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網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1701.1705,2014c網膜中心動脈閉塞症から血管新生緑内障をきたした1例河本良輔*1石崎英介*1福本雅格*1中泉敦子*1佐藤孝樹*1池田恒彦*1南政宏*2佐藤文平*3*1大阪医科大学眼科学教室*2南眼科*3大阪回生病院眼科ACaseofNeovascularGlaucomaAssociatedwithCentralRetinalArteryOcclusionRyohsukeKohmoto1),EisukeIshizaki1),MasanoriFukumoto1),AtsukoNakaizumi1),TakakiSato1),TsunehikoIkeda1),MasahiroMinami2)andBunpeiSatou3)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)MinamiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital軽度の桜実紅斑(cherry-red-spot)で初発,経過中に血管新生緑内障(NVG)をきたした網膜中心動脈閉塞症(CRAO)の1例.56歳,男性.冠動脈カテーテル治療中に左眼視力低下を自覚.左眼眼底に軽度のcherry-red-spotを認めCRAOと診断.眼球マッサージ,前房穿刺を行いプロスタグランジン製剤およびウロキナーゼの点滴を開始したが,30cm手動弁のままであった.Cherry-red-spotは軽度のまま遷延した.2カ月後にNVGを発症し,前房出血も併発して左眼眼圧は48mmHgに上昇した.前房洗浄,水晶体切除,硝子体切除,眼内汎網膜光凝固術,毛様体光凝固術を施行し,術後眼圧下降を得た.蛍光眼底造影は著しい充盈遅延があり,網膜電図(ERG)はa波,b波,律動様小波とも減弱していた.Cherry-red-spotの遷延するCRAOでは早期に汎網膜光凝固を施行する必要があると考えられた.Wereportacaseofneovascularglaucoma(NVG)associatedwithcentralretinalarteryocclusion(CRAO).A56-year-oldmalepresentedatourophthalmologycliniccomplainingofsuddenvisualdisturbanceinhislefteye,afterundergoingpercutaneouscoronaryintervention.Weobservedaslightcherry-redspotanddiagnosedCRAO.Wesubsequentlyperformedeyeballmassage,paracentesisandcontinuousdripinfusionofprostaglandinandurokinase.However,thepatient’scorrectedvisualacuityremainedat30cm/f.c.Twomonthslater,NVGassociatedwithhyphemadevelopedandintraocularpressure(IOP)increasedto48mmHg.Weperformedanteriorchamberirrigation,lensectomy,vitrectomy,panretinalphotocoagulationandcyclophotocoagulation.Postoperatively,IOPdecreased.fluoresceinfundusangiographyrevealedaseveredelayofinflowtotheretinalartery.Electroretinographyrevealedreductionofa-wave,b-waveandoscillatorypotential.OurfindingsshowthatpanretinalphotocoagulationmightbenecessaryforpatientswithearlyphaseCRAOwithaprolongedcherry-redspot.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1701.1705,2014〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,血管新生緑内障,cherry-red-spot.centralretinalarteryocclusion,neovascularglaucoma,cherry-red-spot.