《原著》あたらしい眼科41(12):1472.1475,2024c白内障術後4カ月に角膜浮腫を生じたDescemet膜.離の1例柚木麻衣*1,2田尻健介*1吉川大和*1,3向井規子*1,4喜田照代*1*1大阪医科薬科大学眼科学教室*2近畿大学奈良病院眼科*3よしかわ眼科医院*4市立ひらかた病院眼科CACaseofDescemetMembraneDetachmentthatCausedCornealEdemaFourMonthsafterCataractSurgeryMaiYunoki1,2),KensukeTajiri1),YamatoYoshikawa1,3),NorikoMukai1,4)andTeruyoKida1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityNaraHospital,3)YoshikawaEyeClinic,4)DepartmentofOphthalmology,HirakataCityHospitalC目的:白内障術後C4カ月に角膜中央にCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下貯留液の排液および前房内C20%六フッ化ガス(SF6)注入が奏効したC1例を報告する.症例:84歳,女性.2020年に両眼の白内障手術を耳側角膜切開で施行され術後経過は良好であった.術後C4カ月に右眼に角膜浮腫を認めた.経過観察されたが角膜浮腫は増悪し,術後7カ月に大阪医科薬科大学病院眼科を紹介受診した.初診時,角膜中央に角膜浮腫およびCDescemet膜.離を認め視力は(0.5)に低下していた.角膜内皮面に切開創付近からCDescemet膜.離の方向へ管状構造をもつ帯状の瘢痕を認めた.Descemet膜.離が拡大し視力が(0.3)に低下したため術後C9カ月にCDescemet膜下貯留液の排液および前房内C20%CSF6注入術を施行した.術後速やかに角膜浮腫は消退し再発なく経過している.結論:切開創付近の角膜内皮面に管状の瘢痕が生じ,Descemet膜下に房水が貯留したことがCDescemet膜.離を生じた原因と考えられた.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCDescemetCmembranedetachment(DMD)withClate-onsetCcornealCedemaCthatCwassuccessfullytreatedwithanovelsurgicalprocedure.Case:Thisstudyinvolvedan84-year-oldfemalepatientwhounderwentbilateralcataractsurgeryin2020withanuneventfulpostoperativecourse.However,at4-monthspostoperative,cornealedemadevelopedinherrighteye,and3monthslatershewasreferredtoourdepartmentfortreatmentastheconditionhadworsened.Uponinitialexamination,cornealedemaandDMDwereobservedintheCcentralCcorneaCofCherCrightCeye,CandCvisualCacuityChadCdecreasedCtoC20/40.CWeCobservedCaCband-shapedCscarCwithatubularstructureonthecornealendothelialsurfacefromthetemporalcornealincisionmadefortheDMD.Thus,drainageofDescemetsubmembrane.uidandinjectionof20%SF6CintotheanteriorchamberwasperformedCatC9-monthsCpostoperative.CPostCsurgery,CtheCcornealCedemaCquicklyCdisappearedCandCthereCwasCnoCrecurrence.CConclusion:Inthiscase,wetheorizethattheDMDwascausedbythetubularscarthatappearedonthecornealendothelialsurfaceneartheincision,andthataqueoushumoraccumulatedundertheDescemetmembrane.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(12):1472.1475,C2024〕Keywords:Descemet膜.離,白内障手術,角膜浮腫,20%CSF6ガス.Descemetmembranedetachment,cata-ractsurgery,cornealedema,20%sulfurhexa.uoride(SF6)gas.はじめにDescemet膜.離は白内障手術でときおり認められる術中合併症である.通常は切開創を起点として生じ,Descemet膜.離の範囲が大きい場合は角膜浮腫により重篤な視力低下を生じる.長期間CDescemet膜.離が治癒しない場合は,不可逆的な変化により水疱性角膜症となる1).今回筆者らは,白内障手術を施行しC4カ月後に角膜中央に限局する角膜浮腫およびCDescemet膜.離を認め,Des-cemet膜下貯留液の排液および前房内C20%六フッ化ガス(sulfurChexa.uoridegas:SF6gas)(以下,SF6ガス)注入〔別刷請求先〕柚木麻衣:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科薬科大学眼科学教室Reprintrequests:MaiYunoki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversity,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPANC1472(88)が奏効したC1例を経験したので報告する.CI症例患者:84歳,女性.