———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS第一の問題点は,内蔵された雲霧機構であろう.雲霧機構は,あらかじめ決められたタイミングで網膜像のボケを意図的に作ることで,調節の介入を最小限に止め,眼の屈折値つまり調節遠点の計測を意図している.しかし雲霧が完全に成立すると,調節レベルは,実は調節遠点ではなく,調節安静位(tonicaccommodation)である調節遠点から1~1.5D近方へ位置する.つまり,調節遠点を引き出す手段として内蔵された雲霧機構は,理論的な矛盾を抱えているのである.近視学童を対象とした筆者らの検討2)では,調節麻痺後,オートレフの測定値には,平均0.11D,最大0.8Dの近視度数の軽減がみられた(図1).つまり,使用したオートレフの雲霧機構は平均的には意図する役割を果たしているものの,この機構に対する調節反応には,個人差または個体内変動が少なくないことを示している.したがって,従来指摘されているように,学童を対象とする屈折検査では,オートレフで得られた測定値は,はじめに2006年のAssociationforResearchinVisionandOphthalmology(ARVO)年次総会でCD配布された検索ソフトを用いて,“myopia”または“accommodation”をキーワードに検索すると実に243の演題がヒットする.このことは,近視と調節の分野が,視覚科学において,今なおホットな研究分野であることを示している.なかでも学童を対象とする近視進行予防の無作為化臨床比較試験は,今世紀になって立て続けに実施されている1).岡山大学でも2002年から,「累進屈折力眼鏡による近視進行予防トライアル」を実施しており,結論は間もなく得られる予定である2).本稿では,おもに臨床試験を実施する過程で得られたデータを基にして,学童期の屈折検査や眼鏡矯正に関して,私たちが日常診療の場で遭遇する諸問題について考えてみたい.I自動レフラクトメーターは信頼できるか?DavidGuyton教授が,Harvard大学の学生時代に初めて自動レフラクトメーター(以下,オートレフと略)の原型を製作して以来,わが国を中心とする光学メーカーによって改良が重ねられ,この検査機器はすべての眼科診療所にとって必需品になっている.しかし発明者であるGuyton教授自身,現在も屈折検査に検影法を用いている事実は,オートレフによる屈折検査は便利ではあっても,少なからず問題点が残されていることを物語っている.(3)???*SatoshiHasebe:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・眼科学〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-0914岡山市鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・眼科学特集●もっと知りたい,斜視・弱視あたらしい眼科23(6):701~705,2006学童期の屈折検査・眼鏡処方アップデート???????????????????????????????????????????????????????????????????─??????長谷部聡*1020300-1-0.500.51平均±SD:+0.11±0.30DミドリンP?点眼後のオートレフ値-オートレフ値(D)度数(眼)図1ミドリンP?調節麻痺後のオートレフ値の変化———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006屈折検査を進めるうえでのベースラインと位置づけるべきで,そのまま真の屈折値(完全矯正度数)と解釈するのは危険である.そこで,オートレフ本来の高い測定精度を期待するには,調節麻痺薬を併せて用いるべきである.調節麻痺下のオートレフ測定値のリピータビリティー(2回の測定値が一致する95%信頼区間)は±0.37Dと報告されており,あらゆる屈折検査法のなかで最も優れている(図2).ただし近年では,レーザー干渉計を用いた非接触眼軸計測装置IOLMaster(Zeiss)が登場し,近視進行(眼軸長の伸展)の有無の判定に限れば,精度はさらに2~3倍向上する.第二の問題点は,最新鋭の検査機器の多くがそうであるように,オートレフは検査法としてブラックボックス化されていることである.たとえば,好奇心旺盛な学童は,時に,投影された内部視標に触れてみたいという衝動に駆られる(図3).これにより対物レンズが皮脂で汚れても,通常,測定不能になることはない.