《原著》あたらしい眼科39(6):835.838,2022c寄生虫妄想を原因とする角膜障害の1例北山乃利江近間泰一郎中村祐子木内良明広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学CACaseofBilateralCornealAbrasionsDuetoDelusionalParasitosisNorieKitayama,TaiichiroChikama,YukoNakamuraandYoshiakiKiuchiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,HiroshimaUniversityGraduateSchoolofBiomedicalandHealthSciencesC目的:寄生虫妄想による眼瞼周囲の過剰な掻破(自傷行為)により両眼角膜障害を生じたC1例を報告する.症例:79歳,女性.両眼の視力低下と左眼異物感があり,前医を受診した.左眼角膜下方に潰瘍と白色の角膜後面沈着物があり,抗菌点眼加療に反応せず,右眼にも異物感が出現したため当科を紹介され受診した.皮膚科では寄生虫妄想による慢性湿疹と診断されていた.初診時矯正視力は右眼(0.5),左眼(0.03)と低下しており,両眼角膜下方のびらんは中央まで及んでいた.問診から寄生虫妄想による眼瞼周囲の過剰な掻破(自傷行為)が角膜障害の原因と考え,眼および眼周囲を触らないように指導しC2カ月後には改善した.結論:本症例の診断には本人,家族への問診が重要であった.眼周囲の掻破,過度な接触は失明にもつながると丁寧に指導したところ改善に繋がった.再発を防ぐためには皮膚科,精神科と連携し,寄生虫妄想に対して継続的な加療が重要である.CPurpose:Toreportacaseofself-in.ictedbilateralcornealabrasionscausedbyexcessivescratchingaroundtheeyelidsduetodelusionalparasitosis.Case:A79-year-oldfemalewasreferredafterbeingseenatanotherclin-icdueCtobilateraldecreasedCvisionandCaCforeignCbodyCsensationCinherCleftCeye.CShehadanulcerCandwhiteCcornealdepositsinthelowerpartofherleftcornea,andsubsequentantibacterialeye-droptreatmentwasine.ective.ShealsoCcomplainedCofCaCforeignCbodyCsensationCinCtheCrightCeye.CMoreover,CsheCwasCdiagnosedCwithCchronicCeczemaCduetodelusionalparasitosisbyadermatologist.Atourinitialexamination,hervisualacuitywas0.5ODand0.03OS,andbilateralcornealabrasionwasobservedextendingfromthelowertocentralregions.Uponinterviewofthepatientandfamily,wefoundthatthecauseofthecornealabrasionwasexcessiveself-in.ictedscratchingbehavioraroundtheeyelidsduetodelusionalparasitosis,sothepatientwasinstructedtostoptouchinghereyesandeye-lids.CConclusions:InCthisCcase,CaCcorrectCdiagnosisCrequiredCinterviewingCtheCpatientCandCfamilyCmembers,CandCaftercarefulinstructiontodiscontinuescratchingandexcessivecontactaroundtheeyes,whichcanleadtoblind-ness,herconditionimproved.Incasesofcornealabrasionduetodelusionalparasitosis,propertreatmentrequirescollaborationwithadermatologistandpsychiatristtopreventrecurrence.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(6):835.838,C2022〕Keywords:寄生虫妄想,角膜障害.parasiticdelusions,cornealdisorders.