《原著》あたらしい眼科42(3):368.372,2025c白内障手術により両眼のDescemet膜.離を発症し,片眼に角膜内皮移植を要した1例生駒輝髙橋理恵原田一宏内尾英一福岡大学医学部眼科学教室CACaseofBilateralDescemetMembraneDetachmentfollowingCataractSurgeryTreatedwithDescemetStrippingEndothelialKeratoplastyinOneEyeHikaruIkoma,RieTakahashi,KazuhiroHaradaandEiichiUchioCDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversityC目的:白内障手術により両眼に広範なCDescemet膜(DM).離を発症し,前房内空気注入・SF6ガス注入を試みたが,片眼はCDMが接着せず,角膜内皮移植術(DSAEK)により視力の改善を認めたC1例を経験したので報告する.症例:74歳,女性.前医にて右眼白内障手術を施行され,術翌日に広範なCDM.離を発症し紹介受診した.前房内に空気を注入したが,DMは接着・復位しなかった.SF6ガスを注入したが,DMの再.離を認めたため,DSAEKを施行し,右眼角膜の透明性が得られた.その後,左眼白内障手術を施行したところ,右眼同様にCDM.離が出現した.前房内空気注入で復位しなかったため,前房内CSF6ガス注入を行い左眼CDMは復位した.両眼とも(1.0)となった.結論:白内障術後に両眼のCDM.離を生じるケースがあり,その発症に注意するとともに,治療には前房内CSF6ガス注入とCDSAEKも考慮すべきと考えられた.CPurpose:ToreportacaseofextensivebilateralDescemet’smembrane(DM)detachmentduetocataractsur-geryCinCwhichCairCinjectionCandCSF6CgasCinjectionCintoCtheCanteriorCchamberCwasCperformedCbutCtheCDMCdidCnotCadhereCinConeCeye,CsoCDescemet’sCstrippingCautomatedCendothelialkeratoplasty(DSAEK)wasCultimatelyCrequiredCtoimprovevision.Case:Thisstudyinvolveda74-year-oldfemalereferredtoourhospitalfromalocalclinicwithextensiveCDMCdetachmentC1CdayCafterCundergoingCcataractCsurgeryCinCherCrightCeye.CAirCwasCinjectedCintoCtheCanteriorchamber,yettheDMdidnotadhereorreattach,sointracameralSF6Cgaswastheninjected.However,DMredetachmentwasobserved,soDSAEKwasperformedandthecorneabecametransparent.Cataractsurgerywasthenperformedonherlefteye,andDMdetachmentoccurredinthesamemannerasinherrighteye.Asitdidnotrelocatepostairinjectionintotheanteriorchamber,intracameralSF6CgasinjectionwasperformedandtheDMreattached.Postsurgery,visualacuityinbotheyeswas(1.0).Conclusion:IncasesinwhichbilateralDMdetach-mentoccurspostcataractsurgery,anditisvitaltopaycloseattentionandconsiderintracameralSF6CgasinjectionandDSAEKastreatments.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)42(3):368.372,C2025〕Keywords:白内障手術,Descemet膜.