《原著》あたらしい眼科33(4):606〜612,2016©眼虚血症状より内頸動脈狭窄症が発見され,CarotidArteryStentingを施行した3例佐藤茂*1西田武生*2内堀裕昭*1横田千里*2中島義和*2林仁*1*1市立堺病院眼科*2市立堺病院脳神経外科ThreeCasesofInternalCarotidArteryStenosisDiagnosedfromOcularIschemicSymptomsandTreatedwithCarotidArteryStentingShigeruSato1),TakeoNishida2),HiroakiUchihori1),ChisatoYokota2),YoshikazuNakajima2)andHitoshiHayashi1)1)DepartmentofOphthalmology,SakaiMunicipalHospital,2)DepartmentofNeurosurgery,SakaiMunicipalHospital背景:眼虚血症状から中等度〜高度内頸動脈狭窄症(internalcarotidarterystenosis:ICAS)が発見され,頸動脈ステント留置術(carotidarterystenting:CAS)を施行した3例を報告する.症例報告:症例1は網膜中心動脈閉塞症の精査で可動性プラークを伴う中等度ICASを認めた.CAS後,経過観察期間内には脳虚血発作は発症しなかったが,視機能改善は得られなかった.症例2は急激な視力低下に対する精査で高度ICASを認めたためCASを施行した.術後,眼圧コントロール不良となり線維柱帯切除術を施行した.その結果,視力・視野ともに維持できた.症例3は一過性黒内障の精査で両側高度ICASを認めた.両側にCASを施行したが,術後眼圧コントロール不良となり,両眼に線維柱帯切除術を施行した.その結果,視力・視野ともに維持できた.結論:眼虚血症状を示す症例には,ICASスクリーニングを行うことが重要である.高度ICASでは,短期間に血管新生緑内障を発症することがあるので注意を要する.また,ICASの治療に際しては脳外科と眼科の連携が非常に重要である.Background:Wereportthreecasesdiagnosedwithmoderate/severeICASbasedoneyeischemicsymptomsandtreatedwithCAS.Casereports:Case1:ModerateICASwithmobileplaquewasrevealedbydetailedexaminationofretinalcentralarteryocclusion.AlthoughsubsequentCASsuccessfullypreventedmajorischemicstroke,visualfunctionwasnotimproved.Case2:AfterconfirmationofleftsevereICAS,whichhadcausedseverevisualimpairment,CASwasperformed.IntraocularpressurecontrolbecamepoorafterCAS.Thepatientthenreceivedtrabeculectomy,andvisualfunctionwasmaintained.Case3:BilateralsevereICASwasdetectedbydetailedexaminationofamaurosisfugax.AfterbilateralCAS,bilateralintraocularpressurecontrolbecamepoor.Trabeculectomywasperformedbilaterally.Visualfunctionwasthenmaintained.Conclusion:Carotidarteryscreeningshouldbeconsideredforpatientswithocularischemicsymptoms.PatientswithsevereICASmaydeveloprubeoticglaucomarapidly.ClosecooperationbetweenophthalmologistsandneurosurgeonsisimportantforthemanagementofpatientswithICAS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(4):606〜612,2016〕Keywords:内頸動脈狭窄症,眼虚血症候群,血管新生緑内障,網膜中心動脈閉塞症,頸動脈ステント留置術.internalcarotidarterystenosis(ICAS),ocularischemicsyndrome,neovascularglaucoma,retinalcentralarteryocclusion,carotidarterystenting(CAS).はじめに内頸動脈狭窄症(internalcarotidarterystenosis:ICAS)は症状の有無から症候性と無症候性に分類され,血管造影による狭窄の程度からは一般に軽度(30〜49%),中等度(50〜69%),高度(70%以上)とされる(脳神経外科疾患情報ページ,NeuroinfoJapan,http://square.umin.ac.jp/neuroinf/index.html).ICASに伴う眼症状も大きく2つのタイプに分けられる.一つは内頸動脈内壁に形成されたプラークの剝脱に起因する塞栓により急激な視力低下もしくは視野障害を引き起こすタイプ(たとえば,一過性黒内障,網膜動脈閉塞症,虚血性視神経症など),もう一つは慢性の循環不全によるいわゆる眼虚血症候群である1).眼虚血症候群の多彩な眼合併症のなかでもとくに血管新生緑内障が重要で,いったん発症すると治療に抵抗性で,視力予後は非常に悪い1).従来,高度ICASに対しては頸動脈内膜剝離術が標準的治療として行われてきた2).しかし,手術侵襲が大きく,外科的手術リスクあるいは麻酔リスクが高い症例には行えず,適応が限られるという問題点があった.近年,血管内治療の進歩により,より低侵襲の頸動脈ステント留置術(carotidarterystenting:CAS)が導入され,頸動脈内膜剝離術に比して遜色のない手術成績が報告されている3,4).今回,網膜中心動脈閉塞症(retinalcentralarteryocclusion:CRAO)もしくは虹彩新生血管から中等度〜高度ICASが発見され,CASを施行した3例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕78歳,男性.主訴:左眼の急激な視力低下.既往歴:2004年12月両眼水晶体再建術,糖尿病,高脂血症,喫煙30本/日×60年,飲酒過多,慢性硬膜外血腫術後,胃潰瘍術後.現病歴:2014年8月,突然左眼の急激な視力低下を自覚した.近医にて左眼のCRAOを指摘され,塞栓源の検索目的にて市立堺病院(以下,当院)眼科へ紹介となり,発症より1週間後に初診となった.初診時所見:矯正視力右眼(1.0),左眼(0.01).眼圧右眼15mmHg,左眼10mmHg.左眼relativeafferentpupillarydefect陽性.前眼部,中間透光体に特記すべき所見は認められなかった.左眼眼底に網膜動脈の高度狭細化と分節状血柱が認められた.また,後極部網膜は浮腫状で,黄斑部はいわゆるcherryredspotを呈し(図1a),フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では静脈注射後1分経過しても周辺の動脈が完全に造影されず,とくに下方の動脈は後期でも造影されなかった(図1b).右眼の眼底および蛍光眼底所見に特記すべき所見は認められなかった.経過:発症後1週間経過しており,動脈閉塞も非常に高度のため,血栓溶解薬の投与は視機能の改善効果よりも副作用のリスクが上回ると判断して見送ることとした.塞栓源の検索のため,心エコーおよび頸部エコーを施行した.心エコーでは有意な所見は認めなかったが,頸部エコーでは,左内頸動脈狭窄率54%(ECST法),peaksystolicvelocity=0.52m/sであり,左頸動脈分岐部で,拍動に一致して動く石灰化を伴う7×4mmの可動性プラークを認めた(図1c).さらに右内頸動脈の狭窄(狭窄率64%,ECST法)も認めた.