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角膜混濁と病的近視のある成熟白内障に超音波白内障手術を行った1例

2017年11月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科34(11):1606.1609,2017c角膜混濁と病的近視のある成熟白内障に超音波白内障手術を行った1例上.甲.覚国立病院機構東京病院眼科CMatureCataractSurgeryinaPatientwithOpaqueCorneaandPathologicMyopiaSatoruJokoCDepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationTokyoNationalHospital目的:角膜混濁と強度近視のある成熟白内障に,超音波水晶体核乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を行ったC1症例の報告.症例:74歳,女性,左眼の白内障治療目的で受診した.幼小時に流行性角結膜炎の既往があった.所見と経過:初診時,左眼の矯正小数視力は手動弁で,成熟白内障と角膜混濁と強度近視を認めた.左眼の眼軸長は超音波CAモードでC30.33Cmmであった.術中合併症はなかった.術後最終視力はC0.04であったが,患者は結果に満足している.術後の経過観察期間はC3年で,合併症は生じていない.結論:角膜混濁と病的近視のため術後視力の改善は限定的だったが,患者の満足は得られた.今後,同様な疾患の症例が増えれば,インフォームド・コンセントに有用な手術成績の検討が可能になると考えた.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCmatureCcataractCwithCopaqueCcornealCandCpathologicCmyopiaCthatCunderwentCphacoemulsi.cationCcataractCsurgery.CCase:AC74-year-oldCfemaleCwhoCwasCreferredCtoCourChospitalCforCcataractCsurgeryconsultationhadahistoryofepidemickeratoconjunctivitisatyoungelementaryschoolage.FindingsandProgress:CorrectedCvisualCacuityCinCherCleftCeyeCwasChandCmovementCatC.rstCvisitCtoCourChospital.CTheCeyeCshowedsignsofmaturecataract,cornealopacityandhighmyopia.Axiallengthoftheeyewas30.33Cmminultra-sonicAmode.Therewerenointraoperativecomplications.At3yearsaftercataractsurgery,lefteye.nalvisualacuityCwasC0.04.CThereCwereCnoCpostoperativeCcomplications.CConclusion:ThoughCpostoperativeCvisualCacuityCimprovementwaslimitedtopathologicmyopiawithopaquecornea,herresultwassatisfactory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(11):1606.1609,C2017〕Keywords:成熟白内障,角膜混濁,病的近視,超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ.matureCcataract,CopaqueCcornea,pathologicmyopia,phacoemulsi.cationandaspiration,intraocularlens.Cはじめに超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulisi.cationCandCaspi-ration:PEA)を行う症例のなかで,角膜混濁のある白内障は難症例の一つと考えられている1.5).また,成熟白内障も難症例の一つと考えられている6,7).さらに,強度近視のある白内障も術中に注意すべき点がある8,9).これまでに,角膜混濁と強度近視をともに合併した白内障症例に対する超音波白内障手術の報告はまれで,その手術結果はあまり知られていない10,11).今回,角膜混濁と強度近視のある患者の成熟白内障に,PEAと眼内レンズ(intraocularClens:IOL)挿入術を行った1症例を経験したので報告する.CI症例患者:74歳,女性.主訴:左眼の視力低下.現病歴:左眼の白内障手術目的で紹介受診した.受診のC3カ月前より視力低下が強くなった.初診時所見:矯正視力は右眼0.3(0.6×.2.00D(cyl.1.75DAx75°),左眼は20cm手動弁(矯正不能)であった.眼圧〔別刷請求先〕上甲覚:〒204-8585清瀬市竹丘C3-1-1国立病院機構東京病院眼科Reprintrequests:SatoruJoko,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationTokyoNationalHospital,3-1-1TakeokaKiyose,Tokyo204-8585,JAPAN1606(122)は右眼C17CmmHg,左眼C18CmmHgであった.左眼は角膜混濁と成熟白内障を認めた(図1).右眼も白内障はあったが,角膜混濁は合併していなかった.左眼の超音波CBモードエコーでは,後部ぶどう腫の所見を認めた(図2).既往歴:4歳頃に流行性角結膜炎を罹患し,左眼は当時より視力が不良であった.術前検査:超音波CAモードでは,右眼の眼軸長はC26.28mm,左眼の眼軸長はC30.33Cmmであった.角膜内皮細胞密度は,右眼C2,839/mmC2,左眼C2,597/mmC2であった.白内障手術:手術は通常の顕微鏡照明下で行った.角膜耳側切開を行い,前.はインドシアニングリーンで染色した後,連続円形切.(continuousCcurvilinearCcapsulorhexis:CCC)を施行した.PEAとCIOL挿入術後,切開創は無縫合で終了した.術中合併症はなかった.術後経過:術後視力は改善し,最高視力はC0.07であった.術後早期の前眼部写真を図3に示した.術後の眼底検査で,黄斑部を含めた後極部に網脈絡膜萎縮を認めた(図4).術後の経過観察期間はC3年で,最終視力はC0.04であるが,患者は結果に満足している.術後の合併症は生じていない(図5).なお,右眼は,左眼の術C5カ月後に白内障の手術を施行し図1術前の前眼部写真角膜混濁(Ca)と成熟白内障(Cb)を認める.C図2術前の超音波Bモードエコー強膜が後方に突出している.図3術5カ月後の前眼部写真前眼部の状態は,術前と変わりない.図4術後の眼底写真黄斑部を含む後極部に網脈絡膜萎縮を認める.図5術3年後の前眼部写真明らかな前.の収縮や後.混濁もなく,IOLの偏位もない.C表1筆者の角膜混濁・病的近視の超音波白内障手術報告例報告年年齢・性患眼眼軸Cmm術前視力術後最高視力既往症例C1#177・女右C28.47C0.01C0.04麻疹C2013(左眼C0.9)(幼小時)症例C2#278・女右C29.82C0.08C0.5CpトラコーマC2015左C29.88C0.08C0.3(幼小時)本症例74・女左C30.33手動弁C0.07流行性角結膜炎(右眼C1.0)(4歳頃)#1,2:便宜上,過去に報告した症例をC1とC2とした.た.術中・術後に合併症はなく,最高視力はC1.0であった.CII考察角膜混濁の程度は,眼内の術中操作の難易度に強く影響を与える.通常,特定の限られた疾患以外は,角膜混濁併発例の白内障症例の数は多くはない12.15).したがって,そのような症例に慣れている術者は少ないと考える.最近,さまざまな角膜混濁モデル眼の作製が可能になった16.19).実際の症例に類似した模擬眼で練習を行えば,ある程度慣れることは可能と考える.角膜混濁症例の対策として,治療的角膜表層切除12,14)や「特殊な照明法」を利用する方法1.5)がある.また,水晶体核の処理方法として,水晶体.外摘出術の選択もある.事前に考えた手術計画は,角膜混濁モデル眼を利用して試すことも可能である.今回は,角膜混濁の範囲が限定的なので,通常の顕微鏡照明下で眼内の操作が可能であった.ただし,成熟白内障もあるため,前.染色法を利用してCCCCを行った.CCCはその後の手術操作に大きく影響するので,確実に行う必要がある.慣れていない術者は,事前に成熟白内障モデル眼で,CCCの練習を行うことも可能である20,21).さらに,術中の視認性対策以外に,強度近視眼の注意点も知っておく必要がある.強度近視は強膜が薄いこと,Zinn小帯が脆弱で液化硝子体のため前房深度が不安定になることがある8).黄斑障害のある病的近視眼では,固視の不良にも注意が必要である.ただし,強度近視の白内障モデル眼は調べた限りないので,実際の手術で慣れる必要がある.これまでに,筆者は強度近視と角膜混濁を併発した白内障手術をC2例報告している10,11).本症例を含めた臨床所見のまとめを表1に示した.各症例の角膜混濁の程度は異なるが,共通して幼小時に感染症による角膜障害の既往があり,視力は不良であった.幼小時の眼感染症疾患の治療は,適切に対応する必要がある.白内障手術時の年齢はC3例ともC70歳以上で,通常の強度近視に伴う白内障手術時の年齢より高い傾向である22).角膜混濁と黄斑病変の合併があるので,白内障がかなり進行しないと適応になりにくいことが理由として考えられる.その分,手術の難易度はさらに増すことになる.病的近視のない角膜混濁症例の白内障手術では,患者の満足度の高い報告がある1).本症例と症例C2(表1)の患者は,術後視力の改善は限定的だが,手術の結果に満足している.症例C1の右眼は,術中・術後に特記すべき合併症は生じていないが,患者の満足は得られなかった.ただし,その症例の左眼は病的近視がなく,白内障手術後の視力は良好なので,左眼の結果には満足している.病的近視の併発している角膜混濁症例は,その手術適応の判断はむずかしい.本症例の左眼の視力は,幼小時より中心視力は不良であった.ただし,周辺部はそれなりに見えて,役にたっていたことが,術前の問診でわかっていた.術前の超音波CBモードエコーの結果も踏まえて,最近の視力低下の原因はおもに成熟白内障にあると考え,手術の適応があると判断した.今後,同様な疾患の手術症例数が増えれば,これまで以上にインフォームド・コンセントに有用な手術成績の検討が可能になると考えた.本論文の要旨は,第C1回CTokyoOphthalmologyClub学術講演会(2015年C9月C12日)にて発表した.文献1)FarjoCAA,CMeyerCRF,CFarjoCQA:Phacoemulsi.cationCinCeyesCwithCcornealCopaci.cation.CJCCataractCRefractCSurgC29:242-245,C20032)NishimuraCA,CKobayashiCA,CSegawaCYCetCal:EndoillumiC-nation-assistedcataractsurgeryinapatientwithcornealopacity.JCataractRefractSurgC29:2277-2280,C20033)岡本芳史,大鹿哲郎:手術顕微鏡スリット照明を用いた白内障手術.眼科手術17:365-367,C20034)西村栄一,陰山俊之,谷口重雄ほか:角膜混濁例に対する前房内照明を用いた超音波白内障手術.あたらしい眼科C21:97-101,C20045)OshimaCY,CShimaCC,CMaedaCNCetCal:ChandelierCretroilluC-mination-assistedtorsionaloscillationforcataractsurgeryinpatientswithseverecornealopacity.JCataractRefractSurgC33:2018-2022,C20076)HoriguchiM,MiyakeK,OhtaIetal:StainingofthelenscapsuleCforCcircularCcontinuousCcapsulorrhexisCinCeyesCwithCwhiteCcataract.CArchCOphthalmolC116:535-537,C19987)MellesCGR,CdeCWaardCPW,CPameyerCJHCetCal:TrypanCbluecapsulestainingtovisualizethecapsulorhexisincat-aractsurgery.JCataractRefractSurgC25:7-9,C19998)原優二:強度近視眼の白内障.臨眼C58(増刊号):225-227,C20049)ZuberbuhlerCB,CSeyedianCM,CTuftCS:Phacoemulsi.cationCinCeyesCwithCextremeCaxialCmyopia.CJCCataractCRefractCSurgC35:335-340,C200910)上甲覚:超音波白内障手術の長期経過観察ができたぶどう膜炎併発強皮症のC1例.