離,角膜内皮移植,前房内気体注入.cataractsurgery,Descemetmem-branedetachment,Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty,intracameralgasinjection.Cはじめに白内障手術における合併症の一つにCDescemet膜(Des-cemetmembrane:DM).離があるが,多くは強角膜切開創または角膜切開創部の限局的なものであり,視機能に影響しないことがほとんどである.しかし,.離が広範囲なものは未治療で経過した場合,角膜内皮障害のため角膜浮腫や水疱性角膜症をきたし,重篤な視力障害を引き起こす原因となりうる1).DM.離が限局的な場合は自然治癒が望めるが,広範囲であれば前房内への空気注入やCSF6(六フッ化硫黄)ガス,C3F8(八フッ化プロパン)ガス注入が行われることが〔別刷請求先〕生駒輝:〒814-0180福岡市城南区七隈C7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HikaruIkoma,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,FukuokaUniversity,7-45-1Nanakuma,Johnan-ku,Fukuoka814-0180,JAPANC368(104)多い1.3).今回,両眼白内障術後に上方半分にわたる広範囲なCDM.離を発症し,前房内空気注入およびCSFC6ガス注入を行い,左眼はCDMが接着したものの,右眼はCDMが接着せず角膜内皮移植術(DescemetCstrippingCautomatedCendothelialkeratoplasty:DSAEK)を行い視力の改善を認めたC1例を経験したので報告する.CI症例患者:74歳,女性.主訴:右眼の視力低下.既往歴:2型糖尿病,高血圧症,潰瘍性大腸炎,リウマチ性多発筋痛症,気管支喘息,椎間板ヘルニア.家族歴:特記事項なし.現病歴:20XX年C10月,前医にて右眼白内障手術を施行した.術中,角膜内皮が上半分ほど.離しているのに気づいたが,DM.離を残したまま手術を終了した.翌日,細隙灯顕微鏡検査で水疱性角膜症を認めたが,角膜浮腫のためにDMの詳細が不明であった.このため,同日,患者は筆者らの施設(福岡大学附属病院)を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼C0.02(矯正不能),左眼C0.5(0.9C×sph+0.25D(cyl.0.75DAx90°),眼圧は右眼17mmHg,左眼C15CmmHg.右眼角膜はびまん性の浮腫と角膜内皮側にDM皺襞を認め,上方の内皮側に線状構造が部分的にみられた(図1a).中央から下方にかけて明らかな二重前房は認められず,前房に浮遊している構造物もなく,角膜内皮の所在は不明だった.前房は形成され,眼内レンズは水晶体.内にあることが確認できた(図1b).眼底は角膜浮腫により透見不能であった.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)検査では,角膜上方半分にCDMと思われる膜の.離を認め,連続性が確認できた.右眼CDM.離と診断した.スペキュラーマイクロスコープによる角膜内皮細胞密度は右測定不能,左眼C2,892個/mmC2であった.経過:初診時の前眼部COCT検査で広範なCDM.離を認めたため,同日に前房内空気注入を施行した.また,術後点眼としてレボフロキサシンC4回/日,フルオロメトロンC4回/日を開始した.第C1病日,前眼部COCT検査にて空気が接触している上方角膜はCDMの接着が確認できたが,下方は再度DM.離を認めたため,同日前房内にC30%CSFC6ガス注入を施行した.第C5病日,前房内のCSFC6ガスがC1/2に減少した時点でCDM.離が再発し,細隙灯顕微鏡検査では角膜中央部にCDMの欠損を認めた(図2).前房内気体タンポナーデによるCDMの整復はむずかしいと考え,第C28病日に右眼DSAEKと前房内空気注入を施行した(図3).術中,ホストのCDMと思われる構造物を眼外に除去し,角膜移植片を前房内に挿入し,位置を確認し最後に前房内に空気を注入して手術終了とした.術後,ドナー角膜の接着は良好であり,前房中の空気が消失してもドナー角膜の.離を認めなかったため,第C36病日で退院となった.退院後は徐々に右眼角膜の透明性が得られ,術後C1カ月で右眼視力(0.5)まで改善した.右眼術後C3カ月時の診察で,右眼虹彩と眼内レンズの後癒着を認め,膨隆虹彩と診断した.