———————————————————————-Page1(125)14530910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(10):14531456,2008cはじめに近年悪性新生物の罹患率が上昇し,また一方で5年生存率が向上しており1),これに伴い全身諸臓器への転移巣が発見される機会も増加している26).眼部腫瘍のなかで転移性腫瘍は近年増加しており,Shieldsらの報告によれば7%を占めている3).原発巣として男性では肺癌が,女性では乳癌が最多とされ,眼部の転移巣としてはぶどう膜,ついで眼窩が多く,結膜転移はまれである4).今回筆者らは,乳癌の転移性結膜腫瘍の症例を経験し,原発巣と転移巣の組織像を比較検討したので報告する.I症例患者:55歳,女性.主訴:右眼異物感.現病歴:2007年5月22日右眼の異物感を自覚し,近医眼科を受診したところ右眼球結膜に腫瘤を指摘され,同年6月8日当科を紹介受診した.既往歴:2005年2月に左乳癌に対し乳房切除術を受け,2007年2月に胸腰椎・肝・肺転移と診断され,化学療法を施行されていた.〔別刷請求先〕高山圭:〒664-0012伊丹市緑ヶ丘6-46-1-1-201Reprintrequests:KeiTakayama,M.D.,46-1-1-201-6-chome,Midorigaoka,Itami-shi,Hyogo664-0012,JAPAN転移性結膜腫瘍の1例高山圭*1鷲尾紀章*1小島照夫*1若栗隆志*1勝本武志*1石田政弘*1西川真平*1沖坂重邦*1,2*1防衛医科大学校眼科学教室*2眼病理教育研究所ACaseofMetastaticConjunctivalTumorKeiTakayama1),NoriakiWashio1),TeruoKojima1),TakashiWakaguri1),TakeshiKatsumoto1),MasahiroIshida1),ShimpeiNishikawa1)andShigekuniOkisaka1,2)1)DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,2)LaboratoryofOphthalmicPathologyEducation乳癌の転移性結膜腫瘍の1症例を経験した.症例は55歳,女性.右眼の異物感を自覚し近医で右結膜腫瘤を指摘され,2006年6月紹介受診した.既往歴として,2005年2月左乳癌に対し左乳房切除術を施行され,2007年2月に胸腰椎・肝・肺転移の診断を受け化学療法が施行されている.初診時,右眼上耳側に結膜腫瘤を認め,弾性硬,境界明瞭で可動性があった.右結膜腫瘤摘出術を施行.腫瘤は結膜下組織にあり,Tenon・強膜に癒着はなく一塊として摘出された.腫瘤はマクロでは黄色調,弾性硬であり,ミクロでは胞巣は腺管構造を形成し,索状・小塊状・篩状増殖を呈し組織全体に浸潤した低分化腺癌を示し,原発巣の乳癌のものと一致したため転移性腫瘍と診断した.乳癌の眼部への転移先には,ぶどう膜が最も多く,ついで眼窩,視神経であり結膜転移はまれである.結膜腫瘤を認め,悪性腫瘍の既往歴がある際は転移性腫瘍の可能性を考慮すべきである.Wereportacaseofmetastaticconjunctivaltumorina55-year-oldfemalewhopresentedwithforeign-bodysensationinherrighteye.Shehadundergonesurgeryforleft-breastcancerinwhichmultiplemetastaseswerediscovered,andhadbeentreatedwithchemotherapy.Thepresenttumorwasfoundinthesuperotemporalcon-junctivaofherrighteyeandwasnotadherenttothebulbarconjunctivaortheunderlyingsclera.Thetumorwasyellowincolor,plateaushapedandmobile.Pathologicalexaminationshowedthetumortobepoorlydierentiatedadenocarcinoma,thesameasinthebreastcarcinomaexcised2yearspreviously.Metastasestotheeyeandadnexaaregenerallyfoundintheintraocularstructureandorbit;metastasestotheconjunctivaareextremelyrare.Thepresenceofaconjunctivalmassshouldalerttheophthalmologisttothepossibilityofconjunctivalmetastasis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(10):14531456,2008〕Keywords:結膜腫瘍,乳癌,転移.conjunctivaltumor,breastcancer,metastasis.———————————————————————-Page21454あたらしい眼科Vol.25,No.10,2008(126)家族歴:特記事項はなし.初診時所見:視力は右眼(1.2×1.00D(cyl1.75DAx90°),左眼(1.2×+0.25D(cyl2.50DAx85°).眼圧は右眼14mmHg,左眼15mmHg.眼位・眼球運動に異常はみられなかった.右眼上耳側の球結膜に約10×6mm大の腫瘤があり(図1),弾性硬,境界明瞭,可動性良好であり,腫瘤上の結膜血管の拡張が観察された.中間透光体および眼底には異常がなかった.経過:複数臓器への転移があることから乳癌の結膜転移の可能性が最も考えられた.本人が異物感の改善のみを希望したため,2007年6月15日単純切除術を施行した.術中所見では,腫瘤は結膜下組織中にありTenon・強膜との癒着はなかった.組織病理所見:結膜腫瘤は大きさが10×6×5mmで黄色調,弾性硬であった(図2).胞巣構造の腫瘍細胞塊が標本全体に認められ,一部で篩状・索状を呈していた(図3a).索状の浸潤部では,腫瘍細胞の間に線維性間質を認め,硬性癌の組織像を呈していた.塊状を呈している部分では核の異型性が強く,有糸様分裂も多く認められた(図3b).腫瘍の中央に壊死も認められた.これら病理所見は浸潤性乳管癌の転移として矛盾しない所見であった.平成17年に切除された原発巣である乳癌の病理所見(図4)は,腫瘍細胞が管状・塊状となり,胞巣構造を呈している部分と硬性癌を呈している部分が混在していた.Her-2/neu(3+),estrogenrecep-tor(ER)(),progesteronereceptor(PgR)()の乳管癌であり,今回の組織病理所見と一致していた.結膜腫瘍の病理所見が原発巣と一致したこと,乳癌が肺・肝・骨に転移していることから乳癌の結膜転移と診断した.術後,主訴は消失し,その後外科で化学療法を増量し外来で経過観察を行っているが,術後6カ月(2007年1月末)の段階で眼局所の明らかな再発はみられていない.図1右外眼部写真上耳側結膜下に10×6mmの黄色調,弾性硬,境界明瞭な腫瘤を認め,可動性は良好であった.図2摘出した結膜腫瘍の実体顕微鏡写真10×6×5mmの黄色調,弾性硬であった.ab図3結膜腫瘍の病理組織の拡大像(HE染色)a:弱拡大では腫瘍細胞が結膜上皮下組織全体に認められ,小塊状,一部で篩状・索状を呈していた.b:強拡大では塊状を呈している胞巣部分では核の異形性が強く有糸核分裂も多数認められる.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.10,20081455(127)II考按眼部への転移性悪性腫瘍は1872年に最初の報告があり,眼部腫瘍の8%を,眼部悪性腫瘍の約19%を占める5).悪性腫瘍の眼部への転移巣として,Castroらの報告6)によるとぶどう膜が最多(64%),つぎに眼窩(29%),視神経(3%)であり,結膜転移はその他(2%)の一部でまれな転移巣である.原発巣として乳癌が最多であり,ついで肺,消化管,腎,皮膚,前立腺との報告がある4).今回の症例では,既往に乳癌がありすでに複数臓器に転移が認められていたこと,病理所見で以前切除した乳癌と一致したことから乳癌の結膜転移と診断した.原発巣の腫瘍細胞はHer-2/neu(3+),ER(),PgR()であった.Her-2/neuの遺伝子増幅ないし蛋白過剰発現を示す乳癌は,臨床的に予後が不良であり,Her-2/neuが陽性で7),ER・PgR陰性である癌は治療抵抗性が高いこと8)が知られており,今回の症例は原発巣術後より2年3カ月で肺・肝・骨に転移をきたしており,病理学的にも臨床的にも悪性度が高いと考えられる.