《原著》あたらしい眼科41(3):349.352,2024c高齢で発症したアカントアメーバ角膜炎の1例池田舜太郎佐々木研輔門田遊阿久根穂高田中満里子林亮吉田茂生久留米大学医学部眼科学講座CACaseofContact-Lens-RelatedAcanthamoebaKeratitisinanElderlyPatientShuntaroIkeda,KensukeSasaki,YuMonden,HodakaAkune,MarikoTanaka,RyoHayashiandShigeoYoshidaCDepartmentofOpthalmology,SchoolofMedicineKurumeUniversityC目的:高齢者に認められたコンタクトレンズ(CL)によるアカントアメーバ角膜炎の症例報告.症例:79歳,女性.外傷歴なく,左眼の疼痛,流涙,視力低下を訴え前医で約C1カ月細菌性角膜炎として加療されたが改善乏しく当院紹介となった.初診時視力は右眼:(0.8C×sph-9.25D),左眼:手動弁.左眼に毛様充血,小円形の角膜浸潤,限局した実質浮腫,Descemet膜皺壁,角膜後面沈着物を認め,内皮型角膜ヘルペスを疑いアシクロビル眼軟膏,ベタメタゾン点眼を開始しいったん改善.2週後に地図状角膜炎類似の所見が出現しベタメタゾン点眼を内服に変更したが増悪し,角膜浸潤がリング状に拡大しアカントアメーバ角膜炎を疑った.再度問診を行いCCL装用歴が判明.角膜擦過物のPCR検査でアカントアメーバCDNAが陽性でありアカントアメーバ角膜炎と診断.病巣掻爬,抗真菌薬全身投与,抗真菌薬,消毒薬の局所投与を行い,初診後C161日に瘢痕治癒した.結論:角膜感染症においては高齢であってもCCL装用歴を聴取し,アカントアメーバ角膜炎を鑑別にあげることが重要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCcontact-lens-relatedCAcanthamoebakeratitis(AK)inCanCelderlyCpatient.CCaseReport:A79-year-oldfemalewasreferredtoourhospitalwithaninitialdiagnosisofbacterialkeratitis.Shecom-plainedofpain,lacrimation,anddecreasedvisioninherlefteye,yetshehasnohistoryoftrauma.Hercorrectedvisualacuitywas0.8×.9.25CSODandhandmotionOS.Ciliaryinjection,smallroundcornealin.ltrates,localizedstromaledema,aDescemetmembranefold,andkeraticprecipitateswereobservedinherlefteye.Herpeticendo-thelialkeratitiswassuspected,soantiviraltreatmentandtopicalcorticosteroidswereinitiatedandherconditionsimproved.CHowever,C2CweeksClater,CaClesionCmimickingCgeographicCkeratitisCwasCnoted.CCorticosteroidsCwereCswitchedtooralcorticosteroids,yetaring-shapein.ltratewasnoted.Basedonahistoryofcontactlenswearandtheresultsofapolymerasechainreactiontestofacornealscrapingbeingpositiveforacanthamoeba,adiagnosisofAKCwasCmade.CTreatmentCwithCantiamoebicCdrugsCwasCthenCinitiated,CandCtheCkeratitisCresolved.CConclusion:IntheCdi.erentialCdiagnosisCofCkeratitis,CcontactClensCwearCisCanCimportantCfactorCthatCshouldCbeCconsidered,CevenCinCelderlypatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(3):349.352,C2024〕Keywords:アカントアメーバ角膜炎,高齢者,コンタクトレンズ.AcanthamoebaCkeratitis,elderly,contactlens.Cはじめにアカントアメーバ角膜炎(Acanthamoebakeratitis:AK)はC1974年にCNagingtonらにより初めて報告された難治性角膜疾患である1).