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正常眼圧緑内障として長期経過した後にAlzheimer 病を発症した1症例

2011年8月31日 水曜日

1182(12あ2)たらしい眼科Vol.28,No.8,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1182?1186,2011cはじめにこれまでにアルツハイマー病(Alzheimer’sdisease:AD)をはじめとする中枢性神経変性疾患と緑内障の関連性が示唆されている.たとえば,ADでは緑内障の合併率が23~26%と高いこと1,2),ADにおける緑内障性視神経症は進行しやすいこと3),ADの神経変性に関与するとされているapolipoproteinEpromoterの遺伝子多型が原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)における視神経乳〔別刷請求先〕布谷健太郎:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:KentaroNunotani,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN正常眼圧緑内障として長期経過した後にAlzheimer病を発症した1症例布谷健太郎*1杉山哲也*1小嶌祥太*1植木麻理*1菅澤淳*1池田恒彦*1西田圭一郎*2宇都宮啓太*3*1大阪医科大学眼科学教室*2関西医科大学精神神経科学教室*3関西医科大学放射線科学教室ACaseofProgressiveNormal-TensionGlaucomaofLongDuration,FollowedbyAlzheimer’sDiseaseOnsetKentaroNunotani1),TetsuyaSugiyama1),ShotaKojima1),MariUeki1),JunSugasawa1),TsunehikoIkeda1),KeiichiroNishida2)andKeitaUtsunomiya3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofPsychology,KansaiMedicalCollege,3)DepartmentofNeuropsychiatry,KansaiMedicalCollege目的:近年,緑内障,特に正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)とアルツハイマー病(Alzheimer’sdisease:AD)の関連性を示す報告がみられるが,実際にNTGにADが合併した症例の報告はほとんどみられない.今回,筆者らは約16年間NTGとして加療してきた後,ADを発症した症例を経験した.症例:61歳,女性.平成5年12月両眼の視野異常が検出され,大阪医科大学眼科を紹介受診した.初診時,矯正視力は両眼(1.0),眼圧は両眼13mmHg.眼底所見,視野所見などからNTGと診断され,緑内障点眼薬による治療が開始された.約16年間にわたり眼圧はおおむね10mmHg前後で推移したが,視野障害は徐々に進行した.平成19年頃から健忘症状が出現し,平成21年精神科にて,認知機能検査,脳血流検査などの結果,ADと診断された.結論:長期間にわたる緑内障治療にかかわらずNTGとして視野障害が進行した後,ADを発症した症例を報告した.Purpose:Recentlyithasbeenreportedthatglaucoma,especiallynormal-tensionglaucoma(NTG),isassociatedwithAlzheimer’sdisease(AD).However,therearefewreportsoncasesinwhichADactuallyaccompaniedNTG.Inthisreport,wedescribeacaseofNTGthathadbeentreatedforabout16years,andwasfollowedbytheonsetofAD.Case:InDecember1993,a61-year-oldfemalewasreferredtousforvisualfielddefectsinbotheyes.Attheinitialmedicalexamination,botheyesshowedcorrectedvisualacuityof1.0andintraocularpressure(IOP)of13mmHg.ShewasdiagnosedasNTGbasedonocularfundusandvisualfieldfindings,andcommencedtreatmentwithmedicationforglaucoma.Forabout16years,herIOPhadalwaysbeenaround10mmHgineithereye,butvisualfielddefectshadgraduallyprogressed.Shedevelopedamnesiain2007,andin2009wasdiagnosedashavingADthroughcognitivefunctiontests,measurementofcerebralbloodflowandsoon.Conclusion:WereportedacaseofNTG,inwhichvisualfielddefectsprogresseddespiteglaucomatreatmentoflongduration,followedbytheonsetofAD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1182?1186,2011〕Keywords:正常眼圧緑内障,アルツハイマー病,脳血流,認知機能検査.normal-tensionglaucoma(NTG),Alzheimer’sdisease(AD),cerebralbloodflow,cognitivefunctiontests.