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頭低位で行うロボット支援前立腺全摘除術中の眼圧を 測定した1 例

2021年9月30日 木曜日

《第31回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科38(9):1105.1108,2021c頭低位で行うロボット支援前立腺全摘除術中の眼圧を測定した1例益田俊*1谷山ゆりえ*1徳毛花菜*1湯浅勇生*1稗田圭介*2木内良明*1*1広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学*2広島大学大学院医系科学研究科腎泌尿器科学CIntraoperativeIntraocularPressureinaGlaucomaPatientUndergoingRobot-AssistedLaparoscopicRadicalProstatectomyintheTrendelenburgPositionShunMasuda1),YurieTaniyama1),KanaTokumo1),YukiYuasa1),KeisukeHieda2)andYoshiakiKiuchi1)1)DepartmentofOpthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,2)DepartmentofUrologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversityC諸言:前立腺癌に対して頭低位で手術を受けた原発開放隅角緑内障(POAG)の患者の術中眼圧変化を記録したので報告する.症例:69歳,男性.両眼CPOAGに対して点眼治療を行っていた.2019年C6月,前立腺癌に対してロボット支援前立腺全摘除術(RARP)を実施した.頭低位の数時間にわたる手術により術中に眼圧が上昇する可能性があるため,術中の眼圧測定を行った.結果:術前は仰臥位で眼圧は右眼C7mmHg,左眼7mmHgだった.頭低位C26°にした直後,右眼の眼圧はC35mmHgになった.頭低位の角度を約C10°軽減させたところ速やかに眼圧は下降し,眼圧は右眼23mmHg,左眼C28mmHgになったのでこの頭位を維持したままCRARP手術を行った.その後,術中の眼圧は20CmmHg半ばに維持された.結論:RARP手術で頭低位にすると眼圧は急速に上昇した.頭低位を軽度緩めると眼圧上昇は緩徐になった.CPurpose:ToCreportCintraoperativeCintraocularpressure(IOP)changesCinCaCprimaryCopen-angleCglaucoma(POAG)patientCwhoCunderwentCprostateCcancerCsurgeryCwhileCinCtheCTrendelenburgCposition.CCase:ThisCstudyCinvolveda69-year-oldmalewhohadbeentreatedwitheyedropsforPOAGinbotheyesandwhowasscheduledforCrobot-assistedClaparoscopicCradicalprostatectomy(RARP)surgeryCforCprostateCcancerCinCJuneC2019.CDueCtoCconcernsCaboutCincreasedCIOPCduringCtheCseveralChoursCofCsurgeryCwhileCinCtheCTrendelenburgCposition,CIOPCwasCmeasuredCintraoperativelyCwithCaCTono-PenRXL(ReichertCRTechnologies)handheldCtonometer.CResults:InthesupineCposition,CIOPCwasC7CmmHgCODCandC7CmmHgCOS.CImmediatelyCafterCtheCpatientCwasCplacedCatCaC26°Chead-downCangle,CIOPCinChisCrightCeyeCrapidlyCincreasedCtoC35CmmHg.CWhenCtheChead-downCangleCwasCreducedCbyCapproximately10°,theIOPrapidlydecreasedto23mmHgODand28mmHgOS,soRARPsurgerywasperformedwhilemaintainingthatangle.Subsequently,intraoperativeIOPwasmaintainedinthemid.20CmmHgrange.Con-clusion:InCourCcase,CRARPCsurgeryCperformedCinCtheClowCheadCpositionCresultedCinCaCrapidCincreaseCinCIOP,CyetCwhentheanglewasreducedbyapproximately10°,IOPvaluesrapidlydecreasedandremainedconstant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(9):1105.1108,C2021〕Keywords:緑内障,眼圧,頭低位,ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術.glaucoma,intraocularpressure,tren-delenburgposition,robot-assistedlaparoscopicradicalprostatectomy.Cはじめに上強膜静脈圧によって決定される1).上強膜静脈圧が上昇す眼圧は通常座位で測定されるが,体位によっても変動するる仰臥位や頭低位では座位のときと比較して眼圧が上昇し,ことは多く知られている.眼圧は,房水産生量,流出抵抗,とくに頭低位では眼圧上昇幅が大きい2.3).