即座に当院脳神経外科へ紹介したところ,頭部MRIで比較的新しい脳梗塞を認めたため,網膜中心動脈以外にも塞栓が飛んでいるとの判断にて,当院脳神経外科へ緊急入院となった.眼科初診より5日後,左頸動脈に対して,可動性プラークを飛散させないように,バルーン付ガイディングカテーテルを用い総頸動脈血流を遮断かつ血液を逆流させた状態でCASを行った.術後のMRIでは微小脳梗塞を数カ所認めるのみで,神経学的な症状は認められなかった.CAS後の頸部エコーでは可動性プラークがステントで押さえられ,ステント内の血流は良好であることが確認された.しかし,網膜動脈の血行改善は限定的であり(図1d),CAS術後3カ月の左眼視力は指数弁であった.今後右眼のICASに対しても狭窄の進行や症状が出現すればCASを行う予定であり,脳神経外科と眼科で注意深く経過観察する予定にしている.〔症例2〕71歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:脳梗塞(2009年),糖尿病,糖尿病網膜症,狭心症(ステント留置後,低用量アスピリン,クロピドグレル内服中),大腸ポリープ,貧血,喫煙(20本/日×54年),飲酒(ビール700〜1,050ml/日)現病歴:2013年末ごろより左眼の霧視を自覚.起床後1時間位はとくに強く感じていた.2014年3月急激な左眼の視力低下を自覚したため近医を受診した.再診時矯正視力右眼(0.9)左眼(0.3),FAにて左腕網膜時間の著明な遅延を認めるとのことで2014年4月当院眼科紹介となった.初診時所見:矯正視力右眼(1.2),左眼(0.5),眼圧右眼16mmHg,左眼20mmHg.前眼部は瞳孔径右眼約2mm,左眼約4mmで左右差を認めた.中間透光体として両眼に核白内障が認められた.右眼底に小さな軟性白斑を1カ所のみ認められたが,左眼に網膜動脈の高度狭細化,しみ状出血,軟性白斑を認められ,左右差が明らかであった(図2a).Goldmann視野計にて左眼の傍中心暗点と鼻側の感度低下を認めた.経過:頸部エコーでは,左ICAは分岐直後より血流信号が乏しく,描出不良で高度狭窄もしくは閉塞が疑われた.右ICAは狭窄があるものの石灰化で狭窄率は評価できないとのことであった.頭部MRIでは左前頭部深部白質に複数の陳旧性ラクナ梗塞を認め,慢性虚血性変化を指摘された.頭部MRAでは左ICAは描出されず,左中大脳動脈は非常に淡く描出されていた.前交通動脈は代償性によく描出されていた.右ICAは石灰化を伴う若干の狭窄を認めるのみであった.5月初旬のFAでは,左眼の腕網膜時間は19秒と延長を認め,網膜内灌流時間の著明な延長を認めた.また,左眼では全周にわたり網膜血管からシダ状の蛍光漏出を認めた.さらに,視神経乳頭も過蛍光を示したが,無灌流領域や網膜新生血管は認めなかった(図2b).右眼に特記すべき所見を認めなかった.以上より,左眼の網膜光凝固開始は,内頸動脈の血行再建が可能か否かの脳外科的判断を待って決めることとした.5月下旬に施行された脳血管撮影では,左内頸動脈は分岐部より99%狭窄しており,眼動脈へは外頸動脈から逆行性かつ遅延して血流が認められた.右内頸動脈は45%の狭窄を認めた.血管造影検査直後から左眼眼痛を自覚し,見えなくなったとのことで同日に眼科を再診された.左眼矯正視力(0.01),左眼眼圧30mmHg.前眼部に著明な結膜充血,瞳孔領に著明な虹彩新生血管と軽度虹彩後癒着が認められた(図2c).隅角検査では下方にanglehyphemaを認め,全周Scheie分類IV度であった.眼底は著変なく,cherryredspotは認められなかった.そのため,チモロール,ブリンゾラミド,ラタノプロスト点眼および汎網膜光凝固を開始した.虹彩後癒着防止目的にてミドリンP®点眼,アトロピン点眼も開始した.翌日には虹彩新生血管は変化ないものの,前房出血は軽度増加した.しかし,左眼矯正視力(0.3),左眼眼圧16mmHgまで改善した.その後,点眼にて眼圧コントロールは可能であった.7日後に2回目の汎網膜光凝固を行い計1,191発施行した.血管造影から8日後脳神経外科にて左CASを施行し,術翌日の頸動脈エコーにて血行再建が確認された.CAS施行6日後に眼科再診したところ,見え方は楽になったとのことであり,左眼矯正視力(0.3)であったが,眼圧が35mmHgまで上昇していた.