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デング熱黄斑症の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):714〜718,2016©デング熱黄斑症の1例東友馨*1保坂大輔*2常岡寛*1*1東京慈恵会医科大学眼科学講座*2町田市民病院眼科ACaseofDengueFeverMaculopathyYukaHigashi1),DaisukeHosaka2)andHiroshiTsuneoka1)1)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MachidaMunicipalHospital国内感染にてデング熱に罹患し,黄斑症を合併した症例を経験したので報告する.20歳,男性,東京都代々木公園で蚊に刺され,その後近医内科にてデング熱と診断された.霧視も出現してきたため,町田市民病院へ紹介受診となった.初診時の矯正視力は右眼0.1,左眼0.6,硝子体内に炎症細胞を認めた.眼底は両眼ともに黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認めた.Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点を認めた.0.1%ベタメタゾン点眼を開始,1週間後には矯正視力は右眼0.9,左眼1.2と改善した.眼底も両眼ともに黄斑部の出血・軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹は改善した.デング熱黄斑症は多くが自然軽快し,視力予後も良好である.眼合併症の発生頻度,機序は不明だが,免疫介在性の反応と推測されている.Wereportacaseofdenguefevermaculopathyinadomesticinfection.A20-year-oldmalebittenbyamosquitoinTokyo’sYoyogiParkwasdiagnosedafewdayslaterwithdenguefeverbyaninternalmedicineclinic.Sinceblurredvisionoccurred,theMachidaMunicipalHospitalDepartmentofOphthalmologywasconsulted.Atfirstconsultation,best-correctedvisualacuity(BCVA)intherighteyewas0.1,lefteyewas0.6andtherewerecellsintheposteriorvitreous.Macularretinalhemorrhages,edemawithsoftexudatesandopticdiscswellingwereobservedinbotheyes.Centralscotomawaspresent,so0.1%betamethasoneeyedropswereinitiated.BCVAimprovedafter1week,righteye0.9,lefteye1.2.Macularhemorrhages,edemawithsoftexudatesandopticdiscswellingdisappeared.Alargenumberofpatientshavehaddengue-relatedoculardiseasethatresolvedspontaneouslywithouttreatment,andwithgoodvisualprognosis.Althoughthemechanismisunclear,immunologicphenomenaareinvolved.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):714〜718,2016〕Keywords:デング熱,黄斑症,網膜出血,黄斑浮腫,視神経乳頭腫脹,国内感染.denguefever,maculopathy,retinalhemorrhages,macularedema,opticdiscswelling,domesticinfection.はじめにデング熱はデングウイルスが蚊を媒介して人へ感染する急性熱性感染症である.アジア,中東,アフリカ,中南米,オセアニア地域で流行しており,年間1億人近くの患者が発生していると推定される1).とくに近年では東南アジアや中南米で患者の増加が顕著となっている.こうした流行地域で,日本からの渡航者がデングウイルスに感染するケースも多い2,3).2014年の夏季には輸入症例により持ち込まれたと考えられるウイルスにより162例の国内感染が発生した3).国内感染例の大部分は東京都代々木公園周辺への訪問歴があり,同公園周辺の蚊に刺咬されたことが原因と推定された.デング熱は発熱,頭痛,発疹などが主症状であるが,まれに黄斑症,ぶどう膜炎などの眼合併症により視力低下をきたすことがある4).デング熱の眼合併症は海外での報告は多いが,国内での報告は輸入症例での報告が散見されるのみであった.今回国内感染でのデング熱に黄斑症を合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:20歳,男性.初診日:2014年9月12日.主訴:霧視,視力低下.既往歴:特記すべき事項なし.現病歴:2014年8月30日に東京都代々木公園に行き蚊に刺咬され,その6日後に40℃の発熱,手足の発赤,咽頭痛が出現した.その後,9月12日に近医内科にてデング熱と診断された.すでに解熱していたが,肝機能障害と血小板減少を認めたため町田市民病院(以下,当院)の内科へ紹介受診となった.