‘Bartonella henselae’ タグのついている投稿

視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):244.248,2012c視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病田口千香子青木剛井上留美子河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室SevenCasesofCat-scratchDiseaseNeuroretinitisChikakoTaguchi,TsuyoshiAoki,RumikoInoue,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病7例の報告.症例:1998年から2010年に久留米大学病院で,視神経網膜炎とBartonellahenselae血清抗体価の上昇より猫ひっかき病と診断した7例8眼.男性2例2眼,女性5例6眼.年齢は28.69歳で,全例に猫の飼育歴があった.初診時視力1.0以上3眼,0.1.0.7は4眼,0.01が1眼で,視野異常は8眼中7眼にみられた.治療は,抗菌薬のみ2例,抗菌薬と副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)併用は2例,ステロイドのみ2例,投薬なしは1例であった.最終視力は,0.9以上に改善したのは5眼,0.1.0.5が3眼で,そのうちの2眼(2例)はステロイドのみで治療した症例であった.8眼中5眼は視野異常が残存した.結論:猫ひっかき病による視神経網膜炎では視野異常が残存することが多い.また,治療は早期に抗菌薬を開始したほうがよいと考えられた.Purpose:Toreport7casesofcat-scratchdisease(CSD)neuroretinitis.Cases:Eighteyesof7patients(2males,5females;agerange28.69years)werediagnosedwithCSDatKurumeUniversityHospitalbetween1998and2010.Allhadexposuretocatsandhadanelevatedserumanti-Bartonellahenselaeantibodytiter.Initialvisualacuitywas1.0orbetterin3eyes,0.1to0.7in4eyes,and0.01in1eye.Visual.elddefectwaspresentin7eyes.Treatmentcomprisedsystemicantibioticsin2patients,systemicantibioticsandcorticosteroidsin2patients,andcorticosteroidsin2patients;1patientreceivednomedication.Finalvisualacuitywas1.0orbetterin5eyesand0.1.0.5in3eyes,2ofwhichreceivedcorticosteroidmonotherapy.Visual.elddefectremainedin5eyes.Conclu-sion:InCSDneuroretinitis,visual.elddefectremainsaftertreatment.Earlytreatmentwithsystemicantibioticsisrequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):244.248,2012〕Keywords:猫ひっかき病,Bartonellahenselae,視神経網膜炎.cat-scratchdisease,Bartonellahenselae,neuro-retinitis.はじめに猫ひっかき病は,猫のひっかき傷や咬傷,猫ノミが原因となり,発熱や受傷部位の所属リンパ節腫大を主徴とする感染症である.1990年代にグラム陰性桿菌であるBartonellahenselaeが病原体であることが明らかとなり,さらに抗体価測定が普及し診断率が向上した.猫ひっかき病による視神経網膜炎は1.2%程度にみられる1,2)と報告されている.今回Bartonellahenselae抗体陽性の視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病の7症例を検討した.I症例症例は1998年から2010年に久留米大学病院眼科において,視神経網膜炎と血清のBartonellahenselae抗体価の上昇により,猫ひっかき病と診断した症例7例8眼である.