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トリアムシノロンTenon囊下注射で悪化し,眼内液を用いた PCR法が診断に有用であった眼トキソプラズマ症の1例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):815.819,2018cトリアムシノロンTenon.下注射で悪化し,眼内液を用いたPCR法が診断に有用であった眼トキソプラズマ症の1例丸茂有香*1水谷武史*1加藤亜紀*1野崎実穂*1吉田宗徳*1南場研一*2小椋祐一郎*1*1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*2北海道大学大学院医学研究院眼科学教室CACaseofOcularToxoplasmosiswithExacerbationafterPosteriorSub-Tenon’sInjectionofTriamcinoloneAcetonide,inwhichPCRfromVitreousSamplewasUsefulinDiagnosisYukaMarumo1),TakeshiMizutani1),AkiKato1),MihoNozaki1),MunenoriYoshida1),KenichiNamba2)andYuichiroOgura1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicine,HokkaidoUniversity目的:トリアムシノロンCTenon.下注射により悪化し,硝子体液CPCRにより眼トキソプラズマ症と診断されたC1例を経験したので報告する.症例:55歳,女性.2000年に左眼のトキソプラズマ症に対しアセチルスピラマイシン内服,2008年に左眼ぶどう膜炎および視神経炎に対しステロイド内服の既往があった.2015年C7月に左眼難治性ぶどう膜炎の精査加療目的で名古屋市立大学病院を受診した.初診時,左眼に硝子体混濁,および限局性網膜滲出斑を認めた.ぶどう膜炎に対しステロイド内服を行ったが所見が改善しないため,2015年C8月およびC11月にトリアムシノロンTenon.下注射を施行したところ炎症が悪化した.翌年C3月に左眼硝子体手術を施行,硝子体液のCPCR検査でトキソプラズマCDNAが確認された.眼トキソプラズマ症と診断しクリンダマイシン内服治療開始,その後硝子体混濁,網脈絡膜炎は改善した.結論:診断確定にはCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検査が有用である.CPurpose:Toreportacaseofoculartoxoplasmosis,inwhichPCRfromthevitreoussamplewasusefulindiag-nosis.CCaseReport:AC55-year-oldCfemaleCwithCmedicalChistoryCofCocularCtoxoplasmosisCinCherCleftCeyeChadCbeenCtreatedCwithCacetylspiramycinCinC2000.CSheCalsoChadCpreviousChistoryCofCuveitisCandCopticCneuritisCinCherCleftCeye,CwhichChadCbeenCtreatedCwithCoralCprednisoloneCinC2008.CSheCwasCreferredCtoCNagoyaCCityCUniversityCHospitalCbecauseCofCintractableCuveitisCinCherCleftCeyeCinCJuly,C2015.CModerateCvitreousCopacityCandClocalizedCexudatesCcloseCtoCscarringlesionswereobservedinthelefteye.Althoughshewastreatedwithoraladministrationofprednisolone,theuveitiswasnotimproved.Posteriorsub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonidewasperformedtwice,whi-chexacerbatedtheuveitisrapidly.ParsplanavitrectomywasperformedandToxoplasmagondiiCDNAwasdetectedCbyPCRfromvitreoussample.Aftertreatmentwithclindamycin,theuveitisgraduallyimproved.Conclusion:PCRdetectionofToxoplasmagondiiCDNAinvitreoussampleisconsideredusefulfordiagnosisofoculartoxoplasmosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):815.819,C2018〕Keywords:眼トキソプラズマ症,ポリメラーゼ連鎖反応,トリアムシノロン後部テノン.下注射,難治性ぶどう膜炎.oculartoxoplasmosis,polymerasechainreaction(PCR)C,sub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonide,in-tractableuveitis.Cはじめにあり,ぶどう膜炎の原因疾患の一つである.