臨眼67:1713-1718,C201311)上甲覚:超音波白内障手術後に強膜炎を合併した,角膜混濁と強度近視のあるC1症例.臨眼69:493-497,C201512)SalahT,ElMaghrabyA,WaringGO3rd.:ExcimerlaserphtotherapeuticCkeratectomyCbeforeCcataractCextractionCandintraocularlensimplantation.AmJOphthalmolC122:C340-348,C199613)上甲覚:ハンセン病患者の白内障に対する超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術.日本ハンセン病学会雑誌C65:170-173,C199614)兼田英子,根岸一乃,山崎重典ほか:治療的レーザー角膜切除施行眼に対する白内障手術における術後屈折値予測精度.眼紀55:706-710,C200415)上甲覚:Hansen病性ぶどう膜炎患者の白内障手術(2)実践編.あたらしい眼科26:491-492,C200916)上甲覚:白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルの作製と使用経験.臨眼C64:465-469,C201017)上甲覚:初級者向けの白内障手術練習用の豚眼による角膜混濁モデルの試作.あたらしい眼科C27:1707-1708,C201018)上甲覚:豚眼による白内障モデルの試作と使用経験.あたらしい眼科28:1599-1601,C201119)上甲覚:角膜混濁モデルによるウエットラボ.眼科手術5白内障(大鹿哲郎編),p93-94,文光堂,201220)VanCVreeswijkCH,CPameyerCJH:InducingCcataractCinCpostmortemCpigCeyesCforCcataractCsurgeryCtrainingCpur-poses.JCataractRefractSurgC24:17-18,C199821)上甲覚:成熟白内障モデル眼の試作.あたらしい眼科C33:1801-1803,C201622)森嶋直人,中瀬佳子,林一彦ほか:強度近視の白内障術後視力.眼臨81:88-91,C1987***

狭隅角眼に対する白内障手術の隅角開大効果

2010年8月31日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)1133《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(8):1133.1136,2010cはじめに狭隅角眼は,急性原発閉塞隅角症をひき起こす可能性があることから従来は予防的に,隅角開大のためにレーザー周辺虹彩切除術(laseriridotomy:LI)が行われてきた.近年,LIに代わって隅角開大を目的とした白内障手術が行われるようになり,隅角開大効果や眼圧下降効果を得られたとの報告が見受けられる1.5).隅角開大効果の評価は,古くは検眼鏡所見に始まり,近年では超音波生体顕微鏡検査(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)の登場により客観的に,かつ定量的に隅角の開大度を評価できるようになった.ただし,UBMの測定は多くの場合アイカップを溶液で満たし,眼表面に接触して測定する必要があり,白内障手術直後では感染を考慮すると測定しにくい面があった.近年,非接触で測定可能な前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)が登場し,従来のUBMと比較し解像度も向上し,外来で多数の症例を非侵襲,短時間で測定できるようになった.前眼部OCTで狭隅角や隅角〔別刷請求先〕橋本尚子:〒320-0861宇都宮市西1-1-11原眼科病院Reprintrequests:TakakoHashimoto,M.D.,HaraEyeHospital,1-1-11Nishi,Utsunomiya-shi,Tochigi-ken320-0861,JAPAN狭隅角眼に対する白内障手術の隅角開大効果橋本尚子原岳成田正弥本山祐大立石衣津子原たか子原孜原眼科病院Angle-wideningEffectofCataractSurgeryinPrimaryAngle-ClosureTakakoHashimoto,TakeshiHara,MasayaNarita,YutaMotoyama,ItsukoTateishi,TakakoHaraandTsutomuHaraHaraEyeHospital目的:狭隅角眼に対する白内障手術の隅角開大効果を評価する.研究デザイン:前向き研究,対照群はなし.対象および方法:対象は,原眼科病院で白内障手術を行った狭隅角眼,男性4例7眼,女性16例29眼.平均年齢は69.9±11.1(52.89)歳であった.術前と術後1,3カ月で前眼部OCT(光干渉断層計)を用いて耳側のAOD(angleofdistance)500,AOD750,TISA(trabecularirisspacearea)500,TISA750,SS(scleralspur)angleの定量を行った.合わせて,術前,術後1,3カ月での眼圧,角膜内皮細胞密度を測定した.結果:耳側のAOD500は術前,術後1,3カ月の順で,0.11,0.39,0.38mmに,AOD750は0.19,0.60,0.61mmに,TISA500は0.05,0.13,0.13mm2に,TISA750は,0.09,0.25,0.25mm2に,となった.同様にSSangleは12.2,37.5,36.7°となった.いずれのデータも術前と比べ術後1,3カ月でともに有意差(p<0.01)を認めた.眼圧は18.6±5.0,14.4±2.9,13.3±2.6mmHgとなった.角膜内皮細胞密度は,2,539±441,2,434±496,2,348±441/mm2であった.結論:狭隅角眼に対する白内障手術は,隅角を開大する効果があると思われた.Purpose:Toevaluatetheangle-wideningeffectofcataractsurgeryinprimaryangle-closurepatients.PatientsandMethods:EnrolledinthisprospectivestudyatHaraEyeHospitalwere36eyes,allofwhichunderwentcataractsurgery.TemporalAOD(angleofdistance)500,AOD750,TISA(trabecularirisspacearea)500,TISA750andSS(scleralspur)angleweremeasuredbeforeandaftersurgerybyanteriorOCT(opticalcoherencetomograph).Result:AOD500was0.11mmbeforesurgery,0.39mmat1monthaftersurgeryand0.38mmat3monthsaftersurgery.Atthesamerespectivetimepoints,AOD750was0.19,0.60and0.61mm;TISA500was0.05,0.13and0.13mm2;TISA750was0.09,0.25and0.25mm2,andSSanglewas12.2,37.5and36.7°.Conclusion:Cataractsurgeryhastheeffectofwideningtheangleinprimaryangle-closurepatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(8):1133.1136,2010〕Keywords:狭隅角眼,超音波水晶体乳化吸引術,前眼部光干渉断層計,AOD(angleofdistance),TISA(trabecularirisspacearea),SS(scleralspur)angle.narrowangle,phacoemulsificationandaspiration,anteriorOCT,AOD,TISA,SSangle.1134あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(122)閉塞の認められる白内障手術症例の,手術前後の隅角角度の変化を前眼部OCTで定量した報告は調べられた範囲ではまだ少ない1).今回,筆者らは白内障手術の対象症例のなかの狭隅角眼に対して,術前後の隅角の変化を前眼部OCT(VisanteR,カールツァイス社製)で評価したので報告する.I対象および方法対象は,2008年11月から2009年6月までに原眼科病院で白内障のために手術をし,かつ前眼部OCTで耳側の強膜岬での隅角角度(scleralspurangle:SSangle)が25°以下であった20例36眼で,内訳は男性4例7眼,女性16例29眼であった.年齢は69.9±11.1(平均値±標準偏差,以下同様)(52.89)歳,無散瞳下での眼圧は18.6±5.0(12.34)mmHgであった.全例,検眼鏡的に緑内障性視神経乳頭変化を有さなかった.白内障手術方法は,ベノキシール点眼麻酔にて施行した.角膜切開3.2mmを行い,粘弾性物質はヒーロンR+ヒーロンVRを使用したハードシェル法6)で角膜内皮保護を行い,hydrodissection,hydrodelineation後,核分割法で超音波水晶体乳化吸引術(PEA)を施行,IA(灌流吸引術)を行った.その後ヒーロンRで前房形成後アクリル製折り畳み式眼内レンズを.内固定し,IAにて前房を洗浄して創口閉鎖を確認,無縫合で手術を終了した.手術は全症例,同一術者により施行された.なお,LI後,角膜疾患,ぶどう膜炎の既往のある症例は対象から除外した.対象患者には今回の手術治療に関する十分な説明を行い,文書による同意を得た.白内障手術術前と術後1,3カ月で前眼部OCTを用いて隅角の評価を行った.測定部位は耳側と鼻側とし,それぞれのAOD(angleofdistance)5007),AOD750,TISA(trabecularirisspacearea)5008),TISA750,SSangleの定量を行った(図1).SSangleは,水平方向(0°,180°)で評価した値を用いた.同時に視力,眼圧,角膜内皮細胞密度を測定した.術前と術後1,3カ月後のデータでBonferroniの多重比較検定を行い,p<0.01を有意水準とした.II結果術前の平均核硬度はEmery-Little分類で2.1±0.8(1.3),手術時間は6.8±2.5(5.17)分であり,対象症例のなかで白内障手術中,術後,経過観察中に特記すべき合併症が認められた症例はなかった.隅角の評価を前眼部OCT(VisanteR)を用いて行った.耳側に関して,耳側のAOD500は術前,術後1,3カ月の順で,0.11,0.39,0.38mmに,AOD750は0.19,0.60,0.61mmに,TISA500は0.05,0.13,0.13mm2に,TISA750は0.09,0.25,0.25mm2に,となった.同様にSSangleは12.2,37.5,36.7°となった(表1).鼻側のAOD500は術前,術後1,3カ月の順で,0.13,0.38,0.39mmに,AOD750は0.22,0.59,0.60mmに,TISA500は0.05,0.13,0.13mm2に,TISA750は0.09,0.25,0.25mm2に,となった.同様にSSangleは13.9,36.2,36.9°となった(表2).AOD500,750,TISA500,750ともに術前と比較して,術後1,3カ月ともにp<0.01と有意差が認められた.視力は,術前と術後1,3カ月の順で,(0.9),(1.0),(1.0)となり,眼圧表1耳側前眼部OCT術前術後1カ月術後3カ月AOD500(mm)0.11±0.060.39±0.13*0.38±0.12*AOD750(mm)0.19±0.100.60±0.21*0.61±0.17*TISA500(mm2)0.05±0.020.13±0.04*0.13±0.04*TISA750(mm2)0.09±0.040.25±0.08*0.25±0.07*SSangle(°)12.2±6.837.5±9.6*36.7±9.2*平均値±標準偏差.*p<0.01.表2鼻側前眼部OCT術前術後1カ月術後3カ月AOD500(mm)0.13±0.060.38±0.14*0.39±0.11*AOD750(mm)0.22±0.110.59±0.20*0.60±0.16*TISA500(mm2)0.05±0.020.13±0.05*0.13±0.05*TISA750(mm2)0.09±0.040.25±0.09*0.25±0.07*SSangle(°)13.9±6.536.2±10.4*36.9±7.7*平均値±標準偏差.*p<0.01.図1OCTによる隅角の測定部位①が強膜岬.強膜岬から虹彩に下ろした垂線の交差部②.①から500μm離れた角膜後面の点③から虹彩に下ろした垂線の交差部④.①から750μm離れた角膜後面の点⑤から虹彩に下ろした垂線の交差部⑥.③④の線の長さがAOD500,⑤⑥の長さがAOD750.①②③④の線で囲まれた面積がTISA500,①②⑤⑥の線で囲まれた面積がTISA750.