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シンガポールから日本に一時帰国中に認められたMicrosporidiaによる角膜炎の1例

2020年3月31日 火曜日

《第56回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科37(3):332?335,2020?シンガポールから日本に一時帰国中に認められたMicrosporidiaによる角膜炎の1例鈴木崇*1,2岡野喜一朗*3鈴木厚*1宇田高広*1堀裕一*2*1いしづち眼科*2東邦大学医療センター大森病院眼科*3シンガポールラッフルズジャパニーズクリニック眼科ACaseofMicrosporidialKeratitisObservedinaJapanesePatientDuringaTemporaryReturnTriptoJapanfromSingaporeTakashiSuzuki1,2),KiichiroOkano3),AtsushiSuzuki1),TakahiroUda1)andYuichiHori2)1)IshizuchiEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,Ra?esJapaneseClinicMicrosporidia(微胞子虫)による角膜炎は,東南アジアにおいて,土壌などが眼に混入することで発症する角膜炎であるが,わが国での報告は少ない.今回,シンガポールから一時帰国中に受診し,Microsporidiaによる角膜炎と診断できた1例を経験したので報告する.患者はシンガポール在住の11歳の日本人の男児.日本に一時帰国中に左眼の充血,疼痛を自覚し受診した.左眼結膜充血,角膜上皮内の顆粒状浸潤を数個認めた.患児の親から,シンガポールで所属しているサッカーチームでMicrosporidiaによる角膜炎が流行していることを聴取できたことから,本疾患を疑い,角膜擦過を施行した.擦過物の塗抹標本のグラム染色において2?3?mの無染色の卵型像を認めたため,Microsporid-iaによる角膜炎と診断した.抗菌点眼薬を投与し,3日後には改善傾向を確認した.直後にシンガポールに戻ることとなったため,点眼継続を指示した.その後,顆粒状浸潤,充血は消失した.今回,東南アジア在住の日本人の一時帰国中に診断できたMicrosporidiaによる角膜炎を経験した.東南アジアからの旅行者や一時帰国中の邦人などに顆粒状の上皮内浸潤を示す角膜炎を認めた場合,本疾患も考慮する必要がある.InSoutheastAsia,therearereportedcasesofmicrosporidialkeratitis(MK)duetosoilcontamination,yettherehavebeenfewreportsofMKinJapan.HerewereportthecaseofaJapanesepatientinwhomMKwasobservedduringatemporaryreturntriptoJapanfromSingapore.An11-year-oldJapaneseboylivinginSinga-porepresentedatourhospitalwiththeprimarycomplaintofpaininhislefteyeduringatemporaryreturntriptoJapan.Conjunctivalhyperemiainthelefteyeandseveralgranularin?ltrationsinthecornealepitheliumwereobserved.Amedicalinterviewofthesubjectrevealedthatseveralmembersofthehisa?liatedsoccerteaminSin-gaporewerediagnosedandtreatedasMK.SinceMKwassuspected,cornealabrasionwasperformed.TheGramstainofadirectsmearusingcornealscrapingshowed2-3?munstainedovoidimages,sohewasdiagnosedasMK.Hewastreatedwithantibacterialeyedropsandhisconditionappearedtoimprove,andhesubsequentlyreturnedtoSingapore.Afterreturninghome,thegranularin?ltrationandhyperemiadisappeared.WeexperiencedacaseofMKinaJapanesepatientresidinginSoutheast-AsiawhowasdiagnosedduringatemporaryreturntriptoJapan.Ifkeratitiswithgranularintraepithelialin?ltrationisobservedintravelersfromSoutheastAsia,orinJapanesereturningtoJapanfromSoutheastAsia,MKshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(3):332?335,2020〕Keywords:微胞子虫,角膜炎,顆粒状細胞浸潤,塗抹標本,輸入感染症.Microsporidia,keratitis,granularin?ltration,directsmear,importedinfectiousdisease.〔別刷請求先〕鈴木崇:〒792-0811愛媛県新居浜市庄内町1-8-30いしづち眼科Reprintrequests:TakashiSuzuki,M.D.,Ph.D.,IshizuchiEyeClinic,1-8-30Shonai,Niihama,Ehime792-0811,JAPAN332(84)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYはじめにMicrosporidia(微胞子虫)はさまざまな動物や人の細胞内に寄生する単細胞真核生物の真菌に分類されており,胞子は1?40?m程度の卵形をしている.これまでに1,200種以上が知られており,昆虫,甲殻類,魚類,ヒトを含む哺乳類などに感染する病原体が多く含まれている.おもに免疫不全患者に多臓器疾患を引き起こす日和見病原体であるが,免疫正常者への感染報告もある1).一方,Microsporidiaによる角膜炎(microsporidialkeratitis)は健常者においても認められ,インド,シンガポール,台湾において報告されている2?9).Microsporidiaは水・土・家畜・昆虫などを介して人に感染するため,農業従事者,スポーツ選手,温泉利用者での報告例が多い2?9).また,季節の影響もあり,夏に発症頻度が高いといわれている.リスクファクターとして,上記以外にも免疫抑制薬の使用歴,屈折矯正手術があげられる3).臨床所見では軽度?中等度の充血が認められ,角膜像は多発性で斑状の上皮障害から角膜膿瘍までさまざまである.診断には塗抹標本の鏡検が有用といわれている3).培養検査では増殖しないため検出できないが,PCR検査や生体共焦点顕微鏡検査は補助診断として利用されている5,10).日本では現在のところ,2例報告されているのみである11?13).今回,筆者らはシンガポールから一時帰国中に受診し,Microsporid-iaによる角膜炎と診断できた1例を経験したので報告する.I症例患者:11歳,男性.主訴:右眼充血,疼痛.現病歴:シンガポール在住で,サッカーチームに所属しており,土壌が眼に入った既往があった.シンガポールから日本(愛媛県新居浜市)に一時帰国中に左眼の充血,疼痛を自図1初診時細隙灯顕微鏡検査角膜のやや上方に散在する角膜上皮内の顆粒状の細胞浸潤を認める(?).図2初診時細隙灯顕微鏡検査(フルオレセイン染色)細胞浸潤に一致して染色されている(?).図3角膜病巣擦過物の塗抹検査(グラム染色)直径2?3?m卵形の無染色もしくはグラム陽性の卵型像(?)を認める.図4角膜擦過3日後の細隙灯顕微鏡検査顆粒状の細胞浸潤の減少を認める.覚し,いしづち眼科を受診した.患児の母親からシンガポールで所属しているサッカーチーム内でMicrosporidiaによる角膜炎が流行しているということを問診で聴取した.初診時所見:細隙灯顕微鏡検査で軽度の結膜充血に加えて,左眼の角膜上皮内にびまん性に散在する顆粒状の細胞浸潤を認め,細胞浸潤に一致して,フルオレセイン染色像を認めた(図1,2).右眼には異常所見は認めなかった.経過:問診・前眼部所見より,Microsporidiaによる角膜炎を疑い,診断と治療の目的で病巣部角膜擦過を行い,治療用ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)装用を行った.角膜擦過物の塗抹標本を作製し,グラム染色を行い,検鏡を行ったところ,無染色からグラム陽性の直径2?3?m大の卵形の像を認めた(図3).臨床所見と塗抹検査所見よりMicrosporidiaによる角膜炎と診断した.感染予防のため,0.5%モキシフロキサシンを1日4回点眼した.3日後受診時,浸潤病巣は減少していた(図4).SCL装用と点眼を継続し,シンガポールラッフルズジャパニーズクリニック眼科へ紹介した.