眼底後極部にC1眼トキソプラズマ症はネコを終宿主とするトキソプラズマ.2乳頭径大の滲出性病変を生じ,硝子体混濁や血管炎を伴原虫(Toxoplasmagondii)により発症する人畜共通感染症でい,病変が黄斑部に及んでいる場合は重篤な視力障害の原因〔別刷請求先〕吉田宗徳:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:MunenoriYoshida,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya,Aichi467-8601,JAPANとなることがある.先天感染では感染した母胎から胎盤を通じて胎児に感染し,後天感染は経口感染が一般的とされるが,その区別は必ずしも容易ではない.2009.2010年に多施設で施行された大規模調査では,わが国でのぶどう膜炎全体に占める眼トキソプラズマ症の割合はC1.3%であったと報告がされているが1),確定診断は困難なことも多く,診断や治療が遅れることもしばしば経験される2).今回筆者らはトリアムシノロンCTenon.下注射で急速に増悪し,その後硝子体手術の際に採取した硝子体液のポリメラーゼ連鎖反応(porimeraseCchainCreaction:PCR)検査によって診断が確定した眼トキソプラズマ症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:55歳,女性.主訴:左眼の歪視.既往歴:2000年,左眼の眼トキソプラズマ症と診断され,アセチルスピラマイシン内服により治癒した.2008年,左眼のぶどう膜炎および視神経炎に対してステロイド内服加療を受け治癒した.家族歴:特記すべきことなし.生活歴:九州出身,ネコ接触歴なし,生肉摂取歴なし.現病歴:2015年C5月頃から左眼のぶどう膜炎に対し近医でC0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液の点眼治療を受けていたが改善しないため,2015年C7月に精査・加療目的で名古屋市立大学病院眼科を紹介され受診した.初診時所見:視力は右眼0.8(1.5C×sph.0.50D(cyl-0.50DAx115°),左眼C0.5(1.2C×sph.0.25D(cyl-0.50DCAx65°),眼圧は右眼C11CmmHg,左眼C13CmmHgであった.右眼の前図1初診時左眼超広角眼底写真視神経乳頭周囲に陳旧性網脈絡膜瘢痕病巣(→)を,その下鼻側に黄白色の境界不明瞭な滲出性病変(.)および硝子体混濁を認める.また周辺網膜には灰白色の網脈絡膜瘢痕がある(C.).眼部,中間透光体,眼底に特記する異常所見はなかった.左眼前眼部には炎症所見はなかったが,硝子体混濁(gradeC2+)3)を認めた.眼底は視神経乳頭周囲に陳旧性網脈絡膜瘢痕病巣,視神経乳頭の下鼻側にC1.5乳頭経大の黄白色の境界明瞭な滲出性網脈絡膜病巣があり,周辺網膜に灰白色を呈する網脈絡膜瘢痕萎縮も存在した(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinCangiography:FA)では,早期に左眼の視神経乳頭下鼻側の黄白色滲出性病巣に一致して,中心部のブロックによる低蛍光およびその周囲は色素漏出による過蛍光を呈しており(図2a),後期では漏出により病巣周囲の過蛍光領域の拡大を認めた(図2b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影(indocyanineCgreenCangiography:IA)では硝子体混濁およびブロックによる低蛍光以外に特記すべき異常所見はなかった(図3).血清抗体価検査:抗トキソプラズマCIgM抗体C0.1CIU/ml図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:早期像.病巣に一致する部位で中心部はブロックによる低蛍光およびその周囲には過蛍光を認める(.).Cb:後期像.滲出性病変部の色素漏出による過蛍光領域が拡大している(.).C図3初診時左眼インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真硝子体混濁および滲出斑のブロックによる低蛍光以外に特記すべき異常は認めない.図5左眼悪化時のフルオレセイン蛍光眼底造影写真(後期像)下方網脈絡膜病巣に一致した色素漏出による過蛍光が拡大している(.).(正常値C0.8CIU/ml未満),抗トキソプラズマCIgG抗体C64CIU/ml(正常値C6CIU/ml未満)であった.経過:前医より処方されていたC0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液点眼を継続していたが,改善しないためC2015年C8月初旬からプレドニゾロンC30Cmg/日をC7日間内服した.しかし,改善がみられなかったためプレドニゾロン内服を中止し,さらなる原因精査のため前房水を採取して単純ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスに対するPCRを施行したが,ウイルスCDNAは検出されなかった.8月末に左眼に対してトリアムシノロンCTenon.下注射C20mg/0.5Cmlを施行したが硝子体混濁(Grade2+)の改善は得られなかったため,11月に左眼にC2回目のトリアムシノロンCTenon.下注射を施行したところ硝子体混濁(Grade2+)図4左眼悪化時の超広角眼底写真硝子体混濁が悪化し,滲出性病変が拡大している(.).図6左眼治療後の超広角眼底写真硝子体混濁は改善し,滲出性病変は瘢痕を残し消退した.が悪化し,滲出性病変の拡大を認めた(図4).FAでも早期像で下方網脈絡膜病巣に一致した過蛍光領域を認め,また後期像で色素漏出による過蛍光領域の拡大を認めた(図5).