既往歴:特記事項なし.現病歴:2020年,近医にて両眼の白内障手術を耳側角膜切開で施行され視力は右眼(0.9),左眼(1.0)に改善した.術後の右眼角膜内皮細胞密度は角膜中央部でC2,900個/mm2であり,ステロイド点眼は漸減された.ドライアイの治療を目的にC0.1%フルオロメトロン点眼をC1日C2回で継続していたが,術後C4カ月の近医再診時に角膜浮腫を認めた.0.1%ベタメタゾン点眼をC1日C4回に変更されたものの視力低下が進行し,術後C7カ月に大阪医科薬科大学病院眼科を紹介受診した.初診時所見:右眼の角膜中央からやや上方にかけて角膜浮腫を認め(図1),角膜内皮面に角膜切開創から角膜浮腫の方向に帯状の瘢痕形成を認めた(図2).角膜内皮細胞密度は角膜中央では測定できず,下方でC2,207個/mm2であった.前眼部光干渉断層計(HeidelbergCSpectralis,HeidelbergEngineering社)で撮像した前眼部光干渉断層撮影像では角膜中央からやや上方にかけてCDescemet膜.離を認めた.視力は右眼C0.15(0.5×sph.0.5D(cyl.2.0DAx105°),左眼0.4(0.7×sph.0.5D(cyl.1.25DAx90°),眼圧は右眼C10.7mmHg,左眼C9.0CmmHgであった.図1初診時の右眼前眼部写真(フルオレセイン染色)右眼の角膜中央からやや上方にかけて角膜浮腫を認める.図2初診時の右眼前眼部写真角膜内皮面に角膜切開創から角膜浮腫の方向に連なる帯状の瘢痕形成を認める(.).図3再診時の前眼部光干渉断層撮影像(CASIA2)両図とも角膜中央にCDescemet膜.離を認める.上図では創口近くの角膜内皮面に管状構造を認める.下図で管状構造が.離したDescemet膜上にも存在することがわかる.図4Descemet膜下貯留液の排液および前房内SF6ガス注入後8カ月の前眼部写真Descemet膜.離および角膜浮腫を認めない.角膜切開創から角膜中央やや上方にかけて帯状の瘢痕は残存している.治療経過:0.1%ベタメタゾン点眼をC1日C6回に変更したが角膜浮腫は増悪し,術後C8カ月には視力は(0.3)に低下した.術後C9カ月に当院に導入された前眼部光干渉断層計(CASIA2,トーメーコーポレーション)で撮像した前眼部光干渉断層撮影像ではCDescemet膜.離は拡大傾向であり,初診時に認めていた帯状の瘢痕部に一致して角膜内皮面に角膜切開創から角膜浮腫の方向へ連なる管状構造を認めた(図3).同月に前房内CSF6ガス注入およびCDescemet膜下貯留液の排液を施行した.最初に前房水を採取し,眼圧調整のうえで角膜上皮を掻爬しCDescemet膜を視認したその後C32CG針を用いて前房内にC20%CSFC6ガスを注入した.そのままシリンジに陰圧をかけながらベベルダウンで前房内からCDes-cemet膜を刺入しCDescemet膜下貯留液の排液を試みたが,シリンジ内のC20%CSFC6が逆流しCDescemet膜.離が拡大してしまった.そのためCDescemet膜下の貯留液とCSFC6ガスは角膜上皮側からCDescemet膜下腔に刺入しなおして排液および排気を完遂した.前房内をC20%CSFC6ガスで全置換し,10分間CDescemet膜を角膜実質に圧着させC0.4%ベタメタゾン結膜下注射を施行,治療用ソフトコンタクトレンズを装用させ術後は仰臥位安静とした.手術中は適宜スリット照明でDescemet膜.離の状況を確認した.術翌日,管状構造は残存していたがCDescemet膜.離は接着していた.術後速やかに角膜浮腫は消退しCDescemet膜.離は再発することなく(図4),2カ月後には管状構造に内腔は確認されなくなった.前房水ポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)検査は単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV),水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)およびサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)は陰性であった.前房内CSFC6ガス注入後約C3年目の現在,Descemet膜.離の再発はなく右眼矯正視力は(0.9)と良好である.角膜内皮細胞密度は中央およびC6方向の測定点で約C1,300個/mmC2である.CII考案一般に,白内障手術に伴って生じるCDescemet膜.離は,手術中もしくは術後数日に発症が確認される2).しかし,まれではあるが白内障手術を行って数週間以上が経過してから遅れてCDescemet膜.離が生じたという報告があり,Schny-der角膜ジストロフィ症例3)や梅毒性角膜白斑の症例4),とくに基礎疾患のない症例5)で術後C3.4週後に生じたと報告されている.本症例では術直後は視力良好であったが術後C4カ月頃に視力低下が生じており過去の報告に比較して発症が遅いと考えられた.Descemet膜.離の位置は通常,強角膜切開創および角膜切開創を起点にして生じるため,Descemet膜.離は切開創と連続して認められる1).本症例では切開創から離れた角膜中央部にCDescemet膜.離が限局していた.Schnyder角膜ジストロフィの症例で角膜切開創に連続しない遅発性CDes-cemet膜.離の報告3)があるが,本症例には角膜ジストロフィの所見は認められなかった.角膜切開創からCDescemet膜.離部へは角膜内皮面に管状構造をもつ瘢痕様の所見が認められた.本症例はかなり極端なCdeep-seteyesであり術中に前房内の視認性が不良となりやすい比較的白内障手術難症例であることから,角膜創付近に術直後から無症候性かつ限局性のCDescemet膜.