0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(105)1587《原著》あたらしい眼科27(11):1587.1591,2010cはじめにレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)は,閉塞隅角緑内障の治療,あるいは狭隅角眼の緑内障発作の予防的治療として広く用いられてきた.しかし1984年にPollack1)によりLI後水疱性角膜症が紹介されて以来,今日に至るまでLIにより角膜内皮障害が発生した症例の報告2~4)が多数なされている.特にわが国における発生数は突出しており,LI後水疱性角膜症は角膜移植患者の24.2%を占め5),原因疾患の第2位となっている.LI後の角膜内皮障害の機序については諸説あげられているが,明確な病態の解明にはいまだ至っていない.園田ら6)は予防的LI後に角膜内皮障害が発生した症例が,白内障手〔別刷請求先〕永瀬聡子:〒305-0821つくば市春日3-18-1高田眼科Reprintrequests:SatokoNagase,M.D.,TakadaEyeClinic,3-18-1Kasuga,TsukubaCity305-0821,JAPAN白内障手術により進行が遅延したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮障害の2例永瀬聡子*1松本年弘*2吉川麻里*2佐藤真由美*2新井江里子*2榎本由紀子*2三松美香*2仙田由宇子*2呉竹容子*2*1高田眼科*2茅ヶ崎中央病院眼科CataractSurgery-inducedStabilizationofCornealEndotheliumDecompensationfollowingLaserIridotomySatokoNagase1),ToshihiroMatsumoto2),MariYoshikawa2),MayumiSato2),ErikoArai2),YukikoEnomoto2),MikaMimatsu2),YukoSenda2)andYokoKuretake2)1)TakadaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,ChigasakiCentralHospital目的:予防的レーザー虹彩切開術(LI)後に角膜内皮障害が発生した症例に,白内障手術を施行したところ内皮障害の進行が遅延した2例の報告.症例:症例1は76歳,女性.平成11年7月両眼に予防的LIを施行.術後,角膜内皮細胞密度は5年後より急激に減少し始め,8年後の時点で,両眼の角膜内皮細胞密度は下方・中央・上方の順で著しく減少していた.平成20年3月に左眼,平成21年5月に右眼の白内障手術を施行.平成22年2月の時点で,両眼とも角膜内皮細胞密度の急激な減少は停止している.症例2は69歳,女性.平成13年6月近医で予防的LIを施行され,同年7月茅ヶ崎中央病院を受診した.このとき角膜内皮細胞に異常所見はなかった.しかしLI施行4年半後内皮細胞は著明に減少していた.平成18年2月両眼の白内障手術を施行.平成21年10月の時点で角膜内皮細胞密度の減少は停止している.結論:白内障手術による房水循環の変化は,下方型LI後角膜内皮細胞障害の進行を遅延させる可能性がある.Wereporttwocasesinwhichcataractsurgerymayhaveinducedstabilizationofcornealendotheliallosssecondarytoprophylacticlaseriridotomy.Laseriridotomyhadbeenperformedfornarrowangleinbotheyesoftwofemales(78and69yearsofage).Cornealendothelialcellsoppositetheiridotomysitedecreasedafterseveralyears,thelowersectionmostrapidlyandthecentermoreslowly;theslowestrateofdecreasewasobservedintheuppersectionofthecornealendothelialcells.Wesubsequentlyperformedthecataractsurgery,withintraocularlensimplantation.Inbothcases,thecornealendothelialcellpopulationhasremainedstablethusfar.Theseresultssuggestthattheaqueousflowisreturningintotheanteriorchambernotviatheiridotomysite,butthroughthepupil.Thisstabilizescornealendothelialcelllossduetoprophylacticlaseriridotomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1587.1591,2010〕Keywords:角膜内皮細胞障害,レーザー虹彩切開術,白内障手術.cornealdecompensation,laseriridotomy,cataractsurgery.1588あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(106)術の施行により内皮障害の進行が停止したと報告している.