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3 歳児眼科健診における屈折検査の重要性について

2023年5月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科40(5):689.692,2023c3歳児眼科健診における屈折検査の重要性について明石梓藤本愛子窪谷日奈子大塚斎史森井香織三浦真二藤原りつ子あさぎり病院眼科CSigni.canceofRefractiveTestingin3-Year-OldChildHealthCheckupsAzusaAkashi,AikoFujimoto,HinakoKubotani,YoshifumiOtsuka,KaoriMorii,ShinjiMiuraandRitsukoFujiwaraCDepartmentofOphthalmology,AsagiriHosipitalC目的:3歳児眼科健診における屈折検査の有無による弱視治療患者の受診時期,受診の契機について検討すること.方法:2018年C1月C1日.12月C31日に当院斜視弱視外来で検査を行った患者のうち,3歳児眼科健診を終了している例を対象とした.3歳児眼科健診で屈折検査ありの自治体で検査を受けた場合をCA群,屈折検査なしの自治体で検査を受けた場合をCB群に分けて受診時期,受診の契機について比較を行い,8歳以上における視力不良(1.0未満)例について考察した.結果:初診時平均年齢はCA群C3.2歳,B群C4.1歳とCA群のほうが有意に早く(p<0.001),3歳児眼科健診を契機に受診した割合はCA群でC54.7%,B群でC26.5%とCA群で多かった(p<0.001).また,8歳以上における視力不良例(5例)はすべて5.0D以上の遠視があり,80%(4例)でC1.5D以上の不同視が認められた.CAmongthepatientsseenatourdepartment’sstrabismicamblyopiaoutpatientclinicfromJanuary1toDecem-berC31,C2018,CweCtargetedCthoseCwhoChadCcompletedCthe“3-year-oldCchildChealthCcheckups”.CTheCcasesCinCwhichCthethree-year-oldchildhealthcheckupophthalmologicalexaminationwasperformed‘witharefractivetest’werecategorizedasGroupA,whilethoseinwhichtheophthalmologicalexaminationwasperformed‘withoutarefrac-tivetest’werecategorizedasGroupB.Betweenthosetwogroups,thetimingofconsultationwascompared,andtheCproportionCofCcasesCwithCpoorvision(i.e.,CaCvisualacuity[VA]ofClessCthanC1.0diopter[D])amongCpatientsCaged8yearsandolderwasanalyzed.Fromtheresultsofthisstudy,theageatthetimeoftheinitialconsultationwassigni.cantlyearlierinGroupA,withGroupAbeing3.2yearsoldandGroupBbeing4.1yearsold(p<0.001)C,thepercentageofchildrenwhounderwenteyeexaminationsforthree-year-oldswas54.7%inGroupAand26.5%inGroupB(p<0.001)C.Inaddition,allpatientsaged8yearsorolderwithpoorVA(5cases)hadhyperopiaof5.0D,ormore,and80%(4cases)hadanisometropiaof1.5D,ormore.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(5):689.692,C2023〕Keywords:3歳児眼科健診,受診時期,屈折検査,弱視,遠視.3-year-oldchild’shealthcheckups,consultationtime,refractiontest,amblyopia,hyperopia.Cはじめにわが国のC3歳児健康診査視覚検査(以下,3歳児眼科健診)は,1991年より全国の保健所で視機能発達の阻害因子をもつ児を早期に発見する目的で開始された.