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角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象の組織学的研究および細隙灯顕微鏡による摘出痕混濁の摘出直後と10 年後との比較

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(123)123《原著》あたらしい眼科28(1):123.130,2011c〔別刷請求先〕松原稔:〒675-1332小野市中町275-1松原眼科医院Reprintrequests:MinoruMatsubara,M.D.,MatsubaraEyeClinic,275-1Naka-cho,Ono-shi,Hyogo-ken675-1332,JAPAN角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象の組織学的研究および細隙灯顕微鏡による摘出痕混濁の摘出直後と10年後との比較松原稔松原眼科医院HistologicalStudyofPhenomenainPitsafterCornealIronForeignBodyExtraction,andSlit-lampMicroscopicStudyofOpacitiesRemainingSoonAfterExtraction,asComparedwith10YearsAfterMinoruMatsubaraMatsubaraEyeClinic目的:角膜鉄粉異物摘出痕腔内に起こる現象を組織学的に研究した.そして摘出直後の痕の形態変化と10年後の摘出痕(片雲)の状態とを比較して,両者の類似性を統計的に検証し,摘出痕にみられた摘出直後の現象が10年後の片雲に至る過程を組織学的に推測した.対象と方法:短期観察群として161名の鉄粉異物の長短径,摘出後4年間観察した5名の摘出痕の長短径と深さの推移,および60名の摘出鉄粉異物の長短径と高さを計測し,31名の摘出鉄粉異物の病理切片を検鏡した.長期観察群として摘出後10年以上経過した159名を細隙灯で観察後131個の摘出痕の長短径と138個の摘出痕の深さを計測した.結果:鉄粉異物は外傷後72時間で錆輪周囲が溶解しフィブリンに包まれて健常角膜から隔離された.72時間以内の摘出では摘出腔壁と腔内に錆が残った.腔内残存錆を覆う上皮細胞塊では線維芽細胞様細胞やコラーゲンを溶解し錆を貪食する細胞がみられ,アポトーシス小体と細胞分裂中の細胞が多くみられた.細胞がバラバラになって水疱内に積み重なっていた.摘出腔壁の残存錆は実質に増殖した線維芽細胞が貪食した.短,長期観察群間で摘出痕の径と深さに差はなかった.結論:錆を覆う上皮細胞に上皮中葉系移行(EMT)に似た変化がみられた.これは裸の二価鉄イオンと涙の溶存酸素がつくる活性酸素が上皮細胞に接触したためと考えられた.実質では錆を貪食した線維芽細胞は周囲の実質細胞ネットワークから摘出痕を孤立させた.錆の拡散を防ぐためと考えられた.Purpose:Thephenomenaoccurringinpitsfollowingcornealironforeignbodyextractionwerestudiedhistologically,andtheconfigurationofopacitiessoonafterextractionwasslit-lampmicroscopicallycomparedwiththeconfigurationatmorethan10yearsafter.CasesandMethods:Theshort-termobservationgroup,comprising161patientswithironforeignbodyand5ironforeignbodypatientswhohadundergoneserialobservationfor4yearsafterextraction,wereexaminedandmeasuredbothastoforeignbodydiameteranddepth,andthepost-extractiveopacities.Rustringsextractedfrom60patientsweremeasuredastobothdiameteranddepth.Specimensof31patientsextractedrustringswereexaminedbylightmicroscopyafterstainingbyhematoxylin-eosin,Perls’andTUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)stain.Inthelong-termobservationgroup,comprising159patientsatmorethan10yearsafterextraction,131post-extractiveopacitiesweremeasuredastodiameterand138astodepth.Results:Rustringsurroundingsweredissolvedatmorethan72hoursafterinjury,therustringbeingwrappedinfibrinisolatingitfromthenormalcornea.Ifextractionwasperformedwithin72hoursafterinjury,somerustremainedinthepost-extractivepitandwascoveredwithepithelialcells.Thesecellsexhibitfibroblasticshape,dissolvethecollagenofthelamellaewithrustdepositionandphagocytizetherust.Manyapoptoticbodiesandmitoseswereseen,andmanycellsthathadlostthecell-celljunctionaccumulatedinthevacuole.Therustremaininginthestoromawasphagocytizedbyfibroblasts.Therewerenodifferencesbetweenthetwo124あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(124)はじめに鉄はヘモグロビン合成,細胞内の酸化還元反応,細胞増殖およびアポトーシスにとって必須の元素である.一方,過剰な鉄は活性酸素を発生させ細胞毒として作用するため,体内の鉄は蛋白質に包まれて厳重に管理されている1,2).鉄は酸素と水があれば腐食する.角膜表面は瞬目によって新鮮な涙が絶え間なく供給されるため,角膜鉄粉異物(以下,鉄粉異物)の腐食は自然界の数倍の速さで進行し,大量の裸の鉄イオンが角膜に直接接触する.そのため鉄粉異物では感染症の発生がない,外傷後72時間で錆輪周囲が溶解して鉄粉が隔離される,錆輪を覆う上皮が錆を貪食する,錆に触れた上皮細胞にアポトーシスが多発するなどの特異な現象が観察されている3,4).鉄粉異物を摘出術後から長期間観察すると,摘出の時期によって摘出痕腔(以下,腔)内に起こる現象が異なることや,摘出直後の痕と10年後の片雲の形に差のないことがわかった.そこで症例数を増やし観察を続けた結果,錆に接触した上皮細胞が中葉系に移行した可能性と,鉄粉摘出痕が周囲の角膜から孤立して錆の拡散を防いでいる可能性について2,3の知見を得たので報告する.I実験方法短期観察群として,鉄粉異物摘出前後から1~4年間を経時的に細隙灯顕微鏡(以下,細隙灯)で観察した5例の細隙灯写真,実質層錆輪を形成した鉄粉異物161例の細隙灯写真,損傷なく摘出できた鉄粉異物60例の実体顕微鏡写真を用いて鉄粉異物と摘出後4年間の摘出痕の長短径と深さを計測した.31例の摘出鉄粉異物の連続切片の光学顕微鏡所見を分析した.切片はすべてにヘマトキシリン・エオジン染色(以下,HE染色)を施し,そのうち6例には鉄を染めるPerls染色と3例にはアポトーシスを検出するTUNEL(TdT-mediateddUTP-biotinnickendlabeling)染色も施した.鉄粉異物は外傷後72時間を経過すると実質層錆輪周囲が溶解して健常角膜から隔離され,病態が変化するので短期観察群は外傷後72時間を境に前後に分類した3).鉄粉異物の細隙灯写真と摘出鉄粉異物の実体顕微鏡写真は前著3)と同じスライド写真を用い計測法もそれに準じた.