今回筆者らも園田らと同様に白内障手術によりLI後内皮障害の進行が遅延したと思われる2症例を経験した.これらの症例から水晶体再建術が下方型LI後内皮障害の進行を予防する機序についても考察したので報告する.I症例〔症例1〕76歳,女性.初診:平成11年5月24日.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:半年前からの流涙を主訴に茅ヶ崎中央病院眼科(以下,当科)を受診.初診時所見:視力は右眼0.8(1.0×.0.25D(cyl.0.75DAx60°),左眼0.4(1.0×+1.25D(cyl.0.75DAx90°),眼圧は両眼9mmHgであった.隅角は両眼Shaffer分類1~2度で,周辺部虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)が右眼に2カ所,左眼に1カ所みられた.中間透光体では両眼に皮質白内障がみられた.角膜内皮細胞密度は角膜中央で右眼2,652/mm2,左眼2,463/mm2で,変動係数(coefficientofvalue:CV)値および六角形細胞率とも正常範囲内であった.眼軸長は両眼22.68mmとやや短く,前房深度は右眼2.09mm,左眼2.10mmと浅前房であった.経過:平成11年7月12日閉塞隅角緑内障発作の可能性が高いと考え,右眼に対し耳上側にLI(アルゴンレーザー使用・総エネルギー量10.7J)を施行した.ついで7月26日左眼に対し耳上側にLI(総エネルギー量8.3J)を施行した.LI後の消炎には0.1%フルオロメトロン点眼Rおよびプラノプロフェン点眼を1日4回2週間投与した.その後数カ月ごとに眼圧や視野などを定期的に観察し,角膜内皮細胞については1,2年ごとに角膜中央の角膜内皮細胞密度の検査を実施していた.角膜内皮細胞密度はLI施行後,数年は緩徐な減少を示し,その後は加速度的に減少していた(図1).右眼の角膜内皮細胞密度はLI後9年の時点で,上方が2,358,中央が1,328,下方が602/mm2,左眼の角膜内皮細胞密度はLI後8年8カ月の時点で,上方が2,325,中央が666,下方が615/mm2で,両眼とも角膜下方が最も強く障害されていた(図2).このとき隅角は両眼Shaffer分類2度でPASが右眼に6カ所,左眼に5カ所みられ,隅角の閉塞が進行していた.角膜後面色素沈着は両眼の角膜中央やや下方に散在し01224角膜内皮細胞密度(/mm2)362,6522,6522,1881,9921,9481,5771,7001,3289937136662,1002,1642,4752,4634860経過月数両眼LI7284961081203,0002,5002,0001,5001,0005000左眼白内障手術:右眼:左眼図1症例1:角膜中央部の角膜内皮細胞密度の経過LI~白内障手術直前まで.図2症例1:LI後約9年の部位別角膜内皮細胞写真上段が右眼(LI後9年),下段が左眼(LI後8年8カ月)で,左から角膜上方・中央・下方.(107)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101589てみられ,Emery-Little分類grade2の核白内障が両眼にみられた.視力は右眼が1.0(1.2),左眼が1.0(1.2)と良好であったが,LI後の角膜内皮障害が白内障手術により進行が停止した症例の報告6)があること,角膜内皮細胞密度が加速度的に減少してきていること,特に角膜下方に強い障害がみられていることなどから,白内障手術による房水循環の変化が有効な治療になるかもしれないと考え,まず角膜内皮細胞密度のより悪い左眼に対し平成20年3月4日超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を耳側強角膜3mm切開で,ソフトシェル法(ビスコートRとヒーロンVRを使用)にて施行した.白内障手術後は,0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液を1日4回1カ月間,0.1%ジクロフェナクナトリウム点眼液を3カ月間投与し,消炎を十分に行った.白内障手術後,角膜中央および下方の角膜内皮細胞密度は減少が停止した(図3).左眼の経過から白内障手術により角膜内皮細胞障害が緩和される可能性が高いと考え,平成21年5月12日右眼のPEA+IOL挿入術を左眼と同様の方法で耳側強角膜3mm切開にて施行した.白内障手術後,左眼と同様に角膜内皮細胞密度の減少はほぼ停止している(図4).〔症例2〕69歳,女性.初診:平成13年7月17日.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:平成13年5月29日右眼に,6月12日左眼に近医で予防的LIを施行(施行条件の詳細は不明).現病歴:両眼の網膜裂孔に対する網膜光凝固術を目的に,近医より当科を紹介され受診.