———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.1,2006??0910-1810/06/\100/頁/JCLS?バックグラウンド1916年スイスの神経生理学者WalterRudolfHessの考案した1)“Hessのスクリーン”は,その後の100年近く多少の工夫はなされたものの,ほとんど原形のまま踏襲されてきた.現在入手可能な機種は,ElectricHessScreenMKII(ClementClarkInternational社製,輸入元;ジャパンフォーカス株式会社),ネオ・ビューヘススクリーンRH-10008(製造元:株式会社タカギセイコー),ヘスチャートプロジェクター(はんだや株式会社)で,いずれも大きいボードに被検者によって指示された点を検者が手書きで書き写すものである2,3).その測定点は中心点と15?8点,30?8点の計25点である.これらの器械で顎台に頭位を固定して中心固視による複像を得るためには15?が限界で,30?の点ではすでに周辺視野で重ねていると思われる.また視標サイズが中心部で2mm,周辺部で3mmの点光源となっているため,被検者の矢印の先端と視標との間で視野闘争が起こることが想定される.今回開発した眼筋機能測定装置は,パソコンを使用して検査距離を2種類設定し,5?間隔で中心15?(50cm)および20?(35cm)の範囲をより細かく測定するようにプログラムされている.ディスプレイ画面サイズの制限がなければさらに広く設定できる.被検者がマウスをクリックすることにより応答が記録され,測定結果はプリントされる.半暗室で測定できることと,幼児は困難だが小児でもマウスが操作できれば使え,高齢者でマウスが操作できないときには検者が補助できる配置としてある.データはID(identi?cation)によりファイル保存されるので随時利用できる.?装置の概要装置はノート型PC,21インチ液晶ディスプレイ,プリンタ,マウス,電源装置からなり電動光学台に装備している.頭位は自然視に近くするために顎台に固定せずに椅子に後頭部支えと頬押さえを設置した.検査距離は目的にあわせて35cmと50cmのいずれか,または両距離を選択する.被検者画面の背景は濃灰色で,視角の等位線(平面上に一定の角度の間隔で引いた線をここでは等位線という)は表示されない.画面上の視覚等位線は2種類作成し,図1に35cmを赤で,50cmを青で表す.中心を固視した場合の瞳孔間距離(PD)と検査距離(Z)に対する輻湊角(q?)およびprismdiopters(△)の計算結果を表1に示す.輻湊角とPDとの関係をみると,検査距離50cmでPD62mmでは7.1?(12.4△),PD54mmでは6.2?(10.8△)であり,成人と小児が同距離で測定すると,約1?(1.6△)の誤差がでる.被検者の検査距離を厳密に固定することは不可能であり,瞳孔距離に合わせて検査距離を変えることは煩雑であるため1?の誤差範囲を容認した.検査距離35cmでは中心から20?まで測定できるが,周辺視になる部分には誤差がでる可能性を考慮する必要がある.新しい治療と検査シリーズ(59)157.新しい眼筋機能測定装置「Diplomet」プレゼンテーション:平岡満里1)・渋谷英敏2)1)小金井眼科クリニック・2)ハナブサ電子工業コメント:三村治兵庫医科大学眼科学教室図1検査距離と視角の等位線50cm35cm°°———————————————————————-Page2??あたらしい眼科Vol.23,No.1,2006赤緑眼鏡は,液晶画面の赤緑視標を分離する波長(赤;640nm,緑;530nm)の色フィルタを使用し,周辺視に枠が妨げにならぬように両脇を広くした.強度の屈折異常の場合は,コンタクトレンズまたは眼鏡装用の上にオーバーグラスとした.視標(ターゲットとカーソル)のサイズ・輝度は可変でターゲット2?,カーソル0.4?を標準とするが,被検者の視機能により調整できる.測定方法は自動と手動があり目的に応じて選択する.画面に呈示されたターゲット(丸い輪)の中心にカーソル(丸い点)を入れるという“玉入れ法”で,視野闘争を避けるようにそれぞれのサイズを設定し,順次測定点を自動または手動で移動していく.右・左の測定については,赤緑眼鏡を交換するのではなく画面上で視標の色を反転する.測定点は,中心点から図1の水平および垂直方向±20?まで,50cmで合計25点,35cmで33点に反時計回りに四角を描く順序でターゲットが呈示される.自動シングル設定では,反応時間に制限は設けずマウスクリックを確認すると自動的につぎの測定点に移る.自動で進行するときには,検者は被検者の右斜め前にて検者画面でモニターしながら頭位に十分配慮できる.結果は,カーソルを□(右眼では緑,左眼では赤),ターゲットを×(左眼では緑,右眼では赤)で示し,両眼をA4サイズに結線表示で印刷(diplometchart)する.ほぼ数分で両眼の測定が終わる.対応異常がない眼位異常の症例にインフォームド・コンセントを得て検査を行った3例の結果について,交代プリズム遮閉試験(alternateprismcovertest:APCT)による眼位,Hessscreenchart,Synoptophore(タカギセイコー社製364型)9方向眼位との比較を行った.各症例の臨床経過と検査結果については,図の説明に記載した.?測定結果の信頼性APCTで得られる遠見眼位と近見眼位は,偏位角を定量測定する方法として最も信頼性が高いが,熟練した技術と時間,被検者の協力が必要である.Hessscreenchartは,麻痺筋の同定に有効であるが定性的な判定となる.Diplometは,マウスの操作ができれば特別な技術を必要とせず短時間で測定できるので被検者への負担も少ない.どの程度の定量化が可能であるかについてAPCTのデータと比較してみる.数理計算からすると,眼?画面間距離(cm)が57cmで瞳孔間距離(mm)と輻湊角(?)とが一致する.すなわち,画面を57cmに設置すれば被検者の瞳孔距離による輻湊角が自動補正でき(60)50545862669.510.311.011.812.616.718.019.320.722.08.28.89.510.110.814.315.416.617.718.97.27.78.38.99.412.513.514.515.516.56.46.97.47.98.411.112.012.913.814.75.76.26.67.17.610.010.811.612.413.25.25.66.06.56.99.19.810.511.312.04.85.25.55.96.38.39.09.710.311.0PD(mm)Z(cm)θ=2tan1{(PD/2)/Z}(180/π)Δ=10(PD/Z)30354045505560表1瞳孔間距離(PD)と検査距離(Z)に対する輻湊角(q?)・プリズム角(?)図2症例1:59歳男性,副鼻腔炎による左外転麻痺a:治療前,b:治療2週後.1週前発症でMRI(磁気共鳴画像)上,両側汎副鼻腔炎あり,軽症糖尿病(網膜症なし)合併.APCT;(D)30△ET,(N)10△ET.セフェム系抗生物質2週間内服,視能訓練治療後APCT;(D)6△ET,(N)0.Diplometchart;a:10?内方偏位,b:2?内方偏位.左方視で複視残存.-30-20-10U102030-30-20-10D102030302010T-10-20-30302010N-10-20-30-30-20-10U102030-30-20-10D102030302010T-10-20-30302010N-10-20-30b.治療後a.治療前■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■××××××××××××××××××××××××××Diprometchart左眼(50cm,ターゲット1.5?,カーソル0.3?)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.1,2006??る.AC/A比では100cmで一致するとされているが,調節性・近接性輻湊が加算されているため4)に数理的に得られた距離よりも大きい.APCTの近見は30cmであるから,表1にあるようにPD62mmであれば21△輻湊位で計測していることになる.Diplometを50cmで測定した場合には,12△の輻湊位で計測したことになるから両者の差は9△となる.すなわち9△近くの差が得られれば,理論値と実際の測定値の信頼性が実証される.〔症例1(図2)〕外直筋の炎症性麻痺であるが,近見30cmAPCT;10△ETに対して50cmDiplometの内方偏位は10?(18△)であったことから,その差8△は理論値と相似していた.〔症例2(図3)〕原因不明の外転麻痺であるが,APCT;遠見(3m)14△ET,近見(30cm)0に対して50cmDiplometの内方偏位は7?(12△)でその差8△を超えていた.理論値からすると3mと50cmの間には10△の輻湊が起こるが,PD60mmで+4.5Dの屈折から4△の調節性輻湊が加わったと考えた.(61)図3症例2:71歳女性,左外転麻痺a:術前,b:術後2週.急性発症で原因を特定できなかった.APCT;遠見3m(D)14△ET,近見30cm(N)2△EP?.視能訓練,Fresnel膜装用で6カ月経過をみたが回復せず,左外直筋短縮術を施行.術後APCT;(D)2△XP,(N)0.Diplometchart;a:7?内方1?上方偏位,b:3?外方,1?上方偏位.術後複視消失.-30-20-10U102030-30-20-10D102030302010T-10-20-30302010N-10-20-30-30-20-10U102030-30-20-10D102030302010T-10-20-30302010N-10-20-30■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■b.治療後a.治療前Diprometchart左眼(35cm,ターゲット2?,カーソル0.4?)