はじめに網膜中心動脈閉塞症(CRAO)に血管新生緑内障(NVG)を併発することは稀で,その理由としては,急激な網膜虚血により網膜が菲薄化するため,血管新生因子を放出する余力が網膜組織に残存しないことが推測されている1).今回筆者らは軽度のcherry-red-spotで初発し,経過中にNVGをきたしたCRAOの1例を経験したので報告する.I症例患者:56歳,男性.主訴:左眼霧視,視力低下.現病歴:平成19年6月20日午前9時過ぎごろ冠動脈カテーテル治療中に左眼の霧視を自覚した.同日15時頃より左眼視力低下があり,眼科紹介受診となった.〔別刷請求先〕河本良輔:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科Reprintrequests:RyohsukeKohmoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(135)1701 図1初診時眼底写真左眼は軽度の網膜白濁・cherry-red-spotを認める.右眼は異常を認めない.初診時所見:視力は右眼0.15(0.9×sph.2.0D),左眼30cm手動弁(矯正不能)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼11mmHgであった.両眼とも前眼部に異常なく中間透光帯は軽度白内障を認めた.直接対光反応は右眼は迅速かつ十分,左眼は鈍で相対的入力瞳孔反応異常(RAPD)を認めた.左眼眼底には網膜白濁,軽度のcherry-red-spotを認めた.右眼は異常を認めなかった(図1).Goldmann視野検査では左眼の中心視野消失を認めた(図2).また,同日撮影されたMRA(磁気共鳴血管画像)では両側内頸動脈に径不整を認めたが,著しい狭窄・閉塞はなかった(図3).経過:網膜中心動脈閉塞症と診断,ただちに眼球マッサージおよび前房穿刺を行った.また,同日より入院にてリプルR,ウロキナーゼRの点滴を5日間開始したが,視力に著変なく左眼視力矯正30cm手動弁のまま退院となった.その後,外来にて経過観察されており,平成19年8月8日外来受診時は左眼視力矯正30cm手動弁,左眼眼圧14mmHgで,前眼部に著変を認めなかった.眼底は網膜の白濁および1702あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014図2初診時動的視野左眼は中心視野消失を認める.cherry-red-spotが遷延していた(図4).ところが発症より約2カ月後の平成19年8月27日,高度な頭痛,眼痛および嘔吐を主訴に来院.左眼の著明な角膜浮腫を認め,左眼眼圧は48mmHgに上昇していた.右眼に著変はなかった.左眼は角膜浮腫のため虹彩や隅角所見は得られなかったが,NVGと診断した.眼痛が強く球後麻酔施行のうえ前房穿刺およびベバシズマブ硝子体注射を施行した.しかし,その後も眼圧下降は得られず,疼痛も続いたため平成19年8月31日に経毛様体扁平部硝子体切除術および経毛様体扁平部水晶体切除術を施行した.術中,著明な角膜浮腫,多量の前房出血を認めた.最初にバイマニュアルアスピレータにて丁寧に前房出血を除去した.その後経毛様体扁平部水晶体切除を行った.硝子体出血をきたしていたが眼底には網膜.離や増殖性変化は認めなかった.経毛様体硝子体切除を施行後,汎網膜光凝固および下方約1/2周にわたり毛様体扁平部光凝固を行い合併症なく手術を終えた.術後左眼眼圧は10mmHg台前半で経過し,眼圧下降,眼痛,疼痛の消失を得た.平成(136) 図3初診時MRA両側内頸動脈に径不整を認めるが,高度な閉塞・狭窄を認めない.19年9月19日の所見では左眼眼圧8mmHgと眼圧下降は得たが,左眼視力は光覚(±)であった.眼底所見では汎網膜光凝固斑およびcherry-red-spotを認めた(図5).その後眼圧は再上昇することなく落ち着いている(図6).同日施行した蛍光眼底造影検査では左眼の著しい循環遅延を認め(図7),網膜電図(ERG)ではa波,b波,律動様小波の減弱を認めた(図8).II考按CRAOにNVGを併発する頻度は1.2%とする報告2,3)があるが,他の循環障害をきたす疾患よりその頻度は少ない.その理由としては,急激な血行の途絶による網膜の崩壊が生じ,そのダメージが強すぎるため血管新生因子が産生・放出されないことが指摘されている.しかし,一方でNVGの頻度はさほど低率でなく15.16%に生じたとする報告4,5)もある.このなかには高度の頸動脈病変などの眼虚血症候群に起因するものがかなり含まれていると考えられる.CRAOに続発するNVGには①眼虚血症候群に起因するもの,②網膜中心静脈閉塞症(CRVO)に併発するもの,③CRAO単独でNVGが発症するもの,の3タイプがあると推測される.