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アマンタジン塩酸塩内服により片眼性の角膜浮腫を生じた一症例

2018年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科35(9):1263.1267,2018cアマンタジン塩酸塩内服により片眼性の角膜浮腫を生じた一症例井村泰輔鈴木智地方独立行政法人京都市立病院機構眼科CACaseofAmantadine-associatedUnilateralCornealEdemaTaisukeImuraandTomoSuzukiCDepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospitalOrganization目的:片眼性に生じた角膜浮腫を経験し,アマンタジン塩酸塩(以下,アマンタジン)の休薬とCROCK(Rhokinase)阻害薬の点眼により,短期間で軽快した症例を経験したので報告する.症例:69歳,男性.初診時,右眼の角膜中央から下方にかけて限局性の実質.上皮浮腫を認め,矯正視力は(0.15)と低下し,角膜中央部の内皮細胞密度(ECD)は測定不能であった.左眼は角膜所見に異常なく,視力は(1.2),ECDはC2,239/mmC2であった.アマンタジンを休薬し,フルオロメトロンC0.1%点眼液およびリパスジル塩酸塩水和物点眼液にて加療したところ,休薬C4週後に角膜浮腫は消失し,6週後にCECDはC1,334/mmC2まで回復し,8週後には視力(1.2)まで改善した.結論:アマンタジンによる角膜内皮障害は片眼性に生じることもあり,休薬とともにCROCK阻害薬点眼が早期回復に有用な可能性があると考えられた.CPurpose:ToCreportCaCunilateralCcaseCofCamantadine-associatedCcornealCedemaCthatCwasCsuccessfullyCtreatedCwithROCKinhibitoraftercessationofamantadinetreatment.Case:A69-year-oldmalewasreferredtoourhos-pitalforrightcornealedemawithDescemetfoldsof2months’duration.HisBCVAwas0.15ODand1.2OS.Intra-ocularpressurewas10CmmHgOU.Slit-lampexaminationrevealedfocalstromaledemafromcentraltoinferiorcor-neaCofCtheCrightCeye,CbutCnoCobviousCin.ammationCinCtheCanteriorCchamber.CEndothelialCcellCdensity(ECD)wasCunmeasurableCinCtheCcentralCcornea,CbutC2,547/mm2CinCtheCsuperiorCcornea.CAfterCconsultationCwithCtheCpatient’sneurologist,amantadinehydrochlorideadministrationwasceased.Additionaltreatmentinvolvedtopical0.1%.uo-rometholoneandripasudilhydrochloridehydrate.Thecornealedemaresolvedin4weeksaftercessationofaman-tadineChydrochloride.CInC6Cweeks,CECDCbecameC1,334/mm2.CBCVACimprovedCtoC1.2CODCinC8Cweeks.CConclusion:CTheCcornealCendothelialCdysfunctionCcausedCbyCamantadineCmayCoccurCunilaterally,CandCtogetherCwithCtheCwith-drawal,theROCKinhibitorinstillationmaybeusefulforearlyrecovery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(9):1263.1267,C2018〕Keywords:抗CParkinson病薬,アマンタジン塩酸塩,角膜浮腫,角膜内皮障害,ROCK阻害薬.anti-Parkinsonagent,Amantadinehydrochloride,cornealedema,cornealendotheliumdamage,ROCKinhibitor.Cはじめにアマンタジン塩酸塩(amantadineChydrochloride:以下,アマンタジン)は,当初インフルエンザCA型の予防と治療のために開発されたが,その後ドパミン作動性作用が解明され,現在は抗CParkinson病薬としても使用されている1).眼局所への副作用はC1%以下とされているが,角膜浮腫,斑状上皮下混濁による視覚障害,注視発作,角膜炎や瞳孔散大などが報告されている1).とくにアマンタジンによる角膜浮腫は「両眼性の双子様浮腫」が特徴とされ,角膜内皮細胞密度(endothelialCcellCdensity:ECD)の減少をきたす2.9).一般的に,アマンタジンの休薬と低濃度ステロイド点眼治療により,角膜浮腫は数カ月で軽快するが,ECDの低下は残存する1.10).角膜内皮細胞は再生能をもたず,外傷などで細胞が脱落し〔別刷請求先〕鈴木智:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町C1-2京都市立病院眼科Reprintrequests:TomoSuzuki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospital,1-2Higashitakada,Mibu,Nakagyo-ku,Kyoto604-8845,JAPANた部分は,周囲の正常内皮細胞が徐々に伸展し細胞面積を拡大することで修復し,角膜の透明性を維持している11,12).ECDがC500/mmC2以下になると代償機能が破綻し,水疱性角膜症を生じるが,治療はこれまで角膜移植しか選択肢がなかった.近年,動物実験において,ROCK(RhoCkinase)阻害薬点眼による角膜内皮細胞障害に対する創傷治癒促進作用が報告されており,またヒトに対しても同様の効果が得られる可能性が示唆されている11,12).今回,アマンタジン内服中の患者に片眼性に進行性の角膜浮腫を生じ,アマンタジンの休薬とCROCK阻害薬点眼により,短期間で視力が回復し,ECDも改善した症例を経験したので報告する.CI症例症例はC69歳,男性.近医神経内科で抗うつ薬,抗てんかん薬,抗CParkinson病薬などを内服中であった.2016年C5月に右眼のしみるような痛みと視力低下を主訴に近医眼科を受診した.右眼の角膜下方にCDescemet膜皺襞を伴う上皮びらんを認め,点眼治療が開始された.10日程度で上皮びらんは治癒するも角膜浮腫の改善を認めないため,7月C16日当院へ紹介受診となった.初診時,右眼の矯正視力はC0.15で,前房内炎症は明らかではなく,角膜中央から下方にCDescemet膜皺襞を伴う角膜実質.上皮の浮腫を認めた(図1).ECDは,右眼は角膜中央部では測定不能であったが,上方ではC2,547/mmC2であった.左眼矯正視力はC1.2,ECDは角膜中央でC2,239/mmC2であった.眼圧は両眼ともにC10CmmHgであった.右眼病変部のCECDを計測できなかったことから,片眼性の局所的な内皮細胞の脱落が考えられ,ウイルス性角膜内皮炎の可能性を疑い,前房水を採取しポリメラーゼ連鎖反応法(polymerasechainreaction:PCR法)に供した.内皮細胞障害の進行抑制を目的として,適応外使用ではあるが医師の裁量のもとに0.4%リパスジル塩酸塩水和物(グラナテックCR)点眼液C1日2回,角膜上皮浮腫による自覚軽減を目的にC2%レバミピド(ムコスタCR)点眼液をC1日C4回で開始した.1週間後の再診時にはCDescemet膜皺襞,角膜浮腫はやや軽快し,矯正視力はC0.3となった.前房水CPCR法では単純ヘルペスウイルス,帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルス,すべて陰性であった.念のため,ヘルペスウイルスの関与を除外する目的でバラシクロビル塩酸塩(バルトレックスCR)錠C1,000Cmg/日で5日間内服を行ったが,効果はみられなかった.その後,0.1%フルオロメトロン(フルオメソロンCR)点眼液1日2回を開始した.非炎症性,非感染性の角膜内皮細胞障害を積極的に疑い,全身疾患に対して処方されている内服薬を詳細に確認したところ,抗CParkinson病薬として投与されているアマンタジン(シンメトレルCR)が原因薬である可能性が考えられた.