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心因性近見障害の1例

2021年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科38(1):108.111,2021c心因性近見障害の1例遠藤智己古森美和新井慎司堀田喜裕佐藤美保浜松医科大学眼科学講座CACaseofPsychogenicNearVisionDisturbanceTomokiEndo,MiwaKomori,ShinjiArai,YoshihiroHottaandMihoSatoCDepartmentofOphthalmology,HamamatsuMedicalUniversityC近見障害を認め,最終的に心因性であると診断するのにC3年を要した女児を経験したので報告する.症例はC11歳の女児.8歳頃より近見時の複視を自覚し,他院でプリズム眼鏡を処方されたが改善なく,浜松医科大学附属病院を受診した.遠見視力は良好だったが,近見時には凸レンズの加入を必要とした.屈折検査では大きな屈折異常は認めなかった.眼位は遠見で正位,近見でC20ΔXTであり,交叉性複視を訴えた.調節力は両眼とも約C3.00Dと同年代と比較し不良で,近見反応では縮瞳や輻湊も不良であった.頭部CMRI検査で異常は認めなかった.プリズムを組み込んだ累進屈折力眼鏡を処方し,複視の自覚は改善した.当初は学校生活を不自由なく送れていたが,母親単独で再度病歴を聴取したところ,過去のいじめや機能性難聴,夜尿の既往歴が複視の症状出現時と一致していることが聴取され,心因性による近見障害であると診断した.CPurpose:Toreportacaseofpsychogenicnear-visiondisturbancethattook3yearsfordiagnosis.Case:An8-year-oldpatientwasprescribedprismaticglassesafterbecomingawareofnear-distancediplopia.Atage11,thepatientwaspresentedatourhospitalduetonoimprovement.Nearvisionrequiringconvexlensesandinsigni.cantrefractiveCerrorsCwereCobserved.CTheCpatient’sCeyesCshowedC20prismCdiopters(D)ofCexotropiaCatCnearCwithCcrosseddiplopia,andaccommodationabilitywasapproximately3.00Dforeacheye.Innearresponses,nopupillaryconstrictionwasobserved;i.e.,convergencewaspoor.Cranialmagneticresonanceimagingshowednoabnormali-ties.CSinceCtheCpatientCreportedCnoCproblemsCatCschool,CpsychogenicCoriginsCwereCinitiallyCeliminated,CandCprogres-sivepowerlenseswithprismswereprescribed.Atthe4-monthfollow-upexamination,thepatientreporteddiplo-piaCimprovement.CInterviewedCalone,CtheCmotherCreportedCaChistoryCofCbullying,CfunctionalChearingCloss,CandCnocturnalenuresisthatstartedatthetimethatshebecameawareofthesymptoms.Thus,wecametothediagno-sisCofCpsychogenicCnear-visionCdisturbance.CConclusion:CasesCofCpsychogenicCnear-visionCdisturbanceCcanCsome-timestakeyearstocorrectlydiagnose.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(1):108.111,C2021〕Keywords:心因性視覚障害,輻湊不全,調節異常,近見障害.psychogenicvisualdisturbance,convergenceinsu.ciency,accommodativedisorder,nearvisiondisturbance.Cはじめに近見反応の障害は,松果体や脳幹など核上性の疾患が原因となり発症することが知られている1).