〔別刷請求先〕益田俊:〒734-8551広島市南区霞C1-2-3広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学講座Reprintrequests:ShunMasuda,DepartmentofOpthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,1-2-3Kasumi,Minamiku,Hiroshima-shi,Hiroshima731-8551,JAPANC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(123)C1105近年,泌尿器科におけるロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術(robot-assistedClaparoscopicCradicalprostatectomy:RARP)は前立腺癌の標準的な根治治療の一つである.手術支援ロボット(DaVinci,IntuitiveSurgical社)を使用した手術は術者にとってストレスが少なく,複雑で細やかな手術手技を可能としている.また,立体的に術野を観察できるために,通常の内視鏡手術より安全かつ侵襲の少ない手術が可能である.しかし,術中は骨盤腔内の観察を容易にするために患者の頭低位C30.45°に保つ(図1).以前から術中の眼圧が上昇することが報告されている4,5).このたび,前立腺癌に対して頭低位でCRARPを受けた開放隅角緑内障患者の眼圧を手術中に測定したので,結果を報告する.CI症例患者:69歳,男性.図1ロボット支援前立腺全摘除術(RARP)手術中の体位頭低位で手術を行う.現病歴:両眼開放隅角緑内障に対して点眼治療(ラタノプロスト両眼C1回/日,ブリンゾラミド左眼C2回/日,ブリモニジン左眼C2回/日)を行っていた.左眼はC2018年に選択的線維柱帯形成術の既往がある.2019年C6月,前立腺癌に対してCRARPが施行された.頭低位で数時間にわたる手術で,術中の眼圧上昇が心配されたため,術中の眼圧測定を行った.所見:術前の視力は右眼C0.4(1.2C×sph.3.25(cyl.0.50DAx125°),左眼C0.04(1.0C×sph.6.75(cyl.1.50DCAx70°),眼圧は右眼C8CmmHg,左眼C10CmmHgであった.隅角は両眼ともCScheie0,Sha.er4,Pigment0であった.両眼とも軽度の水晶体皮質混濁を伴っていたが眼底の透見性は比較的良好で,右眼のCC/D比はC0.9,下方に網膜視神経線維層欠損と乳頭出血を伴っていた.左眼は小乳頭でのCC/D比はC1.0だった(図2).Humphrey10-2(CarlZeiss)視野検査では右眼に緑内障変化がなかった.左眼には鼻側からの狭窄があった(図3).経過:術中の眼圧測定はすべてCTono-PenXL(Reichert)を用いて仰臥位で行った(図4).本症例の外来受診時の眼圧は右眼C8.13CmmHg,左眼C10.14CmmHgを推移していたが,仰臥位では右眼C20CmmHg,左眼C20CmmHgと高くなっていた.プロポフォールで麻酔導入後,右眼C7mmHg,左眼7mmHgと低くなった.頭低位C26°にしたところ右眼の眼圧がC10CmmHgからC35CmmHgに急上昇した.このとき,左眼の眼圧は測定していない.頭低位をC10°緩和したところ35CmmHgだった右眼の眼圧がC23CmmHgになったため,この角度で手術を行った.その後,術中の眼圧はC20CmmHg前後で一定に保たれていた.手術時間はC5時間C13分,頭低位時間はC4時間C24分だった.図2手術前の眼底写真右眼のCC/D比(cupdisc比)はC0.9で下方に網膜視神経線維層欠損があった.左眼のCC/D比はC1.0だった.1106あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(124)眼圧(mmHg)左眼右眼図3手術前の視野検査(Humphrey10.2)右眼に暗点はなかった.左眼は鼻側からの視野狭窄があった.C4035右眼左眼302520151050覚醒時麻酔頭低位26°頭低位16°頭低位頭低位頭低位終了抜管直後(仰臥位)導入後1時間後2時間後30分後図4術中の眼圧経過頭低位C26°にしたところ右眼眼圧がC10mmHgから35mmHgに急上昇した.頭低位を10°緩和したところ35mmHgだった眼圧がC23mmHgになったため,この角度(16°)で手術を行った.CII考按RARP術中の眼圧経過について報告は多い4.7).しかし,緑内障患者など高眼圧を回避したい患者に対しての明確な指針はない.RARPでは良好な術野を確保し,骨盤腔内の観察を容易にするために,麻酔管理において,気腹や高度の頭低位などの特殊な状況が要求される8).頭低位になると中心静脈圧の上昇に伴い,上強膜静脈圧が上昇し,房水の流出が低下する.また,気腹で二酸化酸素を使用するため血中二酸化炭素分圧(PCACO2)や呼気終末二酸化炭素分圧(ETCOC2)が上昇することで,脈絡膜の血管が拡張し,房水産生が亢進して眼圧が上昇すると説明されている4).眼圧上昇に伴い,緑内障性の視神経障害,視野欠損が進行する可能性はあるが,RARPで緑内障が明らかに進行したという報告はまだない.しかし,眼圧上昇に伴う虚血性視神経炎の発症の報告はあり,一時的な視野欠損の報告から永久的に光覚が消失したという報告まで,症状の程度はさまざまである6,9).視神経乳頭の血流の自己調節能が健全な非緑内障患者においては,眼圧がC40CmmHgに達するまでは脈絡膜(125)あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021C1107の血流が保たれることが観察されている10).しかし,視神経乳頭の血流の自己調節能が低いとされている緑内障患者は11)視神経乳頭の血流を保持できないために虚血性視神経炎を発症しやすいと考えられる.眼圧がC30.40CmmHgのような高眼圧の患者に遭遇することは少なくない.落屑緑内障や一般の開放隅角緑内障でも高眼圧を示すことがあり,線維柱帯切除術後や流出路再建術後に一過性に高眼圧になることもある.数時間または数日この程度の眼圧が保たれている患者で,緑内障性の視野障害がある患者は多いが,高眼圧による虚血性視神経炎を発症している患者に遭遇することはほとんどない.これらはおそらくRARP手術の場合は頭低位にした際に,急激に高眼圧になることが原因と考えられている5).筆者らは本症例で高眼圧を示した際は前房穿刺を行い,眼圧を下げることを検討していた.