《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(11):1611.1614,2013c涙.鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性涙.炎が遷延したと思われる1例藤田恭史*1三村真士*1今川幸宏*1布谷健太郎*1佐藤文平*1植木麻理*2池田恒彦*2*1大阪回生病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofProlongedChronicDacryocystitisafterEndonasalDacryocystorhinostomybecauseofObstructiveSleepApneaSyndromewithUseofContinuousPositiveAirwayPressureYasushiFujita1),MasashiMimura1),YukihiroImagawa1),KentarouNunotani1),BunpeiSato1),MariUeki2)andTunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,OsakaMedicalCollege目的:涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)後,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)により慢性涙.炎が遷延したと考えられる,閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)を合併した慢性涙.炎の1例を報告する.症例:64歳,男性.10年前からのOSASに対してCPAPを使用,半年前からの左眼流涙,眼脂で大阪回生病院眼科初診.慢性涙.炎を認め,DCRを施行し涙道チューブを挿入した.経過良好であったが,CPAP再開とともに涙.炎が再発し,4カ月後涙道チューブを抜去した結果,1カ月で吻合部が閉塞した.再手術としてCPAPを中止し,涙道内視鏡下で涙道再建術を施行し,涙道チューブを挿入した.術後2カ月で涙道チューブを抜去した結果,CPAPを再開しても涙.炎の再発は認めない.結論:DCR術後,CPAPにより吻合部で鼻汁が逆流し,炎症が遷延化する可能性がある.CPAPを併用する場合は,鼻涙管開口部の形状,Hasner弁の逆流防止効果を期待した,涙道チューブ挿入術のほうが良いと思われる.Purpose:Wereportaprolongedcaseofchronicdacryocystitiscomplicatedwithobstructivesleepapneasyndrome(OSAS)withuseofcontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)afterendonasaldacryocystorhinostomy(DCR).Case:Thepatient,attheageof64,hadbeenusingCPAPfor10years.Hevisiteduswithcontinuousepiphoraandmucoidfluiddischargeof6months’duration.WediagnosedchronicdacryocystitisandperformedDCR.WithresumptionofCPAP,however,thechronicdacryocystitisrecurred.Althoughweremovedthesiliconestentafter4months,theanastomosisbecameobstructedwithin1month.Wereoperated,usingsiliconeintubationtoreconstructtheoriginalnasolacrimalduct.Sincesiliconestentremovalwithin2monthsaftersurgerytherehasbeennorecurrence,evenwithCPAPuse.Conclusion:WesuggestthatCPAPpressurecausedretro-flowofnasalmucusintothelacrimalsac,prolonginginflammationandresultinginreccurrenceofchronicdacryocystitis.WerecommendreconstructivesurgerywithsiliconeintubationincasesofCPAPuse,anticipatingefficacyofthevalveofHasnerandapertureofnasolacrimalduct.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1611.1614,2013〕Keywords:涙.鼻腔吻合術,経鼻的持続陽圧呼吸療法,睡眠時無呼吸症候群,Hasner弁,慢性副鼻腔炎.dacryocystorhinostomy,nasalcontinuouspositiveairwaypressure,obstructivesleepapneasyndrome,valveofHasner,chronicsinusitis.〔別刷請求先〕藤田恭史:〒532-0003大阪市淀川区宮原1-6-10大阪回生病院眼科Reprintrequests:YasushiFujita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,1-6-10Miyahara,Yodogawa-ku,Osaka532-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)1611はじめに慢性涙.