かかりつけ神経内科へ内服調整を依頼し,アマンタジンを休薬したところ,1週間後の再診時には右眼のCDes-cemet膜皺襞,角膜浮腫ともに著明な改善を認め(図2),矯正視力もC0.8と改善し,薬剤性角膜内皮障害との診断に至った.その後は,症状の増悪なく良好な経過をたどり,休薬C4週後には角膜浮腫は完全に消失し(図3),休薬C6週後に,右眼のCECDも中央部で測定可能となり(1,334/mmC2),休薬C8週後には右眼の矯正視力はC1.2まで改善した.CII考按本症例は,Parkinson病治療薬であるアマンタジンによる片眼性の角膜浮腫と考えられた.アマンタジンによる角膜浮腫は販売当初から報告されており,両眼性であること,内服期間の長短にかかわらず発症すること,1日当たりの内服量が多いほど発症しやすいこと,などが特徴としてあげられている9).そこで,2004.2015年に報告されたアマンタジンによる角膜浮腫の症例報告(9論文,計C11症例)1.8,10)の系統的レビューを行い,1)発症年齢,2)アマンタジンのC1日投与量,3)角膜浮腫が現れるまでの投与期間,4)角膜浮腫が現れてからアマンタジンの休薬までに要した期間,5)休薬後から眼所見の軽快傾向が認められるまでに要した期間,6)眼所見が完全に軽快した段階でのCECD,の臨床的特徴について検討し,本症例と比較した(表1,2).11症例はすべて両眼性で,発症年齢はC1例のみC14歳と若年であったが平均はC55歳,アマンタジンC1日投与量は245Cmg,角膜浮腫が出現までの投与期間はC736日,角膜浮腫出現からアマンタジンの休薬までに要した期間はC73日であり,休薬後角膜浮腫の軽快傾向が認められるまでに要した期間はC49日であった.すべての症例でアマンタジンの休薬によって角膜浮腫は軽快したが,ECDは低下したままであった.右眼C643C±139/mm2,左眼C679C±208/mm2と左右差は認めなかった(表1).本症例は片眼性であったが,発症年齢,1日投与量,発症までの内服期間とアマンタジン休薬までに要した期間は既存の報告との間に差はなかった.軽快傾向がみられるまでに要した期間はC7日と短く,最終的に測定可能となったCECDはC1,334/mm2にまで回復していた.僚眼のCECDは観察期間中に明らかな変化を認めなかった(表2).アマンタジンによる角膜浮腫の発症機序に関してはいまだ不明である.薬剤性角膜障害であり,休薬すれば経時的に角膜浮腫は軽快するため,病理組織学的評価が行われにくいことや,内服中の前房内アマンタジン濃度などの状態を評価するのが困難なことが要因と考えられる.アマンタジン内服中に,原因不明の角膜浮腫として全層角膜移植が行われた症例では,摘出角膜の内皮細胞に何らかの損傷は確認できるものの,特異的な変化は認めなかったと報告されている6).図1右眼前眼部写真(初診時)a:角膜中央.下方にCDescemet膜皺襞を伴う角膜実質.上皮浮腫を認める.Cb:フルオレセイン染色所見.局所的な上皮浮腫が認められる.C図2右眼前眼部写真(アマンタジン休薬1週間後)a:Descemet膜皺襞がやや軽快し,角膜浮腫の範囲も縮小傾向を認める.Cb:フルオレセイン染色所見.上皮浮腫の軽快傾向が認められる.C図3右眼前眼部写真(アマンタジン休薬4週間後)a:Descemet膜皺襞は消失し,角膜浮腫も認めない.Cb:フルオレセイン染色所見.上皮の不整も認めない.表1アマンタジンによる角膜浮腫をきたした過去の報告著者年齢性別主病名内服畳(内服期間)休薬までの期間予後(軽快までの期間)ECD(/mmC2)CYang1)46歳男性うつ病200mg/日(3年間)4カ月軽快(4カ月)右眼:7C02左眼:7C07CAvendano2)64歳女性Parkinson病300mg/日(2年間)4日軽快(4C0日)右眼:7C98左眼:8C53CHotehama3)77歳女性振戦150mg/日(1C5日)3カ月軽快(1C4日)右眼:9C01左眼:C1,134CGha.arlyoh4)68歳女性Parkinson病200mg/日(2年間)6カ月軽快(6カ月)不明CChang5)52歳女性Parkinson病250mg/日(6C5年間)2カ月軽快(1C4日)右眼:5C74左眼:4C60C55歳女性多発性硬化症200mg/日(6年間)17カ月全層角膜移植施行その後,休薬右眼:4C95左眼:5C64Jeng6)57歳男性多発性硬化症200mg/日(2カ月)2カ月軽快(1C4日)右眼:6C01左眼:6C1644歳女性双極性障害200mg/日(3カ月)2カ月軽快(5週間)右眼:4C70左眼:4C80CKubo7)64歳男性Parkinson病300mg/日(8カ月)不明軽快(8日)不明CHughes8)14歳男性不明300mg/日(1年間)数カ月軽快(1カ月)不明CKim10)63歳女性Parkinson病400mg/日(7カ月)1週間軽快(1カ月)右眼:6C08左眼:6C21表2本症例と過去の報告との比較過去の報告C11例平均±標準偏差(範囲)本症例年齢(歳)C54.9±15.9(C14.C77)C69内服量(mg/日)C245±68.9(C150.C400)C200内服期間(日)C736±796(C15.C2,370)C730休薬までの期間(日)C72.6±54.2(C4.C180)C78軽快傾向までの期間(日)C角膜内皮細胞密度右眼(/mm2)左眼C48.5±53.4(C8.C180)C643±139(C470.C901)C679±208(C460.C1,134)C71,334(C2,388)本症例は,片眼性に角膜浮腫が出現し,患眼のみでCECDの低下が認められた.本来,両眼性に発症するとされている角膜浮腫が片眼のみに出現した原因として,アマンタジンの内服前から,何らかの理由で患眼のみCECDの低下が生じていた可能性,あるいは前房内微小環境に左右差があり,患眼のみに角膜浮腫が先に出現し,片眼性となった可能性が考えられる.ECDの低下の原因としては,角膜ヘルペスや虹彩毛様体炎の既往,続発緑内障や偽落屑の存在,内眼手術歴やレーザー虹彩切開術などが考えられるが,本症例ではいずれも認められなかった.ROCK阻害薬の一つであるC0.4%リパスジル塩酸塩水和物(グラナテックCR)点眼液は線維柱帯細胞の形状を変化させ,前房水の流出量を増加することから緑内障治療薬として使用されている12).一方,ROCK阻害薬は角膜内皮細胞同士の接着を高め,増殖を促進し,細胞死を抑制する可能性も報告されている11,12).本症例は,既存の報告と比較して,アマンタジンによる角膜浮腫が出現後休薬に至るまでの経過に明らかな差を認めなかったが,休薬直後から短期間で角膜浮腫は軽快し,休薬C6週間後にはCECD>1,000/mmC2に改善が認められた.その要因として,0.4%リパスジル塩酸塩水和物(グラナテックR)点眼液による角膜内皮細胞への創傷治癒促進作用が関連している可能性が推測される.すでに,リパスジル塩酸塩水和物を用いた家兎実験では,角膜内皮細胞の保護作用,創傷治癒の促進作用が認められており12),今後角膜内皮障害治療薬としての開発が期待される.アマンタジンによる薬剤性角膜内皮障害は片眼性に生じることもある.非感染性角膜内皮障害を認めた場合には,併用薬の確認を詳細に行い,原因薬の休薬とともに,現在はまだ適応外使用ではあるがCROCK阻害薬の点眼を行うことで角膜浮腫の早期の消退とCECDの改善が期待できる可能性があり,今後さらなる検討が望まれる.文献1)YangY,TejaS,BaigK:Bilateralcornealedemaassociat-edwithamantadine.CMAJC187:1155-1158,C20152)AvendanoCC,CCelisCS,CMesaCVCetCal:CornealCtoxicityCdueCtoamantadine.ArchSocEspOftalmolC87:290-293,C20123)HotehamaCA,CMimuraCT,CUsuiCTCetCal:SuddenConsetCofCamantadine-inducedCreversibleCbilateralCcornealCedemaCinanelderlypatient:casereportandliteraturereview.JpnJOphthalmolC55:71-74,C20114)Gha.arlyohCA,CHonarpishehCN:Amantadine-associatedCcornealedema.ParkinsonismRelatDisordC16:427,C20105)ChangCKC,CKimCMK,CWeeCWRCetCal:CornealCendothelialCdysfunctionCassociatedCwithCamantadineCtoxicity.CCorneaC27:1182-1185,C20086)JengCBH,CGalorCA,CLeeCMSCetCal:Amantadine-associatedCcornealedemapotentiallyirreversibleevenaftercessationofthemedication.OphthalmologyC115:1540-1544,C20087)KuboCS,CIwatakeCA,CEbiharaCNCetCal:VisualCimpairmentCinCParkinson’sCdiseaseCtreatedCwithCamantadine:caseCreportCandCreviewCofCtheCliterature.CParkinsonismCRelatCDisordC14:166-169,C20088)HughesCB,CFeizCV,CStebenCBCetCal:ReversibleCamanta-dine-inducedcornealedemainanadolescent.CorneaC23:C823-824,C20049)LeeCPY,CTuCHP,CLinCCPCetCal:AmantadineCuseCasCaCriskfactorCforCcornealCedema:ACnationwideCcohortCstudyCinCTaiwan.AmJOphthalmolC171:122-129,C201610)KimCYE,CYunCJY,CYangCHJCetCal:AmantadineCinducedCcornealedemainapatientwithprimaryprogressivefreez-ingCofgait.JMovDisordC6:34-36,C201311)OkumuraN,KoizumiN,KayEPetal:TheROCKinhibi-toreyedropacceleratescornealendotheliumwoundheal-ing.InvestOphthalmolVisSciC54:2493-2502,C201312)OkumuraN,OkazakiY,InoueRetal:E.ectoftheRho-associatedkinaseinhibitoreyedrop(Ripasudil)oncornealendothelialwoundhealing.InvestOphthalmolVisSciC57:C1284-1292,C2016***

Toxic Anterior Segment Syndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):421.426,2014cToxicAnteriorSegmentSyndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例阿部真保清水一弘出垣昌子田尻健介向井規子勝村浩三小嶌祥太池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofToxicAnteriorSegmentSyndromeComplicatedwithSecondaryGlaucomaandBullousKeratopathyMahoAbe,KazuhiroShimizu,MasakoIdegaki,KensukeTajiri,NorikoMukai,KohzoKatsumura,SyotaKojimaandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は内眼術後の無菌性の眼内炎で,手術器具滅菌後の残存薬液や物質,細菌由来のエンドトキシンなどが誘因になることが報告されている.重篤例では角膜内皮障害や虹彩損傷を生じることがある.今回TASSが疑われ,水疱性角膜症と続発緑内障に至った1例を経験したので報告する.症例:68歳,女性.左眼白内障手術翌朝より角膜浮腫が著明となり,改善しないため当院を受診した.左眼矯正視力0.01,眼圧52mmHg,前房内炎症に加え,多量の虹彩色素が内皮面に付着していた.TASSを疑い治療を行った.眼圧は緑内障濾過手術によりコントロールされたが,水疱性角膜症を発症した.結論:重篤なTASSでは,続発緑内障や水疱性角膜症をきたすことがあり,早期診断,早期治療が重要である.内眼手術後早期の眼内炎の原因の一つとしてTASSは念頭においておく必要がある.Purpose:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)isanon-infectiousendophthalmitisthatcanoccurafterintraocularsurgery.Reportedly,itmightbecausedbyresidualchemicalsandsubstancesadheringtosurgicalinstrumentspost-sterilization,orbybacterialendotoxin.Severecaseshavebeenreportedasresultingincornealendothelialdysfunctionandirisdamage.WeherereportaseverecaseofTASScomplicatedwithsecondaryglaucomaandbullouskeratopathy.Case:A68-year-oldfemalepresentedwithseverecornealedemainherlefteye1dayaftercataractsurgery.Clinicalfindingsfailedtoimprove;shewaslaterreferredtoourhospital.Initialexaminationinourclinicshowedcorrectedvisualacuityinherlefteyeat0.02pandintraocularpressure(IOP)of52mmHg.Theaffectedeyeexhibitedsevereinflammationintheanteriorchamber,aswellasalargeamountofirispigmentonthecornealendothelialsurface.Onthebasisofthoseclinicalfindings,wediagnosedthiscaseasTASS.AfterfilteringglaucomasurgeryIOPwascontrolled,butbullouskeratopathydevelopeddespitetreatment.Conclusion:OurfindingsshowthataseverecaseofTASSmightcausesecondaryglaucomaandbullouskeratopathy,andthatTASSisapossibledifferentialdiagnosiswhensevereanterior-chamberinflammationoccursafterintraocularsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):421.426,2014〕Keywords:toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),無菌性眼内炎,眼内炎,角膜浮腫,滅菌.toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),non-infectiousendophthalmitis,endophthalmitis,cornealedema,sterilization.はじめに1980年以降,白内障手術後に無菌性の前眼部炎症の重症例Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)とは内眼術後が数例報告され,1992年,Monsonらが白内障手術後の無に非感染性の物質によって発症する術後炎症反応である.菌性の起炎物質による前眼部炎症をTASSと命名した1).〔別刷請求先〕阿部真保:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MahoAbe,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)421 TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的な臨床所見である.フィブリン形成は虹彩表面や眼内レンズ(IOL)の表面にみられ,びまん性の角膜浮腫は広範囲にわたる角膜内皮細胞の傷害を意味する.また重症例では虹彩傷害も生じ,不可逆性となると不整な瞳孔,散瞳不良,さらには線維柱帯まで傷害される.発症初期の眼圧は下降するが,不可逆的な線維柱帯の傷害から高眼圧,続発緑内障となる.また角膜浮腫も遷延化すると,水疱性角膜症に至り角膜移植を施行された重症例も報告されている.今回,TASSが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症に至った重症例を経験したので報告するI症例症例は68歳,女性.