男性2例2眼,女性5例6眼,年齢は20歳代が2例,50歳以上が44例,60歳以上が1例だった.経過観察期間は5カ月.4年7カ月で,全例に猫の飼育歴があり,そのうち猫による受傷歴は5例であった.発症は9月から12月で,全身症状は7例中3例にみられた.血液検査では,全例白血球数は異常なく,CRP(C反応性蛋白)の上昇は5例にみられた.〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN表1各症例の病歴と血液検査年齢Bartonellahenselae抗体価症例性別(歳)発症年月経過観察期間猫飼育歴全身症状白血球(/μl)CRP(mg/dl)IgMIgG1男性691998.104年6カ月+─5,5000<162562女性511998.104年7カ月+─5,3001.2<16256(1998年11月)<16>1,024(1999年2月)<16256(1999月7月)3女性511999.101年8カ月+─5,6000.1980>1,0244女性502000.116カ月+─5,9000.59<162565女性552004.96カ月+発熱・上腕部腫瘤6,8000.9864>1,0246男性282009.95カ月+発熱6,8004.51802567女性282010.129カ月+発熱・肝機能異常5,7001.83>320>1,024表2各症例の眼所見症例罹患眼全身症状出現から眼症状出現までの期間前房炎症視神経乳頭発赤・腫脹網膜滲出斑星芒状白斑1左──中等度─+2右──高度++3右──軽度+─4左─+軽度+─5右3日─中等度++6右6日─高度++7両10日─高度++─高度++表3各症例の視力・視野経過と治療症例初診時視力初診時視野最終視力最終視野治療10.7下方暗点0.1下方欠損ステロイド内服20.3鼻下側欠損0.2鼻下側欠損ステロイドパルス+ステロイド内服31.0耳側欠損0.9耳側欠損なし41.2異常なし1.2異常なしレボフロキサシン50.01中心暗点1.0異常なしセフポドキシムプロキセチル+ステロイド内服60.1傍中心暗点0.5傍中心暗点セフジニル+ステロイドパルス+ステロイド内服7右0.4右Mariotte盲点拡大右1.5異常なしクラリスロマイシン左1.2左Mariotte盲点拡大,上鼻側欠損左1.5左上鼻側暗点Bartonellahenselaeの血清抗体価は,免疫蛍光抗体法ではIg(免疫グロブリン)G抗体価1:64倍以上,IgM抗体価1:20倍以上を陽性とするが,健常人でもIgG陽性者がみられるため3.5),単一血清でIgG抗体価が1:256倍以上,ペア血清で4倍以上のIgG抗体価の上昇,IgM抗体価が陽性のいずれかを認めれば陽性とした.7例中4例はIgMが上昇し,IgGは全例256倍以上だった.症例2のみペア血清で測定を行い,4倍以上の変動がみられた(表1).6例は片眼性で,両眼性は1例のみだった.全身症状がみられた症例では,眼症状出現までの期間は3.10日であった.前房炎症がみられたのは1眼のみで,視神経乳頭の発赤・腫脹が軽度2例,中等度2例,高度4例であった.網膜滲出斑は7例中ステロイド:副腎皮質ステロイド薬.6例,星芒状白斑は7例中5例にみられた(表2).初診時の視力1.0以上は3眼,0.1.0.7は4眼,1眼は0.01で,最終視力が0.9以上に改善したのは5眼,0.1.0.5が3眼だった.初診時の視野異常は8眼中7眼にみられ,多彩な視野異常であった.最終受診時に視野異常は8眼中5眼に残存した(図1).治療は,副腎皮質ステロイド(ステロイド)薬点滴とステロイド薬の内服のみ2例,抗菌薬とステロイド薬併用2例,抗菌薬のみは2例で,1例は全身投与を行わなかった(表3).症例7を提示する.症例(症例7):28歳,女性.主訴:両眼の視力低下.(97)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012245..1..2..3..5.タ….タ…7….7….6.タ….タ.図1各症例の視野経過図2初診時のカラー眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹,乳頭黄斑間には星芒状白斑,白色の網膜滲出斑を認める.現病歴:2010年11月26日より発熱,下痢などの症状が生活歴:保健所から引き取った仔猫を飼育.出現し,12月2日に近医内科を受診し感染性腸炎と診断さ初診時眼所見:視力は右眼0.03(0.4),左眼0.03(1.2).