高眼圧のため緑内障点眼薬を使用し,ダイアモックス内服,マンニトール点滴を行ったが右眼高眼圧が持続したため,20XX+1年C4月に右眼瞳孔形成術・周辺虹彩切除術を施行した.その後,右眼眼圧は正常化した.また,右眼視力も術後C1年で(1.0)まで改善し,DMの再.離は認めていない.一方,外来経過中に左眼も白内障進行を認め視力が(0.6)まで低下し,本人の強い希望により,20XX+1年6月に左眼の水晶体超音波乳化吸引術,眼内レンズ挿入術を施行した.術中,眼内レンズ挿入後に粘弾性物質を灌流液で洗浄をしている最中に,上方の強角膜創部からCDM.離が出現した(図4).その際は上方のみの.離だった.これ以上.離が広がらないように,白内障手術の最後に,前房内空気注入を施行し,手術を終了した.しかし術後,前房内の空気が減少するとともにCDM.離の再発を認めた..離の範囲は上方半分と広範囲であっため,術後C7日目に前房内にCSFC6ガス注入を施行した.SFC6ガスが減少してもCDM.離の再発なく経過した.その後,左眼は徐々に角膜の透明性が増し,術後C1カ月の時点で左眼視力(1.0)となり,それ以降両眼ともDMの再.離はみられていない(図5).CII考按小切開化が進んだ現在の白内障手術において,切開創やサイドポート部にできる小さい範囲のCDM.離は時にみられる合併症であるが,何かしらの処置が必要になる広範囲なDM.離はまれであり,その頻度はC0.028.0.044%と報告されている4,5).限局性のCDM.離の原因は,切れないメスの使用,器具の出し入れ方向の誤り,粘弾性物質や灌流液の誤注入など術者の手技の問題で発生することが多いといわれている.一方,広範囲に生じるCDM.離の原因としては,糖尿病の既往,梅毒による角膜白斑,角膜ジストロフィ,先天緑内障,外傷などによる角膜実質とCDM間の接着異常が考えられている4).本症例は,右眼は前医での手術となるため詳細が不明であるが,左眼の手術動画を確認しても手術手技には問題ないと思われた.また,左眼は術中最後に入れた空気が抜けた後のDM.離範囲を確認すると,術中に.がれていた範囲を超えてCDM.離が広がっていた.両眼とも上方半分にわたり広範囲にCDM.離を発症したため,手術の手技による合併症よりも,角膜の何らかの器質的脆弱性が原因ではないかと考えられた.DMと角膜実質との接着は,角膜実質からCDMに向か図1初診時の右眼前眼部写真(a)とOCT画像(b)a:角膜全体に高度な浮腫を呈し,上方にCDescemet膜(Descemetmembrane:DM).離を認める().b:上方から中央にかけてCDM.離を認める.図2SF6ガス注入後5日の右眼前眼部写真とOCT画像a:前房内のCSFC6ガスがC1/2まで減少しているが,角膜浮腫がみられる.角膜内皮の欠損部位に一致したCDMがみられる(点線範囲内).b:翻転し.離しているCDMを認める().って角膜実質線維が貫通することでなされているが6),DM.離をきたした症例のC71.4%に糖尿病を認めた過去の報告から,DM.離が起こりやすい素因の一つに糖尿病の可能性があげられている7).本症例も既往に糖尿病があるため,糖尿病がCDMと角膜実質間の接着に影響した可能性が考えられた.糖尿病の既往がある患者に対して内眼手術を行う際は,予期せぬ広範囲なCDM.離をきたす可能性があることを念頭に置く必要がある.治療方法はCDM.離の範囲で対応が異なる.MackoolとHoltzはCDMの.離がC1Cmm以内かどうか,平面型か非平面型かに分類して予後をみたとき,1Cmm以内の平面型の.離は自然治癒し予後がもっともよいと報告している8).Assiaらは,1Cmmを超えても平面型の.離は自然治癒する可能性を指摘している9).しかし,自然治癒までに数週間.数カ月かかり,Marconらは平均C9.8週要したとしている10).自然治癒は視力回復まで時間がかかるため,近年は早期治療が提唱されている.広範囲のCDM.離に対しては,空気やCSFC6ガス,CC3F8ガスの前房内気体注入が一般的である2,3,5).前房内気体注入は比較的簡便に行える手技であるが,気体による角膜内皮障害や,多くの症例で眼圧上昇をきたすことが報告されており,注入後の管理が重要である.本症例も空気,CSF6ガスによって高眼圧になり,点眼,点滴などによる眼圧図3DSAEK後の右眼前眼部写真SF6ガスがC1/2以下まで減少してもCDM.離は認めない.図4左眼白内障手術中写真前房洗浄中にCDM.離を認めた().図5白内障術後の左眼前眼部写真とOCT画像a:白内障術後C7日目.