初診時所見:視力は右眼0.4(1.0×.1.00D(cyl.1.25DAx110°),左眼0.9(1.0×+0.25D(cyl.1.00DAx90°),眼圧は右眼が16mmHg,左眼が14mmHgであった.隅角は両眼ともShaffer分類3度でPASはみられなかった.両眼底に網膜裂孔がみられた.角膜中央の角膜内皮細胞密度は右眼が2,673/mm2,左眼が2,631/mm2で,CV値および六角形細胞率とも正常範囲内であった.眼軸長は右眼23.08mm,左眼22.79mmで,前房深度は右眼2.97mm,左眼3.04mmであった.経過:初診日(LI後約1カ月)に両眼の網膜裂孔に網膜光凝固術を施行した.以降,年に1回程度の経過観察をしていたが,角膜内皮細胞の検査はしていなかった.平成17年12月15日(LI後4年半)右眼0.4(0.5×.3.25D(cyl.1.25DAx105°),左眼0.3(0.4×+0.50D(cyl.1.75DAx100°)と核白内障(Emery-Little分類grade3)による視力低下がみられ,白内障手術を希望したため,角膜中央の角膜内皮細胞密度を検査したところ右眼が498/mm2,左眼が1,587/mm2と著明な減少がみられた.このとき隅角は両眼Shaffer分類3度でPASはなかった.また角膜後面色素沈着もみられなかった.白内障手術により右眼は角膜移植が必要になる可能性が高いことを説明したうえで,平成18年2月21日左眼に,続いて2月23日右眼に白内障手術を症例1と同様の方法で施行し,術後の点眼も同様に行い,十分に消炎を行った.白内障手術後,視力は右眼0.7(1.0),左眼0.5(1.0)と改善し,角膜中央の角膜内皮細胞密度の減少もほぼ停止した036912経過月数15182124角膜内皮細胞密度(/mm2)2,3256665886391,6866156364976071,0185831,5179707988257126653,0002,5002,0001,5001,0005000左眼白内障手術:上方:中央:下方647図3症例1:左眼の白内障術後部位別角膜内皮細胞密度の経過経過月数:上方:中央:下方036912角膜内皮細胞密度(/mm2)2,3412,5122,1052,3252,0202,2179937016676336677186166636936046226193,0002,5002,0001,5001,0005000右眼白内障手術図4症例1:右眼の白内障術後部位別角膜内皮細胞密度の経過経過月数:右眼:左眼01224364860728496108120角膜内皮細胞密度(/mm2)2,6311,5871,0441,1241,0201,1002,6784984965167378063,0002,5002,0001,5001,0005000両眼LI施行両眼白内障手術図5症例2:角膜中央部の内皮細胞密度の経過1590あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(108)(図5).白内障術後3年8カ月(LI後8年)の時点で角膜内皮細胞密度は右眼が上方で964,中央で806,下方で781/mm2,左眼が上方で1,760,中央で1,100,下方で894/mm2で,両眼とも角膜下方で最も角膜細胞密度は減少していた(図6).II考按今回の筆者らが経験した2例はいずれも狭隅角眼に対し施行された予防的LIで,長い経過を経て,両眼性に内皮障害が発生していた.まだ水疱性角膜症には至っていないが,角膜の上方・中央・下方における角膜内皮細胞密度を比較したところ,LI施行部位から離れた下方の角膜内皮細胞が最も強く障害されていた.よってこれらは下方型水疱性角膜症に進展する可能性があった症例だと考えた.下方型LI後水疱性角膜症の特徴として,京都府立医科大学は角膜移植を目的に紹介された症例91眼のうち14.3%を占め,その原疾患として狭隅角が84.6%で,予防的LIの症例が多く含まれていたと報告している7).LI後の角膜内皮障害の発生メカニズムにはいくつかの説が報告されている.まず第1はLI施行前から存在する角膜内皮細胞の異常である.糖尿病・滴状角膜・Fuchs角膜変性症・偽落屑症候群などがあげられている2,3,8).第2が術直前および術直後の要因で,急性緑内障発作に伴う低酸素環境やレーザーの過剰照射などで,術後に角膜内皮細胞密度を急激に減少させると考えられている9).第3はLI後も持続する要因に基づくもので,慢性の炎症に由来する「血液・房水柵破綻説」7)や「マクロファージ説」10)と房水動態の異常に由来する「房水ジェット噴流説」11)や「内皮創傷治癒説」12)があげられている.角膜内皮障害はそれらの病態がいくつか複合して発症していると考えられている.症例1の角膜中央の角膜内皮細胞密度はLI後5年くらいまでは緩徐な減少傾向を示し,その後加速度的に減少していた.そして白内障手術後は減少が停止し,むしろ改善傾向がみられた.症例2ではLI後4年半で大きく減少していた角膜中央の角膜内皮細胞密度が,白内障手術後は減少が停止し,白内障術後3年では角膜内皮細胞密度はやや改善した状態で安定していた.これらのことからつぎのような仮説を考えた.