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眼科医療従事者におけるMRSA保菌の検討

2011年5月31日 火曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(87)689《第47回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科28(5):689.692,2011cはじめに現在,エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術は世界中で幅広く行われている.特に,laserinsitukeratomileusis(LASIK)の有効性は非常に高い1).一方で,エキシマレーザーによる角膜屈折矯正手術後の合併症の一つである角膜感染症が問題となってきている.LASIK後の角膜感染症の頻度は0.03%から0.31%と報告されていて,頻度は少ないが,重篤な視力障害を後遺症とする感染症をひき起こすことがある2~6).特に,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)角膜炎は治療に抵抗性であり,たとえ治療が奏効しても角膜混濁を残して視力低下を招くため7),患者のqualityofvisionは著しく低下する.Solomonらは屈折矯正手術後に生じたMRSA角膜炎の文献的検索を行い,12例中9例が医療従事者であることを指摘した7).また,わが国ではNomiらがepi-〔別刷請求先〕北澤耕司:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KojiKitazawa,M.D.,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN眼科医療従事者におけるMRSA保菌の検討北澤耕司*1,2外園千恵*2稗田牧*2星最智*2,3木村直子*2坂本雅子*4木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学*3藤枝市立総合病院眼科*4一般財団法人阪大微生物病研究会Methicillin-resistantStaphylococcusaureusCarriersamongOphthalmicMedicalWorkersKojiKitazawa1,2),ChieSotozono2),OsamuHieda2),SaichiHoshi2),NaokoKimura2),MasakoSakamoto4)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMuncipalGeneralHospital,4)ResearchFoundationforMicrobialDiseasesofOsakaUniversity目的:眼科医療従事者を対象に鼻前庭の培養検査を行い,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の保菌率について検討した.方法:対象は京都府立医科大学眼科(KPUM)およびバプテスト眼科クリニック(BEC)に勤務する医師およびコメディカルで,内訳はKPUMが医師38名とコメディカル4名,BECが医師6名,コメディカル30名の計78名である.培養用スワブを用いて鼻前庭より検体を採取し,BECではさらに片眼の結膜.培養を行った.結果:KPUMでは医師2名(4.8%),BECでは医師1名と看護師1名,合計2名(5.6%)の鼻前庭よりMRSAを検出した.両施設を合わせた眼科医療従事者では4名/78名(5.1%)の保菌率であった.結膜.にMRSAが検出された例はなかった.一般健常人と比較して,眼科医療従事者のMRSA保菌率は高かった.結論:大学病院,眼科専門クリニックのいずれもMRSA保菌者が存在した.保菌率は約5%であり,一般健常人より高かった.Weinvestigatedtherateofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)carriersamongophthalmicmedicalworkers.Thesubjectscompriseddoctors(38)andmedicalstaff(4)atKyotoPrefecturalUniversityofMedicine(KPUM),anddoctors(6)andmedicalstaff(30)atBaptistEyeClinic(BEC).Samplescollectedfromthenasalcavitybyswab,aswellasfromthelateralconjunctivalsacintheBECgroup,werecultured.MRSAwasfoundinthenasalcavityin2doctors(4.8%)intheKPUMgroupand1doctorand1nurse(5.6%)intheBECgroup.MRSAwasnotfoundintheconjunctivalsacofanysubject.TherateofMRSAcarriersamongophthalmichealthcareworkerswassignificantlyhighincomparisonwithhealthypersons.MRSAcarrierswerefoundamongophthalmicmedicalworkersinboththeuniversityhospitalandtheophthalmicspecialclinic;therateofMRSAcarrierswasalmostthesameinbothgroups.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(5):689.692,2011〕Keywords:眼科医療従事者,MRSA,保菌率,鼻前庭,結膜.ophthalmicmedicalworkers,MRSA,rateofcarrier,nasalcavity,conjunctivita.690あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(88)LASIK後のMRSA角膜感染症の2症例中1症例が医療従事者であったと報告しており8),患者が医療従事者であることは屈折矯正手術後角膜感染症のリスクファクターであると考えられる.