炎に対する治療は,大きく涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)と涙道チューブ挿入術に分けられる.特にDCRは慢性涙.炎に対して有効な治療であるが,DCR術後の吻合部は,涙.と鼻腔が直接交通してしまい,いきみ,Valsalva法などにより容易に空気の逆流が生じる1).一方,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)は,重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)に対する治療であり,マスクを介して上気道への陽圧換気を行うことによって,就寝中の気道閉塞を防ぐことができる.Cannonらによると,DCR術後のCPAP装用者においては,CPAP圧設定が8.10mmHgで吻合部からの空気の逆流が生じると報告されている2).今回筆者らはCPAP使用中の慢性副鼻腔炎合併,慢性涙.炎患者に対して,DCR鼻内法を行い,術後CPAPを使用した結果,慢性涙.炎が遷延化,吻合部の閉塞をきたした症例を経験した.この症例に対して涙管チューブ挿入術による涙道再建術を施行した結果,良好な経過を得たので,若干の文献的考察を加えて報告する.I症例患者:64歳,男性,身長167cm,体重67.9kg,BMI(bodymassindex)24.35.主訴:半年前からの左眼流涙,眼脂.既往歴:OSAS,慢性副鼻腔炎.初診時所見:右眼は涙液メニスカスやや上昇,涙液層破壊時間4sec,涙道閉塞はなかった.左眼の涙液メニスカスの上昇を認め,涙液層破壊時間4sec,視力,眼圧,前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.また両眼にfloppyeyelidを認めた.左涙道内視鏡検査の結果,上下涙小管は問題なかったが,多量の白色粘性膿を涙.内に認め,鼻涙管開口部は閉塞しており,慢性涙.炎と診断した.眼脂,鼻腔細菌培養検査からは,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)が検出された.またOSASで10年来CPAP(RESMED社,オートセットCR)を使用しており,初診時のCPAP圧のmaximumpressuresettingは8.0cmH2O,minimumpressuresettingは4.0cmH2Oであった.II経過MRSAを起因菌とする慢性涙.炎に対して,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄,MRSAに対しては,鼻腔内ムピロシンカルシウム水和物(バクトロバン軟膏R)を使用した.6週間後,全身麻酔下で鼻内法によるDCRを施行した.DCR鼻内法は,上涙点から挿入した涙道内視鏡(FiberTech社製)の光をメルクマールに,硬性鼻内視鏡(STORTZ社製)下に鑿,鎚を使用して涙.中部.下部に7mm程度の骨窓を作製し,涙.粘膜を切開,涙道チューブ2セットを留置した(図1).術中,鼻中隔弯曲による中鼻道狭窄を認めたが,手術は問題なく終了した.術後,患者の自覚症状は改善,通水良好となり慢性涙.炎は治癒した(図2左).しかし,DCR術後2週でCPAPを再開すると同時に,起床時の術眼の眼脂が増加し,自覚症状の悪化を認めた.涙道内視鏡検査の結果,涙道チューブは問題なく留置され,骨窓は大きく開いていたが,吻合部は充血,腫脹し,白色.透明粘性内容物が涙.内に貯留していた(図2中央).CPAPの影響による,吻合部を介した鼻汁の逆流が原因と考えたが,CPAPは中止することが不可能であったため,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄で経過観察とした.その後,涙.洗浄で眼脂,涙.内の粘性物質は増減寛解を繰り返していたが,長期留置による合併症も危惧し,術後4カ月で涙道チューブを抜去した.吻合部には充血,腫脹,線維化を認めた.結果,抜去後1カ月で吻合部の再閉塞を認めた(図2右).涙道チューブ抜去後1カ月に再手術を計画した.前回の経験から,CPAPによる涙.炎の遷延化が再発の主原因であると判断し,今回は鼻涙管元来の逆流防止機構の作用を期待して,涙道内視鏡下で涙道再建術を選択した.鼻涙管上部で粘膜は高度線維化をきたしていたが,涙道内視鏡下にdirectendoscopicprobing(DEP)で閉塞を開放し,涙道チューブを1セット留置した.また睡眠科との協議の結果,涙道内へ*図1術中DCR吻合部中鼻甲介(*)の付け根あたりで涙.腔吻合(両矢印:約7mm)を行い,涙点から挿入した涙道内視鏡が鼻内に突き出している.鼻粘膜は全体的に充血腫脹し,慢性鼻炎をきたしている.1612あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(120)************図2術後経過中の涙道内視鏡所見左から術後3日(CPAP再開前),術後2週(CPAP再開時),術後5カ月(涙道チューブ抜去後1カ月,吻合部再閉塞時).涙道チューブ(*)が挿入された吻合部(矢印)は,CPAP再開後は充血,腫脹した.の鼻汁の逆流を予防するためCPAPを中止し,上気道に圧力のかからない睡眠時無呼吸用口腔内装具(oralapplianceまたはマウスピース)に変更した.涙道チューブ挿入術後,流涙,眼脂は軽快し,涙.炎は改善した.涙道チューブは2カ月間留置後に抜去,術後1カ月半でCPAPを再開したが,術後12カ月の現在まで慢性涙.炎の再発を認めていない.III考察CPAPは,OSASの重症例に対する重要な治療法であり,機械的に上気道に持続陽圧をかけることにより,就寝中の気道閉塞を防ぐ働きがある.一方でCPAP装用による一般的な合併症には,口や鼻の乾燥,ドライアイ,細菌性角結膜炎,floppyeyelidsyndromeなどが報告されている2).