①の眼虚血症候群に起因するもの6.8)では,一般に頸動脈狭窄が強くなると虹彩ルベオーシスが発生する.CRAOと頸動脈病変には糖尿病や高血圧,高脂血症など危険因子には共通なものが多く,両者の合併は決して稀ではない.大野ら9),田宮ら10)の報告ではCRAOの約30.50%に(137)図4発症7週間後の眼底写真網膜白濁およびcherry-red-spotが遷延している.図5術後眼底写真(発症2カ月後)汎網膜光凝固痕とcherry-red-spotの残存を認める.50%以上の頸動脈病変があるとしている.また,網膜動脈分枝閉塞症を発症後にNVGを併発した眼虚血症候群の報告11)もある.②のCRVOとCRAOが併発した症例報告12.14)はいくつかあるが,その特徴は通常のCRVOに比べて網膜出血が少なく,非虚血型のCRVO様の所見を呈するが後極部は網膜白濁が強いことが挙げられる.発症機序に関しては諸説があり,一過性のCRAOの血流障害がベースになり,血流うっ滞により二次的にCRVOが生じるとする説や,逆にCRVOの循環障害がCRAOの誘因であるとする説がある.今回の症例はMRAより内頸動脈に眼虚血症候群を引き起こすほどの重度の狭窄や閉塞を認めなかったことや,他にNVGを引き起こすようなCRVOや重度虚血の糖尿病網膜症の所見を眼底に認めなかったことから③の単独のCRAOよりNVGを併発したものと考えた.術中の左眼眼底所見においても同様で他のNVGを引き起こすような眼底疾患を認めあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141703 眼圧(mmHg)60:右眼50:左眼4030201006/237/238/239/2310/23図6両眼の眼圧経過図7蛍光眼底造影検査静脈相左眼は網膜循環の遅延を認める.図8術後網膜電図a波,b波,律動小波の減弱を認める.なかった.本症例の特徴としては経過中左眼眼底の網膜白濁は通常のCRAO所見より軽度であった.CRAOの眼底所見は極早期ではcherry-red-spotがみられず,網膜の白濁は3.6週間で消失し,網膜の色調は徐々に正常化することが知られている15).しかし,本症例では軽度の網膜白濁が遷延したためcherry-red-spotも残存したものと考えた.岡本の報告16)ではcherry-red-spotが明瞭なCRAOと不明瞭なCRAO群でOCT(光干渉断層計)を用いた検討を行っている.それらによるとcherry-red-spotが不明瞭な群の急性期のOCT画像では明瞭な典型的なCRAOと異なり,SD-OCT(spectraldomain-OCT)のカラー表示で神経節細胞層の高反射が弱いことを示している.このことは網膜内層の浮腫,特に神経細胞層の浮腫が軽度であることを意味していると述べている.特にこれらcherry-red-spotが不明瞭な群の症例は眼底所見で網膜白濁が軽度であり,軟性白斑を認めることが多いとしている.軟性白斑の存在は網膜虚血の所見ではあるが,軸索流のうっ滞を反映しており,網膜内層の神経節細1704あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014胞層の生存を意味している.また,向野らの報告1)では,CRAOにおいて網膜虚血が急速に進行した場合は血管新生が起こらず,緩徐に進行した場合は血管新生が起こるとしている.本症例は冠動脈カテーテル検査中に発症したため,原因は心原性の塞栓による可能性が高い.患者の全身状態不良につき初診時に蛍光眼底造影検査やOCTを撮影はしておらず,当時の血行動態,網膜周辺部無血管野の有無や網膜内層の評価は正確には不明である.しかし,本症例では軟性白斑の出現はなかったが,網膜白濁が軽度であり通常よりも遷延したことを考えると網膜は完全な虚血状態ではなかったと考えられた.また網膜虚血も緩徐に進行した可能性も考えられる.網膜内層の代謝がある程度維持されておりそこからvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生因子が多く産生されNVGに至ったと考えた.今回の症例は発症より2カ月後にNVGを発症しており,完全虚血ではないCRAO症例では虚血型のCRVOと同様に発症より2,3カ月にて(138) NVG発症に至る可能性がある.通常CRAO症例は急性期を過ぎると病状固定し経過観察となる場合が多いが,本症例と同様に網膜虚血が軽度で進行が緩徐であると考えられる症例では経過中にNVGに至る可能性があり,経過が落ち着いたとしても長期にわたり蛍光眼底検査や隅角検査などで可能な限りNVG発症に注意し,危険性がある場合は早期の汎網膜光凝固が必要であると考えた.