その後C1999年に実施母体が都道府県から市町村に移譲され現在に至っている.3歳児眼科健診は弱視検出に有用な機会ではあるが,健診をすり抜けて就学時健診や学校健診で弱視を指摘され受診するケースがあることも問題視されてきた1,2).3歳児眼科健診は自治体によって検査内容に差があるが,多くの自治体が自覚的な視力検査と問診のみであり,屈折検査などの他覚的検査を施行している自治体の割合は少ない3,4).令和C3年度に行われた日本眼科医会の全国調査の結果では,3歳児眼科健診で屈折検査を行っている自治体の割合はC28.3%であった.屈折検査の導入が進まない理由としては,検査時間の長さや人員確保,費用面の問題があった.3歳児眼科健診の精度を上げるために追加すべき検査が屈折検査であることは,これまで多数報告されてきた5.8).しかし,同一施設においてC3歳児眼科健診で屈折検査ありの自治体を経た児と屈折検査なしの自治体を経た児における受診時期を比較した報告は少ない10).そこで,今回筆者らは当院斜弱外来で治療中の患〔別刷請求先〕明石梓:〒673-0852兵庫県明石市朝霧台C1120-2あさぎり病院眼科Reprintrequests:AzusaAkashi,DepartmentofOphthalmology,AsagiriHosipital,1120-2Asagiridai,AkashiShi,HyogoKen673-0852,JAPANC者を対象に,3歳児眼科健診を屈折検査ありの自治体で終了した群と屈折検査なしの自治体で終了した群に振り分け,比較検討を行った.CI対象および方法2018年C1月C1日.12月C31日に当院斜視弱視外来に通院中の患者のうち,3歳児眼科健診を終了しているC229名(男児C93名,女児C136名)を対象とした.発達遅滞などで視力検査が不正確な児は除外した.疾患の内訳は屈折異常弱視が157名,不同視弱視がC66名,斜視弱視と屈折異常弱視の合併がC3名,斜視弱視と不同視弱視の合併がC2名,斜視弱視が1名,平均観察期間はC3年C10カ月であった.3歳児眼科健診で屈折検査ありの自治体で検査を受けた児をCA群,屈折検査なしの自治体で検査を受けた場合をCB群に振り分けた.なお,屈折検査ありの自治体では据え置き型のオートレフラクトメータが使用され,要精査の基準は+1.5Dを超える遠視,±1.5Dを超える乱視,C.2.0Dを超える近視であった.なお,A群の自治体ではC3歳C6カ月,B群の自治体ではC3歳3カ月で健診が実施されていた.A群CB群の当院の初診時年齢,6歳以降の受診の割合,各群におけるC3歳児眼科健診を契機に受診した割合,就学時健康診断(以下,就学時健診)を契機に受診した割合の比較検討を行い,8歳以上の児のうち,視力不良(1.0未満)の児について考察した.各群の平均年齢の比較には対応のないCt検定,受診者の割合に関してはCFisher検定を用いて統計学的有意水準をC5%未満とした.本研究は当院の倫理審査委員会の承認を得た後,ヘルシンキ宣言に準拠して実施された.統計解析には統計ソフトウェアであるCEZR(version1.54)を使用した.CII結果3歳児眼科健診を屈折検査ありの自治体で検査を受けたCA群はC127名,屈折検査なしの自治体で検査を受けたCB群は102名であった.また,弱視の原因となるようなリスクファクターは米国小児眼科・斜視学会(AmericanCAssociationCforCPediatricCOphthalmologyCandStrabismus:AAPOS)の定めたものを基準とし9),初診時のサイプレジン点眼下の屈折値を参考にした.その結果,3.5D以上の遠視はCA群で59.8%,B群でC71.6%(p=0.071),1.5D以上の乱視はCA群でC37.0%,B群でC32.4%(p=0.488),1.5D以上の近視はCA群でC8.7%,B群でC7.8%(p=1.000),斜視の割合はCA群で14.2%,B群でC21.6%(p=0.163)と各群で有意差は認められなかったが,1.5D以上の不同視はA群でC24.4%,B群で46.1%(p<0.001)と有意差がみられた(表1).±11(C.0.96)歳,B群で4C±初診時年齢はA群で3.24(1.83)C歳とCA群のほうが有意に早く(p<0.001),6歳以降の受診はCA群でC4.8%,B群でC33.3%とCB群で多くなった(p<0.001)(表2).また,3歳児眼科健診を契機に受診した割合はA群で54.7%,B群で26.5%とA群で多く(p<0.001),園での眼科健診もあるため就学時健診を契機に受診した割合はA群で0.8%,B群で9.8%(p=0.03)とCB群で多かった(表3).