オートレフは何ら警告なく,使用機種に応じて遠視側または近視側に,一定ジオプトリーだけはずれた測定値を表示し続けるのである.医師がこの事情を知らないと,誤った測定結果を,何となく奇異に感じながら,受け入れ続けることになりかねない.図4は,筆者らの臨床試験で測定ごとに実施しているキャリブレーション,つまり-5.68Dの模擬眼球に対するオートレフの測定値を,経時的に示したものである.使用機種では対物レンズが汚れた場合,その程度に応じて最大数ジオプトリー,測定値が近視側にずれる傾向がみられる.筆者らは,理想値から0.2D以上の近視化がみられた場合,直ちに対物レンズのクリーニングを実施している.このような大きな変動とは別に,±0.15D程度の連続的あるいは季節的な変動もみられるようである.日常診療においても,診療開始前に模擬眼を用いて測定値が正しく得られるかを確認することは,屈折検査のブラックボックス化を避ける第一歩といえるのではないだろうか.II学童に対する累進屈折力眼鏡の処方は可能か?累進屈折力眼鏡は二重焦点眼鏡と異なり,外見上,単焦点眼鏡と差がない.このため,装用率の点では高いコンプライアンスが期待できる.また二重焦点眼鏡と異なり,遠見から近見まで連続性をもって,より自然な視覚(4)図2各屈折検査のリピータビリティー(文献3よりデータを図案化)IOLMaster調節麻痺下のオートレフ超音波Aモード自覚的屈折値非調節麻痺下のオートレフ非調節麻痺下のレチノスコープ調節麻痺下のレチノスコープオートケラト0.000.250.500.751.001.25小児を検査対象とした測定におけるリピータビリティー(D)図3ブラックボックス化しつつある屈折検査-6.2-6.0-5.8-5.6-5.42003200420052006測定の年月日(年)理想値-5.68D模擬眼球の測定値(D)図4模擬眼球(-5.68D)に対する自動レフラクトメーター測定値の変動———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???が確保できることも利点である.最近では,自然な眼?頭部共同運動(eye-headcoordination)により近用加入度数が利用できるように累進帯長を短くデザインしたレンズが市販されている.学童期においても,1)白内障術後や弱視眼などの調節不全を示す症例,2)遠見と近見で眼位ずれが大きく異なる高AC/A(調節性輻湊対調節)比の調節性内斜視,近年では3)眼精疲労や4)近視進行予防を目的として累進屈折力眼鏡が用いられる場合は少なくない.筆者の経験では,近見加入度数が+1.5Dであれば,階段の昇降に支障をきたす事例はなく,累進屈折力眼鏡を処方したすべての学童でそれを常用することができた.海外での臨床比較試験では,加入度数+1.5~2.0Dの累進屈折力眼鏡が使用されているが,日常生活が制限されたという報告や,眼鏡装用が原因と考えられる事故の報告は,筆者の知る限り皆無である.累進屈折力眼鏡の学童期における最大の問題点は,眼鏡レンズの下方偏位である(図5).下方偏位が生ずると,装用者は近業時にレンズ遠用部を通して眺めることになる.このため,期待される近見加入度数効果のコンプライアンスが低下する.老視眼であれば,下方偏位は近見視力が低下するため,装用者自身がそれに気づいて,自ら眼鏡の下方偏位を補正できる.あるいは顎の挙上により,下方偏位を代償できる.ところが学童では,一般的には調節力が十分あるため,レンズが下方偏位しても視力障害を自覚しにくい.このため,自ら下方偏位を補正することは期待できないのである.近視学童を対象とした筆者らの調査では,老視眼に対する通常のプロトコールで累進屈折力眼鏡を作製,眼鏡フレームのフィッティングを行った場合,再診時には,理想的な位置に対して平均3.7mm,最大10.4mmのレンズの下方偏位が観察された4).これは,近見加入度数効果を大きく損なう偏位量といえる.近年示された海外の臨床比較試験におけるプロトコールでは,累進屈折力レンズのフィッティングポイント(通常エッチングマークを結ぶ中点の3ないし4mm上方)を通常の位置(瞳孔中心)より4mm上方に上げて眼鏡を作製し,もしレンズの上方偏位による遠見視力障害が自覚された場合は,顎下げの代償頭位をとるよう指導することが推奨されているようである5).一般的に,学童期の眼鏡フレームは変形しやすく,下方偏位を起こしやすい.累進屈折力眼鏡の場合,処方箋を書くだけでは意図する治療効果は期待できない.眼鏡士と密接に連絡を取りながら,レンズが正しい位置にあることを定期的に確認する努力が必要である.III眼鏡処方における眼位検査の重要性輻湊運動と調節運動は,相互に影響を与える(図6).このため眼鏡処方の際にも,眼位検査が重要な情報を提供する場合がある.近視学童を対象とした筆者らの調査では,完全矯正眼鏡を装用させた場合,約30%は近見内斜位(高AC/A比)を示す2).近視眼では,眼鏡度数が完全矯正に近づくにつれて,一定距離に置かれた対象物を明視するために必要な調節量は増大する.完全眼鏡装用下で近見内斜位を示す症例では,両眼単一視を維持するために,近見時に融像性開散運動が必要になる.開散運動は輻湊性調節(convergenceaccommodation/convergence:CA/C)のリンクを経て,調節運動を抑制する方向に作用するため,明視に必要な調節反応が妨げられる可能性がある6,7).この問題は,眼鏡装用を続けることで,調節,輻湊制御系の順応機能(低速積分器)が作用し,自然に回復する可能性もあるが,一部の症例(5)図5累進屈折力レンズの下方偏位は近見加入度数の利用を困難にするP:エッチングマーク,FP:フィッティングポイント,十字:角膜反射像.右眼は3mm,左眼は5mmの下方偏位が見られる.詳細は文献3参照.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006では解消されず,眼精疲労の原因となっているようである.従来わが国では,近視眼鏡は低矯正で処方される傾向がある.この処方法は,完全矯正眼鏡は近視の進行を早めるという仮説に基づくものであった.しかし同時に,上に述べたような近視矯正に伴う近見視力障害を未然に防いできたようにも思われる.ただし遠見,近見とも最良の眼鏡視力を甘受しようとすれば,近見内斜位を示す症例には,累進屈折力眼鏡が良い適応といえるかもしれない.逆に,近視眼鏡装用に伴う眼精疲労については,近見内斜位による調節障害の可能性を検討してみる必要がある.IV調節麻痺薬としてのミドリンP?は有効か?トロピカミド点眼液は,アトロピンやサイプレジン?点眼液と比べ副作用が少なく,調節麻痺作用は短時間で済む.臨床的に,最も使用しやすい調節麻痺薬といえる.しかし調節麻痺効果としては比較的弱く,学童の屈折検査に用いるのは不適当であるという意見もある.しかしその根拠は,自覚的な調節力検査や屈折検査に基づくものであった8,9).近年,Mannyらは1%トロピカミド点眼後に,3Dの調節と3メートル角の輻湊を同時刺激し,残余の調節反応を他覚的に測定した10).その結果,平均調節反応が右眼で0.38±0.42D,左眼で0.30±0.41D(反応量/刺激量=10~13%)であったことから,近視学童に対する調節麻痺薬として1%トロピカミドは有効であると結論した.国内で入手可能なミドリンP?(0.5%トロピカミドと0.5%フェニレフリンの合剤,参天)を用いてこれを追試した筆者らの検討では,同一の調節輻湊刺激に対して平均0.17±0.52D(反応量/刺激量=6%)の調節反応が観察された2).この値はMannyらの報告と同等であり,近視学童に限れば,屈折値の経過をみたり,近視予防効果を判定したりするうえで,ミドリンP?点眼液は活用されてよい薬剤であると思われる.ただし,トロピカミドが最大調節麻痺効果を示す期間はきわめて短く,5分間隔で2回確実に点眼した後,正確に30~40分後に屈折検査を行うべきである8).Vむずかしい調節緊張による偽近視の診断ミドリンM?は,調節緊張による偽近視の治療として,しばしば用いられている.しかし,この疾患を軽度近視と鑑別診断することは容易でない.調節緊張による偽近視の診断基準として山地は,ミドリンP?点眼後,(1)裸眼視力が良くなる,(2)同じ度数の矯正レンズで視力が良くなる,(3)検影値または手動式レフラクトメーターの測定値が1D以上プラス側へ動くことを提唱している11).しかし,要件(1)(2)は,散瞳時の球面収差の増大による網膜像の劣化を安全域として含めた評価であり,必ずしも客観性が十分あるとはいえない.近視学童を対象とした筆者らの検討2,12)では,近視学童のミドリンP?点眼後の自覚的屈折値(3mmの人工瞳孔を用いた赤緑試験)は,近視強度によらず(-1.25Dから-6.00Dの範囲),平均0.25Dの近視度数の軽減を示した(図7).屈折値の変動幅の95%信頼区間が±0.8Dであるから,この値を明らかに超えて近視度数の軽減が(6)++++++++++??