病院全職員9.11)や療養型病院12),耳鼻科病棟13)を対象とした医療従事者のMRSA保菌率の報告はあるが,眼科医療従事者を対象としてMRSA保菌率を調べた報告は,筆者らの知る限りない.そこで今回,眼科医療従事者を対象に鼻前庭と結膜.の培養検査を行い病院別,職種別に比較,さらに一般健常人の鼻前庭のMRSA保菌率を比較,検討したので報告する.I対象および方法対象は京都府立医科大学眼科(KPUM)およびバプテスト眼科クリニック(BEC)に勤務する医師またはコメディカルである.内訳はKPUMが医師38名とコメディカル4名(看護師3名,医療介助1名),BECが医師6名,コメディカル30名(看護師16名,視能訓練師8名,医療介助6名)の計78名であり,糖尿病やアトピーなど,基礎疾患を有するものはいなかった.KPUMは男性21名,女性21名,BECは男性5名,女性31名であった.平均年齢はKPUMが33.2±7.7歳,BECが34.2±7.8歳,KPUMとBECの両施設では33.7±7.7歳であった.十分なinformedconsentを行い,同意を得たうえで,KPUMでは2005年12月,BECでは2009年12月に検査を施行した.KPUMでは培養用スワブを用いて鼻前庭より検体を採取し,MRSAチェックR(ニッスイプレートMSO寒天培地)を用いて培養を行った.この培地では通常の培地と比べて,MRSAとメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS)以外の菌の発育を抑制するためコロニーが観察しやすく,48時間培養で菌の検出が可能であるといったメリットがある.MRSAチェックRにおいてコロニーを確認できた陽性者より,再度検体を採取して阪大微生物病研究会にて細菌培養を実施,オキサシリンの最小発育阻止濃度(MIC)を測定してMRSAの有無を判定した.BECでは培養用スワブを用いて鼻前庭と片眼の結膜.より検体を採取した.その検体を採取同日に京都微生物研究所に送付して細菌培養を行い,オキサシリンのディスク法でMRSAの有無を判定した.得られた結果をもとに,1)病院別にMRSA保菌率を比較,2)職種別にMRSA保菌率を比較,3)既報における一般健常人の鼻前庭のMRSA保菌率と比較,検討した.II結果KPUMでは医師2名(4.8%),BECでは医師1名と看護師1名,合計2名(4.1%)の鼻前庭よりMRSAを検出し,検出者はいずれも無症候性の保菌者であった.大学病院と眼科専門クリニックのMRSA保菌率は同程度であり(図1),また,BECとKPUMの両施設を合わせた眼科医療従事者では4名/78名(5.1%)の保菌率であった(図1).結膜.にMRSAが検出された例はなかった.さらに職種別の保菌率を検討したところ,医師3名/44名(6.8%),看護師1名/19名(5.3%),その他のコメディカル0名/15名(0.0%)であり,医師,看護師はその他の職種よりもMRSA保菌率が高い傾向にあった(図2).過去の文献によると,一般健常人のMRSA保菌率は1.1.1.98%14.16)である.これらの報告と今回の保菌率を比較したところ,どの報告と比較しても眼科医療従事者は一般健常人より保菌率は高かった.また,最もn数の多い小森ら14)の報告と比較して,眼科医療従事者のMRSA保菌率は一般健常人より有意に高かった(p=0.005)(表1).表1眼科医療従事者と一般健常人の鼻前庭MRSA保菌率の比較陽性陰性保菌率(%)今回(眼科医療従事者)4745.1小森ら(一般健常人)87151.1Abuduら(一般健常人)42741.4Kennerら(一般外来患者)84041.98眼科医療従事者は一般健常人と比較するとMRSA保菌率は高く,最もn数の多い小森らの報告と比較すると有意に眼科医療従事者でのMRSA保菌率が高かった(*p=0.005,c2検定).*n=42n=36医師3名看護師1名(5.1%)n=78医師1名看護師1名(5.6%)KPUMBEC両施設医師2名(4.8%)図1鼻前庭MRSA保菌率(KPUM,BEC)KPUMでは医師2名(4.8%),BECでは医師1名,看護師1名(5.6%)のMRSA保菌率であった.眼科医療従事者全体(KPUM+BEC)では5.1%の保菌率であった.医師n=443名(6.8%)その他1名(5.3%)n=15看護師n=190名(0%)図2眼科医療従事者の職種間別MRSA保菌率医師,看護師はその他の職種よりもMRSA保菌率が高い傾向にあった.(89)あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011691III考按今回の検討により,大学病院,眼科専門クリニックのいずれもMRSA保菌者が存在し,保菌率は約5%でほぼ同程度であった.Abuduらはバイミンガル在住で16歳以上の健常人の鼻前庭培養を行い,MRSAの保菌率が1.5%(4名/274名)であったことを報告した15).Kennerらは健康な外来患者404名の鼻前庭培養を行い,MRSA保菌率が1.98%(8名)であったことを報告した16).小森らは医療従事者でない一般健常人723名の鼻前庭培養を行い,MRSA保菌者が8名(1.1%)であったと報告した14).したがって今回得られた保菌率は過去の一般健常人の報告(1.1.1.98%)と比較した場合,いずれの報告よりも高く,最もn数の多い小森らの報告14)と比較すると有意に眼科医療従事者でのMRSA保菌率が高かった(p=0.005,c2検定)(表1).一方,病院内全職員を対象としたMRSA保菌調査では7.7.9.4%9.11),療養型病院における医療スタッフのMRSA保菌率は7.9%12)という報告がある.今回得られた眼科医療従事者の鼻前庭MRSA保菌率は,他科領域の報告と比較して高くはないといえる.しかし,眼科は他の診療科と比較して悪性腫瘍や低栄養状態など,全身の免疫不全を伴う患者が少ないことを考慮すると眼科医療従事者のMRSA保菌率が4.1.4.8%であったことは,決して低い保菌率ではないと考えられた.職種別のMRSA保菌率は医師3名/44名(6.8%),看護師1名/19名(5.3%),その他のコメディカル0名/15名(0%)であり,医師,看護師はその他の職種よりもMRSA保菌率が高い傾向であった.伊藤らは病院職員547名に対して鼻前庭MRSA保菌率を調査しており,医師5名/81名(6.2%),看護師12名/337名(3.6%),その他のコメディカル1名/129名(0.8%)であり,患者との接触が多い職種ほど保菌率の高いことを指摘した10).MRSAは医療従事者を介する交差感染によって伝播していく.手洗いの適正な手技の習得ならびに院内感染の意識を高めることでMRSA患者検出率および新規MRSA患者の検出率を下げることができるため17,18),眼科医療従事者においても標準予防策を徹底し,MRSAの伝播を防ぐことが必須であると考える.