また,3歳児眼科健診と就学時健診で要精検となり受診した児以外の受診の契機としては,両群ともに「親が異常に気がついた」「他疾患で来院時に検査で判明した」というケースが多くを占めていた.8歳以上の視力不良例はC5名であり,1.5D以上の不同視がC80%(4例),全例において5D以上の強い遠視が認められた(表4).CIII考按本研究の結果から,屈折検査ありの自治体群のほうが屈折検査なしの自治体群よりも,眼科の初診時年齢は早いことがわかった.3歳児眼科健診を契機に受診した割合は屈折検査ありの自治体群で有意に多く,初診時年齢のC2群間での差異に影響を及ぼしていると考えられる.また,視覚の感受性期間(criticalperiod)の終了に近いC6歳以降の受診の割合は屈折検査なしの自治体群で有意に多いこともわかった.就学時健診を契機に受診した割合は屈折検査なしの自治体群で有意に多く,3歳児眼科健診をすり抜けて就学時健診で弱視が発見されたケースが多くあると考えられる.今回の検討と同様に,川端らは屈折検査の有無での初診時年齢,屈折異常の発見動機などを検討しているが,「治療を必要とする屈折異常の発見動機」においてC3歳児眼科健診が動機となったケースは,3歳児眼科健診で屈折検査ありの自治体でC72.3%(34/47),屈折検査なしの自治体ではC18.5%(17/92)と統計学的にも有意差を認めており,本研究の結果と合致するものであった10).また,8歳以上の視力不良例(5例)は全例5D以上の遠視があり,80%(4例)にC1.5D以上の不同視が認められた(表4).不同視弱視と斜視弱視の合併例(症例番号①②④)など,適切な時期に弱視治療を開始されるも視力の向上が不十分な症例もあった.症例①④は斜視手術が施行されていたが術後も斜視は顕性化していたこと,①②④ともに健眼遮閉訓練に対する抵抗があり訓練が不十分であったことが最終矯正視力不良であった要因の一つと考える.ただし,criticalCperiodに近い年齢で不同視弱視が発覚したため治療が奏効しない症例も認められており(症例番号③⑤),これらはもっと早い段階で受診し治療が開始されていれば最終矯正視力が良好であった可能性がある.また,各群の初診時年齢の分布図からみるとCA群はC3歳以下がC80%であり,4歳以降の受診はC19.7%と少ないが,B群ではC3歳以下の受診が多いものの,4歳以降の受診者も43.1%見受けられている(図1).やはりC3歳児眼科健診で強度の遠視と不同視を発見することは弱視の予防に重要である表1対象背景A群(n=127)B群(n=102)p値3.5D以上の遠視1.5D以上の乱視1.5D以上の近視1.5D以上の不同視8Δ以上の恒常性斜視59.8%(C76/127)37.0%(C47/127)8.7%(C11/127)24.4%(C31/127)14.2%(C18/127)71.6%(C73/102)C32.4%(C33/102)C7.8%(C8/102)C46.1%(C47/102)21.6%(C22/102)C0.0710.4881.000p<C0.001C0.163表2初診時年齢と6歳以降の受診割合A群(n=127)B群(n=102)p値初診時年齢C3.24±0.96C4.11±1.83p<C0.0016歳以降の受診割合4.80%(C6/127)33.30%(C34/102)p<C0.001表33歳児眼科健診と就学前時眼科健診の受診割合A群(n=127)B群(n=102)p値3歳児眼科健診54.70%(C69/127)26.50%(C27/102)p<C0.001就学時眼科健診0.80%(C1/127)9.80%(C10/102)C0.003表48歳以上の視力不良例の内訳(5例)症例番号群初診時年齢初診時矯正視力最終矯正視力屈折値治療期間病型①CA右C3C0.6C1.5+4.0DC7Y4M不同視弱視+斜視弱視左C0.08C0.6+6.0DC②CB右C3C0.06C0.7+8.5DC9Y5M屈折異常弱視+斜視弱視左C0.2C1.2+8.0DC③CB右C6C1.2C1.5+2.0DC7Y11M不同視弱視左C0.2C0.7+5.0DC④CB右C3C0.6C1.2+2.0DC9Y3M不同視弱視+斜視弱視左C0.1C0.4+6.5DC⑤CB右C9C0.4C0.4+5.5DC2Y11M不同視弱視左C1.5C1.5+1.0DCことが推測される.山田らは弱視治療の予後に関するメタアナリシスを行った結果,弱視の治癒率はC3.5歳ではC89.6%,6歳以上ではC81%となり,オッズ比はC2.27(95%CCI:1.24.4.15)で早期治療の有用性を示しており,早期の弱視発見が望ましいと考えられる3).なお,本研究においては受診契機の割合に関して「3歳児眼科健診」および「就学時健診」のみ比較検討を行ったが,それ以外の受診契機についてはさらなる検討が必要と思われる.このたび厚生労働省における令和C4年度予算概算要求に,「母子保健対策強化事業」が盛り込まれ,事業の補助対象として「屈折検査機器の整備」が明示された.これにより自治体が機器を購入する際に,半分が国庫から補助されることになり,屈折検査のデメリットと考えられてきた費用の部分が軽減される.