はじめに寄生虫妄想とは,皮膚や身体の中に虫が寄生していると訴え,その虫が這いまわったり噛んだりする掻痒感,痛みを生じさせる体感異常を呈する精神疾患である1).1938年にスウェーデンの神経科医CEkbomによって報告された寄生虫妄想の症例はすべてC50.70歳代の女性であり,典型例は初老期の女性に多く発症することから初老期皮膚寄生虫妄想ともいわれる.本症例の基本的な症状は知覚異常であり,患者自身がその知覚異常に虫がかかわると妄想することで掻破行動を起こすとされている.また,この報告からCEkbom症候群ともよばれている2).その後の報告では寄生虫妄想の病態は十分に理解されていないため適切な治療を受けられないことが多く,人口の高齢化に伴い,寄生虫妄想の患者数は増加すると予想されている.また,研究も進んでおらず,医学的には患者の理解や治療法の提供はほとんどないと述べられている3).わが国では皮膚寄生虫妄想1,4),口腔内〔別刷請求先〕北山乃利江:〒734-8551広島市南区霞C1-2-3広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学Reprintrequests:NorieKitayama,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,HiroshimaUniversityGraduateSchoolofBiomedicalandHealthSciences,1-2-3Kasumi,Minamiku,Hiroshima734-8551,JAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(139)C835図1初診時の前眼部所見a,b:右眼.Cc,d:左眼.Cb,d:フルオレセイン染色.両眼とも軽度の結膜充血と下方にびらんがみられる.左眼はDescemet膜皺襞と角膜後面沈着物を伴っていた.寄生虫妄想1,5)の報告はされているが,眼科領域での報告はされていない.今回,筆者らは寄生虫妄想による眼瞼周囲の過剰な掻破(自傷行為)によって両眼の角膜障害を生じた症例を経験したので報告するCI症例79歳,女性.前医にて両眼緑内障加療中に左眼異物感の訴えがあった.左眼下方角膜輪部に沿って潰瘍がみられ,軽度結膜充血,角膜後面沈着物(keraticprecipitate:KP)および前房内炎症を伴っていたためCMooren潰瘍を疑われ,1.5%レボフロキサシン点眼,0.1%ベタメタゾン点眼,0.4%トロピカミド点眼加療が開始された.その後の細菌培養検査で緑膿菌と表皮ブドウ球菌が検出されたためC0.1%ベタメタゾン点眼は中止となり,炎症は軽度で瞳孔は正円だったため0.4%トロピカミド点眼も中止された.その後,点眼を継続したにもかかわらず角膜びらんは改善せず,右眼にも同症状が出たため精査目的で広島大学病院眼科に紹介され受診しC836あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022た.全身疾患としては高血圧があった.全身の発疹もあり,当院皮膚科にて治療中であった.初診時の検査所見は右眼視力C0.4(0.5),左眼視力C0.03(矯正不能)であった.眼圧は右眼C16CmmHg,左眼測定不能であった.本症例では,両眼眼瞼周囲の発赤とただれがみられたため本人と家族に詳しく問診を行ったところ,当院皮膚科を受診していることがわかった.皮膚科のカルテによると,「ダニが家に大発生し駆除業者に来てもらうが駆除できず眠れない.ダニが飛んでくる感触が続いている.腹部を這う感じもあり,すごく痒い」との訴えがあった.皮膚科の診察において虫刺症はなく,腹部皮疹もなく,掻破し過ぎによる影響であると考えられ,寄生虫妄想の診断がついていた.虫はいないので掻き過ぎないように説明するも,本人はあまり理解しておらず,家族からは精神科への受診の同意はあるが,本人からの希望はないとの記載があった.このことから,本症例は寄生虫妄想による眼周囲への過度の接触が原因による角膜障害を強く疑った.初診時,細隙灯顕微鏡検査では両眼軽度の充血と下方角膜びらんがあり,左眼角膜びらんは中央(140)図2初診3日後の前眼部所見a,b:右眼.Cc,d:左眼.Cb,d:フルオレセイン染色.右眼の上皮びらんは消失した.左眼は結膜充血が強くみられるが上皮欠損は縮小傾向にある.まで及んでおり,KPを伴う角膜実質の浮腫がみられた(図1).眼の周りを掻破することによる角膜上皮障害,充血,眼瞼周囲の発疹とただれがみられたため,眼および眼周囲を触らないように指導して抗菌点眼薬を継続し,角膜上皮障害の継時変化を観察していくこととした.両眼にC1.5%レボフロキサシン点眼を継続とし,3日後の再診時には右眼の上皮欠損は改善傾向であった.