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Foldableアクリル製眼内レンズNY-60挿入眼で続発した遅発性眼内炎

2013年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科30(9):1323.1326,2013cFoldableアクリル製眼内レンズNY-60挿入眼で続発した遅発性眼内炎宮田和典向坂俊裕森洋斉中原正彰長井信幸宮田眼科病院SuccessionalIncidenceofLate-onsetEndophthalmitiswithFoldableIntraocularLensNY-60KazunoriMiyata,ToshiyukiSakisaka,YosaiMori,MasaakiNakaharaandNobuyukiNagaiMiyataEyeHospital特定のfoldableアクリル製眼内レンズ(IOL)NY-60(HOYA)挿入眼で,遅発性眼内炎の発症を2009年8月から2011年12月までに7例経験した.期間中,foldableアクリル製IOLを挿入した症例数は6,976例であった.NY-60挿入例は2,787例で発症率は0.25%であり,他のIOLでは発症していなかった.遅発性眼内炎の発症時期は,術後24.70日であった.5例は保存的治療で,2例は硝子体手術とIOL摘出を行った.視力予後は,比較的良好であった.細菌学的検査では,1例にCorynebacteriumsp.が検出され,PCR(polymerasechainreaction)検査において,1例に細菌16SrRNAが検出された.本IOLで眼内炎が生じた場合は,感染性と非感染性の2つの眼内炎を考慮するべきである.Weexperienced7casesoflate-onsetendophthalmitisbetweenAugust2009andDecember2011inpseudophakiceyeswithaparticularfoldableacrylicintraocularlens(IOL),theNY-60(HOYA).Duringthatperiod,therewere6,976foldableacrylicIOLimplantations.Theincidenceoflate-onsetendophthalmitiswas0.25%forthe2,787NY-60implantations,althoughtherewasnoincidenceamongotherIOLs.Onsetoccurred24-70dayspostoperatively.Conservativetreatmentswereusedin5cases,while2casesrequiredvitreoussurgerywithIOLextraction.Cytologicexaminationrevealednoinfectiousorganism,whiletherewasonecaseeachwithCorynebacteriumsp.and16SrRNAonpolymerasechainreaction(PCR).ForendophthalmitisthatoccurswiththeNY-60,thepossibilityofinfectiousornon-infectiouscasesshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1323.1326,2013〕Keywords:白内障手術,foldableアクリル製眼内レンズ,遅発性眼内炎,TASS(toxicanteriorsegmentsyndrome).cataractsurgery,foldableacrylicintraocularlens,late-onsetendophthalmitis,TASS(toxicanteriorsegmentsyndrome).はじめに白内障手術後の眼内炎は,最も危惧すべき合併症であり,その原因は,感染性だけでなく,異物などによる非感染性も含まれる1).また,感染性眼内炎は,発症時期により,術後早期に発症する急性眼内炎と,それ以降に発症する遅発性眼内炎に分類される.わが国での急性の感染性眼内炎の発症率は0.05%程度といわれており,その起因菌としては,Staphylococcusepidermidis,Enterococcusfaecalisなどが多い.遅発性眼内炎の多くは,Propionibacteriumacnesや真菌などの弱毒菌が報告されている2.4)が,発症率は急性眼内炎より低い3).急性と遅発性の境界には,術後1カ月2),6週5,6)がよく用いられていたが,白内障手術の変化と,弱毒性の起因菌による発症が2週間後以降に起こることから,近年は,術後15日以降を遅発性とすることが多い7).今回,当院で,foldableアクリル製眼内レンズ(IOL)挿入眼において遅発性眼内炎が2009年8月から2011年12月までに7例続発したので報告する.〔別刷請求先〕宮田和典:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KazunoriMiyata,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)1323 I症例当院で2009年から2011年の期間に白内障手術を行い,foldableアクリル製IOLを挿入した症例数は6,976例であった.