離を生じていた可能性を考えている.管状構造が形成された過程については二つの仮説を考えている.一つは角膜内皮移植の術式の一つであるCDescemet膜移植においてドナー角膜から.離したCDescemet膜は内皮面を外側にしたデスメロールを形成するが6),弁状に.離していたCDescemet膜がデスメロールを形成しながら癒合し管状になった場合,二つ目はCDescemet膜.離部のCDescemet膜側同士が中央に寄りながら癒着し管状構造を形成した場合である.Descemet膜.離を広範に生じるような症例ではCDes-cemet膜と角膜実質との間に接着異常が存在する可能性がある.Schnyder角膜ジストロフィでは電子顕微鏡像で角膜実質とCDescemet膜との間に脂質沈着を疑う多数の空間の存在が報告されている7).本症例はCDescemet膜下貯留液の排液時にCDescemet膜.離を拡大させてしまった.シリンジにかけた陰圧に比較してCSFC6ガスの膨張が強かったためと考えている.本症例に特筆した既往歴は認めなかったがCDes-cemet膜と角膜実質間の接着の脆弱性を考えている.本症例におけるCDescemet膜.離の発症機序についての仮説を立てて考察してみた.白内障手術後,視力に影響を与えない大きさのCDescemet膜.離は角膜切開創近くに生じていた.Descemet膜.離は管状構造を形成しながら瘢痕化した.管状構造がCDescemet膜下と前房を交通しており,白内障術後遅発性にCDescemet膜.離が角膜中央部に限局して生じた.画像で確認は困難だが管状構造内に弁状の構造がありDescemet膜下貯留液は吸収量より供給量が勝ることで.離の拡大が生じた.発症が術後C4カ月であるが,術後ドライアイ治療のためにステロイド点眼を継続しており,瘢痕形成に時間を要した可能性がある.白内障手術中に範囲の広いCDescemet膜.離が生じた場合は前房内気体注入が考慮される..離範囲が数Cmm程度であれば空気注入で十分であるが1),広範囲であれば長期間貯留し膨張するCSFC6ガス8)やパーフルオロプロパンガス(per-.uoropropaneCgas)9)を選択する..離を何度も繰り返す場合はCDescemet膜縫着10)を検討する.一方で広範囲のCDes-cemet膜.離が自然治癒した報告5,11)もあり明確な指針はない.本症例は管状構造の残存による再発の可能性が考えられたため,SFC6ガスを用いて前房内ガス注入を施行した.Des-cemet膜.離は前房内に大きく開放しておらず,前房内ガス注入だけではCDescemet膜下の貯留液が残存する可能性を考慮し積極的に排液を行った.本症例では細隙灯顕微鏡検査で帯状の瘢痕およびCDes-cemet膜.離が確認できたが,管状構造とCDescemet膜.離の観察にはCCASIA2による網羅的な角膜断層像が有用であった.原因不明の角膜浮腫に対してCCASIA2による前眼部光干渉断層撮影像は病態解明の一助となるであろう.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)佐々木洋:Descemet膜.離.臨眼58:28-33,C20042)MackoolCRJ,CHoltzSJ:DescemetCmembraneCdetachment.CArchOphthalmolC95:459-463,C19773)勝部志郎,安田明弘,舟木俊成ほか:白内障術後に遅発性Descemet膜.離を生じたCSchnyder角膜ジストロフィのC1例.あたらしい眼科36:1579-1583,C20194)西村栄一,谷口重雄,石田千晶:両眼性CDescemet膜.離を繰り返した梅毒性角膜白斑合併白内障症例.IOL&RS24:100-106,C20105)CouchCSM,CBaratzKH:Delayed,CbilateralCDescemet’sCmembraneCdetachmentsCwithCspontaneousresolution:CimplicationsCforCnonsurgicalCtreatment.CCorneaC28:1160-1163,C20096)MellesCGRJ,CLanderCF,CRietveldFJR:TransplantationCofCDescemet’sCmembraneCcarryingCviableCendotheliumCthroughCaCsmallCscleralCincision.CCorneaC21:415-418,C20027)FreddoCTF,CPolackCFM,CLeibowitzHM:UltrastructuralCchangeintheposteriorlayersofthecorneainSchnyder’scrystallinedystrophy.CorneaC8:170-177,C19898)GaultCJA,CRaberIM:RepairCofCDescemet’sCmembraneCdetachmentCwithCintracameralCinjectionCof20%CsulfurChexa.uoridegas.CorneaC15:483-489,C19969)MacsaiMS,GainerKM,ChisholmC:RepairofDescemet’CsCmembraneCwithCdetachmentCwithCper.uoropropaneCgas(C3F8).CorneaC17:129-134,C199810)AmaralCE,PalayDA:TechniqueforrepairofDescemetmembraneCdetachment.CAmCJCOphthalmolC127:88-90,C199911)MinkovitzCJB,CSchrenkCLC,CPeposeCJSCetal:SpontaneousCresolutionCofCanCextensiveCdetachmentCofCDescemet’sCmembranefollowingphacoemulsi.cation.ArchOphthalmolC112:551-552,C1994***