左眼は結膜充血が強くC0.1%フルオロメトロン点眼を追加した(図2).17日後の再診時に上皮欠損の拡大と樹枝状病変と思われる所見がみられ,単純ヘルペス抗原検出キットで陽性と判定されたため左眼C0.1%フルオロメトロン点眼を中止し,バルトレックス内服を開始した(図3).1カ月後には樹枝状病変は改善し,KP,上皮欠損および実質浮腫は減少した(図3).2カ月後には実質浮腫,下方のびらんはわずかとなり,充血およびCKPも減少し,前房内の炎症は消失した(図3).視力は右眼(1.2),左眼(0.2)まで改善し,患者本人も改善を自覚した.治療後少なくとも2021年C7月経過した現在まで,角膜障害の再発はみられていない.現時点で左眼視力は(0.8)まで回復している.本症例の診断には本人,家族への問診が重要であった.筆者らは患者に対し,眼周囲の掻破,過度な接触は失明にもつながるため触らないようにと丁寧に指導したところ,本人も理解し,極力かかないように意識したため改善につながった.現在も再発防止のために定期的な眼科受診を継続している.CII考察角膜びらんなどの角膜上皮障害が両眼にみられる場合,鑑別疾患として化学外傷,薬剤毒性,自傷行為などを疑う.Tragarらは眼瞼の寄生虫妄想を呈した患者の自己創傷の二次感染による蜂窩織炎と角膜潰瘍について報告している.寄生虫妄想は自傷行為につながる可能性が高く,継続的な自傷行動を防ぐためには,適切な精神科受診が必要であると述べている6).また,Limらは殺虫を目的に樟脳を直接皮膚に塗布し,二次的眼障害を起こした症例を報告している.樟脳の使用を防ぐためにC24時間の監視を行い,寄生虫妄想を減らすために非定型抗精神病薬であるオランザピンをC1カ月投与(141)あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022C83717日後1カ月後2カ月後図3左眼の経時的変化17日後の前眼部所見:フルオレセイン染色において樹枝状病変と思われる所見があり,単純ヘルペス抗原検出キットで陽性と判定された.1カ月後の前眼部所見:角膜後面沈着物と上皮欠損および上皮化浮腫は減少傾向にあった.2カ月後の前眼部所見:上皮下浮腫や下方びらん,結膜充血は減少傾向であった.角膜後面沈着物も減少し前房内の炎症も消失した.したところ自傷性角膜炎は消失した.しかし,残念なことに寄生虫妄想患者の多くが退院後も精神科を受診せず内服を拒否するため,長期的な予後はよくないと述べられている7).本症例でも,皮膚病変は完治せず病状は一進一退であるが,眼症状は落ち着いている.今回の角膜障害は患者自身が皮膚や眼球表面に出現した.痒感や不快感のため反射的に過剰な.破を繰り返し,圧迫された瞼結膜が角膜を擦りつけることで角膜障害が起こった,もしくは眼瞼.破の際に患者自身の指が当たることで角膜障害が起こったと考える.寄生虫妄想に伴う角膜障害の報告は世界的にも少なく,筆者らが知る限りわが国において眼科からの報告はされていない.再発を防ぐために本症例のような自傷行為がみられた場合は,その行為が精神障害の一部であるかどうかを判断するために精神科と連携し,寄生虫妄想に対して継続的な加療を進めていく必要があると考えた.文献1)松下正明:老年期の幻覚妄想─老年期精神科疾患の治療論(松下正明編),新世紀の精神科治療C3,p162-204,中山書店,20052)EkbomCKA,CYorstonCG,CMieschCMCetal:TheCpre-senileCdelusionofinfestation.HistPsychiatryC14:229-256,C20033)HinkleNC:EkbomCsyndrome,CACdelusionalCconditionCofCbugsintheskin.CurrPsychiatryRepC13:178-186,C20114)林拓二,深津尚史,橋元良ほか:皮膚寄生虫妄想(Ekbom症候群)症例報告と本邦で報告されたC102症例の検討.精神科治療学12:263-273,C19975)山家邦章,倉持素樹,野口正行ほか:約C13年にわたり増悪寛解を繰り返した口腔内寄生虫妄想のC1症例.臨床精神医学31:1083-1090,C20026)TragerCMJ,CHwangCTN,CMcCulleyTJ:DelusionsCofCpara-sitosisCofCtheCeyelids.COphthalCPlastCReconstrCSurgC24:C317-319,C20087)LimCGC,CChenCYF,CLiuCLCetal:Camphor-relatedCself-in.ictedCkeratoconjunctivitisCcomplicatingCdelusionsCofCparasitosis.CorneaC25:1254-1256,C2006***838あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022(142)