近医にて両眼白内障に対して,平成20年12月5日に右眼,12月9日に左眼の超音波水晶体乳化吸引術とIOL挿入術を施行された.両眼とも術前の状態に特記事項はなく,耳側角膜切開(角膜乱視軽減のため)で施行されており,手術時間は10分,術中トラブルなどなく手術を終了した.右眼は経過良好であったが,左眼は術翌日より著明な角膜浮腫,前房内炎症を認め,眼圧は32mmHgであった.レボフロキサシン,ベタメタゾン,ジクロフェナクナトリウムの左眼1日4回点眼に加え,アセタゾラミドの内服を開始した.また翌々日,感染性眼内炎の可能性は低いと考え,ベタメタゾン0.5mg3錠,分1の内服を開始,またその翌日よりヘルペスの可能性を考慮し,抗ヘルペス治療(塩酸バラシクロビル内服6錠,分3)を開始した.しかし消炎および眼圧下降治療に反応せず,症状の増悪を認めたため,術後6日目に当院紹介受診となった.元々既往歴や家族歴に特記事項はなく,当院初診時視力はVD=0.3(0.4×sph+1.0D(cyl.2.0DAx70°),VS=0.01(better×sph.1.0D),眼圧はRT=12mmHg,LT=52mmHg,右眼の視力不良の原因は元々弱視眼であった可能性が高いと思われた.左眼は著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に多量の虹彩色素の付着を認めた.眼内レンズ表面にはフィブリンが蓄積し,前房は深く,細胞(++)程度の炎症が疑われたが,角膜所見により前房内は透見不良であり(図1a,b),また眼底も乳頭判別可であるが,透見不良であった.しかし,Bモードエコーでは異常を認めなかった.当科初診時,前房穿刺を施行し,前房水の細菌培養検査を施行した(結果:陰性).レボフロキサシン1日4回点眼,ベタメタゾン1日6回点眼,ブロムフェナクナトリウム1日2回点眼とアセタゾラミド2錠分2,L-アスパラギン酸カリウム4錠分2の内服を開始した.翌日も眼圧下降はみられ422あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ず,前眼部所見の改善もなかったため,TASSを念頭におき,プレドニゾロン10mg/日の内服を開始した.しかしほとんど改善傾向はなく,50mmHg前後の高眼圧が持続した.3日目,D-マンニトールの点滴と,マレイン酸チモロール持続性剤の点眼を開始したが,点滴後も眼圧下降はわずかであり,著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に沈着した多量の虹彩色素などの前眼部所見もほとんど改善しなかった(図2).4日目,前房洗浄を施行し,多量の虹彩色素が排出された.虹彩には脱色素がみられ,瞳孔は塩化アセチルコリンに反応せず,散大したままであった.5日目,プレドニゾロンを20mg/日に増量し,ラタノプロストと塩酸ジピベフリン点眼を追加した.炎症所見の改善も乏しく,6日目ベタメタゾンの結膜下注射を施行した.初診時と比べると,角膜浮腫,前房内炎症はわずかながら改善傾向にあったが,依然として,眼圧は50mmHg前後と高値であった(図3a,b).経過中患者は強い眼痛を訴え,前房穿刺後に痛みが和らぐ状態であった.感染の懸念はあったが,結局,前房穿刺を連日施行することとなった.高眼圧の持続による神経障害が危惧され,8日目に施行したUBM(超音波生体顕微鏡)では(図4),隅角は閉塞しており,一部は器質的閉塞をきたしていると思われた.手術による眼圧下降が必要と判断し,9日目にトラベクレクトミーを施行した.術後は,眼球マッサージ,lasersuturelysisにて10mmHg台で安定し,13日目退院となった.術後もレボフロキサシン点眼4回/日,ベタメタゾン点眼4回/日,オフロキサシン眼軟膏点入1回/日,プレドニゾロン内服5mg/日を行った.しかし,その3カ月後と6カ月後,眼圧コントロールが再度不良となり,2度の濾過胞再建術を施行した.眼圧はコントロールされたが角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力はVS=(0.01×sph+0.5D(cyl.1.5DAx100°)であった(図5).今回の症例について,前医に問い合わせたところ,眼周囲皮膚の消毒(眼瞼,睫毛,眉毛)をポビドンヨード(イソジン液)で行い,眼球,結膜.の洗眼は10%ポビドンヨードで行っていた.麻酔は4%キシロカインの点眼麻酔のみで施行していた.手術器具の滅菌法は高圧蒸気滅菌(オートクレープ)と過酸化水素ガスプラズマ滅菌の併用であった.原因として手術侵襲や術中の薬剤の流入(麻酔薬)などは否定的で,手術に使用した器具の滅菌法や洗浄過程,手術に用いた灌流液などを調べたが,当科で普段施行している白内障手術症例と特に違いは認められなかった.また前後同一施設内で本症を疑うものはなく,過去にも同様の症例の発症はなかった.II考按まったく既往歴のない,手術もまったく問題なく終了した(118) abab図1初診時前眼部写真a:著明な角膜浮腫を認める.b:多量の虹彩色素が角膜内皮面へ付着している.図2初診時より3日目の前眼部写真角膜浮腫,Descemet膜皺襞,角膜後面虹彩色素沈着は持続し,前眼部所見は改善しなかった.症例で術翌日より著明な角膜浮腫と前房内炎症,高眼圧を生じた症例をみた際,考えられる原因は何か.まずは感染性眼内炎と薬剤性(麻酔薬の混入)が考えられた.しかし,術翌日と非常に早期の発症であり,角膜全体の著明な浮腫と角膜後面の多量の虹彩色素の沈着など,感染性眼内炎とは様相が異なると考えた.また,麻酔薬の混入に関しては術者によるとまったく心当たりはないとのことで,完全には否定できないが,可能性としては非常に低いと思われた.その他考えられるものとして,非感染性物質による異物反応が疑われた.「はじめに」の項で述べたが,白内障手術後の無菌性の起因物質による前眼部炎症はTASSと命名され,さまざまな報告があるが,本症に非常に類似している.起因物質としては,抗菌薬眼軟膏の前房内迷入,点眼液中の防腐剤,BSS(balancedsaultsolution)中のエンドトキシン,手術器具の残留洗浄剤,変性した粘弾性物質,眼内レンズの研(119)ab角膜浮腫,Descemet膜皺襞結膜充血眼内レンズ図3初診時より7日目の前眼部写真(a)とシェーマ(b)a:角膜後面の虹彩色素の沈着は減少し,角膜浮腫,前房内炎症は軽度改善傾向を認める.b:シェーマ.磨剤などの報告がある.TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的とされ,重篤なものでは虹彩傷害を生じる.今回の症例はそのすべてを満たしており,TASSが最も疑われた.また,その他の鑑別として,ヘルペスの再発の可能性や,多量の虹彩色素が角膜裏面に沈着していたことよりpigmentdispersionsyndrome(色素散布症候群)についても考えた.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014423 adcbadcb図4UBM所見閉塞隅角を認め,一部は器質的閉塞をきたしていると思われる.a:上側,b:鼻側,c:下側,d:耳側.図52度の濾過胞再建術施行後の前眼部写真角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力は矯正0.01であった.しかし,白内障手術後の角膜ヘルペスは報告例が少なく,術後再発としては上皮型(樹枝状,地図状角膜炎)を呈する場合が多いとされている.実質型角膜ヘルペスの一病型としての角膜ぶどう膜炎は,角膜実質浮腫とその裏面に限局して生じる豚脂様角膜後面沈着物を特徴とする虹彩毛様体炎を認める.また,それと同様,三叉神経節に潜伏したHSV(単純性疱疹ウイルス)-1の再活性化により角膜ヘルペスに併発しない,片眼性の急性虹彩毛様体炎が発症することもある.また,VZV(水痘・帯状疱疹ウイルス)の再活性化によって発症する眼部帯状ヘルペスにおいては,約1/3が豚脂様角膜後面沈着物を伴う急性肉芽腫性虹彩毛様体炎を発症し,なかには顔面の皮疹を伴わず発症するものも報告されている.今回の症例では,ヘルペスの可能性も考慮し,術後3日目より塩酸バラシクロビルの内服(6錠,分3)を開始している.手術侵襲により潜伏していたHSV-1やVZVの再活性化が起こり,角膜病変や顔面の皮疹を伴わない,急性虹彩毛様体炎が発症したと考えられなくもないが,まったく既往がなく,手術も問題なく終了した症例で,一晩でここまで急激な変化が起こるとは考えにくく,またそのような報告もなかった.今回の症例では前房水のPCR(polymerasechainreaction)は施行されていない.バルトレックスの内服が奏効しなかったことはヘルペスを否定するものとはならないが,今回の症例の原因としては考えにくいと思われた.色素散布症候群とは虹彩が後方に凹になっており,虹彩裏面とZinn小帯の摩擦により虹彩色素上皮から前眼部組織に色素が散布される症候群である.眼圧上昇は不安定で,散瞳薬や激しい運動で色素が散乱し,眼圧上昇をきたすが,隅角に著明な色素沈着が生じて発症する色素性緑内障に進展するまでの年数や割合には統一見解はない.