矯正視力はC0.3にまで低下した.2016年C3月に左)硝子体手術(白内障手術併用)を施行し,術中に採取された硝子体液のトキソプラズマ抗体価を測定した.硝子体液抗体価検査:抗トキソプラズマCIgM抗体C0.4CIU/ml(正常値C0.8IU/ml未満),抗トキソプラズマIgG抗体240CIU/ml(正常値C6CIU/ml未満)であった.硝子体液サンプルのCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検査を行ったところ,トキソプラズマCDNAが検出された.眼トキソプラズマ症と診断しクリンダマイシンC2,700mg/日を開始した.3週間程度経過したところで硝子体混濁は消失し,網脈絡膜炎は瘢痕を残し消退した(図6).クリンダマイシンをC3週間程使用し終了,その後再燃はなく,矯正視力はC0.5を維持している.CII考按今回筆者らは,診断に苦慮し,トリアムシノロンCTenon.下注射で悪化した眼トキソプラズマ症を経験し,診断の確定にCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検出が有用であったC1例を経験した.眼トキソプラズマ症には,先天性と後天性があり,先天性は両眼性でおもに黄斑部にみられる境界明瞭な壊死性瘢痕病巣が特徴とされ,その再発病巣では瘢痕病巣に隣接または離れた部位に限局性滲出性網脈絡膜炎としてみられる.一方,後天性は限局性滲出性網脈絡膜炎が片眼にみられることが多い.本症例は,片眼に瘢痕病巣に隣接した限局性滲出性病巣が存在し,血清トキソプラズマCIgG抗体価は基準値のC10倍程度,IgM抗体価は基準値以下であったが,2000年に発症したと考えられる後天性眼トキソプラズマ症の再発例として矛盾はない.しかしながら,2008年のぶどう膜炎再燃は,ステロイド内服のみで消炎を得られており,その後C7年間再燃はみられなかったことから,トキソプラズマ以外の原因の可能性も否定できず,診断に苦慮した.本症例は過去に既往があるだけでなく,FAにおいて病変中心部の低蛍光およびその周辺の過蛍光というトキソプラズマ症において特徴的な所見がみられたことから,ぶどう膜炎の経験が豊富な医師からみると眼トキソプラズマ症の比較的典型的な症例と思われるが,日本ではトキソプラズマ感染症が比較的少ないため,専門医でなければ遭遇する機会に乏しい疾患であり,念頭になければ鑑別診断にあげることがむずかしいと考える.Nobregaらは加齢黄斑変性に伴う新生血管に対して行った光線力学的療法に併用したトリアムシノロンの硝子体内注射後に発生した眼トキソプラズマ症のC1例を報告している4).また,Rushらは非感染性のぶどう膜炎だと推察されトリアムシノロンの硝子体内注射後に発症した眼トキソプラズマ症のC1例と,トキソプラズマ脈絡膜炎の再発と推察され眼トキソプラズマに対する治療を併用しつつトリアムシノロンの硝子体内注射を行ったにもかかわらず悪化したC1例を報告しており5),トリアムシノロンの使用は,局所であっても十分な注意が必要である.後天性眼トキソプラズマ症の診断には,血清抗体価の測定や臨床像の特徴のほか,血清反応,原虫の分離などがあるが,血清反応は診断までにC3週間必要で,眼トキソプラズマ症では血清の抗トキソプラズマ抗体価が上昇しないこともあり診断意義は低く,原虫の分離には眼球摘出が必要なため通常行われることない.1993年にCAouizerateらが最初にCPCR法による眼内液からのトキソプラズマ原虫ゲノムの検出について報告して以来6),眼内液のCPCRが有用であるとの報告がされている.Okharaviらは血清検査で診断がつかなかったが眼内液のCPCR法による検査で眼トキソプラズマ症の診断がついた症例を報告している7).わが国でも,杉田らは臨床的に眼トキソプラズマ症が疑われる症例の前房水および硝子体液に対して行ったmultiplexCPCR(13例中11例),real-timePCR(13例中C10例)のどちらもが診断に有用であったと報告している8).本症例においても,硝子体手術施行時に採取した硝子体液のCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検出により確定診断に至った.その他の検査法として,血清中または眼内液中の全CIgG量に対する抗原特異的CIgG量の抗体率を眼内液と血清で比較した値(Q値)の有用性が古くから報告されている9).わが国においても竹内らがCQ値により確定診断に至った後天性眼トキソプラズマ症のC2例を報告している10).本症例では全CIgG量を測定しておらずCQ値の計算ができないが,Fekkarらは眼トキソプラズマ症におけるCQ値の感度はC81%,特異度はC98.1%であり,PCR法の感度はC38%,特異度はC100%であると報告しており11),PCR法の比較的低い感度を,Q値の測定を併用することが補う可能性はあると考える.わが国における眼トキソプラズマ症の感染は近年減少傾向にあるといわれているが,国際化に伴い,生肉などの食文化の変化やさまざまなペットとの生活など環境の変化もあり,今後増加することも懸念される.また,臓器移植後や本症例のようなステロイド治療による免疫力の低下,または後天性免疫不全症候群や血液疾患による免疫機能低下による日和見感染や再燃などは今後も増えてくること,また初診時の病歴や病態も複雑化した症例が増えてくることが予想され,後天性眼トキソプラズマ症を疑った場合の診断にはCPCR法は有用であり,積極的に考慮すべき検査であると考える.