本論文の要旨は第26回日本眼循環学会(名古屋)で発表した.文献1)向野利寛,魚住博彦,中村孝一ほか:網膜中心動脈閉塞症の病理組織学的研究.臨眼42:1221-1226,19882)GartnerS,HenkindP:Neovasculizationoftheiris(rubeosisiridis).SurvOphthalmol22:291-312,19783)PerpautLE,ZinmmermanLE:Theoccurrenceofglaucomafollowingocculusionofthecentralretinalartery.AMAArchOphthalmol61:845-846.Link,19594)DukerJS,SivalingamA,BrownGCetal:Aprospectivestudyofacutecentralretinalarteryobstruction.Theincidenceofsecondaryocularneovasculariization.ArchOphthalmol109:339-342,19915)DukerJS,BrownGC:Irisneovasculrizationassociatedwithobstructionofthecentralretinalartery.Ophthalmology95:1244-1250,19886)渡邊真弓,荻野哲夫,木下貴正ほか:眼虚血症候群の眼所見と予後.眼紀57:189-194,20067)梶浦祐子,安積淳,井上正則:眼虚血症候群その臨床経過と治療成績.臨眼46:1022-1024,19928)鈴木智子,紺屋浩之,浜口朋也ほか:2型糖尿病に合併した両側内頚動脈閉塞症眼虚血症候群の1例.糖尿病と代謝30:54-60,20029)大野尚登,村田恭啓,木村和美ほか:網膜動脈閉塞症と頚動脈病変.臨眼50:1599-1601,199610)田宮良司,内田璞,岡田守生ほか:網膜血管閉塞症と閉塞性頚動脈疾患との関係について.日眼会誌100:863867,199611)奥野高司,長野陽子,池田佳美ほか:網膜動脈分枝閉塞症を発症後に血管新生緑内障を併発し予後不良であった眼虚血症候群の1例.あたらしい眼科27:1617-1620,201012)忍田拓哉,渡邊博,松橋正和ほか:網膜中心静脈症に合併した網膜中心動脈閉塞症及び脈絡膜循環不全の1例.臨眼56:1111-1115,200213)西村幸英,岡本紀夫:内頸動脈病変が影響したと考えられる網膜中心静脈閉塞症に合併した網膜中心動脈閉塞症の2例.眼科45:263-269,200314)天野公美子,川久保洋,島田宏之ほか:網膜中心動静脈閉塞症の2症例.眼紀47:1012-1017,199615)渡辺博:網膜動脈閉塞症.GeriatricMedicine44:12561257,200616)岡本紀夫:網膜中心動脈閉塞症の病型:網膜形態と視力予後に関する研究.兵庫医大会誌35:81-88,2010***(139)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141705

確認困難な網膜毛様動脈を伴った網膜中心動脈閉塞症の1例

2012年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(10):1423.1425,2012c確認困難な網膜毛様動脈を伴った網膜中心動脈閉塞症の1例秋澤尉子*1廣渡崇郎*1石田友香*1真木剛浩*2*1公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院眼科*2石川台駅前眼科ACaseofCentralRetinalArteryOcclusionwithSmallCilioretinalArteryYasukoAkizawa1),TakaoHirowatari1),TomokaIshida1)andTakehiroMaki2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,2)IshikawadaiekimaeEyeClinic網膜中心動脈閉塞症はcherryredspotを示し,視力予後が悪いことで知られるが,網膜中心動脈閉塞症のうち,黄斑部を灌流する網膜毛様動脈を伴う例は比較的視力障害が軽いと指摘されている.今回典型的なcherryredspotを呈さず,視力も比較的良好な症例に遭遇した.検眼鏡的には網膜毛様動脈は確認されなかったが,フルオレセイン蛍光眼底所見でfoveolaを灌流する小さな網膜毛様動脈と網膜中心動脈の閉塞とが確認され,網膜毛様動脈を伴う網膜中心動脈閉塞症の診断を得た.