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輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):837.840,2013c輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例唐下千寿*1矢倉慶子*1寺坂祐樹*2宮崎大*1井上幸次*1*1鳥取大学医学部視覚病態学*2国民健康保険智頭病院眼科ACaseofHerpeticKeratitis5YearsafterLimbalTransplantationChizuTouge1),KeikoYakura1),YukiTerasaka2),DaiMiyazaki1)andYoshitsuguInoue1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,NationalHealthInsuranceChizuHospital目的:上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例の報告.症例:88歳,男性.2006年10月,左眼の上皮内癌切除と輪部移植術を施行.その後,近医にて経過観察となり,拒絶反応予防のため継続的に0.1%フルオロメトロン点眼が使用されていた.2011年10月,近医再診時,広範な角膜上皮欠損を認め,翌日鳥取大学眼科紹介受診となった.移植片は一様に浮腫をきたしていたが,中央角膜には浮腫を認めなかったため,当初拒絶反応と診断した.しかし,ヘルペス性角膜炎の可能性も考え,ベタメタゾン点眼,バラシクロビル内服,抗菌薬点眼・眼軟膏で治療を開始した.その後涙液のreal-timepolymerasechainreactoin(PCR)にて1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)-DNAが検出されたため,単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.そこでアシクロビル眼軟膏を追加し,ベタメタゾン点眼を0.1%フルオロメトロン点眼に変更した.以後,上皮欠損・輪部浮腫ともに軽快したが,移植片に付着した脱落しかけた上皮を除去してreal-timePCRに供したところ,1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然検出された.そこで0.1%フルオロメトロン点眼を中止したところ,1週間後には涙液のreal-timePCRにて,HSV-DNA陰性化を確認した.結論:非定型的なヘルペス性角膜炎の診断にはreal-timePCRが有用である.ステロイド薬使用例では既往の有無にかかわらず,単純ヘルペスウイルス角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要がある.Purpose:Toreportacaseofherpetickeratitis5yearsafterlimbaltransplantation.Case:InOctober2006,thepatient,a88-year-oldmale,underwentresectionofcarcinomainsituandlimbaltransplantationinhislefteyeatTottoriUniversityHospital.Thereafter,hehadbeenfollowedbyalocalclinicwhileusing0.1%fluorometholoneophthalmicsolutiontopreventrejectionconsecutively.InOctober2011,extensivecornealepithelialdefectwasobservedandhewasreferredtoTottoriUniversityHospital.Diffuseedemawasobservedinthelimbalgraft,butnoedemawasnotedinthehostcornea;rejectionwasthereforediagnosedandtreatmentwithbetamethasoneophthalmicsolutionwasinitiated.However,consideringthepossibilityofherpetickeratitis,oralvalacyclovirwasalsoprescribed.SinceHSV-DNA(1.2×106copies/200μleyewash)wasdetectedinthetearsamplebyreal-timepolymerasechainreaction(PCR),thediagnosiswasherpessimplexviruskeratitis.Acyclovirophthalmicointmentwasaddedandthebetamethasoneophthalmicsolutionwaschangedto0.1%fluorometholoneophthalmicsolution.Subsequently,cornealepithelialdefectandlimbaledemareduced.However,HSV-DNA(1.6×104copies/sample)wasstilldetectedinthedetachedcornealepitheliumhangingfromthegraft;the0.1%fluorometholoneophthalmicsolutionwasthereforestopped.Oneweeklater,HSV-DNAwasnotdetectedinthetearsamplebyreal-timePCR.Conclusions:Real-timePCRisusefulfordiagnosingatypicalherpessimplexviruskeratitis.Thepossibilityofherpetickeratitisshouldbeconsideredinpatientstreatedwithsteroid,irrespectiveofpasthistoryofherpetickeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):837.840,2013〕Keywords:輪部移植,ヘルペス性角膜炎,単純ヘルペスウイルス,拒絶反応,ステロイド.limbaltransplantation,herpetickeratitis,herpessimplexvirus,rejection,steroid.