ブリモニジン点眼を追加するも眼圧下降は得られなかったため,CAS施行21日後左眼に対してマイトマイシンC併用線維柱帯切除術および水晶体再建術を施行した.手術は耳上側円蓋部基底結膜切開とし,強膜弁は3mm×3mm+2.5mm×2.5mmの二重強膜弁で行い,水晶体再建は2.4mm耳側角膜切開で行った.術中,虹彩切除に伴う軽度前房出血を認めた.出血による急速な流出路の閉塞・癒着形成を考慮し,術翌日より積極的にレーザー切糸および眼球マッサージを行った.しかし,最終的にすべての縫合糸を切断しても高眼圧が持続し,濾過胞の形成不良を認めたため,術後1週間にて濾過胞再建術を行った.強膜弁を挙上すると,凝血塊が完全に流出路を塞いでいることが確認できたため,凝血塊を除去し,再度MMCの塗布を行った.再建術後は前房出血もみられず,眼圧も安定した.また,眼圧下降に伴い虹彩新生血管は急速に退縮した.(図2d)CAS施行7カ月後の最終受診時は左眼視力(0.9),眼圧15mmHgであり,抗緑内障薬から離脱できている.網膜のしみ状出血も軽減した(図2e).視野は比較的保たれており,傍中心暗点が消失していた.術後3カ月のFAでは網膜内循環時間が著明に改善し,網膜血管からのシダ状漏出は消失していた(図2f).〔症例3〕65歳,男性.主訴:左眼一過性黒内障.既往歴:2014年4月両眼水晶体再建術,糖尿病,高血圧,慢性心不全,大動脈分岐部慢性閉塞症(Leriche症候群)現病歴:2014年7月左眼の一過性黒内障が日に数回起こるとの訴えがあり,当院循環器内科より同月眼科紹介となった.初診時所見:矯正視力は右眼(1.2),左眼(0.4).眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHgであった.前眼部は瞳孔領を含む虹彩面上には新生血管を認めなかった.中間透光体は特記すべき所見を認めなかった.眼底は右眼に数カ所の点状出血および小さな軟性白斑,左眼には多発する軟性白斑を認めた(図3a,b).ICASを疑うも,すでに循環器内科より頭部MRIおよびMRA検査予約がされていたため,検査後の再診とした.初診より12日後に再診したところ,頭部MRIでは左後頭葉内側を含む多発脳梗塞が指摘され,頭部MRAでは左後大脳動脈末梢がやや描出不良とのことのみであった.しかし,細隙灯顕微鏡検査にて両眼に著明な虹彩新生血管を認めた(図3c,d).眼虚血症候群を強く疑い,両眼の汎網膜光凝固を開始するとともに緊急頸部エコーを施行した.その結果,左右内頸動脈に有意狭窄を認め,右狭窄率51%(ECST法),peaksystolicvelocity=2.3m/s,左狭窄率63.2%(ECST法),peaksystolicvelocity=2.7m/sで加速血流を認めた.速やかに脳神経外科へ紹介し,脳血管撮影による精査を行ったところ,狭窄率はNASCET法にて右83%,左75%と高度狭窄を認めた(図3e).その後,光凝固を追加し,合計右眼864発,左眼865発施行した.初診より19日後の眼圧はドルゾラミド/チモロール点眼1日2回点眼下で,右眼23mmHg,左眼22mmHgであったので,トラボプロスト点眼両1回/日を追加処方した.循環器内科からは高度の弁膜症があり全身麻酔は許可できない状態とのことであった.また,大動脈分岐部慢性閉塞症(Leriche症候群)を合併していたため,通常の大腿動脈からのアプローチは不可能と判断され,両側とも局所麻酔下で右上腕動脈からのアプローチにてCAS(左7月下旬,右8月上旬)が施行された(図3f).左CAS施行2日後に右眼43mmHg,左眼39mmHgと上昇を認めたため,CAS術後右眼232発,左眼54発光凝固を追加し,塩酸ブリモニジン点眼両眼1日2回,アセタゾラミド内服500mgを追加処方した.その結果,右眼眼圧は20台前半,左眼眼圧は20台後半で推移した.両眼の虹彩新生血管は著変を認めなかった.アセタゾラミドを中止すると両眼ともに眼圧が20台後半まで上昇するため,左CAS術後28日目に左眼に対し,右CAS術後28日目に右眼に対して耳上側円蓋部基底結膜切開によるマイトマイシンC併用線維柱帯切除術施行した.強膜弁は3mm×3mm+2.5mm×2.5mmの二重強膜弁で行った.両眼とも虹彩切除による前房出血は非常に軽度であり,速やかに眼圧の下降が得られた.