挿入したIOLの内訳は,1ピース4,184眼,3ピース2,792眼で,メーカー別では,HOYA社製5,635眼(NY-60:2,787眼,FY-60AD:1,507眼,YA-60BBR:571眼,他:770眼),AMO社製923眼(ZCB00:590眼,ZA9003:278眼,他:55眼),Alcon社製260眼(SN60AT3-6:168眼,他:92眼),その他158眼であった.遅発性眼内炎を発症した7例の背景を表1に示す.手術時の平均年齢は71.4(55.79)歳,男性3名,女性4名であった.白内障手術は,症例①の角膜切開以外はすべて強角膜切開から,超音波乳化吸引術による白内障の除去後に,foldableアクリル製IOLNY-60をインジェクターで.内に挿入した.白内障術中の合併症はなく,術翌日の所見,フレア値は問題なかった(表1).白内障手術の周術期には,ニューキノロン系抗菌点眼液を術前3日間,術後4週間投与した(症例⑦はガチフロキサシン0.3%点眼液,それ以外はレボフロキサシン0.5%点眼液).また,術後にベタメタゾン点眼液を2週間とブロムフェナク点眼液を4週間投与した.遅発性眼内炎発症時の所見を表2に示す.発症時期は,術後24.70日であった.4例で霧視が自覚され,前眼部所見では,結膜充血,前房内炎症細胞がみられ,4例で硝子体混濁が生じていた.発症時のフレア値(レーザーフレアーメーターFM-500,コーワ)は平均67.9と高値を示した.細菌学的検査では,症例②の前房水よりCorynebacteriumsp.が検出された.培養の結果,PCR(polymerasechainreaction)検査において,症例⑤の前房水から細菌16SrRNAが検出された.II臨床経過内科的および外科的治療の内容と経過を表3に示す.症例①と③では,モキシフロキサシンとセフメノキシムの点眼,オフロキサシン眼軟膏,レボフロキサシン内服の抗生物質と,ベタメタゾンとブロムフェナク点眼の抗炎症薬とによる内科的治療のみで眼内炎は消失し,回帰後の矯正視力は1.2,0.8と良好であった.症例②,④,⑥では,さらに,ホスホマイシンとアスポキシシリン,あるいは,イミペネム・シラスタチンナトリウム配合の点滴治療に加えて,発症1週以内にバンコマイシンとセフタジジムの硝子体内注射を行った.さらに外科的治療として前房内洗浄を行った.治療後49.85表1白内障手術後に遅発性眼内炎を発症した症例の背景症例年齢性別全身疾患手術日切開位置と幅挿入IOL術翌日フレア値①79歳男脳梗塞2009年6月角膜:2.75mm7.7②55歳男なし2009年12月強角膜:2.75mm13.6③77歳女高血圧2010年6月強角膜:2.3mm14.7④69歳女糖尿病,高血圧2010年10月強角膜:2.3mmNY-60(HOYA)13.9⑤72歳女子宮体癌2010年12月強角膜:2.3mm10.5⑥70歳女なし2011年2月強角膜:2.3mm9.7⑦78歳男高血圧2011年9月強角膜:2.4mm11.6表2遅発性眼内炎発症症例の発症時の所見症例経過日数矯正視力自覚症状他覚所見フレア値結膜充血角膜後面沈着物前房内炎症細胞前房内fibrin前房蓄膿硝子体混濁その他①70日0.6特になし++Descemet膜fold45.1②28日1.0霧視+3+++91.5③24日0.8飛蚊症++3++75.5④25日1.0霧視+2+21.9⑤28日0.9霧視+2++.胞様黄斑浮腫36.0⑥31日0.7視力低下,異物感,疼痛+3++144.6⑦66日1.2流涙,異物感,結膜充血+2+++60.81324あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(124) 表3遅発性眼内炎症例に対する内科的,外科的治療と予後症例内科的治療外科的治療前房セル消失日回帰後フレア値矯正視力局所投与内服点滴静注硝子体内注射*前房内洗浄**硝子体手術IOL摘出①MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BM点眼32日目10.11.2②MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BM点眼FOMASPC4日目70日目20.71.0③MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BF,BM点眼LVFX87日目12.80.8④MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BM点眼CFPN-PIIPM/CS9日目9日目49日目9.01.5⑤MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BF,BM点眼IPM/CS2日目11,18日目18日目127日目16.00.8⑥MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BF,BM点眼FOMASPC1,12日目12日目85日目12.60.9⑦MFLX,CMX点眼,OFLX軟膏,BF,BM点眼FOMASPC2日目6日目6日目54日目9.60.6MFLX:モキシフロキサシン,CMX:セフメノキシム,OFLX:オフロキサシン,BM:ベタメタゾン,BF:ブロムフェナク,LVFX:レボフロキサシン,CFPN-PI:セフカペンピボキシル,FOM:ホスホマイシン,ASPC:アスポキシシリン,IPM/CS:イミペネム・シラスタチンナトリウム配合.*:バンコマイシン0.5mgとセフタジジム1.0mgの硝子体内注射.