長期観察群として,鉄粉異物摘出後10年以上経過したことを問診と診療録で確認した36~92歳の159名(男性145名,女性14名)の角膜を角膜鉄線撮影法5)で撮影し,131個の摘出痕の長短径と138個の摘出痕の深さを計測した.深さの計測には細隙灯のスリット幅可変つまみを1mm幅から徐々に絞り込みながら動画を撮影し角膜断面が認識できる最小幅の写真を使った.幅の広い写真では幅を補正した.長短期観察両群にみられた所見の類似性を統計的に検証し,鉄粉異物摘出痕が片雲に至る過程を組織学的に推測した.文中で使用する鉄粉異物は鉄粉とその下に生成される6種の錆輪6)を総括する言葉とした.各々の錆輪は,表層錆輪,上皮層錆輪,基底膜錆輪,Bowman層錆輪,実質層錆輪,穿孔錆輪と記述し,錆輪は錆の沈殿したラメラ(実質層錆輪)を意味する言葉として使った.錆は緑色の水酸化第一鉄,茶色の水酸化第二鉄,黒色の四酸化三鉄がいろいろな割合で混合したものを指す言葉として使い,必要なときは各水酸化鉄の名称で記述した.細隙灯撮影,鉄粉異物摘出術および摘出鉄粉異物の病理切片作製に際しては十分なインフォームド・コンセントを行った.II結果1.鉄粉異物の成長と摘出痕経過の模式図および対応する細隙灯写真(図1)直径が0.4mm程度の大きな鉄粉は角膜表面に付着後30分で上皮層に錆を沈殿させた.12時間経過すると錆の沈殿はBowman層に達し(図1a),24~72時間で鉄粉の大きさに比例した構成で鉄粉の下に6種の錆輪が完成した(図1b).72時間を経過すると実質層錆輪の周囲が溶解して鉄粉異物はフィブリンに包まれて周囲の角膜から隔離された(図1c).鉄粉と上皮層錆輪が落下してBowman層錆輪と実質層錆輪だけが残存した場合は,上皮が残存錆輪を覆った後72時間よりも遅れて錆輪周囲が溶解して錆輪はフィブリンに包まれて隔離された(図1d).実質層に錆輪をつくった鉄粉異物を72時間以内に摘出を行った場合は実質層錆輪の成長に応じて,細隙灯では発見しにくい緑色の水酸化第一鉄が腔壁groupsintermsofpost-extractiveopacitydiameterordepth.Conclusion:Theepithelialcellsthatcoveredtheresidualrustwellexpressedfunctionandformresemblingepithelial-mesenchymaltransition(EMT).Ferrousionintherustactivateoxygeninthetearstoreactiveoxygenspecies(ROS),exposingepithelialcellstoROSandchangingthemintoEMT.Inthepost-extractiveopacities,themultipliedfibroblastsphagocytizedtheresidualrustinthestromaandstoodalonefromneighboringcornealcellnetworkstopreventrustdiffusion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):123.130,2011〕Keywords:上皮中葉系移行,アポトーシス小体,活性酸素,角膜鉄粉異物,錆輪.epitherial-mesenchymaltransition(EMT),apoptoticbody,reactiveoxygenspecies(ROS),cornealironforeignbody,rustring.(125)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011125と腔内に残った.摘出に難渋した症例は再来時に腔を覆う上皮に水酸化第二鉄の茶色の錆を認めることが多かった(図1e).錆を含む上皮は1~2週で腔壁から遊離した(図1f).遊離した上皮は容易に摘出できたことから放置しても自然に脱落することが推測できた.1~1.5カ月で腔内の混濁が消えたが腔壁と腔底に混濁が残った(図1g).この混濁は徐々に濃度を減らしながら長期にわたって存在した.Hudson-Stahli線発生領域8)に存在した摘出痕には摘出後2年で鉄線30分・12時間・24時間での錆輪の成長.24~72時間で実質層錆輪完成.72時間以上経過で実質層錆輪周囲が溶解.