角膜浮腫とCDM皺襞がみられ,前房内に空気が残存している.Cb:白内障術後C7日目.OCTではCDM再.離を認める.Cc:SFC6ガス注入後C13日目.ガスが消失してもCDM.離はなく,角膜の透明性が維持されている.d:SF6ガス注入後C13日目.OCTでCDM.離は認められなかった.コントロールが必要であった.膜実質を縫いつける方法であるが,.離したCDMを平面に気体注入を複数回行ってもCDMが整復できない場合は,広げて縫合するため,DMが途中でちぎれたり,丸まったりDM縫着術,角膜移植術による治療法がある3,11).DM縫着すると縫合が困難であり,高度な手技が必要となる1).本症術は縫合糸を前房内から角膜実質に通して自己のCDMと角例の右眼は再々.離をきたした際に,DM角膜内皮の所在が不明となったため,角膜移植が必要と判断した.角膜移植に関しては,現在は角膜パーツ移植が発展してきており,病状に合わせた部位の角膜移植を行うことで,拒絶反応などの合併症を抑えることが可能となっている.Jainらは,DM.離を認めたC60症例に対して空気またはCCC3F8を前房内に注入しC95%は治療できたと報告している一方,5%は気体注入ではCDMの復位が困難であり,追加治療として角膜内皮移植術を施行したと報告した3).本症例も角膜内皮のみが欠損していることから,DSAEKを選択した.手術は通常のDSAEKと同じ方法で行い,最後に空気を前房内に注入して終了した.その結果,ドナー角膜内皮はホストの角膜実質と接合し,角膜機能の回復が得られ,角膜の透明性を維持することができた.数回気体注入を行っても整復されないCDM.離は,角膜の機能と視力を早期に回復させるためにも,DSAEKが有効であると考える.文献1)佐々木洋:デスメ膜.離.臨眼58:28-33,C20042)魚谷竜,井上幸次:白内障手術に伴う広汎なCDescemet膜.離を両眼に生じCSFC6ガス前房内注入を要したC1例.あたらしい眼科30:699-702,C20133)JainR,MurthySI,BasuSetal:Anatomicandvisualout-comesCofCdescemetopexyCinCpost-cataractCsurgeryCDes-cemet’sCmembraneCdetachment.COphthalmologyC120:C1366-1372,C20134)山口大輔,西村栄一,早田光孝:治療を要した小切開水晶体乳化吸引術後のデスメ膜.離.臨眼C71:1723-1729,C20175)TiCSE,CCheeCSP,CTanCDTHCetal:DescemetCmembraneCdetachmentCafterCphacoemulsi.cationsurgery:riskCfac-torsCandCsuccessCofCairCbubbleCtamponade.CCorneaC32:C454-459,C20136)永瀬聡子,松本年弘,吉川真理ほか:手術操作に問題のない超音波白内障手術中に生じたCDescemet膜.離.臨眼C62:691-695,C20087)KansalCS,CSugarJ:ConsecutiveCDescemetCmembraneCdetachmentCafterCsuccessiveCphacoemulsi.cation.CCorneaC20:670-671,C20018)MackoolCRJ,CHoltzSJ:DescemetCmembraneCdetachment.CArchOphthalmolC95:459-63,C19779)AssiaCEI,CLevkovich-VerbinCH,CBlumenthalM:Manage-mentCofCDescemet’sCmembraneCdetachment.CJCCataractCRefractSurgC21:714-717,C199510)MarconCAS,CRapuanoCCJ,CJonesCM-RCetal:DescemetC’sCmembraneCdetachmentCafterCcataractsurgery:manageC-mentandoutcome.OphthalmologyC109:2325-2330,C200211)DasCM,CShaikCMB,CRadhakrishnanCNCetal:DescemetCmembraneCsuturingCforClargeCDescemetCmembraneCdetachmentCafterCcataractCsurgery.CCorneaC39:52-55,C2020C***