**:バンコマイシン0.02mg/mlとセフタジジム0.04mg/mlによる前房内洗浄.日で眼内炎は消失し,視力は0.9.1.5に回復した.2例(症例⑤と⑦)では,内科的治療では奏効せず,硝子体手術とIOL摘出を行った.前房内炎症細胞が消失するまで,手術後109日,48日を要した.視力は0.8まで回復した.最終的に全症例において,矯正視力は0.6.1.5,フレア値は9.0.20.7に回復した.III考按当院において2009年から2011年の期間に白内障手術を行い,foldableアクリル製IOLを挿入した症例数は6,976例であった.この期間に,急性眼内炎の発症はなかったが,7症例の遅発性眼内炎を経験した.一方,2009年以前の10年間においては,急性眼内炎の発症はなく,遅発性眼内炎が1例のみであった.2009年から2011年の期間に続発した遅発性眼内炎は,すべてNY-60挿入眼(2,787例中7例,発症率:0.25%)であったことから,その発症原因はNY-60自体に起因する可能性が高いと考えられた.今回の症例は,特定のIOL挿入眼のみに高率に遅発性の眼内炎症が生じている.同期間に挿入した同素材で形状違いのHOYA社製のfoldableアクリル製IOLからは,遅発性眼内炎の発症は認められていない.このことから続発した遅発性眼内炎の原因は,素材由来ではなく,製造過程,もしくはレンズデザインに起因している可能性が考えられる.NY60は,特有の支持部形状を有しており,既存製品と比較し,支持部根部が大きく表面積が広いが,このことが遅発性眼内炎の発症と因果関係があるか否かは今後の検討課題である.白内障術後の遅発性眼内炎の定義は,報告によって若干異なっている.原は,国内症例の文献調査を行う際に,発症が術後1カ月以降の症例を遅発性眼内炎と定義した2).一方,欧米では,NIH(NationalInstituteofHealth)による多施設研究,EndophthalmitisVitrectomyStudyで規定した「術後6週までを急性」が一般的である6,8).しかし,抗炎症薬の使用,起因菌の毒性などにより,眼内炎の発症時期は修飾されるため厳密には決められない5,6).今回の症例群は,発症が術後24.70日と比較的遅かったことより遅発性眼内炎とした.国内での急性眼内炎の発症頻度は,0.052%との報告がある9)が,後ろ向き調査であるため,現在「白内障手術の術後眼内炎に対する前向き多施設共同研究」(目標症例10万例)が,日本眼科学会後援,JSCRS(日本白内障屈折矯正手術学会)および日本眼感染症学会主導で実施中であり,結果が待たれる.海外では,SingaporeNationalEyeCenterで1996年から2001年に行われた前向き調査で,白内障手術44,803例中34例(0.076%)に急性眼内炎の発症を認め,その内訳はECCE(白内障.外摘出術)で0.052%,PEA(水晶体乳化吸引術)で0.094%であった10).1999年から2000年までに英国で行われた前向き調査では,術後6週以内に発症した眼内炎は213例でその発症率は0.14%であった11).さらに1992.2009年,Swedenにおける1,000,000例の調査では,0.10%(1998年)から0.04.0.02%(2006.2009年)に急性(125)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131325 眼内炎は減少したと報告している12).また,1996.2005年,カナダケベック市における490,690症例を対象とした,術後90日以内での眼内炎発症率は,0.15%と報告されている13).以上のようにこれまでの報告は,急性眼内炎のみ,もしくは急性,遅発性眼内炎の区別なく調査した結果であり,遅発性眼内炎単独の発症率に言及した報告は少ない.今回の検討では,2009年から2011年の期間に白内障手術を行った6,976例中7例(0.10%)であった.しかし,前述したように,遅発性眼内炎は特定のIOLに発症し,その発症率は2,787例中7例,0.25%であった.この数値は,国際的に行われた急性眼内炎を含んだ調査の数値を上回っており,何らかの原因がそのIOLに存在することを示唆している.白内障術後に増悪する炎症は,大きく感染性と非感染性とに分けられる.感染性の眼内炎は,細菌や真菌による炎症反応であり,起因菌の違いにより,発症時期や病態が異なる.急性眼内炎は,PseudomonasaeruginosaやE.faecalisのような強毒菌が原因で病状の進行が速く,予後も悪い.遅発性眼内炎は,P.acnesや真菌のような弱毒菌により生じ,比較的予後が良い.今回の7症例の細菌学的検査では,前房水において,1例にCorynebacteriumsp.が検出され,PCRにおいて,1例で細菌16SrRNAが検出されたにすぎず,明らかな起因菌は同定できなかった.しかし,治療の過程で,硝子体内などへの抗生物質投与が有効であったこと,また,治癒に硝子体手術やIOLの摘出が必要であったことから,感染性の遅発性眼内炎と考えられた.一方で,TASS(toxicanteriorsegmentsyndrome)などの,非感染性の眼内炎の可能性も考えられる.非感染性の眼内炎は,IOL製造過程での異物付着,手術器具に付着した変性OVD(ophthalmicviscosurgicaldevice),器具の洗浄に用いた洗剤などさまざまな原因で発症する14).多くの場合,術後早期に発症し,重篤化しない.