典型的なcherryredspotを示さない症例では必ず注意深い蛍光眼底検査を行い,網膜毛様動脈の存在やその灌流域を確認する必要がある.Purpose:Toreportacaseofcentralretinalarteryocclusion(CRAO)withsmallcilioretinalarterysparing.Case:Thepatient,a66-year-oldotherwisehealthymale,cametoEbaraHospitalhavingexperiencedsuddenlossofvisioninhisrighteye2dayspreviously.Examinationshowedthattheeye’sbest-correctedvisualacuitywas4/20.Ophthalmoscopicexaminationoftheeyeshowedretinaledemainthemacularareaandabsenceofacherryredspot.Fluoresceinangiographydisclosedasmallcilioretinalarterywithfoveolarsparing.Thepatient’svisionimprovedto20/20aweeklater.Conclusion:Becauseofthesmallcilioretinalartery,itwasdifficulttodiagnoseCRAOintheatypicalabsenceofacherryredspot,usingnormalophthalmoscopy.TodiagnoseCRAO,itisimportanttocarefullyexaminethefluoresceinangiograph.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(10):1423.1425,2012〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,網膜毛様動脈,cherryredspot,フルオレセイン蛍光眼底検査.centralretinalarteryocclusion,cilioretinalartery,cherryredspot,fluoresceinangiography.はじめに網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclusion:CRAO)は,急な視力低下で発症し,予後不良な疾患で知られる.Brownら1)は10,000人に1人の発症率であり,60歳代前半に多く,男性に多いと報告し,Hayrehら2)は網膜毛様動脈を伴う例は視力予後がよいとしている.さらに視力予後には網膜毛様動脈の灌流域が関与している3)との報告がある.今回筆者らは発症後2日を経過したCRAOでありながら視力予後が良い例を経験した.検眼鏡所見ではcherryredspotを呈さなかったが,蛍光眼底検査では網膜中心動脈の閉塞の他,小さな網膜毛様動脈を確認したが,これが中心窩を灌流しており視力予後が良い原因と思われた.CRAOでは網膜毛様動脈の確認は視力予後の予測ばかりか,治療方法の選択にも重要である.そのためには注意深い蛍光眼底検査で網膜毛様動脈の灌流域を確認する必要がある.I症例患者:66歳,男性.主訴:右眼の視力低下.現病歴:平成24年3月19日右眼視力低下に気付き,近医を初診した.右眼CRAO疑いで紹介され,21日荏原病院眼科を初診した.既往歴:なし.初診時所見:視力は右眼0.02(0.2×.3.75D(cyl.0.75D〔別刷請求先〕秋澤尉子:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:YasukoAkizawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashiyukigaya,Ota-ku,Tokyo145-0065,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(107)1423 図1初診時眼底写真(右眼)発症2日後の眼底写真であり,網膜動脈の狭細あり.後極網膜には浮腫があるが,cherryredspotは明瞭でない.図3蛍光眼底写真造影開始後1分1秒造影開始後1分1秒で右眼網膜中心動脈の造影が始まった.Ax70°),左眼0.2(1.5×.3.25D(cyl.1.25DAx70°).眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHg.両眼とも初発白内障あり.検眼鏡では右眼眼底はcherryredspotはなく視神経から後極網膜に不正反射あり,わずかに浮腫を認めたが,網膜毛様動脈は確認できなかった(図1).Goldmann視野では右眼中心4°の比較暗点あり.