また,WelchAllyn社から発売されたSpotCVisionScreener(以下,SVS)はフォトスクリーナーの一つであるが,これまでの屈折検査機器と比較すると検査時間が格段に短くなり保健師など眼科検査に慣れていない者でも簡単に操作が可能で,幼児でも検査がスムーズに行える工夫がなされていることより,検査の労力面を軽減することが可能となった.今後はCSVSなどのフォトスクリーナーの普及に伴い,3歳児眼科健診には屈折検査が必須の時代になると予測される.A群(人)120100806040200年齢(歳)B群(人)1201008060402000~34567<年齢(歳)図1初診時年齢の分布IV結論屈折検査ありの自治体でC3歳児眼科健診を受けた群のほうが,屈折検査なしの群よりもC3歳児眼科健診をきっかけに受診する割合は多く,初診時年齢も早かった.3歳児眼科健診の際に屈折検査を行うほうが,弱視治療の適応児に早く治療を開始できるため,屈折検査の導入が望ましいと思われる.0~34567<利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)坂本章子,関向秀樹,織田麻美ほか:三歳時眼科検診開始後に学校検診で発見された視力不良例.臨眼C95:758-760,C20012)渡邉央子,河津愛由美,大淵有理ほか:三歳児健診での弱視見逃しについて.日視会誌36:125-131,C20073)山田昌和:弱視スクリーニングのエビデンスCScreeningCProgramsCforCAmblyopiaCinChildren.あたらしい眼科C27:1635-1639,C20104)中村桂子,丹治弘子,恒川幹子ほか:3歳児眼科健診の現状日本視能訓練士協会によるアンケート調査結果.臨眼C101:85-90,C20175)板倉麻理子,板倉宏高:群馬県乳幼児健診における視覚発達の啓発と屈折検査導入への取り組み.臨眼C72:1313-1317,C20186)RowattAJ,DonahueSP,CrosbyCetal:FieldevaluationoftheWelchAllynSureSightvisionscreener:incorporatC-ingCtheCvisionCinCpreschoolersCstudyCrecommendations.CJAAPOSC11:243-248,C20077)DonahueCSP,CNixonC:VisualCsystemCassessmentCinCinfants,children,andyoungadultsbypediatricians.Pedi-atricsC137:28-30,C20168)林思音:3歳児眼科健診の視覚スクリーニングにスポトビジョンスクリーナーは有用か.あたらしい眼科C37:C1063-1068,C20209)DonaueSP,ArthurB,NeelyDEetal:Guidlinesforauto-matedpreschoolvisionscreening:A10-year,evidenced-basedupdate.JAAPOSC17:4-8,C201310)川端清司:フォトレフラクトメーターによるC3歳児健診あずみの眼科C8年間のまとめ.眼臨98:959-962,C2004***

感受性期間以降に弱視眼視力の再低下に対して治療を行った不同視弱視の1例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1783.1785,2011c感受性期間以降に弱視眼視力の再低下に対して治療を行った不同視弱視の1例村上純子*1村田恭子*1阿部考助*2下村嘉一*2*1咲花病院眼科*2近畿大学医学部眼科学教室ACaseofAnisometropicAmblyopiaTreatedduringPost-sensitivePeriodfollowingVisualRe-degradationJunkoMurakami1),KyokoMurata1),KosukeAbe2)andYoshikazuShimomura2)1)DivisionofOphthalmology,SakibanaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine18歳,男性の遠視性不同視弱視の症例を報告する.症例は3歳から矯正眼鏡と健眼遮閉などの治療を行い,矯正視力は両眼とも(1.0)に,立体視は40秒に改善したが,9歳以降は眼鏡を自己判断で使用しなくなり来院が途絶えたため,その後の経過は不明であった.18歳になって来院した同症例の,弱視眼の視力は(0.6)に低下していた.本人の希望により矯正眼鏡と健眼遮閉による治療を開始したところ,2カ月で(1.0)に改善し,20歳でも良好な状態を維持している.