〔別刷請求先〕唐下千寿:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:ChizuTouge,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(115)837 はじめに上皮型のヘルペス性角膜炎は特徴的な樹枝状角膜炎を呈した場合,診断はむずかしくないが,非定型的な形をとった場合や,別の角膜疾患の経過中に生じた場合は,その鑑別はしばしば困難である.今回筆者らは,角結膜上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例を経験したので報告する.I症例および所見症例:88歳,男性.現病歴:2000年9月から,近医眼科にて左眼角膜びらんで経過観察されていた.悪化時には角膜潰瘍を生じることもあった.2004年6月,精査目的に鳥取大学眼科(以下,当科)紹介受診され,impressioncytologyを施行したが悪性所見はなく,経過観察となった.しかし翌年,病変の悪化を認め,2005年4月,鼻下側角結膜病変切除術を施行した.病理診断は上皮内癌であり,術後,インターフェロンa-2b点眼を使用した.2006年9月,角結膜腫瘍が再発し,2006図12007年6月:術後8カ月の前眼部写真移植角膜の透明性は維持されている.年10月,上皮内癌切除術と輪部移植術を施行した.術後は近医にて経過観察となり,拒絶反応予防の目的で継続的に0.1%フルオロメトロン点眼を使用していた.術後,移植角膜の透明性は保たれていた(図1).2011年10月近医再診時,1週間前からの左眼眼脂と流涙の訴えがあり,広範な角膜上皮欠損を認めたため,翌日当科紹介受診となった.前医にて経過観察中,左眼視力は矯正0.5であったが,当科受診時には0.1に低下していた.角膜移植片の浮腫・混濁と,hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認めた(図2,3).前房細胞や角膜後面沈着物は認めなかった.同日当科入院となった.II治療経過鑑別診断として,上皮型・実質型の拒絶反応の可能性と,ヘルペス性角膜炎の可能性を考えた.本症例は輪部移植を行っており,内皮と実質は本人の角膜であり,周辺の移植片の実質はアロ由来で,上皮もアロ由来の可能性が高い.拒絶反応はアロの上皮と実質に対して起こるので,上皮がアロ由来であれば本症例のように,拒絶反応によって上皮が広範に脱落し,移植角膜に限局して浮腫が起きることは十分考えられる.一方,本症例がヘルペス性角膜炎であれば,感染が起こるのはむしろ三叉神経のつながっているhostの角膜のはずであり,中央に浮腫がなく移植角膜のみに限局して一様に浮腫をきたす可能性は少ないのではないかと考えた.そのため単純ヘルペス角膜炎の可能性も否定はできないが,拒絶反応の可能性が高いと判断した.一応両眼の涙液をeyewash法にて採取し,ヘルペスウイルスのreal-timepolymerasechainreaction(PCR)に供し,初期治療としてベタメタゾン点眼(左眼1日6回)を開始し,念のためバラシクロビル内服(1,000mg/日)を併用することとした.その他,セフメノキシム点眼(左眼1日6回),オフロキサシン眼軟膏(左眼1日2回)を追加した.図2当科受診時前眼部写真(2011年10月)角膜移植片の浮腫と混濁を認める.図3当科受診時フルオレセイン染色写真(2011年10月)Hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認める.838あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(116) 図4退院6カ月後の前眼部写真角膜中央の表層混濁は認めるが,移植角膜の浮腫・混濁は認めない.その翌日,real-timePCRの結果が判明し,右眼涙液から51copies/200μleyewash液,左眼涙液から1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)DNAが検出された.両者ともvaricella-zostervirus(VZV)DNAは陰性であった.右眼のHSV-DNA量は病因とは言えない量であったが,左眼からは病因と考えられる量のHSVが検出されており1),単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.コピー数が多いことから,大きな上皮欠損は地図状角膜炎であると考え,アシクロビル眼軟膏(左眼1日5回)を追加した.上皮型に対して,通常ステロイド薬は禁忌とされるが,急に中止した場合,強い炎症を起こす可能性があるため,フルオロメトロン点眼(左眼1日3回)に変更した.以後上皮欠損,輪部浮腫ともに軽快した.拒絶反応であればステロイド薬の減量により病状は悪化するはずだが,本症例はヘルペス性角膜炎の治療に反応して軽快しているため,2011年11月初旬にフルオロメトロン点眼を中止した.数日後,角膜上皮は全被覆したが,角膜輪部の混濁・浮腫は残存しており,拒絶反応を併発している可能性と,ヘルペス性角膜炎の実質型を合併している可能性の両者を考え,ステロイド薬点眼(0.1%フルオロメトロン点眼,左眼1日3回)を再開した.4日後,セフメノキシム点眼とアシクロビル眼軟膏を減量した(左眼1日3回).この時点で,HSVが陰性化したのを確認する目的で,涙液を採取し,real-timePCRに供した.また,数日後,移植片鼻側に脱落しかけた上皮があったため,これを切除してreal-timePCRに供した.その結果,涙液には,19copies/200μleyewash液,角膜上皮には1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然として検出された(両者ともVZV-DNAは陰性であった).