《原著》あたらしい眼科40(2):266.270,2023c鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の1例富永千晶多田香織水野暢人伴由利子京都中部総合医療センター眼科CACaseofBlunt-TraumaAniridiaafterMicroincisionCataractSurgeryChiakiTominaga,KaoriTada,NobuhitoMizunoandYurikoBanCDepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenterC目的:鈍的外傷により無虹彩症となった極小切開白内障手術後の症例を報告する.症例:78歳,男性.当科で左眼超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行.眼内レンズを.内固定し,2.4Cmmの角膜切開創は無縫合で終了した.術後矯正視力はC1.2であった.術後C1年C3カ月時,転倒し左眼を打撲,霧視,眼痛を自覚し当科を受診した.左眼視力は手動弁(矯正不能)で,前房出血のため透見不良であったが全周の虹彩が消失していた.眼球の裂創や角膜切開創の離解,眼内レンズの偏位はなく,切開創に色素性組織の付着がみられた.2日後には前房出血は消退し,網膜に異常はなく矯正視力はC1.0に回復した.羞明の自覚が残存したが,人工虹彩付きソフトコンタクトレンズの装用により症状の改善が得られた.結論:外傷により全周性に離断した虹彩が角膜切開創から脱出し,その後切開創は自然閉鎖したと考えられた.極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCblunt-traumaCaniridiaCafterCmicroincisionCcataractsurgery(MICS).CCaseReport:AC78-year-oldCmaleCunderwentCMICSCinChisCleftCeyeCthroughCaC2.4CmmCself-sealingCcornealCincision.CHisCpostoperativeCvisualacuity(VA)wasC1.2,CyetC15CmonthsClaterCheCvisitedCourCdepartmentCcomplainingCofCblurredCvisionandpaininhislefteyeimmediatelyafterexperiencingblunttrauma2daysbefore.Onclinicalexamination,moderatehyphemaandcompleteabsenceoftheiriswasobservedwithoutdehiscenceofthecornealincision.Sincetheintraocularlensandallotherocularstructuresremainedintact,hisVAimprovedto1.0afterresolutionofthehyphema.Theuseofasoftcontactlenswithanarti.cialiriswassuccessfulagainsthisphotophobia.Conclusion:CThe.ndingsinthiscasesuggestthatthetotalirisexpelledthroughthecornealincisionandthattheincisionwasself-sealed,andthattraumamightcausewounddehiscenceeveninthelongtermafterMICS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(2):266.270,C2023〕Keywords:極小切開白内障手術,無虹彩症,鈍的外傷,虹彩付きソフトコンタクトレンズ.microincisioncataractsurgery,aniridia,blunttrauma,softcontactlenswithanarti.cialiris.Cはじめに白内障手術は年々進歩を遂げ,今では極小切開白内障手術が主流となり安全性が高まっているが,術後合併症はいまだ存在する.今回,極小切開白内障手術施行よりC1年C3カ月後に鈍的に眼球を打撲し,外傷性無虹彩症をきたしたが,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の脱出や偏位,その他の眼組織に異常がみられなかった症例を経験したので報告する.I症例患者:78歳,男性.主訴:左眼霧視,眼痛.既往歴:左眼白内障に対し,当科で超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationCandaspiration:PEA)およびCIOL挿入術を施行した.