同時に霧視,視力低下を自覚したため眼科も受診した.初診時内科所見:体温36.7℃,血圧102/69mmHg,脈拍86回/分.血液検査所見:WBC4,300/μl,Plt6.3万/μl,CRP0.44mg/dl,T-Bil0.9mg/dl,GOT104IU/l,GPT111IU/l,ALP110IU/l,LDH532IU/l,BUN15mg/dl,Cr0.7mg/dl胸部X線撮影検査:異常所見なし.心電図検査:異常所見なし.眼科初診時所見:視力は右眼(0.1×sph−3.75D),左眼(0.6×sph−3.25D)であった.眼圧は右眼8mmHg,左眼8mmHg.結膜充血,毛様充血はなく,前房蓄膿,角膜後面沈着物や前房細胞も認めなかった.虹彩,隅角に結節は認めなかった.硝子体内には軽度の炎症細胞を認めたが,硝子体混濁はみられなかった.両眼の眼底には黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認めた(図1).黄斑部の光干渉断層計(OCT)所見では両眼網膜外層の囊胞様浮腫,左眼では中心窩の部分にわずかに漿液性網膜剝離を伴っていた(図2).アーケード外の網膜には出血,白斑,血管炎,滲出斑はみられなかった.初診時よりデング熱の診断がされており,他の感染性,非感染性のぶどう膜炎を積極的に疑う眼所見がなかったため,また速やかに自然軽快したため,各種血清抗体測定(梅毒反応,トキソプラズマ抗体,サイトメガロウイルス抗体,HTLV-1抗体,単純ヘルペス,水痘帯状疱疹ウイルス抗体,Bartonellahenselae抗体),アンギオテンシン変換酵素,血清リゾチーム,ツベルクリン反応,髄液検査,気管支鏡検査などは施行しなかった.臨床経過:当院受診時はすでに解熱されており肝機能障害,血小板減少をきたしていた.デング熱ウイルスによる眼底の血管障害をきたしていると考えられたため,0.1%ベタメタゾン点眼液を両眼1日4回開始,治療開始4日目に矯正視力は右眼0.5,左眼1.0と改善,血小板減少も正常値に改善した.眼底所見も出血および黄斑浮腫の改善を認め(図3),OCTでも,鼻側の網膜外層に一部浮腫が残存していたが改善を認めた(図4).Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点を認めた(図5).治療開始1週間後には矯正視力は右眼0.9,左眼1.2とさらに改善し,網膜出血,軟性白斑も右眼はほぼ消失,左眼はわずかに残存する程度であった(図6).OCTはellipsoidzoneが不整だが,鼻側の浮腫も改善を認めた(図7).0.1%ベタメタゾン点眼は終了としたところ,その後の受診は自己中断した.II考按デング熱は蚊(ネッタイシマカAedesaegypti,ヒトスジシマカAedesalbopictus)によって媒介されるデングウイルスの感染症である.発生地域は熱帯・亜熱帯地域,とくに東南アジア,南アジア,中南米,カリブ海諸国であるが,アフリカ・オーストラリア・中国・台湾においても発生している.全世界では年間約1億人がデング熱を発症している1).日本における媒介蚊はヒトスジシマカである.日本におけるヒトスジシマカの活動はおもに5月中旬〜10月下旬にみられ,冬季に成虫は存在しない.ヒトスジシマカの発生数は国内全域で非常に多く,本州から四国,九州,沖縄,小笠原諸島まで広く分布していることが確認されている2).海外渡航で感染し国内で発症する例(輸入症例)が増加しつつあり,2014年の夏季には本症例のように輸入症例により都内の代々木公園をはじめとする公園にウイルスが持ち込まれ,国内流行が発生した.感染症法に基づく発生動向調査に報告された2014年のデング熱症例は計341例,うち国内感染例162例,国外感染例179例であった3).デングウイルスはフラビウイルス科に属し,4種の血清型が存在する.報告によりさまざまであるが,約50〜80%が不顕性感染であると考えられている5,6).感染後2〜15日の潜伏期間の後に,突然の高熱で発症し,頭痛,眼痛,顔面紅潮,結膜充血,全身の筋肉痛,骨関節痛,全身倦怠感などの症状が起こる.発熱は二峰性であることが多く,発病後2〜7日で解熱する.解熱時期に発疹が出現することが多く,胸部,体幹に始まり四肢や顔面に広がることもある.症状は1週間程度で回復するが,ごくまれに血漿漏出に伴うショックと出血傾向をおもな症状とするデング出血熱という致死的病態が出現することがある4,7,8).デング熱の眼合併症は発症から7日頃に血小板減少とともに出現し,眼症状は眼痛,視力低下,霧視,視野障害,飛蚊症,変視症,小視症などさまざまである.眼所見は結膜下出血,虹彩炎,ぶどう膜炎,網膜出血,網膜細静脈炎,黄斑浮腫,視神経浮腫などさまざまな所見を呈する6〜8).今回の症例では施行していないが,フルオレセイン蛍光眼底造影検査では網膜血管炎に一致した蛍光漏出がみられることが報告されている4,7,8).また,インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査で脈絡膜血管の過蛍光・漏出がみられることがあるが,可逆性である4,7,8).OCTでは本症例のように網膜外層の浮腫,漿液性網膜剝離を認めることが多い4).黄斑部に網膜色素上皮から隆起する黄橙色病変が出現することもあり,その部分に一致した網膜外層の肥厚化がみられる9).また,視野検査では,中心暗点を呈する4,7).多くが自然軽快し,視力予後も良好である.治療が必要な場合はステロイドの点眼やTenon囊下注射などの局所投与,重症例ではステロイド内服やパルス療法の全身投与,さらに免疫グロブリン投与を行う報告もある8).本症例は0.1%ベタメタゾン点眼液を開始したところ,4日という短期間で眼所見の急速な改善を認めた.