眼部転移を初発とし診断的切除と全身精査により原発巣が判明した症例911)も報告されており,結膜に腫瘤がみられた場合には,悪性腫瘍の既往を問うのはもちろんであるが,診断的切除を行い転移性が疑われる結果であった場合はおもに胸部・腹部を中心とした全身精査を行う必要がある.結膜に転移性腫瘍が認められた場合は他臓器へも転移をきたしている場合が多く,1996年の報告では結膜転移発見後の平均余命は9カ月であった12)が,2006年の報告では切除・放射線治療・分子標的薬による化学療法などを施行することにより5年生存率が72%,10年生存率が38%としていることもあり13),悪性度や原発巣を精査した後にQOL(qualityoflife)を高めるために適切な治療を行うことが必要であると考える.本症例では,患者の希望により放射線療法は施行されずに,化学療法が継続された.結膜下に腫瘤を認めた際には,まず局所原発性腫瘍の検索を行うが,転移性腫瘍の可能性が考えられる場合にはさらに全身検索を行う必要がある.稿を終えるにあたり,原発巣の病理標本の借用に快諾していただいた三井病院秦怜志先生に深謝いたします.文献1)国立がんセンター中央病院:主要部位別・病期別生存率.がん統計’05,p25-26,20052)工藤麻里,後藤浩,村松大弐:転移性眼窩腫瘍17例の検討.眼臨101:450-453,20073)ShieldsJA,ShieldsCL,ScartozziR:Surveyof1264patientswithorbitaltumorsandsimulatinglesion.Oph-thalmology111:997-1008,20044)FerryAP,FontRL:Carcinomametastatictotheeyeandorbit.ArchOphthalmol92:276-286,19745)高村浩:日本での眼科領域の腫瘍の現状と国際比較.あたらしい眼科19:535-541,20026)CastroPA,AlbertDM,WangWJetal:Tumormetasta-tictotheeyeandadnexsa.IntOphthalmolClin38:189-223,1982図4原発巣である乳癌の病理組織像a:腫瘍は胞巣構造の部分と硬性癌の部分が混在する乳管癌である(HE染色).b:胞巣部分では核の異型性が強くみられる(HE染色).c:胞巣構造から硬性癌に移行している部分では,腫瘍細胞はHer-2/neu免疫染色に強陽性(3+)であった.abc———————————————————————-Page41456あたらしい眼科Vol.25,No.10,2008(128)7)TsudaH:Prognosticandpredictivevalueofc-erb-2(HER-2/neu)geneamplicationinhumanbreastcancer.BreastCancer8:10-15,20018)ElledgeRM,GreenS,PughRetal:Estrogenreceptor(ER)andprogesteronereceptor(PgR),byligand-bindingassaycomparedwithER,PgR,pS2byimmuno-his-tochemistryinpredictingresponsetotamoxifeninmeta-staticbreastcancer:aSoutheastOncologyGroupStudy.IntJCancer89:111-117,20009)ShieldsJA,GunduzK,ShieldsCLetal:Conjunctivalmetastasisastheinitialmanifestationoflungcancer.AmJOphthalmol124:399-400,199710)ShieldsCA,ShieldsJA,GrossNAetal:Surveyof520eyeswithuvealmetastases.Ophthalmology104:1265-1276,199711)森英恵,前川直子,里田直樹ほか:眼窩内転移による症状を初発として発見された原発性肺癌の1例.日呼吸会誌41:19-24,200312)KiratliH,ShieldsCL,ShieldsJAetal:Metastaticstumorstotheconjunctiva:reportof10cases.BrJOph-thalmol80:5-8,199613)MehtaJS,Abou-RayyahY,RoseGE:Orbitalcarcinoidmetastases.Ophthalmology113:466-472,2006***