手術はC2.4Cmmの角膜切開創で,foldableIOL(AMO社製CZCV300)を.内固定し,切開創は無縫合で終了した.術中合併症はなく,術後視力はC1.2(矯正不能)〔別刷請求先〕富永千晶:〒629-0197京都府南丹市八木町八木上野C25京都中部総合医療センター眼科Reprintrequests:ChiakiTominaga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoChubuMedicalCenter,25YagiUeno,Yagi-cho,Nantan,Kyoto629-0197,JAPANC266(128)図1初診時の左眼前眼部写真白内障手術における角膜切開創の拡大・離解はなく,前房深度は深く維持され,軽度の前房出血がみられた.前房出血のため透見不良ではあったが,全周の虹彩が確認できなかった.眼内レンズの明らかな偏位はみられなかった.図2受傷4日後の左眼前眼部写真角膜切開創に虹彩とおぼしき色素性組織の付着(.)がみられた.図3左眼隅角鏡写真全周にわたり虹彩組織は確認できず,毛様突起が観察された.と良好であった.現病歴:左眼白内障術後C1年C3カ月時,泥酔し駐車場で転倒した際に車止めで左眼を打撲した.受傷後から左眼の霧視,眼痛を自覚し,2日後に当科を受診した.初診時所見:視力は右眼C0.7(0.9C×sph+2.25D(cyl.1.75CDCAx85°),左眼30cm/m.m.(矯正不能),眼圧は右眼18CmmHg,左眼C28CmmHgであった.左眼は前房出血のため眼内透見不良であったが,前房深度は深く,全周の虹彩が確認できなかった(図1).IOLは.内に固定され偏位はなく,Seideltestは陰性で,Bモード超音波検査では硝子体出血や網膜.離を疑う所見はみられなかった.これらの所見から眼球破裂の合併はないものと判断し,降圧薬を内服のうえ,保存的に経過観察を行った.経過:前房出血は徐々に吸収され,受傷C4日後には全周の虹彩欠損が明らかとなった.受傷C11日後には左眼視力はC0.4(1.0C×sph.0.75D(cyl.0.25DAx145°)に回復し,眼圧は16CmmHgに下降した.白内障手術切開創の拡大・離解はなく,切開創に虹彩とおぼしき色素性組織の付着がみられた(図2).眼底の透見も可能となり,異常はみられなかった.後日行った隅角鏡検査では,虹彩組織の残存はなく,全周性に毛様体突起が確認された(図3).受傷からC5カ月が経過し,羞明に対して人工虹彩付きソフトコンタクトレンズ(soft図4「シード虹彩付ソフト」装用時の左眼前眼部写真a:茶(C),瞳孔が透明なタイプ(No.3).僚眼に似た最濃の茶色を選択したが,ソフトコンタクトレンズを通して眼内レンズの全貌が透見され,羞明の改善もみられなかった.Cb:黒(D),瞳孔が透明なタイプ(No.3).眼内レンズは透見されず,羞明の訴えも解消した.Ccontactlense:SCL)の装用を希望された.「シード虹彩付ソフト」(シード社)のなかで,僚眼の虹彩色に近いもっとも濃い茶色の茶(C)で,瞳孔が透明なタイプCNo.3のCSCLを選択し,虹彩径C12Cmm,瞳孔径C2Cmmでオーダーした.しかし,実際にレンズを装用すると肉眼的に僚眼よりやや薄い色調であり,細隙灯顕微鏡下においてはCSCLを通してCIOLの全貌が透見され(図4a),羞明の改善にも至らなかった.そこでCSCLの虹彩色を黒色(黒(D))へ変更したところ,整容的な違和感もなくなり,羞明の訴えも解消した.患者はコンタクトレンズ使用歴がなく,着脱練習に時間を要したが,高い満足度を得られている(図4b).CII考按白内障手術創は,水晶体.外摘出術(extracapsularcata-ractextraction:ECCE)が主流の時代にはC12Cmmの切開が必要であったが,PEAの普及やCIOLの進歩により現在では2Cmm台にまで狭小化し,安定性や安全性は高まっている1).CBallら2)は,同一施設,同一術者により施行されたCECCE症例とCPEA症例における術後鈍的外傷後の創離解率について比較検討し,ECCE症例における創離解はC5,600例中C21例(0.40%)であったのに対し,PEA症例ではC4,800例中C1例(0.02%)であったと報告している.外傷のエネルギーや術後経過年数は症例によって異なるが,PEA症例での創離解率はCECCE症例の約C20分のC1であり,術式の進歩が術創の安定性に大きく貢献しているといえる.一方で,わが国においては高齢化が急速に進行しており,白内障手術の適応となる年齢層の人口が増加している.高齢者の場合,転倒リスクが高く3),したがって白内障手術後鈍的眼外傷の患者は今後も増加することが予想される.また,術後C6年経過後に鈍的外傷で無虹彩症を生じた症例報告もあり4),小切開白内障手術の長期経過後であっても創離解を生じる可能性があるという認識を医師・患者ともにもつ必要がある.