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わが国のアカントアメーバ角膜炎関連分離株の分子疫学多施設調査(中間報告)

2012年3月31日 土曜日

《第48回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科29(3):397.402,2012cわが国のアカントアメーバ角膜炎関連分離株の分子疫学多施設調査(中間報告)井上幸次*1大橋裕一*2江口洋*3杉原紀子*4近間泰一郎*5外園千恵*6下村嘉一*7八木田健司*8野崎智義*8*1鳥取大学医学部視覚病態学*2愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野*3徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野*4東京女子医科大学東医療センター眼科*5広島大学大学院医歯薬学総合研究科視覚病態学*6京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学*7近畿大学医学部眼科学教室*8国立感染症研究所寄生動物部MulticenterMolecularEpidemiologicalStudyofClinicalIsolatesRelatedwithAcanthamoebaKeratitis(InterimReport)YoshitsuguInoue1),YuichiOhashi2),HiroshiEguchi3),NorikoTakaoka-Sugihara4),Tai-ichiroChikama5),ChieSotozono6),YoshikazuShimomura7),KenjiYagita8)andTomoyoshiNozaki8)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,EhimeUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,4)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,5)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,HiroshimaUniversityGraduateSchoolofBiomedicalSciences,6)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,7)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversityFacultyofMedicine,8)DepartmentofParasitology,NationalInstituteofInfectiousDiseases目的:角膜炎に関連したアカントアメーバのDNA分子を多施設疫学研究として解析する.方法:全国6施設で,アカントアメーバ角膜炎に関連して分離されたアメーバ株をクローニング後,18SribosomalRNA遺伝子のシークエンス解析を行った.そして,BLAST(basiclocalalignmentsearchtool)検索による既存アメーバとの相同性を調べ,Tタイピングによる分類を行った.本研究は現在も継続中であるが,最初の2年間の結果を中間報告としてまとめた.結果:43株〔角膜擦過物27株,保存液15株,MPS(multi-purposesolution)ボトル内液1株〕中42株がT4に分類され,角膜由来の1株のみT11に分類された.角膜分離株のシークエンスタイプは15種類に分かれたが,すべて既知のものと一致した.保存液分離株のタイプは10種類に分かれ,角膜分離株と比較できた9株中6株は角膜分離株と一致した.結論:最近のアカントアメーバ角膜炎のわが国での増加は,新たなシークエンスタイプのアメーバの出現によるものではなく,既存の株による感染の増加である.Objective:ToanalyzeAcanthamoebaDNAmolecule’srelationshiptokeratitis,inamulticenterepidemiologicalstudy.Method:Acanthamoebakeratitis-relatedisolatesfrom6instituteswerecloned,andsequencesofthe18SribosomalRNAgenewereanalyzed.HomologybetweenthemandknownsequenceswasthenexaminedusingBLAST(basiclocalalignmentsearchtool),andtheywereclassifiedbyTtyping.Thisresearchisstillongoing;theresultsofthefirsttwoyearshavebeenanalyzedasaninterimreport.Results:Of43isolates,including27isolatesfromthecornea,15fromlenscasesand1fromanMPS(multi-purposesolution)bottle,42isolateswereclassifiedasT4;only1wasclassifiedasT11.Sequenceswereclassifiedinto15types;nonewereuniquegenotypes.Sequencesofisolatesfromlenscaseswereclassifiedinto10types;ofthe9isolateswithwhichcornealisolateshadalsobeenobtained,thesequencesof6wereidenticalwiththesequencesofthecornealisolates.Conclusion:TheseresultsindicatethattherecentincreaseofAcanthamoebakeratitisincidenceinJapanisnotduetotheemergenceofnovelamoebicgenotypes,buttoincreasedincidenceofinfectionbyknowngenotypes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):397.402,2012〕〔別刷請求先〕井上幸次:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:YoshitsuguInoue,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago683-8504,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(109)397 Keywords:アカントアメーバ角膜炎,分子疫学,Tタイピング,18SribosomalRNA,多施設共同研究.Acanthamoebakeratitis,molecularepidemiology,Ttyping,18SribosomalRNA,multicenterstudy.はじめにアカントアメーバは土壌・水中をはじめ自然界に広く生息する原虫であり,水道水からも検出される.アカントアメーバにより角膜炎を発症することは1974年にはじめて報告された1)が,本来は外傷に伴う非常にまれな感染症であった.しかし,その後コンタクトレンズ(CL)装用に伴う感染として認められるようになり,わが国では1988年に石橋らがはじめて報告した2).当初はそれでもまれな疾患であったが,CL保存に水道水を用いることのできたソフィーナRでの感染が多いことが注目されるようになり,その後しだいに報告が増加し,特に2006年頃からは急速に増えて,従来報告のなかった北海道や東北でも症例が報告されるようになった.2007年4月.2009年3月にかけて行われたコンタクトレンズ関連角膜感染症の全国調査3)でも,入院を必要としたCL関連角膜感染症の2大起炎菌として緑膿菌とともに浮かび上がった.その多くが,multi-purposesolution(MPS)をケア用品として使用している頻回交換型のCLユーザーであり,MPSのアカントアメーバに対する効果が低いことが検証されるとともに,CLユーザーの最大の合併症として,その診断・治療や予防対策の重要性が高まっている.このような状況のなかで,わが国のアカントアメーバ角膜炎(AK)の原因となっているアメーバの感染源・感染経路,アメーバ感染の地域差や年次動向,アメーバ株と臨床所見・治療への反応性・予後との関係を疫学的に調べる必要性が生じてきた.アカントアメーバを疫学的に分類・比較するにあたって,形態学的に分類することはもちろん重要だが,培養条件によって,形態を変化させるアカントアメーバの場合,限界があり,現在は,アカントアメーバのDNAを利用して分子遺伝学的に分類,同定することが主流となっている.アカントアメーバの遺伝子型別の方法としてはTタイピングが用いられている.これは1996年Gastらにより提唱され,18SribosomalRNA(18SrRNA)をコードしているDNAを用いて行われる4).この方法では2つのシークエンスを全長比較して相同性が5%以上違う場合,別々のTタイプと分類される.現在15のタイプがあり,1つのTタイプには多種類のシークエンスが含まれる.これまでT1-T6,T10-T12のアメーバが角膜炎あるいはアメーバ性脳炎より検出されている.タイピングは特定の集団と疾患との関連を調べるうえできわめて有用である.今回,筆者らは先に述べたコンタクトレンズ関連角膜感染症調査研究班の施設を中心に多施設からのアカントアメーバ株を国立感染症研究所寄生動物部に集積し,Tタイピングに398あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012よる解析を行った.この研究は厚生労働省の新興・再興感染症研究事業の一環として行われており,現在も参加施設を増やして継続中であるが,本報告では最初の2年の結果を中間報告としてまとめる.I対象および方法1.対象対象は,全国の6施設(鳥取大学,愛媛大学,徳島大学,東京女子医科大学東医療センター,山口大学,京都府立医科大学)の眼科に2009年4月.2010年12月の間に受診したAK患者の角膜擦過物,CLケース(保存液),MPSボトル,使用環境(洗い場)から分離されたアカントアメーバ株および,これらの施設で過去に分離され,保存されていた株を対象とした.本研究については,各施設の倫理委員会にかけて了承を得,過去に分離された株も含めて,本研究に使用することを患者本人あるいは代諾者に文書で承諾を得た.角膜擦過物から27株,CLケース(保存液)から15株,MPSボトルから1株,計43株が対象である.2.アカントアメーバの培養と無菌クローン化アカントアメーバは大腸菌を塗布した1.5%non-nutrientagar(NN培地)上で25℃にて分離,培養した.これをキャピラリーピペットによる釣り上げ法(micro-manipulation法)にて単離し,さらに大腸菌寒天培地上でクローン培養した5).