シンガポールに戻って受診したところ,角膜上皮内の浸潤は消失していたため,SCL装用・点眼は中止した.II考察Microsporidiaによる角膜炎は,非常にまれな角膜炎で,わが国では2例のみ報告されている11?13).1例は,関節リウマチに合併した周辺部角膜潰瘍に対して長期間ステロイドを点眼していた後に,真菌性角膜炎とMicrosporidiaによる角膜炎が合併した症例で,日和見感染が疑われた.臨床所見は,角膜実質内に顆粒状の細胞浸潤を認めたが,抗真菌薬・消毒薬の点眼は効果がなく,表層角膜移植を行った.摘出した角膜を透過型電子顕微鏡で確認したところ,角膜実質内にMicrosporidiaの像を多数認めた12).一方,別の症例では,角膜内皮移植術後に認めた角膜内にクリスタリン様の混濁を呈した症例で,戻し電顕でMicrosporidiaによる角膜炎と診断した13).2症例とも角膜実質内に病変を認めた.海外での報告では,Microsporidiaによる角膜炎の臨床病型には,結膜炎を伴い角膜上皮内に斑状から顆粒状の病変がある上皮型と,角膜実質に細胞浸潤や膿瘍を示す実質型に分けられる.上皮型,実質型とも,結膜充血は軽度から中等度であると報告されている3,9,11).Dasらは,インドにおいて277例のMicrosporidiaによる角膜炎を報告しているが,すべての症例が結膜炎とともに角膜上皮に斑状の上皮欠損を伴う上皮病変であり,診断はcalco?uorwhitestainとグラム染色によって行われていた3).一方,角膜実質炎の病型として発症する症例も存在しているが,円板状角膜実質炎の病型を示している症例が多かった9).本症例では,角膜上皮内に顆粒状の細胞浸潤を認めており,角膜上皮に病変がある上皮型であると考えられる.わが国では,海外でよく報告されているMicrosporidiaによる角膜炎の上皮型は,筆者らが調べた限り,報告例がない.海外では,ラグビーチーム内での発症など,土壌が眼に混入したのちに,上皮型のMicrosporidiaによる角膜炎が発症していることが多い7,8).上皮型の鑑別疾患として,アデノウイルス結膜炎後の角膜上皮下浸潤やThygeson表層点状角膜炎が考えられる.上皮型のmicro-sporidialkeratitisでは,境界明瞭でかつ辺縁が整な小さな円状の細胞浸潤を示すため,アデノウイルス結膜炎後の淡くて境界不明瞭な角膜上皮下浸潤やThygeson表層点状角膜炎における不整形の細胞浸潤とは異なるため,細胞浸潤の状態で鑑別することが重要である.Microsporidialkeratitisの病態については,上皮型は上皮内に病原体が限局している状態で,実質型は病原体が角膜実質まで存在する状態と推測できる.Microsporidiaの増殖スピードがかなり遅いため,上皮型・実質型のいずれも慢性的な炎症を引き起こし,組織融解などの強い障害はないと思われる.近年,アジアでのmicrosporidialkeratitisの報告が増加している.現在,シンガポール,タイなどのアジア諸国に多くの日本人が居住しており,Microsporidiaによる角膜炎に罹患することも考えられる.そのため,アジアの在留日本人が,今回のように一時帰国中に本疾患を呈することも考えられる.さらに,アジアからの訪日外国人も増加しており,輸入感染症としても認められる可能性もあり,日本における本疾患の認知度を上げる必要があると思われる.Microsporidiaによる角膜炎の診断には,海外住居歴,渡航歴,土壌の混入などの問診や特徴的な臨床所見に加えて,角膜擦過物の塗抹標本検査が有用である3).グラム染色では,染色性が不良で,無染色もしくは薄く青(陽性)か赤(陰性)に染まる.また,好酸性染色では真菌は染色されないのにMicrosporidiaは陽性に赤く染まることが特徴である.さらにファンギフローラ染色にも染まるため,カンジダなどの真菌との鑑別が重要であるが,カンジダは大きさが5?mで,菌糸から酵母形を示すが,Microsporidaの形は,卵型で大きさが2?3?mと細菌よりは大きく,カンジダよりは小さい.本症例の塗抹標本の観察では,好酸性染色やファンギフローラ染色は行っていないが,グラム染色で染まらない卵型像を呈し,Microsporidiaの特徴に一致した.本疾患を疑った場合は,積極的に塗抹標本検査を行う必要がある.Microsporidiaによる角膜炎の治療法はいまだに確立されていないのが現状である.軽度な症例の場合,自然治癒もありうると報告されているが2),症例によっては自然治癒しないこともあり,対処療法としては,アカントアメーバ角膜炎同様に擦過除去がもっとも有効といわれている3).薬物治療では,駆虫薬であるアルベンダゾールやイトラコナゾールの全身投与,フルオロキノロン,ボリコナゾール,クロルヘキシジンの局所投与が有効という報告があるが,実際の効果は不明である3).