《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014c(00)1224(144)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014cはじめにHemifieldslide現象とは,眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者において斜位または斜視が存在する場合,単眼の鼻側半視野間にずれが生じ,視界の中心部に生じる視覚異常をさす1).眼位が外斜の場合は,単眼の半視野が重複するため視野の中心部に水平性複視を起こし,また内斜の場合は半視野間に解離が生じるため,視野中心部に欠損を生じる臨床上まれな現象である.今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験したので報告する.I症例患者:23歳,男性.主訴:水平性複視.既往歴,家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成25年春頃より両側視野狭窄に気づき,8月近医眼科を受診.両耳側半盲を指摘され,近医脳神経外科を紹介された.精査の結果,下垂体腫瘍を指摘され,精査加療目的にて当院脳神経外科入院となり,術前の視機能評価のため,同月当科初診となった.〔別刷請求先〕王瑜:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YuWang,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine,S1W16Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN頭蓋咽頭腫術後にHemifieldSlide現象を示した1例王瑜橋本雅人川田浩克錦織奈美大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座ACaseofHemifieldSlidePhenomenonafterNeurosurgeryforCraniopharyngiomaYuWang,MasahitoHashimoto,HirokatsuKawata,NamiNishikioriandHiroshiOhguroDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験した.患者は23歳,男性.視野狭窄を自覚し近医を受診したところ,部分型両耳側半盲を認め,画像検査で直径2.5cmの鞍上部腫瘍を認めた.当院脳神経外科で腫瘍摘出され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後視野中心部の水平性複視を自覚.眼位検査では近方14プリズム,遠方10プリズムの外斜位を認め,眼球運動制限はみられなかった.Goldmann視野検査では,両眼ともに垂直子午線に沿った完全型両耳側半盲を認めた.プリズムレンズで斜位矯正したところ,複視は消失した.以上の臨床所見より視野中心部の水平性複視は外斜位と完全型両耳側半盲の合併による,単眼鼻側半視野間の重複(hemifieldslide現象)が原因と考えられた.両耳側半盲患者において,眼球運動障害のない視野中心部の複視がある場合,hemifieldslide現象を念頭に入れておく必要があると思われた.Wereportacasewithhemifieldslidephenomenonafterneurosurgeryforcraniopharyngioma.A23-year-oldmalenoticedvisualfielddefects.Ophthalmologicexaminationdisclosedpartialbitemporalhemianopia;magneticresonanceimaging(MRI)revealeda2.5cm-diametersuprasellarmass,whichwasdiagnosedascraniopharyngiomaafterresectionbyneurosurgery.Afterthesurgery,thepatientnoticedhorizontaldoublevisioninthecentralbin-ocularvisualfields.Ophthalmologicexaminationdisclosedexophoriaatnear(14prism)anddistant(10prism),withnormalocularmotility.Visualfieldexaminationrevealedcompletebitemporalhemianopia.Thediplopiadisap-pearedafterexophoriawascorrectedbyprismlens.Theseclinicalfindingssuggestthatthecentralhorizontaldou-blevisionmayhavebeencausedbytheoverlappingofthetwohalvesofthenasalfieldwithexophoria,theso-called“hemifieldslidephenomenon”.Itshouldbenotedthatsomeexophoricpatientswithbitemporalhemianopiamayexperiencebinoculardiplopiawithoutocularmotorparesis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1224.1226,2014〕Keywords:hemifieldslide現象,両耳側半盲,外斜位,頭蓋咽頭腫,複視.hemifieldslidephenomenon,bitempo-ralhemianopia,exophoria,craniopharyngioma,diplopia.