外傷性無虹彩症は虹彩が根部で全周にわたって離断したものをいい,重篤な眼外傷に生じることが多く,前房出血を伴う5).鈍的眼外傷時,外力は組織の脆弱な部分にもっとも強く作用するため,過去に内眼手術の既往がある場合には手術創の離解を生じ,内眼手術の既往がない場合では輪部あるいは直筋付着部付近の強膜に破裂創を生じやすいことが知られている3,5).本症例でも術創以外に裂創はなく,離断した虹彩は角膜切開創から脱出し,その後切開創は自然閉鎖したと考えられた.術創からの虹彩脱出については,①外傷により手術切開創が一時的に歪み,房水が流出,②持ち上げられた虹彩が創口に引き寄せられ,創口に嵌頓,③創口の内側と外側に生じる圧勾配により虹彩離断が生じ,創口から房水とともに眼外に脱出,④創口の自己閉鎖性や凝固血によって房水流出が遮断されるというメカニズムが提唱されている6,7).ここで前述したCBallら2)の報告において創離解をきたした症例の虹彩所見に着目すると,ECCE症例のC21例中,3例は虹彩損傷なし,18例で部分的な虹彩の断裂・脱出をきたしたが,無虹彩となった症例はなかった.それに対しCPEA症例のC1例は無虹彩であったと報告されている.これにはPEAにおける小切開創のほうが無虹彩症を生じやすいメカニズムがあると考える.ECCEのような大きな切開創では比較的眼内圧が低い時点から創離解を生じてしまうが,創が大きいがゆえ,圧が下がりやすく,また房水流出時に虹彩が引き込まれた場合にも創の完全閉塞には至りにくく,部分的な虹彩損傷に終わる.一方,PEAの小切開創は安定性が高く,創離解率も低いが,小切開創が離解する場合には,より高い(130)眼内圧が生じているといえる.その高まった圧により小さな創から房水が押し出され,その際に虹彩が引き込まれると比較的容易に創を閉塞する.房水流出はいったん遮断されるが,その時点で眼内圧が十分に下降していない場合には,嵌頓部を起点に全周の虹彩離断を生じ,房水とともに全虹彩の脱出に至ると考えられる.このことから白内障術後外傷性無虹彩症は,小切開化に伴い,生じるリスクがより高くなった病態である可能性も考えられる.小切開強角膜切開創と角膜切開創の外力に対する抵抗性について,Ernestら8)は猫眼において幅C1.7CmmC×トンネル長C3.0Cmmの切開創を比較し,術翌日では角膜切開創のほうが強角膜切開創より低い外力で変形を生じたこと,創部の治癒過程にみられる線維血管反応が強角膜切開創ではC7日以内に生じたのに対し,角膜切開創ではC60日かかったことを報告している.また,角膜切開創の形状と外力に対する抵抗性について,Mackoolら9)はヒト摘出眼球に幅C3.0Cmmもしくは3.5Cmm,トンネル長C1.0Cmm.3.5Cmm(0.5Cmm間隔)の角膜切開創を作製し外力を投じたところ,トンネル長C2.0Cmm以上で大きな耐性を示したと報告している.このように強角膜切開創であるか角膜切開創であるか,またトンネル長の違いによって術創の外力に対する抵抗性に差がみられるが,本症同様の白内障術後外傷性無虹彩症の既報において,筆者らが調べた限り,角膜切開創4,10,11)と強角膜切開創2,6,12)いずれの報告も同程度であった.以上より,切開創の大きさ,位置,術後経過期間による創の安定性と,鈍的外傷のエネルギーの大きさ,タイミングなど条件が揃うと外傷性無虹彩症に至ると考えられる.切開創が小さいほど術創の安定性は高く,術後経過期間が長くなるほど外力に対する抵抗性は増すと考えられるが,本症のように極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性があり,その場合にはそれだけ高い眼内圧が生じていることを意味するため注意が必要である.本症例では外傷性無虹彩症をきたしたが,IOLの偏位や脱出はみられなかった.同様に自己閉鎖創白内障手術後にCIOLの偏位や脱出がみられなかった症例としては,筆者らが調べた限りC1997年にCNavoCn6)が報告した強角膜切開C5.5mm,術後C4カ月の症例が最初である.無虹彩症をきたすほどの衝撃が加わったにもかかわらず,IOLの偏位を生じず,水晶体.やCZinn小帯に損傷がみられなかった要因の一つには,前述の虹彩脱出のメカニズムからも推測されるとおり,角膜または強角膜切開創が衝撃による外圧を逃がすバルブの機能を果たすことがあげられる6,10)が,その他の要因としてCIOLの材質の関与が考えられる11).白内障術後鈍的外傷性無虹彩症の既報に,IOLが硝子体内へ落下し,その後網膜.離をきたした症例がある2).この症例で使用されていたCIOLは硬い素材のCpolyCmethylmethacrylate(PMMA)で,受傷時の衝撃を吸収できずに重症化した可能性が考えられている.術式の進化とともにCIOLの開発も進み,今ではCfoldableIOLが一般的に使用されている.