《原著》あたらしい眼科29(6):859.862,2012cFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎による続発緑内障の連続8症例芝大介*1,2狩野廉*2,3桑山泰明*2,3*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2大阪厚生年金病院眼科*3福島アイクリニックClinicalCourseofEightConsecutiveCasesofSecondaryGlaucomaRelatedtoFuchsHeterochromicIridocyclitisDaisukeShiba1,2),KiyoshiKano2,3)andYasuakiKuwayama2,3)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)OsakaKoseinenkinHospital,3)FukushimaEyeClinicDepartmentofOphthalmology,目的:Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎に関連した続発緑内障の臨床経過を報告すること.対象および方法:2000年1月から2004年12月までの5年間に,続発緑内障の治療目的で大阪厚生年金病院眼科(以下,当科)を受診した患者で,原疾患がFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎と診断された8例8眼を対象とした.診療録をもとにこれら8眼の臨床経過を調査した.結果:全8例とも前医で治療を受けていたが,うち1例のみが前医でFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎と診断されていた.当科初診時の眼圧値は27.6±10.3mmHgで,Humphrey自動視野計のmeandeviation値は.8.53±6.76dBであった.薬物治療への反応は不良で,最終的に全8眼がマイトマイシンC併用トラベクレクトミーを受けた.結論:Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎に関連した続発緑内障は薬物治療に抵抗したが,濾過手術の経過は良好であった.Purpose:ToinvestigatetheclinicalcourseofsecondaryglaucomaassociatedwithFuchsheterochromiciridocyclitis(FHI).MaterialsandMethods:PatientstreatedforsecondaryglaucomaassociatedwithFHIatOsakaKoseinenkinHospitalfromJanuary2000toDecember2004werestudied.Includedwere8eyesof8patients.Results:Allpatientshadbeentreatedbythereferringophthalmologist,butonlyonepatienthadbeendiagnosedasFHI.Intraocularpressure(IOP)atfirstvisittoOsakaKoseinenkinHospitalwas27.6±10.3mmHg;meandeviationofHumphreyFieldAnalyzer30-2programwas.8.53±6.76dB.MedicaltreatmentscouldnotcontrolbothinflammationandIOP.All8eyesunderwenttrabeculectomywithmitomycinC.Conclusions:ThoughsecondaryglaucomaassociatedwithFHIwasresistanttomedicaltherapy,filtrationsurgerywaseffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(6):859.862,2012〕Keywords:Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎,続発緑内障,ぶどう膜炎,トラベクレクトミー.Fuchsheterochromiciridocyclitis,secondaryglaucoma,uveitis,trabeculectomy.はじめにFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎(Fuchsheterochromiciridocyclitis:FHI)は1906年にFuchsにより初めて記載された,虹彩異色,虹彩毛様体炎,白内障を主徴とする症候群である1).