残存錆輪を上皮被覆後錆輪周囲が溶解.表層錆輪の下方で上皮層錆輪はB層に達す.腔壁,腔底,腔内の残存錆輪を上皮が被覆.腔内の増殖上皮が上皮中葉系移行(EMT).腔壁から増殖した上皮が腔内に充満.錆貪食線維芽細胞が腔内孤立で錆拡散阻止.茶色の残存錆輪を含む増殖上皮.EMT細胞塊を腔内増殖上皮が挙上.増殖したEMT細胞塊を摘出後の腔内面.摘出術後2年で片雲の下端に角膜鉄線発生.バー=0.5mm.実質層錆輪周囲に細胞浸潤著明.実質層錆輪周囲の溶解(矢印は溶解線).鉄粉と上皮層錆輪が落下すると周囲の溶解は遅れる(矢印).abcdefgh凡例:共通構造は角膜上皮層,Bowman層および実質.輪郭線を除いて黒色は鉄,錆,フェリチン,水酸化第二鉄.鉄粉異物周囲の白色はフィブリン.実質の丸い細胞は白血球.上皮層錆輪内外の細胞はネクローシスを起こした細胞.実質層錆輪外側灰色は水酸化第二鉄,内側白色は水酸化第一鉄.錆輪内部の上方は実質細胞,下方は増殖した線維芽細胞.摘出痕腔内の細胞塊は上皮中葉系移行細胞(EMT)でアポトーシス,細胞分裂,接着機能喪失細胞,線維芽細胞を含む.摘出痕は異コラーゲン繊維の中に錆を残余小体として保有する線維芽細胞.72時間以上経過72時間以内摘出図1鉄粉異物の成長と摘出痕経過の模式図および対応する細隙灯写真126あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(126)が発生した(図1h).2.72時間以内鉄粉異物摘出症例の術後10カ月間の正面と断面の細隙灯写真(図2)夜間救急外来受診症例(37歳,男性)で鉄粉を摘出したが錆輪が瞳孔領で角膜深層に達していたため一部を残し当院へ紹介された.2日後に再摘出して以後588日(供覧写真は10カ月まで)定期的に観察した.術後6カ月間は霧視を訴えた.再摘出術後588日の視力は1.2であった.再摘出後1カ月まで摘出痕を覆う上皮がフルオレセインに染まった.腔内の混濁は再摘出後1.5カ月まで認められた.腔は底を眼球中心に向けた半円形をなし健常角膜との境に強い混濁がみられた.時間の経過とともに腔壁の混濁の程度は変化したが,腔の深さは観察期間中不変であった.3.72時間以内の鉄粉異物摘出で残存した錆輪を包む増殖細胞塊の組織所見(図3)初回の鉄粉異物摘出時に錆輪の一部が残った症例(46歳,男性)で14日後に腔内の残留錆輪を包む増殖上皮を摘出した(図1f).組織切片では基底膜やコラーゲン繊維などの足場のない空間に延びる細胞(図3a),ラメラ内に線維芽細胞様形態の細胞が侵入(図3b),ラメラのコラーゲンが溶解している(図3c),錆を貪食した細胞(図3d)がみられた.細胞が連結能を失って水疱内にバラバラになって積み重なっていた(図3e).この水疱を連続切片で追跡すると管状になっていて末端は外界に解放されていた(図3f).アポトーシス小体,アポトーシス細胞と細胞分裂像が同一画面で多数みられた(図3g).4.実質層錆輪を残して72時間以上経過した症例の摘出錆輪の組織所見(図4)鉄粉と上皮層錆輪が落下した症例(57歳,男性,図1d)ではBowman層錆輪と実質層錆輪が残りその上を増殖上皮層が覆っていた.組織切片では錆輪を覆う増殖上皮に錆の貪食やアポトーシス小体はみられなかった(4a,b).5.72時間以上経過した実質層錆輪の水平断面連続切片の組織所見(図5)周囲をフィブリンで包まれた実質層錆輪(図1c)のHE染色水平断の連続切片を約30~50μm間隔で並べた.錆の沈殿したラメラの幅は表層で厚く(図5a),深層では薄く3~4葉であった(図5d).上部錆輪の中央部では渦巻き模様をしたラメラの間に変形した角膜実質細胞(以後,実質細胞)がみられた(図5e).錆輪深層ではラメラに沿って線維芽細胞の過増殖がみられた(図5f).錆輪の周囲を線維芽細胞,多核白血球,フィブリンが取り囲んでいた(図5g).6.鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の細隙灯写真,72時間以上経過した鉄粉異物の細隙灯写真および摘出した鉄粉異物の実体顕微鏡写真による長短径計測値の比較(表1)摘出後10年以上経過した摘出痕の短径平均値は0.45mm,長径平均値は0.49mm,摘出前の鉄粉異物の短径平均値は0.37mm,長径平均値は0.47mm,摘出した鉄粉異物の短径平均値は0.37mm,長径平均値は0.44mmであった.