《原著》あたらしい眼科32(12):1749.1752,2015cレーシック術後に層間混濁を生じた顆粒状角膜ジストロフィの3症例北澤耕司*1,2,3稗田牧*3北澤世志博*4木下茂*2,3*1バプテスト眼科山崎クリニック*2京都府立医科大学感覚器未来医療学*3京都府立医科大学視覚機能再生外科学*4神戸神奈川アイクリニックExacerbationofGranularCornealDystrophyafterLASIKinJapanKojiKitazawa1,2,3),OsamuHieda2),YoshihiroKitazawa4)andShigeruKinoshita2,3)1)BaptistYamasakiEyeClinic,2)DepartmentofFrontierMedicalTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,4)KobeKanagawaEyeClinic目的:レーシック術後に顆粒状角膜ジストロフィ患者で層間混濁を生じることが知られている.筆者らは,術後に層間混濁を生じた日本人の症例を経験したので報告する.症例および経過:レーシックを施行2.5年後にフラップ層間に混濁を認め,視力低下を自覚し当院を受診した3症例.症例1,症例2に対してはフラップ裏面および角膜実質ベッドをエキシマレーザーにて一部切除した.また,再発予防のためにマイトマイシンC塗布を行い,現在のところ混濁および視力は改善している.症例3は混濁があるものの裸眼視力が良好であるため,経過観察中である.結論:日本人においても顆粒状角膜ジストロフィ患者でレーシック術後に層間混濁を生じた症例を経験した.レーシック手術前の家族歴を含めた詳細な診察は重要であり,顆粒状角膜ジストロフィ患者に対するレーシック手術は不適応と考えられる.Wereport3casesofgranularcornealdystrophyexacerbatedbyuncomplicatedlaserinsitukeratomileusis(LASIK)formyopiainJapan.Allpatientsnoteddecreasedvisualacuity(VA)between2and5yearsafterLASIK;finewhitegranularopacitieswereseenbeneaththeLASIKflapuponpresentation.Patients1and2underwentsurgeryinwhichtheLASIKflapwasliftedandopacitiesbetweenflapandstromalbedwerescraped;mitomycinCwasthenapplied.Todate,bothpatients’depositshavenotincreased.Cornealdepositsonbotheyesofpatient3werenotedintheinterfaceoftheflaps;thatpatientiscurrentlyonlybeingfollowed,astheuncorrectedVAiswithinthenormalrange.Weencountered3caseswithexacerbationofgranularcornealdystrophyafterLASIKinJapan,similartocasesreportedinKorea.DetailedpatientinterviewsandexaminationsshouldthereforebeconductedpriortoperformingLASIK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(12):1749.1752,2015〕Keywords:顆粒状角膜ジストロフィ,レーシック,層間混濁.granularcornealdystrophy,LASIK,opacitiesbetweentheLASIKflap.はじめに顆粒状角膜ジストロフィII型(MIM#607541)は常染色体優性遺伝形式をもつ角膜ジストロフィである.5番染色体長腕にあるTGFBI(transforminggrowthfactorbeta-inducedgene)遺伝子の124番塩基のアルギニンからヒスチジンへの置換(R124H)が原因とされている.ヘテロ変異は角膜異常が軽度にとどまるが,ホモ変異になると進行も早く,混濁のサイズや密度および深さが増加し,著明な視力低下を引き起こす1).臨床病型としては,ヒアリンやアミロイドの沈着を角膜上皮下から実質浅層および中層にかけて認め,顆粒状および格子状の角膜混濁をきたす2).不連続な顆粒状の角膜混濁は早期から出現するが,視力は晩期まで保たれることが多い.顆粒状角膜ジストロフィI型(R555W)と間違えられることが多く,臨床病型だけでなく遺伝子検査に〔別刷請求先〕北澤耕司:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科山崎クリニックReprintrequests:KojiKitazawa,M.D.,Ph.D.,BaptistYamasakiEyeClinic,12Kamiikedacho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(117)1749ABC図1症例1A:両眼ともにフラップ層間に混濁を認める.右眼手術前(左),左眼(右).B:右眼手術後6カ月(左).左眼(右).C:右眼手術後3年.よる診断が有用である.顆粒状角膜ジストロフィII型の角膜混濁に対してエキシマレーザー治療的角膜切除(phototherapeutickeratectomy:PTK)が視力改善に有効である.しかし,わずかな角膜混濁例に対し,近視治療を目的にlaserinsitukeratomileusis(LASIK:以下レーシック)を施行すると,術後数年で層間混濁を引き起こし,著明に視力が低下する3.11).これらは韓国を中心に,米国,イタリアでも報告されているが,わが国での報告は筆者らが知る限りまだない.今回,日本人における顆粒状角膜ジストロフィ患者に対してレーシック手術を行い,術後にフラップの層間混濁を生じた3症例を経験したので報告する.I症例および経過〔症例1〕59歳,男性.1997年(41歳時)に近視矯正クリニックで両眼のレーシックを施行された.