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術前分離コリネバクテリウムの質量分析法による菌種同定および薬剤感受性の検討

2024年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科41(4):433.438,2024c術前分離コリネバクテリウムの質量分析法による菌種同定および薬剤感受性の検討神山幸浩*1北川和子*1河上帆乃佳*1生駒透*1萩原健太*1,2佐々木洋*1*1金沢医科大学眼科学講座*2公立宇出津総合病院CBacterialIdenti.cationforPreoperativeIsolatesofCorynebacteriumUsingMassSpectrometryandtheAntimicrobialSusceptibilityoftheIdenti.edCorynebacteriumYukihiroKoyama1),KazukoKitagawa1),HonokaKawakami1),ToruIkoma1),KentaHagihara1,2)CandHiroshiSasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,2)UshitsuGeneralHospitalCコリネバクテリウムは結膜.常在菌として術前に分離される頻度が高く,ときに感染症を惹起することが知られているが,その詳細についてはまだ広く知られていない.今回,質量分析法による菌種同定,微量液体希釈法による薬剤感受性試験について検討を行ったので報告する.対象はC2019年C1月.2020年C5月に眼術前検査として結膜擦過培養物より分離同定されたC146株のコリネバクテリウムである.菌種としてもっとも多く分離されたものは,C.macginleyi(91.7%)であり,他にCC.accolens,C.striatum各C3株(2.1%),C.Ctuberculostearicum2株(1.4%),C.kroppenst-edtii,C.propinquumおよびCC.simulansが各C1株(0.6%)みられた.薬剤感受性試験では,CPFXでC61.5%,EMで40.6%と高頻度に耐性であったが,bラクタム系薬剤,GMでは耐性率は低く,TC,VCMはすべて感受性であった.CCorynebacteriumCisfrequentlyisolatedpreoperativelyasanormalinhabitantofconjunctivalsacsandisknowntoCoccasionallyCevokeCinfections.CHowever,CtheCdetailsCofCthisCbacteriumCareCnotCwidelyCknown.CInCthisCstudy,CweCreportCtheCidenti.cationCofCbacteriaCbyCmassCspectrometryCandCantimicrobialCsusceptibilityCtestingCbyCtraceC.uidCaerationCinC146CCorynebacteriumCstrainsCisolatedCandCidenti.edCfromCconjunctivalCabrasionCculturesCasCaCpreopera-tiveoculartest.ThedatawerecollectedbetweenJanuary2019andMay2020.Themostfrequentlyisolatedbacte-riumwasC.macginleyi(91.7%)C,followedbyC.accolensCandC.striatum(3isolateseach,2.1%)C,C.tuberculosteari-cum(2Cisolates,1.4%)C,CC.Ckroppenstedtii,C.Cpropinquum,andC.Csimulans.C.CpropinquumCandCC.CsimulansCwereCfoundinonestraineach(0.6%)C.Inthedrugsusceptibilitytest,61.5%oftheisolateswereresistanttocipro.oxacinand40.6%toerythromycin,butresistancerateswerelowforb-lactamsandgentamicin,andallisolatesweresus-ceptibletotetracyclineandvancomycin.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(4):433.438,C2024〕Keywords:コリネバクテリウム,Corynebacteriummacginleyi,菌種同定,質量分析法,薬剤感受性試験,微量液体希釈法,フルオロキノロン.CorynebacteriumCsp.,Corynebacteriummacginleyi,bacterialidenti.cation,massspec-trometry,antimicrobialsusceptibility,brothmicrodilutionmethod,.uoroquinolone.Cはじめにコリネバクテリウムはグラム陽性桿菌であり,結膜.常在菌としても高頻度に分離されるとともに,眼感染症の起炎菌としても知られている1).コリネバクテリウムは術前分離菌としてもっとも多く,結膜.常在菌と思われてきた.しかしその後,結膜炎2),感染性角膜炎3.5),移植後の縫合糸感染6)などの感染症を起こすことが判明し,そのフルオロキノロン系抗菌薬に対する耐性化も問題となっている2).これまで,コリネバクテリウム菌種同定は,グラム染色による染色性,形態確認とカタラーゼ試験陽性の有無などの化学的性状による方法が行われてきたが,その診断精度については限界が存在していた7).検査キットとしてCAPICoryne(アピコリネ,〔別刷請求先〕神山幸浩:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学C1C-1金沢医科大学眼科学講座Reprintrequests:YukihiroKoyama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinada,Kahoku,Ishikawa920-0293,JAPANC33C2111CC.macginleyiCC.striatumCC.kroppenstedtiiCC.simulans図1コリネバクテリウム分離菌種の内訳146株のコリネバクテリウムが分離され,計C133株の菌種同定が可能であった.133株の内訳では,C.macginleyがC122株(91.7%)と大部分を占めた.