病因に関しては近年風疹ウイルスとの関連が指摘されているが,確定的ではない2.5).虹彩異色が特徴的な所見であるが,Tabbutら,Yangらの報告にあるとおり,有色人種では虹彩異色が目立たず,他のぶどう膜炎との鑑別が困難になることが多い6,7).わが国での正確な発症頻度は不明であるが,比較的まれであると考えられる8).また,緑内障を合併した場合にもFHIが原因疾患と診断されることはまれで,FHIに続発した緑内障が正確に認識される機会はわが国では少ないと筆者らは考える.本論文では,FHIに続発した緑内障の臨床像と治療経過を報告する.〔別刷請求先〕芝大介:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:DaisukeShiba,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(137)859I対象および方法2000年1月から2004年12月までの5年間に,続発緑内障の治療目的で大阪厚生年金病院眼科(以下,当科)を受診した患者で,原疾患がFHIと診断された8例8眼を対象とした.FHIとの診断は以下のように行った.他に原因を特定できないぶどう膜炎で,角膜後面沈着物や前房内炎症といった虹彩炎所見があり,かつ患眼の虹彩紋理が健眼に比して葉脈状あるいは虫食い状に萎縮した症例をFHIと診断した.白内障の有無や虹彩異色は診断の基準とはしなかった.当科での平均経過観察期間は19±13カ月(3.40カ月)であった.当科初診までの診断と治療の内容,初診時の所見,および治療経過をレトロスペクティブに検討した.II結果対象患者は全員片眼性で右眼4眼,左眼4眼,性別は男性7例,女性1例であった.当科初診時の平均年齢は57±10歳(44.71歳)で,ぶどう膜炎ないしは緑内障を最初に指摘された年齢は43±12歳(25.63歳)であった.前医でぶどう膜炎がFHIと診断されていたのは1例のみで,他の5例はPosner-Schlossman症候群(およびその疑い)と,残りの2例は原因不明の虹彩炎と診断されていた.当科初診時には全例に角膜後面沈着物と軽度の前房内炎症を認めた.角膜後面沈着物は全例の形態や分布はさまざまであった.また,特徴的な片眼性のびまん性の虹彩萎縮はあっても,ラタノプロスト点眼の使用歴がある4例を含めて,肉眼的に虹彩異色を判定できた症例はなかった.プロスタグランジン関連点眼薬を使用していなかった,典型的な1例の前眼部写真を示す(図1).全例に対して初診時に隅角検査を施行した.虹彩前癒着は1例に存在したが,強膜岬までの低いテント状のもので,全例がShaffer分類3.4度の開放隅角眼であった.隅角結節および新生血管は全例で認めなかった.両眼とも手術既往のない7例で隅角色素沈着の程度を左右比較したところ,患眼>健眼が4例,患眼=健眼が1例,患眼<健眼が2例であった.明らかな隅角色素脱失を認めた例はなかった.白内障は2例に存在した.皮質白内障,核白内障のいずれか,または両方を認めたが,FHIに特徴的とされる後.下白内障例はなかった.当科初診時の患眼の眼圧は,全例で点眼薬および内服薬で眼圧下降治療中であったが,27.6±10.3mmHg(12.44mmHg)であった.当科での初期治療は,2例に緑内障手術,2例に水晶体再建術,4例に薬物治療であった.2例は前医で十分な消炎治療が行われていたため,当科での消炎治療の追加は施行せず,ただちに緑内障手術を施行した.水晶体再建術を施行した2例は,いずれも視機能を低下させる程度の水晶体混濁があった.緑内障および虹彩炎ともコントロール良好な状況であったため,超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を合併症なく施行した.しかし,2例とも術後に眼圧上昇を生じた.フィブリン析出などの強い炎症は伴わなかったが,軽度の前房内細胞が術後も遷延し,消退しなかった.眼圧下降治療,消炎治療にもかかわらず2例とも十分な眼圧下降が得られず,水晶体再建術より各々4カ月後と7カ月後に緑内障手術を追加で施行した.薬物治療をまず行った4例は点眼薬での眼圧下降治療と並行して,強力な消炎治療を副腎皮質ホルモン薬の点眼,結膜下注射,内服などで行った.しかし,いずれの症例も明らかな治療への反応を示さず,著明な眼圧上昇,それに続く視野障害の悪化を認めたため,濾過手術を行った.ただちに緑内障手術を施行しなかった6例の患眼の眼圧経過を図2に示した.当科受診後に濾過手術を施行するまでの期間は平均7.3カ月間(2.18カ月間)で,その期間の最高眼圧は43.7±10.5mmHg(24.53mmHg),最低眼圧は18.2±8.1mmHg(12.34mmHg)であった.いずれの患者も眼圧の変動が大きく,各例の経過中の最高眼圧と最低眼圧の差図1典型的な虹彩萎縮像の一例比較のために同一患者の同一条件での左眼の写真(右)も示す.軽度の虹彩異色が右眼にあるが,肉眼での識別は困難であると考えられた.虹彩に広範な葉脈状の萎縮が認められる.なお,本例ではプロスタグランジン系の緑内障点眼は使用していない.860あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(138)眼圧(mmHg)605040302010:白内障手術0050100150200初診からの日数図2薬物治療中の眼圧経過緑内障手術を受けた時点でグラフは終了している.激しい眼圧上昇を繰り返した症例もみられた.いったん下降しても再上昇を示す症例が多かった.は25.5±9.7mmHg(12.40mmHg)であった.初診時に視野検査(Humphrey中心30-2プログラム)を施行したのは6例で,meandeviation(MD)値は.8.53±6.76dB(.15.89..0.33dB)であった.緑内障性視野障害が生じていたのは4例で,そのうち3例はMD値が.10dB以下まで低下していた.手術直前に施行した視野検査では,全6例とも緑内障性変化を認め,MD値は.13.05±10.23dB(.26.36..1.70dB)まで進行した.緑内障手術の内訳は,6例にトラベクレクトミー,1例にトラベクレクトミー白内障同時手術,1例には無水晶体眼であったためトラベクレクトミーと眼内レンズ縫着術との同時手術を施行した.トラベクレクトミーおよびトラベクレクトミー同時手術は,結膜切開は円蓋部基底結膜弁とし,二重強膜弁によって強膜トンネルを作製した.術後は2例に低眼圧黄斑症が生じた以外,全例術後経過良好で,眼圧変動も消失した.術後炎症は前房内細胞の遷延を全例で認めたものの,フィブリンの析出などの,強い炎症反応を示した例は存在しなかった.低眼圧黄斑症が生じた2例とも低眼圧黄斑症が遷延したため,以下のように追加手術を施行した.1例は,術後2カ月後に結膜を切開し強膜弁縫合を行ったところ高眼圧となったため,追加縫合をレーザー切糸し,再度低眼圧になった.その後は,経過中に進行した白内障に対し白内障手術を施行した.他の1例はトラベクレクトミー2カ月後に白内障手術を施行した.2例とも白内障手術後も低眼圧黄斑症が持続したので,結膜上より強膜弁縫合を再度追加し,2例とも低眼圧黄斑症は消失した.III考按JonesらのFHIに続発した緑内障27例の報告では,トラベクレクトミーないしは眼球摘出術の手術に至ったのは10眼であった9).しかし,今回の研究の対象となった8例は,薬物療法にもかかわらず,全例で最終的に濾過手術が必要と(139)なった.この相違は2つの研究対象の違いによると考えられる.Jonesらは緑内障の有無によらずFHIの集団を研究の対象にしているのに対し,難治な緑内障で当科を紹介受診した患者が本研究の対象である.したがって,本研究の対象患者はFHIによる続発緑内障の全体像とは異なる可能性がある.しかし,FHIによる続発緑内障は,本研究の8例のように眼圧変動が大きく高度な眼圧上昇を示し,濾過手術以外ではコントロールできない症例が少なくないと筆者らは推測する.視野障害に触れた報告は筆者らが検索したかぎり過去にはないが,本研究では8例中3例が当科初診時にHumphrey視野のMD値で.10dB以下に進行していた.FHIは片眼性が多いとはいえ,比較的若い年齢で視野障害が重症化する可能性がある.また,眼圧変動が激しいのみでなく,眼圧上昇時の眼圧レベルがきわめて高いため,治療中にも進行することにも注意を要する.このように本症による続発緑内障が進行性で難治であるのは,以下に述べる二つの大きな問題点があることが原因として考えられる.まず,診断が困難な点である.今回対象になった8例では,全例が続発緑内障と診断されてはいたものの,FHIと診断されていたのは1例のみであった.前医では4例がPosner-Schlossman症候群(およびその疑い)と診断されていた.虹彩異色の所見は有色人種では目立たないことが多い6).今回の8例でも,肉眼的な虹彩異色を伴ったものは存在しなかった.このため,発症好発年齢が比較的近く片眼性で眼圧変動が大きい点も一致する,Posner-Schlossman症候群とみなされることが多かったと考えられる.PosnerSchlossman症候群は自然寛解傾向があり緑内障性視神経障害をきたすことはまれである.このため,ひとたびPosnerSchlossman症候群と診断されれば,治療は消極的になる傾向があると考えられる.しかし,FHIは前述のごとく治療に抵抗性で,緑内障が進行することはまれではない.したがって,正しく診断がなされないと適切な治療を選択される機会を逸する可能性が高くなる.「虹彩異色」という名前に惑わされず特徴的な虹彩萎縮の所見を見逃さないことが大切である.薬物治療への反応が不良な場合にはFHIを疑うべきと考える.Posner-Schlossman症候群では,隅角色素が患眼のほうが少ない点が特徴とされているが,FHIに関して隅角色素の左右差を述べた報告はない.