謝辞:硝子体液のCPCR検査をしていただきました北海道大学眼科研究室廣瀬育代技術補助員に深謝申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)OhguroCN,CSonodaCK,CTakeuchiCMCetCal:TheC2009Cpro-spectiveCmulti-centerCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmolC56:432-435,C20122)NovaisEA,CommodaroAG,SantosFetal:Patientswithdi.useCuveitisCandCinactiveCtoxoplasmicCretinitisClesionsCtestPCRpositiveforToxoplasmagondiiintheirvitreousandblood.BrJOphthalmol98:937-940,C20143)NussenblattCRB,CPalestineCAG,CChanCCCCetCal:Standard-izationCofCvitrealCin.ammatoryCactivityCinCintermediateCandposterioruveitis.OphthalmologyC92:467-471,C19854)NobregaCMJ,CRosaCEL:ToxoplasmosisCretinochoroiditisCafterphotodynamictherapyandintravitrealtriamcinoloneforCaCsupposedCchoroidalCneovascularization:aCcaseCreport.ArqBrasOftalmol,C70:157-160,C20075)RushCR,CShethCS:FulminantCtoxoplasmicCretino-choroidi-tisCfollowingCintravitrealCtriamcinoloneCadministration.CIndianJOphthalmolC60:141-143,C20126)AouizerateCF,CCazenaveCJ,CPoirierCLCetCal:DetectionCofCToxoplasmagondiiinaqueoushumourbythepolymerasechainreaction.BrJOphthalmolC77:107-109,C19937)OkharaviCN,CJonesCCD,CCarrollCNCetCal:UseCofCPCRCtoCdiagnoseCToxoplasmaCgondiiCchorioretinitisCinCeyesCwithCseverevitritis.ClinExpOphthalmolC33:184-187,C20058)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetCal:DiagnosisCofCoculartoxoplasmosisCbyCtwoCpolymeraseCchainCreaction(PCR)examinations:qualitativemultiplexandquantitativereal-time.JpnJOphthalmolC55:495-501,C20119)DesmontsG,BaronA,O.retGetal:Laproductionlocaled’anticorpsCauCcoursCdesCtoxoplasmosisCoculaires.CArchCOphthalmolRevGenOphthalmolC20:134-145,C196010)竹内正樹,澁谷悦子,飛鳥田有里ほか:Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症のC2例.あたらしい眼科27:667-670,C201011)FekkarCA,CBodaghiCB,CTouafekCFCetCal:ComparisonCofCimmunoblotting,calculationoftheGoldmann-Witmercoef-.cient,CandCreal-timeCPCRCusingCaqueousChumorCsamplesCforCdiagnosisCofCocularCtoxoplasmosis.CJCClinCMicrobiolC46:1965-1967,C2008***

前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例

2016年3月31日 木曜日

432あたらしい眼科Vol.6103,23,No.3(102)4320910-1810/16/\100/頁/JCOPY《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):432.434,2016cはじめに仮面症候群をきたす疾患として,成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い1).転移性腫瘍のほとんどは脈絡膜転移で,腫瘤を形成することが多い.一方,虹彩毛様体に転移している場合は前部ぶどう膜炎症状を呈することがある.