残りのC11株の内訳は,C.Cacco-lensおよびCC.striatumが各C3株(2.3%),C.tuberculosteari-cumがC2株(1.5%),C.kroppenstedtii,C.propinquumおよびCC.simulansが各C1株(0.8%)となった.シスメックス日本,ビオメリュー・ジャパン)が市販されている.これは酵素反応試験などを応用して同定を行うキットであるが,そのデータベースは,臨床材料からもっとも高い頻度で分離されたCCoryneformbacteriaに制限され,同定される菌種もC42種類と限られていた(添付文書より).一般病院で広く使用するには限界があり,金沢医科大学病院(以下,当院)でも,本キットを使用してもコリネバクテリウムの菌種名の決まらないことが多かった.2019年になり,当院において質量分析装置による菌種同定が可能となり,コリネバクテリウムの薬剤感受性試験についても微量液体希釈法が採用された.今回,眼科手術前の結膜.より分離されたコリネバクテリウムの質量分析法による同定ならびに微量液体希釈法による薬剤感受性試験結果についての検討を行ったので報告する.CI対象および方法1.対象本研究は後方視的観察研究である.2019年C1月.2020年5月に当院眼科外来において,白内障などの内眼手術,斜視などの外眼部手術の術前結膜.擦過培養でコリネバクテリウムが分離されたC118例C139眼を対象とした.患者の平均年齢はC75.4歳C±10.0歳(21.91歳)で,男性C59名,女性C59名であった.男性C7名(そのうちC1名はC1眼よりC2株分離)と女性C14名(すべてC1眼よりC1株分離)からは両眼より分離された.なお,男性C1人(前述)と女性C6人においてC1眼よりC2株が分離され,研究期間中に分離されたコリネバクテリウムの総数は,合計C146株であった.C.accolensCC.tuberculostearicumCC.propinquumC2.方法当院での検査法に従い,滅菌生理食塩水にて湿らせたスワブにて結膜.を擦過し,輸送培地(改良アミューズ半流動培地)に塗布後,当院中央検査室の基準に従って培養した.菌種同定を,MALDI-TOFMS(MatrixCAssistedCLaserCDesorp-tion/Ionization-TimeCofCFlightCMassSpectrometer,マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計)にて行い,装置としてCMALDICBiotyperVer4.1(Burker,米国)を使用した.分離されたすべての株の薬剤感受性試験はCCLSI(ClinicalandCLaboratoryCStandardsInstitute)M45シリーズの判定基準に従い,微量液体希釈法を用いて行った.MIC値(mini-mumCinhibitoryconcentration:最小発育阻止濃度)により,感受性CSusceptible(S),中間感受性CIntermediate(I),耐性Resistant(R)を判定した.本検討においてCSusceptibleを感受性,IntermediateおよびCResistantを耐性とした.本研究で測定を行った抗菌薬は以下のC10種類である.シプロフロキサシン(CPFX),セフォタキシム(CTX),セフトリアキソン(CTRX),エリスロマイシン(EM),ペニシリンCG(PCG),テトラサイクリン(TC),ゲンタマイシン(GM),ST合剤(ST),メロペネム(MEPM),バンコマイシン(VCM).本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,金沢医科大学医学研究倫理審査委員会審査の承認を受けて行った(迅速審査整理番号CNo.I510).CII結果1.菌種同定今回C146株のコリネバクテリウムが分離されたが,同定不可能な株も含まれたことより,計C133株の菌種同定が可能であった.133株の内訳では,C.macginleyがC122株(91.7%)と大部分を占めた.残りのC11株の内訳は,C.accolensおよびCC.striatumが各C3株(2.3%),C.tuberculo-stearicumがC2株(1.5%),C.kroppenstedtii,C.Cpropinqu-umおよびCC.simulansが各C1株(0.8%)となった(図1).C2.薬剤感受性試験全C146株のうちC143株が薬剤感受性試験の判定が可能であった.すべての種を含めた耐性化率を薬剤ごとに示す(図2上段).フルオロキノロンであるCCPFXでC88株(61.5%)ともっとも高く,ついでCEMでC58株(40.6%),PCGでC14株(9.8%),GMでC11株(7.7%),STでC11株(7.7%),CTRXでC6株(4.2%),CTXで1株(0.7%),MEPMで1株(0.7%)であった.TC,CVCMでは耐性株はみられなかった.CC.macginleyi(122株)の薬剤ごとの耐性化率を示す(図2下段)が,1株が測定不能でありC121株の結果となった.分離されたコリネバクテリウムの大部分を占めていることよ全体143株100%50%0%CCPFXCCTXCCTRXCEMCPCGCTCCGMCSTCMEPMCVCMC.macginleyi121株100%50%0%CCPFXCCTXCCTRXCEMCPCGCTCCGMCSTCMEPMCVCM耐性(R)中間感受性(I)感受性(S)図2薬剤感受性(全体およびC.macginleyi)上段:全C146株のうちC143株が薬剤感受性試験の判定が可能であった.耐性は,フルオロキノロンであるCCPFXでC88株(61.5%),EMでC58株(40.6%),PCGでC14株(9.8%),GMでC11株(7.7%),STで11株(7.7%),CTRXでC6株(4.2%),CTXでC1株(0.7%),MEPMでC1株(0.7%)であった.TC,VCMでは耐性株はみられなかった.