不同視差は弱視眼の球面度数の減少により小児期に減少したが,青年期には健眼の近視化により再び増加していた.Wereporta18-year-oldmaleadolescentcaseofhyperopicanisometropicamblyopia.Thepatienthadbeentreatedwitheyeglasscorrectionofrefractiveerrorandpatchingofthehealthyeyefromthreeyearsofage.Althoughhisvisualacuityandstereoacuityhadimproved,hestoppedwearingspectaclesatnineyearsofage,disruptingthetherapy.Whenhereachedeighteenyearsofage,hereturnedtothehospital.Wefoundretrogradationofthevisualacuityoftheamblyopiceye.Inaccordancewithhiswishes,wereinitiatedeyeglasscorrectionandpatching.Bytwomonthlater,hehadregainednormalvisualacuity,whichhassubsequentlybeenretainedformorethanayear.Theanisometropicdifferencedecreasedinchildhoodbecausesphericaldiopterreductionintheamblyopiceye,butitincreasedinadolescencebecauseofsphericaldiopterdecreaseinthehealthyeye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1783.1785,2011〕Keywords:不同視弱視,成人,感受性期,遠視,可塑性.anisometropicamblyopia,adult,sensitiveperiod,hyperopia,plasticity.はじめに視覚の発達には感受性期間があることが広く知られており,不同視弱視や屈折異常弱視は早期に適切な診断と治療が行われ,本人および家族の協力が得られれば,良好な視機能を獲得できることがわかっている1).一方,感受性期間を過ぎた青年期や成人では治療に反応しにくいといわれていた.しかし,成人や年長児における弱視眼の改善の可能性についても報告がある2,3).今回筆者らは,小児期に治療を行い視力が改善していたにもかかわらず,その後の屈折矯正治療を継続せず,青年期に再び視力の低下をひき起こしていた症例を経験したので報告する.I症例患者:18歳,男性.主訴:左眼の視力改善を希望.現病歴:3歳10カ月時に咲花病院眼科を受診し,左眼の不同視弱視と診断.矯正眼鏡と健眼遮閉治療を行い,4歳1カ月時に弱視眼は1.0に向上した.9歳時には自己判断により眼鏡を装用せず来院しなくなった.18歳時,警察学校の入学を希望し入学基準を満たすため,左眼の視力向上を希望し来院した.初診時所見(3歳10カ月):視力はVD=1.0(1.0×sph+〔別刷請求先〕村上純子:〒594-1105大阪府和泉市のぞみ野1-3-30咲花病院眼科Reprintrequests:JunkoMurakami,DivisionofOphthalmology,SakibanaHospital,1-3-30Nozomi-no,Izumi-shi,Osaka594-1105,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(121)1783 1.50D),VS=0.3(0.3×sph+4.00D),調節麻痺(1%cycloa:視力pentolate,サイプレジンRを使用)後はVD=1.0(1.5×sph1.5+1.50D),VS=0.3(0.4×sph+4.50D)であった.眼位は遮1.2閉試験にて正位,4プリズムジオプトリー(Δ)基底外方試験1.0では両眼中心固視であり,抑制暗点を認めなかった.TNOstereotestによる立体視は480秒であった.弱視治療経過(3歳10カ月.18歳6カ月):不同視弱視の小数視力0.60.3診断にて,眼鏡の装用と1日4時間の健眼遮閉を開始し,4歳1カ月には左眼矯正視力は1.0に,立体視は40秒に改善した(図1a,b).6歳で,字ひとつ視力と字づまり視力の差がなくなった.その後,9歳になるまで良好な視力と立体視を維持した.調節麻痺後の球面度数は3歳から9歳までの間に,右眼は0.25D,左眼は2.00Dの減少が認められた(図1c).7歳ごろから眼鏡を故意に忘れたり,処方どおりでない眼鏡を使用するなどコンプライアンスが悪化し,9歳以降,眼鏡を使用しなくなり来院が途絶えた.再度の弱視治療経過(18歳6カ月.):来院時の視力はVD=0.3(1.5×sph.1.25D),VS=0.5(0.5×sph+2.00D),調節麻痺後視力はVD=0.3(1.5×sph.1.00D),VS=0.1(0.5×sph+3.00D),使用していた眼鏡度数は右眼sph.1.25D,左眼planeであった.