今回の症例①,③のように,起因菌が同定されない場合や,点眼のみで治癒した症例は,この可能性もある.TASSは,術後48時間以内の発症と定義されているが,付着している物質の性質によっては,発症がそれ以降になることも考えられ,late-onsetTASSともいえる疾患群の存在も否定できない.NY-60が遅発性眼内炎を高率に生じることは,2012年11月,医薬品医療機器総合機構に報告されている.2012年以降に頻発している同型のIOLで生じている遅発性眼内炎は,発症頻度が高く,少なくとも156例が確定されている15).一方,筆者らが経験した遅発性眼内炎は,2009年から2011年の2年間に散発しており,2012年以降に集中して発症した遅発性眼内炎とは,発症機序が異なる可能性が高く,前者は感染性が主で,後者は感染以外の新しい炎症の原因が加わったlate-onsetTASSを考えさせる.今後,本IOLで眼内炎が生じた場合は,感染性と非感染性の2つの眼内炎を考慮するべきである.文献1)FintelmannRE,NaseriA:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisfollowingcataractsurgery:currentstatusandfuturedirections.Drugs70:1395-1409,20102)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌Propionibacteriumacnesを主として.あたらしい眼科20:657-660,20033)ShirodkarAR,PathengayA,FlynnHWJretal:Delayed-versusacute-onsetendophthalmitisaftercataractsurgery.AmJOphthalmol153:391-398,20124)AdanA,Casaroli-MaranoRP,GrisOetal:Pathologicalfindingsinthelenscapsulesandintraocularlensinchronicpseudophakicendophthalmitis:anelectronmicroscopystudy.Eye(Lond)22:113-119,20085)MaaloufF,AbdulaalM,HamamRN:Chronicpostoperativeendophthalmitis:areviewofclinicalcharacteristics,microbiology,treatmentstrategies,andoutcomes.IntJInflam2012:313248,20126)KresloffM,CastellarinAA,ZarbinMA:Endophthalmitis.SurvOphthalmol43:193-224,19987)DoshiRR,ArevaloJF,FlynnHWJretal:Evaluatingexaggerated,prolonged,ordelayedpostoperativeintraocularinflammation.AmJOphthalmol150:295-304,20108)JohnsonMW,DoftBH,KelseySFetal:Theendophthalmitisvitrectomystudy:relationshipbetweenclinicalpresentationandmicrobiologicspectrum.Ophthalmology104:261-272,19979)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOphthalmolScand85:848-851,200710)WongTY,CheeSP:TheepidemiologyofacuteendophthalmitisaftercataractsurgeryinanAsianpopulation.Ophthalmology111:699-705,200411)KamalarajahS,SilvestriG,SharmaNetal:SurveillanceofendophthalmitisfollowingcataractsurgeryintheUK.Eye18:580-587,200412)BehndigA,MontanP,SteneviUetal:Onemillioncataractsurgeries:SwedishNationalCataractRegister19922009.JCataractRefractSurg37:1539-1545,201113)FreemanEE,Roy-GagnonMH,FortinEetal:Rateofendophthalmitisaftercataractsurgeryinquebec,Canada,1996-2005.ArchOphthalmol128:230-234,201014)CutlerPeckCM,BrubakerJ,ClouserSetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome:commoncauses.JCataractRefractSurg36:1073-1080,201015)HOYA社製眼内レンズに関するお知らせ.日本の眼科84:第2号付録,2013***1326あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(126)