術後5年程度は視力良好であったが,次第に視力低下が進行したため近医を受診.両眼のフラップ下混濁の診断で2011年2月に紹介受診となった(図1A).初診時視力は右眼0.04(0.1×.4.25D(.1.75DAx60°),左眼0.3(0.7×.3.25D(.0.50DAx40°)であった.患者にインフォームド・コンセントを行い,同意のうえで末梢血からゲノムDNAを抽出した.TGFBI遺伝子にR124H変異を認め,顆粒状角膜ジストロフィII型と確定診断した.2011年4月,右眼の層間混濁除去目的のためエキシマレーザーの照射,および再発予防のために0.02%マイトマイシンCを2分間塗布した.角膜実質ベッドを10μm切除し,フラップの裏面はフラップ表面から混濁の強い部位をマーキングし,フラップを翻転して40μm切除した.混濁は除去できたが強い白内障のため視力は0.07(0.1×.4.00D)にとどまったため,2011年8月に白内障手術を施行した.術後は初期の加齢黄斑変性を認めるものの,0.4(0.7×.1.50D)に改善した.現在,わずかな混濁の再発を認めるが,角膜の透明性は手術後3年を経過しても保たれている(図1B,C).〔症例2〕45歳,男性.2008年8月に近視矯正クリニックを受診し,両眼レーシックを施行された(38歳時).初診時から軽度の顆粒状角膜混濁を認めていたが,視力は右眼0.06(1.5×.5.50D(.1.75DAx5°),左眼0.07(1.5×.5.50D(.1.50DAx5°)と矯正視力は良好であった.術後1年頃から霞みを自覚し,2010年に再度レーシックを施行.手術後,右眼1.2(1.2×.1.00D(.1.50DAx133°),左眼1.0(1.0×.0.25D(.0.25DAx19°)に改善した.しかし,その後霞視,羞明の増悪を自覚し,近医を受診したところ角膜混濁の増悪を認め,2013年4月に当院紹介受診.フラップ下に層間混濁を認め,視力は右眼0.7(矯正不能),左眼0.9(1.0×+0.5D)であった(図2A).2013年10月に右眼フラップ裏面(40μm)および実質ベッド(40μm)のエキシマレーザーによる切除および1分間0.02%マイトマイシンCの塗布を行い,術後の右眼視力は(1.0×+2.00D(.1.00DAx20°)に改善した(図2B).1750あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015(118)AB図2症例2A:フラップに一致して角膜混濁が増悪している.右眼(左),左眼(右).B:右眼のフラップ裏面および角膜ベッドを角膜切除し,マイトマイシンC処理を行い混濁は軽減した.AB図3症例3LASIKフラップ層間にびまん性の混濁を認める.A:右眼,B:左眼.〔症例3〕38歳,女性.10歳代の頃から角膜混濁を指摘されていた.2010年(33歳時)に近医眼科で両眼のレーシックを施行された.術後2年程から両眼の霧視を自覚し,2014年12月に当院受診.初診時視力は右眼0.8(1.0×+1.25D(.1.0DAx180°),左眼0.8(1.2×+1.0D(.0.5DAx170°)であり,フラップ下に層間混濁を認めた(図3).霧視の自覚症状が強いが裸眼視力が保たれているため,混濁除去手術はせずに経過観察中である.II考按顆粒状角膜ジストロフィII型患者でレーシック術後にフラップの層間混濁を生じた症例が2002年に初めて報告されて以来,数多くの症例が報告されている3.11).今回のいずれの症例もフラップの層間に混濁が存在し,過去の報告と同様に特徴的な所見を示し,混濁はレーシック術後2.5年で認められた.症例3は現在も裸眼視力が良好であり,角膜切除をすると遠視化による裸眼視力の低下につながるため,経過観察中である.症例1,症例2に対してはフラップ直下と実質ベッドの角膜切除に加えてマイトマイシンCの塗布を行った.マイトマイシンCは顆粒状角膜ジストロフィII型患者において再発予防に有効でないという報告もある12)が,十分な時間をかけて塗布することで,両症例とも現在も良好な視力を維持している.レーシックフラップ作製により角膜実質が傷害をうけると,TGF-bの発現亢進が誘導され,角膜線維芽細胞(ケラトサイト)が活性化する.活性化したケラトサイトはサイトカイン産生,グリコサミノグリカンおよび細胞外基質を産生する13,14)ことで組織修復を行うが,ときにhazeを引き起こす15).TGFBI遺伝子はTGF-bによって活性化されるため,顆粒状角膜ジストロフィII型のようなTGFBI遺伝子変異疾患では,フラップの作製により異常TGFBI蛋白の発現が亢進する.顆粒状角膜ジストロフィ患者でレーシック術後に生じた層間混濁に対して角膜移植を行った症例の組織学的検討によると,フラップの層間に一致して好酸性の沈着物を認め,マッソントリクローム染色陽性であった7,9,11).しかし,コンゴレッド染色では弱陽性または検出できず,混濁はアミロイドではなく,ヒアリンがおもな構成成分であることがわかった.また,角膜フラップを走査型電子顕微鏡で観察したところ,コラーゲン線維に顆粒状の塊が無数に絡まり合い,シート上に折り重なるようにしてフラップ層間に存在していた6).このことから,層間混濁はもとの病態と同様の機序により生じていると考えられる.フラップ作製によるTGF-bの局所の発現亢進,またフラップによってパックされることで分泌されたTGF-bの局所濃縮が起こり,術後数年かけて異常TGFBI蛋白が集積していったものと思われる.そのた(119)あたらしい眼科Vol.32,No.12,20151751めヘテロタイプであっても本症例のように強い混濁の再発が起こるものと想像される.TGFBI遺伝子異常による角膜ジストロフィはその変異部位によって,顆粒状角膜ジストロフィII型(R124H)以外に,顆粒状角膜ジストロフィ-I型(R555W),Reis-Bucklers角膜ジストロフィ(R124L),Thiel-Behnke角膜ジストロフィ(R555Q),格子状角膜ジストロフィ(R124C)の5つの病型を示す16,17).症例2および症例3は遺伝子検査を行っていないので臨床所見からの診断ではあるが,レーシック術後の角膜混濁の発症機序がTGF-bを介して生じているとすると,人種差を超えて同様のことが生じると考えられる.