①③④で囲まれた直角三角形の頂点の角度がSSangle.ICAngle-180°AOD600:0.378mmAOD750:0.533mmTISA500:0.127mm2TISA750:0.239mm2ScleralSpurAngle:36.7°(123)あたらしい眼科Vol.27,No.8,20101135は同様に18.6±5.0,14.4±2.9,13.3±2.6mmHgとなった.角膜内皮細胞密度は同様に,2,539±441,2,434±496,2,348±441/mm2であった.角膜内皮細胞減少率は,術前と比較した1カ月,3カ月後の減少率が,3.8±9.4,7.6±8.9%となった.視力,眼圧において術前に比較して,術後1,3カ月ではp<0.01と有意差が認められた.角膜内皮細胞密度に関しては有意差が認められなかった.III考按今回筆者らは,白内障が認められ白内障手術適応となった症例のうち,前眼部OCTで耳側のSSangleが25°以下であった狭隅角眼に対する隅角の開大効果を,前眼部OCTを用いて検討した(図2).症例選択に関しては本来1例1眼が理想的だが,今回は20例36眼と症例数が少ないため合計36眼を対象とした.隅角の評価は上方,下方,耳側,鼻側で隅角の開大度が異なるが,当院では非接触で,さらに眼瞼の挙上なども行わずに撮影できる水平断を撮影して評価している.閉塞隅角緑内障眼に対する白内障手術での隅角開大効果について,Nonakaらの報告5)では,UBMで評価した閉塞隅角眼の症例に対して白内障手術を行った術前後のAOD500の値は,術前0.09±0.07mm,術後3カ月で0.25±0.09mmと有意な増加が認められた.筆者らの前眼部OCT(VisanteR)での値も水平方向でのAOD500で術前0.1.0.13mmから術後0.38.0.39mmと増加している.Pereiraらの報告9)では通常の白内障症例での術前後の隅角角度を定量した評価で,AODは上方,下方,耳側,鼻側で比較すると術前後ともに水平方向が上下方向よりも隅角が開大している結果となっていた.筆者らの数値は耳側と鼻側の水平方向で評価しているため,上下方向の値よりは数値的に少し大きく出ている可能性もある.今回は測定部位も測定機器も異なるために単純比較はできないが,有意な増大が認められた.VisanteRで閉塞隅角緑内障のある白内障症例の術前後の隅角角度を定量したDawczynskiらの報告1)では,閉塞隅角緑内障症例の術前隅角の水平断での平均値は16.0±4.7°で術後は32.3±7.7°となっており,術後は有意な隅角の開大が認められた.Dawczynskiらの隅角評価は,VisanteRの隅角パラメータであるanteriorchamberangle(ACA)を用いて測定しており,虹彩と角膜の角度を測定したものである.今回の筆者らの隅角評価は同じVisanteRではあるが,強膜岬から隅角角度を測定したSSangleである.強膜岬より500μm離れた角膜後面から虹彩に下ろした垂直線で囲まれた,直角三角形の頂点の角度を測定しているため測定方法がまったく同じではない.結果はほぼ同様の数値となっていたが,これは大きな測定部位の相違がないことと,筆者らと同様の水平断での測定値であるためと思われた.前眼部OCTでの隅角評価は,非接触型であるため,アイカップを用いた方法と比較すると手術直後でも感染の心配がなく検査ができ,短時間での検査が可能であり,しかも解像度が高いため,隅角の詳細な評価をするうえでは有用であると思われた.角膜内皮細胞については,術後1カ月,3カ月の減少率が,3.8±9.4,7.6±8.9%となり,以前当院でヒーロンVRを併用した白内障手術の角膜内皮細胞密度の減少率,2.4%(術後1カ月),1.7%(術後3カ月)6)と比較して高い数値を示した.角膜内皮細胞密度に関しては今後も長期的,経時的な観察が必要と思われた.本研究に際し,術後検査にご協力いただきました猪木多永子先生,金子禮子先生,清水由花先生,原正先生,原裕先生に感謝いたします.文献1)DawczynskiJ,KoenigsdoerfferE,AugstenRetal:Anteriorsegmentopticalcoherencetomographyforevaluationofchangesinanteriorchamberangleanddepthafterintraocularlensimplantationineyeswithglaucoma.EurJOphthalmol17:363-367,20072)LamDSC,LeungDYL,ThamCCYetal:Randomizedtrialofearlyphacoemulsi.cationversusperipheraliridotomytopreventintraocularpressureriseafteracuteprimaryangleclosure.Ophthalmology115:1134-1140,20083)HataH,YamaneS,HataSetal:Preliminaryoutcomesofprimaryphacoemulsi.cationplusintraocularlensimplantationforprimaryangle-closureglaucoma.JMedInvest55:287-291,2008術前術後図2白内障術前,術後の前眼部OCT術前と比較して術後は明らかな隅角の開大が認められる.1136あたらしい眼科Vol.27,No.8,2010(124)4)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Cataractsurgeryforresidualangleclosureafterperipherallaseriridotomy.Ophthalmology112:974-979,20055)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocesscon.gurationaftercataractsurgeryforprimaryangleclosure.Ophthalmology113:437-441,20066)橋本尚子,原岳,原孜ほか:ヒーロンVRの角膜内皮細胞保護作用─術後1年の観察.臨眼63:285-288,20097)PavlinCJ,HarasiewiczK,EngPetal:Ultrasoundbiomicroscopyofanteriorsegmentstructuresinnormalandglaucomatouseyes.AmJOphthalmol113:381-389,19928)RadhakrishnanS,GoldsmithJ,HuangDetal:Comparisonofopticalcoherencetomographyandultrasoundbiomicroscopyfordetectionofnarrowanteriorchamberangles.ArchOphthalmol123:1053-1059,20059)PereiraFAS,CronembergerS:Ultrasoundbiomicroscopicstudyofanteriorsegmentchangesafterphacoemulsi.cationandfoldableintraocularlensimplantation.Ophthalmology110:1799-1806,2003***

角膜内皮細胞が減少している原発閉塞隅角症および原発閉塞 隅角緑内障に対する白内障手術後の角膜内皮細胞の変化

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(133)5490910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):549553,2010cはじめに原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)および原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)に対する治療としては,薬物治療ではなく手術治療が第一選択とされる1).外来にて短時間で簡便に施行可能で,合併症が少ないレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)はPAC(G)の治療の中心として位置づけられている.しかしながらLI後の眼圧コントロールは中長期的には不良であることが報告されている2).またLIの晩期合併症として,近年わが国において水疱性角膜症(bullouskeratopathy:BK)の発症が注目されている3).一方,PAC(G)の発症には水晶体が大きく関与することが知られており,白内障手術もPAC(G)症例において隅角開大効果,眼圧コントロールの両面において有効であることが報告されている46).しか〔別刷請求先〕江夏亮:〒903-0125沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野Reprintrequests:RyoEnatsu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofRyukyusFacultyofMedicine,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0125,JAPAN角膜内皮細胞が減少している原発閉塞隅角症および原発閉塞隅角緑内障に対する白内障手術後の角膜内皮細胞の変化江夏亮*1酒井寛*2與那原理子*2平安山市子*2新垣淑邦*2早川和久*2澤口昭一*2*1江口眼科病院*2琉球大学医学部高次機能医科学講座視覚機能制御学分野PhacoemulsicationandAspirationforPrimaryAngle-ClosureandPrimaryAngle-ClosureGlaucomawithCornealEndothelialCellLossRyoEnatsu1),HiroshiSakai2),MichikoYonahara2),IchikoHenzan2),YoshikuniArakaki2),KazuhisaHayakawa2)andShoichiSawaguchi2)1)EguchiEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofRyukyusFacultyofMedicine超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を行った原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)および原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglau-coma:PACG)の症例のうち,術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下まで減少していた11例15眼の術後角膜内皮細胞密度および術後経過について検討し,症例を呈示する.術後1カ月に1眼が水疱性角膜症(bullousker-atopathy:BK)を発症した.術後2,6,12カ月の平均角膜内皮細胞減少率は11.4%,13.0%,および15.4%であった.角膜内皮細胞密度1,000cells/mm2以下のPACおよびPACG症例に対する白内障手術は,術後のBK発症を考慮して行うことが求められる.Weevaluatedcornealendothelialcelllossafterphacoemulsicationcataractsurgeryin15primaryangle-clo-sure(PAC)andprimaryangle-closureglaucoma(PACG)eyesthatalreadyhadcornealendothelialcelldecreasetolessthan1,000cells/mm2.At1monthafterthesurgery,oneeyedevelopedbulluskeratopathy.Averagecornealendothelialcellreductionof11.4%,13.0%and15.4%wereobservedat2,6,and12monthsaftersurgery,respectively.InPACandPACGeyeswithcornealendothelialcelldecreasetolessthan1,000cells/mm2,bullouskeratopathyshouldbepreoperativelyconsideredasapossiblecomplicationfollowingpost-phacoemulsicationsur-gery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):549553,2010〕Keywords:角膜内皮細胞,原発閉塞隅角症,超音波水晶体乳化吸引術,レーザー虹彩切開術,水疱性角膜症.cornealendotheliumcell,primaryangle-closure,phacoemulsicationandaspiration,laseriridotomy,bulluskeratopathy.