ステロイド点眼が著効したのではなく,自然経過で改善した可能性もあると考えられる.眼合併症の発生頻度,機序は不明だが,免疫介在性の反応と推測されている7,8).発生頻度の高いシンガポールの報告では,2005年に流行した血清1型のデングウイルスにおいて,黄斑症は10%の割合で出現したにもかかわらず,2007年に流行した血清2型では眼合併症は認めなかった8).2014年夏季に流行した国内例はすべてが血清1型であった10).このことからウイルスの血清型によって,眼合併症が出現する頻度が変わるものと予測される.2014年夏季に流行したデング熱は,約70年ぶりに確認されたデング熱の国内感染であった11).これまでデング熱による眼合併症の国内報告は輸入症例によるもののみであり,国内感染での黄斑症の報告は,本例が国内初の報告であると思われる12〜14).世界の温暖化や社会のグローバル化により今後もデング熱の国内感染は増加する可能性があり,眼合併症についての理解を深めておく必要がある.また,まれに重症化する例もあるため,診断や加療において迅速な対応が望まれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LohBK,BacsalK,CheeSPetal:Foveolitisassociatedwithdenguefever:acaseseries.Opthalmologica222:317-320,20082)国立感染症研究所:デング熱・チングニア熱の診療ガイドライン2015年3)国立感染症研究所:〈特集〉デング熱・デング出血熱2011〜2014年.IASR36:33-34,20154)KhairallahM,JellitiB,JenzeriS:Emergentinfectiousuveitis.MiddleEastAfrJOphthalmol16:225-238,20095)KnipeDM,HowleyPM:FieldsVirology.6thedition.WoltersKliwer,Riverwoods,20136)TienNTK,LuxemburgerC,ToanNTetal:AprospectivecohortstudyofdengueinfectionschoolchildreninLongXuyen,Vietnam.TransRSociTropMedHyg104:592-600,20107)NdAW,TeohSC:Dengueeyedisease.SurvOphthalmol60:106-114,20158)YipVC,SanjayS,KohYT:Ophthalmiccomplicationsofdenguefever:asystematicreview.OphthalmolTher1:2,20129)Gea-BanaclocheJ,JohnsonRT,BagicAetal:WestNilevirus:Pathogenesisandtherapeuticoptions.AnnInternMed140:545-553,200410)国立感染症研究所:デング熱報告例に関する記述疫学.http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/693-disease-based/ta/dengue/idsc/iasr-news/5410-pr4211.html11)三浦邦治,川田真幹,柿本年春ほか:約70年ぶりに確認された国内感染デング熱の第1例に関する報告.IASR36:35-37,201512)永田洋一:デング熱にみられた眼病変.眼臨101:483-486,200713)鹿内真美子,八代成子,武田憲夫ほか:眼病変を合併したデング出血熱の2例.眼紀55:697-701,200414)鵜飼環栄,伊藤博隆,杉田公子ほか:眼底出血を伴うデング熱の1例.眼臨93:1285,1999〔別刷請求先〕東友馨:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:YukaHigashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishishinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPAN図1初診時眼底写真両眼の眼底に黄斑部の出血,軟性白斑を伴う網膜浮腫,視神経乳頭腫脹を認める.図2初診時黄斑部の光干渉断層計(OCT)所見両眼の黄斑部に網膜外層の浮腫,左眼ではわずかに漿液性網膜剝離を認める.図3治療開始4日目の眼底写真出血および黄斑浮腫の改善を認める.図4治療開始4日目のOCT左眼鼻側の網膜外層に一部浮腫が残存していたが,改善がみられる.図5Goldmann視野検査両眼に中心比較暗点を認める.図6治療開始1週間後の眼底写真右眼の網膜出血,軟性白斑はほぼ消失,左眼はわずかに残存する程度である.図7治療開始1週間後のOCT左眼のellipsoidzoneが不整だが,鼻側の浮腫は改善を認める.791140-181あ0/0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(91)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016715716あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(92)(93)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016717718あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(94)