常染色体優性遺伝であり,発症年齢は20.30代,男性が女性の2倍多く,近視若年者に多いとされている.角膜後面中央部の紡錘型の色素沈着や隅角色素沈着,UBMで後方に屈曲した虹彩が特徴的である.今回の症例では術前に隅角検査やUBMは行われていないが,角膜後面や水晶体の色素散布所見はなく,虹彩委縮なども認めなかった.また,眼圧上昇などの既往歴もなく,近視若年男性という疫学的にも元々色素散布症候群であった可能性は低いと思われる.また類似の機序で生じるものに術後遷延性虹彩炎(iris424あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(120) 表1TASSの原因塩化ベンザルコニウムLiu2001消毒薬(ディスオーパR)幸野2005手術機器の残留薬剤Hellinger2006BSS中のエンドトキシンKutty2008I/Aハンドピースの付着残留物川辺2011ICGの残留渡辺2011chafingsyndrome)があるが,IOLが非対称固定であったり,.外固定されたとき,また,IOLのループが表裏に固定されたときに生じるとされている.虹彩運動によりIOL光学部が虹彩裏面を擦過することにより色素散布を起こし,色素散布症候群同様,慢性虹彩炎や色素性緑内障の原因となる.しかし,今回の手術は,IOLは.内中央部に固定された状態で手術を終了しており,術翌日,一晩で閉瞼眼帯下に著明な角膜浮腫まできたす原因とは考えにくい.TASSは2005年米国でCytosol社製のBSS中のエンドトキシンが原因と考えられる無菌性の眼内炎が複数例発症したことが2008年Kuttyらによって報告され,広く注目を集めるようになった2).近年わが国でもTASSの報告例が散見される.2009年には大井らにより原因は特定できていないがTASSが疑われる2例が報告され3),2011年には,川辺らによるI/A(灌流・吸引)ハンドピースの付着残留物が原因とされる白内障手術後の7例7眼の連続発症が報告されている4).また,同年渡辺らよりICG(インドシアニングリーン)の残留が原因とされる白内障手術後のTASSの1例5)や,井上による両眼性のTASS6)が報告されている.両眼白内障手術後それぞれの手術眼でTASSが発症し,薬剤や手術器具へのアレルギー反応が原因と考えられている.それ以前にもTASSの原因物質の同定を試みた貴重な報告があり,原因は多岐にわたることが知られている(表1).塩化ベンザルコニウム(Liuら,2001)7),消毒薬(ディスオーパR)(幸野ら,2005)8),手術機器の残留薬剤(Hellinger,2006)9)などがある.しかし,TASSは無菌性であれば,手術中に眼内に持ち込まれるすべてのものが原因となりうるため,原因物質の同定を試みても特定することが非常にむずかしいのが実情である.今回の症例もまったくの孤発例であり,原因の特定はできていない.しかし,原因を特定できなくても,手術器具の洗浄や滅菌法の改善など手術システム自体を一つ一つ見直し,今後の発症予防に最善を尽くすことが大切である.また,TASSの診断においては,同様に内眼術後の眼内炎症をきたす疾患である細菌性眼内炎との鑑別がきわめて重要となる.細菌性眼内炎とTASSの鑑別を表2に示す10).最も大きな違いは,手術から発症までの時間である.TASSは(121)表2TASSと術後細菌性眼内炎との鑑別TASS細菌性眼内炎発症24時間以内術後3.7日後症状霧視眼痛,眼脂,充血角膜浮腫2+浮腫1+前房Cell1+.3+Cell3+Fibrin1+.3+Fibrin一定せずHypopyon1+Hypopyon3+硝子体鮮明硝子体炎ステロイドに対する反応良好不良多くは24時間以内と細菌性眼内炎と比較して明らかに発症が早期である.細菌性眼内炎の発症は早くても2日程度を要し,一旦患者が見えるようになった後に発症することが多いのに対して,TASSは良くなる間もなく直後に発症する.また,TASSの典型例ではびまん性角膜浮腫を生じるのに対して,細菌性眼内炎では角膜病変が顕著というわけではない.その他TASSの特徴としては,眼所見の割に眼痛が軽度であること,炎症は前房内だけに留まっており硝子体混濁は伴わないことなどが挙げられる.今回の症例の眼痛は高眼圧によるものと考えられる.また,TASSは,過去の報告にもあるように,軽度なものから続発緑内障や水疱性角膜症に至る重篤なものまで程度には非常に差がある.実際,本症例では細菌性眼内炎をまず疑った.しかし,手術翌日という極早期に発症していること,著明な角膜浮腫,角膜後面の多量の虹彩色素の沈着などの前眼部所見より,細菌性眼内炎の可能性は低いと考えられ,術後2日目からTASSを疑い,少量であるが,ステロイドの内服を開始している.TASSはまったく問題なく手術を終了した症例であっても,術翌日より高度の眼内炎症をきたすので,術者としては動揺するが,細菌性眼内炎とするには疑問な点がいくつか認められる.TASSも術後炎症の鑑別診断の一つとして考えておく必要がある.治療であるが,細菌性眼内炎とは対照的にTASSでは早期のステロイド治療が奏効するとされる.軽度なものでは非ステロイド性の抗炎症薬でも寛解するとされ,通常の術後点眼薬で軽快する.炎症がやや強い例でも術後細菌性眼内炎として治療されている例も多数あると思われる.しかし今回は,術後2日目よりTASSが疑われ,少量のステロイド(ベタメタゾン1.5mg/日)の内服を開始したが奏効せず,当院紹介後の術後7日目よりプレドニゾロン10mg/日のステロイド治療を行ったが,最終的にステロイドが奏効したとは言い難い経過を辿った.もう少し早期にステロイドを増量できていれば,今回の症例よりも良好な経過を辿った可能性もある.しかし,TASSのなかでも本症例のような重篤な症例の報告は非常に少ない.ステロイドが奏効せあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014425 ず,硝子体手術を施行し,改善したものや,改善せず,眼圧コントロールが困難となり視力が低下したもの,またステロイドにより前房内炎症の改善が得られても,角膜内皮細胞の著しい減少を認め,角膜移植を施行したものなどの報告がある.しかし,現段階では,このような重症例に対してステロイド治療がどこまで奏効するのかは不明であり,今後のさらなる症例の蓄積が必要である.術後眼内炎としては細菌性眼内炎の頻度が圧倒的に高いので,まず細菌性を疑うべきであるがわが国ではTASSの報告例はわずかであり,本疾患に対する認識自体が非常に乏しい.TASSは程度にもよるが早期に対応すれば良好な経過を辿る可能性があることに加え,手術器具の滅菌や洗浄など手術システムの改良により,連続発症することを未然に防止することも可能である.よってまず本疾患の存在を知っておくことが重要である.文献1)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorsegmentinflammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19922)KuttyPK,FosterTS,Wood-KoobCetal:Multistateoutbreakofanteriorsegmentsyndrome,2005.JCataractRefractSurg34:585-590,20083)大井彩,小早川信一郎,松本直ほか:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)が疑われた2症例.IOL&RS23:229-236,20094)川辺幹子,近藤峰生,加賀達志ほか:I/Aハンドピースへの付着残留物により発症したと考えられるTASSのoutbreak.眼臨紀4:216-221,20115)渡辺一郎,越智順子,家木良彰ほか:前.染色に用いたインドシアニングリーンが原因と考えられた白内障術後のtoxicanteriorsegmentsyndromeの1例.臨眼65:11051109,20116)井上昌幸:両眼性のToxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科28:237-238,20117)LiuH,RoutleyI,TeichmannKDetal:Toxicendothelialcelldestructionfromintraocularbenzalkoniumchloride.JCataractRefractSurg27:1746-1750,20018)幸野敬子,土坂寿行,前田利根ほか:フタラール消毒液(ディスオーパR)による白内障手術後の水泡性角膜症.臨眼59:1705-1709,20059)HellingerWC,HasanSA,BacalisLPetal:Outbreakoftoxicanteriorsegmentsyndromefollowingcataractsurgeryassociatedwithimpuritiesinautoclavesteammoisture.InfectControlHospEpidemiol27:294-298,200810)臼井嘉彦:Toxicanteriorsegmentsyndromeの診断と治療.日本の眼科79:1709-1710,2008***426あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(122)