———————————————————————-Page2550あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(134)し白内障手術の合併症として角膜内皮細胞減少が考えられており,白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は過去の検討において平均7%前後と報告されている7,8).BKの原因としては手術に関連する医原性のものが過半数を占めており,その内訳として第1位に白内障手術,第2位にLIがあげられている9).そのため,角膜内皮障害を有するPAC(G)に対する治療としてはLI,白内障手術のどちらもBK発症を念頭に置く必要があると考えられる.今回筆者らは術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下と強度の角膜内皮障害を有するPACおよびPACGの症例に対して超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を施行し,術後の角膜内皮細胞密度について検討したので報告する.I対象および方法対象は2004年12月から2005年11月までに琉球大学医学部附属病院眼科において熟練した同一術者により耳側角膜切開の単独手術でPEA+IOLを行ったPACおよびPACG症例のうち,術前の角膜内皮細胞密度が1,000cells/mm2以下であった11例15眼である.術後に通院を自己中断したことにより,術後6カ月以上経過観察できなかった症例は今回の検討から除外した.PAC(G)の診断はISGEO(Inter-nationalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOph-thalmology)分類に準拠し,2名の緑内障専門医により隅角鏡検査および超音波生体顕微鏡検査(ultrasoundbiomicro-scope:UBM)を施行し診断した.対象の内訳は男性2例,女性9例,年齢は6684歳(平均76.5歳)であった.急性緑内障発作の既往があるものが3眼〔発作後LI施行1眼,周辺虹彩切除術(peripheraliridectomy:PI)施行1眼,未処置1眼〕,予防的LI施行後5眼,未治療7眼であった.眼軸長は21.0522.94mm(平均21.90mm),前房深度は1.282.48mm(平均1.72mm),水晶体核硬度はEmery-Little分類にてGrade1が5眼,Grade2が7眼,Grade3が3眼であった.術後観察期間は最短6カ月,最長52カ月で平均25.7カ月であった.白内障手術を選択した理由として,①緑内障発作眼およびその僚眼(3眼)や,②UBM上機能的隅角閉塞が全周性にあり(2眼),緑内障発作の危険が高いと判断された,③LI施行後,抗緑内障薬使用にても眼圧コントロールが不良であった(1眼)といった閉塞隅角治療を目的とした例,④進行性の角膜内皮細胞減少を認めており(3眼),角膜内皮減少の進行を抑えることを目的とした,もしくは角膜内皮細胞減少の進行により今後いっそう白内障手術が困難になっていくと予測された例,⑤白内障による視力低下のため手術希望が強く(6眼),視力改善を目的とした例があった.術前にBK発症の可能性,治療としての角膜移植術の必要性について十分に説明し同意を得て手術を施行した.手術は点眼麻酔下に耳側透明角膜3.2mm切開で行った.灌流液はエピネフリンを0.2ml/500ml添加したBSSプラスR(日本アルコン)を使用し,粘弾性物質としてオペガンハイR(参天製薬)+ビスコートR(日本アルコン)を用いたソフトシェルテクニック10)を用いた.前切開は27ゲージ針チストトームにて行った.アルコン社製インフィニティRにてPEA施行した後,折り畳み式アクリル眼内レンズを,インジェクターを用いて挿入した.角膜切開創には手術終了時ハイドレーションを用い,縫合は行わなかった.術中合併症は認めなかった.術前,術後の診察時に非接触性角膜内皮細胞測定装置(TOPCONMicroscope,SP2000PR)を用いて角膜中央部を撮影し角膜内皮細胞密度を測定した.II結果15眼中1眼で術後1カ月にBKを発症した.他の14眼は経過観察中,角膜は透明性を維持していた.術前角膜内皮細胞密度483968cells/mm2(平均730.3±152.5)に対して術後2カ月の角膜内皮細胞密度は433927cells/mm2(平均639.9±136.4),術後6カ月の角膜内皮細胞密度は348927cells/mm2(平均642.3±178.2),術後12カ月の角膜内皮細胞密度は416822cells/mm2(平均620.8±144.2)であった.術前に比べて,術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度は有意に減少していた(p<0.05,Wil-coxon符号付順位和検定).術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度の間に有意差はなかった(図1).術後2カ月の角膜内皮細胞減少率は最高51.2%で平均11.4%,術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は最高40.0%で平均13.0%,術後12カ月の角膜内皮細胞減少率は最高手術前(n=15)2カ月後(n=14)6カ月後(n=14)12カ月後(n=10)1,000900800700600500400角膜内皮細胞密度(cells/mm2)***図1術前後の角膜内皮細胞密度の平均値術前に比べて術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度は有意に減少していた(*p<0.05,Wilcoxon符号付順位和検定).術後2カ月,術後6カ月,術後12カ月の角膜内皮細胞密度の間に有意差はなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010551(135)45.3%で平均15.4%であった.LogMAR視力にて2段階以上改善した例が8眼,不変が6眼,2段階以上悪化した例が1眼であった(図2).眼圧は全体としては術前後で有意な変化を認めなかったが,眼圧33mmHgの1眼において眼圧は14mmHgに低下した(図3).今回の検討した症例の一覧を示し(表1),BK発症例(症例1)および角膜内皮細胞減少率が特に高かった3症例(症例2,3,4),そして緑内障発作に対してアルゴンレーザーおよびYAGレーザーによるLIを施行した後より進行性の角膜内皮細胞減少を認めていた症例(症例5)を呈示する.〔症例1.BK発症〕緑内障発作に対してPIを施行されていた.他眼はLI後にBKを発症していた.前房深度は1.48mmであった.隅角鏡検査では全周性の周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsyn-echia:PAS)があった.眼圧コントロールは30mmHg以上と不良であったうえ,白内障による視力低下が進行したため手術を施行した.術後1カ月でBKを発症し,角膜内皮細胞密度は測定不能であった(図4).本人の希望により角膜移植術は施行せずに経過観察となった.術後の眼圧は14mmHgまで低下した.〔症例2.角膜内皮細胞減少率-40.0%〕他眼も角膜内皮細胞密度700cells/mm2台であった.前房深度は1.79mmであった.UBMおよび隅角鏡検査にて4/4周の機能的隅角閉塞があった(図5).緑内障発作の危険が高いと判断し手術を施行した.角膜内皮細胞減少率は術後2,6カ月で24.1%,40.0%であった.経過観察中角膜は透明性を維持していた.表1対象の詳細症例年齢(歳)核硬度眼軸長(mm)前房深度(mm)角膜内皮細胞密度角膜内皮細胞減少率(%)視力備考術前6カ月後術前術後173G222.521.48558BKBK0.40.3LI(),PI(+),glaattack(+),guttata()284G121.801.7979047440.00.40.5LI(),PI(),glaattack(),guttata()366G221.942.1650634831.20.50.8LI(),PI(),glaattack(),guttata(+)472G322.301.5788857535.20.20.6LI(+),PI(),glaattack(),guttata(+)564G222.481.39633726+14.60.91.0LI(+),PI(),glaattack(+),guttata()676G321.621.5473965211.80.41.2LI(+),PI(),glaattack(),guttata()774G222.781.6760647321.90.51.0LI(),PI(),glaattack(+),guttata()881G323.041.52483488+1.00.31.2LI(+),PI(),glaattack(),guttata()973G320.541.5792274719.00.30.8LI(+),PI(),glaattack(),guttata()1066G221.882.04722927+28.40.70.7LI(),PI(),glaattack(),guttata(+)1174G222.821.8969155919.10.81.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()1284G221.631.9072050929.30.30.5LI(),PI(),glaattack(),guttata()1373G220.021.8896880017.40.060.04LI(+),PI(),glaattack(),guttata()1458G221.051.288758493.00.91.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()1568G222.122.48853865+1.40.71.0LI(),PI(),glaattack(),guttata()BK:水疱性角膜症,LI:レーザー虹彩切開術,PI:周辺虹彩切除術,glaattack:急性緑内障発作,guttata:滴状角膜.00.20.40.60.8術前視力(LogMAR視力)術後視力(LogMAR視力)11.21.41.41.210.80.60.40.20-0.2図2術前視力と術後視力(n=15眼)改善した例が8眼,不変が6眼,悪化した例が1眼であった.3530252015105005101520術前眼圧(mmHg)術後眼圧(mmHg)253035図3術前眼圧と術後眼圧(n=15眼)術前後の眼圧は統計学的に有意な変化は認めなかった.術前に33mmHgであった1眼では14mmHgまで低下した.———————————————————————-Page4552あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(136)〔症例3.角膜内皮細胞減少率-31.2%〕両眼に滴状角膜を認め,他眼の角膜内皮細胞密度も500cells/mm2台であった.この症例の子供も両眼とも角膜内皮細胞密度800cells/mm2台であった.上記よりFuchs角膜内皮ジストロフィが疑われた.前房深度は2.16mmであった.角膜内皮細胞密度の減少が進行性であり,白内障による視力低下もあったため手術を施行した.術後2カ月では角膜内皮細胞は減少していなかったが,術後6カ月の角膜内皮減少率は31.2%であった.経過観察中角膜は透明性を維持していた.〔症例4.角膜内皮細胞減少率-35.2%〕緑内障発作に対してLI施行されていた.前房深度は1.57mmであった.隅角鏡検査では3/4周にPASがあり,眼圧は2022mmHgであった.白内障による視力低下が進行し,本人の手術希望が強く手術を施行した.術後2,6,12カ月の角膜内皮細胞減少率は51.2,35.2,30.0%であったが,経過観察中角膜は透明性を維持していた.術後眼圧は2022mmHgであった.〔症例5.角膜内皮細胞減少率+14.6%〕LI前2,397cells/mm2であった角膜内皮細胞密度は進行性に減少し,白内障手術前は633cells/mm2であった.術後2,6,12カ月の角膜内皮細胞減少率は+11.4,+14.7,+29.9%であった.術後30カ月までの期間,角膜内皮細胞は減少していなかった.III考按PEA+IOLの術後,約0.3%の症例にBKを発症するとの報告がある11).角膜内皮細胞密度の低い症例において,PEA+IOLはさらなる細胞密度の低下をもたらしBK発症の可能性があり,手術は困難であった.しかし近年の白内障手術機器の革新や,角膜内皮保護に有用とされるソフトシェル法の開発などの技術の進歩により,角膜内皮細胞数の少ない症例に対してもより積極的に手術が行われるようになってきた.白内障手術後の角膜内皮細胞減少率は過去の検討において平均7%前後と報告されている7,8).今回の検討では術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は平均13.0%であり,過去の報告に比べて高い結果であった.理由としては,全例が浅前房の症例で前房深度2mm以下の例を15眼中12眼含んでいたこと,緑内障発作の既往がある例や両眼性もしくは進行性に角膜内皮細胞が減少していた例のように,術前より角膜内皮細胞の脆弱性が予測される例を含んでいたことが考えられた.今回の検討では手術前より進行性に角膜内皮細胞が減少していた例を3眼含んでいた.症例5のLI施行後の1眼では白内障手術後より角膜内皮細胞減少の進行が停止していた.過去に白内障手術により進行が停止したLI後の角膜内皮減少症の1例が報告されている12).LI後の房水灌流異常が白内障手術によって除去されたことにより角膜内皮細胞減少が図5症例2の超音波生体顕微鏡(UBM)写真4/4周に機能的隅角閉塞があった.