(123)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111183頭障害や視野変化と相関すること4)が報告されている.一方,SPECT(singlephotonemissioncomputedtomography)を用いた脳血流解析で,正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)におけるAD型が約23%と多く,AD治療薬投与により視野改善を示すNTG症例があることを筆者らは以前に報告した5,6).しかし,実際にNTGにADを合併した症例の詳細な報告はこれまでにほとんどなく,逆にNTGやPOAGはAD発症のリスクを上げないという報告もある7,8).今回,筆者らは16年間NTGとして加療してきた後にADを発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:61歳,女性.主訴:両眼視野異常.現病歴:平成5年9月頃より右眼光視症を自覚し,近医にて経過観察されていた.同年12月,両眼の緑内障性視神経乳頭異常と対応する視野異常が検出され,平成6年1月13日,精査加療目的で大阪医科大学眼科紹介受診となった.既往歴:特記すべきことはなし.家族歴:特記すべきことはなし.初診時所見:視力は右眼0.6(1.0×sph+0.5D(cyl?0.5DAx100°),左眼0.8(1.0×sph+1.0D(cyl?1.0DAx70°),眼圧は両眼13mmHgであった.前眼部・中間透光体に特記すべき異常は認めなかった.眼底は視神経陥凹乳頭(C/D:cup/disc)比が右眼0.7,左眼0.8であり,両眼乳頭下方と左眼上方の辺縁部菲薄化を認めた.視野検査では,両眼で傍中心暗点および鼻側階段を認めた(図1,2).頭蓋内病変除外のために施行した頭部MRI(磁気共鳴画像)では,右視神経が外側下方より,左視神経が下方より内頸動脈による圧迫を疑わせる所見を認めた以外,著変なかった(図3).経過:平成6年から点眼治療を開始し,眼圧はしばらくlow-teensであったが,平成11年頃からは両眼とも10mmHg前後で推移していた(図4).視野は両眼とも初診時より認めていた鼻側階段,外部および内部イソプターの沈下が徐々に進行していった(図1,2).平成21年9月再診時,視力は右眼0.7(1.0×sph+1.0D(cyl?1.25DAx100°),左眼0.9(1.0×sph+1.0D(cyl?1.25DAx90°),眼圧は右眼10mmHg,左眼9mmHgと著変なかったが,視野所見は,特に左眼で顕著な悪化を認めた(図1,2).眼底は視神経乳頭C/D比が右眼0.8,左眼0.9であり,両眼乳頭上方および下方の辺縁部菲薄化を認めた(図5).頭部MRIでは初診時と比べて,内頸動脈による視神経圧迫に明らかな変化はなく,また眼底所見は初診時と比較すると乳頭の陥凹,蒼白がやや進行していたが,大きな変化はみられなかった.初診時5年後10年後15年後図1右眼の視野経過1184あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(124)一方,平成19年頃から健忘症状が出現し,平成21年関西医科大学精神神経科を受診し,代表的な認知機能検査の一つであるMMSE(Mini-MentalStateExamination)で30点満点中23点,ADの評価尺度であるADAS-Jcog(Alzheimer’sDiseaseAssessmentScale-cognitivecomponent-Japaneseversion)で20点と,記銘力の低下を中心とした認知機能低下を認め,また頭部MRIで軽度の全般性脳萎縮,SPECTで頭頂葉,後部帯状回,楔前部の相対的血流低下(図6)を認めたことから,ADと診断された.5年後10年後15年後初診時図2左眼の視野経過RL黒矢印():視神経白矢印():内頸動脈図3初診時頭部MRI(125)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111185567891011121314H6.1H7.1H8.1H9.1H10.1H11.1H12.1H13.1H14.1H15.1H16.1H17.1H18.1H19.1H20.1H21.1:右眼:左眼ブナゾシンブナゾシン0.25%チモロール眼圧(mmHg)1%カルテオロールニプラジロール0.04%ジピベフリン図4眼圧と治療点眼薬の推移低下正常InferiorSuperiorR-lateralL-lateralPosteriorAnteriorL-medialR-medialRLLRRLLR62.0-5.0-4.0-3.0図6SPECT(脳血流)所見ab図5再診時眼底写真a:右眼,b:左眼.1186あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(126)II考按NTGの鑑別診断として,圧迫性視神経症,脳血管障害(脳梗塞・脳出血),鼻性視神経症,虚血性視神経症,遺伝性視神経症,中毒性視神経症があげられる.圧迫性視神経症については頭部MRI上,内頸動脈による視神経圧迫を疑わせる所見も認めたが,再診時の画像上,圧迫所見の変化はないにもかかわらず,著明に視野異常が進行していた点や視野異常の形式などから考えにくいと思われた.脳血管障害,鼻性視神経症は頭部MRIより否定的であった.虚血性視神経症では,視野障害は通常非進行性であることから考えにくく,またLeber遺伝性視神経症は時として乳頭陥凹を生じるが,通常視力低下・中心暗点を伴うこと,好発年齢・性別が10~20歳代,40~50歳代の男性であることなどから考えにくいと思われた.中毒性視神経症に関してはメチルアルコール,有機溶剤,抗結核薬(エタンブトール)などが原因としてあげられるが,それらの誤飲や摂取の既往はなく,また通常視力低下を伴うことから考えにくいと思われた.以上より,本例における視野狭窄の進行はNTGによるものと考えた.