無菌化の手順としては,クローン化したアカントアメーバのシストを1mlの0.1N塩酸溶液中で,37℃にて一晩処理を行った後,500×g,5分間遠心分離を行ってシストを沈殿させた.その後,塩酸を除去して滅菌蒸留水に浮遊させ,同じ条件で再度遠心を行った.滅菌蒸留水を除去し,得られたシストを100単位/mLのペニシリン(明治製菓)と,100μg/mLのストレプトマイシン(明治製菓)を添加し,PYGC培地(10g/LProteosepeptone,5g/LNaCl,10g/LYeastextract,10g/LGlucose,0.95g/LL-Cysteine,10mMNa2HPO4,5mMKH2PO4)で培養した5).3.DNA解析遺伝子抽出キットQIAampRDNAMiniKit〔(株)キアゲン〕を使用して,添付のプロトコールに従ってDNAを抽出した.抽出したアメーバDNAを,GeneAmpRPCR(polymerasechainreaction)system2400により,アメーバ特異プライマーであるJDP1-JDP2を用い,18SrRNA遺伝子の高可変領域の一つであるDF3(diagnosticfragment3)を含む約(110) 400塩基対を既報の温度条件で増幅した6).PCRにて増幅された産物の塩基配列を蛍光シークエンサー(ABIPRISMR310GeneticAnalyzer)を用いて,シークエンス用プライマー892Cにより解析した6).4.ホモロジー検索このようにして得られた塩基配列をBLAST(basiclocalalignmentsearchtool)を用いてGenBank,EMBL(EuropeanMolecularBiologyLaboratory),DDBJ(DNADataBankofJapan)に登録された株と照合した.データベースに登録された株で,対象株と相同性の最も高いものを検索し,データベース登録名,対象株と登録株との相同性,登録株の分離元を調べた.5.系統樹作製対象株とデータベースに登録されているTタイピング(T1.T15)の代表的な株を用いて,解析用プログラムとしてClustalWを用いて系統樹を作製した.II結果1.角膜分離27株ホモロジー検索の結果角膜分離27株のTタイピングの結果では1株のみがT11であったが,他はT4であった(96.3%).T4に属する26株のうち22株は角膜炎より分離されている既知の配列と一致し,それ以外の4株は角膜炎分離株では認められないもののやはり既知の配列と一致した(表1).ホモロジー検索の結果をもとに,系統樹を描く(図1)とT4の中で特定の遺伝的集団を形成せず,遺伝的には多様性を認め15種類に分かれた.そのうち,複数株,複数地域に検出されるシークエンスのタイプとして,ATCC30461EyestrainやATCC50497Rowdonstrainなどと相同性を認めるものが存在した(図2).2.CLケース(保存液)由来株・MPSボトル由来株と角膜分離株の関係(表2)保存液分離株15株のシークエンスはすべてT4であったが,10種類のシークエンスタイプに分かれた.このタイプでは,患者の角膜分離株とともに分離された9組中6組は一致したが,3組では一致しなかった.MPSボトル由来の1株についてはその患者の角膜分離株およびCLケース(保存液)由来株の3者のシークエンスタイプが一致した.表1アカントアメーバ角膜炎患者の角膜擦過物由来株の18SrRNA遺伝子タイピング由来試料IDTtypeBLASTで相同性の高かった(99-100%)株の配列左記配列の分離試料角膜1-1-1T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis角膜1-2-1T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis角膜1-3-1T4Acanthamoebasp.S2.JDPSoil角膜1-5-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜1-6-1T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis角膜1-7-1T4Acanthamoebasp.KA/E10Keratatis角膜1-8-1T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis角膜1-9-1T4Acanthamoebasp.VazalduaKeratatis角膜3-1-1T4Acanthamoebasp.CDC#V390Brain,Skin角膜3-2-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜3-3-1T4ATCC50370A.castellaniiMastrainKeratatis角膜3-4-1T4ATCC50374A.castellaniiCastellaniYeastculture角膜3-7-1T4ATCC50370A.castellaniiMastrainKeratatis角膜4-1-1T4Acanthamoebasp.CDC#V390Brain,Skin角膜4-3-1T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis角膜4-4-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜4-5-1T4A.castellaniiCDC#V042Keratatis角膜6-2-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜6-5-1T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis角膜7-1-1T11A.hatchetti4REKeratatis角膜7-2-1T4Acanthamoebasp.KA/E24Keratatis角膜7-3-1T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis角膜7-4-1T4Acanthamoebasp.UIC1060voucherKeratatis角膜7-5-1T4Acanthamoebasp.CDC#V014Keratatis角膜9-1-1T4Acanthamoebasp.CDC#V062Keratatis角膜9-2-1T4AcanthamoebacastellaniiCDC#V042Keratatis角膜9-3-1T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis(111)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012399 111121161431131321151621651451921441311331T4U07414351191171911181731931751721741341T3U07412711T11AF019068T1U07400T13AF132134T15AF262365T5U94741T2U07411T6AF019063T10AF019067T12AF019070T14AF333609T7AF019064T8AF019065T9AF019066BalamuthiamandrillarisV039図1角膜分離27株の系統関係26株はT4に含まれ,1株のみT11であった.111121161431131321151621651451921441311331T4U07414351191171911181731931751721741341T3U07412711T11AF019068T1U07400T13AF132134T15AF262365T5U94741T2U07411T6AF019063T10AF019067T12AF019070T14AF333609T7AF019064T8AF019065T9AF019066BalamuthiamandrillarisV039図1角膜分離27株の系統関係26株はT4に含まれ,1株のみT11であった.T4T110.1表2アカントアメーバ角膜炎患者のレンズケース(保存液)・MPSボトル・使用環境(洗い場)由来株の18SrRNA遺伝子タイピングと角膜由来株との一致性BLASTで相同性の左記配列の角膜分離株と試料試料IDTtype高かった(99-100%)株の配列分離試料の一致性保存液1-3-2T4AcanthamoebaspS2.JDPSoil一致保存液1-4-2T4Acanthamoebasp.S15Keratatis不明保存液1-5-2T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis一致保存液1-6-2T4ATCC50497Acanthamoebasp.RowdonstrainKeratatis一致保存液1-7-2T4Acanthamoebasp.KA/E10Keratatis一致保存液3-1-2T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis不一致保存液3-2-2T4Acanthamoebasp.CDC#V390Keratatis不一致保存液3-5-2T4Acanthamoebasp.KA/E6Keratatis一致保存液4-2-2T4Acanthamoebasp.CDC#V390Brain,Skin不明保存液6-1-3T4Acanthamoebasp.CDC#V062Keratatis?不明保存液6-2-2T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis一致*保存液6-5-2T4Acanthamoebasp.CDC#V014Keratatis不一致保存液6-10-2T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis不明保存液6-11-2T4Acanthamoebasp.KA/E10Keratatis不明保存液9-4-1T4Acanthamoebasp.CDC#V042Keratatis不明MPS6-2-3T4ATCC30461A.polyphagaEyestrainKeratatis一致**角膜とレンズケース(保存液)とケア用品の3者で一致.400あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(112) ATCC30461EyestrainOthers19%34%ATCC50497RowdonstrainATCC5037015%Mastrain7%KA/E611%CDC#V3907%図2シークエンスタイプの検出頻度多くのタイプが認められたが,Eyestrain次いでRowdonstrainが多かった.III考按AKの原因となったアメーバのTタイピングについてはすでに各国から報告がなされており,わが国でも高岡らの報告がある5)が,今回のように多施設で広く日本の株を集めて行われたスタディははじめてである.今回の報告では1株を除いてすべてをT4が占めており,これは過去の多くの報告と一致している.