遮閉試験にて眼位は正位.Bagolini線条レンズ法にて抑制はなく,正常対応.4Δ基底外方試験では両眼中心固視であり,抑制暗点を認めなかった.TNOstereotestによる立体視は120秒であった.前眼部および眼底には異常なく,全身の合併症は認めなかった.警察学校の入学には両眼とも裸眼視力0.6以上または矯正視力1.0以上が必要である.18歳からの治療では視力改善0.15468101214161820年齢(歳)b:立体視400視度(秒)10040468101214161820年齢(歳)20c:球面屈折度数5.04.0の可能性は低いことを説明したが,本人の希望が強いため3カ月の期限を設定して弱視治療を試みることとし,治療方針は小児期の治療に準じて,眼鏡(右眼sph.1.00D,左眼sph+3.00D)の終日使用および健眼の終日遮閉とした.患者の意欲は旺盛で,眼鏡装用は確実に継続され,健眼遮閉は毎日少なくとも8時間以上遂行された.その結果,治療開始後1カ月で左眼眼鏡視力は(0.7)となり,非調節麻痺時の視力がVS=0.9(0.9×sph+2.25D)であったため,左眼の眼鏡度数をsph+2.50Dに変更した.2カ月後VD=0.3(1.2×sph.1.00D),VS=1.0(1.0×sph+2.50D)で,字ひとつ視力,字づまり視力とも差はなかった.両眼開放視力測定装置が当院にないため,代替としてRyser社製弱視治療用眼鏡箔を健眼に0.8から0.1まで順次貼り替えて健眼の視力を段階的に低下させながら両眼開放下で弱視眼の視力を測定したところ4),左眼の矯正視力はいずれも(1.0)であった.TNOstereotestによる立体視は60秒であった.3カ月後に健眼遮閉を中止し眼鏡による矯正のみを継続したが,矯正視力,両眼開放視力,立体視および屈折度数はいずれも維持された(図1a.c).9カ月後患者は警察学校に入学し,20歳球面屈折度数(D)3.02.01.00.0-1.04-2.068101214161820年齢(歳)図13歳から20歳までの経過a:視力は字ひとつおよび字づまり視力表にて小数視力を測定した.右眼矯正視力(●)は初診時に1.0であり,全経過を通じて1.0以上であった.左眼矯正視力(○)は初診時には0.3であったが,1年間で1.0に改善し,9歳までほぼその状態を維持した.しかし,18歳で受診した際には0.5に悪化していた.治療により3カ月で1.0に改善し,20歳現在,1.5を維持している.図の縦軸は対数軸を使用した.b:立体視は初診時480秒と不良であったが1年間で正常化し,その後は安定して,20歳現在も60秒を維持している.図の縦軸は対数軸を使用した.c:右眼の屈折(▲)は初診時に球面度数+1.50Dであり,9歳までほとんど変化せず+1.25Dであったが,18歳で受診した際には.1.25Dに近視化していた.左眼(△)は初診時に+4.50Dであったが2年間で+2.50Dに減少し,その後は大きな変化をしていなかった.左右眼の度数の差は,3歳の3.00D差から小児期には弱視眼の度数が減少して1.25D差に縮小したが,18歳では健眼の近視化のため拡大し3.25D差になっていた.1784あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(122) 現在,視力はVD=0.3(1.2×sph.1.25D),VS=1.2(1.5×sph+2.25D),TNOstereotestでは60秒である.II考按小児の弱視治療の治癒基準や治療の終了時期4)についてはさまざまな記載がある.本症例は9歳まで単眼視力,読み分け困難,立体視のいずれについても良好であり,9歳という年齢は治療終了として問題ない時期であった.しかし,弱視治療によって良好な視力を得た症例のなかにも,治療中止後に弱視を再発する症例が存在し,矯正の中断や経過観察の中断の影響が報告されている3,5,6).本症例においても,弱視眼の矯正が継続されていたなら,悪化は抑止できていた可能性が高い.弱視治療においては,治療終了後の経過観察が再発防止のために重要であると考えられる.今後の矯正の持続の面から,コンタクトレンズへの変更も検討すべき課題である.治療を開始するにあたって,18歳という年齢で治療に反応するかどうか,遮閉や矯正がどこまで継続できるかには疑問があった.将来に影響する職業選択の時期であることを考えると,漫然と治療を続けるべきではない.したがって,3カ月間で効果が認められなければ治療は終了とし,警察官志望は断念することを提案し,本人および保護者に納得してもらった.ところが,筆者らの懸念をよそに青年の視力は速やかに回復した.わずか2カ月という速さを考えると,屈折矯正のみでも十分であった可能性もある.