,000 mg/日を 1 週間,アシクロビル眼軟膏を 1 回/日を 3週間投与し,角膜ヘルペスの再発はみられず,透明治癒した.II考按2007 年に近医にて右眼の水晶体再建術+眼内レンズ挿入術が施行されたが,後日問い合わせたところ,術中合併症はなく通常どおり何の問題もなく終了したとのことであった.他眼である左眼は角膜内皮スペキュラー検査所見より内皮細胞数が 976 個/mm2と減少しており,右眼は水疱性角膜症のため内皮所見が得られず詳細は不明だが,右眼白内障術前の内皮細胞数が 1,009 個/mm2と極端に少なく,左眼の状況から推測して右眼にも Fuchs 角膜内皮ジストロフィなど内皮障害に至る所見が白内障手術前に存在したものと推測される.角膜内皮細胞数が少ない眼に手術侵襲が加わり水疱性角膜症に至ったものと思われる.DSAEK を施行するにあたってレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症では閉塞隅角眼の前房の浅さが弊害となり,術中前房内操作の煩雑さから DSAEK は困難といわれている11)が,本症例は白内障術後で前房は深くすでに眼内レンズも挿入されており,DSAEK のよい適応と考えられた.また,水疱性角膜症を発症してから長期間経過すると角膜実質混濁が生じ透明治癒しにくいといわれているが,症例の罹病期間は1 年半と比較的短いことなどから回復が可能と考え,今回は全層角膜移植ではなく DSAEK を選択した.術前に右眼を細隙灯顕微鏡で観察した際にはさほど角膜の混濁は気にならなかったが,ホスト側の内皮を 離するにあ図 4DSAEK術中写真著明な高眼圧のため毛様体扁平部より空気を抜いたところ前房が形成された.図 5術後前眼部写真内皮移植片の脱落はないが角膜浮腫が著明である.図 6再移植後の前眼部写真全層角膜移植で透明治癒した.———————————————————————- Page 41686あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009(110)たって手術用顕微鏡下では思いのほか角膜浮腫が強く視認性が不良であったためトリパンブルーによる角膜内皮側の染色を試みた.トリパンブルーの前房内注入時に虹彩のうねりを伴った異常な挙動がみられたが,最初はシリンジを強く押しすぎたためかと思われた.しかし,内皮移植片を前房内に引き込み,前房内に空気を注入したところ前述の虹彩のうねりが再度生じるとともに一瞬にて空気が虹彩下に回り前房も消失していた.その際に眼内レンズはレンズを覆っている ごと空気注入した側の逆の 3 時方向に大きく偏位し Zinn 小帯離断の発生が疑われた.このことより前房が消失し高眼圧となったのは Zinn 小帯の脆弱性によって空気が硝子体に回ったためと考えられた.再度慎重にゆっくりと前房内空気置換を行うことによって前房は形成されたため,初回の空気注入に際してシリンジを強く押しすぎたことも否めない.いずれにせよこのような症例の存在を認識し慎重な操作が必要と考えられた.術直後から内皮機能不全を生じたのは術中前房が消失している時間が計 10 分以上に及び,虹彩と内皮面の接触が続いたことによる機械的障害によりドナー角膜内皮細胞が一気に脱落したことによるものと考えられた.DSAEK を完遂させるにはおよそ 25 の手技を要するが,そのなかで最も大事な箇所が内皮移植片の前房内への引き込みと内皮挿入後に行う前房内空気置換である.これらの操作がドナー内皮細胞数の残存に大きく影響することが明らかだが,今回のような術中合併症の発症は致命的な結果を招く可能性が大きいことより Zinn 小帯脆弱例の存在を認識しておく必要があると思われた.全層角膜移植とは異なり内眼手術となった DSAEK では術中高眼圧が生じる可能性があることを知っておくべきであろう.今回再移植の術式を選択するにあたっては,DSAEK では同じ現象が生じることが容易に想像されたため,全層角膜移植術を施行し術中合併症はみられなかった.抗ウイルス薬により角膜ヘルペスの再発が防げたことより,予防投与は有効な手段であると思われた.本論文の要旨は第 33 回角膜カンファランス・第 25 回日本角膜移植学会にて発表した.文献 1) Melles GR, Eggink FA, Lander F et al:A surgical tech-nique for posterior lamellar keratoplasty. Cornea 17:618-626, 1998 2) Price FW Jr, Price MO:Descemet’s stripping with endo-thelial keratoplasty in 50 eyes:a refractive neutral corne-al transplant. J Refract Surg 21:339-345, 2005 3) Terry MA, Ousley PJ:Deep lamellar endothelial kerato-plasty in the rst United States patients. Early clinical results. Cornea 20:14-18, 2001 4) 榛村重人:【前眼部アトラス】角膜 角膜内皮移植術後.眼科プラクティス 18:317-318, 2007 5) 稲富勉:角膜内皮移植 Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty(DSAEK). IOL&RS 22:181-186, 2008 6) 井上智之,大島佑介:重症水疱性角膜症に対する角膜内皮移植術におけるシャンデリア照明の有効性.眼科手術 21:197-201, 2008 7) 魏 ,前野則子:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に対し,角膜内皮移植術(DSAEK)を行った 2 例.眼臨紀 2:136-139, 2009 8) 江口洋,松下新悟,井上昌幸ほか:DSEK で内皮移植片挿入に毛様溝縫着針を用いた 3 例.眼科手術 22:89-92, 2009 9) 佐野洋一郎:角膜内皮移植.あたらしい眼科 21:143-147, 2004 10) Busin M, Bhatt PR, Scorcia V:A modi ed technique for descemet membrane stripping automated endothelial ker-atoplasty to minimize endothelial cell loss. Arch Ophthal-mol 126:1133-1137, 2008 11) Kobayashi A, Yokogawa H, Sugiyama K:Non-Descemet stripping automated endothelial keratoplasty for endothe-lial dysfunction secondary to argon laser iridotomy. Am J Ophthalmol 146:543-549, 2008***