たとえば,Ledeeら7)は米国フロリダ州のAK患者のサンプル37株のうち36株がT4,1株のみT5であったと報告している.一方,Yeraら8)はフランスのアカントアメーバ分離株37株のうち,AK患者由来の10株はすべてT4であったとしている.ただし,それ以外のCL使用者のCL,保存液でも79%がT4であるとしており,臨床的に重要なT4はもともと環境中に最も多く認められるグループである(半数以上)ことには留意が必要であり9),より多くの環境に適応しうる能力をもっていると考えられ,そのため保存液中で生存しやすく,さらにはアカントアメーバにとって決して住みやすいとは言いがたい角膜でも生存しうるのではないかと推察される.今回のスタディでは1株のみT11が認められたが,T11が角膜炎を発症するという報告は過去にもすでにあり10),本研究のこの症例(試料ID7-1-1)が特に他の症例と比較して臨床所見に特徴があるとか,難治であるとかいうことはなかった(データ示さず).また,今回のスタディには1例,非CL装用者の症例が含まれており(試料ID1-2-1),感染経路は不明で1カ月ほどの間に急速に進行して穿孔し,治療的角膜移植を要したが,この症例も分類上はT4で,しかも今回2番目に多いサブタイプであるRowdonstrainに含まれていた(データ示さず).インドではCLと関係ないAK患者が多いが,分離株はやはりT4であることが報告されており11),CLとT4との間に特別の結びつきがあるわけではないようである.T4の中のサブタイプで,Eyestrainの患者5名は愛媛・(113)CDC#V0427%徳島・岡山・静岡と瀬戸内および太平洋側に分布しており,Rowdonstrainの4名は鳥取・京都の患者で,日本海側であった(データ示さず).これが地域差を示すものか,偶然のものかは個々のグループの株数が少ないため,結論できないが,興味深い傾向であり,株数を増やして解析を続け,明らかにしていきたい.感染症の分子サーベイランスの効能として,高病原性株や薬剤抵抗株の発生監視やアウトブレーク時の迅速な要因解明と感染拡大の阻止があり,AKでもこれが一つの重要な目的となる.たとえば,米国シカゴ周辺で上水道の消毒の方法が変更になったことに伴って生じたと推測されるAKのアウトブレーク(2003.2005年)の株を解析した報告があり12),87%がT4,13%がT3であったが,アカントアメーバ角膜炎からの分離株として報告されたことのない新たなシークエンスタイプの株は見つからなかったとしている.また,Zhangら13)は中国北部のAK患者からのアカントアメーバは26株中25株はT4,1株はT3だったが,18株(69.2%)はユニーク・シークエンスだったとしている.今回,わが国のAKの増加を受けて,解析を行ったが,新たなシークエンスタイプは見つからず,特定のシークエンスタイプへの集積も認められなかった.本報告で,角膜とCLケース(保存液)の株を比較できた9例のうち,6例はシークエンスタイプが一致しており,これは十分予想されることであったが,3例においては不一致であった.これをどう考えるかであるが,一つはCLケース(保存液)に複数の株が汚染しており,そのうちの一つが角膜に感染を起こし,別の一つが保存液から分離された可能性である.もう一つの可能性として,不一致例では,角膜感染株はCL保存液でなく,CLを使用している洗い場などの環境由来と考えることもできる.Bootonら14)は香港のAK患者の角膜擦過物と家の水道水から分離された株は一致しなかったとしている.今回の筆者らの検討では使用環境(洗い場)由来株が1株しかなく,かつその症例では角膜から分離ができていないため,本報告からは除外した.今後,環境由来株も増やして,角膜由来株との一致性について検討していきたい.本研究では,アカントアメーバ分子疫学を行うにあたって,アメーバ株のクローン化と無菌化を行ったが,このように,分離株を保存し,研究資源として活用していくうえでも分子疫学は有用である.今回の分子疫学により,国内AKの起因アメーバのほとんどはT4タイプであったが,特定のシークエンスのタイプには収束せず,近年のわが国のAK増加は,新たな高病原性タイプあるいは株の出現ではなく,以前から環境中に生息していたT4中の多くのシークエンスタイプのアメーバの感染リスクが増加したものであると考えられた.いくつかのシあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012401 ークエンスタイプの異なるアメーバが角膜より高頻度で検出されたが,アメーバ自体の生物学的特性の関与か,地域性(環境,温度など)の違いなのかは不明である.アカントアメーバについては病原因子の解析が十分ではなく,細胞表面への付着に関与するマンノース結合性蛋白や蛋白分解酵素の関与がいわれている15,16)ものの,Tタイピングがそのような性質や病原性と関連するかどうかもまだよくわかっていない.今後は,参加施設数を増やしてアメーバ株をさらに集積し,使用環境からの分離株も増やして分子疫学を継続・拡大し,感染経路,地域差や温暖化による影響などについて検討するとともに,アメーバ株に対する薬剤感受性試験を行い,臨床所見とも比較することによって,臨床病型や治療経過との関連についても検討を加えていく予定である.本研究は厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症研究事業「顧みられない病気に関する研究」「顧みられない寄生虫病の効果的監視法の確立と感染機構の解明に関する研究」の分担研究として行われた.以下のコンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査委員会委員の先生方に多くの有益なご助言をいただきました.