左眼右眼図1術前の動的視野検査所見左眼は部分的な耳側半盲を示し,右眼は完全耳側半盲を認める.図2術前の中頭蓋窩造影MRI冠状断像辺縁に造影効果を有する鞍上部腫瘍(白矢印)を認める.初診時眼科所見:視力は右眼0.03(0.2×Sph.7.0D),左眼0.05(0.5×.5.75D(cyl-0.5DAx180°)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHg,眼球運動は正常で,瞳孔反応に異常はなかった.前眼部,中間透光体に異常はなく,眼底も正常であった.Goldmann動的視野検査で,右眼は垂直子午線に沿った完全型の耳側半盲を示し,一方,左眼は中心約30°に限局した部分的な耳側半盲を認めた(図1).頭部造影MRI(磁気共鳴画像)検査では,中頭蓋窩部の冠状断像において,辺縁に造影効果を有する直径2.5cm大の鞍上部腫瘤陰影を認めた(図2).同月,経鼻的腫瘍摘出術が施行され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後数日後に両眼の焦点が合わないことに気づき,当院神経眼科外来受診となった.視力は右眼が矯正0.3,左眼が矯正1.0で,眼科初診時よりも左眼に改善傾向を認めた.眼位は,近方視で14プリズム,遠方視で10プリズムの外斜位を認め,red-glass試験で網膜異常対応はなかった.Goldmann視野検査で,術前左眼に残存していた耳側視野は消失し,両眼ともに垂直子午線に沿った完全な両耳側半盲を認めた(図3).治療としてプリズム眼鏡装用を行ったところ,複視は消失し,現在経過観察中である.II考按Hemifieldslide現象は,1972年にKirkhamが初めて提唱した概念で1),眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者に,斜位または斜視が存在する場合,残存する単眼の鼻側半視野の重複あるいは解離によって生じる視覚異常をいう.両耳側半盲,特に完全型の両耳側半盲では,両眼の視野は単眼の鼻側半視野で構成されているため融像範囲がない.したがって,もともと外斜位または外斜視が存在すると視野が重複し,視界の中心付近に限局した水平性複視を自覚する.一方,内斜位あるいは内斜視が存在する場合は半視野間の解離が生じるため,垂直性暗点が生じる(図4).本症例においては,もともと外斜位に加え頭蓋咽頭腫摘出後に完全な両耳側半盲となったことでhemifieldslide現象を呈したと思われた.一般に,頭蓋咽頭腫は小児から若年者に多くみられる脳腫瘍で鞍上部に発症する.頭蓋咽頭腫の大部分は,周辺の神経組織との癒着が強く,摘出後に視覚障害などの合併症が多いとされている2).本症例における術後視野が悪化した原因として,腫瘍の癒着.離時に生じた視交叉部神経組織への侵襲(145)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141225(146)あるいは視交叉部への栄養血管の破綻,虚血などが関与したのではないかと推察された.これまでにhemifieldslide現象についての報告は,筆者らが調べた限りいくつか散見するにすぎない.O’Neillらは下垂体腺腫の患者で両耳側半盲に外斜位と上斜位を伴った眼球運動障害のない両眼性複視の症例を報告し3),また,vanWaverenらは,外傷による両耳側半盲(外傷性視交叉症候群)の2例について,1例は外斜視を,もう1例は内斜視を伴ったhemifieldslide現象を呈したと報告している4).さらにBorchetらは,両眼の正常眼圧緑内障患者で片眼が下方視野欠損,他眼が上方視野欠損をきたした症例と,両眼の前部虚血性視神経症による上方水平半盲と他眼の下方水平半盲をきたした症例において,垂直方向のhemifieldslide現象を示したと述べている.これら2例はともに,両眼の視野中心部に視野水平線に沿った上半盲,下半盲が各片眼に生じ,斜位を合併していたために起こったのではないかと推察している5).完全両耳側半盲は,両鼻側半視野だけで両眼視野が構成されているため,注視点の奥側は完全な盲区となり深径覚異常を起こす.そのため,両眼対応による融像性輻湊の連動性調整ができにくく,眼位は不安定で斜位が恒常化しやすくなるといわれている1,4).したがって,両耳側半盲患者の長期経過をみていくうえで,視野検査に加え眼位検査も重要な検査であると思われる.さらに,hemifieldslide現象を呈する患者においては,眼位ずれによる中心部の複視,あるいは中心部の視矇感を自覚することも念頭に入れておく必要があると思われる.文献1)KirkhamTH:Theocularsymptomologyofpituitarytumors.ProcRSocMed65:517-518,19722)西村雅史,三村治:中枢性の視野異常.あたらしい眼科26:1627-1633,20093)O’NeillE,ConnellP,RawlukDetal:Delayeddiagnosisinasight-threateninglesion.IrJMedSci178:215-217,20094)vanWaverenM,JagleH,BeschD:Managementofstra-bismuswithhemianopicvisualfielddefects.GraefesArchClinExpOphthalmol251:575-584,20135)BorchetMS,LessellS,HoytWF:Hemifieldslidediplopiafromaltitudinalvisualfielddefects.JNeuroophthalmol16:107-109,1996右眼鼻側視野左眼鼻側視野外斜内斜図4Hemifieldslide現象のシェーマ両眼の視野は単眼鼻側半視野で構成されているため,外斜が存在すると半視野は重複し,内斜がある場合視野は分割され垂直性暗点が生じる.図3術後の動的視野検査所見完全型の両耳側半盲を認める.右眼左眼