細隙灯写真で周囲に溶解線の見える鉄粉異物では内径を計測した(図1c,dの矢印).これらでは外径から内径を引いた値は内径の約20%であった.摘出痕が鉄粉異物よりも短径で0.08mm,長径で0.05mm大きいことから摘出痕が溶解線外径で形成されていることが推測できた.細隙灯鉄粉異物と摘出鉄粉異物の長短径各々の摘出痕の長短径に対するPearson積率相関係数は0.95から0.99であった.7.摘出鉄粉異物の実質層錆輪高と鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の深さの比較(表2)摘出後10年以上経過した摘出痕の細隙灯写真での計測で摘出痕の深さを角膜厚で除した値の平均値は0.37であった.摘出した鉄粉異物の実質層錆輪の高さに上皮層厚0.05mmを加えた値を角膜厚0.5mmで除した値の平均値は0.37であった.数字は術後日月数バー=1.0mm初診日10日1カ月1.5カ月3カ月5カ月8カ月10カ月図272時間以内鉄粉異物摘出症例の術後10カ月間の正面と断面の細隙灯写真(127)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011127cbfgdea図372時間以内の鉄粉異物摘出で残存した遊離錆輪を包む増殖細胞塊の病理切片の光学顕微鏡写真a:腔内に延びる細胞.HE染色.バー=20μm.b:錆輪に進入する線維芽細胞様の細胞(矢印).HE染色.バー=10μm.c:ラメラが溶けた状態.HE染色.バー=20μm.d:錆を貪食した細胞.黒矢印は細胞内の錆,白矢印は水疱内の錆.Perls染色.バー=10μm.e:バラバラになった細胞が水疱内に積み重なる.Perls染色.バー=10μm.f:腔内に遊離した残存錆輪を包む細胞群.細胞の積み重なった水疱.矢印は細胞の詰まった水疱内容物排出痕.Perls染色.バー=100μm.g:アポトーシス細胞,アポトーシス小体,細胞分裂.HE染色,バー=10μm.ab図4実質層錆輪を残して72時間以上経過した症例から摘出した錆輪の病理切片の光学顕微鏡写真a:錆輪の上に伸展した細胞群にアポトーシス小体の出現はない.HE染色.バー=20μm.b:錆輪に載った細胞群に錆の貪食はみられない.Perls染色.バー=20μm.128あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(128)表1鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕,72時間以上経過した鉄粉異物および摘出した鉄粉異物の長短径計測値鉄粉異物と摘出痕の面積(mm2)摘出痕の細隙灯写真鉄粉異物の細隙灯写真摘出鉄粉異物の実体顕微鏡写真数短径長径数短径長径数短径長径~0.0550.180.2080.190.2430.190.23~0.10230.290.30370.260.32150.270.31~0.1580.300.43320.320.39110.310.40~0.20300.400.44350.370.47150.390.47~0.25290.490.51160.420.5370.440.54~0.3070.500.6080.500.5640.490.56~0.3510.500.7050.520.6410.530.60~0.40110.600.6070.530.72~0.4560.600.7040.590.7210.600.75~0.5050.680.7220.630.7610.650.70~0.5510.600.9010.540.95~0.6010.700.8010.700.8610.700.80~0.6510.800.8020.611.04~0.7010.701.0010.701.00~0.8010.810.95~0.8510.701.22~0.9510.811.16~1.0021.001.00平均131個0.450.49161個0.370.4760個0.370.44摘出痕の長短径に対するPearson積率相関係数0.950.950.990.98aefgbcd図572時間以上経過した実質層錆輪の病理切片の光学顕微鏡写真(すべてHE染色)a~d:実質層錆輪の水平断面の連続切片弱拡大.