今回,急激な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎と診断した症例が,腫瘤病変をきたさない肺癌転移による仮面症候群であっ〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例岡部智子*1丸山貴大*2岡島行伸*1山口由佳*1鈴木佑佳*1若山恵*3堀裕一*1*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2済生会横浜市東部病院*3東邦大学医療センター大森病院病理学講座ACaseofIntractableUveitisinWhichaCellTypeSimilartoLungCancerWasDetectedbyCytodiagnosisoftheAnteriorAqueousTomokoOkabe1),TakahiroMaruyama2),YukinobuOkajima1),YukaYamaguchi1),YukaSuzuki1),MegumiWakayama3)andYuichiHori1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)SaiseikaiYokohamashiTobuHospital,3)DepartmentofPathology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter目的:肺癌からの仮面症候群であった腫瘍性病変を認めない難治性ぶどう膜炎の症例を報告する.症例:78歳の男性.肺腺癌で化学療法中の2014年5月,左眼の視力低下にて近医を受診した.ぶどう膜炎,眼圧上昇に対して点眼薬および点滴を繰り返したが奏効せず,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時,左眼視力手動弁,左眼圧50mmHg,角膜全面の浮腫・瞳孔縁にフィブリン様の膜が付着し,眼底は透見できなかった.ぶどう膜炎による続発緑内障として,ステロイド系のTenon.下注射を行ったが改善しなかったため,緑内障治療用インプラント挿入術を施行した.前房中の細胞診にて肺癌の組織型と同じ腺癌細胞が検出された.片眼性の急激な高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎においては,固形癌による仮面症候群の可能性も留意する必要がある.Purpose:Toreportacaseofintractableuveitisinwhichaneoplasticlesionwasfoundtobeacaseofmas-queradesyndromefromlungcancer.Case:A78-year-oldmaleundergoingchemotherapyforapulmonaryadeno-carcinomahadpresentedwithblurringofvisioninhislefteyefromMay2014.Hewasdiagnosedwithuveitisandhadhighintraocularpressure.Herepeatedlyreceivedeyedropsandintravenousfeeding,butintraocularpressurecontrolwasbad.Medicaltreatmentsurgerywasperformed.Initialmedicalexaminationofhislefteyeshowedcor-rectedvisualacuityofhandmotion,intraocularpressure50mmHgandcorneaedema,fibrin-likefilmtopupilbor-derandnonvisiblefundus.Secondaryglaucomaduetouveitiswasdoubtedandsub-Tenon’scapsuleinjectionofcorticosteroidwasperformed,buttherewasnoimprovement.Hethenreceivedimplantforglaucomatreatmentofintraocularpressure.Adenocarcinomaofthesametypeaslungcancerwasdetectedbycytodiagnosisofananteri-oraqueousfloater.Inuveitiswithunilateralsuddenriseinhighintraocularpressure,thepossibilityofmasqueradesyndromeduetosolidcarcinomashouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):432.434,2016〕Keywords:難治性ぶどう膜炎,肺癌,仮面症候群,前房水の細胞診.intractableuveitis,lungcancer,masquer-adesyndrome,cytodiagnosisofanterioraqueous.432(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY6103,23,No.3(102)4320910-1810/16/\100/頁/JCOPY《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):432.434,2016cはじめに仮面症候群をきたす疾患として,成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い1).転移性腫瘍のほとんどは脈絡膜転移で,腫瘤を形成することが多い.一方,虹彩毛様体に転移している場合は前部ぶどう膜炎症状を呈することがある.