本症例は16年間にわたって眼圧下降治療を行い,眼圧はおおむね10mmHg前後にコントロールされたにもかかわらず,緑内障性視野障害が進行した.左眼で10年後から15年後にかけて右眼より急速に進行しているようにみえるが,この間にNTG,AD以外の疾患の合併は特になかった.したがって進行の左右差の明確な原因は不明であるが,眼圧の日内変動に左右差があった可能性,視神経の脆弱性や血流障害に左右差があった可能性,ADによる中枢性変化の影響が左眼視野で特に大きかった可能性などが考えられる.多少の左右差はあるものの,両眼とも10年後から15年後にかけての視野障害進行が最も顕著であった.またADの発症時期は不明であるが,ADが慢性進行性疾患であることより症状の出現し始めた時点(約2年前)より以前に病変が生じ始めた可能性が高く,緑内障性視野障害の顕著な進行とADの発症がほぼ同時期であったと推察される.筆者らは以前にNTGのうちAD型の脳血流分布を示す症例では眼圧が他の症例より低く,視野障害進行が比較的早いことを報告しており4),本例は合致している.また,AD型の脳血流分布を示しても,その時点で必ずしもADの症状を示すとは限らず,実際に筆者らの前報5,6)における症例はすべてADの症状を示していなかった.本報告はNTGの進行とADの発症が並行してみられた,筆者らが知る限り初めての症例報告である.偶然合併した可能性も完全には否定できないが,「はじめに」で述べたような両者の関連性についての報告1~6)を考え併せるとまったく偶然とは思えない.実際にはADが進行すると視野検査がむずかしくなるため,NTGであることが検出されていないものの合併している症例がもっと多く存在するのではないかと考える.近年,ADと緑内障の類似性に関しての報告が多くみられる9).さきに述べたapolipoproteinEpromoterの遺伝子多型に関する報告のほか,AD,緑内障ともに脳脊髄圧が低下しているという報告10,11)がみられ,脳脊髄圧低下のために相対的に眼圧が高くなり視神経障害をきたすという考え方も一部でなされている.また,ADの病態に関与しているアミロイドbの抗体投与によって緑内障モデルにおける網膜神経節細胞死が抑制される12)といった報告もあり,将来的にAD治療薬が緑内障治療に応用できる可能性があると考えられる.文献1)BayerAU,FerrariF,ErbC:HighoccurrencerateofglaucomaamongpatientswithAlzheimer’sdisease.EurNeurol47:165-168,20022)TamuraH,KawakamiH,KanamotoTetal:Highfrequencyofopen-angleglaucomainJapanesepatientswithAlzheimer’sdisease.JNeurolSci246:79-83,20063)BayerAU,FerrariF:SevereprogressionofglaucomatousopticneuropathyinpatientswithAlzheimer’sdisease.Eye16:209-212,20024)CopinB,BrezinAP,ValtotFetal:ApolipoproteinE-promotersingle-nucleotidepolymorphismsaffectthephenotypeofprimaryopen-angleglaucomaanddemonstrateinteractionwiththemyocilingene.AmJHumGenet70:1575-1581,20025)SugiyamaT,UtsunomiyaK,OtaHetal:Comparativestudyofcerebralbloodflowinpatientswithnormal-tensionglaucomaandcontrolsubjects.AmJOphthalmol141:394-396,20066)YoshidaY,SugiyamaT,UtsunomiyaKetal:Apilotstudyfortheeffectsofdonepeziltherapyoncerebralandopticnerveheadbloodflow,visualfielddefectinnormaltensionglaucoma.JOculPharmacolTher26:187-192,20107)Bach-HolmD,KessingSV,MogensenUetal:NormaltensionglaucomaandAlzheimerdisease:comorbidity?ActaOphthalmol2011Feb18.[Epubaheadofprint]8)KessingLV,LopezAG,AndersenPKetal:NoincreasedriskofdevelopingAlzheimerdiseaseinpatientswithglaucoma.JGlaucoma16:47-51,20079)WostynP,AudenaertK,DeDeynPP:Alzheimer’sdiseaseandglaucoma:isthereacausalrelationship?BrJOphthalmol93:1557-1559,200910)SilverbergG,MayoM,SaulTetal:ElevatedcerebrospinalfluidpressureinpatientswithAlzheimer’sdisease.CerebrospinalFluidRes3:7,200611)BerdahlJP,AllinghamRR,JohnsonDH:Cerebrospinalfluidpressureisdecreasedinprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmology115:763-768,200812)GuoL,SaltTE,LuongVetal:Targetingamyloid-betainglaucomatreatment.ProcNatlAcdSciUSA104:13444-13449,2007