前眼部OCTにて経過観察できた栗の毬による角膜外傷の1例

2014年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(1):111.114,2014c前眼部OCTにて経過観察できた栗の毬による角膜外傷の1例谷口ひかり堀裕一金井秀仁柴友明前野貴俊東邦大学医療センター佐倉病院眼科Anterior-segmentOpticalCoherenceTomographyExaminationofCornealInjuryfromChestnutBurrHikariTaniguchi,YuichiHori,HidehitoKanai,TomoakiShibaandTakatoshiMaenoDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter症例は,65歳,女性.平成24年9月に落下してきた栗の毬で左眼を受傷した.初診時の患眼視力は0.9p(n.c.),細隙灯顕微鏡検査にて角膜に毬の刺入による創が認められ,角膜浸潤を認めた.前眼部OCT検査にて毬の刺入部に高輝度の部分を認め,また限局した角膜浮腫がみられ,同部位の角膜厚は646μmであった.前眼部OCT(光干渉断層計)上では,毬による前房内への穿孔は認められなかった.左眼に対し,抗菌薬点眼および抗真菌薬(ミコナゾール点眼)を処方したところ,治療に反応し,投与開始後28日目の診察では,視力も(1.2)と改善し,前眼部OCT検査にて,角膜浮腫の軽減が確認できた.受傷58日後の診察では,左眼視力(1.2),前眼部OCT所見でも角膜浮腫が消失し,毬の刺入部の角膜厚は505μmであった.今回筆者らは,前眼部OCTを用いて毬による角膜穿孔および角膜浮腫の状態を観察でき,治療効果を経時的に経過観察することができた.A65-year-oldfemalewithleftcornealinjurycausedbyafallingchestnutburrwasreferredtousinSeptember2012.Best-correctedvisualacuity(BCVA)inthelefteyewas0.9.Slit-lampexaminationshowedseveralcornealwoundsfromtheburr,cornealinfiltrationandedemainthecenterofthecornea.Anterior-segmentopticalcoherencetomography(AS-OCT)showedcornealthicknesstobe646μminthefocaledematousregion;therewasnocornealpenetration.Thepatientwastreatedwithantiviralandantifungaltopicaleyedrops,resultingincompleteresolutionafter2months.FinalBCVAwas1.2inthelefteye.Inthiscase,usingAS-OCT,throughoutthetreatmentcourseweobservedthecornealwoundscausedbythechestnutburr,aswellasthechangeinthefocalcornealedema.Itwasveryusefultoevaluatethetherapeuticeffectovertime,usingAS-OCT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(1):111.114,2014〕Keywords:前眼部OCT,栗の毬,角膜外傷,角膜浮腫,抗真菌薬.AS-OCT,chestnutburr,cornealinjury,cornealedema,antifungalmedication.はじめに栗の毬による角膜障害は,海外ではまれであるが,日本では毬による角膜穿孔の症例や1.6),さらに毬が水晶体まで到達して外傷性白内障をきたした症例7,8)など数多く報告されている.それらの報告の多くは,角膜に刺さった毬の有効な除去方法の報告9)や,抗菌薬で症状の改善を認めない症例への抗真菌薬投与で改善したことの報告10)であり,画像検査による治療経過を報告したものは少ない.今回筆者らは,栗の毬による角膜異物により角膜障害をきたした1症例を経験し,初診時より前眼部OCT(光干渉断層計)検査にて異物の角膜深達度や角膜浮腫の程度を評価し,治療開始後もその経過を追っていくことができた.前眼部OCT検査により治療効果を画像検査で評価することができ,治療方針の変更,継続の判断をするために非常に有用であったと考え,ここに報告する.〔別刷請求先〕谷口ひかり:〒285-8741千葉県佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:HikariTaniguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura,Chiba285-8741,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(111)111 I症例症例は,65歳,女性で,平成24年9月,栗拾いをしていた際に,木の上から落ちてきた栗が左眼に当たった.受傷当日は自宅で経過をみていたが,翌日にも眼痛が改善しないため,近医眼科を受診した.左眼角膜に栗の毬が刺さっており,異物除去の際に角膜穿孔などの危険があることから,同日,東邦大学医療センター佐倉病院眼科(以下,当科)を紹介受診された.当科初診時の視力は右眼0.6(1.2×sph+1.00D),左眼0.9p(n.c.),眼圧は右眼11mmHg,左眼12mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査にて角膜に毬の刺入による創が7カ所認められ,そのうち2カ所に実質深層まで達する異物の残存があり,異物周囲の角膜浸潤を認めた(図1a,b).前房内炎症,角膜後面沈着物がみられ,Descemet膜皺襞を認めた.中間透光体,眼底に明らかな異常所見は認めなかった.前眼部OCT検査(RTVue-100,Optovue社,スキャンビーム波長l=840±10mm)にて毬の刺入部には高輝度の部分を認め,また,限局した角膜浮腫がみられ,角膜厚は646μmであった(図1c).前眼部OCT上で創が深いと考えられた4カ所(右眼角膜中心部より3時方向の2点,5時方向の1点,8時方向の1点)は前房内への異物の穿孔はみられなかったが,深度が最も深い部分では角膜内皮付近まで刺入していると考えられた(図1c).また,前眼部OCT像にて,角膜浮腫は前房側へ凸の形を呈していた(図1c).同日,2カ所の残存角膜異物に対して,局所麻酔下にて異物除去術を施行した.角膜穿孔はなく,前房水の漏出もなかった.同日より左眼にモキシフロキサシン点眼1日6回,セフメノキシム点眼1日6回,セフカペンピボキシル内服を開始した.翌日および翌々日の再診時には,痛みの自覚症状は改善がみられたが,左眼視力は0.3(0.5p×sph+1.50D(cyl.2.00DAx85°)と悪化していた.眼圧は8mmHgであった.診察上,創部周辺の角膜浮腫の増悪を認め,前房内炎症や角膜後面沈着物も残存していた.異物による外傷で,抗菌薬投与により効果がみられなかったことから,初診翌々日より前述の抗菌薬に加えて,抗真菌薬であるミコナゾールを点眼に調剤した0.2%ミコナゾール点眼を1日6回,オフロキサシン眼軟膏1日3回,アトロピン点眼1日2回を追加投与した.追加投与3日後の再診時には,左眼視力0.4(1.2p×sph+1.00D(cyl.0.50DAx175°),眼圧9mmHgとなり,前房内炎症細胞は消失して,Descemet膜皺襞も改善していた.ミコナゾール点眼の効果があったと判断し,抗菌薬内服は終了とし,点眼,眼軟膏を継続とした.ミコナゾール点眼使用開始後8日目には,左眼視力(1.2×sph+1.00D(cyl.0.50DAx175°),眼圧8mmHgであった.前房内炎症の再発はなく,角膜浸潤,Descemet膜皺襞112あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014ab646μmc図1初診時の右眼前眼部写真(a),フルオレセイン染色(b),および前眼部OCT(c)角膜に毬の刺入による創が7カ所認められた.そのうち2カ所は細隙灯顕微鏡検査にて実質深層まで達していると考えられた.c図は角膜中心部の創部を前眼部OCT(RTVue-100,Optovue社,スキャンビーム波長l=840±10mm)で確認したものである.