浅前房による房水の温流速度の低下による前房全体の房水循環不全(房水対流の減弱または消失)とLI切開窓からの房水の噴出と流入による局所の房水循環不全(房水乱流の発生)が生じているため,房水に淀みが生じ,LIにより産生された何らかの化学物質が前房内からうまく排出されず,前房内の局所(今回の症例では下方)に少しずつ蓄積され,年数を経るごとに強くなる角膜下方の角膜内皮障害を発生させた.そしてさらに障害を受けて脱落した角膜内皮細胞を補償しようと,角膜中央の内皮細胞が遊走を始めるが,遊走中の内皮細胞は脱落しやすいため,内皮細胞の減少が早まるといった悪循環が形成されたのではないかと推測した.この結果,角膜上方は比較的角膜内皮細胞が温存され,中央,下方と行くに従って,障害が強くなったのではないかと考えた.白内障手術は前房内に蓄積していた化学物質を洗浄し,瞳孔を介する生理的な房水循環を復活させ6),かつLI切開窓を図6症例2:白内障術後3年8カ月の部位別角膜内皮細胞写真上段が右眼,下段が左眼で,左から角膜上方・中央・下方.(109)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101591介した房水の流れを減少させることで,房水の淀みを解消する.そして深前房になることで房水の対流が復活し,化学物質の蓄積が解消されることで,下方の角膜内皮細胞密度の減少が停止し,上方から中央へ,さらに下方へと数年の時間を経て角膜内皮細胞が移動・伸展して安定した状態になったものと考えた.加えていずれの症例も両眼性であったことや同じような症例でもまったく角膜内皮細胞障害をきたさない症例も多数存在することから,既存の角膜内皮細胞の易障害性の存在も推定された.陳ら3)の報告にあるような角膜の脆弱性をきたす原因とされる糖尿病,滴状角膜,Fuchs角膜変性などがないのに,通常のまったく問題のなかった白内障手術で,大きく角膜内皮細胞が減少する症例をわれわれはときに経験することがあることからも,原因不明の角膜内皮細胞易障害性をもつ症例が存在する可能性があり,今回の症例もそれに当たるものと考えた.今回筆者らはLIによる下方型の角膜内皮細胞障害が,白内障手術により停止または遅延した2例を経験した.LIを施行した症例では角膜内皮細胞密度を定期的(年1回程度)に観察し,減少傾向がみられたときには,どの部位からの角膜内皮細胞減少かを検討し,その結果下方型の角膜内皮細胞障害が疑われる症例では,上方の角膜内皮細胞が健全なうちに房水循環を改善させる水晶体再建術を施行することが,LI後水疱性角膜症の発症を予防する重要なポイントになると思われた.本論文の要旨は第34回角膜カンファランス(2010年)で発表した.文献1)PollackIP:Currentconseptinlaseriridotomy.IntOphthalmolClin24:153-180,19842)SchwartzAL,MartinNF,WeberPA:Cornealdecompensationafterargonlaseriridotomy.ArchOphthalmol106:1572-1574,19883)陳栄家,百瀬皓,沖坂重邦ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の組織病理学的観察.日眼会誌103:19-136,19994)金井尚代,外園千恵,小室青ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に関する検討.あたらしい眼科20:245-249,20035)島.潤:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症─国内外の状況─.あたらしい眼科24:851-853,20076)園田日出男,中枝智子,根本大志:白内障手術により進行が停止したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮減少症の1例.臨眼58:325-328,20047)東原尚代:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症─血液・房水棚破綻説─.あたらしい眼科24:871-878,20078)大橋裕一:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症を解剖する!.あたらしい眼科24:849-850,20079)妹尾正,高山良,千葉桂三:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症─過剰凝固説─.あたらしい眼科24:863-869,200710)山本聡,鈴木真理子,横尾誠一ほか:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の発症機序─マクロファージ説─.あたらしい眼科24:885-890,200711)山本康明:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の病態─房水ジェット噴流説─.あたらしい眼科24:879-883,200712)加治優一,榊原潤,大鹿哲郎:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の発症機序─角膜内皮創傷治癒説─.あたらしい眼科24:891-895,2007***