れ抗菌薬を投与された.12月6日より両眼の視力低下を自前房内に炎症細胞はなく,眼底は両眼の視神経乳頭の発赤・覚し,当科を紹介受診した.腫脹,乳頭黄斑間には星芒状白斑,白色の網膜滲出斑を認め既往歴・家族歴:特記すべきことなし.た(図2a,b).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では両眼のab図3初診時のフルオレセイン蛍光眼底造影写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭からの蛍光漏出と左眼の鼻下側の網膜血管からの蛍光漏出がみられる.ab図4最終受診時のカラー眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹は改善し,星芒状白斑は一部残存している.視神経乳頭からの蛍光漏出と左眼の鼻下側の網膜血管からの蛍光漏出がみられた(図3a,b).動的量的視野検査では,右眼のMariotte盲点の拡大,左眼はMariotte盲点の拡大と上鼻側の欠損がみられた(図1,症例7,初診時).眼所見と生活歴から猫ひっかき病による視神経網膜炎を疑い,クラリスロマイシン内服400mg/日を開始した.血清のBartonellahenselae抗体価は,IgM320倍以上,IgG1,024倍以上と上昇していた.クラリスロマイシンを2カ月間内服投与した.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹は改善し,星芒状白斑は一部残存しているが両眼の視力(1.5)と良好である(図4a,b).左眼の視野異常は残存した(図1,症例7,最終受診時).現在まで視神経網膜炎の再燃はない.II考按13年間に7例の血清Bartonellahenselae抗体陽性の視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病を経験し検討した.年齢は7例中4例が50歳以上で,小児の症例はなかった.猫ひっかき病は小児や若年者に多いが,全年齢層において発症するという報告もある2).7例中5例が女性であったが,飼い猫と接触の機会が女性に多いためではないかと考えられている2).猫ひっかき病は夏から初冬の発症が多く,今回の7症例も9月から12月に発症していた.夏に猫ノミが増加し,秋に猫の繁殖期があるためと推測されている.原因動物の多くは猫で,特に仔猫が多いが,犬でも報告がある3).また,受傷歴がなくても猫や犬との接触で,猫ノミによっても発症するとされる2,3,5).今回の7症例すべて猫との接触歴があり,5例で受傷歴があり,仔猫を飼っている症例もあった.わが国において猫ひっかき病は西日本に多く,猫のBartonellahenselaeの保菌率が西日本に高いためと考えられている6).猫ひっかき病の視神経網膜炎でも,1施設で5症例以上の報告は,西日本のみである7,8).(99)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012247猫ひっかき病の診断には,Bartonellahenselaeの血清抗体価の測定が重要であるが,当科では生活歴や眼所見から猫ひっかき病を疑った症例に測定をしている.免疫蛍光抗体法が標準的で,IgGは1:64倍以上が陽性であるが,健常人でも約2.20%で陽性と報告されている4,5).一方,IgMは1:20倍以上が陽性であるが,健常人で陽性の報告はないため9),単一血清でも20倍以上で陽性と診断できるとされている.そのため当科では,単一血清でIgGが1:256倍以上,IgM抗体価が陽性,ペア血清で4倍以上のIgG抗体価の上昇,いずれかを認めれば陽性とする基準3,5)を採用した.しかし,猫・犬と接触歴のある健常人でIgGが256倍という結果もあり9),512倍以上が確実という診断基準もみられる3,8).血清抗体価の上昇とともに生活歴や全身所見,眼所見を含めて総合的に診断確定することが重要と思われる.今回7例中4例がIgM陽性であったが,IgM抗体価は感染後9週程度で消失する9)とされる.これまで猫ひっかき病に伴う眼症状は晩期に発症し,Bartonellahenselae感染後何らかの免疫反応に関連して起こると推測されてきたが,これまでIgM陽性の視神経網膜炎の症例も報告されており8),視神経網膜炎は急性期にも起こることがあると考えられた.視力は,初診時視力が良好であれば,最終視力も良好となることが多く,最終視力は8眼中5眼が良好であったが,3眼が0.5以下と不良であった.