小切開,極小切開創から安全に挿入できることをめざし開発されたCfoldableIOLであるが,その柔軟性により本症例でも受傷時の衝撃を吸収し,水晶体.やCZinn小帯の損傷を防ぐことができた可能性が考えられる.無虹彩症による羞明の対症療法として,わが国では遮光眼鏡,人工虹彩付きCSCLが推奨されている.現在わが国で唯一認可されている人工虹彩付きCSCLは,「シード虹彩付ソフト」(シード社)のみである13).このCSCLは現在主流のC1日交換型あるいは頻回交換型CSCLと異なり,使用後に適切な洗浄・消毒のケアが必要な従来型に分類される.5種類の虹彩デザイン(周辺透明部の有無,瞳孔の有無の組み合わせ)とC4色の虹彩色の全C19パターンから選択し,度数,虹彩径,瞳孔径,瞳孔色をオーダーして作製することができる.現物サンプルはあるがトライアルレンズはなく,購入後C1回限り交換可能となっている.羞明に対する処方の場合,薄い色では本症例のように透けて症状改善に至らないことがあり,その際は虹彩色の変更が望ましいと考える.シード虹彩付ソフトの素材はメタクリル酸C2-ヒドロキシエチル,通称ハイドロゲルであり,一般的な頻回交換型のCSCLに比べると酸素透過係数は低い.今後は基本的な眼科検査・診察に加え,SCLの装用状況やケアの適正性,SCLの状態やフィッティングを確認し,角膜上皮障害などCSCL装用に伴う合併症にも注意して経過観察していく必要があると考える.今回の症例はC2.4Cmmの極小切開で施行した白内障術後C1年C3カ月が経過していたが,鈍的外傷により創離解が生じた.その後切開創は自然閉鎖したが,無虹彩症をきたした.白内障手術の進歩に伴い,術創は狭小化し手術時間も短縮しているが,それゆえ患者の術後眼球保護に対する意識の低下が懸念される.極小切開白内障手術の長期経過後においても外傷により創離解を生じる可能性があることを認識し,患者の年齢,性格,生活環境などに応じて術後患者指導を行うことの重要性を再確認する必要がある.また,外傷性無虹彩症は小切開創で生じやすい可能性があり,症例の蓄積が重要と考える.文献1)三戸岡克哉:白内障手術法の進化.あたらしい眼科C26:C1009-1016,C20092)BallCJL,CMcLeodBK:TraumaticCwoundCdehiscenceCfol-lowingCcataractsurgery:aCthingCofCtheCpast?CEyeC15:C42-44,C20013)相馬利香,森田啓文,久保田敏昭ほか:高齢者における鈍的眼外傷の検討.臨眼C63:93-97,C20094)MikhailM,KoushanK,ShardaRetal:Traumaticanirid-iaCinCaCpseudophakicCpatientC6CyearsCfollowingCsurgery.CClinOphthalmolC6:237-241,C20125)矢部比呂夫:鈍的眼外傷.日本の眼科C68:1317-1320,C19976)NavonES:Expulsiveiridodialysis:AnCisolatedCinjuryCafterCphacoemulsi.cation.CJCCataractCRefractCSurgC23:C805-807,C19977)AllanB:Mechanismofirisprolapse:Aqualitativeanaly-sisCandCimplicationsCforCsurgicalCtechnique.CJCCataractCRefractSurgC21:182-186,C19958)ErnestCP,CTippermanCR,CEagleCRCetal:IsCthereCaCdi.e-renceCinCincisionChealingCbasedConClocation?CJCCataractCRefractSurgC24:482-486,C19989)MackoolCR,CRussellR:StrengthCofCclearCcornealCincisionsCinCcadaverCeyes.CJCCataractCRefractCSurgC22:721-725,C199610)BallJ,CaesarR,ChoudhuriD:Mysteryofthevanishingiris.JCataractRefractSurgC28:180-181,C200211)Muza.arCW,CO’Du.yD:TraumaticCaniridiaCinCaCpseudo-phakiceye.JCataractRefractSurgC32:361-362,C200612)三田覚,坂本拡之,堀貞夫:白内障術後外傷性無虹彩症のC1例.東女医大誌82:220-225,C201213)大口泰治:虹彩付ソフトコンタクトレンズによる羞明への対応.あたらしい眼科C38:775-782,C2021***