角膜浮腫を呈している部分は前房側に突出しており,角膜厚は646μmであった.は改善傾向だった.同日よりミコナゾール点眼,モキシフロキサシン点眼,セフメノキシム点眼を1日6回から4回に,オフロキサシン眼軟膏を1日3回から1回に減量とし,アト(112) 525μm525μm図2フロリード点眼治療開始28日後の左眼角膜受傷部の前眼部OCT角膜実質に混濁は残存するものの,角膜浮腫は軽減し,角膜厚は525μmであった.ロピン点眼は中止とした.ミコナゾール点眼開始後から28日後の診察時には,左眼視力1.0(1.2×sph+1.50D(cyl.0.50DAx175°),眼圧9mmHgと裸眼視力も改善していた.前眼部所見もさらに改善しており,前眼部OCTでは軽度角膜混濁に一致した高輝度の所見はみられたものの,初診時に前房側に凸となる浮腫を認めた部分の角膜厚が525μmと正常化し,改善が認められた(図2).また,点眼,眼軟膏は終了とした.受傷58日後の再診時にも,左眼視力1.0(1.2×sph+1.00D(cyl.0.50DAx10°),眼圧9mmHgと著変なく,前眼部所見,角膜内皮細胞検査ともに正常であった.同日の前眼部OCT検査にて角膜浮腫は認めず,毬の刺入部の角膜厚は505μmであった(図3).受傷より4カ月半経過した平成25年1月31日の外来診察では,左眼視力1.0(1.2×sph+1.00D(cyl.0.50DAx10°),眼圧9mmHgであった.前眼部OCT所見でも悪化は認めず,経過良好であり,経過観察を終了とした.II考按栗は,日本国内で多く栽培されており,わが国では栗の毬による角膜外傷の報告例は多い1.10).毬や棘のある植物による角膜外傷は,角膜内に異物が残存することがあり9),また,角膜穿孔の危険もあるため1.6),注意して加療する必要がある.さらに,植物による角膜外傷と角膜真菌症の発症には深い関係がある14).諸戸らは,栗の毬の刺入後の角膜感染症患者の角膜裏面の滲出液から酵母菌であるMalasseziarestrictaをPCR(polymerasechainreaction)にて検出し,抗真菌治療が奏効した症例を報告している10).本症例では微生物学的検査は行っていないが,当初抗菌薬投与のみで治療を開始したものの,翌日,翌々日と悪化傾向にあったため,抗真菌薬(ミコナゾール点眼)を追加処方し奏効した.植物による角(113)ab505μmc図3受傷時より58日後の前眼部写真(a),フルオレセイン染色(b),および前眼部OCT(c)角膜にわずかの混濁を残すのみで,角膜厚は正常化した(505μm).膜外傷で,抗菌薬治療で効果がない場合は抗真菌薬治療を考慮するため,初診時症状が軽度であっても頻回の診察が必要であると思われる.今回,本症例の角膜浮腫に対して前眼部OCTにて経過観察を行うことができた.初診時は,毬が角膜内皮面まで達しており,前房側に凸な角膜浮腫を認めた.治療に伴って浮腫あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014113 は軽減していき,角膜厚も減少した.角膜障害は細隙灯顕微鏡検査だけである程度は観察可能であるが,角膜浮腫や混濁の程度を客観的に評価するには,前眼部OCTでの角膜断面観察が有用であると思われる.今回の角膜浮腫が前房側に凸であった理由であるが,浸潤などで角膜浮腫となり膨化する場合,角膜上皮側はBowman層があるために構造が乱れにくいが,内皮側のDescemet膜は構造的には弱いため,内皮側に凸の形をとるのではないかと考えられる.しかしながらそのメカニズムは不明であり,今後,角膜の限局性の浮腫に対して,多数例に検査を行っていきたいと考える.今回筆者らは,栗の毬による角膜外傷の1例を経験した.治療には抗真菌薬点眼が有効であった.前眼部OCTを用いて毬による角膜穿孔および角膜浮腫の状態を観察でき,治療効果を経過観察することができた.文献1)小暮信行,佐渡一戌,足立和孝ほか:栗のいがによる角膜深層異物の2症例.眼臨101:1709-1712,19982)越智亮介,清水一弘,山上高生ほか:栗のイガ刺入による角膜穿孔の2例.臨眼59:449-452,20053)甲谷芳朗,楠田美保子,井上一紀ほか:栗のとげによる穿孔性角膜外傷の1例.臨眼50:836-838,19964)浦島容子,郡司久人,鎌田芳夫ほか:栗のイガが刺入した角膜深層異物の3症例.眼科43:1735-1738,20015)隈上武志,高木茂,伊藤久太朗ほか:栗のイガによる角膜外傷の3例.眼臨87:992-995,19936)小林武史,尾崎弘明,加藤整:栗の毬による眼外傷の1例.眼臨98:95-96,20047)河合公子,瀬戸川亜希子,馬場高志ほか:栗のイガによる眼障害の1例.眼臨92:1713-1715,19988)柚木達也,北川清隆,柳沢秀一郎ほか:栗のイガによる外傷性白内障の1例.眼臨100:889-890,20069)越智順子,渡邊一郎,桐生純一ほか:栗イガによる角膜外傷の1例.臨眼65:1075-1078,201110)諸戸尚也,小森伸也,小國務ほか:栗のイガ刺入後に生じたMalasezia眼感染症の1例.臨眼66:623-627,201211)ChenWL,TsengCH,WangIJetal:Removalofsemi-translucentcactusspinesembeddedindeepcorneawiththeaidofafiberopticilluminator.AmJOphthalmol134:769-771,200212)SteahlyLP,AlmquistHT:Cornealforeignbodiesofcoconutorigin.AnnOphthalmol9:1017-1021,197713)BlakeJ:Ocularhazardsinagriculture.Ophthalmologica1-3:125-135,196914)塩田洋,内藤毅,兼松誠二ほか:角膜真菌症の早期診断・早期治療.臨眼40:325-329,1986***114あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(114)

トウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至った1症例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page11712あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(00)原著あたらしい眼科25(12):17121714,2008cはじめにトウワタは江戸末期に渡来した熱帯アメリカ原産のガガイモ科トウワタ属の植物で,学名をアスクレピアス・クラサビカ(Asclepiascurassavica)という.園芸用,観賞用の植物として切花や鉢植えで広く流通しており,茎汁中にはカルデノリド類13)やアルカロイド4)といった毒性成分が含まれていることが知られている.これまでにトウワタの茎汁が眼に飛入し視力低下をきたした報告としてはChakrabortyら5)の一報のみである.今回筆者らはトウワタの茎汁の飛入により一過性の角膜内皮機能不全に至った1症例を経験したので報告する.I症例患者:67歳,女性.主訴:右眼の視力低下,充血,眼痛.既往歴:30歳時卵巣腫,60歳時高血圧,高脂血症,骨粗鬆症,65歳時子宮筋腫.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2007年10月30日,自宅で剪定中にトウワタの乳白色の茎汁(図1)が右眼に飛入した.直後より強い眼痛が出現したため,水道水で洗眼し,市販薬を点眼した.鼻汁,くしゃみ,鼻内異物感も出現したため近医眼科を受診した.近医では大量の生理食塩水での洗眼処置がなされた.途中嘔〔別刷請求先〕角環:〒783-8505南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TamakiNagao-Sumi,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KochiMedicalSchool,KochiUniversity,Kohasu,Okou-cho,Nankoku-shi,Kochi783-8505,JAPANトウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至った1症例多田憲太郎角環西野耕司福島敦樹高知大学医学部眼科学講座ACaseofTransientEndothelialDysfunctionDuetoLatexofAsclepiascurassavicaKentaroTada,TamakiNagao-Sumi,KojiNishinoandAtsukiFukushimaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KochiMedicalSchool,KochiUniversityトウワタの茎汁の飛入により一過性の角膜内皮機能不全に至った1症例を経験した.