これは土壌関連の外傷に伴う角膜感染症であったが,その後,コンタクトレンズ(contactlens:CL)の普及に伴い発症者が増加し,国内ではC1988年に石橋らによりCCL装用者に生じたCAKの症例が初めて報告された2).国内の調査では発症年齢はC28.7C±11.1歳と報告されており3),非CCL性CAKはC1.7.10.7%と報告されていることからも3.5),CLを装用している若年者に好発する疾患であることは広く知られている.今回,筆者らはCCLを装用していた高齢者のCAKのC1例を経験したので報告する.CI症例患者:79歳,女性.〔別刷請求先〕池田舜太郎:〒830-0011福岡県久留米市旭町C67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ShuntaroIkeda,DepartmentofOpthalmology,SchoolofMedicineKurumeUniversity,67Asahi-machi,Kurume,Fukuoka830-0011,JAPANC図1初診時所見a:毛様充血,小円形の角膜浸潤(.),不正形の角膜浸潤(.),限局性の角膜浮腫,Descemet膜皺襞,角膜後面沈着物(keraticprecipitate:KP)を認める.Cb:小円形の角膜浸潤に一致してフルオレセイン染色を認める.図2初診後21日目a:毛様充血,弧状の角膜浸潤を認める.b:広範な地図状角膜炎類似の所見を認める.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:とくに誘因なく左眼の疼痛・流涙・視力低下を主訴に近医眼科を受診した.左眼細菌性角膜炎と診断されC1.5%レボフロキサシン点眼液とC0.5%セフメノキシム点眼液を2時間ごとに点眼,1%アジスロマイシン点眼液C1日C1回,0.3%オフロキサシン眼軟膏C1日C4回点入で治療を開始されたが,アドヒアランスが不良であり,症状が改善せず,入院下の点眼管理も含め総合病院眼科に紹介された.紹介後も本人が入院加療を拒否したため,1.5%レボフロキサシン点眼液とC0.5%セフメノキシム点眼液をC1時間ごとに点眼,0.3%オフロキサシン眼軟膏C1日C1回点入でC7日間外来加療されたが改善なく,本人を説得し同院に入院となった.入院後,1.5%レボフロキサシン点眼液とC0.5%セフメノキシム点眼液をC1時間ごとに点眼,0.3%オフロキサシン眼軟膏C1日C4回点入,セフタジジムC2Cg/日点滴でC16日間加療を行ったが改善乏しく,精査加療目的に久留米大学病院眼科(以下,当科)へ紹介された.初診時眼所見:視力は右眼:0.07(0.8C×sph.9.25D(cylC.2.50DAx80°),左眼:手動弁.眼圧は右眼:10mmHg,左眼:4.7CmmHg(NCT).左眼は毛様充血,小円形の角膜浸潤,不正形の角膜浸潤,限局性の角膜浮腫,Descemet膜皺襞,角膜後面沈着物(keraticprecipitate:KP)を認めていた(図1).右眼には明らかな異常所見は認めなかった.治療経過:初診時に前房水のポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)検査を行いヘルペスウイルスは陰性であったが,眼所見より内皮型角膜ヘルペスを疑い,3%アシクロビル眼軟膏C1日C5回点入,0.1%ベタメタゾン点眼液C1日C4回点眼,バラシクロビル錠C1,000Cmg/日内服を開始した.当科初診後C7日の時点では,角膜浮腫,KPは改善を認めていたが,初診後C21日に広範な地図状角膜炎類似の所見が出現し,上皮型角膜ヘルペスの併発を疑いベタメタゾン点眼を中止して経過観察を行った(図2).初診後26日にはCKPは増加,前房蓄膿が出現し,地図状角膜炎類似の所見も増悪を認めた(図3).上皮型および内皮型角膜ヘ図3初診後26日目a:結膜充血,毛様充血,角膜浮腫,弧状の角膜浸潤,写真には写っていないが前房蓄膿も認めていた.b.:地図状角膜炎類似の所見の増悪を認める.図4初診後33日目a:リング状の角膜浸潤を認める.b:角膜輪部を除き,フルオレセイン染色を認める.ルペスの増悪と判断し,プレドニゾロンC20Cmg/日内服を開始した.初診後C30日にはCKPと前房蓄膿はさらに増加し,潰瘍も増悪を認めたため細菌感染の合併を疑い入院管理とし,プレドニゾロン内服を中止,0.5%セフメノキシム点眼液をC1時間ごとに点眼,セフタジジムC2Cg/日点滴を追加した.初診後C33日で前房蓄膿は改善したが,リング状の角膜浸潤を認め,AKの移行期を疑った(図4).この段階で改めてCCL装用歴について問診を行ったところ,ハードCCL装用歴が判明した.角膜擦過物のCreal-timePCRを行い,アカントアメーバCDNA陽性であり,AKと診断.病巣掻爬,ボリコナゾールC300Cmg/日点滴,自家調整C0.05%クロルヘキシジン点眼液と自家調整C0.1%ボリコナゾール点眼液をC1時間ごとに点眼,1%ピマリシン眼軟膏C1日C6回点入で治療を開始した.