今回,急激な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎と診断した症例が,腫瘤病変をきたさない肺癌転移による仮面症候群であっ〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例岡部智子*1丸山貴大*2岡島行伸*1山口由佳*1鈴木佑佳*1若山恵*3堀裕一*1*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2済生会横浜市東部病院*3東邦大学医療センター大森病院病理学講座ACaseofIntractableUveitisinWhichaCellTypeSimilartoLungCancerWasDetectedbyCytodiagnosisoftheAnteriorAqueousTomokoOkabe1),TakahiroMaruyama2),YukinobuOkajima1),YukaYamaguchi1),YukaSuzuki1),MegumiWakayama3)andYuichiHori1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)SaiseikaiYokohamashiTobuHospital,3)DepartmentofPathology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter目的:肺癌からの仮面症候群であった腫瘍性病変を認めない難治性ぶどう膜炎の症例を報告する.症例:78歳の男性.肺腺癌で化学療法中の2014年5月,左眼の視力低下にて近医を受診した.ぶどう膜炎,眼圧上昇に対して点眼薬および点滴を繰り返したが奏効せず,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時,左眼視力手動弁,左眼圧50mmHg,角膜全面の浮腫・瞳孔縁にフィブリン様の膜が付着し,眼底は透見できなかった.ぶどう膜炎による続発緑内障として,ステロイド系のTenon.下注射を行ったが改善しなかったため,緑内障治療用インプラント挿入術を施行した.前房中の細胞診にて肺癌の組織型と同じ腺癌細胞が検出された.片眼性の急激な高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎においては,固形癌による仮面症候群の可能性も留意する必要がある.Purpose:Toreportacaseofintractableuveitisinwhichaneoplasticlesionwasfoundtobeacaseofmas-queradesyndromefromlungcancer.Case:A78-year-oldmaleundergoingchemotherapyforapulmonaryadeno-carcinomahadpresentedwithblurringofvisioninhislefteyefromMay2014.Hewasdiagnosedwithuveitisandhadhighintraocularpressure.Herepeatedlyreceivedeyedropsandintravenousfeeding,butintraocularpressurecontrolwasbad.Medicaltreatmentsurgerywasperformed.Initialmedicalexaminationofhislefteyeshowedcor-rectedvisualacuityofhandmotion,intraocularpressure50mmHgandcorneaedema,fibrin-likefilmtopupilbor-derandnonvisiblefundus.Secondaryglaucomaduetouveitiswasdoubtedandsub-Tenon’scapsuleinjectionofcorticosteroidwasperformed,buttherewasnoimprovement.Hethenreceivedimplantforglaucomatreatmentofintraocularpressure.Adenocarcinomaofthesametypeaslungcancerwasdetectedbycytodiagnosisofananteri-oraqueousfloater.Inuveitiswithunilateralsuddenriseinhighintraocularpressure,thepossibilityofmasqueradesyndromeduetosolidcarcinomashouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):432.434,2016〕Keywords:難治性ぶどう膜炎,肺癌,仮面症候群,前房水の細胞診.intractableuveitis,lungcancer,masquer-adesyndrome,cytodiagnosisofanterioraqueous.432(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY 図1初診時の左眼の前眼部写真前房は深く,瞳孔は中等度散大.角膜浮腫が強く前房内炎症細胞や角膜後面沈着物は不詳だが,瞳孔縁にフィブリンが検出していた.た症例を経験したので報告する.I症例患者は78歳,男性で,主訴は眼痛および嘔気である.2014年5月上旬に左眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.左眼のぶどう膜炎および眼圧上昇を認め,タフルプロストを処方された.その後も眼圧は下がらず,ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩・ベタメタゾンの点眼追加およびアセタゾラミド内服を開始したが眼圧下降せず,2.3日おきにグリセオール点滴を繰り返していた.6月5日,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時視力は,右眼0.08(1.2×.3.0D(cyl.0.75DAx100°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は,右眼18mmHg,左眼50mmHgであった.