図4症例1の術前後の細隙灯顕微鏡写真A:術前の細隙灯顕微鏡写真.B:術後の細隙灯顕微鏡写真.術後1カ月で水疱性角膜症を発症した.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010553(137)停止したと仮説づけられているが,今回筆者らが経験した症例もこの仮説を支持するものと考えた.症例3のFuchs角膜内皮ジストロフィが疑われた症例では,片眼は角膜内皮細胞の減少は進行し,片眼は経過観察中角膜内皮細胞の減少は進行しなかった.進行性の角膜内皮減少症に対する白内障手術の影響については報告が少なく,今後検討していく必要があると思われた.高度の角膜内皮障害を認める例における白内障手術は,リスクは高いものの良好な視力の維持や長期的な眼圧コントロールを得るためには必要な治療法である.最も適切な手術時期を決定するためにも今回の検討結果は有用な情報を与えると思われた.まとめ今回の検討では15眼中1眼でBKを発症し,術後6カ月の角膜内皮細胞減少率は最高40.0%,平均13.0%であった.高度の角膜内皮障害を有する症例においても白内障手術は視力の維持や良好な眼圧コントロールを得るためには必要な治療法であるが,術後のBK発症を考慮して行うことが求められると考えた.文献1)阿部春樹,桑山泰明,白柏基宏ほか:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:779-814,20062)AlsaqoZ,AungT,AnqLPetal:Long-termclinicalcourseofprimaryangle-closureglaucomainanAsianpopulation.Ophthalmology107:2300-2304,20003)AngLP,HigashiharaH,SotozonoCetal:Argonlaseriri-dotomy-inducedbullouskeratopathyagrowingprobleminJapan.BrJOphthalmol91:1613-1615,20074)JacobiPC,PietleinTS,LukeCetal:Primaryphacoe-mulsicationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,20025)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Cataractsurgeryforresidualangleclosureafterperipherallaseriridotomy.Ophthalmology112:974-979,20056)NonakaA,KondoT,KikuchiMetal:Anglewideningandalterationofciliaryprocesscongurationaftercata-ractsurgeryforprimaryangleclosure.Ophthalmology113:437-441,20067)佐古博恒,清水公也:眼内レンズ移植眼における角膜内皮細胞の変化.IOL4:102-106,19908)池田芳良,三方修,内田強ほか:IOL挿入眼の角膜内皮細胞長期経過観察.IOL6:247-253,19929)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-277,200710)MiyataK,NagamotoT,MaruokaSetal:Ecacyandsafetyofthesoft-shelltechniqueincaseswithahardlensnucleus.JCataractRefractSurg28:1546-1550,200211)PoweNS,ScheinOD,GieserSCetal:Synthesisoftheliteratureonvisualacuityandcomplicationsfollowingcat-aractextractionwithintraocularlensimplantation.Cata-ractPatientOutcomeResearchTeam.ArchOphthalmol112:239-252,199412)園田日出男,中枝智子,根本大志:白内障手術により進行が停止したレーザー虹彩切開術後の角膜内皮減少症の1例.臨眼58:325-328,2004***

超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を第一選択の治療とした急性原発閉塞隅角症および急性原発閉塞隅角緑内障

2009年5月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(109)6890910-1810/09/\100/頁/JCLS19回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科26(5):689694,2009c〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1回明堂眼科医院Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmicClinic,10-4-1,Tsukisamuchu-o-dori,Toyohiraku,Sapporo062-0020,JAPAN超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を第一選択の治療とした急性原発閉塞隅角症および急性原発閉塞隅角緑内障西野和明*1吉田富士子*1齋藤三恵子*1齋藤一宇*1山本登紀子*2岡崎裕子*3木村早百合*4*1医療法人社団ひとみ会回明堂眼科医院*2山本内科・眼科クリニック*3江別市立病院眼科*4西岡眼科クリニックPrimaryPhacoemulsicationandAspirationandIntraocularLensImplantationforAcutePrimaryAngle-ClosureandAcutePrimaryAngle-ClosureGlaucomaKazuakiNishino1),FujikoYoshida1),MiekoSaitoh1),KazuuchiSaitoh1),TokikoYamamoto2),HirokoOkazaki3)andSayuriKimura4)1)KaimeidohOphthalmicClinic,2)YamamotoInternalMedcine&OphthalmicClinic,3)DepartmentofOphthalmology,EbetsuCityHospital,4)NishiokaOphthalmicClinic目的:急性原発閉塞隅角症および急性原発閉塞隅角緑内障に対し初回手術として,超音波水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を行った症例について,手術の有効性と安全性につき検討した.対象および方法:急性原発閉塞隅角症4例6眼および急性原発閉塞隅角緑内障1例1眼の合計5例7眼(男性1例2眼,女性4例5眼).平均年齢69.6±8.4歳.平均観察期間7.6±8.2カ月.術前,術後の眼圧,視力,角膜内皮細胞密度,周辺前房深度(vanHerick法)などを比較検討するとともに,術後の合併症についても検討した.結果:発作時の眼圧58.7±14.7mmHgは,術翌日14.7±4.0mmHgに低下,さらに最終観察日の眼圧も9.9±1.8mmHgと良好な結果が得られた.また,術前の矯正視力0.63±0.24は術後0.93±0.11に改善(p<0.05).角膜内皮細胞密度(cells/mm2)は,術前2,587.3±548.3が,術後2,278.4±657.9へと大きな減少は認められなかったものの(p=0.25),54%の減少が1眼,20%の減少が1眼に認められた.周辺前房深度は十分に深くなり(p<0.00005),隅角も開大した.しかしながら,手術時間が22±7.7分とやや長いこと,また眼内レンズ挿入後に円形の前切開の変形(楕円)が4眼に認められたほか,術後,中等度の角膜浮腫が2眼,前房内に中等度のフィブリン析出が2眼に認められた.結論:急性原発閉塞隅角症あるいは急性原発閉塞隅角緑内障に対する第一選択の超音波水晶体乳化吸引術は,前房深度や隅角の開大により眼圧を正常化する有用な方法の一つと考えられるが,角膜内皮細胞密度の減少や術後の炎症などに注意する必要がある.Toevaluatetheecacyandsafetyofprimaryphacoemulsicationandaspiration(PEA)andintraocularlens(IOL)implantationforacuteprimaryangle-closureandacuteprimaryangle-closureglaucoma,weanalyzed5eyesof4Japanesefemalepatientsand2eyesof1Japanesemalepatientwho,undertopicalanesthesia,hadundergoneprimaryPEA+IOLforacuteprimaryangle-closure(6eyesof4patients)andacuteprimaryangle-closureglauco-ma(1eyeof1patient),withoutlaseriridotomy.Averageagewas69.6±8.4;meanfollowupdurationwas7.6±8.2months.Outcomessuchasvisualacuity,intraocularpressure(IOP),endothelialcelldensity,depthofperipheralanteriorchamber(vanHerick)andinammationwerecomparedpre-andpostoperatively.PreoperativeIOP,58.7±14.7mmHg,decreasedto14.7±4.0mmHgontherstpostoperativeday.ThenalobservedIOPwas9.9±1.8mmHg.Meanpreoperativebestcorrectedvisualacuity,0.63±0.24,improvedto0.93±0.11postoperatively(p<0.05).Meanpreoperativeendothelialcelldensityof2,587.3±548.3cells/mm2showedanon-signicantdecreaseto2,278.4±657.9cells/mm2postoperatively(p=0.25),but54%decreasein1eyeand20%decreasein1eyewere———————————————————————-Page2690あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(110)はじめに急性原発閉塞隅角症と急性原発閉塞隅角緑内障は視神経に緑内障性の変化が認められるかどうかで区別される1)が,それぞれで治療が異なるわけではない.初期治療として点眼,点滴などを十分に行った後,レーザー虹彩切開術(laseriri-dotomy:LI)あるいは,観血的な虹彩切除術が行われるのが一般的である.急激な眼圧上昇を早期に改善する必要があるため,LIは比較的簡単でかつ有効な治療法であるが,施行した後に問題がないわけではない.軽症なものでは虹彩後癒着や白内障の進行から,重篤なものでは内皮細胞密度の減少から水疱性角膜症をきたし失明につながる疾患までさまざまである2,3).また近年,急性原発閉塞隅角症あるいは急性原発閉塞隅角緑内障のメカニズムは,単純ではなく,相対的な瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,虹彩水晶体隔壁の前進などが複雑に絡み合って発症すると考えられるようになり4),LI単独だけでは,解決しない場合があることがわかってきた.つまり隅角を開大する目的のLI後にも,暗室うつむき試験が陰性化せず,機能的閉塞が残存し,周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)の拡大が停止しないことなどは,それらの複雑なメカニズムによるものと思われる.そこで近年,十分に前房および隅角を開大することで,それらのメカニズムをまとめて解決する有用な方法として,最初から超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsicationandaspiration:PEA)を選択する報告がみられるようになり,しかも良好な結果が得られている58).しかし急性原発閉塞隅角症あるいは急性原発閉塞隅角緑内障は,極端な浅前房,Zinn小帯の脆弱性,散瞳が不十分,眼軸が短く度数の高い厚めの眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入しなければならないなど,技術的にはむずかしい手術と考えられ,有効性はもちろんのこと,合併症の有無や頻度について冷静で詳細な検討が必要になる.