××××××××××××××××××××××××××××××××××-30-20-10U102030-30-20-10D102030302010T-10-20-30302010N-10-20-30-30-20-10U102030-30-20-10D102030302010T-10-20-30302010N-10-20-30CHessscreenChartB9方向眼位右眼固定左眼偏位■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××Ltemp.nasal×××××××××××××××××××××××××DAPCT(N)ab5△XP?L/R3△HPR/L0.5△HP?b0-2△R/L0.5△-2△R/L1△L/R0.5△-2△-3△L/R0.5△0R/L0.5△-2△R/L0.5△updown←↑↓temp.nasal.→-2△L/R1.5△L/R2△-2△L/R2△-5△L/R3△-5△L/R2△-7△L/R7△-2△L/R1.5△L/R2△-2△L/R4△updowntemp.nasal.a←20°20°20°↑↓→20°baADiprometchart左眼(50cm,ターゲット2?,カーソル0.4?)図4症例3:67歳男性,右方視で複視a:初診時,b:1カ月後.右方視複視発症1週後の初診時APCT;(D)5△XPL/R4△HP,(N)5△XP?L/R3△HP(D-a).9方向眼位;右下方視で上下ずれ増加(B-a).Hesschartで内直筋・上直筋および上斜筋方向に軽度麻痺(C).Diplometchart;5?外方,1?上方偏位,右下方視で上方偏位が3?に増加(A-a).MRA(磁気共鳴血管撮影),MRIの検査で病巣特定されず.従来の高血圧治療で1カ月後自覚的な複視消失.APCT;(N)R/L0.5△HP?(D-b).9方向眼位;右方視の外方偏位残存(B-b),上下ずれはほぼ消失.Diplometchart;中心~右方視2~3?外方偏位のみで左方視と上下視は偏位0?(A-b).これらの結果から内直筋の麻痺に加えてSynoptophoreでは回旋眼位は検出されなかったが,Diplometchartからは左上斜筋麻痺と考えた.———————————————————————-Page4??あたらしい眼科Vol.23,No.1,2006〔症例3(図4)〕左上斜筋麻痺が疑われたが自然緩解した例で,30cmAPCT;5△XP?L/R3△HPに対して50cmDiplometの外方偏位は5?(9△)であるが,右下方視で上方偏位が増加した.APCTとDiplometとの差は,水平偏位で4△,垂直偏位で1△あった.自覚症状が消失した1カ月後のDiplometでは,垂直偏位がなかったが,APCTではR/Lと逆転してわずか(0.5△)にみられた.これらの結果からSynoptophoreで検出されないが,APCTでは計測できた垂直偏位をDiplometで測定可能であった.すなわち,Diplometによってかなり精度の高い定量測定の可能性が考えられた.?適応と限界本装置では,従来の機器では測定できなかった中心20?内の測定が,プリズム偏位角と同等の精度で得られたのは大きな進歩と考える.しかし麻痺の程度が大きいとき,画面の範囲を超えることがあった.測定範囲内であれば,他の器械による眼筋機能測定でむずかしかった複数筋麻痺および回旋偏位がほぼ正確に測定できたことから有用であると考える.今回の器機では20?までを詳細にとるための“中心プログラム”としたが,将来はディスプレイが安価になって拡大されれば“周辺プログラム”としてのバージョンアップを考えている.?本装置の従来の機種にない利点1)検査時間が短い,2)頭位の負担が少ない(ただし,小児では介助が必要),3)視標の大きさ・輝度を可変,半暗室で検査可能,4)検査距離・範囲可変;35cm:20?,50cm:15?,5)結果は印刷,ファイル保存,6)スペースの節約,7)オプションプログラムに対応可能.共同研究者:橋本友紀子,諸田麻里子,菅沼雅子(小金井眼科クリニック).文献1)vonNoordenGK:Binocularvisionandocularmotility.TheoryandManagementofStrabismus.4thed,p182-184,Mosby,StLouis,19902)三村治:Hessコージメーター.眼科診療プラクティス18,眼科診断機器とデータの読み方(可児一孝編),p142-143,文光堂,19973)大平明彦:Hessスクリーンテスト.眼科検査法ハンドブック第2版(丸尾敏夫ほか編),p207-209,医学書院,19974)初川嘉一:斜視の屈折と調節.あたらしい眼科19:1547-1551,2002?本方法に対するコメント?Hessスクリーンは,眼筋麻痺の状態を半定量的に記録できる検査であるが,著者も指摘しているようにいくつかの欠点がある.特に,高齢者では視標が小さいため,視野闘争も加わって片方しか見えず測定不能と検査されることが多い.また,記録者のチェックの仕方でかなり結果が変化してしまうこともある.その意味で今回のDiplometは非常に優れた器械であり,特に暗室のスペースの狭いところではお薦めの器械といえる.ただ,あえて問題点を指摘するとすれば,本来のHessスクリーンと違い顎台に固定しない点に違和感がある.甲状腺眼症や重症筋無力症,外眼筋線維症の患者では顎を上げて代償するため,かなりきっちりと頭部を固定しないと測定結果が毎回異なってしまうことが多い.今回の測定方法では神経麻痺の測定など頭位の影響を受けないものでは安定した結果が得られ,患者にも優しい測定が可能であるが,できれば顎台のオプションの設定が必要ではないかと思われた.☆☆☆(62)