下段:C.macginleyi(122株)の薬剤ごとの耐性化率を示す.1株が測定不能でありC121株の結果である.その耐性化率は上段の結果とほぼ一致している.フルオロキノロンであるCCPFXでC80株(67.5%),EMでC48株(40.2%),GMでC11株(8.6%),STでC9株(7.7%),PCGでC8株(6.8%),CTRXでC1株(0.8%)と算出された.CTXで0株(0%),TCで0株(0%),MEPMで0株(0%),VCMで0株(0%)であった.表1C.accolens3株の薬剤感受性表2C.Striatum3株の薬剤感受性C.accolens1CC.accolens2CC.accolens3CC.striatum1CC.striatum2CC.striatum3CCPFXSSSCCPFXCCTXSSSCCTXCCTRXSCSCSCCTRXCEMCRSSCEMCPCGCSSSCPCGTCCSSSCGMCSSSCTCCSSSCSTCSSSCGMCSSSCMEPMSSSCSTCSSSCVCMSSSCMEPMSSSC.accolens(3株)では,1株がCEM耐性である以外すべての薬CVCMCSCSCS剤に感受性であった.C.striatum(3株)は,すべてCCPFX,CTRX,EMおよびCPCGに耐性または中間感受性を示した.りその耐性化率は図2上段の結果とほぼ一致している.フル感受性を示した(表2).C.kroppenstedtii(1株)は,CPFX,オロキノロンであるCCPFXでC80株(67.5%),EMでC48株CTRX,EM,PCG,MEPMとCbラクタム系抗菌薬すべて(40.2%),GMで11株(8.6%),STで9株(7.7%),PCGに耐性または中間感受性を示した.C.simulans(1株)は,でC8株(6.8%),CTRXでC1株(0.8%)と算出された.CTXCPFX,CTRX,EM,PCGに耐性または中間感受性を示しで0株(0%),TCで0株(0%),MEPMで0株(0%),た.C.propinquum(1株)は,EM,STに耐性を示した.C.VCMでC0株(0%)であった.tuberculostearicum(1株のみ薬剤感受性測定可能であった)少数分離された菌種の薬剤感受性試験の結果を示す(表1はCEMにのみ耐性を示した(表3).~3).C.accolens(3株)ではC1株がCEM耐性である以外すCIII考按べての薬剤に感受性であった(表1).C.striatum(3株)は,すべてCCPFX,CTRX,EMおよびCPCGに耐性または中間これまでコリネバクテリウムの菌種同定は,グラム染色に表3C.kroppenstedtii,C.simulans,C.propinquum,およびC.tubercu-lostearicumの薬剤感受性C.kroppenstedtiiCC.simulansCC.propinquumCC.tuberculostearicum1CCPFXCSCSCCTXCSCSCSCSCCTRXCICRCSCSCEMCRCRCRCRCPCGCRCICSCSCTCCSCSCSCSCGMCSCSCSCSCSTCSCSCRCSCMEPMCRCSCSCSCVCMCSCSCSCSC.kroppenstedtii(1株)は,CPFX,CTRX,EM,PCG,MEPMとCbラクタム系抗菌薬すべてに耐性または中間感受性を示した.C.simulans(1株)は,CPFX,CTRX,EM,PCGに耐性または中間感受性を示した.C.propinquum(1株)は,EM,STに耐性を示した.C.tuberculostearicum(1株のみ薬剤感受性測定可能であった)はCEMにのみ耐性を示した.よる染色性や形態確認と,カタラーゼ試験陽性の有無などの生化学的性状にて行われてきた.しかし,従来の生化学的性状による方法では術前コリネバクテリウム分離菌種の同定が困難で,眼科領域で分離されるコリネバクテリウム属菌種の詳細が不明であった.筆者らの今回の質量分析法では,16SrRNAシーケンス解析と高い一致率を示し8),日常遭遇するほとんどの菌を網羅するC3,000菌種以上のライブラリー(コリネバクテリウムはC72菌種)を有している(2021年C4月現在).今回の当科での術前分離菌について質量分析法による菌種同定を行ったところ,同定できたのはC133株であり,C.macginleyiがその大部分(91.7%)を占めていた.結膜.常在菌としてのコリネバクテリウムの優位菌種がCC.Cmacgin-leyiであると考えられ既報と同様であった9,10).一方,鼻腔における主要なC2菌種は,C.accolens(44%),C.propinqu-um(31%)であり11),C.macginleyiは3%にすぎない11).C.macginleyiは脂質好性であり眼瞼の皮脂腺と近接する結膜.において優位菌種となると考えられる.眼における病原性は不明であるが9),濾過胞炎を発症した報告が海外にあり12,13),注意が必要である.コリネバクテリウムにはCgyrA遺伝子はあるがCparC遺伝子がないために,gyrA遺伝子のCquinoloneCresistance-determiningregion(QRDR)の変異のみで容易に薬剤耐性を生じることが知られている10).C.macginleyiの薬剤感受性についてはコリネバクテリウムの大部分を占めていることより,本菌種の動向が種別でないこれまでの報告でのコリネバクテリウム全体の薬剤感受性を示しているものと推測される.フルオロキノロン耐性はCC.macginleyi間でおそらく増加している11).これは日本においては,フルオロキノロン点眼薬の過剰な使用によって促進されているとされている10,14).C.macginleyi以外の菌種について述べる.C.accolens(本例でC3株)は第C2番目に優位な結膜の菌種である11).眼科領域での病原菌としては筆者らの検索した範囲ではなかったが.上気道の常在菌と考えられ喀痰,咽頭ぬぐい液,また心弁膜から検体としてしばしば供される.今回の検討において分離されたCC.Caccolens3株は,C.macginleyiと異なりCPFXにすべて感受性であり,他の抗菌薬全般でもCEM以外に感受性であった.C.striatum(3株)は皮膚常在菌であり,敗血症の原因菌となる15)ことから眼科以外の分野での注意が必要である.また,粘膜の常在菌であり,免疫不全状態での肺炎の原因となる16).