この結果からフルオロメトロン点眼を再開したことでHSVを増加させた可能性を考え,再度フルオロメトロン点眼を中止し,アシクロビル眼軟膏を左眼1日5回に増量した.1週間後,再度(117)図5退院6カ月後のフルオレセイン染色写真角膜上皮に不整を認める.涙液をreal-timePCRに供し,HSV-DNAの陰性化を確認した.この時点で移植角膜の浮腫・混濁とも軽快傾向であるため退院となり,以後近医眼科にてアシクロビル眼軟膏を漸減して経過観察した.退院4カ月後,輪部浮腫の悪化,血管侵入の再燃のため,0.1%フルオロメトロン点眼を再開した.退院6カ月後には角膜中央の表層性混濁と角膜上皮の不整のため,左眼視力は0.05pと不良であったが,移植角膜の浮腫・混濁は認められず,状態は落ちついていた(図4,5).III考按拒絶反応は移植片に対する遅延型過敏反応であり,上皮型では浮腫状に隆起した線状病変・上皮欠損,実質型では上皮下混濁・角膜浮腫・血管侵入がその特徴である.ヘルペス性角膜炎の上皮型はHSVが上皮で増殖した状態であり,末端膨大部,上皮内浸潤,縁どられたような辺縁を伴った樹枝状病変や地図状角膜炎が特徴である.本症例の前眼部所見は,上皮欠損は認めるものの,ヘルペス性角膜炎の特徴的所見は呈しておらず,また,血管侵入は弱いものの,輪部移植角膜の混濁・浮腫は拒絶反応の特徴に類似したものと考えられた.しかし,real-timePCRでHSV-DNAが多量に検出され,治療経過ではアシクロビル眼軟膏開始とステロイド薬の減量後,上皮欠損・輪部浮腫がともに軽快治癒しており,ヘルペス性角膜炎が本症例の原因と考えられた.本症例の前眼部所見のうち,角膜移植片に限局した浮腫はヘルペス性角膜炎だけでは説明しにくく,ヘルペス感染による炎症のため周辺の移植片に拒絶反応様の所見が誘発された可能性や,拒絶反応に続発してヘルペス性角膜炎を発症した可能性も考えられる.つぎに,ヘルペス感染の経路について検討してみる.今振り返ると,本症例の病歴に当院受診の1週間前からの眼脂があたらしい眼科Vol.30,No.6,2013839 あり,これは拒絶反応では認められない自覚症状で,推測になるが,最初にヘルペス性結膜炎として発症し,三叉神経を介するのではなく,眼表面を角膜輪部(graft)から中央(host)にかけてヘルペス感染が拡大したと考えると,hostでなくgraftに所見が強かった説明がつくのかもしれない.角膜移植後の非定型的なヘルペス感染の文献は,1990年Beyerらが,偽水晶体性水疱性角膜症の患者で角膜移植後早期にhost-graftjunctionに沿った上皮欠損を認め,病巣よりHSVが分離された症例を報告している2).日本でも切通らが外傷後に生じた角膜白斑に対して全層角膜移植術を行った患者で,拒絶反応治療中にhost-graftjunctionに沿った不整形の上皮欠損を認め,擦過角膜よりHSVが分離された症例を報告している3).両者ともhost-graftjunctionに沿った不整形な上皮欠損の形を呈しており,上皮型ヘルペス角膜炎に特徴的な所見を呈していない点で,本症例と類似していた.角膜移植後の上皮型ヘルペス角膜炎の報告には,樹枝状角膜炎という形態によって診断された報告4.7)もあれば,本症例のように,形態からはヘルペス角膜炎の診断が困難なものもある.樹枝状角膜炎を呈さない非定型的な単純ヘルペスウイルス角膜炎の診断にはPCRによるウイルスDNAの検出が有用であり8,9),さらに治療効果の判定には,real-timePCRによるウイルス量の測定が有用である.本症例でもreal-timePCRにより正しい診断が可能となり,治療方針の決定にも有益であった.また,ステロイド薬使用例で角膜上皮欠損を生じた場合,既往の有無にかかわらず,ヘルペス性角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Kakimaru-HasegawaA,KuoCH,KomatsuNetal:Clinicalapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOphthalmol52:24-31,20082)BeyerCF,ByrdTJ,HillJMetal:Herpessimplexvirusandpersistentepithelialdefectsafterpenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol109:95-96,19903)切通洋,井上幸次,根津永津ほか:角膜移植後拒絶反応治療中に発生した非定型的上皮型角膜ヘルペスの1例.あたらしい眼科11:1923-1925,19944)FineM,CignettiFE:Penetratingkaratoplastyinherpessimplexkeratitis.Recurrenceingrafts.ArchOphthalmol95:613-616,19775)CohenEJ,LaibsonPR,ArentsenJJ:Cornealtransplantationforherpessimplexkeratitis.AmJOphthalmol95:645-650,19836)迎亮二,村田稔,雨宮次生ほか:全層角膜移植後15年を経て再発したヘルペス性角膜炎の1例.臨眼83:769770,19897)秋山朋代,杤久保哲男,清水康平ほか:全層角膜移植術5年後に発症した角膜ヘルペス.あたらしい眼科13:15551557,19968)YamamotoS,ShimomuraY,KinoshitaSetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinhumantearfilmbythepolymerasechainreaction.AmJOphthalmol117:160163,19949)KoizumiN,NishidaK,AdachiWetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinatypicalepithelialkeratitisusingpolymerasechainreaction.BrJOphthalmol83:957-960,1999***840あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(118)