今回筆者らは,原因不明の近見障害を認める小児を経験し,最終的に心因性によると診断したので報告する.なお,本症例の論文投稿については,患児および保護者の同意を得ている.I症例患者:11歳,女児.主訴:近見時の複視.現病歴:8歳頃,近見時の複視を主訴にCA眼科を受診し,斜視を指摘されたが,経過観察となっていた.その後CB眼科を受診し,プリズム眼鏡(度数不明)を処方され,3カ月〔別刷請求先〕遠藤智己:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山C1-20-1浜松医科大学眼科学講座Reprintrequests:TomokiEndo,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HamamatsuMedicalUniversity,1-20-1Handayama,Higashi-ku,Hamamatsu-shi,Shizuoka431-3192,JAPANC108(108)ごとに経過観察されていたが,改善がなく,10歳時にCC眼科を受診し,近医総合病院小児科へ紹介された.頭部CMRI検査施行で異常は認めず,C眼科で新たにプリズム眼鏡(右眼:2Δbasein,左眼:6CΔbasein)を作製・装用していたが,改善ないため精査目的に浜松医科大学附属病院紹介となった.初診時所見:瞳孔反応に異常はなく,遠見視力は右眼:1.2(n.c.),左眼:1.2(n.c.),近見視力は右眼:0.6(1.0×+2.00D),左眼:0.7(1.0×+2.00D)と凸レンズの加入が必要であった.シクロペントラート塩酸塩点眼後の屈折度数は,右眼:+0.00D(cyl.0.75DAx100°,左眼:+0.50D(cylC.0.75DAx80°であった.眼位は遠見で正位,近見でC20CΔXTであり,近見時に交叉性複視を訴えた.Hess赤緑試験では内転制限は認めなかった(図1).TitmusCstereotestではC.y(C.)だったが,遠見立体視(システムチャートCSC-1000Pola,ニデック)はC40”と良好であった.調節機能は調節微動解析装置(アコモレフCSpeedy-i,ライト製作所)を用いた調節反応検査にて,両眼とも調節刺激への反応が乏しく(図2),連続近点計(NPアコモドメーター,興和)では調節力は両眼とも約3.00Dと同年代と比較し不良であった.AC/A比(farGradient法)はC1CΔ/D,プリズムによる融像幅は.10Δ.+2Δと輻湊も不良で,近見反応では,縮瞳を認めなかった(図3).前眼部,中間透光体,眼底に異常は認めなかった.(D)(R)右眼-3.00-2.00-1.000.00他覚屈折値(調節反応量)-0.50-1.50-2.50-3.50(D)視標の位置(調節刺激量)~57.00[dB]57.01~65.00[dB]65.01~[dB]調節微動(毛様体筋の活動状態)経過:当院で施行した近見視力検査・アコモレフCSpeedy-i・NPアコモドメーターの結果から調節異常の状態であることがわかった.症状の日内変動や筋力低下はないものの,走るとすぐに疲れてしまうという病歴や,顔写真撮影でC9方向に目を動かしただけで疲れたとの訴えがあったため,重症筋無力症の可能性も考慮し,アイステストと抗アセチルコリンレセプター抗体検査を施行したが,ともに陰性であった.当初本人および母親同席での問診では,学校生活は不自由なく過ごしており,心因性とは積極的には疑わなかった.近見時の複視に対し,プリズムを組み込んだ累進屈折力眼鏡(右眼:plane+2.00Dadd:6CΔbasein,左眼:plane+2.00Dadd:6CΔbasein)を処方し,経過観察とした.初診時からC4カ月後の診察では,検査時の近見障害には変図1Hess赤緑試験内転制限は認めない.(D)(L)左眼-3.00-2.00-1.000.00-0.50-1.50-2.50-3.50(D)(D)-3.00-0.50-1.50-2.50-3.50(D)正常若年者の反応図2調節反応検査(アコモレフSpeedy.i)両眼とも調節刺激への反応が乏しい.左眼は近方時に調節緊張の反応がみられる.図3近見時の縮瞳反応上:遠見時,下:近見時.固視標を近づけても縮瞳を認めない.化はなかったが,プリズム眼鏡で近見時の複視は改善した.遠見での眼位は眼鏡装用でも正位から内斜位を保ち,複視の訴えはなかった.母親単独で再度病歴を聴取したところ,8歳(小学C2年生)頃学校でいじめを受け,近医にて機能性難聴と診断された病歴と,11歳(6年生)のときに夜尿が出現した病歴が聴取され,複視の症状出現時と一致していた.追加で色覚検査,中心フリッカ値やCGoldmann視野検査,および頭部造影CMRI検査を施行したが,明らかな異常を認めなかった.