そこで今回筆者らは,急性原発閉塞隅角症および急性原発閉塞隅角緑内障に対し,LIを行わず,最初からPEAおよびIOL挿入術(PEA+IOL)を施行した症例を経験したので,その安全性や有効性など臨床経過につき報告する.I対象および方法2006年12月から2008年9月までの間,回明堂眼科医院(当院)で,LIを行わず,PEA+IOLを治療の第一選択とした,急性原発閉塞隅角症(4例6眼)および急性原発閉塞隅角緑内障(1例1眼)の合計5例7眼(男性1例2眼,女性4例5眼).発作時の平均年齢は69.6±8.4(標準偏差)歳,平均観察期間7.6±8.2カ月.主訴,既往歴などについては表1に別記した.各眼の眼軸長の平均は22.13±0.62mm,等価球面度数の平均は0.75±1.79D(diopters)と軽度の近視であった.白内障の核硬度の程度はEmery-Little分類で平均2以下と軽度であった(表2).眼圧(mmHg)は発作日,手術日,手術翌日,最終観察日に,矯正視力(少数視力)は手術日,最終観察日に,角膜内皮細胞密度(cells/mm2)は手術前日,最終観察日に,周辺前房深度(vanHerick法)は手術日,最終観察日にそれぞれ測定し比較検討した.予想屈折度と術後屈折度の差についても検討した.使用機種はすべてAlcon社製INFINITITM(OZILTM)であるが,症例1の両眼と他の症例では,異なる超音波振動を用いたため,手術の侵襲を検討する際の超音波積算値(cumula-tivedissipatedenergy:CDE)をつぎのように計算した.従来の縦振動の超音波のみを使用した症例2から症例5では,CDE=平均超音波パワー(%)×超音波使用時間(秒)として計算,症例1では縦振動の超音波とtorsional(横振動)を併用したので,CDE=平均超音波パワー×超音波使用時間+0.4×(torsionalパワー×torsional使用時間)として計算した.すべての患者にLIおよびPEA+IOLの利点,合併症などを説明した後,PEA+IOLを初回手術として選択することの同意を得た.手術はすべて同一術者(K.N.)により行われた.今回の対象となる症例数はごくわずかであり,統計学的な解析をするには不十分ではあるが,参考までに検討した.視力はWilcoxon符号付順位和検定,その他はそれぞれ対応のfound.Peripheralanteriorchamberdepthimprovedinalleyes(p<0.00005).Meanoperationtime,22±7.7minutes,wasslightlylong;continuouscurvilinearcapsulorrhexis(CCC)in4eyeswastransformedtoovalafterIOLimplantation.Middlecornealedemawasfoundin2eyesandmiddlebrinofanteriorchamberwasfoundin2eyes.PEA+IOLmightbeaneectiveprimaryprocedureforacuteprimaryangle-closureandacuteprimaryangle-clo-sureglaucoma,butitisnecessarytopayattentiontoinammationoftheanteriorsegmentanddecreaseinendothelialcelldensity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(5):689694,2009〕Keywords:急性原発閉塞隅角症,急性原発閉塞隅角緑内障,第一選択の治療,超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入術.acuteprimaryangle-closure,acuteprimaryangle-closureglaucoma,primaryprocedure,phacoemulsi-cationandaspiration(PEA),intraocularlensimplantation(IOL).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009691(111)あるt検定を用いた.危険率5%未満を有意差ありと判定した.II結果手術時のデータを表3に示した.手術は塩酸リドカインの局所麻酔下に,PEA+IOLを行った.切開はやや角膜よりの強膜切開で行い,粘弾性物質は通常のヒアルロン酸ナトリウムのほか,角膜内皮細胞の保護を目的としてヒアルロン酸ナトリウム・コンドロイチン硫酸ナトリウム配合(ビスコートR)を使用した.Continuouscurvilinearcapsulorrhexis(CCC)の際には前染色としてindocyaninegreen(ICG)を全例に使用.散瞳不良の症例1の左眼と虹彩後癒着がみら表1患者の背景症例12345年齢(発作発症時)(歳)5678747268性別女性女性女性女性男性患眼両眼左眼右眼左眼両眼診断APACAPACAPACGAPACAPAC主訴頭痛眼痛視力低下頭痛充血充血充血違和感霧視嘔気霧視過去の発作様所見2カ月前3カ月前既往歴統合失調症左耳下腺腫瘍切除観察期間(月)226532APAC=acuteprimaryangle-closure:急性原発閉塞隅角症.APACG=acuteprimaryangle-closureglaucoma:急性原発閉塞隅角緑内障.表2各眼の術前のデータ症例1右1左2左3右4左5右5左等価球面度数(D)0.880.2540.9201.25術前中央前房深度(mm)2.12n.r.2.322.062.442.082.09水晶体厚(mm)5.36n.r.5.345.865.275.895.71眼軸長(mm)21.621.622.922.721.322.522.3白内障の核硬度1.51.522.521.51.5術前中央前房深度や眼軸長は角膜後面からの距離.使用機種はTOMEY社製AL-1000.n.r.=記録なし.白内障の核硬度はEmery-Little分類を用いた.表3手術時のデータ症例1右1左2左3右4左5右5左手術日06.12.1206.12.1908.4.2208.5.708.7.208.8.608.8.19発作から手術日までの日数(日)6370172114ICG使用使用使用使用使用使用使用瞳孔拡張せず施行せずせずせず癒着解除せず超音波振動横と縦横と縦縦縦縦縦縦CDE31.0719.8017.2211.749.745.4IOLパワー(D)2727.523.523.525.525.524.5手術時間(分)14151919223233ICG=indocyaninegreen.縦=従来の縦振動の超音波(phaco).横=横振動の超音波(torsional).CDE=cumulativedissipatedenergy(超音波積算値).———————————————————————-Page4692あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(112)れた症例5の右眼に対しては機械的に瞳孔を拡張した.手術時間が22±7.7分と通常よりやや長めであった.各眼の術前術後の眼圧の推移(図1a)およびその平均値と標準偏差(図1b)を示した.観察期間が2カ月から22カ月とばらつきがあり,しかも平均観察期間が7.6±8.2カ月と短かったため,最終受診日を最終観察日とした.発作日の高眼圧(58.7±14.7mmHg)は点眼などの初期処置により,術直前には正常化した(12.9±2.7mmHg).術翌日は術後の炎症などでやや眼圧が上昇したものの(14.7±4.0mmHg),最終観察日には落ち着いている(9.9±1.8mmHg).症例3のみ緑内障で,視野がAulhorn分類Greve変法のstage5と進行した緑内障であったため,ラタノプロストを点眼中である.各眼の術前術後の視力を比較した結果を図2に示した.手術前の矯正視力0.63±0.24は,手術後0.93±0.11と有意に改善している(p<0.05:Wilcoxon符号付順位和検定).症例3は緑内障による暗点が中心部まで及んでいるためか,視力の回復が十分でない.各眼の術前術後の角膜内皮細胞密度を比較した結果を図380706050403020100眼圧(mmHg)発作日術直前術翌日最終観察日経過観察:症例1右:症例1左:症例2左:症例3右:症例4左:症例5右:症例5左図1a各眼の眼圧の推移術後術前図2各眼の白内障手術前後の矯正視力の比較術前術後の少数視力をlogMARに換算して比較検討した.(p<0.05:Wilcoxon符号付順位和検定)80706050403020100眼圧(mmHg)発作日術直前術翌日最終観察日経過観察図1b眼圧の推移(平均値と標準偏差)3,5003,0002,5002,0001,5001,0005000術後(cells/mm2)05001,0003,5002,5003,0002,0001,500術前(cells/mm2)#1#2図3白内障手術前後の角膜内皮細胞密度の比較#1:症例3の右眼(約54%減少),#2:症例5の左眼(約20%減少).表4周辺前房深度(vanHerick法)の術後の比較1右1左2左3右4左5右5左術前1111111術後4443343周辺前房深度はvanHerick法により,Grade0からGrade4までに分類.手術直前のvanHerickは1/4未満であったので,Grade1として統計処理した.周辺前房深度は十分に深くなり隅角も開大した(p<0.00005:対応のあるt検定).表5術後の合併症症例1右1左2左3右4左5右5左角膜浮腫なしなしなし少中中少前房フィブリンなしなしなし少中中少CCCの変形なしなしなし楕円楕円楕円楕円瞳孔変形なしなしなしなしなし散大なし角膜浮腫の少は,その程度が角膜の1/3以下,中は角膜の1/32/3と定義した.フィブリンの少は,その程度が瞳孔領域内,中は瞳孔領域を超えるが全体に及んでないと定義した.CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)の変形とは,ほぼ円形であったCCCが,IOL挿入後に,CCCが楕円形に変形したことを意味する.症例5の右眼の瞳孔変形は,左眼に対して2mm以上の麻痺性散大していることを意味する.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009693(113)に示した.術前の角膜内皮細胞密度(cells/mm2)は2,587.3±548.3で,術後2,278.4±657.9と全体では大きな減少は認められなかった(p=0.25:対応のあるt検定).しかし症例3では約54%,症例5の左眼では約20%減少している.各眼の術前術後の周辺前房深度(vanHerick法)を比較した結果を表4に示した.術後の合併症を表5に,予想屈折度と術後屈折度の比較を表6に示した.III考按急性原発閉塞隅角症と急性原発閉塞隅角緑内障に対する治療は従来,LIあるいは観血的な虹彩切除術が一般的であった.ところが近年,初回手術としてPEA+IOLを行い良好な結果が得られているとの報告が相ついでいる59).これは白内障手術の技術的な進歩にもよるが,超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)などの各種検査機器の発達により,急性原発閉塞隅角症と急性原発閉塞隅角緑内障のメカニズムが単純ではなく,相対的な瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,虹彩水晶体隔壁の前進などが複雑に絡み合って発症すると考えられようになり4),LI単独では,解決しない場合があるという考え方が大きな背景となっている.今回の筆者らの経験では,すべての症例で周辺前房深度や隅角が広がり,眼圧も翌日には,正常化するという良好な手術成績が得られた.さらに視力が改善しただけでなく,術後の屈折度も予想と変わらず,軽度の近視が得られたことで,副産物的な患者の満足感も得られた.そのなかで一番重要なのは,術後に多少の角膜浮腫や前房の炎症は認められたものの,早期に眼圧下降という目的が達成されたということである.しかしその一方で,角膜内皮細胞密度がかなり減少する症例も経験した.症例3では約54%,症例5の左眼では約20%の減少で,短期間にこのような合併症を経験し,急性原発閉塞隅角症と急性原発閉塞隅角緑内障に対する手術の危険性を改めて痛感した.ただいずれの症例も,とりわけトラブルのない手術であっただけに,角膜内皮細胞密度のほとんど減少していない症例と減少した症例のどこに違いがあったのか疑問が残る.そこでその要因として,中央前房深度,水晶体厚,眼軸長,白内障の核硬度(表2)や発症から手術までの期間,CDE,手術時間(表3)などを考え,角膜内皮細胞密度の減少との関係についても検討してみた.その結果,症例3と症例5の左眼で,中央前房深度が2.1mm以下,水晶体厚が5.7mm以上という共通点がみられた.症例5の右眼も同様の共通点をもつが,減少はみられない.これは症例3で角膜内皮細胞密度の減少という経験をし,術者がビスコートRを増量して使用するなど工夫したためと思われる.もちろん角膜内皮細胞に及ぼす影響は単一ではなく,白内障の核硬度,CDE,手術時間などが複合的に関与すると思うが,とりわけ術前の検査で中央前房深度が2mm近く,水晶体厚が6mm近い症例では手術の侵襲が,角膜内皮細胞に及ぼす影響が大きいと考え,相当の注意が必要であると考えた.術後の隅角鏡検査で,症例3以外の4例6眼ではPASを認めなかったことから,LIも眼圧を正常化させるという目的では結果的には成功したと思われる.