左は実質層錆輪表層,右は深層.各切片の間隔は30~50μm.バー=100μm.eはaの枠内拡大図,錆輪中央部にみられる実質細胞.fはd中央部の枠内の拡大図,錆輪中央部ラメラの間に過剰に増殖した線維芽細胞.gはd下方の枠内の拡大図,錆輪外周を包むフィブリンと多核白血球と線維芽細胞.バー=10μm.(129)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011129III考按鉄は酸素運搬や酵素活性に必須の元素であるが,過剰鉄は活性酸素などのラジカルを発生させて生体を傷害するため細胞への鉄の出入りは分子レベルで制御されている.鉄粉異物が発生する裸の鉄である錆の取り込み機構と鉄の運搬を担う蛋白質に包まれたトランスフェリンの取り込み機構とはまったく異なる(図6).トランスフェリンの取り込みはどの細胞でも常時行われている機能であるが,錆のような裸の鉄の取り込みは細胞にとっては危険である.錆がリソソームに取り込まれた後,内部のpHが変化すると二価鉄イオンが外に漏れて活性酸素を発生させてアポトーシスをひき起こす可能性があるからである.二価鉄が触媒として活性酸素を発生させることはFenton反応としてよく知られているが,最近二価鉄と酸素が接触するだけで活性酸素が発生することが報告されている7).このことから鉄粉異物は受傷後72時間を経過すると錆輪の周囲が溶けてフィブリンに包まれて健常角膜から隔離されるが,これは活性酸素に対する生体防御反応と考えられる3).アスベスト吸入に伴う肺疾患はアスベストに含まれる鉄が活性酸素を発生させ肺胞細胞にアポトーシスを起こしたり上皮中葉系移行(epitherial-mesenchymaltransition:EMT)を起こすためである8).また,細胞内自由鉄の動向がEMT発生に影響を与えること9)など鉄イオンとEMTの関係について報告されている.EMTは胎生期の成長,癌の転移,組織修復の過程で主要な役割を演じる.形態的には上皮細胞が六角形状を失い線維芽細胞様になり,上皮細胞の主要機能である細胞同士の接着性を失い,中胚葉系細胞機能を獲得し移動能力が活性化する10).EMTの判定には免疫染色が用いられる.たとえば,上皮細胞の細胞骨格であるサイトケラチンと線維芽細胞の細胞骨格であるビメンチンをモノクローナル抗体を使って免疫染色をして両者を鑑別するなどである10).角膜では角膜上皮基底細胞のEMTが翼状片発生に重要な役割を果たしている表2摘出鉄粉異物の実質層錆輪の高さと鉄粉異物摘出後10年以上経過した摘出痕の深さ鉄粉異物と摘出痕の面積(mm2)摘出痕混濁の深さ鉄粉異物の実質層錆輪の高さ個数深さの角膜厚に対する割合個数実質層錆輪高角膜厚に対する割合~0.0580.3830.070.24~0.1080.36150.090.28~0.15170.35110.100.30~0.20170.30150.160.42~0.25150.3870.140.38~0.30210.3640.210.52~0.35110.3710.220.54~0.4050.38~0.4550.3810.210.52~0.5060.3510.220.54~0.5530.38~0.60100.3910.20.5~0.6530.43~0.7020.4210.20.5~1.0070.41総数と平均値138個0.3760個0.13mm0.37核FerritinEndocytosisEndosomeLysosomeTfR1DMT1残余小体pH:apo-transferrin:transferrin:錆○:Fe2+●:Fe3+●:Fe3O4TfR1:transferrinreceptor1DMT1:divalentmetaltransporter1図6トランスフェリンの取り込みと錆の取り込みの機構(文献2から改変して引用)130あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(130)ことが報告されている11).腔内残存錆輪を包む組織の切片では線維芽細胞様に細長くなった細胞が錆の沈殿したラメラ内に侵入し,コラーゲンを溶かし,錆を貪食し,細胞分裂とアポトーシスが多発し,細胞がバラバラになって水疱内に積み重なるなどの現象がみられた.