症例は67歳,女性,剪定中にトウワタの茎汁が右眼に飛入した.受傷後近医にて洗眼処置を受けたが,翌日には強い角膜実質浮腫とDescemet膜皺襞が出現し,矯正視力は0.05であった.ステロイド薬の全身および局所療法にて浮腫は消失し,治療5日目には矯正視力1.2に改善した.トウワタの茎汁にはカルデノリドやアルカロイドが含まれており,これらが角膜内皮のNa+,K+-ATPaseを抑制し,一過性の角膜浮腫が生じたと考えられた.WereportacaseoftransientcornealendothelialdysfunctionduetolatexofAsclepiascurassavica.Thepatient,a67-year-oldfemale,waspruningAsclepiascurassavicawhenthelatexoftheplantspurtedintoherrighteye.Shewastreatedataclinicbyeyewashingwithsaline.Thenextday,however,severestromaledemaandDescemet’smembranefoldwerenotedinherrightcornea,andthebest-correctedvisualacuityintheeyewas0.05.Topicalandsystemiccorticosteroidtreatmenteasedthecornealedema.Fivedayslater,thecornealedemahaddisappeared,andthebest-correctedvisualacuityintheeyeimprovedto1.2.Asclepiascurassavicalatexcon-tainscardanolideandalkaloid.WespeculatethattheseconstituentsinhibitcornealendothelialNa+,K+-ATPase,therebyinducingtransientcornealendothelialdysfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17121714,2008〕Keywords:トウワタ,角膜内皮機能不全,角膜浮腫.Asclepiascurassavica,cornealendothelialdysfunction,cornealedema.1712(104)0910-1810/08/\100/頁/JCLS———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081713(105)気,嘔吐も認めた.同日夕より視力低下を自覚したため,翌朝近医を再診し,当院紹介入院となった.初診時視力は右眼0.05(矯正不能),左眼0.7(1.2),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgであった.右眼は角膜全体に強い実質浮腫とDescemet膜皺襞を認めた.PalisadesofVogtは全周残存しており,角膜上皮浮腫や角膜上皮欠損,結膜上皮欠損は認めなかった.眼瞼結膜,眼球結膜の充血を認めたが,結膜濾胞や結膜乳頭は顕著ではなかった.前房ならびに眼底の状態は角膜浮腫のため不明であった(図2).SchirmerⅠ法は右眼ab図1トウワタa:概観.b:茎の切断面から分泌する乳白色の茎汁.図2初診時の右眼前眼部写真角膜全体の強い実質浮腫(a),Descemet膜皺襞(b),眼瞼結膜,眼球結膜の充血(c)を認めた.abc1311151131131151タタ内3122436131ト112図3治療経過(上段)と右眼前眼部写真(下段)———————————————————————-Page31714あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(106)36mm,左眼24mmであった.入院時より0.1%リン酸ベタメタゾンの頻回点眼,レボフロキサシン,1%硫酸アトロピン点眼に加え,プレドニゾロン酢酸エステル眼軟膏点入とプレドニゾロン30mgの内服を開始した.入院日同日夕方には,角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞,結膜充血の減少を認めた.治療開始3日後には,角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞の改善,結膜充血の消失を認め,自覚症状も改善した.治療開始5日後には角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞は消失し,矯正視力は1.2に改善した(図3).点眼や内服は症状,所見の改善に従い漸減中止とした.治療開始8日目の角膜内皮細胞密度はスペキュラマイクロスコープ検査では右眼=2,173/mm2,左眼=2,347/mm2であった.II考按トウワタの茎汁中には強心配糖体であるアスクレピアジンやビンセトキシンといったカルデノリド類13)やアルカロイド4)といった毒性成分が含まれており,漢方薬1)としても有名である.しかし,ガガイモ科の植物には有毒植物が多く,トウワタの煎剤(煎じた汁)は頭痛,悪心,嘔吐,腹痛,下痢などを起こすことも知られている1).本症例でも鼻汁,くしゃみ,鼻内異物感,吐気,嘔吐が出現しており,これらは眼に飛入した茎汁が鼻涙管を通じて鼻や咽頭に流れ込み生じたものと思われた.角膜内皮細胞では,Na+,K+-ATPaseによりNa+を細胞外,そして前房内へ能動輸送することで浸透圧勾配が生じ,その勾配に従って実質内から前房への水の移送が生じる6).本症例で認めた一過性の角膜実質浮腫は,①茎汁中に含まれるカルデノリド類によりNa+,K+のバランスがくずれたこと,②毒性成分が角膜内皮細胞中のNa+,K+-ATPaseを一時的に抑制し,Na+の前房内移行を妨げたこと,が原因と思われるポンプ機能不全により生じたと考えられた.また本症例では,酸やアルカリによる角膜腐食に類似した病態を呈したが角膜上皮や結膜上皮障害は認めなかった.患者が持参したトウワタの茎を切断し,採取した茎汁のpHを測定すると7.0であった.そのため,角膜輪部機能不全に至らず,角膜内皮にのみ障害を生じたと考えられた.Chakrabortyらの報告5)では,治療開始前の視力0.3,角膜実質浮腫も比較的軽症であった.そのため治療も人工涙液の点眼のみで速やかに改善した.一方,本症例は受傷後比較的早期に近医で大量の生理食塩水を用いた洗眼処置を受けているにもかかわらず著明な角膜実質浮腫に伴う視力低下を認めた.強い角膜実質浮腫を認める重症例では洗眼処置のみでは不十分であり,ステロイド薬による消炎が有効であると考えた.トウワタをはじめ,その汁に有毒成分を含む植物は身近に数多く存在する.今回のように直接飛入するだけでなく,日常においては素手で作業を行いその手で眼を擦過することでも眼内に汁が入る.したがって,これらの植物を扱う作業を行う場合には,防御用の眼鏡,手袋の着用はもとより作業終了時の手洗いが重要であり,万一眼内に入った際には大量の生理食塩水による洗眼と,重症例ではステロイド薬の局所ならびに全身投与が有効と考えられる.文献1)原色牧野和漢薬草大圖鑑(岡田稔編),p422,北隆館,19882)KupchanSM,KnoxJR,KelseyJEetal:Calotropin,acytotoxicprincipleisolatedfromAsclepiascurassavicaL.Science146:1685-1686,19643)RadfoldDJ,GilliesAD,HindsJAetal:Naturallyoccur-ringcardiacglycosides.MedJAust144:540-544,19864)KelleyBD,AppeltGD,AppeltJM:Pharmacologicalaspe-ctsofselectedherbsemployedinhispanicfolkmedicineintheSanLuisValleyofColorado,USA:Ⅱ.Asclepiasasperula(inmortal)andAchillealanulosa(plumajillo).JEthnopharmacol22:1-9,19885)ChakrabortyS,SiegenthalerJ,BuchiER:CornealedemaduetoAsclepiascurassavica.ArchOphthalmol113:974-975,19956)BonannoJA,GiassonC:IntracellularpHregulationinfreshandculturedbovinecornealendothelium.Ⅱ.Na+:HCO3cotransportandCl/HCO3exchange.InvestOph-thalmolVisSci33:3068-3079,1992***