しかしながら症例3のように3/4以上のPASが存在するような症例では,長期的にみればLI単独では十分な効果は得られなかったであろう.一方,このようなPASの多い症例に対しては,白内障手術だけでは不十分で,PEA+IOLと同時に隅角癒着解離術の併用を行うことが有効であるとの報告もある9).今回の症例3では,術前かなりのPASを認めたが,その詳細な範囲がはっきりせず,術後に詳細な隅角鏡検査をしたうえで,隅角癒着解離術の適否を検討することにしたため,最初から併用を行わなかった.また,隅角癒着解離術そのものにも,前房出血やそれに伴う一過性の眼圧上昇など,合併症が発症する可能性もあると考えたことも併用しなかった理由である.仮に解除しないPASが存在しても,術後の眼圧が安定していれば,経過観察するか,あるいは眼圧の推移をみながら,追加の手術として隅角癒着解離術を検討してもよいと思われる.症例3は,今後の眼圧の推移を注意深く見守りながら,隅角癒着解離術の適否を検討していきたい.今後は手術の技術的な議論だけでなく,手術をしなければわからない急性発作のメカニズムも検討していく必要があると思われる.今回の手術で感じたのは「Zinn小帯の脆弱性も急性発作に関与しているのではないか」ということである.今回のすべての症例でCCCの際,水晶体表面の張りが少なく,また7眼中4眼で,ほぼ円形であったCCCがIOL挿入後に楕円形に変形した事実は,Zinn小帯が脆弱であったことを意味すると思う.この脆弱性は急性発作の後遺症と考えることもできるが,発作以前からZinn小帯が何らかの原因で脆弱化していたとすれば,その結果,水晶体が前方に移動し,瞳孔ブロックをひき起こしたと考えることもでき,メカニズムを知るうえで貴重な経験であったと思う.急性ではない原発閉塞隅角症あるいは原発閉塞隅角緑内障に対してでさえ,LIとPEA+IOLのいずれを選択するべきか,議論の多いところである1012).なぜならこのような症例に対するPEA+IOLは,利点は多いものの,やはりLIと比較すれば,危険性も高く,ある程度以上の技術が必要にな表6予想屈折度(D)と術後屈折度(D)の比較症例1右1左2左3右4左5右5左予想屈折度(D)1.471.21.311.370.941.631.61術後屈折度(D)111.251.750.751.752術前の予想屈折度(D)は1.36±0.24Dで,術後は1.35±0.24Dと有意差を認めなかった(p=0.97:対応のあるt検定).———————————————————————-Page6694あたらしい眼科Vol.26,No.5,2009(114)るためと思われる.ましてや症例が急性である場合や,白内障がわずかな症例であれば,初回手術としてPEA+IOLを選択するという考え方に対する批判は多くなるかもしれない.もちろん筆者らが経験した症例数はわずかであり,しかも短期間の経過観察であったので,どちらの立場を支持するというレベルにはない.急性原発閉塞隅角症あるいは急性原発閉塞隅角緑内障の発症機序は複雑であり,しかも来院時の状況は千差万別である.今後さらに症例を追加し,長期の経過観察をするとともに,従来,当院で行っていた,「LIを治療の第一選択とした群や,LIを最初に施行し,後日白内障が進行した場合にPEA+IOLを行った群」と比較検討する予定である.そのうえで急性原発閉塞隅角症あるいは急性原発閉塞隅角緑内症に対するより安全でかつ有効な治療法につきさらに検討していきたい.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20062)島潤:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症─国内外の状況─.あたらしい眼科24:851-853,20073)澤口昭一:レーザーか手術か:古くて新しい問題─レーザー虹彩切開術の問題点と白内障手術(clearlensectomyを含む)─.あたらしい眼科23:1013-1018,20064)上田潤:閉塞隅角の画像診断:瞳孔ブロックと非瞳孔ブロックメカニズム.あたらしい眼科24:999-1003,20075)ZhiZM,LimASM,WongTY:Apilotstudyoflensextractioninthemanagementofacuteprimaryangle-clo-sureglaucoma.AmJOphthamol135:534-536,20036)JacobiPC,DietleinTS,LuekeCetal:Primaryphaco-emulsicationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology109:1597-1603,20027)MiuraS,IekiY,OginoKetal:Primaryphacoemulsi-cationandaspirationcombinedwith25-gaugesingle-portvitrectomyformanagementofacuteangleclosure.EurJOphthamol18:450-452,20088)LamDSC,LeungDYL,ThamCCYetal:Randomizedtrialofearlyphacoemulsicationversusperipheraliridoto-mytopreventintraocularpressureriseafteracuteprima-ryangleclosure.Ophthalmology115:1134-1140,20089)大江敬子,秦裕子,塩田洋ほか:ヒーロンVRを用いた隅角癒着解離術の成績.眼科手術21:251-254,200810)野中淳之:原発閉塞隅角緑内障治療の第一選択はレーザー虹彩切開術かPEA+IOLか?:PEA+IOL推進の立場から.あたらしい眼科24:1027-1032,200711)大鳥安正:原発閉塞隅角緑内障治療の第一選択はレーザー虹彩切開術か水晶体再建術(PEA+IOL)か?.あたらしい眼科24:1015-1020,200712)山本哲也:原発閉塞隅角緑内障治療の第一選択はレーザー虹彩切開術かPEA+IOLか?:レーザー虹彩切開術擁護の立場から.あたらしい眼科24:1021-1025,2007***

白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page11148あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(00)原著あたらしい眼科25(8):11481152,2008cはじめに白内障手術を併用した線維柱帯切開術は,単独手術に比べ,眼圧下降効果が優れていると報告されている1).しかし,濾過手術に比べれば眼圧下降効果は劣り2,3),将来に濾過手術が必要となる可能性があるため上方結膜を広範囲に温存することが望ましいと考えられる.また線維柱帯切開術は濾過手術ではなく術後感染の危険性が少ないため下方からのアプローチが可能である46)が,下方からのアプローチからの線維柱帯切開術と白内障同時手術成績の報告は少ない7).今回,筆者らは白内障手術を併用した線維柱帯切開術を上方からのアプローチ(以下,上方群)と下方からのアプローチ(以下,下方群)による手術成績を比較検討したので報告する.〔別刷請求先〕浦野哲:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ToruUrano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討浦野哲*1三好和*2山本佳乃*1鶴丸修士*1原善太郎*1山川良治*1*1久留米大学医学部眼科学教室*2社会保険田川病院眼科ComparisonbetweenSuperiorly-approachedandInferiorly-approachedTrabeculotomyCombinedwithCataractSurgeryToruUrano1),MutsubuMiyoshi2),YoshinoYamamoto1),NaoshiTsurumaru1),ZentaroHara1)andRyojiYamakawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,SocialInsuranceTagawaHospital白内障手術を併用したサイヌソトミー併用線維柱帯切開術の上方(上方群)および下方からのアプローチ(下方群)について検討した.対象は,上方群は,落屑緑内障41眼と原発開放隅角緑内障15眼の計56眼,平均年齢77歳,経過観察期間17.5カ月.下方群は,落屑緑内障12眼と原発開放隅角緑内障11眼の計23眼,平均年齢69歳,経過観察期間9.4カ月.上方群は12時方向で,下方群は8時方向から行った.眼圧(手術前→最終)は上方群22.4±5.4→14.3±3.4mmHg,下方群21.9±5.9→13.6±2.6mmHg,薬剤スコアは上方群3.3±1.1→0.8±1.1,下方群3.4±1.3→1.0±1.4と有意に低下した.一過性眼圧上昇は上方群11眼(19.6%),下方群5眼(21.7%)とみられたが有意差はなかった.下方群は上方群と同等な成績であり,将来濾過手術をするスペースを確保できる有用な手術法である.Wecomparedsuperior-approachtrabeculotomy(SUP)withinferior-approachtrabeculotomy(INF)incom-binedcataract-glaucomasurgery.TheSUPgroupcomprised56eyes〔exfoliationglaucoma:41eyes;primaryopen-angleglaucoma(POAG):15eyes〕withameanageof77yearsandameanfollow-upperiodof17.5months.TheINFgroupcomprised23eyes(exfoliationglaucoma:12eyes;POAG:11eyes)withameanageof69yearsandameanfollow-upperiodof9.4months.Trabeculotomycombinedwithsinusotomywasperformedatthe12-o’clockpositioninSUPandatthe8-o’clockpositioninINF.Intraocularpressuresignicantlydecreasedto14.3±3.4mmHgfrom22.4±5.4mmHginSUPandto13.6±2.6mmHgfrom21.9±5.9mmHginINF.Transientelevationinintraocularpressurewasobservedin11SUPeyes(19.6%)and5INFeyes(21.7%),buttherewasnosignicantdierencebetweenthetwogroups.INFhadsurgicalresultsequivalenttothoseofSUP,andisusefulinpreservingsuperiorkeratoconjunctivalareasforpossiblelteringsurgeryinfuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11481152,2008〕Keywords:緑内障,トラベクロトミー,同時手術,超音波水晶体乳化吸引術,眼圧.glaucoma,trabeculotomy,combinedsurgery,phacoemulsication,intraocularpressure.1148(102)0910-1810/08/\100/頁/JCLS———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081149(103)検討項目は,眼圧,薬剤スコア,視力,合併症,湖崎分類での視野とした.岩田8)の提唱した目標眼圧に基づき,術前のGoldmann視野で,I期(Goldmann視野では正常),Ⅱ期(孤立暗点,弓状暗点,鼻側階段のみ),Ⅲ期(視野欠損1/4以上)に分類し,個々の症例の最終眼圧値がそれぞれ19,16,14mmHg以下であった割合を達成率とし,その目標眼圧と視野進行について検討した.なお,Kaplan-Meier生命表法を用いた眼圧のコントロール率の検討では,規定眼圧値を2回連続して超えた時点,炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加また内眼手術を追加した時点をエンドポイントとした.II結果術前の眼圧は,上方群は22.4±5.4mmHg(n=56),下方群は21.9±5.6mmHg(n=23)で,術後1カ月から12カ月まで,両群間ともに13mmHg前後で推移し,18カ月で上方群は14.6±3.7mmHg(n=31),下方群は18.2±10.1mmHg(n=5)であった.両群ともに術前眼圧に比較して有意に下降(p<0.001)し,両群間に有意差はなかった(図1).薬剤スコアは術前において上方群が3.3±1.1点,下方群が3.4±1.3点と両群とも3点以上あったが,術後3カ月は1点以下に減少した.その後,下方群は徐々に増加する傾向がみられた.術後9,12カ月においては下方群が上方群に比べて有意に増加(p<0.05)していた.