前眼部所見は左眼に強い角膜浮腫があり,前房は深く,瞳孔は中等度散大していた.前房内炎症細胞や角膜後面沈着物は角膜浮腫のため不明であったが,瞳孔縁にフィブリンを認めた(図1).眼底は透見できなかった.肺腺癌に対する化学療法中の末期で,前立腺肥大症,逆流性食道炎,糖尿病があった.眼科的には72歳時に両眼の白内障手術を受けた.初診時,前房水のPCR(polymerasechainreaction)検査では単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV),サイトメガロウイルス(CMV)のDNAは検出されなかった.ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムのTenon.下注射を施行したが,眼所見は改善しなかった.その後も眼圧高値が続き,嘔気・嘔吐で体力を消耗していたため,6月7日左眼緑内障治療用インプラント挿入術(バルベルト緑内障インプラント使用)を施行した.術後眼圧は3.17mmHgで推移した.術後診察にて眼底には明らかな病図2緑内障インプラント挿入術後4日目の左眼の前眼部写真前房内全体に浮遊物を認めた.バルベルトチューブは前房内に挿入した.図3前房水の細胞診標本(Papanicolau染色,対物100倍)核腫大と核形不整を認め,核小体が目立ち,核偏在性で泡沫状の細胞質を有す異型細胞を小集塊状・散在性に認める.変はなかった.術後,前房内の白色・綿花状の浮遊物が次第に増加してきたため(図2),術後5日目に左眼の前房洗浄を施行した.前房水および前房内浮遊物の細胞診(図3)では,核腫大,核形不整,核小体の目立つ異型細胞(classV)が小集塊から散在性にみられた.これらの異型細胞は核小体が目立ち,核偏在性で細胞質が泡沫状であることから腺癌を考えるとの診断結果で肺癌の組織型(腺癌)と一致していた.その後,患者は7月上旬に死亡した.(103)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016433 II考按今回の症例は,急激で高度な眼圧上昇をきたす難治性ぶどう膜炎が肺癌転移の仮面症候群であった.仮面症候群をきたす原因疾患は,眼CNS悪性リンパ腫や全身性悪性リンパ腫を代表とするが,ほかにも,転移性眼内腫瘍や網膜芽細胞腫などがあり,良性腫瘍や眼内異物などでも仮面症候群となりえる2,3).仮面症候群の多くで硝子体混濁や前部ぶどう膜炎などの所見を伴っているが,眼圧が上昇している症例報告は少なく,眼内悪性リンパ腫による仮面症候群で新生血管緑内障が発症し,線維柱帯切除術を施行し改善した症例4)や,バーキットリンパ腫による仮面症候群で虹彩腫瘤・毛様体腫脹を生じ,眼圧47mmHgと上昇し放射線治療で改善した症例5)などの報告がある.今回の症例では,グリセオール点滴にて眼圧が一時的に下降しても同日の夜には眼痛・嘔気が出現しており,すでに癌末期であり体力がなく,連日の通院は困難であった.そのため,強い炎症がある状態で敢えて手術療法を選択した.緑内障手術の術式としては線維柱帯切除術も検討したが,術後の眼圧コントロールの煩雑性と患者の体力を考えて,より安定すると思われた緑内障治療用インプラント挿入術(バルベルト緑内障インプラント)を選択した.インプラント術後に前房内の炎症細胞の増加は目立たなかったが,次第に白色・綿花状の浮遊物が出現し,沈殿することはなく前房内全体に増加してきたため,前房洗浄とその細胞診を行った.前房洗浄では吸引にて容易に除去できるものもあれば,虹彩に張り付いているようで鑷子ではがすようなものもあった.この時点で初めて癌転移の可能性が強いと考えて細胞診を行った.病歴から仮面症候群についてもう少し検討するべきであったと痛感している.肺癌によるぶどう膜転移部位については,上野らは83%が脈絡膜,16%が虹彩,1%が毛様体と報告6)し,坂本らは85%が脈絡膜,15%が虹彩と報告7)しており,毛様体への転移はまれである.今回,前眼部超音波検査は施行しておらず,毛様体の詳細は明らかではないが,毛様体に転移していた可能性が考えられる.本症例における眼圧上昇の原因としては,毛様体の腫脹により虹彩が後ろから圧迫され隅角が閉塞されて高度の眼圧上昇を招いた可能性,腫瘍細胞による線維柱帯が目詰まりを起こした可能性が考えられた.改めて隅角鏡や超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)での隅角検査の重要性を痛感した.片眼性の急激で高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎において,腫瘍性病変を認めなくても,仮面症候群の原因として肺癌などの固形癌も考慮することが必要である.その診断には細胞診が不可欠である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岩田大樹,北市伸義,石田晋ほか:仮面症候群.臨眼64:1650-1655,20102)中尾久美子:仮面症候群.臨眼68:66-72,20143)鈴木参郎助:仮面症候群.日本の眼科69:1155-1158,19984)降旗叶恵,仲村佳已,仲村優子ほか:仮面症候群と思われるブドウ膜炎に続発した血管新生緑内障の1症例.眼臨94:551-552,20005)菅原美香,園田康平,吉川洋ほか:造血器悪性腫瘍に伴い特異な虹彩腫瘤,毛様体腫脹を呈した仮面症候群2例.眼紀57:609-613,20066)上野脩幸,玉井嗣彦,野田幸作ほか:胞状網膜.離で発症した肺癌のぶどう膜転移例─本邦における各種癌のぶどう膜転移例についての考察─.眼紀37:560-568,19867)坂本純平,後藤浩:転移性ぶどう膜腫瘍28例の臨床的検討.眼臨101:180-182,2007***(104)