術中に患者の頭部があるのは光があまり入らないドレープの下で,上方には精密なDaVinciが動いており,実際は眼圧測定も困難な状態であった.本症例は術者の配慮で頭低位の角度がC10°緩和され,眼圧もC20CmmHg前後に落ち着いた.RARP中に高眼圧を示した場合の対処の指針は定められていない.過去の報告でマンニトールの点滴でCRARP中の高眼圧が軽快し視力視野ともに維持されたという報告がある12).また,手術のC30分前のブリモニジン塩酸塩点眼で術中の眼圧下降を試みたが,有意に眼圧は下降しなかったという報告がある13).本症例の経過や過去の報告から,有効な眼圧下降方法はマンニトールの点滴と頭低位角度の軽減と考えられる.しかし,RARPの術中に尿量を増やすことは手術操作の妨げになる14).日本でCDaVinci手術が最初に認可されたのが前立腺摘除手術であり,DaVinciによる手術件数は増えつつある.現時点では適応が拡大し,子宮の悪性疾患の摘出手術にも適応が拡大された.DaVinci手術を受ける患者は今後増えることが予想される.また,日本の緑内障患者は疫学的にC40歳以上のC20人にC1人といわれている15).高齢社会において緑内障患者がCDaVinci手術を受ける機会は多くなるであろう.頭低位をわずかに軽減するだけで本症例の極端な眼圧の上昇を防ぐことができた.緑内障や虚血性視神経炎の既往がある患者がCDaVinci手術を受ける際は頭低位角度を手術手技に影響がない範囲で緩和させることが望ましいと考える.今後,許容される頭低位のレベルを明らかにするために,泌尿器科医,眼科医による共同の研究が必要と思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)澤口昭:眼圧上昇機序:総論.あたらしい眼科C29:583-588,C20122)GalinCMA,CMclvorCJW,CMagruderGB:In.uenceCofCposi-tionConCintraocularCpressure.CAmCJCOphthalmolC55:720-723,C19633)JasienCJV,CJonasCJB,CdeCMoraesCCGCetal:IntraocularCpressureriseinsubjectswithandwithoutglaucomadur-ingfourcommonyogapositions.PLoSOneC10:e0144505,C20154)松山薫,藤中和三,鷹取誠:ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術中の眼圧の変化.麻酔63:1366-1368,C20145)北村咲子,武智健一,安平あゆみ:緑内障併存症例におけるロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術中の眼圧推移.日臨麻会誌C37:743-747,C20176)TaketaniCY,CMayamaCC,CSuzukiCNCetal:TransientCbutCsigni.cantCvisualC.eldCdefectsCafterCrobot-assistedClaparo-scopicCradicalCprostatectomyCinCdeepCtrendelenburgCposi-tion.PLoSONEC10:e0123361,C20157)HirookaK,UkegawaK,NittaEetal:Thee.ectofsteepTrendelenburgCpositioningConCretinalCstructureCandCfunc-tionCduringCrobotic-assistedClaparoscopicCprocedures.CJOphthalmol:1027397,C20188)山口重樹,大谷太郎,寺島哲二:ロボット支援下前立腺全摘除術の麻酔管理:600例の経験から.獨協医学会雑誌C46:209-215,C20199)WeberCED,CColyerCMH,CLesserCRLCetal:PosteriorCisch-emicopticneuropathyafterminimallyinvasiveprostatec-tomy.JNeuroophthalmolC27:285-287,C200710)PillunatLE,AndersonDR,KnightonRWetal:Autoregu-lationCofChumanCopticCnerveCheadCcirculationCinCresponseCtoCincreasedCintraocularCpressure.CExpCEyeCResC64:737-744,C199711)BataCAM,CFondiCK,CWitkowskaCKJCetal:OpticCnerveCheadCbloodC.owCregulationCduringCchangesCinCarterialCbloodpressureinpatientswithprimaryopen-angleglau-coma.ActaOphthalmolC97:36-41,C201912)LeeCM,CDallasCR,CDanielCCCetal:IntraoperativeCmanage-mentCofCincreasedCintraocularCpressureCinCaCpatientCwithCglaucomaCundergoingCroboticCprostatectomyCinCtheCTren-delenburgposition.AACaseRepC6:19-21,C201613)MathewDJ,GreeneRA,MahsoodYJetal:Preoperativebrimonidinetartrate0.2%doesnotpreventanintraocularpressureCriseCduringCprostatectomyCinCsteepCTrendelen-burgposition.JGlaucomaC27:965-970,C201814)亭島淳,妹尾安子,松原昭郎:ロボット支援手術におけるチーム医療.JapaneseJournalofEndourology27:121-127,C201415)岩瀬愛子:正常眼圧緑内障の疫学,多治見スタディから.あたらしい眼科C20:1343-1349,C2003***C1108あたらしい眼科Vol.38,No.9,2021(126)