しかし,最終的に術後18カ月で上方群が0.5±1.1点,下方群が1.5±1.4点で術前の薬剤スコアを上回ることはなかった(図2).Kaplan-Meier生命表を用いた眼圧コントロール率は,20mmHg以下へは,術後2年で,上方群84.0%,下方群87.0%と両群間に有意差はみられなかった(図3).同様に,眼圧14mmHg以下へは,術後2年で,上方群40.2%,下方群39.4%と有意差はみられなかった(図4).視野狭窄にあわせた目標眼圧の達成率は,I期では両群ともに100%達成しており,Ⅱ期では,上方群77%,下方群80%であった.I対象および方法対象は,2003年1月から2006年2月までに,久留米大学病院眼科,社会保険田川病院眼科において,初回手術として,超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(以下,PEA+IOL)を併用した線維柱帯切開術+サイヌソトミー(以下,LOT)を行い,術後3カ月以上経過観察が可能であった症例66例79眼で,男性41例48眼,女性25例31眼である.内訳は上方群が落屑緑内障41眼,原発開放隅角緑内障15眼の計56眼.下方群が落屑緑内障12眼,原発開放隅角緑内障11眼の計23眼であった.平均術前眼圧(平均値±標準偏差)は,上方群22.4±5.4mmHg,下方群21.9±5.6mmHgで,平均薬剤スコアは,点眼1点,炭酸脱水酵素阻害薬内服2点とすると,上方群は3.3±1.1点,下方群は3.4±1.3点で有意差はなかった.平均年齢は上方群が76.6±1.5歳,下方群が68.9±8.3歳で,上方群に比べて下方群は有意に若かった(p<0.01:Mann-WhitneyのU検定).術後平均観察期間は,上方群は17.5±4.2カ月,下方群は9.4±6.9カ月と有意に下方群が短期間であった(p<0.01:Mann-WhitneyのU検定).手術は,球結膜を円蓋部基底で切開後,輪部基底で4×4mmの3分の1層の強膜外方弁を作製し,さらに同じように輪部基底で,その内方に強膜内方弁を作製,Schlemm管を同定した.その後,前切開し,Schlemm管にロトームを挿入,回転して,PEA+IOLを施行した.その後,強膜内方弁を切除し,外方弁は10-0ナイロン糸4カ所で縫合した.Schlemm管直上の強膜弁両断端を切除してサイヌソトミーを施行した.なお,上方群は,LOTをPEA+IOLと同一創で12時方向から,下方群は,LOTを8時方向から施行し,PEA+IOLは耳側角膜切開で施行した.術後は,前房内に逆流した血液がSchlemm管内壁切開部を覆い,前房流出障害を起こさないように,就寝まではできるだけ左側臥位をとらせた.図1眼圧の経過上方群下方群*********眼圧()()***図2薬剤スコア*の()**上方群下方群スコア()———————————————————————-Page31150あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(104)術後最終視力は術前と比較して2段階以上悪くなった症例は,上方群4眼(7.1%),下方群2眼(8.7%)の計6眼みられた.その原因は視野進行2眼,末期緑内障(湖崎ⅣVb)2眼,後発白内障1眼であった(図7).術後合併症は,術後7日以内に30mmHg以上の一過性眼Ⅲ期では,上方群59%,下方群100%であり,Ⅲ期に対してのみ下方群のコントロールが有意に良好であった(p<0.05).しかし全体では,上方群70%,下方群91%で両群間に有意差はなかった(表1).術前,術後最終の視野を図5に上方群,図6に下方群を示した.視野進行は,上方群3眼(5.4%),下方群3眼(13.0%)の計6眼にみられた.この6眼の視野進行はすべて1段階の進行であり,落屑緑内障,原発開放隅角緑内障の各3眼あった.このうち3眼(50%)は目標眼圧以下にコントロールされていた.表1目標眼圧と達成率時期:目標眼圧上方群眼数(%)下方群眼数(%)p値Ⅰ期:19mmHg以下3/3(100%)3/3(100%)NSⅡ期:16mmHg以下20/26(77%)8/10(80%)NSⅢ期:14mmHg以下16/27(59%)10/10(100%)p<0.05計39/56(70%)21/23(91%)NSNS:notsignicant.(Fisherexactprobabilitytest)図3KaplanMeier生命表でのコントロール率(20mmHg以下)上方群下方群コントロール率()()()の以上は図4KaplanMeier生命表でのコントロール率(14mmHg以下)上方群下方群コントロール率()()()の以上は図5視野の経過(上方群)ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb術前視野ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb:目標眼圧達成眼:目標眼圧非達成眼最終視野図6視野の経過(下方群)ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb術前視野ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb:目標眼圧達成眼:目標眼圧非達成眼最終視野図7視力の経過1.50.010.11.00.010.11.01.5HMFCFC入院時視力:上方群:下方群HM最終最視———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081151(105)下方群91%と同等であった.症例数の違いはあるが視野障害が進行した症例には線維柱帯切除術を施行する前に下方からのLOTを施行することも選択肢として考えてよい可能性がある.視野進行した6眼は上方群,下方群の各3眼であった.このうち目標眼圧に達しなかったものは上方群2眼,下方群1眼の計3眼にみられ,下方群の1眼は上方より線維柱帯切除術を追加したが特に問題なく施行できた.術後の一過性眼圧上昇は,著しく視神経萎縮が進行した症例では中心視野が消失する危険性がある.30mmHg以上の一過性の眼圧上昇について発生頻度は,下方群での報告は有水晶体眼で30.8%2)と10.5%5),偽水晶体眼においては20.0%6)であった.白内障同時手術の場合は45.5%7)であり,今回は21.7%であった.白内障手術の付加そのものが眼圧上昇の割合を大きくする要素との報告7)があり,サイヌソトミーを併用すること10)や強膜外方弁の縫合糸を5糸から2糸へと減数したことが一過性眼圧上昇の予防に寄与しているとの報告5)がある.今回はサイヌソトミーを併用していたが,縫合糸は5から4糸へと減少することで一過性眼圧上昇が予防され,2糸までを減少させることでさらに予防できる可能性がある.下方からのLOTを施行する場合の白内障同時手術は耳側角膜切開という組み合わせになる11).しかし白内障手術にて角膜切開は強角膜切開に比べ術後眼内炎の頻度が高率であるとの報告12)があり,そのため白内障同時手術を下方強膜弁同一創から行うほうがよいという考えがある7).久留米大学病院眼科では緑内障・白内障同時手術においてバイマニュアルの極小切開白内障手術(micro-incisioncataractsurgery:MICS)を導入している13).2カ所の19ゲージのVランスを用いた切開とIOLを下方強膜弁からインジェクターを用いて挿入を行えば,通常の耳側角膜切開より感染の危険性は少ないのではないかと考えられる.また術中術者の移動もなく安定して手術することが可能である.上方,下方からのアプローチについて検討したが,眼圧経過,視野経過ともに,有意差は認めなかった.LOT単独手術と同様,白内障手術を併用したLOTを行う場合,将来濾過手術をするスペースを確保するため下方で行うのはよい選択肢であると思われた.本稿の要旨は第17回日本緑内障学会で発表した.文献1)TaniharaH,HonjoM,InataniMetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsicationandimplantationofanintraocularlensforthetreatmentofprimary-openangleglaucomaandcoexistingcataract.OphthalamicSurgLasers28:810-817,1997圧上昇を示した症例は上方群11眼(19.6%),下方群5眼(21.7%)にみられ,術後7日以上続く4mmHg以下の低眼圧は上方群にのみ2眼(3.6%)にみられた.フィブリン析出は上方群において1眼(1.8%)みられたが,数日後に消失する軽度なものであった.全例においてbloodreuxを認め,1週間以上遷延した症例はなかった.また,処置の必要なDescemet膜離や浅前房を生じた症例はなく,術後合併症の発生に有意差はみられなかった.サイヌソトミーによる濾過効果のために丈の低い平坦な濾過胞が生じるがほとんど短期間に消失して,残存している症例はなかった.なお,術中合併症はみられなかった.III考按松原ら9)の報告によれば,上方アプローチによるLOTと同一創白内障同時手術の術後成績は,視力低下につながる重篤な合併症の少ない安全な術式であり,20mmHg以下への眼圧コントロールは術後3年で94%,5年で86.8%,眼圧下降効果においても長期的に1415mmHgにコントロールされるとしている.下方からの報告は,LOTの単独手術の成績5),偽水晶体眼に対しの成績6),同一創からのLOTと白内障手術の成績7)があり,どれも上方アプローチと同様な眼圧効果の結果となっている.今回の検討においてもまず上方群は術後24カ月の眼圧は14.1±4.1mmHg(n=16),眼圧コントロール率が20mmHg以下へは84.0%,14mmHg以下へは40.2%と過去の報告と同等の手術成績であった.下方群は術後18カ月の眼圧は16.2±3.6mmHg(n=5),眼圧コントロール率が20mmHg以下へは87.0%,14mmHg以下へは39.4%という結果であり,上方群と比較して,今回の成績は過去の報告とも同等の成績であった.薬剤スコアにおいては,術前と比較して術後は両群ともに有意に減少していたが,全体的に薬剤スコアは下方群と上方群を比較して下方群の薬剤スコアが高かった.下方群は徐々に増加傾向がみられ,術後9,12カ月後では上方群と比較して下方群が有意に高かった.術後18カ月では1点前後に落ち着いて両群間に有意差はなかった.今回は白内障同時手術を施行しておりLOT単独より眼内の炎症が強く起こっている可能性がある.また落屑緑内障も多く含まれておりこれらのことがこの時期に下方隅角の線維柱帯に影響を与え下方群は薬剤スコアが高い可能性も否定はできない.しかし,下方群のほうが症例も少なく経過観察期間が短いため,今後のさらなる経過観察を待つ必要がある.視野狭窄の程度に基づいた目標眼圧の達成率は,Ⅰ期とⅡ期においては上方群と下方群は同等の結果であった.Ⅲ期(目標眼圧14mmHg以下)においては上方群59%,下方群100%と有意差がみられた(p<0.05).合計では上方群70%,———————————————————————-Page51152あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(106)らしい眼科23:673-676,20068)岩田和雄:低眼圧緑内障および開放隅角緑内障の病態と視機能障害.日眼会誌96:1501-1531,19929)松原孝,寺内博夫,黒田真一郎ほか:サイヌソトミー併用トラベクロトミーと同一創白内障同時手術の長期成績.あたらしい眼科19:761-765,200210)熊谷英治,寺内博夫,永田誠:TrabeculotomyとSinuso-tomy併用手術の眼圧.臨眼46:1007-1011,199211)溝口尚則:トラベクロトミー・白内障同時手術.永田誠(監):眼科マイクロサージェリー,p474-482,エルゼビア・ジャパン,200512)CooperBA,HolekampNM,BohigianGetal:Case-con-trolstudyofendophthalmitisaftercataractsurgerycom-paringscleraltunnelandclearcornealwounds.AmJOphthalmol136:300-305,200313)山川良治,原善太郎,鶴丸修士ほか:極小切開白内障手術と緑内障同時手術.臨眼60:1379-1383,20062)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:TrabeculotomyPro-spectiveStudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,20003)堀暢英,山本哲也,北澤克明:マイトマイシンC併用トラベクレクトミーの長期成績─眼圧コントロールと視機能─.眼科手術12:15-19,19994)寺内博夫,永田誠,黒田真一郎ほか:緑内障の術後成績(Trabeculectomy+MMC・Trabeculotomy・Trabeculoto-my+Sinusotomy).眼科手術8:153-156,19955)南部裕之,尾辻剛,桑原敦子ほか:下方から行ったトラベクロトミー+サイヌストミーの成績.眼科手術15:389-391,20026)鶴丸修士,三好和,新井三樹ほか:偽水晶体眼緑内障に行った下方からの線維柱帯切開術の成績.眼臨100:859-862,20067)石井正宏,目加田篤,岡田明ほか:下方同一創からのトラベクロトミーと白内障同時手術の術後早期経過.あた***