これは免疫染色を行っていないが増殖上皮細胞が中葉系に移行した可能性が示唆された.二価鉄イオンと涙の含有酸素が反応して発生した活性酸素が増殖上皮細胞に触れたことが原因と考える.72時間以内摘出鉄粉異物をTUNEL染色すると上皮細胞と実質細胞の核の約半数が陽性に染まった.しかしアポトーシス小体は観察できなかった.TUNEL染色陽性はDNA断裂の証明になるがネクローシスでもDNAは断裂するのでアポトーシスの確定診断にはならない.そのため実質層錆輪表層では実質細胞に変形がみられたがアポトーシスと断定できない.しかし,深層にみられる線維芽細胞は輪部から遊走してきた線維芽細胞ではなくて実質細胞の過増殖である可能性が家兎角膜の実験12)から推測できるので,鉄粉異物摘出後短期間の時系列的観察で摘出痕の混濁が淡くなるのは,過増殖した細胞にアポトーシスが起こり数を減らしたと推測できる.鉄粉異物摘出痕の径と深さは10年以上経過しても変化はみられなかった.細胞内に貪食した錆を残余小体として保有する線維芽細胞が周囲の健常な実質細胞ネットワークに参加しないで,孤立して摘出痕内で集団になった結果と考える.鉄粉異物摘出痕にみられるこれらの現象は錆の拡散と錆の再活性化による活性酸素発生を防ぐための角膜での生体防御反応と考える.錆輪内部の線維芽細胞過増殖や摘出痕の10年間以上の不変はウサギの角膜に墨汁を注入した実験13)で示された現象に類似する.本論文の要旨は第34回角膜カンファランスで発表した.文献1)AisenP,EnnsC,Wessling-ResnickM:Chemistryandbiologyofeukaryoticmetabolism.IntJBiochemCellBiol33:940-959,20012)高橋裕,生田克哉:鉄代謝の分子機構.IronOverloadと鉄キレート療法(堀田知光,押味和夫監修),p25-35,メディカルレビュー社,20073)松原稔:角膜錆輪に起こる化学反応とその生成物・角膜の生体防御機構と鉄の細菌感染阻止機序.あたらしい眼科25:389-398,20084)松原稔:角膜錆輪を覆う上皮にみられる細胞死の組織学的研究.あたらしい眼科26:379-385,20095)松原稔:日本人角膜鉄線の形と分布にみる角膜鉄線発生機序の細隙灯顕微鏡写真による研究.臨眼63:725-730,20096)松原稔,吉田宗儀,増子昇:角膜錆輪の組織学的研究.臨眼58:1957-1960,20047)HuangX:Ironoverloadanditsassociationwithcancerriskinhumans:evidensforironasacarcinogenicmetal.MutatRes533:153-171,20038)KampDW:Asbestos-inducedlungdiseases:anupdate.TranslRes153:143-152,20099)ZhangKH,TianHY,GaoXetal:Ferritinheavychainmediatedironhomeostasisandsubsequentincreasedreactiveoxygenspeciesproductionareessentialforepithelialmesenchymaltransition.CancerRes69:5340-5348,200910)ThieryJP,SleemanJP:Complexnetworksorchestrateepithelial-mesenchymaltransitions.NatRevMolCellBiol7:131-142,200611)KatoN,ShimmuraS,KawakitaTetal:b-Cateninactivationandepithelial-mesenchymaltransitioninthepathogenesisofpterygium.InvestOphthalmolVisSci48:1511-1517,200712)WolterJR,ShapiroI:Morphologyofthefixedcellsofthecorneaoftherabbitfollowingincision.AmJOphthalmol40:24-28,195513)上田淳子:墨汁およびラテックス粒子を投与したウサギ角膜実質の電子顕微鏡的研究.近畿大医誌12:11-22,1987***