ここに深謝致します.石橋康久(東鷲宮病院眼科),植田喜一(ウエダ眼科),稲葉昌丸(稲葉眼科),宇野敏彦(愛媛大学),田川義継(北海道大学),福田昌彦(近畿大学).(敬称略)文献1)NagintonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfectionoftheeye.Lancet2:1537-1540,19742)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの1例─臨床像,病原体検査法および治療についての検討─.日眼会誌92:963-972,19883)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.日眼会誌115:107-115,20114)GastRJ,LedeeDR,FuerstPAetal:SubgenussystematicsofAcanthamoeba:fournuclear18SrDNAsequencetypes.JEukaryotMicrobiol43:498-504,19965)高岡紀子,八木田健司,山上聡ほか:当院で得られたアカントアメーバの遺伝学的分類.眼科52:1811-1817,20106)SchroederJM,BootonGC,HayJetal:Useofsubgenic18SribosomalDNAPCRandsequencingforgenusandgenotypeidentificationofAcanthamoebaefromhumanswithkeratitisandfromsewagesludge.JClinMicrobiol39:1903-1911,20017)LedeeDR,IovienoA,MillerNetal:MolecularIdentificationofT4andT5genotypesinisolatesfromAcanthamoebakeratitispatients.JClinMicrobiol47:1458-1462,20098)YeraH,ZamfirO,BourcierTetal:ThegenotypiccharacterisationofAcanthamoebaisolatesfromhumanocularsamples.BrJOphthalmol92:1139-1141,20089)BootonGC,VisvesvaraGS,ByersTJetal:IdentificationanddistributionofAcanthamoebaspeciesgenotypesassociatedwithnonkeratitisinfections.JClinMicrobiol43:1689-1693,200510)Lorenzo-MoralesJ,Morcillo-LaizR,Lopez-VelezRetal:AcanthamoebakeratitisduetogenotypeT11inarigidgaspermeablecontactlenswearerinSpain.ContactLensAnteriorEye34:83-86,201111)SharmaS,PasrichaG,DasDetal:Acanthamoebakeratitisinnon-contactlenswearersinIndia.DNAtyping-basedvalidationandasimpledetectionassay.ArchOphthalmol122:1430-1434,200412)BootonGC,JoslinCE,ShoffMetal:GenotypicidentificationofAcanthamoebasp.isolatesassociatedwithanoutbreakofAcanthamoebakeratitis.Cornea28:673-676,200913)ZhangY,SunX,WangZetal:Identificationof18SribosomalDNAgenotypeofAcanthamoebafrompatientswithkeratititsinNorthChina.InvestOphthalmolVisSci45:1904-1907,200414)BootonGC,KellyDJ,ChuY-Wetal:18SribosomalDNAtypingandtrackingofAcanthamoebaspeciesisolatesfromcornealscrapespecimens,contactlenses,lenscases,andhomewatersuppliesofAcanthamoebakeratitispatientsinHongKong.JClinMicrobiol40:1621-1625,200215)CaoZ,JeffersonDM,PanjwaniN:Roleofcarbohydrate-mediatedadherenceincytopathogenicmechanismsofAcanthamoeba.JBiolChem273:15838-15845,199816)HurtM,NiederkornJ,Alizadeb,H:EffectsofmannoseonAcanthamoebacastellaniiproliferationandcytolyticabilitytocornealepithelialcells.InvestOphthalmolVisSci44:3424-3431,2003***402あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(114)