調節反応輻湊反応CA/C調節フィードバックループ視差ボケAC/A距離変化輻湊フィードバックループ内斜位++高速積分器高速積分器低速積分器低速積分器図6CliftonSchorの調節と輻湊の制御モデル近見内斜位はCA/Cリンク(太線)を介して調節反応を抑制するため,眼精疲労の原因となりうる(文献7参照).1020300-1-0.500.51平均±SD:+0.25±0.22DミドリンP?点眼後の自覚的屈折値-自覚的屈折値(D)度数(眼)図7ミドリンP?調節麻痺前後の自覚的屈折値の変化(5m赤緑試験による)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???見られれば,異常値と判断できる.調節緊張による偽近視の診断のもとに,ミドリンM?による点眼治療を試みる理由になる.この値は,山地の診断基準(3)にほぼ一致する値といえる.オートレフ測定値に基づいて調節緊張による偽近視を診断することは,一層困難である.なぜなら,前述したように,オートレフに内蔵された雲霧装置は,調節遠点の検出という点で信頼性が乏しいからである.ミドリンP?点眼後に近視度数の軽減がみられても,調節緊張の寛解によるものか,雲霧装置に対する調節反応の個体差によるものかを区別できないのである.おわりに「累進屈折力眼鏡による近視予防トライアル」を実施する経過で得られた臨床データを基にして,学童期の屈折検査,眼鏡矯正における諸問題,すなわちオートレフ計測の問題,累進屈折力眼鏡の問題,調節麻痺薬としてのミドリンP?の問題について考察した.とりとめない記述であるが,日常診療での疑問解決に,何らかの参考になれば幸いである.文献1)長谷部聡:今月の話題.近視進行予防とEBM.臨眼60:2006(印刷中)2)HasebeS,NonakaF,NakatsukaCetal:Myopiacontrol(7)trialwithprogressiveadditionlensesinJapaneseschool-children:baselinemeasuresofrefraction,accommodation,andheterophoria.????????????????49:23-30,20053)ZadnikK,MuttiDO,AdamsAJ:Therepearabilityofmeasurementoftheocularcomponents.?????????????????????????33:2325-2333,19924)HasebeS,NakatsukaC,HamasakiIetal:Downwarddeviationofprogressiveadditionlensesinamyopiccon-troltrial.??????????????????????25:310-314,20055)KowalskiPM,WangY,OwensRetal:Adaptabilityofmyopicchildrentoprogressiveadditionlenseswithmodi-?ed?ttingprotocolinthecorrectionofmyopiaevaluationtrial(COMET).?????????????82:328-337,20056)GossDA,RaineyBB:Relationshipofaccommodativeresponseandnearpointphoriainasampleofmyopicchildren.?????????????76:292-294,19997)HasebeS,NonakaF,OhtsukiH:Accuracyofaccommo-dationinheterophoricpatients:testinganinteractionmodelinalargeclinicalsample.??????????????????????25:582-591,20058)所敬,仲尾博子,大塚昌紀:0.5%ミドリンPおよび1%ミドリン点眼による調節麻痺極期持続時間について.眼臨60:483-487,19669)濱村美恵子,内海隆,菅澤淳ほか:小児近視例の眼鏡処方における雲霧法の有効性.眼臨88:125-128,199410)MannyRE,HusseinM,ScheimanMetal;COMETStudyGroup:Tropicamide(1%)isane?ectivecycloplegicagentformyopicchildren.?????????????????????????42:1728-1735,200111)山地良一:偽近視の研究.日眼会誌72:2083-2150,196812)長谷部聡,宮田学,浜崎一郎ほか:近視学童における0.5%トロピカミド点眼による屈折値の変化.臨眼60:581-585,2006