このことはわが国においても屈折矯正手術前にわずかな角膜混濁の有無を含めた詳細な観察,および家族歴の問診が重要であることを示唆する.また,通常は家族歴および診察所見でほぼ診断されるが,確定できない場合はTGFBIの遺伝子検査も有用であるかもしれない.レーシック術後に顆粒状角膜ジストロフィ患者でフラップの層間混濁を生じた症例は,韓国からの報告が多いが,日本人においても同様な症例を経験した.そのため,わが国においても顆粒状角膜ジストロフィII型においてレーシック手術は不適応と考えられる.文献1)InoueT,WatanabeH,YamamotoSetal:DifferentrecurrencepatternsafterphototherapeutickeratectomyinthecornealdystrophyresultingfromhomozygousandheterozygousR124HBIG-H3mutation.AmJOphthalmol132:255-257,20012)HollandEJ,DayaSM,StoneEMetal:Avellinocornealdystrophy.Clinicalmanifestationsandnaturalhistory.Ophthalmology99:1564-1568,19923)WanXH,LeeHC,StultingRDetal:ExacerbationofAvellinocornealdystrophyafterlaserinsitukeratomileusis.Cornea21:223-226,20024)JunRM,TchahH,KimTIetal:AvellinocornealdystrophyafterLASIK.Ophthalmology111:463-468,20045)BanningCS,KimWC,RandlemanJBetal:ExacerbationofAvellinocornealdystrophyafterLASIKinNorthAmerica.Cornea25:482-484,20066)RohMI,GrossniklausHE,ChungSHetal:AvellinocornealdystrophyexacerbatedafterLASIK:scanningelectronmicroscopicfindings.Cornea25:306-311,20067)AldaveAJ,SonmezB,ForstotSLetal:AclinicalandhistopathologicexaminationofacceleratedTGFBIpdepositionafterLASIKincombinedgranular-latticecornealdystrophy.AmJOphthalmol143:416-419,20078)ChiuEK,LinAY,FolbergRetal:Avellinodystrophyinapatientafterlaser-assistedinsitukeratomileusissurgerymanifestingasgranulardystrophy.ArchOphthalmol125:703-705,20079)LeeWB,HimmelKS,HamiltonSMetal:ExcimerlaserexacerbationofAvellinocornealdystrophy.JCataractRefractSurg33:133-138,200710)MantelliF,LambiaseA,DiZazzoAetal:SandsofsaharaafterLASIKinavellinocornealdystrophy.CaseRepOphthalmolMed2012:413010,201211)AwwadST,DiPascualeMA,HoganRNetal:Avellinocornealdystrophyworseningafterlaserinsitukeratomileusis:furtherclinicopathologicobservationsandproposedpathogenesis.AmJOphthalmol145:656-661,200812)HaBJ,KimTI,ChoiSIetal:MitomycinCdoesnotinhibitexacerbationofgranularcornealdystrophytypeIIinducedbyrefractivesurfaceablation.Cornea29:490496,201013)ChenC,Michelini-NorrisB,StevensSetal:MeasurementofmRNAsforTGFssandextracellularmatrixproteinsincorneasofratsafterPRK.InvestOphthalmolVisSci41:4108-4116,200014)BrownCT,ApplebaumE,BanwattRetal:Synthesisofstromalglycosaminoglycansinresponsetoinjury.JCellBiochem59:57-68,199515)KajiY,SoyaK,AmanoSetal:Relationbetweencornealhazeandtransforminggrowthfactor-beta1afterphotorefractivekeratectomyandlaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg27:1840-1846,200116)WeissJS,MollerHU,AldaveAJetal:IC3Dclassificationofcornealdystrophies─edition2.Cornea34:117-159,201517)HiedaO,KawasakiS,WakimasuKetal:ClinicaloutcomesofphototherapeutickeratectomyineyeswithThiel-Behnkecornealdystrophy.AmJOphthalmol155:66-72e61,2013***1752あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015(120)