眼圧の下降に伴い両眼とも急速に虹彩新生血管は退縮した.2015年1月の再診時,矯正視力は右眼(1.2)左眼(1.0).眼圧は右眼12mmHg,左眼9mmHgであり,抗緑内障薬から離脱でき,左後頭葉の脳梗塞に伴うと考えられる右下1/4半盲を認めるものの,視野は比較的保たれている.II考按ICASの原因は粥状動脈硬化であり,プラークの剝脱による広範な脳塞栓を起こせば,生命にかかわる疾患である.また,ICASは高度狭窄をきたすまで自覚症状が出にくく5),早期に発見するためには,スクリーニング検査が重要となる.スクリーニングとしては非侵襲検査である頸動脈エコーもしくはMRAが適している.とくに頸部エコーは検者の技量に左右されるという欠点はあるものの,簡便で患者の経済的負担も軽い.MRAに関しては,一般に頭部MRAでは頸部頸動脈は撮影範囲外になるということに注意が必要である.事実,症例3では頭部MRAでは撮影範囲外であったために頸部の高度ICASを発見できなかった.事前に自分が所属する施設のMRA撮影条件や範囲を確認しておくことが重要で,ICASを疑う症例では,頸部頸動脈も適切に検査されているか注意が必要である.症例3では急速に虹彩新生血管が発生した.初診時には虹彩面上には認めなかったにもかかわらず,12日後には両眼に累々と形成された.初診時に隅角検査を行っていないので,隅角にはすでに新生血管の形成があった可能性はある.眼虚血症候群を疑った場合,可能であれば,速やかにFAにて灌流状態を評価すべきである.腕網膜時間の著明な延長やシダ状蛍光漏出など,高度な眼虚血を疑う症例については,頸動脈のスクリーニング検査も併せて行い,治療方針を決定することになるが,治療が一段落するまでは再診の間隔を短くし,虹彩面上および隅角の新生血管の発生を見逃さないよう注意することが特に重要と思われた.症例2,3ともに著明な虹彩新生血管を形成したにもかかわらず,眼圧上昇は比較的軽度で点眼および内服でコントロール可能であった.しかし,CAS直後から眼圧上昇を認めた.これは,既報にもあるように眼虚血により房水産生も低下していたためであり,CASにより血行が再建されると房水産生が回復し急速に眼圧が上昇したと考えられる5,6).虹彩新生血管を伴う症例ではCAS後の急激な眼圧上昇にとくに注意すべきと再認識した.症例3ではCAS術前の眼圧はドルゾラミド/チモロール点眼1日2回点眼下で,右眼23mmHg,左眼22mmHgであったが,CAS後の眼圧上昇を見越してトラボプロスト点眼両眼1回/日追加処方した.しかし,CAS後眼圧はさらに上昇し,そのコントロールには光凝固の追加と最大許容量の投薬が必要であった.CASの術前から最大許容量の眼圧降下薬を処方すべきかどうかついては,今後の検討課題である.症例2,3は,血管新生緑内障を発症したにもかかわらず,CASと線維柱帯切除術の併施にて良好な視機能を維持することができた.しかし,一般に血管新生緑内障は手術成績が悪く,予後が不良であるとされている1,7,8).血管新生緑内障に対しては線維柱帯切除術が標準術式であるが,新生血管からの出血が必発で,流出路を凝血塊が閉塞してしまう.症例2では,強膜弁下に凝血塊が詰まり,濾過胞再建術を1回要したが,症例3では両側とも凝血塊の問題は生じなかった.CASで血行再建を行い,虚血状態を改善してから手術を行ったため,虹彩新生血管の病勢が弱まって,前房出血が少なかった可能性がある.また,最終的な新生血管の退縮は3眼ともに線維柱帯切除術後の眼圧下降に連動していた.以上から,CAS後の眼圧コントロール不良症例には,積極的に線維柱帯切除術を行うべきと考える.近年,抗VEGF抗体などのVEGF抑制作用を有する生物製剤の線維柱帯切除術前投与が手術成績向上に有用であると報告されている8,9).しかし,抗VEGF抗体は脳梗塞症例には注意が必要とされており,高度ICAS症例は脳梗塞を含む全身合併症があることが多く,特段の注意を要する.実際,2例のICASに伴う血管新生緑内障に対して抗VEGF抗体(Avastin®)を硝子体注射したところ,2例ともにCRAOを発症したとの報告もある10).現在のところ,血管新生緑内障に対して保険適応のあるVEGF抑制作用を有する生物製剤は存在しない.