フルオレセイン蛍光眼底検査を施行したところ,造影開始33秒で右眼視神経乳頭耳側に黄斑部に向かう小さな網膜毛様動脈のみが造影された(図2).37秒では毛様動脈の静脈還流も確認された.さらに1分1秒で右眼網膜中心動脈の造影が始まった(図3).蛍光眼底検査の所見から網膜毛様動脈を伴うCRAOの診断にて3月21日入院となった.血圧194/101mmHgであり,血液検査で随時血糖200mg/dlであり,内科で高血圧・糖尿病1424あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012図2初診時蛍光眼底写真(右眼)造影開始後33秒左下は拡大写真.造影開始後33秒で右眼視神経乳頭耳側に黄斑部に向かう小さな網膜毛様動脈のみが造影された.の診断を得た.CRP(C反応性蛋白)は0.08mg/dlであった.経過:全身的には高血圧に対し内服開始,糖尿病に食事療法を開始した.3月21日からウロキナーゼ12万単位点滴5日間,高圧酸素療法1気圧1時間10日間を施行した.頭部MRI(磁気共鳴画像)を施行し,視神経周囲炎の所見はなかったが,右眼内頸動脈の狭窄が指摘され抗凝固剤の内服開始となった.右眼視力は,3月26日0.1(0.5×.3.75D(cyl.0.75DAx70°),高圧酸素終了時には0.2(1.0×.3.50D(cyl.0.75DAx80°),4月13日には0.2(1.2×.3.5D(cyl.0.75DAx80°)と改善した.Goldmann視野では傍中心比較暗点が残存したが,4月13日退院となった.II考按CRAOは急激な視力低下で発症し,視力予後が不良なことで知られる.Hayrehらによる動物実験で網膜中心動脈の完全閉塞後97分では網膜の機能は回復するが105分では網膜機能に障害が出る4),完全閉塞後4時間を過ぎると網膜の壊死が始まる5)という報告をもとに,発症後4時間以内に治療を開始することが求められている.さらにHayrehら2)はCRAOの視力予後を論じるなかで,治療法・予後の違いがありnon-arteric-CRAO,non-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparing,transientCRAO,artericCRAOの4群に別けて論じる必要があるとし,non-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは視力予後が比較的良いと報告している.自験例は初診時矯正視力は0.2であったが,初診時の眼底検査では,黄斑部に軽度に白濁した網膜浮腫があったが,中心窩周囲には網膜浮腫はなくcherryredspotはなかった.CRAO疑いと診断はしたものの,検眼鏡的には網膜毛様動(108) 脈が確認できなかったため,なぜcherryredspotを呈さないのか,視力低下が軽度なのか,診断が確定できなかった.強度近視6)や網脈絡膜萎縮が高度な症例7)ではCRAOでありながらcherryredspotを呈さないとの報告があるが,自験例では網脈絡膜萎縮はなかった.フルオレセイン蛍光眼底検査を行ったところ,造影開始33秒で黄斑部を灌流する小さな網膜毛様動脈を確認し,44秒で静脈還流を認め,さらに1分を過ぎてから網膜中心動脈の充盈が始まった.蛍光眼底検査の結果から網膜毛様動脈を伴ったCRAOの診断を得,視力低下が軽度な原因も確認できた.一方,視野の中心暗点の鑑別診断として球後視神経炎も検討すべきであり,頭部MRI検査を行ったが,視神経周囲炎などの所見はなく内頸動脈の狭窄がありCRAOの診断と矛盾するものはなかった.ところで,cilioretinalarteryがあれば,CRAOでも視力予後が期待でき,その存在を確認することは重要である.Cilioretinalarteryの発生頻度については諸家の報告がある.Liuら8)は蛍光眼底検査5,000眼の検討で923眼35%にciliaryarteryを確認し,このうち耳側に分布するものが78%,すなわち全体の27%と報告している.一方,Hayrehら2)はCRAO260眼の報告でnon-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは35例,すなわち13%と報告している.Lorentzen9)はCRAO53眼の報告でcilioretinalarteryは12%,Brownら3)は網膜動脈閉塞症187例のうちCRAOは107例,このうちcilioretinalarteryがあったのは28例,すなわち26%と報告している.このように耳側に向かう網膜毛様動脈の頻度は12%から27%と報告によって大きな差がある.網膜毛様動脈の状況は大小さまざまであり,大きな網膜毛様動脈が網膜全体を栄養している症例も報告10)されている.