本結果ではペニシリン,セフェムとフルオロキノロンに耐性を示した.C.kroppenstedtii(1株)は肉芽腫性乳腺炎の膿汁から分離されたとの報告がある17).脂質好性であることから乳腺においての感染が発症と病態にかかわっている17)とされる.C.simulans(1株)は,おもに皮膚から分離されるとの報告がある18).C.Cpropinqu-um(1株)は,健常成人の市中肺炎のみならず病院内や高齢者施設内での呼吸器感染症の起炎菌となる19).C.Ctuberculo-stearicum(2株)はまれな菌種であるが乳腺炎症例が報告されている20,21).当科では以前に多剤耐性を示したコリネバクテリウムの検討を行った7).同定法がグラム染色による染色性,形態確認とカタラーゼ試験陽性の有無などの化学的性状による従来法であることより,その形状よりCCoryneformbacteriaと記載した7).感受性試験についてもディスク法での感受性試験は,阻止円直径を用いた判定基準は日本において確定されておらず,測定の限界を感じた7,22).しかし,今回の質量分析法による菌種同定と微量液体希釈法の採用により,より正確にコリネバクテリウムの検討ができたものと考えている.今回のCLSIのCM45シリーズの判定基準に従った微量液体希釈法を用いた薬剤感受性試験で,C.macginleyi(121株)のフルオロキノロンに対する耐性率はC67.5%であった.一方,筆者らのC2018年の検討23)では,微量液体希釈放法ではなくディスク法であり,またフルオロキノロン系に属する使用薬剤が異なっていてレボフロキサシン(LVFX)であり,従来の生化学的性状による方法で同定されたコリネバクテリウムが対象であるが,LVFXに対する耐性化率がC57%であった23).その結果とは一概に比較できないが,フルオロキノロン系抗菌薬に対してC60%台といまだに高い耐性化率を示していることが示された.C.macginleyi以外のコリネバクテリウムでもキノロン耐性化がみられたことより,キノロン耐性が常在菌の大多数を占めるCC.macginleyiの種を越えて拡大している危険が示唆された.他の抗菌薬に対してであるが,EMに対してもC40.6%と高頻度の耐性がみられたが,他の抗菌薬におおむね感受性良好であり,TC,VCMでは耐性株はみられなかった.全体の143株中のCCPFX耐性コリネバクテリウムC88株は,CTRXに対しC82株(93.2%)が感受性であった.これは,フルオロキノロン耐性であってもセフェムに対してほとんど感受性であることを示しているが,一方,88株のうちCEMに対してはC44株(50%)と高い割合で耐性であった.今回,質量分析法による菌種同定,微量液体希釈法による薬剤感受性試験について行った検討を報告した.菌種同定を行ったところCC.macginleyiがその大部分(91.7%)を占めていたのは既報どおりであり,フルオロキノロン系抗菌薬に対してC60%台といまだに高い耐性化率を示していることが示された.すべての菌種に感受性を示した薬剤は,TCとVCMであり,このC2薬剤が難治性コリネバクテリウム感染症での使用が推奨された.また,C.macginleyi以外のC6種のコリネバクテリウムも分離された.本研究は,当院のC1施設での限られた期間の研究であり,その限界はあるが,コリネバクテリウムは菌種によって病原性が異なっており,結膜.内でのコリネバクテリウムの分布状況をある程度示すことができたと考える.本研究の意義として,術前の健常人における結膜.内から分離されるコリネバクテリウムの菌種の内訳,抗菌薬耐性化率を示すことができたと考える.本論文の要旨はC2021年第C57回日本眼感染症学会で発表した.文献1)井上幸次,大橋裕一,秦野寛ほか:前眼部・外眼部感染症における起炎菌判定─日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査(第一報)─.日眼会誌115:801-813,C20112)長谷川麻里子,江口洋:コリネバクテリウム感染症「キノロン耐性との関係」.医学と薬学C71:2243-2247,C20143)SuzukiT,IiharaH,UnoTetal:Suture-relatedkeratitiscausedCbyCCorynebacteriumCmacginleyi.JCClinCMicrobiolC45:3883-3836,C20074)稲田耕大,前田郁世,池田欣史ほか:コリネバクテリウムが起炎菌と考えられた感染性角膜炎のC1例.あたらしい眼科C26:1105-1107,C20095)FukumotoA,SotozonoC,HiedaOetal:Infectiouskerati-tisCcausedCbyC.uoroquinolone-resistantCCorynebacterium.CJpnJOphthalmolC55:579-580,C20116)柿丸晶子,川口亜佐子,三原悦子ほか:レボフロキサシン耐性コリネバクテリウム縫合糸感染のC1例.あたらしい眼科21:801-804,C20047)萩原健太,北川和子,神山幸浩ほか:ディスク法で多剤耐性を示したコリネバクテリウム状グラム陽性桿菌が分離された前眼部感染症のC5症例の検討.あたらしい眼科C37:C619-623,C20208)大楠清文:医学検査のあゆみ質量分析技術を利用した細菌の新しい同定法.モダンメディア58:113-122,C20129)FunkeG,Pagano-NiedererM,BernauerW:CorynebacteC-riumCmacginleyiChasCtoCdateCbeenCisolatedCexclusivelyCfromconjunctivalswabs.JClinMicrobiolC36:3670-3673,C199810)EguchiCH,CKuwaharaCT,CMiyamotoCTCetal:High-levelC.uoroquinoloneCresistanceCinCophthalmicCclinicalCisolatesCbelongingCtoCtheCspeciesCCorynebacteriumCmacginleyi.JClinMicrobiolC46:527-532,C200811)HoshiCS,CTodokoroCD,CSasakiT:CorynebacteriumCspeciesCofCtheCconjunctivaCandnose:dominantCspeciesCandCspe-cies-relateddi.erencesofantibioticsusceptibilitypro.les.CorneaC39:1401-1406,C202012)QinCV,CLaurentCT,CLedouxA:CorynebacteriumCmacgin-leyi-associatedblebitis:aCcaseCreport.CJCGlaucomaC27:Ce174-e176,C201813)TabuencaDelBarrioL,MozoCuadradoM,BorqueRodri-guez-MaimonCECetal:DecreasedCpainfulCvisualCacuity.CCorynebacteriumCmacginleyiCblebitis-endophthalmitisCinfection.RevEspQuimC33:80-82,C202014)AokiCT,CKitazawaCK,CDeguchiCHCetal:CurrentCevidenceCforCCorynebacteriumConCtheCocularCsurface.CMicroorgan-ismsC9:254,C202115)IshiwadaCN,CWatanabeCM,CMurataCSCetal:ClinicalCandCbacteriologicalanalysesofbacteremiaduetoCorynebacte-riumstriatum.JInfectChemotherC22:790-793,C201616)大塚喜人:注目のCCorynebacterium属菌.臨床と微生物C40:515-521,C201317)菅原芳秋,大楠清文,大塚喜人ほか:再発を繰り返したCorynebacteriumCkroppenstedtiiによる乳腺炎のC1症例.日臨微誌C22:161-166,C201218)OgasawaraM,MatsuhisaT,KondoTetal:Clinicalchar-acteristicsofCorynebacteriumsimulans.NagoyaJMedSciC83:269-276,C202119)本村和嗣,真崎宏則,寺田真由美ほか:C.propinquum呼吸器感染症のC3症例.感染症学雑誌C78:277-282,C200420)金沢亮,田村元,渋谷一陽ほか:Corynebacteriumtuberculostearicum感染による肉芽腫性乳腺炎のC1例.日臨の形態変化を呈するCCorynebacterium属菌の解析.医学検外会誌C76:2095-2099,C2015査C67:299-305,C201821)北川大輔,岡美也子,枡尾和江ほか:Corynebacterium23)神山幸浩,北川和子,萩原健太ほか:術前に結膜.より分tuberculostearicumによる難治性乳腺炎のC1症例.日臨微誌離されたコリネバクテリウムの薬剤耐性動向調査(2005.C28:126-130,C20182016年).あたらしい眼科C35:1536-1539,C201822)市川りさ,石垣しのぶ,松村充ほか:グラム陽性球菌様***

MALDI-TOF 質量分析法により迅速に起因菌が同定できた ノカルジア角膜炎の1 例

2021年8月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科38(8):963.967,2021cMALDI-TOF質量分析法により迅速に起因菌が同定できたノカルジア角膜炎のC1例児玉俊夫*1平松友佳子*1,2上甲武志*1谷松智子*3西山政孝*3*1松山赤十字病院眼科*2愛媛大学医学部眼科*3松山赤十字病院検査部CACaseofNocardiaKeratitisRapidlyIdenti.edbyMALDI-TOFMassSpectrometryToshioKodama1),YukakoHiramatsu1,2)C,TakeshiJoko1),TomokoTanimatsu3)andMasatakaNishiyama3)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofClinicalLaboratory,MatsuyamaRedCrossHospitalC目的:ノカルジア角膜炎はまれな疾患であるが,初期診断ができないと重症化することがある.筆者らはマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI-TOFMS)を用いてノカルジア角膜炎と診断したC1例を報告する.症例:70歳,男性.左眼のヒトCTリンパ球向性ウイルスC1型(HTLV-1)関連ぶどう膜炎のために長期間ステロイド点眼を継続していた.外傷の既往なく,左眼角膜中間部に角膜潰瘍を認めたために病巣を擦過した.塗抹標本でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認めた.分離培養された菌をCMALDI-TOFMSで分析したところ,既知のノカルジアのデータベースとのパターンマッチングによりCNocardiaarthritidisと同定された.トブラマイシンとセフメノキシム点眼およびスルファメトキサゾール/トリメトプリム内服を併用して擦過後C25日目には角膜病変は瘢痕化した.結論:MALDI-TOFMSは眼ノカルジア症の迅速診断への有用な手段となりうる.CPurpose:Althoughnocardiakeratitiscasesarerare,amisdiagnosisofthepathogencanleadtoseriouscom-plications.Herewereportacaseofnocardiakeratitisidenti.edbymatrix-assistedlaserdesorptionionization-timeofC.ightCmassspectrometry(MALDI-TOFMS)C.CCase:AC70-year-oldCmaleCwasCtreatedCwithClong-termCsteroidCinstillationforhumanT-celllymphotrophicvirustype1(HTLV-1)associateduveitisinhislefteye.SincetheulcerinCthatCeyeCwasClocatedCinCtheCmid-peripheryCofCtheCcorneaCwithCnoChistoryCofCocularCtrauma,CtheCulcerCbedCwasCsurgicallyCscraped.CACcultureCsmearCrevealedCgram-positiveCrodsCwithCbranchingChyphae,CandCMALDI-TOFCMSCanalysisoftheidenti.edcoloniesshowedNocardiaarthritidisCasthecausativeorganismusingadatabaseofknownnocardiaspecies.Thus,weinitiatedtreatmentwithtopicalcefmenoximeandtobramycininstillation,aswellasoralsulfamethoxazole/trimethoprim.CAtC25-daysCafterCtheCcornealCscraping,ConlyCaCsmallCstromalCscarCwasCobserved.CConclusion:MALDI-TOFCMSCcanCprovideCaccurateCdiagnosis,CandCmightCbeCanCe.ectiveCmethodCforCproperCidenti.cationofnocardia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(8):963.967,C2021〕Keywords:ノカルジア角膜炎,Nocardiaarthritidis,質量分析法,MALDI-TOFMS,日和見感染.nocardialkeratitis,Nocardiaarthritidis,massspectrometry,matrix-assistedlaserdesorptionionization-timeof.ightmassCspectrometry,opportunisticinfection.Cはじめにしかし,外傷の既往がなくても長期間にわたって抗菌薬やス感染性角膜炎は適切な治療の開始時期を逸すると重大な視テロイドの点眼を行っている患者では,常在細菌叢のバラン機能障害を生じるために,緊急の治療を必要とする眼科疾患スが崩れてしまうといわゆる日和見感染を生じて感染性角膜である.感染性角膜炎は外傷を契機に発症することが多い.炎を発症すると考えられている.そのなかで放線菌感染症に〔別刷請求先〕児玉俊夫:〒790-8524愛媛県松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:ToshioKodama,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,1Bunkyo-cho,Matsuyama,Ehime790-8524,JAPANCよる角膜炎はまれであるが,初期診断ができないと重症化することがある.放線菌は嫌気性のアクチノミセスと好気性のノカルジアに大別できるが,いずれも従来の臨床細菌検査法では菌種の同定までに時間を要することが多い1).ポストゲノムの時代を迎えて,比較的簡便で短時間に細菌を同定できる検査法として質量分析装置を用いた細菌同定法が開発された.すなわちマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(matrix-assistedClaserCdesorp-tionionization-timeof.ightmassspectrometry:MALDI-TOFMS)で,現在市中病院の臨床検査室でも広く用いられている2).今回,MALDI-TOFMSを用いてノカルジア角膜炎と診断し,治療経過が良好であったC1例を報告する.CI症例患者:70歳,男性.主訴:左眼の視力低下,霧視.現病歴:2010年C1月中旬に左眼の霧視を自覚し,他院を受診したところ,左眼の虹彩炎を認めたために精査目的でC1月下旬当科を紹介された.初診時所見:視力は右眼C0.5(1.2×+0.25D(cyl.2.5DAx100°),左眼C0.01(0.04×+4.0D(cyl.1.0DAx110°).右眼眼圧=17CmmHg,左眼眼圧=13CmmHg.左眼の硝子体混濁を伴うぶどう膜炎を認めた.血液検査でヒトCTリンパ球向性ウイルスC1型(HTLV-1)抗体価がC8,192倍と高値を示したためにCHTLV-1関連ぶどう膜炎と診断した.入院治療を希望しなかったため,外来通院にてプレドニゾロン30Cmgの漸減投与とベタメタゾンとレボフロキサシン点眼液のC1時間おきの頻回点眼治療により左眼のぶどう膜炎は緩解した.その後も虹彩炎の再発,緩解を繰り返したために長期間ベタメタゾンあるいはフルオロメトロン点眼を継続していた.なお既往歴には特記事項は認めなかった.2018年C12月,数日前より左眼の異物感を自覚したために当科を受診した.発症以前に眼外傷および異物飛入は自覚していない.受診時所見として右眼視力=(1.0×+1.0D(cylC.3.0DAx100°),左眼視力=(0.3×+1.5D(cyl.1.5DAx90°).右眼眼圧=16mmHg,左眼眼圧=13mmHg.前眼部,中間透光体所見として左眼角膜内側の中間部に境界不明瞭な角膜混濁と周囲への浸潤を認めた(図1a).眼底には著変を認めなかった.血液検査所見として血液一般および肝・腎機能検査に異常は認めなかった.なお,C反応性蛋白(CRP)はC0.1Cmg/dlと正常範囲であった.角膜の浸潤病巣を擦過して擦過物のグラム染色と分離培養を行い,得られたコロニーは臨床細菌検査とCMALDI-TOFMSの検査を行った.角膜擦過物のグラム染色でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認め(図1b),角膜感染症の起炎菌としてアクチノミセス目の細菌が考えられた.受診当日よりレボフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始したが,術翌日には角膜浸潤病巣は残存していた(図2a).MALDI-TOFCMS(ブルカー・ドルトニクス社のCMALDIBiotyperOCを使用)によって得られたマススペクトル(図3)は,既知のライブラリーとのパターンマッチングにより近似性スコアー値が2.022を示したために菌種はCNocardiaarthritidisと同定された(表1)3).