以上より,筆者らは今回の症例に対してはVEGF抑制作用を有する生物製剤は使用しなかった.使用せざるを得ない場合には,厳格なインフォームド・コンセントと倫理委員会の承認が必要と考える.近年,線維柱帯切除術以外の術式として,チューブシャント手術が脚光を浴びているが,今後ICASによる血管新生緑内障に対する第一選択の術式となるかは不明である.今回,眼虚血症候群を呈した症例2,3の3眼で汎網膜光凝固を施行した.汎網膜光凝固をどのような症例に行うかの判断はむずかしいが,新生血管を認めない症例や認めても解放隅角期で眼圧上昇がない症例にはCAS術前に積極的に行う必要はないように思われる.しかし,閉塞隅角期に入り眼圧上昇をきたした症例は眼内VEGF濃度を減らすことが重要で,前述のように,眼虚血症候群に対して適応のある抗VEGF製剤が存在しない現状では速やかに汎網膜光凝固を行うべきであると考える.内頸動脈に高度狭窄をきたすような症例の多くは,高齢かつ何らかの全身合併症をもっていることを考えると,CASにより低侵襲で根治療法が行えることは非常に有用である.CASはわが国では2008年4月に保険適応となったが,それ以降もCAS用デバイスの進歩は著しく,さまざまな有用なデバイスやアプローチ法が開発されている.たとえば,本報告の症例1のように可動性プラークがある症例には,比較的目の細かいclosed-cellstentであるCarotidWallStent®が使用され,プラークがステント腔内に突出しないように配慮されている.また,症例3のように胸部や腹部大動脈に何らかの病変があるため従来は大腿動脈アプローチでのCASでは治療が困難と考えられていた症例でも,上腕動脈から治療できるようになってきている.また,CASによる塞栓性合併症の原因は手技中に血管腔内に出てくるデブリであるが,このデブリを回収するデバイスも,狭窄遠位をブロックするバルーンやフィルター,狭窄近位をブロックするバルーンガイディングカテーテルなど複数の選択があり,患者の病態に応じて最適な方法が取られている.症例1では視力改善は困難であったものの,可動性プラークに対してCASを行うことで,生命を脅かす脳梗塞のリスクを回避することができた.中等度〜高度ICASを認めた際には,高齢者や全身合併症のあるハイリスク症例であっても,積極的に脳神経外科へ紹介し,根治術の可能性を探るべきであると考える.最後に,高度〜中等度ICASの加療にあたっては,脳神経外科と眼科の密な連携が非常に重要であることを強調したい.文献1)栂野哲也,福地健郎,太田亜紀子ほか:内頸動脈閉塞症に伴う血管新生緑内障の1例.眼紀55:889-894,20042)GoldsteinLB,AdamsR,AlbertsMJetal:Primarypreventionofischemicstroke:aguidelinefromtheAmericanHeartAssociation/AmericanStrokeAssociationStrokeCouncil:cosponsoredbytheAtheroscleroticPeripheralVascularDiseaseInterdisciplinaryWorkingGroup;CardiovascularNursingCouncil;ClinicalCardiologyCouncil;Nutrition,PhysicalActivity,andMetabolismCouncil;andtheQualityofCareandOutcomesResearchInterdisciplinaryWorkingGroup:theAmericanAcademyofNeurologyaffirmsthevalueofthisguideline.Stroke37:1583-1633,20063)ManteseVA,TimaranCH,ChiuDetal:TheCarotidRevascularizationEndarterectomyversusStentingTrial(CREST):stentingversuscarotidendarterectomyforcarotiddisease.Stroke41:S31-S34,20104)CremonesiA,CastriotaF,SeccoGGetal:Carotidarterystenting:anupdate.EurHeartJ21:1-9,20145)高木麻起子,河原彩,杉山哲也ほか:内頸動脈内膜剝離術後に増悪した血管新生緑内障の1例.