今回の研究で示したように,眼科を含めた医療従事者ではMRSA保菌率が高い.過去の報告から,屈折矯正手術患者が医療従事者である場合は術後のMRSA感染に注意が必要である.また,標準予防策をとって眼科医療従事者におけるMRSA保菌率を下げることは,医療従事者自身の健康を守るためにも重要と思われる.今回検出したMRSAについて,抗菌薬の感受性試験や遺伝子型の検討はできていない.最近,市中獲得MRSAが報告され,これは病院獲得型に比べ毒素の産生性が強いと報告されている19).市中獲得型か病院獲得型かなどを含め,眼科医療従事者が保菌するMRSAの分子疫学的特徴について検討し,さらにDNA解析を行い,感染経路について検討することが今後の課題である.IV結論大学病院の眼科,眼科専門クリニックの医療従事者ではいずれもMRSA保菌者が存在し,保菌率は4.5%であった.一般健常人と比較すると,眼科医療従事者のMRSA保菌率は高く,標準予防策を徹底する必要がある.文献1)SchallhornSC,FarjoAA,HuangDHetal:WavefrontguidedLASIKforthecorrectionofprimarymyopiaandastigmatism.AreportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology115:1249-1261,20082)LlovetF,RojyasV,InterlandEetal:Infectiouskeratitisin204,586LASIKprocedures.Ophthalmology117:232-238,20103)MoshirfarM,WellingJD,FeizVetal:Infectiousandnoninfectiouskeratitisafterlaserinsitukeratomileusisoccurrence,management,andvisualoutcomes.JCataractRefractSurg33:474-483,20074)deOliveiraGC,SolariHP,CiolaFBetal:CornealinfiltratesafterexcimerlaserphotorefractivekeratectomyandLASIK.JRefractSurg22:159-165,20065)SolomonR,DonnenfeldED,AzarDTetal:Infectiouskeratitisafterlaserinsitukeratomileusis:resultsofanASCRSsurvey.JCataractRefractSurg29:2001-2006,20036)KarpCL,TuliSS,YooSHetal:InfectiouskeratitisafterLASIK.Ophthalmology110:503-510,20037)SolomonR,DonnenfeldED,PerryHDetal:MethicillinresistantStaphylococcusaureusinfectiouskeratitisfollowingrefractivesurgery.AmJOphthalmol143:629-634,20078)NomiN,MorishigeN,YamadaNetal:Twocasesofmethicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisafterEpi-LASIK.JpnJOphthalmol52:440-443,20089)酒井道子,阿波順子,那須郁子ほか:一施設全職員を対象としたMRSA検出部位と職種間の相違についてDNA解析を用いた検討.ICUとCCU29:905-909,200510)伊藤重彦,大江宣春,草場恵子ほか:病院職員のMRSA鼻前庭内保菌率調査とムピロシンによる除菌.環境汚染17:285-288,200211)WarshawskyB,HussainZ,GregsonDBetal:Hospitalandcommunitybasedsurveilanceofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus:previoushospitalizationisthemajorriskfactor.InfectControlHospEpidemiol21:724-727,200012)千葉直彦,久保裕義,横山宏:療養型病院におけるMRSA検出状況.山梨医学33:79-83,200513)土井まつ子,仲井美由紀,藤井洋子ほか:異なる病棟から分離されたMethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)株の疫学的検討.環境感染15:207-212,2000692あたらしい眼科Vol.28,No.5,2011(90)14)小森由美子,二改俊章:市中におけるメチシリン耐性ブドウ球菌の鼻前庭内保菌者に関する調査.環境感染20:164-170,200515)AbuduL,BlairI,FraiseAetal:Methicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA):acommunity-basedprevalencesurvey.EpidemiolInfect126:351-356,200116)KennerJ,O’ConnorT,PiantanidaNetal:Ratesofcarriageofmethicillin-resistantandmethicillin-susceptibleStaphylococcusaureusinanoutpatientpopulation.InfectControlHospEpidemiol24:439-444,200317)斉藤真一郎,高橋真菜美,澤井孝夫ほか:MRSA多発病棟における定期的な手指消毒トレーニングの効果に関する検討.医療の質・安全学会誌2:152-156,200718)PittetD,HugonnetSHarbarthSetal:Effectivenessofahospital-wideprogrammetoimprovecompliancewithhandhygiene.Lancet356:1307-1312,200019)伊藤輝代,桑原京子,久田研ほか:市中感染型MRSAの遺伝子構造と診断(最新の知見).感染症学雑誌78:459-469,2004***