一方,自験例は検眼鏡では確認できず,注意深い蛍光眼底検査で初めて検出できた極小な網膜毛様動脈であった.網膜毛様動脈の頻度の差は人種差というだけではなく検出がむずかしいことも一因と思われる.CRAOの視力予後については,Hayrehら2)がCRAOを前述の4群に分類し,transientとnon-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは予後が良いとしている.しかし,網膜毛様動脈はその大きさや灌流部位がさまざまである.網膜毛様動脈の灌流部位に関してBrownら3)は耳側に向かうciliaryarterysparing28例をさらにfoveolaを灌流する12例,paramaculaの半分以上を灌流する例が11例,半分以下を灌流する例が5例と分類し,foveolaを灌流する例はそもそも視力低下が少なく予後が良いと報告した.網膜毛様動脈を伴うCRAOでは,単に網膜毛様動脈が耳側に向かうというのみでなく,その灌流域を確認することが重要である.自験例はごく小さい網膜毛様動脈であったがfoveolaを灌流していたため,発症時の視力低下が少なくかつ治療後視力が1.2という良好な視力予後を得たものと考える.CRAOの治療については,Hayrehらは閉塞後4時間で網膜には不可逆的な変化が生じる5)ので治療は発症後4時間以内に開始すべきであり,自然経過でもある程度の改善があり2),有効な治療はないとしている.このため,CRAOの治療は時間との戦いであり,発症後4時間を過ぎて初診してきた例は多くの施設で治療法はないと診断されてきたのが実情である.一方,Brownら3)はfoveolaを灌流するcilioretinalarteryを伴うCRAOでは閉塞後の浮腫で視力が低下するのであり,浮腫がとれれば視力が改善すると述べている.自験例ではCRAOから2日が経過しており,治療は効果がないとされるところであるが,foveolaに向かう網膜毛様動脈があるので中心窩の血流改善を目的として高圧酸素治療を行い1.2の矯正視力を得た.高圧酸素装置のある病院は限られているが,Brownら3)の考えに従えば,高圧酸素装置がなくてもfoveolaを灌流するcilioretinalarteryを伴うCRAOでは浮腫をとる治療などの可能性がある.今後はCRAOでは注意深く蛍光眼底検査を行って網膜毛様動脈の有無を確認し,灌流域がfoveolaを含んでいる例では発症後時間が経過していても十分な治療を行うようにしていきたい.文献1)SharmaS,BrownGC:Retinalarteryobstruction.In:RyanSJ(ed):Retina.3rded,p1350-1367,CVMosby,StLouis,20012)HayrehSS,ZimmermanMB:Centralretinalarteryocclusion:Visualoutcome.AmJOphthalmol140:376-391,20053)BrownGC,ShieldsJA:Cilioretinalarteriesandretinalarterialocclusion.ArchOphthalmol97:84-92,19794)HayrehSS,KolderHE,WeingeistTA:Centralretinalarteryocclusionandretinaltolerancetime.Ophthalmology87:75-78,19805)HayrehSS,ZimmermanMB,KimuraAetal:Centralretinalarteryocclusion.Retinalsurvivaltime.ExpEyeRes78:723-736,20046)井上亮,生野恭司,沢美喜ほか:強度近視眼に発症した網膜中心動脈閉塞症の一例.眼紀58:549-552,20077)松葉真二,岡本紀夫,三村治:桜実紅斑を呈しなかった網膜中心動脈閉塞症の一例.眼臨紀2:140-142,20098)LiuL,LiuLM,ChenL:IncidenceofcilioretinalarteriesinChinesehanHanpopulation.IntJOphthalmol4:323325,20119)LorentzenSE:Incidenceofciliaryarteries.ActaOphthalmol(Copenh)48:518-524,197010)HedgeV,DeokuleS,MatthewsT:Acaseofacilioretinalarterysupplyingtheentireretina.ClinAnat19:645647,2006(109)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121425