これまでの報告と同様に視力予後良好な疾患であるが,一部の症例は視力不良であった.視野は視神経乳頭の発赤・腫脹が軽い2症例(症例4,5)で最終受診時に視野異常がなかったが,視野異常が残存する症例が多く,視力が改善しても視野異常は残った.特に症例1と2は視野欠損の程度が大きかった.視力の経過と治療について検討すると,最終視力が不良であった3眼(症例1,2,6)のうち,症例1と2は初診時視力より低下した.この2例は1998年初診の症例であり対象症例のなかで古い2例で,症例1は診断までに1カ月を要し,症例2は視神経炎として治療を開始した症例で,最終的にはこの2例は視神経萎縮となった.2例ともステロイド薬内服のみで治療を行っていた.症例6は,発熱の出現時から抗菌薬を投与されていたが,当院受診時に視神経乳頭の発赤・腫脹も強く,視力低下があったため,抗菌薬に加えてステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mgを3日間)を併用し,その後ステロイド薬の内服に切り替えたが,最終視力は0.5にとどまっている.内科的に猫ひっかき病は予後良好な疾患で自然治癒するため未治療の場合も多いが,治療には抗菌薬が有効で,アジスロマイシンやクラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が効果的であるといわれている4).猫ひっかき病による視神経網膜炎は経過観察のみでよいのか,治療として抗菌薬,ステロイド薬,もしくは両者を併用するのか,確立したものはない.今回の症例では最終視力が良好でも視野異常が残存した症例が多く,またステロイド薬のみで治療し視力が不良な症例もみられた.視力・視野障害がごく軽度なら経過観察が原則ではあるが,視力・視野障害があれば,Bartonellahenselae感染症が原因であるため,まず抗菌薬の投与が必要と思われる.もし抗菌薬のみで効果が少ない場合には,つぎにステロイド薬の併用を検討すべきと考えられる.しかし,発症早期から抗菌薬を投与し,さらにステロイド薬を併用しても,良好な視力に改善しなかった症例もあり,今後さらに症例を重ねて検討する必要がある.最近では,猫や犬などのペットはコンパニオンアニマルといわれ,家族の一員として濃厚接触する機会が増えており,今後も猫ひっかき病は増加すると予想される.感染源として疑われるペットについては,安易な説明をしてしまうとペットを処分することもあるため慎重な説明を心がけ,獣医を受診しペットのノミ駆除を行うこと,飼育環境を清潔にすること,接触後は手洗いをするなど日常的な清潔維持が必要である.視神経網膜炎の症例では,猫ひっかき病を念頭におき診療する必要があり,視機能障害があれば,まず抗菌薬の投与を行ったほうがよいと考えられた.文献1)MargilethAM:Recentadvancesindiagnosisandtreat-mentofcatscratchdisease.CurrInfectDisRep2:141-14620002)吉田博,草場信秀,佐田通夫:ネコひっかき病の臨床的検討.感染症誌84:292-294,20103)坂本泉:ネコひっかき病.小児科診療73:139-140,20104)KamoiK,YoshidaT,TakaseHetal:SeroprevalenceofBartonellahenselaeinpatientswithuveitisandhealthyindividualsinTokyo.JpnJOphthalmol53:490-493,20095)常岡英弘,柳原正志:Bartonellaquintana,Bartonellahenselae.臨床と微生物36:139-142,20096)MaruyamaS,NakamuraY,KabeyaHetal:PrevalenceofBartonellahenselae,Bartonellaclarridgeiaeandthe16SrRNAgenetypesofBartonellahenselaeamongpetcatsinJapan.JVetMedSci62:273-279,20007)小林かおり,古賀隆史,沖輝彦ほか:猫ひっかき病の眼底病変.日眼会誌107:99-104,20038)内田哲也,福田憲,吉村佳子ほか:眼底病変を有した猫ひっかき病の7例.臨眼62:45-52,20089)草場信秀,吉田博,角野通弘ほか:猫ひっかき病におけるBartonellahenselae抗体の経時的測定の臨床的意義─間接蛍光抗体法による検討─.感染症誌75:557-561,2001***