治療開始後,円板状の角膜混濁となり,AKの完成期に至ったが,同治療を継続し初診後C161日に瘢痕治癒を得た.左眼の最終視力は手動弁であった.本症例は独居であり当科通院中に受診日を間違えることが多く,問診の回答が二転三転することもあった.その後,転院先で認知症と診断された.CII考察AKの所見は,初期には放射状角膜神経炎が特徴的な所見として知られているが6),非特異的な所見を示すことも多い7).75.90%がCAK以外の診断で初期治療を開始されるといった報告もあるように8),初期に放射状角膜神経炎を見逃すと,初期診断および初期治療がむずかしく,また,初期に適切な治療がなされないとリング状の角膜浸潤が出現し,完成期として円板状の混濁となる6).本症例においても,初期は細菌性角膜炎として治療開始され,当科初診時も放射状角膜神経炎の所見は認めず,角膜浮腫とCKPが主体であり,角膜ヘルペスとしての治療が行われて診断が遅れ,またステロイド点眼による病態の増悪,遷延の結果,AKの完成期まで至った.昨今,CLとCAKの関連について周知が進み,以前よりもAKの初期診断・初期治療ができるようになってきたが,AK患者,CL装用者はともに若年者に多く3),高齢者のCAKは外傷後・術後がほとんどであり10),外傷歴や手術歴,AKに特徴的な所見(放射状角膜神経炎やリング状角膜浸潤など)を示した場合を除いては,高齢者の角膜感染症でまず初めにCAKを疑い治療を開始することは非常に困難といえる.本症例はC79歳と高齢であったため,CL装用歴が見逃され,特徴的なリング状角膜浸潤の所見がみられたことで初めてAKを疑い,それからCCL装用歴の聴取やCreal-timePCRなどの精査を行ったため,診断に遅れが生じた.これらのことから,角膜感染症を診た際は高齢であってもCCL装用歴の聴取を行うことでCAKの早期診断の一助になりうると考える.また,本症例は強度近視眼であり,屈折矯正目的にハードCLを装用していた.近年,世界中で近視が増加傾向にあり,今後も増加することが予想されているという背景もあり9),CLによる屈折矯正を行う人口も増加してくると考えられ,今後,高齢者のCCL装用者が増加してくる可能性も否定はできない.わが国の高齢単身者(65歳以上の単身世帯)も増加傾向となっており11),とくに認知機能の低下した高齢者ではCCLの洗浄や保管などの管理面においてもCAK感染のリスクは高いと考えられ,高齢者のCAKが今後増加する可能性もある.本症例は高齢単身者で,認知症の診断も受けており,CLの管理面においてリスクは高かったと考えられる.また,AKの臨床的特徴の一つに非常に強い眼痛があるが,認知症患者においては自覚症状の把握がむずかしい場合があり,本症例においても疼痛の訴えは強くなかった.非常に強い疼痛の訴えがあれば早期診断の一助になった可能性も考えられる.今回,筆者らは高齢者のCCL性CAKのC1例を経験し,今後の高齢社会,近視社会を見据え,角膜感染症を診た際は,CL問診も含め,AKを常に鑑別にあげることが重要と考えられた.文献1)NagintonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfec-tionoftheeye.LancetC2:1537-1540,C19742)石橋康久,松本雄二郎,渡辺良子ほか:AcanthamoebakeratitisのC1例-臨床像,病原体検査法および治療についての検討.日眼会誌92:963-972,C19883)鳥山浩二,鈴木崇,大橋裕一:アカントアメーバ角膜炎発症者数全国調査.日眼会誌118:28-32,C20144)篠崎友治,宇野敏彦,原祐子ほか:最近経験したアカントアメーバ角膜炎C28例の臨床的検討.あたらしい眼科C27:680-686,C20105)平野耕治:急性期アカントアメーバ角膜炎の重症化に関する自験例の検討.日眼会誌C115:899-904,C20116)石橋康久:アカントアメーバ角膜炎.あたらしい眼科C35:C1613-1618,C20187)IllingworthCCD,CCookSD:AcanthamoebaCkeratitis.CSurvCOphthalmolC42:493-508,C19988)SzentmaryN,DaasL,ShiLetal:Acanthamoebakerati-tis-ClinicalCsigns,Cdi.erentialCdiagnosisCandCtreatment.CJCurrOphthalmolC31:16-23,C20199)藤村芙佐子:学校健康診断と小児の近視.日視能訓練士協誌49:1-6,C202010)高津真由美,奈田俊,山本秀子ほか:白内障術後のアカントアメーバ角膜炎のC1例.感染症学雑誌C69:1159-1161,C199511)内閣府:令和C4年版高齢社会白書.p9-10,2022C***