近年,年長児であっても弱視治療は効果があるという報告3,7)や,成人でも,健眼を失明した後に弱視眼の視力が改善した報告2),さらに,動物実験や臨床研究において,視覚刺激によって成体でも弱視眼が改善することなどが報告8,9)されている.本症例が感受性期間を過ぎた年齢にもかかわらず,改善した要因は推測するしかないが,つぎの3つの条件が大きかったのではないかと考えた.第一に,本人の動機づけがきわめて強いものであった:これにより十分な視覚刺激が視路に与えられた可能性がある.第二に,中心固視に問題のない症例であった:固視が良好な弱視は斜視弱視やその他の弱視においても経過が良好であることが知られている.第三に,本症例が小児期の治療終了時に1.0以上の良好な視力とともに,40秒という良好な立体視を確立していたことである.両眼視機能の感受性期は視力の感受性期よりも早期に完成することが知られている.また,第一視覚野の両眼性細胞の多くは立体視に関係していると考えられている.本症例では視力および立体視が感受性期内に十分に発達していたため,左眼の矯正を中断し片眼の視力が低下しても,両眼性細胞の減少が回避され,眼優位分布が健眼に偏位することを免れたのではないかと考える.遠視性不同視弱視において,球面度数は弱視眼健眼ともに減少するが,減少量は弱視眼のほうが有意に大きく,不同視差が減少することが報告されている10).本症例の小児期の屈折度数の変化はこの報告に矛盾しないが,18歳時には健眼は大きく近視化し,弱視眼の度数が変化しなかった結果,不同視差は再び増加し3歳時と20歳時の不同視差はほとんど同等であった.小児期の不同視差の減少は,1%cyclopentolate点眼後にも残存した調節力による,見掛けの減少であって,本来の不同視差はほとんど変化していなかったのかもしれない.本症例は筆者らにとって,従来の視覚感受性期間を過ぎた時期における治療の可能性を考える契機となった.今後,視覚情報処理や可塑性の研究が進み,成人の弱視治療の可能性が広がることを期待したい.謝辞:この症例報告に際して貴重な助言をいただいた近畿大学視能訓練士若山曉美氏,ならびに咲花病院森下比二美氏,天野美織氏,山﨑佐知子氏,玉井知子氏に感謝する.文献1)矢ヶ﨑悌司:I.視機能障害3.弱視.眼科診療プラクティス(丸尾敏夫ほか編)100,p24-28,文光堂,20032)HamedLM,GlaserJS,SchatzNJ:Improvementofvisionintheamblyopiceyefollowingvisuallossinthecontralateralnormaleye:Areportofthreecases.BinocularVision6:97-100,19913)楠部亨,肥田裕美,阿部考助ほか:8歳以降に受診し視力改善が得られた弱視症例について.日本視能訓練士協会誌22:83-86,19944)粟屋忍:III.弱視の治療3.弱視の治癒基準.眼科診療プラクティス(丸山敏夫ほか編)35,p44-45,文光堂,19985)FlynnJT,WoodruffG,ThompsonJRetal:Thetherapyofamblyopia:ananalysiscomparingtheresultsofamblyopiatherapyutilizingtwopooleddatesets.TransAmOphthalmolSoc97:373-390,19996)PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Riskofamblyopiarecurrenceaftercassationoftreatment.JAAPOS8:420-428,20047)PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Randomizedtrialoftreatmentofamblyopiainchildrenaged7to17years.ArchOphthalmol123:437-447,20068)SaleA,MayaVetencourtJF,MediniPetal:Environmentalenrichmentinadulthoodpromotesamblyopiarecoverythroughareductionofintracorticalinhibition.NatNeurosci10:679-681,20079)PolatU,Ma-NaimT,BelkinMetal:Improvingvisioninadultamblyopiabyperceptuallearning.ProcNatlAcadSci101:6692-6697,200410)田口亜希子,福永紗弥香,小林香ほか:遠視性不同視弱視における経時的屈折変化.日本視能訓練士協会誌38:165-169,2009(123)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111785