本研究では,手術既往のない7例のうち5例はむしろ患眼のほうが色素が多い傾向があった.この点も鑑別に有用であると筆者らは提案する.二つ目の問題点は,FHIに続発する緑内障は副腎皮質ステロイド薬などの薬物による消炎療法への反応が不良で,眼圧の変動が大きいことである.本研究において緑内障手術をせずに副腎皮質ステロイドなどによる消炎治療で眼圧コントあたらしい眼科Vol.29,No.6,2012861ロールを目指した6眼は,いずれも濾過手術に至った.さらに,続発緑内障の特徴である眼圧変動が大きい傾向が,本研究の対象症例でも顕著であった.眼科医の管理下にあっても本症による緑内障が進行したのは,眼圧変動が大きいために手術の決断が遅くなったのが一因と考える.Javadiらの報告では,FHI患者への白内障手術後の緑内障の発症は40眼中1例もなかったとある10).しかし,本研究では白内障手術を先に施行した2例とも術後に眼圧上昇を生じた.本研究の8例の眼圧変動はいずれも激しく,白内障手術が眼圧上昇の契機になったと結論づけることはむずかしいが,すでに続発緑内障を発症した患者では白内障手術の侵襲に対する反応が異なる可能性がある.白内障手術時には,術後の激しい眼圧上昇に備える必要があると考えられた.白内障手術の適応があって,眼圧経過が不安定な患者に対しては,トラベクレクトミーの同時手術も考慮に値するかもしれない.原因不明の片眼性の続発緑内障を診療する際には,両眼の虹彩や隅角をしっかりと観察し,FHIが原疾患である可能性を念頭に置くべきである.また,FHIによる続発緑内障に対しては,まずは薬物治療による消炎と眼圧下降治療を試みるべきである.しかし,反応が不良で消炎せず,眼圧下降が得られない場合は視野障害を悪化させる可能性があり,術後経過が良好と考えられるトラベクレクトミーを積極的に選択するべきと考えられた.文献1)JonesNP:Fuchs’heterochromicuveitis:Areappraisaloftheclinicalspectrum.Eye5:649-661,19912)QuentinCD,ReiberH:Fuchsheterochromiccyclitis:Rubellavirusantibodiesandgenomeinaqueoushumor.AmJOphthalmol138:46-54,20043)deGroot-MijnesJD,deVisserL,RothovaAetal:RubellavirusisassociatedwithFuchsheterochromiciridocyclitis.AmJOphthalmol141:212-214,20064)BirnbaumAD,TesslerHH,SchultzKLetal:EpidemiologicrelationshipbetweenFuchsheterochromiciridocyclitisandtheunitedstatesrubellavaccinationprogram.AmJOphthalmol144:424-428,20075)SuzukiJ,GotoH,KomaseKetal:RubellavirusasapossibleetiologicalagentofFuchsheterochromiciridocyclitis.GraefesArchClinExpOphthalmol248:1487-1491,20106)TabbutBR,TesslerHH,WilliamsD:Fuchs’heterochromiciridocyclitisinblacks.ArchOphthalmol106:16881690,19887)YangP,FangW,JinHetal:ClinicalfeaturesofchinesepatientswithFuchs’syndrome.Ophthalmology113:473480,20068)藤村茂人,蕪城俊克,秋山和英ほか:東京大学病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼59:1521-1525,20059)JonesNP:GlaucomainFuchs’heterochromicuveitis:Aetiology,managementandoutcome.Eye5:662-667,199110)JavadiMA,JafarinasabMR,AraghiAAetal:Outcomesofphacoemulsificationandin-the-bagintraocularlensimplantationinFuchs’heterochromiciridocyclitis.JCataractRefractSurg31:997-1001,2005***862あたらしい眼科Vol.29,No.6,2012(140)