その結果を踏まえて,術後C4日目よりスルファメトキサゾール/トリメトプリム(SMX/TMP)内服を追加してトブラマイシンとセフメノキシムの頻回点眼に変更した.その後,臨床細菌検査でもCN.arthritidisの薬剤感受性検査の結果(表2)からそのまま薬物療法を継続した.SMX/TMP内服はC7日間続けた.角膜潰瘍擦過後,8日目図1左眼角膜混濁と角膜擦過物のグラム染色a:左眼の角膜中間部においてC9時方向に境界不明瞭で周囲への浸潤病巣を伴う角膜病変を認めた(.).b:角膜擦過物のグラム染色でフィラメント状の菌糸を有するグラム陽性桿菌を認めた.バーはC1Cμm.abc図2治療経過a:術後C2日目.角膜擦過により病巣の中央部は透明化したが,瞳孔よりの浸潤病巣は残存している.Cb:術後C8日目.浸潤病巣が縮小化していた.c:術後C25日目.角膜病変は透明化し,フルオレセイン染色を行っても染色されなかった.CIntens.[arb]2,5002,0001,5001,00050002,0004,0006,0008,00010,00012,00014,00016,00018,000m/z図3角膜潰瘍擦過物より分離した細菌より得られたMALDI-TOFMSのマススペクトルには浸潤病巣は縮小化し(図2b),25日目に角膜病変は瘢痕化した(図2c).CII考察従来の臨床細菌検査は塗抹検鏡,分離同定,純培養の手順を経て行われるが,菌種の同定困難な症例が存在することも少なくない.1980年代には培養検査を用いない細菌の同定法として,16CSrRNAのシークエンシングによる系統解析が行われるようになった.16CSrRNAは種を超えていくつかの保存性の高い領域をもつが,そのなかで系統樹的に変異領域が遺伝していることがわかっている.この変異を解析することができれば,細菌を遺伝的に同定することが可能であり,16CSrRNA解析法は信頼性の高い細菌同定法として認められている4).ただし操作方法が煩雑であるために一般病院での細菌検査法としては普及していない.ポストゲノムの時代を迎え,比較的簡便で短時間に細菌を同定できる検査法として質量分析装置を用いた細菌同定法が開発された.その原理は,蛋白質は固有の質量をもっているが,質量分析器を用いて蛋白質の質量の違いを計測することにより,分子量から蛋白質を同定することができるというものである2).2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一博士が開発した技術をもとにCMALDI-TOFMSが実用化された.すなわち,レーザーを照射すると破壊される蛋白質とレーザーを吸収しやすいマトリックスを混ぜてからレーザーを表1MALDI-TOFMSによるノカルジア菌種の同定MatchedpatternCScoreC1CNocardiaarthritidisCJMLD0057C2.022C2CNocardiaarthritidisCJMLD0024C1.892C3CNocardiaasiaticaCJMLD0025C1.814C4CNocardiaasiaticaCJMLD0082C1.765C5CNocardiaabscessusCJMLD0019C1.765C6CNocardiaexalbidaCJMLD0034C1.709C7CNocardiapneumoniaeCJMLD0004C1.671C8CNocardiaabscessusCNO_14CHUAC1.662C9CNocardiaarthritidisCJMLD0081C1.659C10CNocardiabeijingensisCJMLD0027C1.619C11CNocardiaasiaticaCJMLD0083C1.608C12CNocardiaabscessusCJMLD0079C1.556C13CNocardiaCsp.MB_9090_05CTHLC1.525C14CNocardiatakedensisCJMLD0010C1.501C15CNocardiaasiaticaCDSM44668CTDSMC1.466C16CNocardiaasiaticaCJMLD0084C1.466C17CNocardiaabscessusCJMLD0054C1.461C18CNocardiaaraoensisCJMLD0056C1.382C19CNocardiaaraoensisCJMLD0023C1.379C20CNocardiasienataCJMLD0008C1.347照射すると,蛋白質の変性なしにイオン化できるという現象を応用したものである.MALDI-TOFMSによる蛋白質の測定原理は,マトリックスと検体を混合して固相化したあとにレーザー照射を行うことにより,蛋白質はマトリックスによって化学的イオン化を受け,それぞれのイオンが真空中の一定距離を飛んでいく時間を計測してマススペクトルを得る.このイオン化はソフトなイオン化といわれ,蛋白質試料が多価イオンを生成しないので解釈可能なスペクトラムを得ることができる.得られたマススペクトルは既知の菌種登録された細菌のライブラリーとのパターンマッチングを行って,マッチングスコアがC2.0以上であれば種レベル,1.7以上であれば属レベルの細菌同定が可能となる3).MALDI-TOFMSの最大の特徴は短時間で菌種を同定することが可能な点で,分離培養により得られたコロニーをCMALDI-TOFMSで解析すると菌種同定に要する時間は数C10分であるのに対して,生化学的性状による同定キットを用いる検査では長時間の観察が必要で,菌種が同定不能なこともある.一般的に病原性アクチノミセスは培養を行っても発育が遅く,十分な発育にはC14日間を要するとあり1),さらにBeamanによるノカルジアの総説には培養での生育が遅いために医療施設によってはノカルジアが増殖してコロニーを作表2Nocardiaarthritidisの薬剤感受性薬剤名判定薬剤名判定CPIPCCRCMINOCSCCEZCCTMCIPMCGMCRCSCSCSCCLDMCLVFXCSBT/ABPCCAMKCRCRCRCSPIPC:ピペラシリンナトリウムCMINO:ミノサイクリンCEZ:セファゾリンナトリウムCCLDM:クリンダマイシンCTM:セフォチアムCLVFX:レボフロキサシンIPM:イミペネムSBT/ABPC:スルバクタムC/アンピシリンナトリウムCGM:ゲンタマイシンCAMK:アミカシンナトリウムるまでに培養操作を中止することも多いという記載もある5).すなわちCMALDI-TOFMSを用いることの最大の利点は,速やかに菌種が同定できればより早期に治療を開始することができるという点である.