臨眼59:349-352,20056)福永健作,井上正則:内頸動脈内膜血栓剝離術後に眼圧上昇をみた眼虚血症候群の1例.1眼紀52:960-964,20017)HavensSJ,GulatiV:Neovascularglaucoma.DevOphthalmol55:196-204,20168)HorsleyMB,KahookMY:Anti-VEGFtherapyforglaucoma.CurrOpinOphthalmol21:112-117,20109)SaitoY,HigashideT,TakedaHetal:Beneficialeffectsofpreoperativeintravitrealbevacizumabontrabeculectomyoutcomesinneovascularglaucoma.ActaOphthalmol88:96-102,201010)HigashideT,MurotaniE,SaitoYetal:Adverseeventsassociatedwithintraocularinjectionsofbevacizumabineyeswithneovascularglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol250:603-610,2012〔別刷請求先〕佐藤茂:〒593-8304大阪府堺市西区家原寺町1-1-1市立堺病院眼科Reprintrequests:ShigeruSatoM.D.,Ph.D.DepartmentofOphthalmology,SakaiMunicipalHospital,1-1-1Ebaraji-cho,Nishi-ku,SakaiCity,Osaka593-8304,JAPAN606(124)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY図1症例1a:初診時の左眼眼底写真.網膜動脈の高度狭細化と分節状血柱を認める.後極部網膜は浮腫状で,黄斑部はcherryredspotを呈す.b:左眼FA(静注後1分).動脈が完全に造影されていない.c:頸動脈エコーにて,左頸動脈球部に可動性プラークを認める.d:CAS後約1カ月の左眼FA(静注後1分).網膜循環は若干の改善に留まる.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016607図2症例2a:初診時左眼眼底写真.網膜動脈の狭細化,軟性白斑および斑状出血を認める.b:左眼CAS術前FA(静注後1分).静脈はまだ充盈されておらず,網膜内循環時間の著明な延長を認める.c:初診から1カ月後の左眼前眼部写真.虹彩新生血管を認める.d:線維柱帯切除術後,急速に虹彩新生血管は退縮した.e:CAS術後7カ月の眼底写真.軟性白斑の消失と斑状出血の軽減を認める.f:CAS術後3カ月のFA(静注後1分).静脈もすでに充盈されており,明らかな網膜内循環時間の改善を認める.608あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(126)(127)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016609図3症例3a:右眼初診時眼底写真,b:左眼初診時眼底写真.右眼は数カ所の点状出血と小さな軟性白斑を認める.左眼は軟性白斑が多発している.c:右眼前眼部写真,d:左眼前眼部写真.初診より12日後.両眼とも著明な虹彩新生血管を認める.e:右血管造影CAS術前.➡:著明な狭窄を認める.f:CAS術直後.➡:狭窄部位がステントで拡張されていることがわかる.610あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(128)(129)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016611612あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(130)