今回の症例ではfloppyeyelidsyndromeを合併しており,floppyeyelidsyndromeは眼瞼組織が脆弱化することによって涙液排泄が十分に行えない導涙機能低下性流涙や,それに伴い自浄作用が低下し,起床時に増悪する眼脂,慢性結膜炎の原因となる可能性が指摘されている.他にも肥満,円錐角膜,機械的刺激,高血糖などに合併するとされている3).また過去の報告では,DCR術後にCPAP(圧設定8.10mmHg)を装用することにより吻合部からの空気の逆流が起こり,15mm以上の吻合部作製例では,いきみや鼻かみでも内眼角への空気の逆流を自覚するとしている2,4).今回の症例の特徴は,(1)慢性涙.炎の発症にCPAPの使用,慢性副鼻腔炎,floppyeyelidsyndromeによる涙液排泄障害が関与している可能性があること,(2)DCR術後に再開したCPAPに連動して慢性涙.炎の再発を認めたこと,(3)Hasner弁の効果を期待して行った涙道チューブ挿入術での再手術が有効であったことが挙げられる.まず,本症例の慢性涙.炎発症関連因子であるが,両眼瞼の所見,右眼の涙液メニスカスが若干高いことより両眼ともfloppyeyelidsyndromeによる導涙機能障害があったと考えられた.また(121)Paulsenらによると慢性涙.炎の起因菌は結膜.だけでなく鼻腔内からも供給されるとされ5),慢性副鼻腔炎による多量の鼻汁を伴った鼻粘膜の炎症が,涙道へ波及した可能性もある.さらにCPAPの使用による鼻汁の涙道への逆流および涙道開口部を含む鼻粘膜の乾燥性鼻粘膜障害なども本症例の慢性涙.炎発症に関わった可能性がある.つまり,慢性副鼻腔炎とCPAP使用による涙道への炎症波及と,floppyeyelidsyndromeによる自浄作用の低下が当患者の涙.炎の発症因子となりえた可能性が考えられた.続いてDCR後の慢性副鼻腔炎の再発であるが,DCRの術後となるとさらにCPAPの影響は顕著となる可能性が考えられる.吻合部を介して鼻汁の逆流が容易となることが予想され,さらに鼻内の乾燥は涙.粘膜にも直接影響することが考えられる.実際本症例において,DCR術後特に内眼角からの空気の逆流を自覚し,CPAP装用に連動して起床時の粘液の逆流が増減した.また,涙道内視鏡所見より吻合部の粘膜が長期間にわたって充血,腫脹していたことから,CPAPによる粘膜の乾燥と鼻汁の逆流による涙道粘膜の炎症が遷延していた可能性があり,吻合部の線維性閉塞につながったことが示唆された.さらに再手術においてはこの考察に基づき,できるだけ鼻汁,空気の逆流を避けるためにDEP+涙道チューブ挿入による涙道再建術を行った結果,良好な経過を得た.鼻涙管開口部上部に存在するHasner弁は,鼻腔内圧の上昇に応じて鼻腔側壁に密着し,薄い弁として作用する逆流防止機構があるとされている6).また,鼻涙管開口部自体の形状も涙道を鼻内の環境から守る仕組みがあるとされている.ヒトの鼻道には呼吸時に強い気流が生じ,この一部が下鼻道内を通過し,吸気時に開口部は下鼻甲介により外鼻孔からの強い気流から庇護される.田中らによると,日本人の鼻涙管開口部は裂孔状で,後下方ないし後内下方を向く型が多いとされ,これにより吸気時の気流を避けることが可能であり,涙道内感染を予防できる巧妙な形態構築があるとしている6).本症例あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131613において,DCRでは鼻汁,空気の逆流の結果,慢性涙.炎が再発したが,涙道再建術を行うことで,できるだけ逆流を防止し,また今回は鼻涙管開口部を観察することはできなかったが,鼻涙管開口部の形状による逆流防止作用も働いていた可能性がある.現在のところ再発なく良好な結果を得ていることから,鼻涙管の逆流防止機構を生かすことができたのではないかと考えられた.以上より今後のさらなる検討が必要ではあるが,CPAPを装用し,慢性副鼻腔炎を合併した慢性涙.炎に対しては,鼻涙管本来の逆流防止作用を期待し,DCRよりも涙道再建術を選択することで良好な経過を得ることができる可能性があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)孫裕権,大西貴子,原吉幸ほか:涙.鼻腔吻合症例における眼脂培養および鼻腔内メチシリン耐性黄色ぶどう球菌(MRSA)簡易スクリーニングの検討,眼紀56:809812,20052)CannonPS,MadgeSN,SelvaD:Airregurgitationinpatientsoncontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)therapyfollowingdacrocystorhinostomywithorwithoutLester-Jonestubeinsertion.BrJOphthalmol94:891893,20103)SowkaJW,GurwoodAS,KabatAG:ReviewofOptometry.Eyelid&adnexa,floppyeyelidsyndrome,p6,JobsonMedicalInformation,NewYork,20104)HerbertHM,RoseGE:Airrefluxafterexternaldacryocystorhinostomy.ArchOphthalmol125:1674-1676,20075)PaulsenFP,ThaleAB,MauneSetal:Newinsightsintothepathophysiologyofprimaryacquireddacryostenosis.Ophthalmology108:2329-2336,20016)田中謙剛:ヒト鼻涙管開口部の位置と形状に関する解剖学的研究.久留米医会誌71:38-52,2008***1614あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(122)