ノカルジアは土壌に広く分布する好気性の病原性アクチノミセス目の細菌である1).ノカルジア感染による角膜炎はまれであるが,外傷6,7),コンタクトレンズの長時間装用8),レーザー屈折矯正角膜切除術9,10)などを契機として角膜炎を発症する.ノカルジア感染症の発症メカニズムについてはノカルジアのなかでも細胞障害性の強い菌種であるCNocardiaasteroidesについて研究が進んでいる.ノカルジアの病原性については細菌を貪食する食細胞(phagocyte)において細菌を取り囲む食胞とリソゾームの融合膜の形成を抑制し,さらに食胞内の酸性化や過酸化反応を阻害することによって,食細胞での消化作用を抑制するといわれている5).ノカルジアはマイコバクテリウム属やコリネバクテリウム属などと近縁の細菌といわれており,その特徴として菌体の細胞壁に総炭素数約C80の超高級脂肪酸であるミコール酸を有している.ノカルジアでは細胞壁のミコール酸とトレハロースが結合したものが紐状発育に関係しているといわれ,さらに細菌の好酸性を示している5,11).上記に示した生体防御のエスケープ機構によってノカルジアが治療抵抗性を示すと考えられている.以前ノカルジア症の原因菌はCN.asteroidesがほとんどであると考えられていた5)が,16CSrRNAによる塩基配列の系統樹解析で病原性のあるさまざまなノカルジアが存在していることが明らかとなった12).N.arthritidisはC2004年に慢性関節リウマチ患者の喀痰および大腿部の膿瘍より検出され,塩基配列解析により日本で最初に新種として登録された13).眼科領域ではC2017年にレーザー屈折矯正角膜切除術後の角膜炎より細菌培養によってCN.arthritidisが検出された症例が報告された10).ただしそれ以前にもC16CSrRNAのシークエンス解析により眼ノカルジア症C11例のうちCN.arthritidisが3例検出されたという報告がある12).治療として全身のノカルジア症に対しては以前より薬剤感受性が良好なCSMX/TMPが投与されている14).ノカルジア角膜炎に対しては全身投与としてCSMX/TMPに加え,アミカシンの併用が一般的で,局所療法としてキノロン系抗菌点眼薬治療が行われている15).ノカルジア角膜炎は他の細菌性角膜炎に比べると治療成績が不良と報告されている.たとえばCLalithaらはCSteroidsCforCCornealCUlcersTrialの臨床治験の一環として,ノカルジア角膜炎と非ノカルジア角膜炎に対してステロイド点眼併用効果について検討している.ノカルジア角膜炎では非ノカルジア角膜炎と比較するとステロイドを併用しても角膜の浸潤病巣は拡大しており,治療後の視力も低下していた15).このように治療抵抗性を示すノカルジア角膜炎に対してCMALDI-TOFMS検査を行うことにより早期診断が可能となればノカルジア感染の治療成績が向上すると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)水口康雄:アクチノミセス,ノカルジア.戸田新細菌学改定32版(吉田眞一,柳雄介編),p669-673,南山堂,20022)大楠清文:質量分析技術を利用した細菌の新しい同定法.モダンメディア58:113-122,C20123)松山由美子:MALDIバイオタイパーの原理および操作方法.臨床と微生物39(増刊号):617-624,C20124)大楠清文,江崎孝行:16CSrRNA配列のシークエンス解析による細菌の同定.臨床と微生物C39(増刊号):113-122,C20125)BeamanCBL,CBeamanL:Nocardiaspecies:host-parasiteCrelationships.ClinMicrobiolRev7:213-264,C19946)HirstLW,HarrisonGK,MerzWGetal:Nocardiaasteroi-desCkeratitis.BrJOphthalmol63:449-454,C19797)越智理恵,鈴木崇,木村由衣ほか:NocardiaCasteroidesによる角膜炎のC1例.臨眼60:379-382,C20068)EgginkCA,WesselingP,BoironPetal:SeverekeratitisduetoNocardiafarcinica.JClinMicrobiol35:999-1001,C19979)FaramarziCA,CFeiziCS,CJavadiCM-ACetal:BilateralCnocar-diakeratitisafterphotorefractivekeratectomy.JOphthal-micVisRes7:162-166,C201210)GiegerA,WallerS,PasternakJetal:Nocardiaarthritidiskeratitis:CaseCreportCandCreviewCofCtheCliterature.CNepalCJOphthalmol9:91-94,C201711)水口康雄:結核菌と好酸菌(マイコバクテリウム).戸田新細菌学改定C32版(吉田眞一,柳雄介編),p646-668,南山堂,200212)YinCX,CLiangCS,CSunCXCetal:Ocularnocardoosis:CHSP65Cgenesequencingforspeciesidenti.cationofNocar-diaCspp.AmJOphthalmol144:570-573,C200713)KageyamaCA,CTorikoeCK,CIwamotoCMCetal:NocardiaCarthritidisCsp.nov.,anewpathogenisolatedfromapatientCwithCrheumatoidCarthritisCinCJapan.CJCClinCMicrobiolC42:C2366-2371,C200414)WilsonJW:Nocardiosis:UpdatesCandCclinicalCoverview.CMayoClinProc87:403-407,C201215)LalithaP,SrinivasanM,RajaramanRetal:NocardiaCkerC-atitis:ClinicalCcourseCandCe.ectCofCcorticosteroids.CAmJOphthalmol154:934-939,C2012***