本症例では角膜擦過を行い,所見が消失した.とくに上皮型では,角膜擦過でMicrosporidiaを除去することが重要と思われる.Microsporidialkeratitisにおけるステロイドの使用については一定の見解が得られていないが,炎症自体が慢性的であり,また病原体の存在自体が臨床所見に反映していると思われるため,ステロイドによる所見の改善は少ないと思われる.今回シンガポール在留邦人の一時帰国中に診断できたMicrosporidiaによる角膜炎を経験した.東南アジアからの旅行者や同地域から帰国した邦人などにおいて,土壌の混入などの既往歴に加えて,角膜上皮内の顆粒状の浸潤を示す角膜炎を認めた場合,本疾患も考慮する必要がある.文献1)DidierES,WeissLM:Microsporidiosis:notjustinAIDSpatients.CurrOpinInfectDis24:490-495,20112)SharmaS,DasS,JosephJetal:Microsporidialkerati-tis:needforincreasedawareness.SurvOphthalmol56:1-22,20113)DasS,SharmaS,SahuSKetal:Diagnosis,clinicalfea-turesandtreatmentoutcomeofmicrosporidialkeratocon-junctivitis.BrJOphthalmol96:793-795,20124)AgasheR,RadhakrishnanN,PradhanSetal:Clinicalanddemographicstudyofmicrosporidialkeratoconjuncti-vitisinSouthIndia:a3-yearstudy(2013-2015).BrJOphthalmol101:1436-1439,20175)FanNW,WuCC,ChenTLetal:Microsporidialkeratitisinpatientswithhotspringsexposure.JClinMicrobiol50:414-418,20126)ThanathaneeO,AthikulwongseR,AnutarapongpanOetal:Clinicalfeatures,riskfactors,andtreatmentsofmicro-sporidialepithelialkeratitis.SeminOphthalmol31:266-270,20167)TanJ,LeeP,LaiYetal:Microsporidialkeratoconjuncti-vitisafterrugbytournament,Singapore.EmergInfectDis19:1484-1486,20138)KwokAK,TongJM,TangBSetal:Outbreakofmicro-sporidialkeratoconjunctivitiswithrugbysportduetosoilexposure.Eye(Lond)27:747-754,20139)SabhapanditS,MurthySI,GargPetal:Microsporidialstromalkeratitis:Clinicalfeatures,uniquediagnosticcri-teria,andtreatmentoutcomesinalargecaseseries.Cor-nea35:1569-1574,201610)MalhotraC,JainAK,KaurSetal:Invivoconfocalmicro-scopiccharacteristicsofmicrosporidialkeratoconjunctivitisinimmunocompetentadults.BrJOphthalmol101:1217-1222,201711)友岡真美,鈴木崇,鳥山浩二ほか:真菌感染症を併発したMicrosporidiaによる角膜炎の1例.あたらしい眼科31:737-741,201412)川口秀樹,鈴木崇,宇野敏彦ほか:透過型電子顕微鏡にて病理像を観察したMicrosporidiaによる角膜炎の1例.あたらしい眼科33:1218-1221,201613)UenoS,EguchiH,HottaFetal:Microsporidialkeratitisretrospectivelydiagnosedbyultrastructuralstudyofformalin-?xedpara?n-embeddedcornealtissue:acasereport.AnnClinMicrobiolAntimicrob18:17,2019◆**