以上の結果より,本例を心因性近見障害と診断した.その後,いったん診療を中止したが,約C3年後に母親に電話で聴取したところ,現在は不登校になり心理カウンセリングを受けていることが明らかになった.また,現在もプリズム眼鏡を装用しないと近見時の複視は変わらないことが聴取された.CII考按本例では近見時の複視を主訴に来院し,当院にて新たに近見視力検査と調節機能検査を行い,近見反応の障害を生じていることがわかった.精神的なストレスの聴取に時間がかかり,症状出現から診断までにC3年の長期を要した.学校健診における視力検査では遠見視力を測定するのみのため,近見視力の不良は判定されない.このため,本例では学校健診で異常を指摘されず,前医でも調節障害が指摘されず輻湊不全のみが指摘されていた.本例のように,遠見視力が良好であるにもかかわらず見にくさを訴える場合は,近見視力検査が必要である.近見反応の障害をきたす原因には器質性のものと心因性のものが存在する.器質性のものには,薬剤,頭部外傷,ウイルス性脳炎,ジフテリア後神経麻痺,進行性核上性麻痺,中脳出血・梗塞,血管性病変などが原因としてあげられる1).これらの鑑別のためには,MRIなどでの画像診断が必要である.今回の症例では頭部単純CMRI検査,および造影CMRI検査を行っているが,原因となるような病変は検出されず,外傷や薬剤性を疑わせる情報も認めなかった.近見反応は輻湊・調節・縮瞳で構成され,この三者は単独にも起こる独立した中枢制御系ではあるが,互いに連動している2).一般に各要素の表出の組み合わせ・その程度は患者によって大きく異なり,本例のようにC3要素すべての障害をきたした報告3,4)はまれである.また,小児の心因性視覚障害では調節障害をきたしやすいとされている5).調節障害の心因性としての特有のパターンはなく,調節衰弱あるいは調節緊張を示す患者も散見されるが6),本例のように輻湊不全が関与した報告は少ない7.9).一般的に,心因性視覚障害は精神的葛藤や欲求不満などの精神的ストレスを感じたときに起こりやすいとされているが10),本例では受診当初は患者本人からのストレスの訴えはなく,その後の母親単独での問診から心因性を示唆させる病歴が聴取された.複視を自覚したのがC8歳頃であり,学校でのいじめにあっていた時期と一致する.その後も心理的負担を抱えていたことがわかり,心因性視覚障害をきたす要素が背景にあった可能性が考えられた.本例では,心因性視覚障害と診断した時点で診療を中止としてしまったが,後に経過を確認した時点でも不登校になっており,症状は変わらない状態であった.本例は眼科外来での介入だけなく,心理・精神的な対応をすべきであったと反省している.また患者が小児である場合は,習慣的に親子そろって問診することが多いが,同時に行う問診では,詳細な病歴聴取ができない可能性もあるため,心因性視覚障害を少しでも疑う場合は,親子別での詳細な病歴聴取が必要であると考えられた.CIII結論器質的疾患が明確でないにもかかわらず,近見反応のC3要素(輻湊・調節・縮瞳)すべてが障害されたC1例を経験し,最終的に心因性近見障害と診断した.視機能異常を訴える小児診療の際は,近見視力検査も考慮し,心因性視覚障害を疑う際には,親子別での病歴聴取を検討すべきと考えられた.文献1)石川均:見落としがちな近見反応とその異常.臨眼C64:1670-1674,C20102)高木峰夫,阿部春樹,坂東武彦:動物とヒトでの生物学的解析から.神経眼科21:265-279,C20043)OhtsukaK:AccommodationCandCconvergenceCpalsyCcausedCbyClesionsCinCtheCbilateralCrostralCsuperiorCcollicu-lus.AmJOphthalmolC133:425-427,C20024)ChrousosGA,O’NeillJF,CoganDG:Absenceofthenearre.exinhealthyadolescent.JPediatrOphthalmolStrabis-musC22:76-77,C19855)梶野桂子,川村緑,加藤純子:心因性視力障害と調節について.日視会誌C15:32-37,C19876)黄野桃代,山出新一,佐藤友哉ほか:心因性視覚障害の調節特性.眼臨86:165-169,C19927)伊藤博隆,平野啓治,石井幹人ほか:輻湊不全のみられた心因性視覚障害のC1例.眼臨94:631-633,C20008)金谷まり子,岡野朋子,依田初栄:輻湊不全が原因と思われる二次障害.眼臨84:841-846,C19909)小倉央子,高畠愛由美,大渕有理ほか:輻湊不全を伴った心因性視覚障害のC1例.日視会誌33:73-78,C200410)小口芳久:心因性視力障害.日視会誌C18:51-55,C1990***